1.「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」(平成27年4月30日・27文科初児生第3号)について
現在、職場におけるLGBTの当事者の労務問題について直接する法律はなく、また、行政の通達(指針)等についても、後述するように、セクハラ指針の改定など、部分的には示されているところですが、職場における労務管理全般について触れられている通達(指針)等は未だ存在しません。
しかし、学校教育の現場においては、性同一性障害に関しては社会生活上様々な問題を抱えている状況にあり、その治療の効果を高め、社会的な不利益を解消するため、平成15年、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律が議員立法により制定され、学校における性同一性障害に係る児童生徒への支援についての社会の関心も高まり、その対応が求められるようになってきました。こうした背景等により、性同一性障害に係る児童生徒についてのきめ細かな対応の実施に当たって、平成27年4月30日に、文部科学省から性同一性障害に係る児童生徒へのきめ細かな対応の具体的な配慮事項等を取りまとめ、各都道府県や指定都市の教育委員会などに向け、「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」(27文科初児生第3号。以下「本件通達」といいます)との通達がなされました。なお、平成28年4月には、文部科学省のホームページおいて、「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について(教職員向け)」も公表されています。
本件通達においては、「学校生活の各場面での支援について」「性同一性障害に係る児童生徒や『性的マイノリティ』とされる児童生徒に対する相談体制等の充実」「性同一性障害に係る児童生徒に対する学校における支援の事例」等の項目が挙げられ、解説がなされていますが、これらの解説の中には、職場におけるLGBTの当事者への対応について参考となる記載も見受けられるため、本コラムにおいて、該当箇所について紹介したいと思います。
2.カミングアウトを受けた場合の初期対応について
本件通達では、教職員が性同一性障害の児童生徒から相談を受けた場合の対応について、
「教職員が児童生徒から相談を受けた際は、当該児童生徒からの信頼を踏まえつつ、まずは悩みや不安を聞く姿勢を示すことが重要であること。」
とされています。
職場において、LGBTの当事者である社員から、自身がLGBTであるとカミングアウトされた場合には、まずは落ち着いて本人の話に耳を傾けるということが非常に重要になります。
LGBTの当事者が誰かにカミングアウトする場合、その人のことを信頼しているからこそカミングアウトしていると考えられますが、特に、LGBTについて知識がない段階でカミングアウトを受けた社員が本人に対して積極的なアドバイスをしようとする場合、「治療すれば治るの?」などと、不用意な発言をしてしまい、当事者との間の信頼関係が損なわれてしまう可能性があります。
そこで、カミングアウトを受けた場合には、本件通達にもありますように「まずは悩みや不安を聞く姿勢を示す」ということが重要になります。
3.アウティングの問題について
さらに、本件通達において、性同一性障害の児童生徒に関する情報等の取扱いについて、
「教職員等の間における情報共有に当たっては、児童生徒が自身の性同一性を可能な限り秘匿しておきたい場合があること等に留意しつつ、一方で、学校として効果的な対応を進めるためには、教職員等の間で情報共有しチームで対応することは欠かせないことから、当事者である児童生徒やその保護者に対し、情報を共有する意図を十分に説明・相談し理解を得つつ、対応を進めること。」
「医療機関との連携に当たっては、当事者である児童生徒や保護者の意向を踏まえることが原則であるが、当事者である児童生徒や保護者の同意が得られない場合、具体的な個人情報に関連しない範囲で一般的な助言を受けることは考えられること。」
「他の児童生徒や保護者との情報の共有は、当事者である児童生徒や保護者の意向等を踏まえ、個別の事情に応じて進める必要があること。」
とされています。
現実問題として、日常生活の様々な面で、LGBTの当事者に対する偏見が解消されたとはいえない現状において、LGBTの当事者であるか否かはプライバシーに属する情報といえ、LGBTの当事者であることを公表するかどうかは、原則として本人の判断によるといえます。
したがって、職場では、LGBTの当事者からカミングアウトを受けた際に、本人の了解を得ずに当該情報を第三者に開示した場合、プライバシー侵害といった問題が生じます。
そこで、職場において、LGBTの当事者から例えば更衣室やトイレの使用等について具体的な要求がなされ、人事部などに相談する必要が生じる場合においても、誰に、どのように相談するかといった事項も本人と協議し、本人の了解を得た上で実施するといった配慮が必要といえます。
本人から、対応時に「自分の名前などは出してほしくない」などと言われた場合には、本件通達において「具体的な個人情報に関連しない範囲で一般的な助言を受ける」とされているように、人事部に対し、一般論として確認するということは許容される場合があるといえます(なお、実務上は、一般論として人事部に確認することについても本人の了解を得ておくべきです)。
4.ハラスメントについて
本件通達は、直接的に、ハラスメント防止を目的として制定されているわけではありませんが、
「まず教職員自身が性同一性障害や『性的マイノリティ』全般についての心ない言動を慎むことはもちろん、例えば、ある児童生徒が、その戸籍上の性別によく見られる服装や髪型等としていない場合、性同一性障害等を理由としている可能性を考慮し、そのことを一方的に否定したり揶揄(やゆ)したりしないこと等が考えられること。」
と記載されています。
この点、職場でのLGBTの当事者へのセクシュアルハラスメントに企業が対応する義務があることを明確にするため、厚生労働省は男女雇用機会均等法によって定められている指針(セクハラ指針)について、労働政策審議会 (雇用均等分科会)において改正案をまとめており、平成29年1月1日から施行予定としています(具体的には、セクハラ指針の2(1)に、「被害を受けた者の性的指向又は性自認にかかわらず、当該者に対する職場におけるセクシュアルハラスメントも、本指針の対象となる」ことが明記される予定です)。
また、「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第2版)」(厚生労働省)には、「性的指向や性自認についての不理解を背景として、『人間関係からの切り離し』などのパワーハラスメントにつながることがあります。このようなことを引き起こさないためにも、職場で働く方が、性的指向や性自認について理解を増進することが重要です。」と記載されています。
職場において、LGBTの当事者に対するセクシュアルハラスメントやパワーハラスメントなどのハラスメントに該当し得る言動がなされている場合、当該職場で働いているLGBTの当事者のモチベーション、生産性が低下するとともに、必要な人材が流出する可能性、ひいては労災、安全配慮義務違反による損害賠償リスクも考えられます。
したがって、企業としては、上記リスクについては、現時点においても潜在的なリスクとして存在している可能性があることを認識し、社員、特に人事部の担当者及び管理職に対しては、LGBTに関する研修を行うなどして、上記のようなリスクを低減させる施策を行っていく必要があるといえます。
以上
➣ 企業とLGBTの問題については、必ずしも議論が深まっている分野ではなく、不確定要素も多いため、本コラムの記事については、予告なく削除・加除等を行うことがある点については予めお断りをさせて頂きます。
文責:弁護士 帯刀康一