当社では、労働時間をタイムカードで記録しているのですが、従業員の中には、朝出社してタイムカードを押してから、コーヒーを飲んだり新聞を読んだりして過ごす従業員がいます。また、終業してから、直ちにタイムカードを押さずに、自分の勉強をしたり、電車やバスの時刻に合わせて退社する直前になってタイムカードを押す従業員もいます。当社としては、このような従業員にまで、タイムカード分の時間について残業代を支給しなければならないのでしょうか?

1 時間外労働に対する残業代の支払い

   残業代の支払いに関して、労使でトラブルとなり、訴訟、労働審判等の紛争にまで発展するケースが増加しています。

使用者が残業代を支払う必要があるのは、「労働時間」が、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」(最判平成12・3・9労判778号11頁・三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件)とされていることからすれば、使用者が従業員に対して明示ないし黙示による時間外労働を命じた場合であって、当該従業員が使用者の指揮命令下において時間外労働を行ったときであると解されます。

 

2 タイムカードによる労働時間の管理と残業代の支払い

貴社では、朝出社してタイムカードを押してから、コーヒーを飲んだり新聞を読んだりして過ごす従業員や、終業してから、自分の勉強をしたり、電車やバスの時刻に合わせて退社する直前になってタイムカードを押す従業員がいるとのことですが、貴社の立場からすれば、従業員のこのような不就労の時間は使用者の指揮命令下にはなく、労働時間ではないので、残業代を支給する必要はないのではないかとのお尋ねです。

法理論上、上記のような不就労時間は労働時間とは言えませんが、実務上、本件が訴訟、労働審判等の紛争にまで発展した場合に、貴社の主張がそのまま通るかといえば、必ずしもそうではないのが実情です。

この点、訴訟、労働審判等において、時間外労働を行った事実については、第一次的には残業代の支払いを請求する側、すなわち従業員側が主張・立証する責任を負っています。

しかし、タイムカードにより労働時間の管理を行っている場合、訴訟、労働審判等において、タイムカードが証拠として提出されると、労働時間をタイムカードの記載どおりに認定することが不都合であるといった特段の事情が認められない限り、タイムカードに記載された時間から所定の休憩時間見合いの時間を控除した時間を実労働時間であると推認するのが裁判例の傾向です(大阪地判平成11・5・31労判772号60頁・千里山生活協同組合事件、大阪地判平成14・7・19労判833号22頁・光和商事事件等)。

一例として最近の裁判例をあげると、この事案は、裁判所自身、同僚従業員らの供述から、原告である従業員が勤務時間後も会社内に詰めていたときでも、パソコンゲームに熱中したり、あるいは事務所を離れて仕事についていなかった時間が相当あることがうかがわれると認めていた事案ですが、「労働基準法は、賃金全額支払の原則(同法24条1項)をとり、しかも、時間外労働、深夜労働及び休日労働についての厳格な規制を行っていることに照らすと、使用者の側に、労働者の労働時間を管理する義務を課していると解することができるところ、被告においてはその管理をタイムカードで行っていたのであるから、そのタイムカードに打刻された時間の範囲内は、仕事に当てられたものと事実上推定されるというべきである。」と判示し、タイムカード記載の時間をもって実労働時間であると推認されるとしたうえで、さらに、「上記同僚従業員の陳述・供述のみでは上記推定を覆すには足りないと見るのが合理的である」と判示し、所定の勤務時間を超えて会社内に残っていても自己都合の単なる居残りであり労働時間として評価することはできないとの使用者側の主張を退けています(仙台地判平21・4・23・労判988号53頁・京電工事件)。

このように、裁判例の傾向からすれば、タイムカードで労働時間の管理を行っている場合、タイムカードに記録されている時間が実労働時間と推定される可能性が高く、その場合、使用者の側で、従業員がタイムカードに記録されている時間に、業務とは無関係の作業を行っていたこと等について具体的に反証しなければならないことになります。

そして、実務上、従業員が業務とは無関係な作業を行っていたことを立証するための証拠が乏しいことが多く、訴訟、労働審判等において使用者が右の点の反証を行うことはかなりの困難を伴うことに留意する必要があります。以上からしますと、本設問の場合、仮に本件が訴訟、労働審判等の紛争に発展した場合、タイムカードに記録された時間が実労働時間であると推定されるおそれが高く、その場合、貴社の側で当該従業員が終業してから、直ちにタイムカードを押さずに、自分の勉強をしたり、電車やバスの時刻に合わせて退社する直前になってタイムカードを押していたことなどを具体的に反証する必要があることになります。

そして、すでに述べたとおり、使用者が、当該従業員が業務とは無関係な作業を行っていた事実について、具体的に反証を行うことは実際上かなりの困難を伴いますので、貴社は残業代を支給しなければならなくなる可能性があります。

労働時間の管理をタイムカードで行っている場合に、ダラダラ残業を防止するためには、始業時刻を守るよう指導を徹底すること、時間外労働については事前の許可制とし、管理職が時間外労働の必要性等を事前にチェックする体制とすること、終業時間後も漫然と会社内にとどまっている従業員に対し、タイムカードを打刻し、速やかに退社するよう指導を徹底し、指導を行った場合は記録に残しておくことといった日頃の労働時間の管理が極めて重要となります。管理職の負担が大きくなることになりますが、そのような労務管理上の負担増とのバランスを考えながら自社に合った労働時間の管理方法を実践していく必要があります。

 

以上

 

民事法研究会刊『現代型問題社員対策の手引』(第4版)髙井・岡芹法律事務所編

131頁以下より一部修正のうえ転載