上司や同僚らと頻繁にトラブルを起こす従業員について、賃金を全額支払ってさえいれば、ずっと自宅待機をさせることは可能ですか。もし自宅待機命令に違反した場合には、懲戒処分とすることはできますか。
A たとえ賃金を全額保証していたとしても、強行法規に違反する場合や、業務上の必要性を欠く場合、不当な動機・目的に基づく場合、不当に長期間にわたるものである場合等には自宅待機命令は(途中からでも)無効となり、不法行為として損害賠償義務が生じ得る。自宅待機命令が有効で、同命令に明確に違反している場合には懲戒処分が可能。
1 法的根拠と賃金支払義務
業務の性質上就労すること自体に特段の利益があるなど特段の事情がない限り、労働者に就労請求権はないと解されているため(読売新聞社事件・東京高決昭和33年8月2日 労経速293号1頁等)、使用者は、就業規則等における明示の根拠なく業務命令として自宅待機を命じることが可能です。
その場合の自宅待機は、それ自体が業務とされているか、業務ではなく労務提供の拒絶の結果であっても、事故発生や不正行為の再発のおそれ防止のためなど当該労働者の就労を許容し得ないことについて、緊急かつ合理的な理由又は実質的な出勤停止処分に転化させる懲戒規程上の根拠(日通名古屋製鉄作業事件・名古屋地判平成3年7月22日 労判608号59頁)が認められない限り、使用者の帰責事由によって生じているものであるため(民536条2項、労基法26条)、その期間中使用者は賃金支払義務を免れることはできません。
2 自宅待機命令が違法となる場合
自宅待機命令は、賃金を支払う限り基本的には有効に発令が可能ですが、強行法規に違反する場合(国籍、信条等による差別[労基法3条]、不当労働行為[労組法7条]等)はもちろん、業務命令権の濫用に当たる場合にも無効となります(労契法3条5項。発令自体は適法であっても、発令後に自宅待機期間の途中から無効になるケースも十分想定されます。)。
濫用に当たる例としては、業務上の必要性を欠く場合や、不当な動機・目的に基づくものであったり、自宅待機期間が不当に長期間に及ぶものであったりするなど相当性を欠く場合が挙げられ、これらの場合には、使用者は不法行為責任(精神的損害の賠償責任)をも負い得ることになります。
実際に裁判例で問題となったものとしては、①非違行為の調査を理由に発令された自宅待機自体は正当なものとしつつ、発令後3か月程度で本人の弁解内容を把握したもののその後4か月以上も必要な事実調査を尽くさず、退職勧奨のために更に自宅待機を継続させた点は違法であるとした事例(後に行われた無効な解雇と併せて慰謝料100万円を認容。ノース・ウエスト航空(橋本)事件・千葉地判平成5年9月24日 労判 638号32頁)、②整理解雇後に解雇無効の確定判決を取得した労働者に対し、その翌月から自宅待機を命じたこと自体は、小規模会社で多額の営業損失により人員削減の必要性があり、当該労働者の原職が既に消滅し会社内部の業務を整理して担当職務等を調整する必要があった事情に照らせば正当であるとしつつ、当該事情を考慮しても1年を超えて自宅待機を継続させた点を違法とした事例(慰謝料として50万円を認容。福岡高判令和6年6月25日)、③複数にわたる指導や異動を経ても上司や同僚らと問題を起こす社員に対して退職勧奨を行い、それに引き続いて自宅待機を命じたことは、本人に反省を求め、また、退職につき本人も検討している限りでは適法であるとしつつ、反省期間が終了し、本人も明確に復職を求めた時期(発令後4か月時点)以降は、会社は復帰先について具体的に調整を開始し、2か月程度では復帰先を提示すべきであったとして、それ以降の約4年半にわたる自宅待機を違法とした事例(諸事情を踏まえて慰謝料300万円を認容。みずほ銀行事件・東京地判令和6年4月24日 労経速2567号9頁)、④派遣社員との不倫関係を理由とするセールス担当者に対する2年間の自宅待機命令は、本人の言動(何ら反省の情を見せず、命令を無視して出社したり、会社の不当性を訴えるビラをまいたり、取引先訪問を続けたりした)等に照らし、業務上の必要性があったとして適法とした事例(ネッスル事件・東京高判平成2年11月28日)等があります。
裁判例をみると、業務上の必要性と本人の受ける不利益(行動制約、職場からの排除による名誉感情等の人格的利益の制約等)のバランスが重要であり、自宅待機とする具体的な理由(業務上の必要性)が何か、その理由に照らして自宅待機期間は必要かつ合理的なものかについて、客観的に説明できるようにしておく(理由に関する証拠も残しておく)ことが重要です。
ご質問のケースでは、自宅待機命令の理由として、例えば、反省を促したり、次の異動先を検討したりするためであることが考えられますが、反省を促すためだけに何か月も自宅待機させることは相当ではないと思われる一方で、これまでにも複数の指導や異動をしてきたにもかかわらず態度が改善されず、異動先の検討が難航しているといった事情があれば、結果的に自宅待機期間が比較的長期にわたったとしても、直ちに違法になるわけではないと思われます。
3 自宅待機に従わない場合への対処
自宅待機命令が有効である場合に、当該労働者が就労を強行したときは、業務命令違反として就業規則に基づき懲戒処分の対象とすることが可能です。もっとも、処分の程度は別途問題になるため、事案に応じて検討することが重要です(自宅待機命令違反に対しなされた減給処分について、立入りの態様が平穏で滞在時間が短く[最大10分程度]、他の職員と現場でトラブルを起こさずに自席から物品を持ち出しているにすぎないとして無効とした事例[東京地判平成30年3月27日]や、自宅待機命令違反を理由とした戒告処分を有効とした事例[長野地上田支判令和5年11月30日]等があります。)。
以上