「有期労働契約をめぐる労働契約法改正の動きについて」

弁護士 小池啓介

1 労働契約法の改正状況

 「労働契約法の一部を改正する法律案」(以下「本法案」といいます)が本年3月23日に衆議院に提出され、6月1日に厚生労働委員会に付託されて審議が開始しました。

 本コラムを執筆している現時点(6月19日)では、今国会の会期は6月21日までですので、本法案が会期中に成立するかどうかは明らかではありません。

 しかし、今後も現政権が継続する場合には、本法案が今国会で成立せず廃案となった場合であっても、本法案が改めて国会に提出され、成立する可能性は高いものと思われます。本法案が成立した場合、実務に与える影響は極めて大きいと思われることから、成立前に、本法案を簡単にご紹介したいと思います。 

2 労働契約法の改正法案の内容

 本法案の要点は、以下のように説明されています(厚生労働省のホームページから引用し、一部筆者から補足しています)。

①有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換(改正法の公布日から1年を超えない範囲内で施行される)

有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合(※1)は、労働者の申込みにより、無期労働契約(※2)に転換させる仕組みを導入する。

※1 原則として、6か月以上の空白期間(クーリング期間)があるときは、前の契約期間を通算しない。
※2 別段の定めがない限り、(契約期間以外は:筆者注)従前と同一の労働条件

◎(筆者注)
※1の「6か月」については、前の有期労働契約の契約期間が1年未満の場合には、その契約期間の半分の期間を基礎として厚生労働省令で定める期間とされています。この「厚生労働省令で定める期間」がどのように定められるかは現時点では不明ですが、例えば契約期間2か月の契約を反復更新して、契約期間が通算1年に満たない場合に雇止めする場合の空白期間(クーリング期間)は、必ずしも6か月とは限らないようです。

②「雇止め法理」の法定化(改正法の公布日に施行される)

雇止め法理(判例法理)(※)を制制定法化する。
※有期労働契約の反復更新により無期労働契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、または有期労働契約の期間満了後の雇用継続につき、合理的期待が認められる場合には、雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、解雇権濫用法理を類推して、雇止めを制限する法理。

③期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止(改正法の公布日から1年を超えない範囲内で施行される)

有期契約労働者の労働条件が、期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合、その相違は、職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して、不合理と認められるものであってはならないものとする。

 衆議院のホームページによれば、本法案が提出された理由は、「期間の定めのある労働契約について、その締結及び更新が適正に行われるようにするため、期間の定めのある労働契約が一定の要件を満たす場合に、労働者の申込みにより期間の定めのない労働契約に転換させる仕組みを設ける等の必要がある。」と説明されています。

 このように、「期間の定めのある労働契約」(以下「有期労働契約」といいます)を、「期間の定めのない労働契約」(以下「無期労働契約」といいます)に転換する仕組みを設けるという点が、本法案の最大の主眼といえ、また、実務への影響が大きいと思われる点です。

 

3 改正が成立した場合の影響

 本法案の付則には、本法案は過去に遡って適用されるのではなく、施行の日以降に締結(更新を含む)された有期労働契約について適用されることが明記されています。

 しかし、本法案が成立し、施行された場合には、早ければ施行の日から5年後には、施行後に締結された有期労働契約に基づいて5年間就業した労働者から、無期労働契約の締結の申込みがあった場合には、使用者は当該申込みを承諾したものとみなされるため、有期労働契約に基づく従業員(いわゆる、アルバイト、パート、契約社員、嘱託社員等)の契約期間の定めはないものとされ、以降は契約期間の満了による労働契約の終了ということは観念し得なくなります。

 前述2の①※2に記載されているように、契約期間以外の労働条件は変更されませんので、契約期間の定めがなくなることによって、直ちに使用者に負担が生じることはないかもしれませんが、有期契約労働者が担当する業務量の増減、有期労働者の勤務実績等に応じて、必要な有期労働契約を締結するという人事施策は大きく制約を受けることになります。

 そうすると、使用者が、無期労働契約の締結を強いられることを回避するためには、有期労働契約の契約通算期間が、前述2の①で定められている「5年」に達する前に、契約を更新しない(雇止めを行う)という対応を取らざるを得ず、却って雇止めが増加することが懸念されます。

 厚生労働省は、このような懸念については、「雇止め法理の法定化など、5年手前での雇用を安定させる措置を併せて講じるとともに、労使も含め、さらなる効果的な対策を検討・実施することにより、雇止めをできる限り防ぎます」と述べており、雇止めを抑止する方向で対応するする姿勢を示しています(実際に、本法案では、上記「雇止め法理の法定化」を前述2の②で定めており、上記懸念を前述2の②により抑止しようという姿勢が窺えます)。

 しかしながら、雇止め法理においては、上記②※に記載されているように、解雇権濫用法理が類推適用される要件が抽象的であるため、個々の雇止めのケースにおいて、雇止めの効果がどのように判断されるかは不明確であり、本法案が成立しても、有期労働契約の契約通算期間が「5年」に達する前に行われる雇止め、及び、そのような雇止めにまつわる紛争が抑止されるか否かはまったく予測できません。また、「労使も含め、さらなる効果的な対策を検討・実施する」とされていますが、具体的にどのような対策が検討・実施されるかも現時点ではまったく不明です。

 本法案が成立した場合、将来の雇止めにまつわる紛争を回避しようとすれば、予め、有期労働契約を締結する際に、「5年」を下回るように更新回数や更新年数の上限を合意しておくこと等、雇止め法理を踏まえた検討が必要となるでしょう。

以上