最近、ある若手社員が突発的な休暇を頻繁に申請するようになりました。様子を尋ねたところ、「耳鳴りがしてふらつくので、病院に行ったらメニエール病と診断された」とのことでした。上司の話では、業務上のノルマやトラブル、職場の人間関係で悩みを抱えているようです。うつ病等の精神疾患ではないようですが、このメニエール病、あるいは過敏性腸症候群、円形脱毛症といったストレスが原因と思われる疾病に対しても、会社として何らかの安全配慮をすべきでしょうか。
1 使用者の労働者に対する安全配慮義務
労働契約上における使用者は、労働者に対し、安全配慮義務を負っています。これは、労働契約法5条に「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定されていることによります。
ご質問における若手社員はメニエール病とのことですが、その発症のメカニズムは必ずしも明らかになっていないものの、一般に、ストレスが相関しているとされています。
2 ストレスと安全配慮義務
労働契約法5条は、労働契約上の使用者が負う安全配慮義務について規定していますが、同条は特に安全配慮義務を負うべき事情(疾病の原因等)につき制限を設けてはいませんから、ストレスを理由とする疾病についても、当然ながら安全配慮義務の射程に入ります。裁判例を見ても、ストレスを理由とする疾病についても、使用者の安全配慮義務を問題とし、その違反を認定して使用者の責任を認めたものが数多くあります。
例えば、若手社員の長時間労働によるうつ病発症とそれによる自殺につき、使用者の安全配慮義務違反を認めた例(電通事件 最高裁二小 平12.3.24判決 労判779号13ページ、アテスト事件 東京高裁 平21.7.28判決 労判990号50ページ)がそれに該当します。
無論、自殺にまで至らない場合でも、使用者が安全配慮義務を果たしていないことにより、過重業務によりうつ病を発症した事例につき、使用者の責任を認めたものとして、東芝(うつ病・解雇)事件(最高裁二小 平26.3.24判決 労判1094号22ページ、「労政時報」第3869号-14.6.27 58ページ、第3879号-14.12.12 70ページ)があります。
ただし、ご質問のケースにおいては、そもそも当該社員の罹患したメニエール病のようなストレスを原因とする疾病が、会社での過重業務により生じた業務上の傷病なのか、あるいは会社の業務とは関係なく生じた私傷病なのか不明ですが、そのいずれかにより、使用者が負うべき責任と今後講ずべき措置が変わってきますので、具体的措置の検討にあたっては、上記の点について分けて考える必要があります。
3 ご質問のケースの検討
(1)疾病が業務を原因として発症した場合
ご質問のメニエール病のようなストレスが原因とされている疾病が、業務を原因として発症した場合に、その疾病が生じたことにつき、使用者の側に安全配慮義務違反があれば、その発症による当該労働者の損害(業務を休んだことによる賃金減額、不支給、傷病による医療費等)を補償する必要がでてきます。上記で言う安全配慮義務違反の例として一番多く見られるものは長時間労働を中心とする過重業務ですが、その他にも、慣れない業務、納期が切迫した仕事を与えたことによる過重業務の例、更には、パワーハラスメントなど職場の環境を適切に調整しなかったことによるものも散見されます。
また、その後の疾病の悪化を防止する手だてとして、例えば業務の軽減を図るべく異動を行うか、そうでなくとも担当業務を減らしたり、場合によっては休業や休職を命じたりすることで安全配慮義務を履行することが必要となります。
(2)疾病が業務を理由として発症したものではない場合
この場合は、既に生じた疾病から生ずる損害(業務を休んだことによる賃金減額、不支給、傷病による医療費等)については、使用者が責任を負うことはありませんが、やはり、前記(1)後半で述べましたように、既に発生し、使用者も認識している疾病の更なる悪化を防止する措置をとる必要はあります。
4 ご質問のケースにおいて当面行うべき措置
以上を前提にご質問のケースにおいて当面行うべき措置について検討しますと、まずは、疾病の実情(本当にメニエール病なのか、そうだとして、どの程度重度のものなのか。またその原因は業務上か否か。今後必要な措置は医学的にどのようなものか)を把握しなければなりません。過敏性腸症候群、円形脱毛症等といったストレスが原因と思われる疾病についても同様の対応が考えられます。
そのため、当人の主治医への面談を求めて疾病の実情を聴取するとともに、必要であれば、会社の産業医ないしは会社が適当と指定する医師の診断を受けてもらう必要があります。これらは、産業医への診断を除けば、いずれも原則として本人の同意が必要となりますが、会社が本人への安全配慮義務を尽くすために必要な措置ですので、それを本人に説明して同意を求めることとなります。一方、万一本人が最後まで同意してくれない場合は、少なくとも発症以後は、使用者の安全配慮義務の履行に協力しないということになりますので、使用者側の義務違反はないか相当希薄なものとなるでしょう。
その上で、医師の診断、意見を参考に、前記述の通り、疾病の悪化を予防する措置を取るとともに、仮に、当該疾病が業務によるものである場合には、会社側の安全配慮義務違反の有無について検証することとなります(安全配慮義務違反が認められるような場合は、補償の準備も必要となるでしょう)。
以上
労務行政研究所「労政時報」第3928号124頁掲載「相談室Q&A」(岡芹健夫)に加筆補正のうえ転載