1.法案化の方向性について

  自由民主党(以下「自民党」といいます)は、今年2月に、稲田朋美政務調査会長の指示により、古屋圭司衆議院議員を委員長とする「性的指向・性自認に関する特命委員会」を党内に設置し、当事者や有識者の方々、先進的な取り組みを行っている企業からのヒアリングを行い、各府省庁の取り組み状況について実態調査を実施するなどしていました。
  そして、今年の5月24日には、同党のホームページにおいて、「性的指向・性自認の多様なあり方を受容する社会を目指すためのわが党の基本的な考え方」(以下「基本的な考え方」ともいいます)を公表するに至っています。

  上記「基本的な考え方」においては、立法化についての考え方も示されており、具体的には、「2.現状と課題」として、「現在、性的指向・性自認の多様なあり方について、社会の理解が進んでいるとは必ずしも言えず、性同一性障害特例法等の制度的な対応が行われたものの、未だにいじめや差別などの対象とされやすい現実もあり、学校や職場、社会生活等において、当事者の方が直面する様々な困難に向き合い、課題の解決に向けて積極的に取り組むことが求められている。」と述べています。さらに、職場等においてもLGBTの当事者に対する差別等があるとしたうえで、「3.わが党の取り組み」として、「当事者・有識者からのヒアリング、政府・企業の取り組み状況の聴取等を重ねた結果、当委員会としては、性的指向・性自認の多様なあり方を受容する社会や、当事者の方が抱える困難の解消をまず目指すべきであること、また、必要な理解が進んでいない現状の中、差別禁止のみが先行すれば、かえって意図せぬ加害者が生じてしまったり、結果として当事者の方がより孤立する結果などを生む恐れもあることが明らかにされた。」ということを掲げています。また、「4.目指す方向性」としては、「まず目指すべきは、カムアウトできる社会ではなくカムアウトする必要のない、互いに自然に受け入れられる社会の実現を図ることであり、性的指向・性自認の多様なあり方をお互いに受け止め合う社会を目指す理念を定めた上で、現行の法制度を尊重しつつ、網羅的に理解増進を目的とした諸施策を講ずることが必要であるとの方向で意見の一致を見た。」、「当委員会としては、性的指向・性自認に関する広く正しい理解の増進を目的に、今後、議員立法の制定を目指すとともに、各省庁が直ちに実施すべき施策集の取りまとめを行ったところであり、政府に対して、別紙『政府への要望』に掲げる措置を速やかに講じることを要望する。」とされています(注:いずれも下線は筆者にて加筆)。

  このように、自民党は、LGBTの当事者が抱えている「学校や職場、社会生活等」における困難性については、男女雇用機会均等法のように、差別禁止を正面から打ち出した法律を制定するのではなく、性的指向・性自認に関する理解の増進等を目的とした法律を制定して国民・社会の理解を促し、あくまでも現行法の枠組みの範囲内で、困難性の解消等に関する具体的な施策を実施することを予定しているのだと思います。
  そして、「基本的な考え方」によりますと、「各省庁が直ちに実施すべき施策集の取りまとめを行った」ともされており、本コラムの第2回でもご紹介したとおり、すでに、職場でのLGBTの当事者へのセクシュアルハラスメントに企業が対応する義務があることを明確にするため、厚生労働省は男女雇用機会均等法によって定められている指針について、労働政策審議会 (雇用均等分科会)において指針の改正案をまとめており、改正後の指針は平成29年1月1日から施行予定とされるなど、施策が進められている部分もあります。
  今後も、職場のLGBTの当事者に関する問題については、行政から雇用の分野に関するガイドラインや指針等(以下「ガイドライン等」ともいいます)が示されることになると思われますが、ガイドライン等は法律ではないものの、実際に紛争が法的に解決される場合には、重要な判断基準になると考えられますので、企業は、雇用の分野に関するガイドライン等が示された場合には留意する必要があります。
  なお、雇用の分野に関するガイドラインがどのような内容となるのかは不透明な部分がありますが、「現行の法制度を尊重しつつ」とされていることからしますと、雇用機会均等法の指針、通達等の内容が一つの参考になると考えられます。

 

2.雇用の分野に関する記述について

  以下において、「基本的な考え方」において示された「雇用・労働環境」の9.~13.に関する記述をご紹介するとともに、若干のコメントをしたいと思います。  

9. 従業員の多様な性的指向および性自認を積極的に受容する取り組みを行っている企業等が存在することを踏まえ、そうした事例を収集し広く情報提供を行うことにより、当事者が就職の際参照できるようにするとともに、他事業者の取り組み検討の参考に供し、後押しをすること。また職場における自主的な取り組みを促すため、ガイドラインの策定等の施策の検討を積極的に進めること。

