当社は全国に約100店舗を展開する小売業者です。アルバイト・パート社員の採用は各店舗が担当し、雇入決定関係書類や履歴書等を管理していますが、ある店舗から、①採用関係書類がオフィスの収納スペースを圧迫している、本社からは「3年保存」と言われているが、スキャナーで取り込んでデジタル形式で保存すれば、3年を待たずに廃棄してよいか、②不採用者の履歴書などは当人の承諾があれば翌月廃棄してよいか、と問合せを受けました。どのようにしたらよいでしょうか。
使用者には、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を5年間(ただし当分の間は3年間)保存する義務があるが、不採用者の採用選考時に提出された書類の保存義務はない。また、一定の要件を満たせば、保存すべき書類の画像情報を電子媒体に保存することで保存義務を履行できる。
1.労働関係に関する重要な書類の保存義務について
(1)法律の定め
労基法は、事業場ごとに、労働者名簿(労基法107条)や賃金台帳(同法108条)を調製し、記入することを義務づけています。
これらに加え、同法109条は、「労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類」については5年間(ただし当分の間は法改正の経過措置として3年間。同法附則143条1項)保存しなければならないことを定めています。
その趣旨は、労働者と使用者との間で紛争が生じた際や、労基署が使用者を監督する際に重要な証拠・資料になるという点にあります。使用者の負担が考慮され、従前は3年間でしたが、2020年の民法改正を受けて賃金請求権の消滅時効(同法115条)が5年に延長され、保存義務も5年間(上述のとおり当分の間は3年間)に延長されました。
(2)保存義務の対象となる書類
労基法109条が保存義務の対象としているのは、①労働者名簿、②賃金台帳、③雇入れに関する書類、④解雇に関する書類、⑤災害補償に関する書類、⑥賃金に関する書類、⑦その他労働関係に関する重要な書類です。
③…雇入決定関係書、契約書、労働条件通知書、履歴書、身元引受書等
④…解雇決定関係書類、解雇予告除外認定関係書類、予告手当または退職手当の領収書等
⑤…診断書、保証の支払い、領収関係書類等
⑥…賃金決定関係書類、昇給・減給関係書類等
⑦…出勤簿、タイムカード等の記録、労使協定の協定書、各種許認可書、始業・終業時刻など労働時間の記録に関する書類(使用者自ら始業・終業時刻を記録したもの、残業命令書及びその報告書並びに労働者が自ら労働時間を記録した報告書)、退職関係書類、休職・出向関係書類、事業内貯蓄金関係書類
(厚生労働省労働基準局編「令和3年版労働基準法 下」<2022年>1122・1123頁)
なお、労基則は、以下の記録についても、5年間(当分の間は3年間、同規則71条)の保存が必要であるとしています。
⑧時間外・休日労働協定における健康福祉確保措置の実施状況に関する記録(同規則17条2項)
⑨専門業務型裁量労働制に係る労働時間の状況等に関する記録(同規則24条の2の2の2)
⑩企画業務型裁量労働制に係る労働時間の状況等に関する記録(同規則24条の2の3の2)
⑪企画業務型裁量労働制に係る労使委員会の議事録(同規則24条の2の4第2項)
⑫年次有給休暇管理簿(同規則24条の7)
⑬高度プロフェッショナル制度に係る同意等に関する記録(同規則34条の2第15項4号)
⑭高度プロフェッショナル制度に係る労使委員会の議事録(同規則34条の2の3)
各書類や記録の保存期間の起算日については労基則56条各項を参照してください。
(3)保存方法
労基法109条に定める各書類の保存方法については、「光学式読取装置により読み取り、画像情報として光磁気ディスク等の電子媒体に保存する場合であって、①画像情報の安全性が確保されていること、②画像情報を正確に記録し、かつ、長期間にわたって復元できること、③労働基準監督官の臨検時等、保存文書の閲覧、提出等が必要とされる場合に、直ちに必要事項が明らかにされ、かつ、写しを提出しうるシステムとなっていること等の要件のいずれをも満たすときは、本条違反とはならない」と解されているため(前出・厚生労働省労働基準局編「令和3年版労働基準法 下」<2022年>1125頁)、これらの要件を満たす場合は書面ではなく画像情報を電子媒体に保存できます。
(4)削除義務について
個人情報保護法は、個人データ(個人情報データベース等を構成する個人情報。個人情報の保護に関する法律16条3項)について、個人情報取扱事業者に対し、利用する必要がなくなった場合は当該個人データを遅滞なく消去するよう努めなければならない旨を定めています(同法22条)。
また、保有個人データ(個人情報取扱事業者が、開示、内容の訂正、追加又は削除、利用の停止、消去及び第三者への提供の停止を行うことのできる権限を有する個人データであって、その存否が明らかになることにより公益その他の利益が害されるものとして政令で定めるもの以外のもの。同法16条4項)については、本人は、利用する必要がなくなった場合、当該データの利用停止・消去等を請求でき(同法35条5項)、請求を受けた個人情報取扱事業者は、本人の権利利益の侵害を防止するために必要な限度で、遅滞なくこれに応じなければならないとされています(同法同条6項)。
ただし、法令の定めにより保存期間等が定められている場合は、当該期間が経過するまでは消去する義務はないとされています(個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」3-4-1)。
2.本問へのあてはめ
(1)採用選考時に提出された書類の取扱い
まず、1(2)にあてはめれば、採用した者の履歴書などの採用選考時に提出された書類のうち重要なものについては、雇入れに関する書類として労基法109条の保存義務の対象と考えられます。
これに対し、不採用者の上記書類については、雇入れがされていない以上、同条の保存義務の対象にはならないと解されますので、使用者は、採用活動が終わった以上、当該書類は利用する必要がなくなったものとして、本人の承諾の有無にかかわらず廃棄できます。ただし、実務的には、万が一、当該不採用者から何らかの申入れ等があった場合に備えて、6ヶ月~1年程度はせめてデータだけは残しておくという対応が妥当であると考えます。
(2)電磁的方法での保存の可否
前記1(3)①~③を満たせば、書類をスキャンした画像情報を電子媒体に保存することで労基法109条の保存義務を履行できますので、紙媒体の書類そのものは保存期間の経過を待たずに廃棄できます。ただし、契約書などの特に重要な書類については、民事上の紛争の中で証拠として用いられる可能性がありますので、原本(紙媒体)を保存しておくことが妥当と言えます。
3 まとめ
以上のとおり、使用者は、採用した者の雇入決定関係書類や履歴書等書類については、上記要件を満たすデジタル方式で保存すれば、3年を待たずに廃棄することができます。他方、不採用者の当該書類には保存義務がなく、形式を問わず6ヵ月~1年を目途に廃棄してよいと考えます。保管スペースを衡量し、書類の重要度や種類等によって紙と電子の保存方法を使い分けるとよいでしょう。
以上
産労総合研究所所「労務事情」第1498号37頁掲載「〈Q&A〉賃金請求権等に関する消滅時効の法律知識」より
Q2(櫛橋建太担当)を再編して転載