先日、当社の従業員が顧客先への納入品を交通事故で破損させてしまいました。その結果、納期を遅らせ、代替品を納入することで先方の了承を得ましたが、以後、同顧客との取引がされない状態が続いています。交通事故は当該従業員の居眠り運転が原因であることから、取引が解消となったことにつき、会社から当該従業員に対し損害賠償を請求したいのですが、可能でしょうか。

具体的損害を立証できれば、その賠償を請求できる可能性はあるものの、事情によって請求の全部または一部が制限されるリスクには留意が必要

 

1.労働者に対する損害賠償請求の法的根拠

従業員に対し、業務上のミスを理由に損害賠償請求をする場合の法的根拠としては、雇用契約上の義務違反を理由とする債務不履行(民法415条)、又は、一般的注意義務違反を理由とする不法行為(同法709条)が考えられます。

損害賠償請求をするための要件は、債務不履行については、①債務の発生原因事実、②①の債務の不履行の事実、③損害の発生及びその具体的な金額、④債務不履行と損害の相当因果関係(②と③に相当因果関係があること)が必要であり、不法行為については、㋐請求者の権利または法律上保護される利益の存在、㋑㋐の侵害の事実、㋒㋑についての故意または過失の存在、㋓損害の発生及びその具体的な金額、㋔侵害行為と損害の相当因果関係(㋑と㋓に相当因果関係があること)が必要であると一般的に解されています。

なお、債務不履行と不法行為とでは、故意又は過失の立証責任が原告と被告のいずれにあるか(債務不履行の場合は被告、不法行為の場合は原告)という点で相違がありますが、実際の訴訟では、最終的な賠償額の範囲を確定する上で過失等の内容及び程度が当然考慮されるため、実質的な差異はないのが実情です(重過失までは認められない場合に損害賠償請求は許されない〔請求全部棄却〕とした裁判例として、Y社事件 東京地裁 令 4. 9.28判決 判例集未登載)。

ご質問のケースでみると、本件交通事故の原因は従業員の居眠り運転とのことであり、自動車運転を行う上で最も基本的な注意義務を怠っている、重大な過失があるといえます。また、当該事故により納入品を破損させ、さらに、取引先との関係で債務不履行(履行遅滞ないし履行不能)状態にさせていることからすれば、上記①②又は㋐~㋒の要件は比較的クリアしやすいと思われます。

 

2.立証の困難性と賠償範囲の制限

[1]立証の困難性(損害額)

もっとも、上記③④及び㋓㋔の要件については相応のハードルがあると考えられます。すなわち、ご質問のケースで考えられる損害の種類としては、主に、➊破損した納入品の時価相当額、➋社有車が破損していた場合の車両修理費相当額、➌代替品を納入するために余分に要した費用のほか、➍顧客との取引が解消したことで失われた営業利益(逸失利益)、➎弁護士費用等が考えられます。このうち、➊や➋の損害は比較的客観的に算定することは可能(かつ因果関係も肯定しやすい)と思われますが、➌及び➍の損害は慎重な検討が必要です。すなわち、➌の損害として人件費まで主張する場合、具体的にどの程度余分に労務費を出費したのか(通常であれば発生しない時間外手当等の割増賃金の支給が生じたなど)について、証拠とともに明らかにする必要があり、また、➍の損害を主張する場合、当該顧客から具体的にどのくらいの取引(単価・商品の種類・数量等)をどの程度の期間継続して受注することが見込まれ、かつその蓋然(がいぜん)性が高いこと(取引継続に対する期待が法的に保護される程度にあること等)について、証拠とともに明らかにする必要があるため、それらを具体的に特定して立証することは通常困難を伴うものと考えられます(基本契約書等において最低取引量や取引価格が明記されていれば格別、そうでない場合は、これまでの取引実績や従前のやりとり等を踏まえて地道に主張立証するほかありません)。

なお、(上記損害についての立証が可能であることを前提として)➍に係る因果関係については、事故により納入品が破損して納期が遅れ、本来の納入品の引渡しが不可能となり、当該顧客との取引を継続して受注できる蓋然性が高い中で当該事故を境に取引が中断されていることからすると、顧客から契約を解除されるということも通常あり得る状況にあると考えられ、その他の事情が特になければ、肯定し得ると思われます。

 

[2]全額賠償請求の困難性

仮に冒頭の要件をいずれも満たす場合であっても、裁判例上、使用者は労働者の活動によって利益を上げていることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに照らし、事業の性格、規模、施設の状況、労働者の業務内容、労働条件、勤務態度、義務違反行為の態様、義務違反行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情を考慮して、損害の公平な分担の見地から信義則上相当と認められる限度についてのみ、労働者は損害を賠償する義務があると解されています(茨城石炭商事事件 最高裁一小 昭51. 7. 8判決 民集30巻7号689頁)。

そのため、ご質問のケースをみても、事故の原因である居眠り運転が、会社における長時間労働や加重な深夜労働等に起因するような事情(少なくともその関連性が否定できない事情)や、当該従業員の月例給与が高額とはいえず損害額に比して支払能力に乏しい事情、当該従業員が従前事故を起こしたことがなく勤務成績も良好である事情、その他会社の規模や取引の内容・性質等に照らして商品の受注生産体制、人員配置や必要な保険への未加入など損害の予防措置を適切に講じていない事情等がある場合は、損害賠償請求が相当程度制限される可能性が高いといえます。

具体的にどの程度制限されるかは、上記の各要素の有無及び程度次第となりますが、裁判例の中には、重過失により損害が生じた場合であっても、従業員の賠償額を実際の損害額の4分の1としたもの(大隈鐵工所事件 名古屋地裁 昭62. 7.27判決 労判505号66ページ)や2分の1としたもの(X社事件 東京地裁 平28.10.31判決 判例集未登載)、約9分の1としたもの(社会福祉法人X事件 東京地裁 平29. 8.16判決 判例集未登載)があります。

 

3.ご質問における対応について

以上より、ご質問のケースにおいては、従業員に重過失があることが立証できること(事故の捜査資料の入手等が必要となります)を前提に、損害及び因果関係についても具体的に主張立証できる場合には、損害賠償請求が認められる可能性は相応にあります。

もっとも、事故の経緯として会社側にも非があることが否定できず、勤務態度や支払能力など従業員側に賠償義務を全額課すことが酷といえる事情がある場合には、実際の損害額の数割程度に制限されるリスクがあることに留意し、訴訟提起までする場合には、認容される見込みや回収可能性も踏まえて、慎重に検討する必要があると思われます。

以上

労務行政研究所「労政時報」第4074号 108頁掲載「相談室Q&A」(平良亜大)より一部補正のうえ転載