「従業員が会社外で犯罪を犯したとして逮捕された場合の初期対応」
1.はじめに
平成24年8月22日付の秋月弁護士担当の弁護士コラムにて、「犯罪行為を行った従業員に対する対応」について解説していますが、近時、従業員が会社外で犯罪を犯したとして逮捕された場合の初期対応についてアドバイスを求められる機会が増えています。
従業員が逮捕されるという状況になることは、特に中小企業においてはそうある話ではないことと思いますし、刑事事件の手続に不慣れであることや、刑事事件の見通しを予測することが難しいことなどから、会社の担当者が警察官などから従業員を逮捕したといった連絡を受けた場合、どう対応すべきか戸惑うことも多いと思います。
そこで、本コラムにおいては、逮捕・勾留といった身柄拘束手続について解説すると共に、従業員が犯罪行為を行ったとして逮捕(身柄拘束)された場合の初期対応に絞って解説したいと思います。
2.捜査段階における身柄拘束手続について
会社の担当者が、ある日突然、警察官などから従業員を逮捕したという連絡を受けた場合に、会社として慌てず対応するためには、まずは、逮捕・勾留といった捜査段階における身柄拘束手続に関する概要を理解しておくことが有益だと思います。
そこで、捜査段階における、身柄拘束手続の概要について、以下にフローチャートで示します。
逮捕 | ||
↓ | ||
検察官送致(逮捕後48時間以内) | ||
↓ | ||
勾留請求(検察官送致後24時間以内) | ||
↓ | ||
勾留決定(勾留請求の日から10日間) | ||
↓ →(勾留延長せずに検察官による終局処分) | ||
勾留延長請求 | ||
↓ | ||
勾留延長決定(勾留満期日から10日間) | ||
↓ | ||
検察官による終局処分(起訴・不起訴) | ||
・起訴(公判請求〔正式裁判【注1】・即決裁判【注2】〕・略式手続【注3】) | ||
・不起訴(嫌疑不十分【注4】・起訴猶予【注5】) |
このように、従業員が逮捕された場合、検察官が起訴・不起訴といった終局処分を決定するまでに、一つの事件について当該従業員は23日間に亘り身柄を拘束される可能性があるということになります(なお、検察官が終局処分として公判請求を選択した場合は、起訴後勾留といって、保釈が認められない限り身柄拘束が継続されることになります。また、余罪で再逮捕された場合は、上記手続がもう一度繰り返されることになります。)。
もっとも、逮捕されたからといって必ず23日間身柄拘束される訳ではなく、上記フローチャートの身柄拘束手続の各段階において、釈放される場合もあります。この点、自動車運転過失致死傷罪(交通事故)の事案は早期に釈放され在宅で処理されることがあり、最近は、盗撮などの条例違反の事案で、自白しており身分がはっきりしていて逃走のおそれがない場合などは、逮捕後、検察官送致前の48時間以内に釈放されることもあるようです。
なお、逮捕された後に検察官の起訴・不起訴の終局処分を待たずに釈放される場合ですが、嫌疑がないことが明らかとなったとして釈放されることもあれば、処分保留のまま釈放され在宅のまま捜査が継続することもあり、この点については警察官・検察官又は従業員本人(弁護人が就いていれば弁護人も)に確認するしかありません。
そして、処分保留で釈放された場合は、在宅のまま捜査が継続されることになりますので、終局処分が決定するまでに長期間かかることもあります。
3.初期対応として何をすべきか
(1)基本的に処分を急がないこと
この点、初期対応として何をするべきかということも重要ですが、何をしてはいけないのかということも重要ですので、まずこの点について述べたいと思います。
結論を端的に言えば、身柄拘束されている従業員に対して拙速に懲戒処分といった処分をするのは不穏当な場合が多いということです。
逮捕直後は、例えば、何罪で逮捕されたのかといった情報からして曖昧であることが多く、その他の事実関係についても曖昧な情報や矛盾する情報が飛び交うこともあり、身柄拘束されている段階(特に、身柄拘束の初期の段階)での情報というのは、常に情報の正確性を検証する必要があることから、実務上、事実関係を把握するまでに時間を要するケースが多いと言えます。
しかし、会社によっては、身柄拘束された従業員に対する処分を早急に決定しようとすることがありますが、前述のとおり、従業員が身柄拘束されている段階では、確定的な情報が不足していることも多いため、そのような状況において懲戒処分(特に、懲戒解雇などの重い処分)をした場合、後に争われた場合に、当該処分が無効とされるリスクが高くなると言えます(特に、処分を急ぐ場合、当該従業員の悪情状が過大視され、当該従業員にとって有利な事情が過少に評価される危険があることからしても、拙速な判断は危険であり、慎重に対応する必要があると言えます)。
