1.「いない」のではなく「見えていない」だけ

  第2回のコラムにおいて、電通ダイバーシティ・ラボが実施した「LGBT調査2015」によると、日本のLGBT層の割合は、7.6%であるとされていること、自由民主党の政務調査会に設置された性的指向・性自認に関する特命委員会が平成28年4月27日に作成した「議論のとりまとめ」においては、「性的指向・性自認が典型的でない方(性的マイノリティと呼ばれる方)は人口の3%~5%存在すると言われている。」とされていることを紹介しました。

  この数字が一定の根拠を有するものだとすれば、20名の従業員が勤務している企業においては、LGBTの当事者が1名はいる可能性があるということになります。

  しかし、今現在、企業に所属し、勤務している従業員の方々の中で、自分が勤務している職場の中に、LGBTの当事者がいると明確に認識している方はないのではないかと思います。

  何故そのようなことが起きるのかという点についてですが、LGBTの当事者の中で、職場全体に対して、自身がLGBTの当事者であることをカミングアウトしている人が少ないということが要因の一つとして挙げられると思います。

  この点、 カミングアウトに関する調査は、どのような企業どのような調査を行ったかという事情に結果が左右されますが、未だに職場全体に対して自身がLGBTであることをカミングアウトしている当事者は少数派であるというのが現状であると思われます。

  以上のような事情からすれば、特にある程度の規模の企業においては、職場にLGBTの当事者が「いない」のではなく、LGBTの当事者が社員として勤務しているものの、職場で嫌がらせを受けることをおそれるなど、何らかの理由により、自身がLGBTの当事者であることをカミングアウトせずに、ストレートの男性(女性)として振る舞っているため、「見えていない」だけであるという可能性があります。

  したがって、企業としては、職場にLGBTの当事者が「いない」ことを前提にするのではなく、「見えていない」だけで「いる」ということを前提に対応等について検討していく必要があることを認識する必要があります。

 

2.LGBTの当事者の職場における困難性について

  職場においてカミングアウトしているLGBTの当事者が少数であるのは、LGBTの当事者にとって、職場でカミングアウトしたくない事情があるからと考えられます。

  すなわち、マスメディア等においてLGBTに関連する報道がなされることが多くなってきてはいますが、世の中においてLGBTに関する理解が浸透しているかといえば、まだまだ不十分と言わざるを得ません。このように、LGBTに関する理解が不十分な現状において、LGBTの当事者が職場でカミングアウトした場合に、職場において奇異の目で見られたり、何らかの不利益を受けるのではないかということを懸念し、カミングアウトを躊躇するということは容易に想像ができます。

  実際、LGBTの当事者が、採用面接においてLGBTであることをカミングアウトした企業は全て不合格となったが、LGBTであることを説明せずに採用面接を受けたところ合格したという事例、職場の特定の人にカミングアウトしたところ数日後には職場のほとんどの人がLGBTであることを知っていたという事例(アウティングの問題)、職場においてオネエタレントを嘲笑する会話がなされるなどLGBTの当事者への配慮に欠ける言動がなされている事例、カミングアウトした後にLGBTであるという理由のみで退職勧奨をされた事例、カミングアウトできないことで上司や同僚に対してパートナーのことなどについて小さな嘘を積み重ねざるをなくなり、そのことが心理的な負担となり退職を余儀なくされる事例などが報告されており、また、トランスジェンダーにおいては、更衣室やトイレの問題もあります。

  このように、LGBTの当事者は、現実問題として、職場において様々な困難性を抱えている可能性があり、そのような事態は、どの職場においても生じている可能性があるともいえます。

  なお、LGBTの当事者が職場で抱えている困難性については、上記に挙げたものの他にも多岐にわたりますが、現行の法体系において、それらの困難性の全てが直ちに法的に問題となるとは言えない部分はあります。

  しかし、LGBTに関する法案の制定に関する具体的な動きも出てきているで、特に、経営者・管理職は、職場においてLGBTの当事者が上記のような困難性を抱えている可能性があることを認識し、その解決策についてできることから検討をはじめる時期にきているといえると思います。

以上

 

■ 企業とLGBTに関するニュース

同性愛だと暴露され、転落死した一橋法科大学院の両親が同級生と大学を提訴

  一橋大学法科大学院の学生が、法科大学院の同級生でるLINEのグループで同性愛者であることを暴露された結果(アウティング)、心身の不調に悩まされ、その後、学生転落事故が発生し、搬送先の病院で死亡が確認されたという件について、学生の両親が暴露した同級生と大学を相手として計300万円の損害賠償を求めて訴訟を提起したと報道されています。なお、この件では、暴露した同級生に対してだけでなく、大学に対しても適切な対応を取らなかった安全配慮義務違反があったとされています。

  事実関係の詳細が分からないため、この件についてのコメントは控えますが、これからLGBTに関する啓発活動が活発になり、また、LGBTに関するが制定されるなどした場合に、職場においても、自身がLGBTの当事者であることをカミングアウトする社員も増加していくことが想定されます。そのようなケースにおいて、企業としてどのように対応するべきかということについては、経営者管理職を中心に、各企業において今から検討しておかなければならない課題の一つであるといえます。

 

※ 企業とLGBTの問題については、必ずしも議論が深まっている分野ではなく、不確定要素も多いため、本コラムの記事については、予告なく削除・加除等を行うことがある点については予めお断りをさせて頂きます。

文責:弁護士 帯刀康一