1.はじめに
前回の第7回コラムでは、LGBTの当事者に関係するセクシュアルハラスメントの問題のうち、「職場における性的指向・性自認に関する言動とセクシュアルハラスメント」、及び「対策を講じる必要性」について取り上げました。
そこで、今回のコラムにおいては、どのような言動がLGBTの当事者に対するセクシュアルハラスメントに該当し得るのか、また、職場におけるLGBTの当事者に対するセクシュアルハラスメントの防止・事後対応の留意点について取り上げたいと思います。
2.問題となり得るLGBTの当事者へのセクシュアルハラスメントに関する言動
(1)職場で留意すべき言動と周知
どのような言動が性的指向・性自認に関するセクシュアルハラスメントに該当し得るのかについては、いまだに明確な指針等がないため、職場においてどのような言動に留意する必要があるか周知されていない企業もあるのではないかと思います。
そこで、以下において、性的指向・性自認に関するセクシュアルハラスメントに該当し得る言動について解説します。
(2)LGBTの当事者への偏見・無理解・侮辱・差別意識・嫌悪感等に基づく言動
まず、LGBTの当事者への偏見・無理解・侮辱・差別意識・嫌悪感等からなされる言動が挙げられます。
そして、以下のような言動は、LGBTの当事者の人格的利益等を侵害する可能性があるため、法的には一番問題となり得る言動といえます。
① 「(LGBTのタレントの名前を挙げて)あいつキモいよな。」
∵ マスメディアに登場するLGBTのタレントの影響もあってか、職場においてこのような発言を見聞きすることもあるかと思いますが、このような言動はLGBTの当事者に対する侮辱・差別意識・嫌悪感を含む不適切な言動です。
② 「(しぐさが女性っぽい戸籍上の性別が男性の社員に、手を頬に当てて)お前こっちか。」「あいつはゲイじゃないか。エイズなんじゃないか」「オネエっぽくて気持ち悪い。」
∵ このような言動を何気なしにしてしまったことがある人も多いと思いますが、(言われた社員に対してだけではなく)ゲイの当事者に対する侮辱・偏見を含む不適切な言動です。
③ 「ホモ。」「オカマ。」「オナベ。」
∵ このような表現もマスメディアなどでなされることがありますが、このような言動は、主としてゲイ、トランスジェンダーに対する侮辱的ニュアンスを含む不適切な言動です。
④ 「レズ。」
∵ 「レズ」という言い方は、男性向けのポルノのジャンルのように感じる人も多く、侮辱的ニュアンスが含まれる不適切な言動です。
※ 略さないで「レズビアン」というべきです。
⑤ 「(バイセクシュアルに対して)お盛んだね。」「恋愛対象が多くていいね。」
∵ 「バイセクシュアルは性欲が旺盛である」という偏見に基づく不適切な言動です。
※ 異性も同性も好きになるからといって、多くの人を好きになるということではありません。
⑥ 「(カミングアウトした当事者に対して)あなたが選んで好きでやっていることでしょ。」「治療すれば治るんじゃないの。」「どうしてそうなっちゃったの。」
∵ 自由民主党 政務調査会 性的指向・性自認に関する特命委員会が公表した「性的指向・性同一性(性自認)に関するQ&A」(平成28年6月)において、「性的指向や性同一性は、ともに本人の意思で選んだり変えたりすることはできないものと考えられています。従って、本人の意思や趣味の問題であるとして片付けてしまうことは、誤りです。」とされています。したがって、上記のような言動は、まさにLGBTの当事者の人格的利益を否定したり、LGBTに対する無理解を示したりする不適切な言動です。
(3)男性・女性といったジェンダー価値観の押付け
次に、従来の男性・女性という2つの価値観に固定され、性の多様性を認識していない(認識しようとしていない)ためになされる言動が挙げられます。
① 「男か女か、どっちなのか。」「もうちょっと化粧したりして女らしくすれば。」「男らしくない。」「どんな(異性の)芸能人が好きなの。」「早く彼氏・彼女をつくれば。」
∵ 男性・女性という2つの性分類を前提としていたり、好きになる相手が異性であることを前提としたりするなど、性の多様性への配慮に欠ける不適切な言動といえます。
② 「早く結婚しないのか。」「早く結婚して家庭を持ったほうがいい。」
∵ 法律上の結婚が認められないカップルもいることへの配慮に欠ける不適切な言動といえます。
3.LGBTの当事者に対するセクシュアルハラスメントの防止・事後対応の留意点
(1)セクハラ指針の改正と対応
本コラムにて何度か解説していますとおり、厚生労働省は「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成18年10月11日 厚生労働省告示第615号。以下「セクハラ指針」といいます)について、労働政策審議会雇用均等分科会において改正案をまとめ、改正後のセクハラ指針では、「被害を受けた者(中略)の性的指向又は性自認にかかわらず、当該者に対する職場におけるセクシュアルハラスメントも、本指針の対象となるものである。」ことを明記しており、この改正後のセクハラ指針は平成29年1月1日から施行予定となっています(平成28年8月2日 厚生労働省告示第314号として公布)。
職場におけるセクシュアルハラスメント対策については、男女雇用機会均等法11条1項において事業主の義務とされており、また同法11条2項において、事業者が講ずべき措置いついて指針で定めるとされており、この指針が上記セクハラ指針になります。
そして、セクハラ指針においては、事業主に対して、大きく分けて、Ⅰ.事業主の方針の明確化等、Ⅱ.相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、Ⅲ.職場におけるセクシュアルハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応、Ⅳ.Ⅰ.からⅢ.までの措置と併せて講ずべき措置を講じることが求められています。
したがって、事業主は、セクハラ指針に対応した職場における性的指向・性自認に対するセクシュアルハラスメントの防止等に関する措置を講じておく必要があることになります。
