1.はじめに

  前回の第6回コラムでは、職場におけるLGBTの当事者についての喫緊の課題のうち、「LGBTに関する社内研修」を取り上げました。

そこで、今回は、同じく喫緊の課題の一つである、LGBTの当事者に関するセクシュアルハラスメントの問題を取り上げたいと思います。

 

2.職場における性的指向・性自認に関する言動とセクシュアルハラスメント

  職場における性的指向・性自認に関係するセクシュアルハラスメントの問題については、「見えない」という特徴があります。

  そのため、これまで、セクシュアルハラスメントの議論がなされる場においても、この問題についてあまり意識して議論されたことがありませんでした。

  しかし、平成25年12月20日に開催された第139回労働政策審議会雇用均等分科会において、当時の雇用均等政策課長が「性的マイノリティの方に対する言動や行動であっても、均等法11条やセクハラ指針に該当するものであれば、職場におけるセクシュアルハラスメントになると考えております。」と回答し、また、平成25年12月24日 厚生労働省告示第383号により「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成18年10月11日 厚生労働省告示第615号。以下「セクハラ指針」といいます)が改正され、「職場におけるセクシュアルハラスメントには、同性に対するものも含まれるものである。」と同性に対する言動もセクハラに該当することが明記されるに至りました。

  もっとも、上記のセクハラ指針では、性的指向・性自認に関する言動がセクシュアルハラスメントに該当する可能性があるということは明記されていなかったこともあり、職場における性的指向・性自認に関する言動もセクシュアルハラスメントに該当する可能性があることを正確に認識し、対策を講じている事業主は少数にとどまっていたと思います。

  そうした事情のなかで、平成27年3月31日に、東京都渋谷区議会にて「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」(パートナーシップ条例)が可決・成立し(施行は同年4月1日)、同年11月5日から同性同士のカップルに対する「パートナーシップ証明書」を発行することを発表したことで、マスコミ等に大々的に報じられ、LGBTに対する社会的認知度が高まるとともに、LGBTの当事者が職場においても様々な困難性を抱えていることが取り上げられるようになりました。その中でも、職場における性的指向・性自認に関する言動が問題として浮かび上がってきました。

  そして、そのような流れを受けて、自由民主党 政務調査会 性的指向・性自認に関する特命委員会は、平成28年5月24日に「性的指向・性自認の多様なあり方を受容する社会を目指すためのわが党の基本的な考え方」を公表し、その中で、「職場における性的指向や性自認に関するいじめ・嫌がらせ等に関し、男女雇用機会均等法第11条及び同条に基づく『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針』において、性的指向・性自認に関するいじめ・嫌がらせ等であっても同条および同指針におけるセクシュアルハラスメントに該当するという解釈をすみやかに通達等の手段により明確化すること。同指針については、必要な手続きを経た上で、遅滞なく上記趣旨が明示的に記載されるよう改正を行うこと。」としました。

  また、厚生労働省はセクハラ指針について、労働政策審議会雇用均等分科会において改正案をまとめました。改正後のセクハラ指針では、「被害を受けた者(中略)の性的指向又は性自認にかかわらず、当該者に対する職場におけるセクシュアルハラスメントも、本指針の対象となるものである。」ことを明記しています。この改正後のセクハラ指針は平成29年1月1日から施行予定となっています(平成28年8月2日 厚生労働省告示第314号として公布)。

  なお、上記のようにセクハラ指針を改正した趣旨について、平成28年5月25日に開催された第172回労働政策審議会雇用均等分科会において、厚生労働省の雇用均等政策課長より、以下のように説明されています(下線は筆者)。

職場におけるセクシュアルハラスメントについては、被害者の性的指向や性自認は問わないものですが、それが周知徹底されていないという声が近年多くなっていまして、これを踏まえて、対応していくというものです。この『被害者の性的指向や性自認を問わないものであるけれども』という所ですが、これは前回のセクハラ指針の改正をしたときに、同性に対するものも含まれるというような一文を2の(1)に追加をしまして、その改正時のときの御議論といいますか、御質問の中で、連合委員のほうから、いわゆる性的マイノリティーの方に対するセクシュアルハラスメントも当然、対象になるのではないかという御質問を受けて、当時の雇用均等政策課長のほうで、性的マイノリティーの方に対する言動や行動であっても、均等法の11条やセクハラ指針に該当するものであれば、当然職場におけるセクシュアルハラスメントに該当すると考えているということで、御解答をさせていただいたところでございまして、そういうような中身の明確化をさせていただくという内容です。

