当社の内部通報窓口に、同一の従業員から同一事案に関する通報が繰り返し寄せられており、対応に苦慮しています。この従業員に対し、内部通報制度の悪用を理由として懲戒処分を行うことは可能ですか。
A 不適切な内部通報に対して懲戒処分を実施すること自体は可能である。もっとも、当該内部通報が「不適切なものである」と立証できるかについては、慎重な検討を要する。
1 内部通報に関する不利益取扱いの禁止
公益通報者保護法(以下、「法」といいます。)第5条第1項は、事業者が、法第3条各号の保護要件を満たす公益通報をしたことを理由として、公益通報者に対し、降格、減給、退職金の不支給その他不利益な取扱いをすることを禁止しています。
同法における「公益通報」とは、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、役務提供先(勤務先等)またはその役員・従業員等について通報対象事実が生じ、またはまさに生じようとしている旨を、役務提供先等や行政機関等に通報することをいいます(法第2条第1項)。
また、「通報対象事実」については、法第2条第3項に規定があり、犯罪行為もしくは過料対象行為、または最終的に刑罰もしくは過料につながる法令違反行為をいいます。
2 不適切な内部通報に対する懲戒処分の可否についての判断枠組み
(1)「不正の目的」の有無とその範囲
まず、当該内部通報に「不正の目的」があったことを立証すれば、その通報は「公益通報」に当たらず、法第5条第1項による不利益取扱いの禁止の制限を直接に受けることはなくなります。消費者庁が公開する法の逐条解説(第2条(定義)11頁)によりますと、「不正の目的」とは、公序良俗に反する目的をいい、 (a)公序良俗に反する形で自己又は他人の利益を図る目的、及び、(b)他の従業員その他の他人に対して、社会通念上通報のために必要かつ相当な限度内にとどまらない財産上の損害、信用の失墜その他の有形無形の損害を加える目的、などがこれに含まれるとされております。
なお、「不正の目的でない」というためには、上記のような「不正の利益を得る目的」や「他人に不正の損害を加える目的」の通報と認められなければ足り、専ら公益を図る目的の通報と認められることまで要するものではありません。単に、交渉を有利に進めようとする目的や、事業者に対する反感など、公益以外の目的が併存しているだけでは、本項にいう「不正の目的」であるとはいえない、とされております。
(2)裁判例における「不正の目的」の判断
「不正の目的」について判断した裁判例としては、ボッシュ事件(東京地判平成25年3月26日 労経速2179号14頁)があります。社内調査と是正措置がなされた後も、専ら個人的な目的で通報を繰り返し、業務命令に反して関係者を中傷するメール送信等を続けた労働者に対し、会社が出勤停止処分および解雇を行った事案です。裁判所は、「原告は、自らの内部通報に理由がないことを知りつつ、かつ個人的目的の実現のために通報を行ったものであって、原告が主張するように、社内のコンプライアンス維持のためにやむを得ない行為であったなどということはできないものであって、実質的に懲戒事由該当性がないということはできないし、かつ、公益通報者保護法2条にいう不正の目的に出た通報行為であると認めざるを得ない。」として、法第5条違反の主張を退け、解雇の有効性を認めております。
(3)労働契約法に基づく懲戒処分の適法性判断
「公益通報」に該当するか否かを問わず、懲戒処分の適法性は、労働契約法15条(懲戒権の濫用禁止)に基づいて判断されます。裁判例では、かかる判断に当たって内部通報行為の正当性が検討されており、その正当性は、①内部告発の内容の根幹的部分が真実ないしは内部告発者において真実と信じるについて相当な理由があるか、②内部告発の目的が公益性を有するか、③内部告発の手段・方法が相当性を有するか等を総合的に考慮して判断される傾向にあります(いずみ市民生協内部告発訴訟・大阪地裁堺支部判決平成15年6月18日 労判855号22頁、学校法人田中千代学園事件・東京地判平成23年1月28日 労判1029号59頁等)。
すなわち、「公益通報」に該当しない内部通報であっても、上記各要素に鑑みて正当性が認められると判断されれば、その通報を理由とする懲戒処分は懲戒権の濫用として違法・無効であると評価されるおそれがあります。
3 本ケースのような事案への対応と実務上の留意点
内部通報が繰り返し行われたとしても、その内容や背景事情が毎回同じであるとは限りませんので、通報が繰り返されたことのみをもって直ちに「不正な目的」で行われたと認定することはできないと考えます。「不正な目的」は通報者の主観に関する問題であり、その立証は容易ではないため、通報者の通報当時の主観を推知することができる資料(通報者の言動に関する資料や電子メールなど)や通報内容の真偽、更には真実でないことの明瞭さ(通報者が故意に虚偽の通報をしたことの材料となります。)を詳細に調査・検討した上で、慎重に判断する必要があります。
令和8年12月1日に施行される改正法では、公益通報を理由とする不利益取扱いの抑止・救済(通報者保護)の強化が図られており、公益通報後1年以内の解雇または懲戒は、公益通報を理由としてなされたものと推定されます(改正法第3条第3項)。また、公益通報を理由として解雇または懲戒をした者に対する直罰(6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)が新設され、法人に対する法定刑は3000万円以下の罰金とされております。
※公益通報者保護法の一部を改正する法律(概要)01_概要_R7年公益通報者保護法改正
裁判所は、公益通報に当たらない内部通報であっても、法の趣旨を参照してその正当性を判断していると解されますので、改正法の施行後は、こうした通報を理由とする不利益取扱いについても、解雇・懲戒等の処分に客観的に合理的な理由および社会通念上の相当性があることを主張・立証するにあたり、当該通報が正当性を有しないことについて、より高度な主張・立証が求められることが予測されます。
したがって、使用者としては、通報者による内部通報が正当性を欠くこと、また、解雇・懲戒等について客観的に合理的な理由および社会通念上の相当性が認められることについて、客観的資料の収集・記録を丁寧に行った上で、解雇・懲戒等の実施を慎重に判断することが、これまで以上に求められることになると考えます。
以上

