当社の従業員の代理人弁護士から、「令和●年●月から令和●年●月までの未払残業代が●●円ありますので請求します。」「残業代を再度正確に計算するための資料を書面到達後1週間以内に送ってください。」との内容証明郵便が届きました。今後どのように対応すればよいでしょうか。
1 労働者側からの内容証明郵便について
未払残業代も賃金である以上、3年の消滅時効にかかります(2023年4月現在、賃金請求権の時効を定めた労働基準法(以下、「労基法」)115条では時効は5年となっていますが、同法附則143条3項で当分の間、退職手当以外の賃金の時効は3年とすると定められています。)。このため、労働者側の弁護士は、未払残業代がこれ以上時効消滅しないように、実務上、訴訟提起に先立って内容証明郵便等で会社に対し催告(民法150条)を行うことが少なくありません。
もっとも、労働者の手持ちの資料だけでは正確な未払残業代を計算できないことも多いため、上記の催告と同時に、未払残業代を計算するための資料を請求することも多くみられます。請求される資料の例としては、就業規則、給与規程、36協定、雇用契約書、給与明細又は賃金台帳、タイムカードや出勤表などがあります。
2 会社側の想定される対応
(1)資料の開示に応じるべきか
労働者側の弁護士からは「資料を書面到達後1週間以内に送ってください。」と言われていますが、会社側も資料の開示に応じるか、具体的に何を送付するかなどを慎重に検討する時間が必要ですので、まずは「資料の開示については●月●日を目途に回答します。」と期限を先延ばしにする旨の連絡を行うべきです。
具体的にどの資料を開示するかについては、就業規則、給与規程、36協定、労働条件通知書、雇用契約書、給与明細など、法律上または雇用契約上労働者が見ることができる資料は、開示が必要と思われます。また、労基法109条により会社に保存義務がある資料のうち、個別の労働者に関する資料(賃金台帳、タイムカードや出勤表など)も、通常は開示するケースが多いと思われます(使用者は、労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には、特段の事情がない限り、保存しているタイムカード等を開示すべき義務を負う旨判示した例として、医療法人大生会事件:大阪地判平成22年7月15日労判1014号35頁。)。
一方で、法律上労働者に見せる義務がない資料や、第三者の個人情報や会社の機密情報が記載されている資料の開示には注意が必要です。法律上労働者に見せる義務がない資料を一度開示してしまうと、他の資料についても開示請求を受けたり、他の労働者からも開示請求を受けたりする可能性があります。また、第三者の個人情報や会社の機密情報が記載されている資料は、そのまま開示することで個人情報保護法違反となるおそれや、会社の機密情報が漏洩するおそれもあります。そのため、これらの資料の開示を請求された場合には、開示の必要はあるのか、開示の必要はあるとしても時期や範囲を特定できないか、匿名化や黒塗りはできないかなどを慎重に検討し、安易な開示は行わないことが適切と思われます。
なお、会社が資料の開示を拒否した場合、労働者側は証拠保全の申立て(民事訴訟法234条以下)や訴訟を提起した上で文書提出命令の申立て(同法221条以下)等を行う可能性もありますので、そうしたリスクもふまえた上で資料の開示の可否を検討する必要があります。実際に、JYU-KEN事件:東京地立川支部決令和4年9月16日労働判例ジャーナル132号58頁では、タイムカードの文書提出命令の申立てを認容しています(同事件の抗告審・東京高決令和4年12月23日も原決定を維持。)。
(2)未払残業代の交渉に応じるべきか
催告の効果は、催告から「六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。」というものであり(民法150条)、催告をしても6か月間何もしなければ再び時効が進行しますので、会社が未払残業代請求の交渉に応じない場合、労働者側は訴訟を提起する可能性が高いと思われます。
また、未払残業代が発生し得る原因は多岐にわたり、例えば、給与計算上のミスがあった、労働時間が適切に管理されていなかった、固定残業代が無効だった、労基法上の管理監督者には該当しないにもかかわらず管理監督者として扱っていたなどといったケースが考えられます。
これからのことから、早期解決のため、労働者側の請求額は鵜呑みにせず、会社側も反論は行うものの、未払残業代の交渉には応じるというケースも多くみられます。仮に交渉で金額が折り合わない場合には、労働者側が訴訟提起をする場合が多いのですが、金額だけの問題であれば、労働者側も、通常訴訟ではなく、労働審判を申し立て、早期解決を目指すケースもあります。
なお、合意で解決する場合には、一定の金額を支払う旨の条項、清算条項、守秘条項を合意書において定めることが一般的です。
以上