鮒谷周史の『百聞は一見に如かず』(前半)の最近のブログ記事

前回、高井先生と接する中で

「つながりが年輪のように広がっていく世界」があることに気づいた、

という話を書かせて頂きましたが、

つながりを年輪化し、その価値を逓増させていくためのポイントにいくつか気づきました。

 

今日は、その中の一つ「定期的な情報発信」について書いてみたいと思います。

 

高井先生(高井・岡芹法律事務所)は「事務所報」を四半期に一度、

過去にご縁を結ばれた大勢の方にお送りされており、私も楽しみに拝読しているのですが、

これが読み物として非常に面白く、同時に価値のある情報源ともなっています。

 

この事務所報が、

日々、たくさんの方と出会われる高井伸夫先生(ならびに事務所の皆さま)にとっての

「ご縁の維持・構築」に一役買っていることは想像に難くありません。

 

「つながりの年輪化」を心がけるに際し、

こういった情報発信は非常に有効な方法であるということは、

年賀状の風習が現在に至るまで途絶えず残っていることからも

間違いないことではないか、と思われるのです。

 

せっかく生まれた人間関係を途絶えさせない(忘れられない)ための工夫として、

「定期的な情報発信」は有用なものでありましょう。

 

その最もわかり易い例が年賀状であり、これは言葉を換えれば、年に一度の

「定期的な情報発信」であるように思われます。

 

年始に年賀状が届くことによって、

 

「ああ、あいつは転職したんだなあ」

 

「そうか、彼は独立したんだ」

 

「彼女に子供が生まれたんだな」

 

という近況が分かります。

 

今はネットを介して、昔からの友人知人とのつながりも持ちやすくなりましたので、

少なくとも親しい友人知人においてはこういったことは少なくなっているかもしれません。

 

しかし、ネットのない時代においては、疎遠になった人とは、

年賀状だけが唯一の近況報告ツールだったわけです。

 

この年賀状が、まさに一年に一回、定期的に発信されてくることによって、

関係性が維持されたり、そこに記載されたある情報にひっかかって、

関係が復活したり、さらには深まったり、ということがあるのです。

 

高井先生からは常々、柳生家家訓を引き合いに出され、

 

「小才は縁に出会って縁に気づかず、

中才は縁に気づいて活かせず、

大才は袖すりあう縁も活かす」

 

と教わってきましたが、そう考えると事務所報もまた年賀状と同じく

 

(そして年賀状よりも多い頻度で、そして高い密度のメッセージで届けられる)

 

「袖すり合った縁をも生かす」

 

ためになされている工夫なのであろう、そんな風にも思われるのです。

 

こういった自身の(そして事務所の)情報発信を継続することで、

自分の情報や自身を取り巻く人間関係をお伝えし、

さらには周囲にいる人同士をつなぐことによって価値を生み、

 

といった、まさに「大才」にならんとされてきた意思を

事務所報というメディアからも感じることができるのです。

 

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当ブログにおけるこのところの高井先生の執筆テーマは「縁」についてで

ありますが、「縁シリーズ」を読ませて頂いているうちに、

 

【 つながりが年輪のように広がっていく世界 】

 

という言葉が、ふっと浮かんできました。

 

高井先生の主宰される会に同席し、あるいは、過去、たくさんの方を

ご紹介いただいてきた際、

 

「◯◯さんとは40年前からのお付き合い」

「□□さんとは30年前からのお付き合い」

「△△さんとは20年前からのお付き合い」

 

という話が普通に出てきます。

 

そんな何気ない話を通して、人のとつながりがまさに「年輪」のごとく、

時間の経過と共に広がってきていることが、よく分かるのです。

 

ある会社に入社してから定年退職するまでといった、社内のつながりに

よって、長期にわたる関係が存続するのは理解できますが、

 

同一企業、あるいは取引先といった枠を越え、あらゆる分野の方々と

長期、さらには超長期、ともいえるほどの長さで縁を保ち続けられているのを

見ると、そのご縁は「まさに年輪のごとし」と唸らずにはおれません。

 

自らを省みたとき、いずれ「年輪」となるべきような、そんな関係性を

意識して人とのご縁を紡げているのか、と反省させられるばかりです。

 

 

では「つながりが年輪のように広がっていく世界」を自らのコミュニティの

うちに体現したい、と思った時、どのようなことに留意すべきか、

高井先生をロールモデルとして考えてみました。

 

そんな世界を実現させるためには、必ずしも、定期的、継続的に

過去に接点のあったすべての人と、対面のコミュニケーションを

とり続けなければならない、というわけではないように思われます。

 

なぜなら、それぞれが限りある時間の中で懸命に生きており、

そのうえさらに時間の経過と共に互いが仕事の上で重責を負うように

なってくると、物理的にもそんなに頻繁に会う、やりとりをする、

といったことはどうしても難しくなってくるものだから。

 

