最近、ある問題社員が、勤怠不良や協調性がない等、さまざまなトラブルを引き起こしています。上司も、しっかりとした注意ができないようです。そこで、この問題社員に対して、正式な指導書の交付を考えています。指導書の作成や提示に当たっての留意点を教えてください。また、万一、この問題社員を解雇する場合、この指導書を出しておくと有効なのかも教えてください。
1.労務管理における注意・指導の重要性
ご質問にあるような問題社員については、トラブルを起こさないように勤務姿勢を改善してもらわなければ、当該問題社員の労務提供が不十分であるのみならず、周囲の社員の労務提供にまで悪影響を及ぼすこととなり、会社にとっても看過できない損害を生じます。しかし、現実の社会では、勤務姿勢の注意・指導が十分に効果のある場合ばかりとは限りません。その問題社員が勤務姿勢を改善しない場合、その問題社員に対しては、懲戒処分や降格といった措置を行いつつ更に改善を促し、それでも改善がなされず、改善の見込みが認められないといった段階に至れば、最終的には、その問題社員を解雇することも視野に入れなければなりません。
しかし、周知のとおり、わが国の労働法(労働基準法、労働契約法〔以下、労契法〕等)においては、労働者は法的に強く保護されており、例えば、期間の定めがない雇用契約における解雇については、使用者の解雇権の濫用について強く規制されていますし(労契法16条)、解雇にまでいかずとも、その他の懲戒処分や降格措置についても、人事権の濫用は許されません(懲戒については労契法15条)。そうして、上記の解雇権、人事権の濫用については、かなり使用者側に厳格に解されているのが裁判例の実務です。
こうした、かなり厳しく審査される解雇、懲戒、降格といった人事権の行使が濫用と認められないために効果的なのが、使用者側が当該問題社員に丁寧に指導を行ってきたこと、それにも関わらず当該労働者側がその勤務姿勢を改善しなかったこと、というプロセスとなります。
裁判例を見ても、解雇の例ではトライコー事件(東京地裁 平26. 1.30判決 労判1097号75ページ)、降格の例ではCFJ合同会社事件(大阪地裁 平25. 2. 1判決 労判1080号87ページ)等、解雇や降格の前に、使用者から数次の注意(指導)を受けていたにもかかわらず、労働者側に改善が見られなかったことを理由に、当該解雇や降格を有効でると判示しています。逆に、トラベルイン事件(東京地裁 平25.12.17判決 労判1091号93ページ)等は、労働者に対する指導が不足していたことを理由に、使用者のなした解雇を無効と判示しています。
2.口頭の指導と文書の指導(文書の効用)
前述1.のとおり、問題社員への注意・指導を適切に行うことは、労務管理上、当該問題社員の勤務姿勢の改善の効果を上げるためにも、また、問題社員が改善しなかった場合に、解雇、降格などといった人事上の措置を行う上でも、極めて重要なこととなりますが、その注意・指導の方法は、大別して、①口頭によるものと、②書面によるものとがあり、②が、所謂「注意書」「改善指導書」等と言われるものとなります。
注意・指導を口頭で行う方法は、迅速性(問題行為があったという、その現場で、時機を捉えて指導できること)、指導された労働者の心情を傷つける度合いも少ないこと等より、実務的にはメリットも少なくなく、現実の社会ではこうした方法で行われる場合の方が明らかに多いといえます。
一方、注意・指導書といった書面によれば、以下のメリットがあります。
a複雑・広汎な内容についての指導ができること、
bそもそも、その注意・指導が必要となる背景となった問題行為の内容の指摘も可能であること、
c後に裁判などの紛争に至った場合を考えれば、指導した事実および指導の内容が証拠に残ること、
d指導される社員への意識づけにも有効であり、改善指導の実が上がりやすいこと。
無論、注意・指導書の作成には、一定の手間と労力が必要であり、また、口頭での注意・指導に比して問題社員の心情を害すること(それにより、更に反抗的になる場合も考えられること)より、労務実務としては、問題行為が発生当初かつ軽微なうちは、口頭による指導を行い、それでも改善がない場合は、注意・指導書といった書面による指導に切り替えるという方法が適切と思われます。
3.注意・指導書の作成における注意点
注意・指導書は、問題社員の労務管理の上からは重要であり、メリットもあるのですが、記録に残るということは、その作成を誤ると、意義が減殺されること、場合によっては却って逆効果にもなりかねないので、以下のような注意が必要です。
①正確性および具体性
指導の前提となった問題社員の問題行為の具体的内容(5W1H)につき、正確に調査確認の上、簡明に記載しておくことが必要です。注意・指導書は、問題行為の内容の指摘を伴うと、改善効果の上でも、後の人事措置が有効と法的に判断される上でも効果的ですが、その記載自体が不正確では、せっかくの改善指導書による指導も、誤った前提でなされたものとの評価を受けかねません。
②タイミング
注意・指導書は指導を目的として作成されるものですが、指導とは本来、問題行為がなされてから時機を失することなく(長期間、問題行為を放置することなく)なされなければ、意味が希薄化するものです。裁判例でも、北沢産業事件(東京地裁 平19. 9.18判決 労判947号23ページ)等は、問題行為が行われてから1年以上指導が行われていなかったことを理由に、当該問題行為を解雇事由とすることが許されないとしており、時間の経過とともに指導の効力が希薄化することには留意すべきです。
③過不足のないこと
上記①②ほどではありませんが、注意・指導書の作成においては、過不足のないことも心掛けるとよりよいものとなります。注意・指導書を作成し問題社員に交付することは、前記2.のとおりのメリットもありますが、問題行為の一部を指導書に記載するのが漏れた場合、第三者(裁判所等)より、後になって、記載より漏れた問題行為については使用者が問題視していなかったと解釈されてしまうこともあり得るところです。したがって、少なくとも重要視している問題行為については、過不足なく指導書に記載しておくことが必要です。
以上
労務行政研究所「労政時報」第3693号128頁掲載「相談室Q&A」(岡芹健夫)に加筆補正のうえ転載