当社の所定労働時間中に大地震が発生しました。その場合、当社としては労働者に対して、どのような対応を行うべきでしょうか。また、安全のため、会社に労働者を待機させることは可能でしょうか。
まずは労働者の安全を確保し、適切に情報を収集した上、想定される二次被害を防止するための対応を行う。
次に、安全のためであっても、会社が、強制的に労働者を待機させることはできない。
1.使用者が負うべき義務
使用者は、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負って(川義事件 最判昭59.4.10労判429号12頁)。これは災害時においても同様であり、労働者の生命及び健康等が地震や津波などの自然災害の危険から保護されるよう配慮すべき義務があります(七十七銀行[女川支店]事件 仙台高判平27.4.22労判1123号48頁)。また、労働安全衛生法25条により、労働災害発生の急迫した危険があるときは、直ちに作業を中止し、労働者を作業場から退避させる等必要な措置を講じなければならないとされています。
そのため、使用者としては、大地震等の災害が発生した場合、何よりもまず労働者の生命身体の安全を確保する措置を講じる必要があります。
2.具体的に取るべき対応
使用者が具体的に取るべき行動として、何よりも重要な点は、災害の発生前にあります。
すなわち、使用者としては、具体的な災害が発生する前に、最新の科学的知見に基づいて、行政から出されているハザードマップ、防災計画、ガイドライン等をもとに、自社の事業場の所在地や建物の脆弱性等を考慮して、具体的に災害が発生した際の具体的な対応(防災計画を策定し、これを労働者に周知しておくことが重要です。
このように、最新の科学的知見に基づいて合理的な防災計画を立てていた場合は、原則として、それに従って対応することで、使用者が法的責任を負うリスクは大きく減少します(前掲・七十七銀行[女川支店]事件参照)。
もっとも、いくら合理的な防災計画を立てていたとしても、実際の状況に応じて適切に対処できなければ絵に描いた餅となります(例えば、計画していた避難所が海抜10mに位置する場所であるところ、実際の災害発生時に津波到達予想が15mと発表された場合に、計画に固執してその避難場所に労働者を避難させる行為等)。そのため、災害の発生後、使用者は、労働者の安否を速やかに確認するとともに、発生した地震の震度、建物への影響、津波や周辺火災の有無等の情報を、ラジオ放送、防災行政無線、テレビ、インターネット、建物の管理者への確認等を通じて適切かつ積極的に情報を収集する必要があります(これは「情報収集義務」といわれています)。
災害発生後にこうした情報を積極的に収集しない場合、情報収集義務を懈怠したとして、安全配慮義務違反による使用者責任認められるリスクが高くなります(私立日和幼稚園事件 仙台地判平25.9.17労経速2193号9頁参照)。
したがって、使用者としては、災害発生前に合理的な防災計画を立て、災害発生後には積極的に情報収集を行い、その情報を基に、計画通りの対応で問題なければ防災計画に従い、計画通りでは問題があればより適切な対応を検討・指示し、
なお、前掲の七十七銀行(女川支店)事件は、14時46分に地震発生、141時50分に「津波の到達予定時刻が15時、予想される津波の高さが6m」との予報が出た後、支店長が高さ約10mの屋上に避難する指示をしたところ、15時14分に予想される津波の高さが10m以上に引き上げられ、実際に10m超える津波により労働者が被災した事案です。支店長が避難場所を変更しなかったことについても安全配慮義務違反は否定されています。
このように、その当時にできる限り情報収集を行い、収集した情報を基に合理的な判断をしていれば、安全配慮義務違反を問われる可能性は低くな事業場の責任者の方は、過度に恐れず、その場で判明した情報をもとに、柔軟にご判断いただくことが肝要といえます。
3.会社にとどまらせておけるか
内閣府が公表している「災害発生時における 大規模な帰宅困難者等の発生への 対策に関するガイドライン(令和8年1月)」では、大規模地震(首都直下型地震など)が発生した場合、救助・救出活動の妨げとならないよう、発災後3日間は企業が労働者等を施設内に待機させる必要がある旨を指摘しています。また、自治体によっては独自の条例を設けており、例えば東京都帰宅困難者対策条例7条1項では、事業者は、大規模災害の発生時において、管理する事業所その他の施設及び設備の安全性並びに周辺の状況を確認の上、従業者に対する当該施設内での待機の指示その他の必要な措置を講じることにより、従業者が一斉に帰宅することの抑制に努めなければならないとされています。
しかし、使用者が業務命令によって労働者を自らの施設内に留めておけるのは、業務上の必要性が認められるときに限られ業務上の必要性がないにもかかわらず、終業後の労働者に対し、事業場に留まるよう強制することはできません。
労働者の安全のために待機させることは「業務」ではありませんので、終業後に帰宅しようとする労働者を、業務命令により事業場内に留めておくことはできないと考えざるを得ません(所定労働時間中で、かつ、業務を命じている場合は留めておくことは可能です)。
そのため、使用者が適切に情報収集をした上で「帰宅させず事業場に留まる方が良い」と判断したのであれば、労働者に対してその具体的な理由を説明し、事業所に留まってもらうよう説得することが良いといえます。この場合、現場の状況を確認し、事業場がビル、商業施設等にある場合は、自社の情報のみならず、事業場が所在する建物を管理する会社に問い合わせる等により、事業場の安全性に関する情報を収集し、安全性を確認したうえで行っていただくことが肝要です。
なお、説得が功を奏せず、労働者が自らの意思で帰宅し、被災した場合、使用者としては上記の対応を尽くしていれば、安全配慮義務違反を問われる可能性は低く、他方、労働者は、通常通り真っ直ぐ自宅に帰宅していれば(通勤経路を「逸脱」したり、移動を「中断」したりしていなければ)、原則として「通勤災害」として労災保険から補償が受けられることとなります(東北地方太平洋沖地震と労災保険Q&A・Q2-6等参照)。
以上