これを前提条件として、それでもなお「つながりの年輪化」を

実践しようとするならば、なにを心がければよいのだろうか。

 

個人的には、高井先生から以下の点について学べるのではないか、

と考えました。それは「一期一会の精神」です。

 

「一期一会の精神」とは日々の会合、会食において、お会いする全ての

人の人生に対し、必ず、有益な情報の提供、人の紹介、その他の行為を通して

プラスの痕跡を残せるように尽くす、ということ。

 

これによってすぐに関係の広がり、深まりが生まれることもあれば、

その場ではたとえ広がらなかったとしても、長い期間を通し、

「尽くされた記憶」は先様の脳にしっかりと残り続けるもの。

 

この「尽くす」姿勢が習慣として定着すれば、必ず、先様にも良い印象を

持って頂くことができるであろうし、そうすれば、途中、ご無沙汰となる

期間(空白期間)がたとえ長期間続いたとしても、次回お会いした時、

その関係性がすぐに復活できる可能性は、格段に増すように思われます。

 

日経新聞の最終ページに「交遊抄」というコラムがあり、

長い間、愛読してきましたが、ここでも、時を経て、再会し、

それを機縁に一気に関係が深まった、という話が頻繁に出てきます。

 

人生においては数年、ときに十数年、さらには数十年の時を隔てて、

再会し、関係性が再開される、そんなことがよくあるものです。

 

そのときに上述のような「種まき」が活きてくるのでしょう。

 

人とお会いするときには、常に気を入れて、

「ベストを尽くし、プラスの価値を提供しよう」

そんな風に「一期一会の精神」で臨みたいものです。

 

そんな精神と行動の積み重ねが「人間関係の年輪化」を

醸成してくれ、結果として人生そのものも豊かになっていくのだろう。

 

高井先生を見て、つくづくそのように感じさせられます。

 

言うは易く、実践は至難ではありますが、

ぜひともお手本とさせて頂きたいと考えています。

 

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高井先生から教えて頂いて以来、印象に残り、いつも意識している

言葉に「私心を捨てよ」というものがあります。

 

 

このブログの2011年8月5日付記事において、高井先生は

 

「『私心』とは『私欲』とか『利己主義』という意味にも

理解されるもの

 

(中略)

 

人間は社会的動物と言われますが、『私心』があれば社会性を失うと

いうことにもなります」

 

 

といわれていますが、間近に接しさせていただき、

まさにこの姿勢を自ら実践されていることを感じます。

 

 

とくに人、物、金、知識、情報、信用といった貴重な資源を

手元に留め置き、秘匿、隠匿し(ストックし)、

 

もって自分の利益のみを図る、という姿勢ではなく、

それらを寸刻も手元に留め置かない、というほどの勢いをもって

(フローで)回されているところに感銘を受けるのです。

 

 

そうやって、ある種の勇気と決意を持ってフローの姿勢を貫いていくと、

やがてその流れが巨大な潮流となって、大きな渦巻きとなり、

結果として、手元にとどまるものも大きなものとなっていく、

ということが分かります。

 

反対に、「私心」や「邪心」によって、さまざまな資源を手元に留めたり、

あるいは、自らのみを利することを考えていると、いつしかせっかくの宝も

朽ち果て、腐敗し、結果として社会性を失う(人から見放される)ということ

にもつながっていくのでしょう。

 

私自身、高井先生からたくさんの方(おそらくは、のべ数百人を

優に超えるであろう方々)をご紹介いただき、一切の対価を求められることなく、

知識や情報を頂戴してきました。

(申し訳なく、そして有難く、たいへん感謝しております)

 

もとよりご多忙な身でいらっしゃるがゆえに、

その場で携帯電話でコンタクトをとるように言われたこともあれば、

先方の名刺のコピーをメールやFAXでお送りいただき、連絡を取るように

言われたり、紹介状を送っておいたから連絡するように、といわれたことも

あります。

 

もちろん、直接に会食の場をセッティングいただいたことも

多々あります。

(会食の場において双方の紹介を終えられた後、我々を残して、

すぐに次の会合に向かわれることもしばしばありましたが、、)

 

接するすべての人に、しかもおよそ半世紀近くの長きにわたり、

このような姿勢を続けてこられたがゆえに、巨大な渦巻きとなっている、

という現実を目の当たりにするにつけ、

 

まさに私心、邪心を捨てることによって、

矛盾するようですが、結果として、

さまざまな側面において自らを富ませることにも

つながっていくのであろう、と思われるのです。

 

私心、邪心を捨て去ることは容易なことではありませんが、

つとめて意識をしていきたいと考えています。

 

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高井伸夫先生とご一緒していて、驚嘆させられるのは、

常に思考と行動が同時並行で走っているところ。

 

大抵の場合、「思考」と「行動」の間にはタイムラグがあるものです。

(私を含め)平均的な人は考えてから、実行に移すまでに

相応の時間がかかります。

 

