60歳定年後に再雇用した社員に明らかに認知症が疑われ、認知症の症状と思われる行動によって、一人での業務遂行が困難になっています。この場合に、次回の契約の更新を拒否し、退職をしてもらうことはできるでしょうか。

認知症の診断を受け、一人での業務遂行が困難となっている事情が認知症の症状に起因するものであれば、契約の更新を拒否することが可能と考えられます。

 

1 定年後再雇用

高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下、「高年法」と)9条1項より、定年の定めがある事業主は、65歳までの安定した雇用を確保するため、①定年の引き上げ、②継続雇用制度の導入、③定年の定めの廃止のいずれかの措置をとる必要があります。

そして、②の措置をとる場合には、原則希望者全員を対象にする必要があります(高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針[平成24年11月9日厚生労働省告示第560号第2の2])。

もっとも、心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。)に該当する場合には、事業主は継続雇用(再雇用・勤務延長)を拒否することができます(上記指針)。

再雇用した定年後再雇用者につき、有期雇用契約の更新を拒否することにより継続雇用しないことは、有期雇用契約の期間満了による終了の場面であるため、労働契約法19条により、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが必要です(津田電気計器事件・最判平成24年11月29日労判1064号13頁等参照)。

ご質問では、60歳定年後に再雇用した社員とのことですので、②にあたり、原則として、65歳まで雇用する必要があることになります。

他方、認知症の症状と思われる行動によって一人での業務遂行が困難となっているということですので、それにより継続雇用しないことについて、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当といえるかどうかが問題となります。

 

2 認知症の診断を受けている場合

当該労働者が既に認知症の診断を受けている場合は、「当該労働者が一人での業務遂行が困難となっている事情は認知症の症状が原因である」と言うため、会社としては、産業医面談を命じ、「業務遂行が困難となっている事情が認知症の症状である」という医学的意見を貰うことが良いと考えます。この場合、認知症が業務遂行に困難なことについても意見を貰うと良いでしょう。

認知症は、現在の医療においては治癒させる治療法はなく、ただ進行を遅らせることしかできないと考えられています。

そうしますと、既に認知症の症状に起因して一人での業務遂行が困難になっているということであれば、今後は、今以上に業務遂行ができなくなると考えられますので、労働者として債務の本旨に従った履行は困難であり、客観的合理的理由があり、社会通念上相当として、契約の更新を拒否することが可能と考えられます。

 

3 認知症の診断を受けていない場合

当該労働者が認知症の診断を受けていない場合は、当該労働者の問題行動が認知症の影響なのか、単なる加齢によるものであるのか等が明らかではありません。

認知症の影響ではないとすれば、注意指導等による改善が見込めるため、客観的合理的理由が認められないと考えられます。

そうすると、認知症か否かを判断するため、当該労働者に専門医を受診してもらう必要があります。

会社としては、まず当該労働者に対し、専門医への任意の受診を依頼することになります。これを拒否された場合、会社が専門医への診断を命じられるかが問題となりますが、裁就業規則に根拠規程がある場合にはもちろん(電電公社帯広局事件・最判昭和61年3月13日労判470号6頁)、就業規則に根拠規程がない場合であっても、本件のように認知症の症状が疑われる状況であれば、受診命令を行うことは可能と考えられます(京セラ事件・東京高判昭和61年11月13日労判487号66頁参照)。

したがって、会社としては、当該労働者に任意あるいは受診命令により専門医の診断を受けてもらい、認知症の診断が得られた場合には、上記と同様に契約の更新を拒否することが可能と考えられます。

以上