➣ コメント

  外資系企業を中心に、LGBTの当事者に対する職場での取り組みを行っている企業が存することは確かであり、これらの企業の取り組みを知ることは有用な面があります。
  しかし、そのような取り組みは、現状の法制度の枠を超えるものであることも多く、日本において大多数を占める中小企業において、大企業の取り組みをどこまで取り入れることができるかは不透明な部分があります。
  したがって、先進企業の取り組みが紹介される際には、どこまでが事業主として遵守する必要がある法的義務なのか、という点についてもガイドラインに明示されることが望ましいといえます。
  特に、トランスジェンダーのトイレ・更衣室の問題においては、施設管理権等の問題も生じるため、努力義務については、違反した場合でも罰則等法的制裁が課されず、あくまでも当事者の任意に委ねられる努力義務であることを明確にされることが望ましいといえます。

10. 公正な採用選考についての事業主に対する啓発・指導において、性的指向や性自認に関する内容も含めることにより、当事者が不当な取り扱いを受けることを防止すること。

➣ コメント

  採用選考において、事業主がどのようなことを行った場合に「当事者が不当な取り扱い」を受けたことになるのかについては現状においては何らの基準もなく、事業主としては手探りの状況にあると思います。
  例えば、①履歴書の性別欄を設けることの可否、②履歴書の性別欄に性別が記載されていない場合に確認することの適否など、対応方法に窮する問題もあります。
  したがって、このような問題についても、ガイドライン等においてどのような基準が示されるのかは注視していく必要があります。

11. 解雇や退職強要に関し、労働契約法第16条において「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定されていることを踏まえ、単に性的指向や性自認のみを理由とする解雇、あるいは服装等を理由とする解雇が同規定に該当し得ることに留意し、事業主に対する必要な啓発・指導を徹底すること。

➣ コメント

  この点、「単に性的指向や性自認のみを理由とする解雇」(LGBTの当事者であることのみを理由とした解雇)が無効とされ得ることは、当然そのとおりであると思います。
  また、「服装等を理由とする解雇」が無効とされ得るということについても、基本的にはそのとおりであると思います。<
  しかし、例えば、ある日突然社員から「自分はトランスジェンダーであるため、本日から戸籍とは異なる性別(心の性)の服装で仕事をする」と主張された場合を考えてみれば分かりますが、このようなケースにおいて、事業主として、一定の猶予期間を設けることが可能なのかといった問題も生じます。さらに、当事者との間で時間をかけて話し合いを重ね、事業主としてある程度合理的な提案をしたにもかかわらず拒否されたような場合にも、配転・解雇等が有効とされることはないのかといった問題も生じるでしょう。
  このように、実務上問題となるのは、LGBTの当事者であることのみ(服装のみ等)を理由とした解雇ではなく、性的指向や性自認を発端として、事業主とLGBTの当事者との間で何らかのトラブルが生じたというケースが多くなるのではないかと思われます。
  そのようなケースにおける事業主としての対応について、ガイドラインにおいてどの程度踏み込んだ対応方法(事例)が示されるのかについても注視が必要といえます。

12. 職場における性的指向や性自認に関するいじめ・嫌がらせ等に関し、男女雇用機会均等法第11条及び同条に基づく「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」において、性的指向・性自認に関するいじめ・嫌がらせ等であっても同条および同指針におけるセクシュアルハラスメントに該当するという解釈をすみやかに通達等の手段により明確化すること。
  同指針については、必要な手続きを経た上で、遅滞なく上記趣旨が明示的に記載されるよう改正を行うこと。

➣ コメント 

  この点については、すでに述べましたとおり、職場でのLGBTの当事者へのセクシュアルハラスメントに企業が対応する義務があることを明確にするため、厚生労働省は男女雇用機会均等法によって定められている指針について、労働政策審議会 (雇用均等分科会)において指針の改正案をまとめており、改正後の指針は平成29年1月1日から施行予定とされています。

13. 性的指向・性的自認に関する事柄を背景としたパワーハラスメントを防止するため、「パワーハラスメント対策導入マニュアル」等に関連する記述を追加すること。

➣ コメント

  平成28年7月7日に厚生労働省が公表した「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第2版)」には、すでに下記の記述がなされています。
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■ 性的指向や性自認についての理解とパワーハラスメントについて
  ・性的指向や性自認についての不理解を背景として、「人間関係からの切り離し」などのパワーハラスメントにつながることがあります。このようなことを引き起こさないためにも、職場で働く方が、性的指向や性自認について理解を増進することが重要です。
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3.まとめ

  このように、LGBTの当事者に関する職場での問題については、セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントなどのように、徐々にではありますが、行政の解釈等が示されてきている部分もあり、今後も様々な形で示されていくことになると思います。したがって、事業主としては、性的指向・性自認に関する職場の問題についての行政のガイドライン等には、常にアンテナを張っておき、情報収集を行っておく必要があるといえます。
  また、「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第2版)」において、「職場で働く方が、性的指向や性自認について理解を増進することが重要」とされていることからも明らかなとおり、職場のLGBTの当事者に関するトラブルは、LGBTについての理解不足に端を発していることが多いため、事業主としては、今からでも職場においてLGBTに関する研修を行うなどして、性的指向・性自認に関する啓発活動を実施すべき時期に来ているといえます。

以上

➣ 企業とLGBTの問題については、必ずしも議論が深まっている分野ではなく、不確定要素も多いため、本コラムの記事については、予告なく削除・加除等を行うことがある点については予めお断りをさせて頂きます。

文責:弁護士 帯刀康一