  ちなみに政府の動きとしては、参考資料の6の所ですが、これは5月18日の一億総活躍国民会議の資料で、『ニッポン一億総活躍プランの(案)』が示されていますけれども、その中で線を引いていますが、性的指向・性自認に関する正しい理解を促進するとともに、社会全体が多様性を受け入れる環境づくりを進めるということで、こういうことが盛り込まれていることもありまして、今申し上げましたように、被害を受ける方の性的指向・性自認にかかわらず、これらの方に対するハラスメントも、セクハラ指針の対象となる旨を明確化するという改正を行うこととするという、2つの改正の趣旨です。」

  このように、現在においては、職場における性的指向・性自認に関する言動がセクシュアルハラスメントに該当する可能性があることは明確に示されるに至っています。

 

3.対策を講じる必要性

  すでに述べましたように、セクハラ指針において、性的指向・性自認に関する言動、すなわち、LGBTの当事者に関する言動についてもセクシュアルハラスメントに該当する可能性があることが明記されたため、企業は、今後、セクハラ指針に沿った対応を講じていく必要があります。

  しかし、現実問題として、性的指向・性自認に関する言動とハラスメントの問題について、対策を講じていない企業も多いと思われます。また、そもそも自社では対策を講じるまでもないのでは、との考えもあるかもしれません。

  この点、日本労働組合総連合会(連合)が、職場における性的マイノリティに対する意識を把握するためにLGBTに関する職場の意識調査を実施し、平成28年8月25日付で「LGBTに関する職場の意識調査」(N=1000)を公表しており、その中に、「職場における『LGBT』に関するハラスメント」の項目があります。

  その調査において、職場(飲み会等含む)で、いわゆる「LGBT」に関するハラスメントを経験したこと、または、見聞きしたことはあるか聞いたところ、以下のような調査結果となったとのことです。

➣  自分が受けたことがある(LGBT当事者・非当事者問わず)   1.3%

➣ 直接見聞きしたことがある                            7.6%

➣ 間接的に聞いたことがある                           15.3%

➣ 受けたことも、見聞きしたこともない                      77.1%

  現時点において、何らかの形で職場におけるLGBTの当事者に対するハラスメントを受けたり見聞きしたことがある人の割合は、22.9%であり、5人に1人の割合となっています。

  また、同調査結果を役職別にみると、職場においてLGBT関連のハラスメントを受けたり見聞きしたりした人の割合については、以下のような調査結果となったとのことで、役職が上がるにつれ受けたり見聞きしたりした人の割合は高くなっており、部下からの報告を受ける立場である管理職では、3人に1人が職場におけるLGBT関連のハラスメントを見聞きしている可能性があるとされています。

➣ 一般社員・一般職員 (N=831)                  21.8%

➣ リーダーの役割(非管理職)(N=112)            25.0%

➣ 管理職(N=57)                                          35.1%

  このように、現時点においても、職場において性的指向・性自認に関するハラスメントの問題は顕在化してきているといえ、どの職場であっても、目に見えていないだけで、このようなハラスメントが生じる(生じている)可能性は十分考えられます。

  また、当然のことながら、職場の中だけではなく、取引先・顧客の中にもLGBTの当事者がいる可能性があり、企業としては、顧客対応という面でも、LGBTの当事者に対するハラスメントは無視できない問題といえます。

  そして、企業がセクシュアルハラスメントの問題を放置した場合には、①メンタルヘルスに罹患したなどとしてLGBTの当事者から損害賠償請求(労災申請)がなされるリスク、②LGBTの当事者の生産性・モチベーションが低下するリスク、③必要な人材の取りこぼし、人材流出リスク、④LGBTの権利保護の機運が高まっているなかで、職場でLGBTに対する差別があることがマスコミやネットなどで取り上げられ、企業イメージが低下し、その結果、取引・採用等に悪影響を与えるリスクなどが考えられます。

  したがって、企業としては、LGBTの当事者に関係するセクシュアルハラスメントの問題が仮に現時点で顕在化していなかったとしても、上記リスク及び職場での無用なトラブルを回避するためにも、今から対策を講じておく必要があるといえます。

以上

 

➣ 企業とLGBTの問題については、必ずしも議論が深まっている分野ではなく、不確定要素も多いため、本コラムの記事については、予告なく削除・加除等を行うことがある点については予めお断りをさせて頂きます。

文責:弁護士 帯刀康一