「『パワーハラスメント(パワハラ)』の広がり」

弁護士 小池啓介

「パワーハラスメント」(以下「パワハラ」)という用語は、平成14年頃から各種メディアにより広く用いられるようになったそうですが、現在では「セクシュアルハラスメント」(以下「セクハラ」)と同じように、職場環境の問題点の一つとして使用者・労働者に広く認識されています。

「パワハラ」の意義については、例えば東京地裁平成20年10月21日判決において、「組織・上司が職務権限を使って、職務とは関係ない事項あるいは職務上であっても適正な範囲を超えて、部下に対し、有形無形に継続的な圧力を加え、受ける側がそれを精神的負担と感じたときに成立するものをいう」と定義され、一般的には、上司から部下に対する行為と認識されていることが多いと思います。

しかし、同僚間のいじめや嫌がらせ行為についても、使用者が責任を負う場合がありますので、今回は、この点に関する裁判例をご紹介します。

事案は、ある従業員が、自分が精神障害に罹患した原因は、同僚等によるいじめ、および、それに対する適切な措置が会社においてとられなかった点にあると主張して、労働基準監督署長に対して、労働者災害保険補償保険法に基づく療養補償給付を申請したところ、労働基準監督署長が平成18年5月9日付で不支給決定を行ったため、当該従業員が裁判所に対して不支給決定の取り消しを求めたというものです。

この事案において、大阪地裁平成22年6月23日判決は、当該従業員が行われたと主張するいじめ行為のうち、一部が実際に行われたことを認定し、同僚間のいじめ行為とともに、使用者がそれらに対して何らの防止措置もとらなかったことから、従業員が精神障害を発症したもの(業務に内在する危険が顕在化したもの)として、精神障害と業務との相当因果関係を認めました。

すなわち、判決が認定したいじめ行為のほとんどは、同僚間で交わされた当該従業員に対する悪口であり、判決も「他の人が余り気づかないような陰湿な態様でなされていた」と述べていますが、他方、当該従業員が上司(判決文からは、直属の上司か否かは不明)に対して、同僚から悪口を言われている旨、および、同僚から離れるために配置転換をして欲しい旨を申し入れたこと等があったにもかかわらず、上司らは何らの防止策をとらなかったこと、当該従業員が意を決して上司等と相談した後も会社による何らの対応ないし原告に対する支援策がとられなかったために失望感を深めたことが窺われることを指摘して、当該従業員の精神障害と業務との因果関係を認めました。

この判決は、直接に会社の責任を認めたものではありませんが、精神障害と業務との因果関係が認定された場合には、従業員からの、会社の安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求等、会社に対する責任追及の虞が高まることは避けられません。

上記労働基準監督署長による不支給決定後の平成21年4月6日、精神障害等にかかる労災認定に用いられている「心理的負担による精神障害等に係る業務上外の判断指針」の一部が改正され、「職場におけるひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」の項目が「心理的負荷強度Ⅲ」にあたるものとされました。

この項目は、従来「上司とトラブルがあった」との項目でしたが、「上司」との文言が削除され、代わりに「職場」との文言が使用されていることからも、同僚による嫌がらせ、いじめをも心理的負荷として評価する点に主眼があるものと思われます。

管理職が同僚間のいじめ等を全て把握することは困難ですが、従業員からいじめをうけている旨の相談があった場合には、事実関係の確認、問題のある状況の改善等の対応をとる必要があることを示す例として参考になるものと思います。

高井・岡芹法律事務所発行  Management Law Letter No.89(2011年新春号)
「ロー・トピックス 人事労務の時言時論(第4回)『パワハラ』の広がり」より

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