当社の管理職が、社会人としてのマナーに欠けるといった問題のある部下に対して、改善してもらいたい事項を記載した書面を交付し、署名を求めたところ、このような書面に署名させることはパワハラであると言われてしまいました。このようなこともパワハラに当たるのでしょうか。

1.部下に対する書面による指導

管理職は、企業の生産性向上、企業秩序維持等の目的から、ローパフォーマーや、問題行動のある部下(以下あわせて「ローパフォーマー等の部下」ともいいます)への注意・指導がその重要な職責の一つに挙げられます。

したがって、管理職としては、ローパフォーマー等の部下に対しては、その職責として注意・指導を行う必要があります。

なお、ローパフォーマー等の部下に対して注意・指導を行っても改善が見られない場合、企業としては、最終的には、当該部下との雇用契約の解消をも検討する必要が出てきます。

そして、ローパフォーマー等の社員に対する解雇等の処分の有効性が問題となるケースでは、現在の裁判例の傾向からしますと、本人のパフォーマンス不足等の程度はもちろんですが、使用者がローパフォーマー等の社員に対して、どの程度の注意・指導を行っていたのか(改善の機会を与えていたのか)という点も重視されるため、使用者において、ローパフォーマー等の社員に対して必要な注意・指導を行っていたこと、それにもかかわらず改善されなかったということを立証できるかが重要なポイントになってきます。

したがって、紛争化した場合の立証という観点からしますと、管理職がローパフォーマー等の部下に対して、書面で注意・指導を行うことは、極めて有効な手段であると言えます(口頭での注意・指導しか行われていなかった場合であっても、陳述書や証人尋問における証言等において一定の立証を行うことは可能ではありますが、書面での注意・指導が行われていた場合に比べれば、立証の優劣という点で劣ることは否めません)。

また、書面で注意・指導を行った場合、口頭での注意・指導の場合に比して、ローパフォーマー等の部下に対して、自身の問題点や改善点をより明確に認識させることができるという効果もあると考えられます。

したがって、口頭での注意・指導を数回程度行っても改善がみられないようなローパフォーマー等の部下に対して、書面での注意・指導を実施することは、管理職の対応としては、望ましい対応であると言えます。

しかし、近時、設例でも取り上げたように、部下に対して書面で注意・指導を行ったり、顛末書を作成させたことがパワハラであると主張されるケースもあり、実際に裁判例(東京地判平25.9.26)においてもそのような主張がなされたケースがありますので、以下において紹介します。

 

2.裁判例

(1)事案

原告Xは、被告Y社に平成18年3月27日に雇用され、同年5月1日から、Y社京都営業所において主に営業を担当していた。

その間、Xは上司及び先輩から指導を受けていたにもかかわらず、上司に対して営業活動の報告をせず、上司の確認を得ずに退勤し、社会人としてのマナーを守らないなど、その勤務態度に改善すべき点があった。

そのため、同年6月26日、Xは上司である営業部長B(以下「B部長」という。)から、「業務命令」と題された書面の交付を受けた。同書面には、①営業活動について記載した営業日誌を作成し、これを上司に提出すること、②緊急の場合を除き、必ず出勤してから営業に出かけ、訪問先から帰社するようにすること、③業務終了と翌日の計画を上司に報告してから退出するようにすることを指示する旨が記載されていた。Xは、B部長から、上記書面において指示された内容を確認した趣旨の署名を求められ、これに署名をした。

また、Xは、同月30日、B部長から、「勤務態度改善命令」と題された書面を交付された。同書面の内容は、Xの勤務態度が上司、同僚に不快な印象を数多く与えているとして、その勤務態度の改善を指示するものであり、具体的な指示事項として、①在席時に頬杖をついて仕事をしないこと、②ため息を連発しないこと、③勤務時間中にものを食べないこと、④出社時、退社時には全員に挨拶することなどが記載されていた。Xは、B部長から、上記書面の内容を確認した趣旨の署名を求められたが、これに署名しなかった。

上記の事実関係について、Xは、B部長がXに対し、書面「業務命令」及び書面「勤務態度改善命令」に署名するよう求めたことが、不当な差別的取扱いに該当する旨を主張し、Y社に対して不法行為責任(民法709条、715条)及び不法行為責任に基づき、慰謝料等の支払いを求めた。