そこで、以下においては、事業主が、セクハラ指針に対応した職場における性的指向・性自認に対するセクシュアルハラスメントの防止・事後対応に関する措置を講じるうえで、特に留意すべき事項について解説します。
(2)「Ⅰ.事業主の方針の明確化等」について
ア.経営トップのメッセージ
職場におけるLGBTの当事者に対するハラスメントは「見えていない」だけで、どの職場においても存在している可能性があります。
しかし、性的指向・性自認に関する言動もセクシュアルハラスメントに該当し得ることが職場において十分に周知されているとはいえないのが現状であると思います。
そこで、まずは、経営層・管理職がそのことを認識したうえで、職場において「性的指向・性自認」に関するセクシュアルハラスメントがあってはならないこと、及びそのような言動を行った者については厳正な処分を行うことがあるとのメッセージを社内に周知することが必要になります。
イ.規程化
企業として、性的指向・性自認に関するセクシュアルハラスメントがあってはならないという姿勢を目に見える形で示すために、就業規則等で「性的指向・性自認」に関するセクシュアルハラスメント禁止する規定を盛り込むことが考えられます。
セクシュアルハラスメント防止規程を作成している企業においては、その定義として、「セクシュアルハラスメントとは、職場において行われる性的な言動への対応により当該言動の相手方となった会社の従業員その他の就業者がその労働条件につき不利益を受け、または当該性的な言動により会社の従業員その他の就業者の就業環境が害されることをいう。」といった規定が設けられていることも多いと思いますが、より明確にするためには、以下のような一文を付記することが考えられます。
「なお、職場における性的指向・性自認に関する言動に対する対応により当該言動の相手方となった会社の従業員その他の就業者がその労働条件につき不利益を受け、または当該性的指向・性自認に関する言動により会社の従業員その他の就業者の就業環境が害されることも含むものとする。」
ウ.研修の実施
LGBTに関する理解が十分ではない状況においては、経営トップがいかに性的指向・性自認に関するセクシュアルハラスメントがあってはならないというメッセージを出したとしても、社員がどのような言動が問題となり得るのかを理解していなければ意味のあるメッセージとはいえないと思います。
そこで、社内研修、セミナー等を一般社員にも実施し、LGBTの基本的な事項や、LGBTの当事者にとってどのような言動がストレスとなるのかといった事項について啓発活動を行うことが有用です。
そのような研修において、LGBT層が人口の7.6%(電通ダイバーシティ・ラボ「LGBT調査2015」)を占める可能性があることを説明した場合に、研修後に自分の職場にもいるのかもしれないという目で周囲を見るようになり、「あの人もそうじゃないの。」といったうわさ話がなされることも考えられます。
したがって、研修を行う場合は、そのようなうわさ話もセクシュアルハラスメントに該当することなども研修に盛り込む必要があります。
(3)「Ⅱ.相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」について
ア.相談窓口
相談窓口において、性的指向・性自認に関するセクシュアルハラスメントに関する相談についても受け付けることとし、その旨社内に周知することが有用といえます。
イ.相談窓口担当者に対する研修の実施
相談窓口での対応に関与することになる人事担当者(採用担当者も含む)、産業医、相談窓口担当者に対しては、特にLGBTに関する研修を実施しておくことが必要になります。その際に、相談を受けた場合の秘密保持の徹底についても十分に説明しておく必要があります。
(4)「Ⅲ.職場におけるセクシュアルハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応」について
セクハラ指針により性的指向・性自認に関する言動もセクシュアルハラスメントに該当し得ることが明確化されたこともあり、性的指向・性自認に関する言動についてセクシュアルハラスメントの申告がなされた場合、「わからない」ということでは済まされず、事業主として迅速かつ適切な対応を行う必要があります。
(5)「Ⅳ.Ⅰ.からⅢ.までの措置と併せて講ずべき措置」について
セクシュアルハラスメントの申告がなされた場合は迅速な調査が必要となりますが、職場におけるLGBTの当事者に対するセクシュアルハラスメントのケースは、本人のプライバシー確保が極めて重要になります。
そこで、①そもそも調査を行うのか否か、②調査を行うことになった場合であってもどのような方法で調査を行うのかという点について、本人と協議を行い、本人の人格的利益やプライバシーに配慮した調査を行うことが重要になります。
ただし、本人の人格的利益やプライバシーについて配慮しながら調査を行う場合、調査方法に一定の制約が生じることについては、事前に本人に説明したうえで理解を得ておきます。そうすることが、後日、本人との間での調査方法等に関するトラブルを回避することにつながります。
(6)その他(管理職としてまずできること)
現時点において、管理職が、職場において、上記のようなLGBTの当事者に対するセクシュアルハラスメントに該当し得る言動がなされている場面を目撃した場合の対応は、言動の程度にもよりますが、まずはやんわりと「そういったことはハラスメントに該当する可能性があるから今後は言わないほうがいいよ。」などと一声掛けることからはじめることが有用といえます。
LGBTの当事者からすれば、そのようなことを言ってくれる管理職がいるということだけでも、心強く感じられる面があると思われます。
➣ 企業とLGBTの問題については、必ずしも議論が深まっている分野ではなく、不確定要素も多いため、本コラムの記事については、予告なく削除・加除等を行うことがある点については予めお断りをさせて頂きます。
文責:弁護士 帯刀康一