(Part1)からの続き・・
3.カスハラは事業主の労働者に対する安全配慮義務の問題
Part1で述べたように、パワハラ防止指針における事業主としてのカスハラ対応はあくまでも努力義務ですが、カスハラ対応は、自社で雇用する労働者に対する安全配慮義務の履行という側面を持ちます。
したがって、カスハラにより労働者が心身に不調を来した場合は、パワハラ防止法(パワハラ防止指針)違反となるか否かは別として、安全配慮義務違反として損害賠償義務を負う可能性もあります。
裁判例として、若干特殊な事案かもしれませんが、看護師(X)が病院での勤務中に入院患者(F)から暴行を受けて傷害を負ったというケースにおいて、以下のとおり判示し、使用者である医療法人(Y)に安全配慮義務違反が認められたという事案があります 。[i][ii]
・「Yの第5北病棟においては、看護師がせん妄状態、認知症等により不穏な状態にある入院患者から暴行を受けることはごく日常的な事態であったということができる(第2事故との関連で、K看護師も、叩かれたり腕をひねられたりすることは、他の患者からもあると述べている。)。したがって、このような状況下において、Yとしては、看護師が患者からこのような暴行を受け、傷害を負うことについて予見可能性があったというべきである。」
・「そして、入院患者中にかような不穏な状態になる者がいることもやむを得ない面があり、完全にこのような入院患者による暴力行為を回避、根絶することは不可能であるといえるが、事柄が看護師の身体、最悪の場合生命の危険に関わる可能性もあるものである以上、Yとしては、看護師の身体に危害が及ぶことを回避すべく最善を尽くすべき義務があったというべきである。したがって、Yとしては、そのような不穏な患者による暴力行為があり得ることを前提に、看護師全員に対し、ナースコールが鳴った際、(患者が看護師を呼んでいることのみを想定するのではなく、)看護師が患者から暴力を受けている可能性があるということをも念頭に置き、自己が担当する部屋からのナースコールでなかったとしても、直ちに応援に駆けつけることを周知徹底すべき注意義務を負っていたというべきである。」
・「しかるに、第1事故の当時、Yは、このような義務を怠った結果、Fから暴行を受けたXがナースコールを押しているにもかかわらず、他の看護師2名は直ちに駆けつけることなく、その対応が遅れた結果、Xに・・(略)・・かかる傷害ないし後遺障害を負わせる結果を招いたものであって、この点で、Yには、Xに対する安全配慮義務違反があったといわざるを得ない。」
したがって、特に、これまで顧客等からの不適切な言動により自社で雇用する労働者の心身に不当な影響を与えるような事象を経験している会社においては、使用者として、以下のような対応をしておくことが望ましいといえます。
① 顧客等から自社が雇用する労働者の心身に不当な影響を与えるような言動がなされるケースとして、自社ではどのようなケースが想定されるかを洗い出しておくこと
② 自社において、どのような対応をとっておけば上記①のようなケースが生じることを未然に防止することができるか、仮に上記①のようなケースが生じてしまった場合に会社としてどのような事後対応をとるのか、といった点についてある程度マニュアル化しておくこと[iii]
以上
文責:弁護士 帯刀康一
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[i]東京地判平25.2.19・医療法人社団こうかん会(日本鋼管病院)事件。
[ii]患者(顧客)から看護師(労働者)の身体に直接危害を加えられる可能性が常に内在している職場であるという特殊性が、安全配慮義務違反を肯定することになった事情として斟酌されていると思われます。通常の職場であれば、顧客等から労働者に対してここまでの危害を加えられる現実的可能性が常に内在しているという職場は多くはないと思われます。
[iii]完璧なマニュアルが作成できるのであればもちろんそれが望ましいですが、実務上、マニュアルを詳細にすればするほど運用が硬直化し、逆に運用しづらくなるという事態が生じることも多くあります。したがって、マニュアルの内容がある程度抽象的となってしまうことはやむを得ない面があるといわざるを得ません。