先日、当社の経理担当者が計1億円以上を横領していることが発覚し、当該社員は逮捕・起訴されました。長年の横領を見抜けなかった上司(計3人)にも監督責任があるため、損害賠償を請求したいと考えているのですが、可能でしょうか。また、そのうちの1人は着任から横領の発覚まで数カ月しかたっていないのですが、それでも監督責任を問うことができますか。なお、この経理担当者が本件横領をすることができたのは、本来は上司が同人の業務を確認する必要があったにもかかわらず、実態としては同人に処理を一任する体制になっていたからです。また、同人には多額の借金があるという噂が職場全体に広まっており、これは上司3人とも知っていました。
当該経理担当者に借金があるという噂を知っており、かつ、業務体制に問題があることを認識しながら放置した以上、上司らに対する監督義務違反を理由とした損害賠償請求は認められる
1.監督義務違反を理由とした損害賠償請求について
[1]損害賠償請求の法的根拠
上司は、労働契約に基づき、部下の業務執行を監督する義務を負っていますので、この義務に違反した場合は、債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負うことがあります。
なお、労働者に対する責任追及の方法として、債務不履行ではなく不法行為に基づき損害賠償請求を行うことも考えられますが(同法709条)、本稿では、便宜上、債務不履行に基づく損害賠償請求を前提に解説します。
[2]監督義務について
上司は、部下が適正に業務を行っているかどうかを監督すべき立場にありますが、部下が不正行為をした場合に、上司であることのみをもって当然に責任を負うわけではありません。
すなわち、上司は、結果責任を負うのではなく、部下の業務を監督する債務を怠ったといえる場合に初めて、損害賠償責任を負います。
そのため、監督義務違反が認められるか否かを考える際には、当該上司は、当時どのようなことが予見できたか、その予見を踏まえてどのような対応をする必要があったか、その対応を十分に行ったかという点を具体的に検討する必要があります。
上司の監督義務に関する裁判例として、県住宅供給公社の経理事務担当者が約14億6000万円を同公社の預金口座から横領して損害を与えたことにつき、同公社が役員のほか、管理職の地位にある従業員に対し、債務不履行に基づく損害賠償請求をしたという事案(青森県住宅供給公社事件 青森地裁 平18. 2.28判決 判時1963号110ページ)があります。
同裁判例では、例えば総務部長である被告Aについて、「職員の事務分掌に関することは総務部長の専決事項とされていたところ(証拠略)、被告Aは平成6年8月ころにB(筆者注:不正行為をした経理事務担当者)が所在不明となった際、B本人から借金歴や暴力団関係者との接触歴等について説明を聞いていたのであるから、Bによる事務処理について特に注意して監視する体制を取るといった措置を講ずべき義務があったというべきである。そうであるのに、被告Aは何ら措置を講ずることなくBに従前と同様の事務を担当させ、格別の監視体制を取らなかったというのであるから、事務分担等の点について被告Aには重過失があったというべきである」として、不正行為を予見できたか、その予見を踏まえてどのような対応をする必要があったか、その求められる対応をどのように怠ったかという点を検討した上で、重過失があったと判断しています。
[3]責任の制限について
債務不履行に基づく損害賠償請求の要件を満たす場合であっても、使用者は、労働者の労働力を利用することで利益を得ている以上、信義則上、それによる不利益も負担すべきであるとされています。
そのため、従業員に対する損害賠償は、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度でのみ請求をすることができると解されています(茨城石炭商事事件 最高裁一小 昭51. 7. 8判決 判時827号52ページ)。
そして、上記青森県住宅供給公社事件は、「本件横領のように社員の故意による犯罪行為により会社が損害を被り、会社がその社員を指導監督すべき立場にある上司に対して指導監督上の過失責任を追及するという場合には、(中略)故意の犯罪者の有責性を被害者である会社側の過失に準ずるものとして捉え、指導監督上の過失ある社員の損害賠償責任を民法418条の過失相殺規定の類推適用により減縮するのが相当である」とした上で、最終的に因果関係を有する損害額の1~2%程度が、各総務部長・総務部課長が責任を有する部分であると判断しました。損害賠償額の負担割合については事案によるところが大きく、より広範に認められる場合もあります。
2.ご質問のケースの検討
ご質問のケースでは、経理担当者には多額の借金があるという噂が広がっており、同経理担当者には不正行為に及ぶ動機があることがうかがわれる状況でした。また、そのような経理担当者に処理を一任すると、不正行為を誘発する可能性があることは、容易に理解できるところです。
そのため、当時の上司は、同経理担当者が不正行為に及ぶことを予見することができ、それを防止するために同経理担当者の業務を直接確認するか、他の者が確認する体制を構築することが求められていました。
そうであるにもかかわらず、当時の上司はそれらを怠っていますので、監督義務違反があるといえます。
なお、着任から横領の発覚まで数カ月しかたっていない上司についても、借金の噂を知っており、かつ、当時の業務体制に問題があることを認識していた以上、他の上司と同様に監督義務違反が認められるでしょう。
したがって、その他の要件を満たす場合は、上司3人に対する債務不履行に基づく損害賠償請求は認められると考えます。
以上
労務行政研究所「労政時報」第4060号10頁掲載「相談室Q&A」(櫛橋建太)に一部加筆して転載