当社は、現在、問題行動を繰り返すある従業員との間で面談を重ね、当該従業員に改善を促しているのですが、当該従業員が面談内容を秘密で録音している疑いがあります。また、当該従業員は、面談の外でも、周囲の言動を記録するために、就業中に常時秘密録音をしているようです。面談の録音は秘密録音でも裁判で証拠になるのでしょうか。また、就業中の秘密録音を禁止することはできるのでしょうか。

録音は、秘密録音であったとしても、その録音の手段方法が著しく反社会的と認められる場合などの例外的な事情がない限り、裁判で証拠となる。
就業時間中の不必要な秘密録音は、職場の秩序を乱す場合には、使用者の指揮命令権及び施設管理権に基づき禁止することも可能。

 

1 はじめに

近時、ボイスレコーダーも軽量化し、スマートフォン等でも容易に録音ができるようになり、ハラスメントの証拠化においても有効であるなどの理由から、従業員が就業時間中に上司等とのやりとりを秘密で録音することは少なくありません。
従業員との間で紛争となった際にも、従業員から録音が証拠として提出されることはままあります。

 

2 秘密録音の証拠能力

秘密録音の民事訴訟における証拠能力(当該証拠を事実認定のために利用し得る資格)については、法律上の定めはありませんが、訴訟の相手方の会社の従業員を酒席に招いて自己に有利な供述を得ようとし、襖を隔てた隣室で秘密録音したという事案(東京高判昭52.7.15判タ362号241頁)で、裁判所は、録音の証拠能力について、「その証拠が、著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ないものというべきであ」り、「話者の同意なくしてなされた録音テープは、通常話者の一般的人格権の侵害となり得ることは明らかであるから、その証拠能力の適否の判定に当っては、その録音の手段方法が著しく反社会的と認められるか否かを基準とすべきものと解するのが相当」であるとした上で、当該録音は、酒席における発言供述を、単に不知の間に録取したものであるにとどまるとして、証拠能力を肯定しています。

一方で、秘密録音の証拠能力を否定した例としては、学校法人関東学院事件(東京高判平28.5.19.ジュリスト1496号4頁)があります。同事件は、被控訴人法人が運営する大学の事務職員である控訴人が、上司からハラスメントを受けたとして、大学のハラスメント防止委員会にハラスメントの調査・認定の申立てを行ったところ、防止委員会が適切な措置を執らなかったなどと主張して、損害賠償を求めた事案で、非公開とされていた防止委員会の審議の内容が何者かに無断で録音され、この録音の証拠能力が問題となりました。裁判所は、録音の証拠能力について、「当該証拠の収集の方法及び態様、違法な証拠収集によって侵害される権利利益の要保護性、当該証拠の訴訟における証拠としての重要性等の諸般の事情を総合考慮し、当該証拠を採用することが訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)に反するといえる場合には、例外として、当該違法収集証拠の証拠能力が否定されると解するのが相当である」とした上で、防止委員会の審議において自由な発言・討議の保障が必要であること、関係者のプライバシーや人格権の保護も重要であり、各委員の守秘義務、審議の秘密が欠かせないこと、審議が非公開で録音しない運用とされていたことを考慮すると、審議の秘密は特に保護の必要性が高く、委員会の審議を無断録音することは違法性の程度が極めて高いなどとして、当該録音の証拠能力を否定しました。

これらの裁判例から、録音は、秘密録音であったとしても、よほどの例外的な事情がない限り、裁判において証拠能力が認められるといえます。

 

3 就業中の録音禁止の可否

しかし、秘密録音の証拠能力が原則として認められるとしても、使用者は従業員の秘密録音をあらゆる場合にまで許容しなければならないというものではありません。証拠能力と職場の秩序維持は別の問題といえ、使用者は、従業員による秘密録音が職場の秩序を乱す場合には、これを禁止することができると考えられます。

現に、職場内での録音禁止命令への違反等を理由とする普通解雇の有効性が争われた甲社事件(東京地立川支判平30.3.28.労経速2363号9頁)において、裁判所は、「雇用者であり、かつ、本社及び東京工場の管理運営者である被告は、労働契約上の指揮命令権及び施設管理権に基づき、被用者である原告に対し、職場の施設内での録音を禁止する権限がある」とした上で、原告が、録音による職場環境の悪化について具体的な立証がないなどと主張した点に対し、「被用者が無断で職場での録音を行っているような状況であれば、他の従業員がそれを嫌忌して自由な発言ができなくなって職場環境が悪化したり、営業上の秘密が漏洩する危険が大きくなったりするのであって、職場での無断録音が実害を有することは明らかであるから、原告に対する録音禁止の指示は、十分に必要性の認められる正当なものであった」とし、当該録音禁止命令を正当な命令と判断しました。

また、育休復帰後に有期契約へ変更した従業員の雇止めの有効性が問題となったジャパンビジネスラボ事件(東京高判令和元.11.28労判1215号5頁)は、一審被告会社が雇止めの事由としてかかげた一審原告の執務室内の録音行為(会社代表者は、面談や交渉の場面の録音は個別に許可するものの、執務室内における録音は禁止していました。)につき、「執務室内の会話を無断で録音することは、…業務上のノウハウ、アイディアや情報等が漏洩するおそれがあるほか、スタッフが少人数であり、執務室も限られたスペースであること…から、コーチ同士の自由な意見交換等の妨げになり、職場環境の悪化につながる一方で、執務室内の会話をあえて秘密録音する必要性もないから、…一般的に執務室内の録音を禁止し、従業員に対して個別に録音の禁止を命じることは、業務管理として合理性がないとはいえず、許容されるものと解され」るとし、一審原告の行為を服務規律に反し、円滑な業務に支障を与える行為と判断しなお、一審原告が、証拠として録音したと主張した点については、「一審原告は、一審被告に対し、正社員として再契約を締結することを求めているところ、それは就業環境というよりも交渉の問題であって、執務室内における言動とは直接関係はなく、仮に何らかの関連がなくはないとしても、執務室内における会話を録音することが証拠の保全として不可欠であるとまではいえず、結局、自己にとって有利な会話があればそれを交渉材料とするために収集しようとしていたにすぎない」としています。

4 まとめ

以上のとおり、録音は、秘密録音であったとしても、よほどの例外的な事情がない限り、裁判で証拠となります。使用者としては、従業員との間で面談を行う際には、常に録音されている可能性がある(ひいては裁判で証拠となり得る)という考えの下、発言等には注意すべきでしょう。

もっとも、証拠能力と職場の秩序維持は別の問題であり、従業員が、面談以外の場で、特に必要性が高くないにもかかわらず、秘密録音を行い、職場の秩序を乱している場合には、これを禁止することもできると考えます。

以上