あるいはタイムラグがあるだけなら、まだ良いのですが、

「考えたけれども、いつまでたっても実行されない」ということも

往々にしてあるものです。

 

 

しかし高井先生は、思いついたことは一つ残らず、すぐ実行。

 

たくさんのスタッフの方々と即時、即座の連絡を取られることで

「思考」⇒「行動」の間に時間差がなく、

 

従って、頭に浮かんだすべての案件が細大漏らさず、

リアルタイムで実行に移されていく姿はまさに圧巻です。

 

 

一切の業務をひたすら前倒し、前倒し、前倒しで

処理されていくのですから、文字通り、

 

「1人で10人分の仕事をしている」

 

ことになるわけです。

 

その昔、「思考スピードの経営」という本がありましたが、

まさにその言葉を彷彿とさせるようなスピード感。

 

 

しかもそれを努力して行なっているのではなく、

完全に日常化され、習慣となり、無理している風もなく、

飄々、軽々、淡々と実行されているところにかえって凄みを感じます。

 

努力・頑張りの空気が身体から立ち昇ってきて、

あの人は努力しているなあ、頑張っているなあと周囲の人から

思われる程度ではまだまだ修行が足りない、ということなのでしょうか。

 

 

さらにこのスピード、密度で

盆・正月の休みもなく、

 

「50年近く続けてきた」

 

と言われたときにも驚愕しました。

 

「ただ見れば 何の苦もなき 水鳥の

足に閑(ひま)なき わが思ひかな」

 

の句を思い出したものです。

当たり前のことですが、横着していては、成果は出せないのですね。

 

 

何が高井先生をしてここまで駆り立てるのだろうと

不思議に感じることもありましたが、あるときから、

 

 

「ご縁の会った人に何かをして差し上げ

(それが情報であることもあれば、人の紹介であることも

あり、具体的なアイディアであることもあります)

 

それが成果につながり、その人が喜んでいる顔を

見るのが純粋に嬉しい。

 

さらに、よりたくさんの人に喜んでもらいたい。

それが大量行動として反映されるのだろう」

 

 

と思うようになりました。

 

私の憶測に過ぎませんが、当たらずとも遠からずと

思っております。

 

 

普通に生きているとなかなか間近に拝見することも叶わない、

超絶した生活に触れ、貴重な学びの場とさせて頂いていることに

ただただ感謝です。

 

また「学ぶことは真似ぶこと」と言われますが、

その姿勢や行動を模倣させて頂くことで、

自分自身が変わっていく実感を日々、味わっています。

 

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以前、高井先生から「リーダーシップ」について
教わったことがあります。
「リーダーシップ」について説かれた本は、
数多く、その書物の数だけ定義もあります。
しかしながら、私にとっては、
「リーダーシップは
背中で見せる(語る)」
といわれた(高井先生の)言葉が一番しっくり
くるようです。
いくら格好いいことを言っていても、
行動が伴っていなければ、見透かされます。
「誰がどう見ても、彼は(彼女は)文句なしに
やっている。成果を出している」
という評価を得て、初めてそこからリーダーシップが
生まれてくる。
このことは、文字通り、年中無休、盆・正月関係なく、
朝早くから夜遅くまで前進されている、そしてその分だけ
着実に実績・成果を積み上げられている高井先生の姿から
納得させられるのです。
(だから高井先生から至らぬ点を指摘されても
何も言い返すことができません。
そして高みを目指して、もっと成長しなければ、
と思わされます)
これこそ「リーダーシップのあるべき姿」といえるのでは
ないかと思われるのです。
そう考えると、周囲の人に良い影響をもたらし、
能動的、自律的、積極的に動いてもらうためには、
口先、小手先、手練手管ではなく、
全身全霊、事にあたっている(そして結果を出している)
姿を見せ続ける必要があるでしょう。
さらにいうと、ここでポイントとなるのは、
その姿を「周囲に見せる」ことではなく、
「周囲に見せ続ける」ことではないかと思います。
「全身全霊」「成果を出す」を「継続」して
いかなければリーダーシップは生まれない、
そんな風に思われるのです。
リーダーシップが発揮できない、と悩んでいる
経営者や管理職に就いている人があるとするならば、
「自分がいま、取り組んでいることに
全精力を傾けているかどうか」
「それを誰にも文句を言わせないくらいの
レベルで継続しているか」
「周囲からの期待をはるかに上回る
圧倒的なレベルで実績を上げているか」
自問自答しなければならないようです。
どこかで聞いてきたようなノウハウを使って
口先、小手先で、リーダーシップ(もどき)を
発揮しようとしてみても
「合わせてはくれる」
かもしれませんが、
「合わせてくれている」
に過ぎません。
どこかで逃げることを止め、
「楽をしようとするのではなく、
最も高い基準を設けて戦うのがリーダー」
と断固たる決意、覚悟を決める必要が
あるのでしょう。
私(鮒谷)もかくありたいと思います。