(2)裁判所の判断

上記の事案につき、裁判所は、「上記『業務命令』及び『勤務態度改善命令』の記載内容は、極めて基本的な礼節の類のものも存するものの、業務命令として、社会的に相当性を欠くものということはできない。」「Xは、Y社に雇用されて1か月余り後の平成18年5月から、Y社の京都営業所に勤務していたが、その間、上司及び先輩から指導を受けていたにもかかわらず、上司に対して営業活動の報告をせず、上司の確認を得ずに退勤し、社会人としてのマナーを守らないなど、その勤務態度に改善すべき点があったこと、B部長は、同年6月26日、X自身に勤務態度について改善すべき点を認識させる趣旨で、上記『業務命令』を作成してこれに署名するよう求めたところ、Xは、これに応じて署名したこと、B部長は、Xに対し、更にその改善すべき点を具体的に認識させる必要があると考え、同月30日、上記『勤務態度改善命令』を作成してこれに署名するよう求めたところ、Xは、その記載された事項の一部に心当たりがなく、注意されるいわれはないとして、これに応じなかったことが認められる。このような事実に照らせば、B部長が原告に対し、上記『業務命令』及び『勤務態度改善命令』に署名することを求めたことは、上記『業務命令』等に記載された事項の一部についてXに心当たりがなかったとしても、Xに対する相当な指導の範囲を逸脱するものとはいえず、不当な差別的取扱いその他の嫌がらせ行為であると認めることはできない。」と判示し、Xの主張を採用することはできないとしました。

 

3.部下に対し書面で注意・指導を行う場合の留意点

(1)考え方

この裁判例で問題となった「業務命令」「勤務態度改善命令」の内容自体には、嫌がらせといったパワハラの要素は全く窺われません。

仮に、このような注意・指導がパワハラとして不法行為に該当するということになれば、管理職は書面での注意・指導などできなくなり、上記判示は当然の判断であると思います。

それにもかかわらず、上記裁判例において、Xが、これらの文書への署名の要請をXに対する不当な差別的取扱い、嫌がらせであるなどと主張した背景としては、書面「勤務態度改善命令」の記載事項の一部について心当たりがなかったにもかかわらず当該書面への署名を求められたことを問題視しているものと思われます。

この点、管理職として注意・指導を行うべき立場からみた場合と、部下として注意・指導を受ける場合の立場からみた場合で、パフォーマンス不足等の事実関係や評価についての認識に差異が生じることは当然あり得ます。

そのようなケースにおいて、部下が上司に対して説明を求めたりすることが許容されると思いますが、管理職には、部下に対する指導方法等について合理的な裁量が認められるため、気に入らない部下に対して嫌がらせをするために全く虚偽の内容を記載した書面を作成し注意・指導を行ったような例外的なケースを除けば、部下に対するパワハラ・嫌がらせ等として不法行為となるものではないことは明らかと言えます。

また、管理職としてどのような手法で部下に対して注意・指導を行うかについては、合理的な裁量が認められますので、書面で注意・指導を行った際に、問題点や改善点を理解できたかを明確にするために署名を求めることも、基本的には裁量の範囲内であると解され、無理やり署名をさせたといった例外的なケースを除けば、パワハラ・嫌がらせ等として不法行為となるものではないと解されます。

なお、管理職が部下に対して書面で注意・指導を行った場合に、仮に当該書面の記載内容に一部事実と異なる記載があったとしても、管理職が故意に事実と異なる事実を記載したといった、部下に対する嫌がらせの目的が認定できるような場合を除けば、そのことをもってしても直ちに不法行為が成立することにはならないと解されます。

(2)予防法務の観点からの留意点

このように、管理職として、ローパフォーマー等の部下に対して書面にて注意・指導を行うことは、管理職として望ましい対応であり、基本的には管理職としての合理的な裁量に委ねられているものと解されます。

もっとも、予防法務の観点からすれば、書面での注意・指導を行う場合は、①些細な問題についてはまずは口頭で注意・指導を行い、それにもかかわらず改善されなければ書面での注意・指導を行うこと、②同じような問題がある部下が複数いる場合に特定の部下に対してのみ書面での注意・指導を行わないこと(公平性)、③書面に記載する問題行動等の事実はできるだけ5W1Hを特定して記載すること、④事実を淡々と記載し、人格攻撃となるような記載はしないこと、⑤本人に交付する前に、本人からどのような反論をされる可能性があるか検討し、再反論を検討しておくこと(この過程で、管理職自身の認識違いなどを自分で気付けることがある)、⑥署名を求める場合には、強制はせず、拒否された場合は拒否する理由を聴取し、その理由を管理職自身が記録しておくこと、といった点に留意しておけば、仮にパワハラだと主張されたとしても、十分に反論することが可能になると思います。

以上