また、一般的には、刑事事件を起こした従業員に対する会社からの処分は、検察官の終局処分の後に実施することが多いことからしても、基本的には(会社の信用等を著しく低下させるようなケースを除いて)従業員が逮捕された場合の初期対応としては、処分を急がずに、事実関係の確認に努める必要があると思います。
(2)確認すべきこと
次に、事実関係について何を確認するべきかという問題ですが、会社外の犯罪行為であっても従業員が業務に関連して犯罪行為を行っていたのであれば、会社は使用者責任を負う可能性があること、本人が身柄拘束されており出勤が不可能であることから本人の勤怠をどうするか判断する必要があること(従業員本人から有給休暇の申請があれば申請以後は有給休暇の取得を認めるのが一般的な取扱いかと思います)、また、刑事事件を起こしたことで会社の名誉・信用等が毀損された(毀損される可能性があった)場合であれば、従業員本人に対して懲戒処分等の処分を検討する必要が生じることなどから、会社としては、これらの点について判断し得る程度の情報を収集し、事実関係を把握することになります。
具体的には、①逮捕された日付(現行犯逮捕か否か)、②罪名、③被疑事実の内容(具体的に何をしたとして逮捕されたのか、単独犯か共犯者がいるか)、④被害(被害者は誰か、被害金額、被害者との示談の見込みの有無等)、⑤従業員本人は罪を認めているか否か、⑥出処進退、有給取得等に関する従業員本人の希望、⑦検察官による終局処分等の事件の見通し、といった点を確認する必要があります。
(3)誰に確認すべきか
さらに、上記の事実関係を確認すべきとして、誰に確認するのかということも問題になりますが、一般的には、①本人、②警察官・検察官、③親族、④弁護人などから確認することになります。
まず、本人から直接話を聞くことが考えられますが、勾留決定後であれば、接見禁止処分が付されていない限り会社の担当者であっても接見をすることが可能です(勾留決定前の逮捕段階では弁護人としか接見することができません)。
したがって、接見により従業員本人から話を聞くことも一つの手段と言えますが、会社担当者が行う一般接見では、接見ができる時間帯(留置施設により異なる可能性がありますが平日の午前9時ころから午後4時ころまでの間〔昼休みの時間を除く〕)、1回の接見時間(15分~30分程度)、1度に接見可能な人数の制限(多くて3名まで)といった制約がありますので、接見に行かれる際には、事前に従業員が勾留されている警察署の留置係(拘置所に留置されている場合は、拘置所)に電話して確認しておくのが確実です。
また、前述のとおり、接見禁止処分が付されている場合は弁護人としか接見できませんし、接見禁止処分が付されていない場合であっても、取調べ予定が入っていると接見できないことがありますので、右の点についても併せて確認してから接見に行くのが確実です。
次に、従業員以外の警察官などから事実関係について確認をする場合ですが、最近は、個人情報の開示には慎重であることが多くなっていますので、従業員本人が身柄拘束されている段階においては可能な範囲で確認するということでやむを得ないと思います。
なお、近時、被疑者国選制度が拡充され、捜査機関に逮捕されるような事案においては、被疑者段階で国選弁護人が就任するケースが増加していますので、最近は、国選弁護人を通じて身柄拘束された従業員の情報収集を行うケースも増えてきています。
4.まとめ
このように、従業員が会社外で犯罪を犯したとして逮捕された場合の初期対応について事実関係の確認方法などについて説明しましたが、事案により個別の事情は異なること、事件の見通しについては弁護士であればある程度の予想は立てられること、また、逮捕された従業員に対する処分等を検討する場合には、どの時点で処分を行うか、どの程度の処分が妥当かという点につき法令・判例等に照らし判断する必要もあるため、従業員が逮捕されたことが判った場合、なるべく早く顧問弁護士などに相談し、対応について協議することが肝要であると思います。
(注1) | 正式裁判は、刑事裁判の基本形態であり、自白事件であれば、通常、起訴日の1か月半程度に第1回期日が開かれ、その第1回期日の1、2週間後くらいに判決の言い渡しとなります。 |
(注2) | 事案が明白であり、軽微で争いがなく、執行猶予が見込まれる事件について、起訴からできる限り早い時期(東京では14日以内)に第1回公判期日が指定され、原則として1回の審理で即日執行猶予判決を言い渡されます。 |
(注3) | 被告人の書面での同意を条件として、検察官が簡易裁判所に略式請求の申立てを行い、公判手続を経ることなく100万円以下の罰金または科料を科す裁判であり、身柄拘束されている場合は、略式命令謄本の送達と同時に釈放されます。 |
(注4) | 被疑事実につき、犯罪の成立を認定すべき証拠が不十分なときにする処分とされています。 |
(注5) | 被疑事実が明白な場合において、被疑者の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の状況により訴追を必要としないときにする処分とされています。 |
以上