以前、高井先生から「リーダーシップ」について

教わったことがあります。

 

「リーダーシップ」について説かれた本は、

数多く、その書物の数だけ定義もあります。

 

しかしながら、私にとっては、

 

「リーダーシップは

背中で見せる(語る)」

 

といわれた(高井先生の)言葉が一番しっくり

くるようです。

 

 

いくら格好いいことを言っていても、

行動が伴っていなければ、見透かされます。

 

「誰がどう見ても、彼は(彼女は)文句なしに

やっている。成果を出している」

 

という評価を得て、初めてそこからリーダーシップが

生まれてくる。

 

このことは、文字通り、年中無休、盆・正月関係なく、

朝早くから夜遅くまで前進されている、そしてその分だけ

着実に実績・成果を積み上げられている高井先生の姿から

納得させられるのです。

 

(だから高井先生から至らぬ点を指摘されても

何も言い返すことができません。

 

そして高みを目指して、もっと成長しなければ、

と思わされます)

 

 

これこそ「リーダーシップのあるべき姿」といえるのでは

ないかと思われるのです。

 

そう考えると、周囲の人に良い影響をもたらし、

能動的、自律的、積極的に動いてもらうためには、

口先、小手先、手練手管ではなく、

全身全霊、事にあたっている(そして結果を出している)

姿を見せ続ける必要があるでしょう。

 

さらにいうと、ここでポイントとなるのは、

その姿を「周囲に見せる」ことではなく、

「周囲に見せ続ける」ことではないかと思います。

 

 

「全身全霊」「成果を出す」を「継続」して

いかなければリーダーシップは生まれない、

そんな風に思われるのです。

 

リーダーシップが発揮できない、と悩んでいる

経営者や管理職に就いている人があるとするならば、

 

 

「自分がいま、取り組んでいることに

全精力を傾けているかどうか」

 

「それを誰にも文句を言わせないくらいの

レベルで継続しているか」

 

「周囲からの期待をはるかに上回る

圧倒的なレベルで実績を上げているか」

 

 

自問自答しなければならないようです。

 

どこかで聞いてきたようなノウハウを使って

口先、小手先で、リーダーシップ(もどき)を

発揮しようとしてみても

 

「合わせてはくれる」

 

かもしれませんが、

 

「合わせてくれている」

 

に過ぎません。

 

 

どこかで逃げることを止め、

 

「楽をしようとするのではなく、

最も高い基準を設けて戦うのがリーダー」

 

と断固たる決意、覚悟を決める必要が

あるのでしょう。

 

私(鮒谷)もかくありたいと思います。

 

 

 

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今回は、卓越したコミュニケーション能力を発揮されている
高井伸夫先生を間近から観察し、わたし(鮒谷)自身、
模倣し、試行錯誤する中で、気付いた「学び」についてご紹介いたします。
まず、
「大勢の人とご縁を広げ、深めるにあたって
心がけるべき大切なこと」
が3つ、あるようです。
その3つとは、以下の通り。
1、「気」を入れる
2、行動はすべて前倒しで
3、「1」と「2」を支える運用システムを構築する
といっても、言うは易く行うは難し、なのですが。
この3つを自分仕様にアレンジすることで、高井伸夫先生ばりの、
「人間関係を広げ、深め、育て」
時間の経過を味方につけながら、人間関係の巨木を形成することが
できるのだと思われます。
まず、1番目の「気を入れる」についてですが、これは、
人と出会った際に相手への強い興味・関心を持つ、ということです。
そもそもこの気持ちがないと始まりません。
小説家、吉川英治氏の言葉に「我以外皆我師」とある通り、
 「自分以外の人はすべて先生であり、
皆なにか学ばせて下さる方である」
という気持ちを持っていると、自ずと一つ一つの出会いに
「気」も入るし、それは自らの学習につながります。
さらに、そこで得られた話の断片は、相手に対して貢献・お役立ち
しようとした際の起点ともなり得ます。
次に、2番目の「行動はすべて前倒し」というのは、
気を入れて接することによって、何か相手に対してお役立ち、
お手伝いできることを見つけたならば、
「すぐに行動する」
ということです。
人を紹介するということになれば、その場で携帯電話を
使って、すぐに紹介して差し上げる。
何かお送りするものがあれば、すぐにお送りする。
「今晩やろう」、「明日やろう」、
「できるときにやろう」
ということではなく、すべてを前倒しでやっていくことが
大切なようです。
しかし、そうやって、できる限り、相手のことに関心を示し、
記憶に留め、前倒しで行動し始めた瞬間、どんな人であっても
あっという間に、自分の時間的、肉体的、精神的余裕、
そして、脳内メモリの容量を軽くオーバーしてしまうことと
なるでしょう。
(そしてすべてが破綻するのです)
そうならないように、自らの行動を支えるための
「オペレーションシステム」
を確立しておかなければなりません。
実際に「1」、「2」を心がけつつ、たくさんの人と
お会いし続けると、お礼状、お礼メールを送ったり、
その返礼が発生する必要性が生まれてきます。
送付する必要のある物も出てくれば、贈答品の手配もあるし、
誰かとお会いする前の下調べ、調査といったことも必要と
なってくるでしょう。
他にも、会食の手配をしたり、人数の変更があったり、
場所の連絡を入れたり、といった細々としたやりとりが
発生することもあるでしょうし、
何かしていただいたときの後日の報告や、人をつないだり、
何かお手伝いしたり、といったことを含めて、無数の行動が
次々と発生します。
これらについて、気合と根性で体力の限界まで頑張っても
こなせる作業量には限界があるので、それらの行動を支えるための
「システム」が必然的に必要となってくるのです。
それはITを活用したシステム構築であったり、お手伝いを
他の人にお願いする、といったことかもしれません。
通常の人の何倍、何十倍と常識の枠を飛び越えてご縁を
広げ続けている高井先生を観察していると、
「この3つがうまく組み合わさり、機能している」
ことがよく分かります。

