管理職として、日常の業務において部下を注意・指導・教育等する場合には、部下によって差異が生じないように心がけていますが、これをパワーハラスメント防止の観点からみて、どのような点に注意すべきでしょうか。

1.「他の部下に対する指導状況(指導の公平性)」はパワハラ否かの一つの判断要素

管理職となった場合、複数の部下を抱えることになると思いますが、複数の部下がいれば、どうしても気が合わないと感じてしまう部下もいることが少なくないと思います。

しかし、管理職は、その重要な職責の一つとして、パフォーマンスを発揮できていない部下や、問題行動を起こす部下に対して必要な業務上の注意・指導をすることがあるため、気が合う部下であれ、気が合わない部下あれ、問題行動等があれば、管理職として必要な業務上の注意・指導を行う必要があります。

そして、気が合わない部下に問題行動等があった場合、他の部下に対して注意・指導を行う場合に比して、感情的になってしまい口調が厳しくなるなど注意・指導の態様が厳しくなってしまうこともありがちです。

しかし、パワハラか否かを判断する場合に、「他の部下に対する指導状況(指導の公平性)」という要素が一つの判断要素になるため、特定の部下に対してのみ厳しい注意・指導を行った場合には、そのことがパワハラと認定される一つの要素となり得ることになってしまいますので注意が必要です。

 

以上の点については、Z病院を運営しているY1連合会で看護師として勤務していたXが、Z病院の看護師長Y2にパワハラを受けたとして、Y2に対しては、不法行為による損害賠償請求権に基づき、Y1に対しては、使用者責任又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、損害金等の支払いを求めた裁判例が参考になります(福岡地方裁判所小倉支部判平27.2.25)。

 

2.裁判例の事案と判断

(1)Xの問題行動

Z病院においては、夜勤担当看護師が、翌日に退院する患者に渡す薬を袋に入れた上、ナースセンター内のカウンターに置いて準備し、翌日の日勤担当看護師が、最終的な責任者として、確認の上、患者に薬を渡すことになっていたが、平成25年9月17日から18日にかけて、Z病院において、退院した患者に同姓の別の患者の薬を取り違えて渡すという過誤が発生した(以下「本件過誤」といいます)。本件過誤は、平成25年9月17日の日勤担当看護師が上記退院患者の薬を準備し(この段階で取り違えが生じていた。)、その旨を同日の夜勤担当看護師であったXに引き継ぎ、X及び翌日の日勤担当看護師が上記薬剤の確認を怠ったために発生した。

(2)Xの問題行動に対するY2の指導内容

看護師長であるY2は、平成25年9月19日頃、本件過誤の事実経過を聴取等する際、他の看護師もいるナースステーションでXを厳しく叱責し、また、Y2は、過誤防止対策の一環として、関与した看護師に対して当日の出来事を時系列で書いて提出するよう指示したが、Xに対しては、反省文を書くよう求めた(以下「Y2言動4」という。)。

なお、裁判例においては、上記Y2の言動(Y2言動4)のほかに3つのY2の言動(Y2言動1乃至3)が問題とされており、Y2は、Xの有給の取り方に対して不満を抱くなど、XとY2の関係は良好ではなかったことが窺われます。

(3)裁判所の判断

上記のY2の言動について、裁判所は、「Y2言動4は、Xも自身に責任があることを認めている本件過誤に関しされたものであるところ、その重大性に照らすと、ナースステーションにおける叱責が、上司として許容される相当な指導の範囲を逸脱するものと直ちにいうことは困難である。しかし、本件過誤に関与した他の看護師2名と比較してXの落ち度が明らかに大きいとは認められないにもかかわらず(確かに、Z病院における運用上、薬の準備をすべきであったのは夜勤担当のXであったが、実際には当日の看護師同士の現場での役割分担によって前日の日勤担当看護師が薬の準備をし、最終責任者は翌日の日勤担当看護師とされていた。)、他の2名の看護師が作成した報告書とはその趣旨が異なるといえる反省文をXにのみ書かせたことは、複数の部下を指導監督する者として公平に失する扱いであったといわざるを得ず、反省文提出までにされた口頭での指導ないし叱責についても、他の看護師と比較して長時間かつ厳しいものであったことがうかがわれる。」と判示し、不法行為に該当すると認定しました。

 

3.気の合わない部下に対する注意・指導の留意点

パワハラと業務上の注意・指導の線引きについては、業務上の注意・指導の必要性と相当性により判断されます(拙稿「判例・事例から学ぶパワーハラスメントと業務上の注意・指導の境界線」『労務事情』2014年6月1日号No1275掲載)。

上記裁判例において、「Y2言動4は、Xも自身に責任があることを認めている本件過誤に関しされたものであるところ、その重大性に照らすと、ナースステーションにおける叱責が、上司として許容される相当な指導の範囲を逸脱するものと直ちにいうことは困難である。」と認定されていることからも明らかなとおり、Xの問題行動は看護師として重大な過誤であったことから、注意・指導の必要性は高く、ある程度厳しい注意・指導が許容され得る事案であり、パワハラと言えるかは微妙な部分があると解されます。

それにもかかわらず、上記「Y2言動4」がパワハラであると認定されたのは、Xに対してのみ反省文を書かせたり、他の看護師と比較して長時間かつ厳しい指導を行い、他の看護師と明白に公平性を欠く指導をしたことが強く影響していると考えられます。

このように、特定の部下に対してのみ、他の部下に対して指導を行う場合に比して、明白に公平性を欠くような注意・指導を行った場合には、そのことがパワハラと認定される一つの要素となり得ます。

 

したがって、気が合わない部下に対して業務上の注意・指導を行う場合は、一旦冷静になり、他の部下に対する指導と比較して公平性を欠く注意・指導ではないかということを検討したうえで行うことが有用であると言えます。

もっとも、裁判例において、「本件過誤に関与した他の看護師2名と比較してXの落ち度が明らかに大きいとは認められないにもかかわらず」と判示されていることからも窺えるとおり、他の部下と取り扱いを異にすることについて合理的な理由があれば、他の部下に比して特定の部下に対して厳しい指導を行うことも許容され得ると言えますし、また、指導の公平性は程度問題であって、部下の個性等に応じて指導の方法等に差異を設けることは自体は、明白に不合理と言える場合を除けば管理職としての裁量に属する問題であると言えると思います。

以上