1.喫緊の課題について

  近時、LGBTの当事者が、自分の了解なしにLGBTの当事者であることを第三者に開示された(開示を強制された)などとして、企業等に対して訴訟を提起したというケースの報道がなされているように、現実問題として、職場において、LGBTの当事者との間でトラブルに発展するケースが生じてきています。
  しかし、報道等により、上記のようなトラブルが生じていることを認識していたとしても、実際に自社の職場においてLGBTの当事者との間でトラブルが生じることを防止するために何をしておけばよいのか(何から始めればよいのか)、わからないという企業も多いのではないかと思います。
  この点、企業が、職場におけるLGBTの当事者との間のトラブルを防止するために考えておかなければならない事項は、細かい事項まで含めれば非常に多岐にわたります。
  しかし、いきなりさまざまな課題に対応しようとしても、職場に混乱を生じさせるだけという結果となってしまう可能性があるため、対応に当たっては優先順位をよく考える必要があります。
  そのような観点から、企業がまず取り組むべき喫緊の課題を挙げるとすると、①LGBTに関する社内研修、②カミングアウトへの対応(アウティングの問題)、③ハラスメントへの対応(LGBTの当事者に対するセクシュアルハラスメント・パワーハラスメントの問題)、が挙げられます。

  まず、①LGBTに関する社内研修の実施については、職場におけるLGBT当事者を巡るトラブルの発生は、社員がLGBTについて理解が不十分であることが大きな要因となっているため、職場においてLGBTに関する知識を広め、理解を促進するために必要になります。

  次に、②カミングアウトへの対応(アウティングの問題)については、LGBTの当事者が職場においてカミングアウトする場合、職場全体に対してカミングアウトするのか、人事部などの管理部門の担当者、職場の上司・同僚といった特定の人のみにカミングアウトするのか、その状況は様々であると考えられますが、今後、このようなカミングアウトをするケースが多くなることが予想されます。
  いずれのケースにしても、LGBTの当事者からカミングアウトを受けた時に、カミングアウトを受けた者が、LGBTの当事者への配慮に欠ける不適切な言動をしてしまうなど初期対応を間違えてしまった場合、信頼関係が損なわれてしまい、それ以後の対応に苦慮する可能性があります。
  そこで、そのような事態とならないためにも、カミングアウトを受けた場合の対応についても検討しておく必要があるといえます。

  最後に、③ハラスメントへの対応(LGBTの当事者に対するセクシュアルハラスメント・パワーハラスメントの問題)については、LGBTの当事者の割合が日本の人口の7.6%(電通ダイバーシティ・ラボ「LGBT調査2015」)と推計されるという調査結果があることからすれば、どの企業であっても、現実問題として職場にLGBTの当事者が勤務している可能性は否定できず、行政も、LGBTの当事者に対するセクシュアルハラスメント及びパワーハラスメントについて施策を講じ始めています。
  まず、セクシュアルハラスメントについては、職場でのLGBTの当事者へのセクシュアルハラスメントに企業が対応する義務があることを明確にするため、厚生労働省は男女雇用機会均等法によって定められている指針について、労働政策審議会 (雇用均等分科会)において改正案をまとめており(改正後の指針では、「被害を受けた者の性的指向又は性自認にかかわらず、当該者に対する職場におけるセクシュアルハラスメントも、本指針の対象となる」ことを明記するとされています)、改正後の指針は平成29年1月1日から施行予定とされています。
  また、パワーハラスメントについては、平成28年7月7日に厚生労働省が公表した「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第2版)」に「性的指向や性自認についての不理解を背景として、『人間関係からの切り離し』などのパワーハラスメントにつながることがあります。このようなことを引き起こさないためにも、職場で働く方が、性的指向や性自認について理解を増進することが重要です。」と記載されています。
  この点、どのような言動がLGBTの当事者に対するセクシュアルハラスメント・パワーハラスメントに該当し得るのかについては、次回以降のコラムで解説したいと思いますが、職場においてLGBTの当事者に対するハラスメントの問題について何らかの対応が取られていない場合、労災・安全配慮義務違反、人材の取りこぼし・流出といったリスクを放置していることになりかねないため、早急な対応が必要になってきます。

 

2.LGBTに関する社内研修について

  上記において、喫緊の課題として3つの課題を指摘しましたが、本コラムにおいては、①LGBTに関する社内研修について解説したいと思います。
  すでに解説しましたとおり、職場においてLGBTの当事者との間でトラブルが生じる理由は、社員がLGBTについて理解が不十分であることが大きな要因となっていると考えられます。
  したがって、職場においてLGBTの当事者との間のトラブルを防止するためには、LGBTに関する研修を行い、社員に対してLGBTに関する啓発を行うとともに、理解を求めていくことが何よりも必要となりますし、企業が職場におけるLGBTの当事者に関する諸問題への対応を検討・実施していく全ての場面において、社内研修は重要な役割を果たすものと考えられます。

  しかし、職場におけるLGBTの当事者に関する問題について認識できている経営層、人事部などの管理部門の担当者はそれほど多くはないのが現状であると思いますが、職場のLGBTの当事者に関する問題への対応を検討する際には、経営層や管理部門の担当者の理解は必須といえますので、まずは、経営層や管理部門の担当者自らが進んで、Ⅰ.LGBT(性の多様性)について、Ⅱ.ハラスメントやカミングアウトへの対応、Ⅲ.LGBTの当事者に対する事実上・人事上の措置を行う場合の留意点等に関する研修やセミナーを受けることが必要になると思います。その際、できれば、弁護士による研修、LGBTの当事者による研修など、複数の研修やセミナーを受けることが有用であると思います。
  また、職場におけるLGBTの当事者への対応について何らの取り組みを行っていない企業が、職場全体に対してLGBTの研修を行う場合についてですが、あまり細かな内容を盛り込んだとしても消化不良となってしまい、かえって職場におけるLGBTの当事者に対する偏見・差別を助長してしまうことにもなりかねません。

  そこで、職場全体への研修を行う場合には、例えば、Ⅰ.LGBT(性の多様性)について、Ⅱ.LGBTの割合・LGBTの市場について、Ⅲ.LGBTの当事者が職場で抱えている困難性について、Ⅳ.LGBTの当事者に対するセクシュアルハラスメント・パワーハラスメントについて、Ⅴ.カミングアウトを受けた場合の対応(アウティング)について、といった事項にポイントを絞った研修を行い、その後追加で社員に対して情報提供する必要がある事項が生じた場合には適宜情報提供して注意喚起をするといった対応が必要になると思います(また、研修も、すでに職場のLGBTの当事者に関する研修等を受けた社内人事担当者による研修、弁護士による研修、LGBTの当事者による研修など、複数回実施することも有用です)。
  さらに、人事部などの管理部門に配置転換された場合や、管理職に任用された場合には、上記、経営層や管理部門の担当者が受けるような、LGBTの当事者に対する事実上・人事上の措置を行う場合の留意点なども含めた研修を別途行うといった配慮も必要になってくると思います。

以上

➣ 企業とLGBTの問題については、必ずしも議論が深まっている分野ではなく、不確定要素も多いため、本コラムの記事については、予告なく削除・加除等を行うことがある点については予めお断りをさせて頂きます。

文責:弁護士 帯刀康一