今回は、卓越したコミュニケーション能力を発揮されている

高井伸夫先生を間近から観察し、わたし(鮒谷)自身、

模倣し、試行錯誤する中で、気付いた「学び」についてご紹介いたします。

 

 

まず、

 

「大勢の人とご縁を広げ、深めるにあたって

心がけるべき大切なこと」

 

が3つ、あるようです。

 

 

その3つとは、以下の通り。

 

1、「気」を入れる

2、行動はすべて前倒しで

3、「1」と「2」を支える運用システムを構築する

 

といっても、言うは易く行うは難し、なのですが。

 

 

この3つを自分仕様にアレンジすることで、高井伸夫先生ばりの、

 

「人間関係を広げ、深め、育て」

 

時間の経過を味方につけながら、人間関係の巨木を形成することが

できるのだと思われます。

 

 

まず、1番目の「気を入れる」についてですが、これは、

人と出会った際に相手への強い興味・関心を持つ、ということです。

 

そもそもこの気持ちがないと始まりません。

 

 

小説家、吉川英治氏の言葉に「我以外皆我師」とある通り、

 

 「自分以外の人はすべて先生であり、

皆なにか学ばせて下さる方である」

 

という気持ちを持っていると、自ずと一つ一つの出会いに

「気」も入るし、それは自らの学習につながります。

 

さらに、そこで得られた話の断片は、相手に対して貢献・お役立ち

しようとした際の起点ともなり得ます。

 

 

次に、2番目の「行動はすべて前倒し」というのは、

気を入れて接することによって、何か相手に対してお役立ち、

お手伝いできることを見つけたならば、

 

「すぐに行動する」

 

ということです。

 

 

人を紹介するということになれば、その場で携帯電話を

使って、すぐに紹介して差し上げる。

 

何かお送りするものがあれば、すぐにお送りする。

 

「今晩やろう」、「明日やろう」、

「できるときにやろう」

 

ということではなく、すべてを前倒しでやっていくことが

大切なようです。

 

 

しかし、そうやって、できる限り、相手のことに関心を示し、

記憶に留め、前倒しで行動し始めた瞬間、どんな人であっても

あっという間に、自分の時間的、肉体的、精神的余裕、

そして、脳内メモリの容量を軽くオーバーしてしまうことと

なるでしょう。

 

(そしてすべてが破綻するのです)

 

 

そうならないように、自らの行動を支えるための

 

「オペレーションシステム」

 

を確立しておかなければなりません。

 

 

実際に「1」、「2」を心がけつつ、たくさんの人と

お会いし続けると、お礼状、お礼メールを送ったり、

その返礼が発生する必要性が生まれてきます。

 

送付する必要のある物も出てくれば、贈答品の手配もあるし、

誰かとお会いする前の下調べ、調査といったことも必要と

なってくるでしょう。

 

 

他にも、会食の手配をしたり、人数の変更があったり、

場所の連絡を入れたり、といった細々としたやりとりが

発生することもあるでしょうし、

 

何かしていただいたときの後日の報告や、人をつないだり、

何かお手伝いしたり、といったことを含めて、無数の行動が

次々と発生します。

 

 

これらについて、気合と根性で体力の限界まで頑張っても

こなせる作業量には限界があるので、それらの行動を支えるための

「システム」が必然的に必要となってくるのです。

 

それはITを活用したシステム構築であったり、お手伝いを

他の人にお願いする、といったことかもしれません。

 

 

通常の人の何倍、何十倍と常識の枠を飛び越えてご縁を

広げ続けている高井先生を観察していると、

 

「この3つがうまく組み合わさり、機能している」

 

ことがよく分かります。

 

 

 

 

 

