ある従業員が同僚に「自分は発達障害の診断を受けたが、会社には報告せず『クローズ就労』(障害を企業にオープンにせず就労すること)していきたい」と話していたという情報を得ました。会社としては、その情報の真偽を確かめ、事実であれば当該従業員に対して必要に応じた配慮をしたいと考えています。しかし、業務上の問題は今のところないため、このような状況で当該従業員に対して発達障害の診断を受けたか否かを確認してよいか悩んでいます。どのような対応が適切か、ご教示ください。
発達障害の診断の有無について、当該従業員に対して個別に確認することは問題があるため、従業員全体に申告を呼び掛けた上で、任意の申告を待つという方法が妥当である
1.障害者雇用促進法上の発達障害者の位置づけ
障害者の雇用の促進等に関する法律(以下、障害者雇用促進法)は、障害者とは「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む〔中略〕)その他の心身の機能の障害(中略)があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者をいう」( 2 条1号)としています。
そして、障害者手帳とは、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の3 種の手帳の総称であるところ、療育手帳を持つ者は同法2 条4 号の知的障害者(同法施行規則1 条の2 )に、また、精神障害者保健福祉手帳を持つ者のうち、症状が安定し、就労が可能な状態にある者は、同法2 条6 号の精神障害者に当たるため(同法施行規則1 条の4 第1 号)、同法上の「障害者」に該当することになります。
また、発達障害者は、療育手帳や精神障害者保健福祉手帳を持つことがあるため、同法上の「障害者」として扱われることがあります。
2.障害者であることの確認方法
障害者雇用促進法上の「障害者」に該当するか否かは、個人の病歴や障害というセンシティブな情報に関わる事柄ですので、これを確認するに当たっては、プライバシー権や個人情報保護法との関係に注意する必要があります。
この点に関し、厚生労働省は「障害者」の把握・確認について、「プライバシーに配慮した障害者の把握・確認ガイドライン」を策定しています。
当該ガイドラインは、障害者雇用促進法上の「障害者」を念頭に置いたものと思われますが、個人のプライバシー権や個人情報の保護といった上記ガイドラインの趣旨は、同法上の「障害者」に該当するか否かにかかわらず妥当するため、障害を有する者であれば、同法上の「障害者」に該当しなかったとしても、このガイドラインに従い取り扱うべきであると考えられます。
同ガイドラインは、採用後に障害を有することとなった者や、採用前や採用面接時等では障害を有することを明らかにしていなかったものの、採用後に明らかにすることを希望した者を把握・確認する場合の方法について、「( 1 )雇用している労働者全員に対して申告を呼びかけることを原則としますが、例外的に( 2 )個人を特定して照会を行うことができる場合も考えられます」(Ⅱ.の2 .)としています。
そして、原則である( 1 )の方法については、「雇用する労働者全員に対して、メールの送信や書類の配布等画一的な手段で申告を呼びかけることを原則とします」とした上で、本人に対して利用目的や、回答することが業務命令ではないこと等を明示するように求めています。
また、例外である( 2 )の方法については、「障害者である労働者本人が、職場において障害者の雇用を支援するための公的制度や社内制度の活用を求めて、企業に対し自発的に提供した情報を根拠とする場合は、個人を特定して障害者手帳等の所持を照会することができます」とした上で、照会を行う根拠として適切な例として、①公的な職業リハビリテーションサービスを利用したい旨の申し出や②企業が行う障害者就労支援策を利用したい旨の申し出を挙げ、照会を行う根拠として不適切な例として、①健康等について、部下が上司に対して個人的に相談した内容、②上司や職場の同僚の受けた印象や職場における風評、③企業内診療所における診療の結果、④健康診断の結果、⑤健康保険組合のレセプトを挙げています(ただし、個別の状況によっては照会を行う根拠として不適切な場合があり得る例として、「所得税の障害者控除を行うために提出された書類」等もあります)。
なお、( 2 )の方法では、「障害者手帳等の所持」の照会が念頭に置かれていますが、少なくとも不適切な例については、障害の有無の照会においても同様であると解されます。
また、厚生労働省が作成した「発達障害のある人の雇用管理マニュアル」では、「個人情報の取扱いという観点から見ると、発達障害に限らず障害のある人にとって、『障害』は極めてデリケートな個人情報ですから、企業が本人の自己申告以外の方法により特定の個人を名指しして障害の把握・確認を行うことは不適切であるとみなされる場合があります。また、仮に本人が発達障害の診断を受け障害を受容できている場合であっても、本人が告知していないのに会社から『障害があるのではないか』という話をされれば、そのことに驚き、自信喪失や情緒不安等を生じさせる場合もあるでしょう。そのため、障害の確認・把握という手続きに関しては、企業として極めて慎重な対応が求められます」(第2 章の4 .)とされています。
3.ご質問のケースの検討
ご質問のケースでは、今のところ当該従業員について業務上の問題はないようですので、当該従業員と同僚との健康に関する雑談のみが根拠となります。
このような根拠に基づき個別に発達障害の有無について確認することは、上記ガイドライン(照会を行う根拠として不適切な例「①健康等について、部下が上司に対して個人的に相談した内容」に類似するケース)および上記マニュアルとの関係から見て適切でないと考えられます。
また、これは、障害者手帳の有無を確認したり、診断書の提出を求めたりすることにおいても同様と思われます。
そのため、会社としては、利用目的や、回答することが任意であることを明示した上で、雇用する労働者全員に対して、メールの送信や書類の配布等画一的な手段で申告を呼び掛け、当該従業員からの任意の申告を待つという方法によることが妥当でしょう。
以上
労務行政研究所「労政時報」第4039号134頁掲載「相談室Q&A」(櫛橋建太)を一部補正のうえ転載