当社の社員が、通勤途上のささいなことからけんかとなり、暴行罪で捕まったため、即日解雇をすることになりました。ところが、当該社員には20日ほどの年次有給休暇(以下、年休)が残っており、当人は残余の年休が取得できないのであれば、当社の年休買上制度を適用すべきと主張してきました。そもそも懲戒解雇の原因は当人にあるため、このような年休を買い上げる義務はないかと思われますが、いかがでしょうか。
年休を買い上げる法律上の義務はないが、使用者が年休買上制度を設けており、その制度上の要件を満たすのであれば、使用者には年休を買い上げる義務が生じる
1.年休の買い上げについて
年休を買い上げることは、本来は禁止されています。
というのも、年休は、労働者の健康で文化的な生活の実現に資するために、法定休日以外に毎年一定日数の休暇を有給で保障する制度ですので、使用者が労働者に対して金銭を支払うことで代替できる性質のものではないからです。
行政通達(昭30.11.30 基収4718)も、「年次有給休暇の買上げの予約をし、これに基づいて法(筆者注:労働基準法)第39条の規定により請求し得る年次有給休暇の日数を減じないし請求された日数を与えないことは、法第39条の違反である」として、使用者と労働者との合意によっても、金銭の支払いをもって年休の付与または取得に代えることができないことを明確にしています(ただし、法定日数を超えて与えられている有給休暇日数部分については、労使間で定めるところにより取り扱うことができます〔昭23. 3.31 基発513、昭23.10.15 基収3650〕)。
そのため、労働基準法上の原則としては、使用者は労働者から年休を買い上げることはできず、労働者から年休の買い上げを求められても拒否することができます。
2.年休の買上制度について
しかしながら、上記の原則は、雇用契約が終了する場面においては、労使の合意により修正されることがあります。
すなわち、労働者が年休を取得する権利は雇用契約に基づいているため、雇用契約が終了すれば、当該権利は消滅することになります。そのため、労働者が雇用契約終了までに年休をすべて取得しきれない場合には、雇用契約終了によって残余の年休は消滅することになり、労働者には、その日数分の年休を取得することができないという事実上の不利益(法律上保護されている利益ではない、という趣旨です)が生じることになります。
このような事実上の不利益については、やむを得ないものとしている使用者が多いと思われますが、場合によっては、さまざまな理由から、労働者に対して雇用契約終了時の年休残日数分に相当する金銭を支給したり、中には、年休残日数に応じて金銭を支給したりする制度を設けている場合もあるようです。いわゆる「年休買上制度」と言われているものですが、この制度においては、(使用者はいつでも年休残日数のすべてを買い上げるのではなく)使用者がいかなる場合に(例えば、労働者の勤続年数、自己都合退職か会社都合退職かなど)、どのような計算式で(年休と同じ計算式か、一定率を減じるかなど)、どのような条件で(最終給与と同時に支払うか、退職金と同時に支払うかなど)年休残日数を買い上げるか、ということを定めている場合が多いようです。
ご質問のケースでは、年休買上制度において、「懲戒解雇によって雇用契約が終了する場合は買い上げの対象とはしない」といった規定があれば、労働者からの要求に応じる義務はありません。しかし、もしそういった規定がなく、買い上げるべき条件を満たしている場合には、使用者は、年休買上制度に基づいて、労働者の年休を買い上げる義務を負うことになります。
退職金については、懲戒解雇の場合には原則として支給されないという認識が一般的ですが、それは退職金に関する規程に「懲戒解雇の場合には支給しない」といった規定が設けられているためであり、このような規定が存在しなければ、使用者は懲戒解雇の場合にも退職金を支払う義務を負うことになります。年休の買い上げについても、同様に、懲戒解雇の場合を除外する規定が存在しなければ、年休を買い上げる義務を負うことになります。
以上に対して、もし、「年休買上制度」といっても、規程化された制度は存在しておらず、単にこれまで使用者が退職者から年休残日数を買い上げたことがあるといった程度であれば、使用者は労働者からの要求を拒否することができます。このような場合、労働者から、年休残日数を買い上げる労使慣行が成立しているとの主張がなされることがあります。確かに、そのような労使慣行が民法92条にいう「慣習」に当たる場合には、使用者は年休を買い上げる義務が生じることになりますが、労使慣行が「慣習」に当たるといえるためには、「同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行なわれていたこと、労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことのほか、当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要し、使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者か、又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことを要するものと解される」(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件 大阪高裁 平 5. 6.25判決 労判679号32ページ)という高いハードルがありますので、年休残日数を買い上げる労使慣行が民法92条の「慣習」に当たる場合は、現実には少ないと思われます。
3.当該社員の労務管理について
ご質問のケースでは、労働者を懲戒解雇することを前提としていますが、当該労働者の暴行容疑は業務とは関係のない、いわゆる「私生活上の非違行為」であると思われます。また、当該労働者の逮捕容疑が、傷害罪(編注:人の身体を傷害したことによる罪で、15年以下の懲役または50万円以下の罰金となる。刑法204条)ではなく暴行罪(編注:人を傷害するまでには至らない暴行をした罪で、2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料に処せられる。同法208条)という点からすると、早期に釈放される可能性は十分にあるでしょう。
そうすると、懲戒解雇が有効と判断されるかどうかについては、事前に慎重に検討する必要があるように思われます。当該労働者が、早くも使用者に対して要求めいたことを主張してきていることからすれば、当該労働者については、話し合いによる退職や合意退職を目指してみることをお勧めします。
以上
労務行政研究所「労政時報」第3694号108頁掲載「相談室Q&A」(小池啓介)より転載