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高井伸夫先生と一緒にいて学んだ「好奇心、向学心、質問力」
高井先生から学んだこととして、前回は「無用の用」について
お伝えいたしました。
学んだことの二番目として、
「好奇心、向学心、質問力」
というキーワードを挙げたいと思います。
高井先生は様々な方とお付き合いされ、前回お伝えしたとおり、
多岐に渡る知識をお持ちですが、会食の場などでそういったことを
ひけらかすといったことは全くありません。
むしろ、お会いする相手の方に、そのご専門について
積極的に質問をされる姿が印象に残っています。
その様子を見て感じるのは、知的好奇心、知識欲をとても強くお持ち
であること。
先に申し上げたように、
広範な分野にわたって一定以上の知識をお持ちなので、
どんな人とでも、同じく一定以上のコミュニケーションが図れることに
ついて感嘆するのですが、同時に、それに加えて、さらに貪欲に
学ぼうという「好奇心、向学心」そしてそのための「質問力」を
お持ちであるように見受けられます。
どういうことかというと、まず「無用の用」という考え方を
そのまま受け入れ、森羅万象、世の中のあらゆる事象について
興味を持ち、調べ、教わることで、それぞれの分野についての
知識・知見が徐々に蓄積されていく。
それを会話の糸口として、知的好奇心、旺盛な知識欲を
発揮して様々な質問をする。
そうすることで、相手からいろいろな専門的な話を聞かせて
いただくとともに、その方とのご縁も深まり、
さらに自らの世界も広がっていきます。
この繰り返しにこそ、多方面の知識を蓄え、専門性も同時に
身につけられ、そしてあらゆる分野の専門家の方々とも
仲良くなってこられた秘訣があるのではないか、
と、私なりに分析してみた次第です。

 

高井伸夫先生と一緒にいて学んだ「好奇心、向学心、質問力」

 

 

高井先生から学んだこととして、前回は「無用の用」について

お伝えいたしました。

 

学んだことの二番目として、

 

「好奇心、向学心、質問力」

 

というキーワードを挙げたいと思います。

 

 

高井先生は様々な方とお付き合いされ、前回お伝えしたとおり、

多岐に渡る知識をお持ちですが、会食の場などでそういったことを

ひけらかすといったことは全くありません。

 

むしろ、お会いする相手の方に、そのご専門について

積極的に質問をされる姿が印象に残っています。

 

その様子を見て感じるのは、知的好奇心、知識欲をとても強くお持ち

であること。

 

 

先に申し上げたように、

広範な分野にわたって一定以上の知識をお持ちなので、

どんな人とでも、同じく一定以上のコミュニケーションが図れることに

ついて感嘆するのですが、同時に、それに加えて、さらに貪欲に

学ぼうという「好奇心、向学心」そしてそのための「質問力」を

お持ちであるように見受けられます。

 

どういうことかというと、まず「無用の用」という考え方を

そのまま受け入れ、森羅万象、世の中のあらゆる事象について

興味を持ち、調べ、教わることで、それぞれの分野についての

知識・知見が徐々に蓄積されていく。

 

 

それを会話の糸口として、知的好奇心、旺盛な知識欲を

発揮して様々な質問をする。

 

そうすることで、相手からいろいろな専門的な話を聞かせて

いただくとともに、その方とのご縁も深まり、

さらに自らの世界も広がっていきます。

 

 

この繰り返しにこそ、多方面の知識を蓄え、専門性も同時に

身につけられ、そしてあらゆる分野の専門家の方々とも

仲良くなってこられた秘訣があるのではないか、

 

と、私なりに分析してみた次第です。

 

 

 

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高井伸夫先生に学んだ「無用の用」
高井先生は「無用の用」という言葉を座右の銘の一つとされています。
(そういえば、このブログのタイトルも「無用の用」でしたね)
私も大きく感化されて、「無用の用」という言葉を座右の銘の一つと
しているのですが、高井先生とお話させていただいていると話題の幅が
社会、経済の分野はもとより、文化、芸術、政治、地理、歴史、医学などなど
非常に多岐に渡り、あらゆる分野について網羅的に概略は語れるといった程度の知識を持たれていることがわかります。
人事労務分野の弁護士として第一線で活躍されてこられましたので、
その関係分野はいうまでもありませんが、様々な分野に精通されていることが
窺い知れるのです。
間近で拝見し、いろいろな方との会合や会食の中で、ご縁を広げ、
深めていく、そのプロセスにおいて気づいたことがありました。
それは、高井先生が博覧強記な方ですので、どんな方とお会いしても、
おおよその話の接ぎ穂のようなもの、とっかかりを作ることができ、
「まったくその分野のことについては知りません」
「全然、その世界の話は分かりません、興味もありません」
ということがないのです。
お会いしている相手の方の専門分野について、その方の分野において、
ある一定のレベルまでは話が通じる。
そしてその「一定のレベルまで」という話の接ぎ穂が
あることによって、初対面の方とのコミュニケーションや、
自分の専門外の分野で活躍されている方との交流も円滑に進んでいく、
このプロセスを何度も目の当たりにしたのです。
これぞまさに「無用の用」でありましょう。
「どういう知識・情報がどんな場面で役に立つのか」は
事前に想定することはできません。
効率化優先の世の中において、効果を想定できないからこそ、
投下する資源に対して、費用対効果が悪いということで、
「自分の専門外はあまり触れない」
とか
「遠ざける」「学ばない」
という人も、あるかもしれませんが、
すぐにはその効果が想定できないことを継続して行うことで
時間の経過と共に知識が逓増していき、後々にコミュニケーションを
広げるための幅広い知見として活きてくる、効いてくるのではないかと
思われるのです。

