他社の従業員に対する言動といった直接の指揮命令関係がない関係者間でもパワハラになることはありますか?

パワーハラスメント(以下「パワハラ」という)は、上司の部下に対する指揮命令権等の優位性が背景になっていることが多いため、パワハラは、基本的には同一の企業、団体等に所属している者同士(主として「上司と部下」)の間で問題となります。

しかし、近時、従業員が職務を遂行するうえで、自社の従業員だけではなく、他社の従業員と共同で職務を遂行するといった機会が増加しており、そのようなケースにおいては、他社の従業員ともコミュニケーションをとりながら業務を遂行することもあります。

そして、そのようなケースにおいては、同一企業内における上司の部下に対する指揮命令関係等の優位性を背景とする典型的なパワハラとは異なり、直接の指揮命令関係等が存しない者同士の間でのパワハラという問題が生じる可能性があります。

すなわち、確かに、パワハラというと職場内(自社の従業員同士)での問題が非常に重要ではありますが、被害者から加害者に対して、パワハラを理由に不法行為による損害賠償請求がなされる局面では、法律的な評価としては不法行為の要件を充たすか否かが問題とされます。そして、指揮命令関係が存することは不法行為の要件とされていないことから、直接の指揮命令関係がない者同士の間であっても(他社の従業員等に対しても)、一方が他方に対して人格権等を侵害するような言動を行い、それが不法行為の要件を充たすのであれば、損害賠償請求が認められる可能性があるということになります。

裁判例においても、A大学ラグビー部のヘッドコーチであったYが、同大学との間でラグビー部所属選手のトレーニング等の指導等を内容とする契約を締結していたB社の従業員であったX(女性)に対し、直接ではないものの他のコーチなどを通じて間接的に「女だから駄目だ」「女は気合いを入れられない」といった言動をしていた事案において、「YのXに対する言動・・・には、女だから駄目だ、女は気合いを入れられない、あいつは女だからAチームのウォーミングアップで雰囲気を高めていくことはできないなど、女性であることを理由として、同Xのトレーナーとしての能力を否定する言動が含まれている。そして、Yがヘッドコーチに就任する以前の平成21年度も同Xはラグビー部に本件契約に基づいてトレーナーとして派遣されており、トレーナーとしての能力が問題とされることもなかったことからすれば、Yの上記各言動には合理的な理由がなかったものといえる。そして、Yの上記各言動が直接Xに対してではなく、他のコーチや甲田に対して述べられたものであるが、これらの言動ないしはその趣旨が同Xに伝わり、同Xの心情を傷つけるであろうことは当然に予想できることである。また、YとXとの間には、職務上の直接の指揮命令関係はないものの、Yはラグビー部のヘッドコーチとしてラグビー部内において被告戊田に次ぐ地位にあること、上記言動の多くが同Xのラグビー部における業務遂行中に行われており、その内容自体も同Xに対する強い拒否的態度を示すものであることからすれば、Yの上記言動により、同Xが本件契約に基づくトレーナーとしての業務の遂行を行うことが事実上困難になったということができる。これらのことからすれば、YのXに関する言動は、女性であることを理由とする合理的な根拠のない非難によって同Xのトレーナーとしての業務遂行を困難にさせたものであって、職務上の地位・権限を逸脱・濫用し、社会通念に照らし、通常人が許容し得る限度を超える行為を行ったと評価されるものであり、同Xの人格権を違法に侵害するものとして不法行為(民法709条)が成立するというべきである。」とし、直接の指揮命令関係がない者同士の間でも不法行為(パワハラ)に該当する可能性があることが判示されています(東京地判平25.6.20・A大学事件)。

したがって、特に管理職クラスの地位にある方々は、自社の部下のみならず、職務上コミュニケーションをとることがある他社の従業員に対しても、人格権等を侵害するような言動を行うことは避けるといった配慮をしなければならない点に留意する必要があるといえます。

以上