当社は、従業員が20名ほどの小さな会社(労働組合もありません)です。従業員と一致団結して事業に邁進してきました。従業員には、20年前から、夏場の暑い時期の就労を労うため、雇用契約書や就業規則には記載がないものの、夏季勤務手当を支給してきたのですが、新型コロナウィルス禍にあり、業績も芳しくないことを理由に、このたび、同手当を廃止しようと検討しております。会社の判断(裁量)で廃止することに問題はないでしょうか。
労使慣行が認められ、労働契約の内容となっている場合、まずは、労働者等から同意を得る、若しくは就業規則の変更等を検討する必要があります。
1.労働契約の内容について
通常、労働契約の内容は、雇用契約書(若しくは労働条件通知書)を基礎としながらも、労働契約締結時において周知性及び内容の合理性を条件に就業規則の記載内容もまた労働契約の内容となります(労働契約法7条本文)。そして、労働契約の内容の変更のためには、労使の合意(同法8条)、若しくは就業規則の不利益変更(同法10条)が必要となります。
ご質問のように、雇用契約書(若しくは労働条件通知書)、就業規則のいずれにも記載のない夏季勤務手当の場合、労働契約の内容には含まれないとして会社の判断(裁量)で自由に廃止できるのでは?と会社が考えることも間々あるものと思います。
しかし、雇用契約書(若しくは労働条件通知書)、就業規則のいずれにも記載がない手当であっても、長い間、反復・継続して行われてきた場合、「一定の条件」の具備を前提に、労使慣行として労働契約の内容となる可能性があります。すなわち、長年、反復継続して行われ、例えば、事実たる慣習として当事者がこの「慣習による意思を有している」(民法92条)と認められることで、労働契約の内容となります。
そして、前述の「一定の条件」について、例えば、商大八戸ノ里ドライビングスクール事件(大阪高判平成5年6月25日 労判679号32頁、同事件・最一小判平成7年3月9日 労判679号30頁〔上告棄却〕)によれば、
- 同種行為又は事実が長期間反復、継続して行われていること
- 労使双方が明示的に排除、排斥していないこと、
- 当該慣行が労使双方の規範意識で支えられていること(労働条件について、その内容を決定し得る権限を有し、あるいは、その取扱いについて一定の裁量権を有する者が、規範的意識を有するような状況に至っていると認められること)
が挙げられています。
2.夏季勤務手当の廃止について
ご質問によれば、貴社では、20年もの間、労使双方にて夏場の暑い時期の就労を労うとの趣旨で夏季勤務手当を支給・受給を長期間続けてきたところであり、労使慣行が成立していたと評価される可能性があると考えます。
その場合は、雇用契約書(労働条件通知書)や就業規則に記載の無い手当であったとしても、労使慣行として法的拘束力を持ち、労働契約の内容と評価されます。
そのため、当該夏季休暇手当の廃止にあたっては、例えば、労働契約の内容である労働条件の変更に当たることを前提に、個々の労働者から同意を得て、労使慣行を廃止することが考えられます。
仮に、個々の労働者から同意を得られない場合、就業規則により労働契約の内容を変更する方法が考えられますが、この場合には、変更後の就業規則を労働者に周知し、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性(賃金に関わるため、高度の必要性が要求されます)、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況、その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるかを検討することが必要となります。
3.最後に
上述のとおり、会社としては、まずは個々の労働者から同意を得ることができるかを検討することがよいように考えます。仮に諸事情から困難であり、就業規則の変更による場合には、経営状況等を踏まえて夏季勤務手当を廃止せざるを得ない必要性の検討の他、労働者に対する資料を踏まえた説明、さらには、猶予期間や段階的な減額措置などの激変緩和措置といった対応を検討することが考えられます。
以上