 

高井伸夫先生に学んだ「無用の用」

 

高井先生は「無用の用」という言葉を座右の銘の一つとされています。

(そういえば、このブログのタイトルも「無用の用」でしたね)

 

私も大きく感化されて、「無用の用」という言葉を座右の銘の一つと

しているのですが、高井先生とお話させていただいていると話題の幅が

社会、経済の分野はもとより、文化、芸術、政治、地理、歴史、医学などなど

非常に多岐に渡り、あらゆる分野について網羅的に概略は語れるといった程度の知識を持たれていることがわかります。

 

人事労務分野の弁護士として第一線で活躍されてこられましたので、

その関係分野はいうまでもありませんが、様々な分野に精通されていることが

窺い知れるのです。

 

間近で拝見し、いろいろな方との会合や会食の中で、ご縁を広げ、

深めていく、そのプロセスにおいて気づいたことがありました。

 

 

それは、高井先生が博覧強記な方ですので、どんな方とお会いしても、

おおよその話の接ぎ穂のようなもの、とっかかりを作ることができ、

 

「まったくその分野のことについては知りません」

「全然、その世界の話は分かりません、興味もありません」

 

ということがないのです。

 

 

お会いしている相手の方の専門分野について、その方の分野において、

ある一定のレベルまでは話が通じる。

そしてその「一定のレベルまで」という話の接ぎ穂が

あることによって、初対面の方とのコミュニケーションや、

自分の専門外の分野で活躍されている方との交流も円滑に進んでいく、

 

このプロセスを何度も目の当たりにしたのです。

 

これぞまさに「無用の用」でありましょう。

「どういう知識・情報がどんな場面で役に立つのか」は

事前に想定することはできません。

 

 

効率化優先の世の中において、効果を想定できないからこそ、

投下する資源に対して、費用対効果が悪いということで、

 

「自分の専門外はあまり触れない」

 

とか

 

「遠ざける」「学ばない」

 

という人も、あるかもしれませんが、

 

すぐにはその効果が想定できないことを継続して行うことで

時間の経過と共に知識が逓増していき、後々にコミュニケーションを

広げるための幅広い知見として活きてくる、効いてくるのではないかと

思われるのです。

 

 

 

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先日(10月12日号)の記事を続けます。

 

 

高井伸夫先生のブログに寄稿しているからといって、高井先生や高井先生の仕事術を無条件に礼賛することはいたしません。しかし、現実に感動したことは感動した、実際に驚嘆したことは驚嘆した、ということを素直に、そして率直に記していくつもりです。

 

 

高井先生と出会い、ご一緒させていただくと、毎日、どころか“時々刻々”「心が揺さぶられる体験」をさせられます。

 

先日の記事では、高井先生を元・某総理(大臣)ではありませんが、「コンピュータ付きブルドーザーのような」と形容いたしました。

 

そのような姿を目の当たりにして感じたこと、そして先の記事を通してただ一つ、お伝えしたかったことがあるとすれば、

 

「圧倒的に心を動かされるような存在に出会うことで、人生が変わる」

 

ということなのです。

 

 

私がまさにそうでした。

 

自身、ある時期、精一杯仕事を頑張ってきたつもりであり、相応の仕事量をこなしてきた自負もありましたが、高井先生を目の当たりにして、あっけなくその自信が崩れ去りました。

 

と同時に、あまりに強烈な仕事量ならびに仕事術を見て、感動すら覚えました。心地良い敗北感、というどころではなく、“唖然、呆然、打ちのめされ、完敗させられた後の清々しさ”、とでもいったような(今から考えると、井の中の蛙に過ぎなかったわけですが)。

 

そして、

 

「まだまだできる」

「もっと頑張れる」

「高井先生の仕事術をそのまま真似させていただこう」

 

といった、いろんな気持ちがこんこんと湧き上がってきたのです。

 

 

このような経験を通して私が感じた、感動こそが、自分自身のあり方、ひいては人生に変化をもたらす原動力となる、ということをお伝えしたかったのです。

 

生きていくうえで、仕事に取り組む上で、こうしたらいい、こうすべきということは皆、十分過ぎるほど分かっているはず。しかし、体が動かない。動けない人が多い。しかしどうやら、それは当たり前のことのようです。

 

高井先生から教わった言葉で「人間は知性や理性では動けない」というものがあります。「知動」「理動」といった言葉はなく、「感動」という言葉しかないのは、人は「感じて動く生き物だから」と。

