管理監督責任の懈怠を理由とする上司の懲戒処分

近時、就業規則の懲戒事由に、上司の管理監督責任に関する、「部下の管理監督、業務上の指導等を怠ったとき」といった規定を設けている会社も多くなってきたように思います。そして、そのような会社において、部下が非違行為を行ったことを理由に懲戒処分が科された場合、当該非違行為を行った部下の上司に対しても部下の管理監督責任に懈怠があったことを理由に懲戒処分が科されることがあります(なお、就業規則の懲戒事由に上記のような規定がない場合であっても、上司には部下に対する管理監督責任があることは業務上当然のことと言えますので、懲戒事由に規定されている包括規定等を根拠に、部下に対する管理監督責任の懈怠を理由に当該上司に対して懲戒処分を科すことが可能な場合もあると解されます)。

この点、一部実務において、非違行為を行なった部下に懲戒処分を科されたという事実のみから直ちに上司に管理監督責任の懈怠があったと認定してしまっているようにも思えるケースがあります。

しかし、上司の管理監督責任といえども結果責任ではないため、部下が非違行為を行って懲戒処分が科されたという理由のみで、上司に管理監督責任の懈怠があったとして懲戒処分を科すことには問題があります。

すなわち、部下の管理監督責任の懈怠について上司の責任を問うためには、当該上司に具体的な管理監督責任の懈怠があったこと、及び当該管理監督責任の懈怠と結果との間に因果関係があることが必要になると解されます。その意味では、非違行為を行った部下に懲戒処分を科す時点で当該部下の上司であったが、その上司が当該部下の非違行為が行われた当時全く別の部署にいたケースなどは管理監督責任を問うことは困難であると思われますし、部下の私生活上の非違行為が問題となっているようなケースにおいても、当該非違行為が行われることを上司が事前に知っていながら敢えて見逃したような例外的な場合でなければ、部下の管理監督責任の懈怠を理由として懲戒処分を科すことは困難なケースが多いと思われます。

そこで、非違行為を行った部下の上司に対して管理監督責任の懈怠を理由に懲戒処分(正式な懲戒処分ではない厳重注意処分等を含む)を科すか否か、懲戒処分を科すとしていかなる処分を科すかを判断する際は、①部下の行った非違行為の具体的内容(上司が発見可能な非違行為と言えるか否か等)、②上司の在職時期・非違行為が行われた時期、③非違行為を防止するための会社ルールの有無・内容(このようなルールがある場合、上司としての管理監督責任の内容が明確になり易い)、④当該上司の部下に対する日々の指導・監督状況などの諸事情から、当該上司に具体的な管理監督責任の懈怠があったと言えるか否か(当該上司が現実に部下の非違行為を発見・防止することが可能であったか)、といった点を調査・検討したうえで、懲戒処分を科すことが妥当か否かを判断し、また、併せて、⑤部下の非違行為を発見・防止することが容易であったか否か、⑥部下の非違行為によりどの程度会社に損害が生じ、また、信用が毀損されるといった悪影響を与えたか、⑦非違行為が発生した後、当該上司はどのような対応をとったのか(隠蔽工作等をしていたか否か)、といった点を調査・検討したうえで、処分を科すとしてどの程度の処分が妥当かについて判断することになります。

なお、上司の管理監督責任の懈怠を理由とする懲戒処分の量定については、通常は実際に非違行為を行った部下の処分よりも軽い処分となるのが原則であると言えます。しかし、部下が非違行為を繰り返し行っていることを知りながら故意に見逃していたケースや、部下の非違行為に実質的に加担していたといった事情があるケースなど悪質と認められる事案では、部下と同等の処分や重い処分を科すことが許されるケースもあり得ると思われます。もっとも、上記のようなケースでは、当該上司の行為自体が、管理監督責任の懈怠以外の他の懲戒事由に該当していると認定できるケースもあるように思います。

裁判例においては、上司である営業所長が、経理担当社員である部下の多額の横領行為につき、経理関係書類をチェックしていれば当該横領行為は容易に発見できたにもかかわらずチェックを怠り損害を増大させ、また、当該部下と飲食等をした際に、当該部下が同人の給与からは考えられない多額の支払いをするなど不自然な行為があったにもかかわらず何らの疑問を呈しなかった点などについて義務違反の内容は重大な過失とはいえほとんど故意に近いなどと認定し、上司である営業所長の懲戒解雇を有効とした事案もあります〔関西フエルトファブリック(本訴)事件・大阪地判平10.3.23〕。

以上