1.はじめに

  最近は、「セクハラ」、「パワハラ」、「マタハラ」という言葉を耳にする機会も日常的になったと思います。

  そして、セクシュアルハラスメント(以下「セクハラ」という)等の防止のために、法改正等がなされ、行政も様々な啓発活動を行っており、セクハラ等のハラスメントについては、社会においても一定の理解がなされてきていると思います。

  しかし、使用者側の弁護士として日々の業務を行っているなかで、これらハラスメントに関するご相談の機会は減少しておらず、むしろ、ハラスメントに関する啓発活動がなされた結果かもしれませんが、かえってご相談が増えている印象すら受けます。

  そこで、本弁護士解説においては、主として、経営者、企業の人事労務の担当者の皆様に有益な情報をご提供すべく、企業とハラスメントに関するあらゆるトピックを取り上げていきたいと思います。

  その第1弾として、今回は、「パワーハラスメントの定義は万能か」について解説したいと思います。

 

2.パワーハラスメントの定義

  セクハラの定義については、男女雇用機会均等法第11条第1項において、「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」とされていますが、パワーハラスメント(以下「パワハラ」という)については、いまだ法律上の定義はありません。

  もっとも、パワハラの定義については、平成24年1月30日付で厚生労働省が発表した「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」において、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」(なお、「優位性」には、上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して人間関係や専門知識など様々な優位性を背景に行われるものも含まれる)とされましたので、法律上の定義ではないものの一定の公的の解釈が示されたということになります。

 

3.パワハラの定義と実務上の諸問題の解決

 (1)パワハラの定義の有用性と限界

  パワハラの定義がなされたことは、職場でのパワハラを防止するために、パワハラとは何かということを社員等に周知・啓発する際などには有用だと思われます。

  しかし、実務において、職場で生じるパワハラに関する紛争に対応する場合、上記のようなパワハラの定義によって、紛争が解決しやすくなったのかというと、なかなかそうとはいえないのが現状だと思います。

  なぜかというと、そもそもパワハラと業務上の注意・指導の線引き(パワハラの定義でいうところの「業務の適正な範囲を超えて」いるか否かの判断)が難しいケースがあるということが一つの大きな理由として挙げられます。このことについては、特に経営者や管理職クラスの方で、実際に部下に対して注意・指導をしなければならない立場にある方(一度でもパワハラに関する紛争に関与することになった方であればなおさら)は既に認識されているかと思います。

  しかし、実務上生じ得る紛争の解決がしやすくなったとまでいえない理由として、実はもう一つ大きな理由があるのです。

  それは、パワハラが問題となるケースは多種多様であり、ケースごとに判断基準が微妙に異なるということです。

 

(2)実務上、パワハラが問題となるケース

  それでは、実務上、パワハラが問題となるケースとしてどのようなケースがあるかという点ですが、主として以下の3つのケース(A.労働者からの労災申請、B.被害労働者からの損害賠償請求、C.加害労働者に対する処分)が挙げられます。

 A.労働者からの労災申請
  精神疾患に罹患した労働者が、上司からのパワハラが原因であるなどとして労災申請するケース

 B.被害労働者からの損害賠償請求
  上司のパワハラにより精神的・肉体的苦痛を被ったとして被害労働者が不法行為に基づき損害賠償を請求するケース
  (事業主に対して使用者責任又は職場環境配慮義務違反等により損害賠償を請求するケース)

 C.加害労働者に対する処分
  パワハラの加害者と認定された労働者に対して、使用者が懲戒等の処分を行うケース

 
 このような3つのケースについて、パワハラの定義に該当するか否かは有力な事情となりますが、それを検討するだけで、各ケースの結論を出すことができるのかというと、そうとはいえません。以下において述べますように、パワハラが問題となるケースは、ケースごとに判断基準等が微妙に異なる部分があるので、各々の判断基準に則った具体的な判断が必要とされるのです。

 

(3)パワハラが問題となるケースの判断方法とパワハラの定義の限界

  (2)の各ケースにおいて紛争化した場合には、それぞれ、業務上外の判断(上記「A.」のケース)、不法行為の成否等の判断(上記「B.」のケース)、懲戒処分等の有効性の判断(上記「C.」のケース)を行う必要があります。

  まず、「A.労働者からの労災申請」のケースであれば、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23年12月26日・基発1226第1号)により業務上外の判断がなされることになります(※)。

  次に、「B.被害労働者からの損害賠償請求」のケースであれば、①故意または過失のある行為であること、②他人の権利または法律上保護される利益を侵害したこと、③損害が発生していること、④行為と損害との間に因果関係があること、という不法行為(民法709条)の要件の有無が検討されることになります。