 

 

感じることによって(心が震えて)、初めて人は動けるわけですから、理論や理屈の力で自分を動かそうと思っても、それには限度があるでしょう。反対に、自らの心を打ち、心を震わせてくれる人があれば、その人と間近に接する機会を持つだけで、自分自身が変わりはじめるはず。

 

なぜなら、ある人に対する憧れや感動や感激が生まれ、そこから目標が生まれ、将来のイメージが固まってくることによって、行動もまた変わってくるからです。そうやって自分の意識のありようが変わり始めることで、人生が変化し始めます。

 

まさに私がそうだったのです。高井先生と接して、心が揺さぶられ、再び人生が大きく変わり始めました。

 

人生においては「感動をもたらしてくれる人物との出会い」こそ、大切にしなければなりません。

 

次号に続けます。

 

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この度、当ブログに「鮒谷周史の『百聞は一見に如かず』」というタイトルで寄稿させて頂くこととなりました、有限会社セカンドステージ代表の鮒谷周史と申します。

 

自社の経営を行うと共に、現在、約20万人の読者さんが購読下さっている「平成進化論」というビジネスパーソン向けメールマガジンの発行もしております。

 

 

高井伸夫先生とは2004年4月に株式会社かんき出版最高顧問の境健一郎様(当時は代表取締役社長)にご紹介頂いて以来、大変お世話になってきました。

 

特にこの数カ月は、高井先生の国内・海外の出張に同行させて頂く機会(この2ヶ月では北海道、栃木、北京、上海、新潟、鹿児島、佐賀、愛知。そして東京でも多くの会合、会食に同席)も増え、より身近に接しさせて頂くようになりました。

 

その過程で、高井先生の書籍を読んだり、講演・セミナーを聞いたり、会食の場だけでは見えなかったブルドーザーのような仕事ぶりや、周囲の人への気配り心配り、システム化された仕事術などが日々、知らされてきたのです。

 

「百聞は一見に如かず」と言われますが、文字通り見て、触れて、接して、初めて分かることがある、そんな風に思わずにおれませんでした。

 

これから不定期で、そんな高井先生に身近に接し、学んだことをお伝えしていきたいと思っております。よろしくお願いいたします。

 

 

本日は第一回ということで「高井伸夫先生の仕事ぶり」について。

 

 

高井先生は、私より3回りほども上の世代の方でいらっしゃいますが、仕事に賭ける情熱やエネルギーには途方もないものがあります。私も少なからぬ人とのお付き合いをさせて頂いておりますが、高井先生ほど強烈なエネルギーを感じる方、そこから生まれる仕事量をこなされる方は見たことがありません。

74歳というご年齢を一切感じさせません。

 

早朝に起床されてから、夜遅くまで、一分、一秒をおろそかにせず、ひたすら人と会い、会食し、移動中は携帯電話を手放されず、ブルドーザーのように大量の仕事をこなす。

 

時々刻々に積み重なる案件を決済し、興味を持った情報を調べるように指示を出し、人を紹介し、人を紹介され、必要とする方には情報をおすそ分けし、アドバイスをし、聞きたいこと、依頼したいことは、その場で電話する。

 

決断は、その場で。(絶対に後回しにしない)

 

次々、新しい面会予定、出張予定、会食予定を入れていく。お世話になった人へのお礼状の手配も手抜かりはなく、感謝の念をプレゼントに代えてお送りする。

 

複数の会合や会食を同時にかけもちされることもあり、メディアに寄稿する原稿からブログの原稿、その他について、脳内から紡ぎ出される言葉をテープレコーダーや事務所の録音機を駆使しながら口頭で述べ、書面に落とされたものを改めて推敲し、この2、3回の繰り返しで完璧な原稿を作成する。

 

運転手さんは一人だと体が持たないので二人の方の交代制。朝6時~夜10時過ぎまで走り回る。

 

睡眠時間は3時間から4時間程度(のはず。ホテルや旅館ではいつも私が先に寝て、後に起きてしまうので、正確なことは分かりません…)。

 

十数名の秘書さんをフルに稼働させ、驚異的な記憶力を駆使しながら大量の業務を同時並行で進めていく姿は冒頭に記したとおり、その昔、そのように形容された総理(大臣)がいたそうですが、さながらコンピューター付きブルドーザーのよう。

 

話に聞くだけでも、へぇー、と思われるかもしれませんが、朝から晩まで密着しての、嘘偽りない、高井伸夫先生の日常の姿。まさに圧巻の一言。

 

しかし、今日の記事は、そんな高井先生の仕事術について云々、といったお話をするのが目的ではありません。

 

今日、一番お伝えしたかったことは、ある人と出会い、

 

「この人は凄い」

 

と心が震えることによって、自分の人生も作り変わる、ということをお伝えしたいのです。

 

 

長くなりました。次回に続けます。

 

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