新型コロナウイルス感染拡大の防止策として、従業員に行動制限をしたいと考えています。例えば、「顧客との打ち合わせは対面ではなく、オンラインとすること」「顧客との会食は4人までで、飲食中以外はマスクを使用すること」といった業務に関連するものから、「休日の私的旅行や大勢での私的な飲食の禁止」といったことも視野に入れています。しかし、一部の従業員から「行動制限をしなかった者が罹患(りかん) した場合、懲戒処分の対象とするのか」「私生活上の行為まで禁止するのは問題ではないか」といった指摘をされました。このような行動制限は許容されるのでしょうか。また、行動制限をしなかったことにより罹患した場合、懲戒処分は可能でしょうか。

会社は、行動制限に関し、業務に関連する場合または会社の正当な利益が不当に侵害される場合は業務命令を出すことができ、さらに業務命令違反があった場合は懲戒処分を行うことができる。また、クラスターが発生し、会社名が大々的に報道された場合は、会社の社会的評価を毀損(きそん) したとして懲戒事由となり得る

 

1.業務命令について

業務命令とは、「使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令」のことをいい、その根拠は労働契約にあるとされています(電電公社帯広局事件 最高裁一小 昭61. 3.13判決 労判470号6ページ)。

もっとも、業務命令は無限定に行うことができるものではなく、同判例は、業務命令の範囲について、「使用者が業務命令をもって指示、命令することのできる事項であるかどうかは、労働者が当該労働契約によってその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによって定まる」としています。

したがって、業務命令は、原則として、労働契約の範囲内、すなわち業務に関連する範囲でのみ出すことができ、私生活上の行為についてはその対象となりません。

ただし、労働者は、使用者に対し、誠実義務として、必要かつ合理的な範囲で「使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務」(誠実義務。ラクソン等事件 東京地裁 平 3. 2.25判決 労判588号74ページ、労働契約法〔以下、労契法〕3条4項)を負っています。そのため、会社は、私生活上の行為であっても、例えば会社の社会的評価を毀損することが予想されるなど会社の正当な利益が不当に侵害される場合は、労働者の誠実義務を理由に、当該行為を禁止する旨の業務命令を出すことができると考えられます(モルガン·スタンレー·ジャパン·リミテッド[本訴]事件 東京地裁 平17. 4.15判決 労判895号42ページ、控訴審:東京高裁 平17.11.30判決 労判919号83ページ)。なお、業務命令を出すことができる場合であっても、業務上の必要性や目的、労働者の不利益等を考慮し、権利濫用と判断される場合は、無効となります(労契法3条5項)。

 

2.ご質問のケースの検討

[1] 業務に関連する行為についての制限の可否

まず、「顧客との打ち合わせは対面ではなく、オンラインとすること」「顧客との会食は4人までで、飲食中以外はマスクを使用すること」といったルールは、業務に関連するものであり、業務命令の対象になります。

次に、新型コロナウイルスの感染対策について、厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)令和4年3月25日版版」の「2.新型コロナウイルスについて」の「問3」 では、「マスク無しの会話や3密(密閉・密集・密接)が感染拡大リスクとなっています。(中略)人と接するときにはマスクを着用すること、普段会わない人とは会わないことなど、新型コロナウイルスに感染していた場合に多くの人に感染させることのないように行動することが大切です」とされています。

顧客との対面での打ち合わせや会食は3密になる可能性が高いといえますし、特に会食においてはマスクなしでの会話もあり得るため、感染リスクがあり、これを避ける業務上の必要性は大きいといえます。他方で、上記ルールによる不利益はそれほど大きくないと思われます。

したがって、その時点での感染の流行の程度や現場の状況等を考慮して新型コロナウイルスへの感染リスクが小さいといえるような特段の事情のない限り、「顧客との打ち合わせは対面ではなく、オンラインとすること」「顧客との会食は4人までで、飲食中以外はマスクを使用すること」といった業務命令は、権利濫用に当たらず可能であると考えられます。ただし、マスクの使用については、マスク不足により従業員が自ら確保できないといった状況下では、会社が従業員のマスクを用意することが必要であると思われます。

このような業務命令に違反した場合は、権利濫用に当たらない範囲で懲戒処分とすることができます(労契法15条)。また、結果的にクラスターが発生するなどして大々的に社名が報道された場合は、会社の社会的評価が毀損されたとして懲戒事由になり得ます。

なお、新型コロナウイルスに罹患したこと自体は、本人の意思によるものではないため、自身が新型コロナウイルスに罹患していることを認識した上であえて出社し、他の者に感染させたような例外的な場合でない限り、罹患のみを理由に懲戒処分を行うことは難しいでしょう。

 

[2] 業務に関連しない純然たる私生活上の行為についての制限の可否

休日の私的旅行や大勢での私的な飲食は、マスクなしでの会話や3密の状況が生じる可能性があり、感染リスクのある行為といえます。

しかし、これらは業務に関連しない純然たる私生活上の行為であるため、例えばクラスターが発生し、会社名が大々的に報道されることが予想されるなど使用者の正当な利益を不当に侵害するものでなければ、業務命令の対象になりません。

休日の私的旅行や大勢での私的な飲食により直ちに新型コロナウイルスに罹患するわけではなく、罹患したとしても当然に会社名が報道されて会社の社会的評価が毀損されるわけでもないため、当該行為は、感染リスクはあるものの、通常は企業の円滑な運営に支障を来す具体的可能性はなく、使用者の正当な利益を不当に侵害するものではないと考えられます。

したがって、業務命令としてこれらを禁止することはできず、結果的にクラスターが発生するなどして大々的に社名が報道されて会社の社会的評価が毀損されたような場合を除き、懲戒処分とすることも難しいと思われます。

ただし、業務命令ではなく任意の要請の範囲であれば、休日の私的旅行や大勢での私的飲食をしないように求めることは可能です。

会社としては、安全配慮義務の観点から、私的旅行や私的飲食の感染リスクおよび罹患による影響について従業員に説明し、理解を求めることが望ましいでしょう。

以上

労務行政研究所「労政時報」第4022号116頁掲載「相談室Q&A」(櫛橋建太)を一部補正のうえ転載