0.新年のご挨拶

  明けましておめでとうございます。

  「企業とハラスメント」というタイトルで、コラムを書こうとしたものの、忙しさにかまけてこれまで随分と長い間更新をさぼってしまっていました。今年は無理のない範囲で、少しずつでもコラムを更新していきたいと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。

 

1.「キメハラ」とは

  「鬼滅の刃」という映画が快進撃を続けているそうですが、それに伴い「キメハラ」という言葉を目にしたり耳にするようになりました。

  近時、自分にとって嫌なことを「●●ハラスメント」「●ハラ」などと表現することが多くなっており、どうやら「キメハラ」もその一つのようです。

  キメハラはもちろん法律上の定義などありませんが、(A)「鬼滅まだ見てないの?」「見ようよ」と押し付けてくる行為 、(B)「鬼滅なんてつまらないし、興味もない」などと他人に言えない雰囲気を醸し出す行為、といったことを意味するようです。

 

2.「キメハラ」のハラスメント該当性

  昨今何にでもハラスメントという言葉が付けられる傾向があるなかで、あえてキメハラが法律上のハラスメントに該当するのかという議論を大真面目に取り上げる必要はないことはわかっていますが、一応考えてみましょう。

  キメハラが法律上のハラスメントに該当する可能性があるとすれば、おそらく、パワハラの類型の一つの「⑥個の侵害」[i]があげられると思います。

  法律上、事業主に対して措置義務が課されているハラスメント(セクハラ・マタハラ・パワハラ)については、「職場」で行われる言動が対象とされています。

  したがって、職場で上記(A)(B)のような言動がなされた場合に、パワハラ「⑥個の侵害」に該当する可能性があるということになります。

  もっとも、このパワハラ「⑥個の侵害」は、あくまでも「私的なことに過度に立ち入ること」であり、この「過度に」というところがポイントかと思います。

  したがって、職場において雑談をしているときに、「鬼滅の無限列車編を見た?」という程度の発言がパワハラに該当するかといえば、そのようなことは全くありません。

  このような言動までパワハラ「⑥個の侵害」に該当するのであれば、職場において業務以外の話が何もできなくなり、円滑なコミュニケーションが阻害されることは明らかであり、パワハラ防止指針はこのような職場内での通常のコミュニケーションまで禁止するものでは当然ありません。

  これが、たとえば、職場のX部長が部下Yに対して、業務と全く関係ないのに、「今週末に必ず映画を見て、週明けに感想文を提出するように!」などと要求し、これを提出しなかった場合には人事上不利益な取扱いなどがなされる可能性があるようなケースであれば、Yがその要求に従う業務上の必要性は全くありませんし、Xの要求は少々度を超えている(冗談の範囲を超えている)ように思われますので、パワハラ「⑥個の侵害」に該当することも考えられますが、そのようなケースはかなり限定的だと思います。

  最後は少し真面目な検討になりましたが、このように「●●ハラスメント」や「●ハラ」という言葉が軽々しく使用される状況が、今度は、自分に少しでも嫌なことをされた場合にそれを何でも「ハラスメント」と主張して周囲に迷惑を掛ける、「ハラスメントクレーマー」[ii]を生まないかが危惧されるところではあります。

                                     以上

                             文責:弁護士 帯刀康一

➣ 本弁護士解説の記事については、法改正、新たな裁判例の集積、解釈の変更等により、予告なく削除・加除等を行うことがある点については予めお断りをさせて頂きます。
 


 
[i] パワハラ防止指針(事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針〔令和2年厚生労働省告示5号〕)において、以下のパワハラの6類型が明示されています。

①身体的な攻撃 暴行・傷害
②精神的な攻撃 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
③人間関係からの切り離し 隔離・仲間外し・無視
④過大な要求 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害
⑤過小な要求 業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
⑥個の侵害 私的なことに過度に立ち入ること


[ii]
法律上の定義では全くなく、「モンスターペアレンツ」や「モンスタークレーマー」といった表現を借用したものです。要は、職場を含む社会生活において、誰しも人間関係において嫌な思いをすることは当然ありますが、受忍限度という言葉もあるとおり、嫌な思いをしたという他者の言動の多くは社会通念上がまんできる程度のものであって直ちに法律上問題となるようなものではないにもかかわらず、そのような些細な問題をすぐにハラスメントと結びつけて主張することで、周囲を困らせるような状況を生むような事例を想定しています。