  そして、「C.加害労働者に対する処分」のケースであれば、加害者の言動が各企業の就業規則の懲戒事由(解雇事由)に該当するか、当該処分に相当性はあるか等が検討されることになります。

  このように、業務上外の判断(上記「A.」のケース)、不法行為の成否等の判断(上記「B.」のケース)、懲戒処分等の有効性の判断(上記「.」のケース)は、その判断基準がケースごとに異なっているので、使用者として結論の予測をするためには、各ケースの判断基準に則して判断する必要があり、パワハラの定義に該当するか否かを判断することから直ちに結論が出るわけではないことに留意する必要があります(もちろん、先に述べたようにパワハラの定義に該当するか否かは有力な事情にはなります)。

  例えば、上司が部下に対して、指導をするときに売り言葉に買い言葉で若干いい過ぎてしまったというケースを考えてみましょう。まず、業務起因性は認められないため労災が認定されず、人格権の侵害にまでは至る言動ではないため不法行為性も否定されるようなケースであっても、上司が不適切な発言をしたことは間違いないため、その程度により上司を厳重注意処分としたり、軽微な懲戒処分としたりすることは考えられるところです。反対に、パワハラの定義にも該当し、不法行為性も肯定される上司の言動であったとしても、当該上司に対する懲戒解雇等の重い処分を科し、その有効性が問題となるケースであれば、当該処分の有効性については否定される可能性もあります。さらに、上司から部下に対する業務上の注意・指導が必ずしも「業務の適正な範囲」内であるとはいえない場合であっても、そのことにより直ちに不法行為が成立するかというとそうではなく、不適切な言動ではあるが、不法行為が成立するほどではないといった判断がなされる可能性もあります。

  このような、パワハラの定義の限界については、特に損害賠償請求訴訟における裁判例においても指摘されており、以下の裁判例は、このことを端的にいい表していると思います。

➣ パワハラの定義の限界を示唆する裁判例

【東京地判平26.12.25・Y郵便局事件】
 「原告は、職員の親睦のために開催される歓迎会や忘年会に特定の人間を誘わないことが職場におけるハラスメントに該当する旨主張するところ、確かに、証拠によれば、厚生労働省のワーキンググループによって、パワーハラスメントの定義が『同じ職場で働くものに対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させること』とまとめられたこと、日本労働弁護団の弁護士の監修によるパワハラの具体例として『会社の飲み会に呼んでもらえない』ケースについて『1人だけ仲間はずれにされているのであれば、パワハラにあたる可能性が高くなります』旨のコメントがなされていることを認めることはできる。
 しかし、このような一般的な『パワハラ』に該当するか否かという問題と、法的賠償義務を伴う積極的な加害行為に該当するかという問題とでは、その違法性が異なるのは明らかである。上記のとおり、職場内の人間関係では、必ずしも良好でないことはあり得、悪感情を抱くこと自体を法的に禁止することはできない以上、仮に悪感情から飲み会に誘わなかったのだとしても、そのことが直ちに不法行為となるものではなく、更に積極的な加害行為といえるだけの違法性が備わって初めて損害賠償義務を生ぜしめるべき対象と評価できるのである。」(注:下線については筆者にて加筆)

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※ 具体的には、以下の「心理的負荷による精神障害の認定基準」の「業務による心理的負荷評価表」の「具体的出来事」の「29」や「30」が問題となりますが、パワハラを理由とする労災申請は、長時間労働などの過重労働とセットで申請されることが多いといえます。

 

(4)どのケースの紛争かを認識することも重要

  企業において、パワハラに関する紛争が生じた場合に、①パワハラの定義に該当するか、②業務上の注意・指導の範囲内か否かを検討しなければならないということを理解されている方であっても、上記のようなどのケースが問題となっているのかを踏まえて対応を検討されていることは少ないように思います。

  したがって、既に述べましたように、パワハラに関する各種の紛争に対応をする場合は、パワハラの定義への該当性を検討するだけでは不十分であり、①どのようなケースにおいて問題となっているのか、②そのケースにおける判断基準は何か、③本件をその判断基準に当てはめるとどうか、といったことを常に意識して対応していく必要がある点についても留意していただけるとよいと思います。

以上

文責:弁護士 帯刀康一

➣ 本弁護士解説の記事については、法改正、新たな裁判例の集積、解釈の変更等により、予告なく削除・加除等を行うことがある点については予めお断りをさせて頂きます。