鮒谷周史の『百聞は一見に如かず』の最近のブログ記事

 

2013年8月3日(土)11:46 高井伸夫撮影「ひまわり(サンゴールド)」
(長野県小諸市菱平762付近
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2013年8月3日(土)11:46 高井伸夫撮影「ひまわり(サンゴールド)」
(長野県小諸市菱平にて)
花言葉:あなたはすばらしい、愛慕

 

 

高井先生と接していて、たくさんの長所と思えるところがあるなかでも、特に強く感じる長所は「つながりを維持し続けることに対する熱い思い」です。

 

高井先生は、いつも柳生家の家訓である「小才は、縁に会って縁に気づかず。中才は、縁に気づいて縁を生かさず。大才は、袖振り合う縁をも生かす。」を引き合いに出しておっしゃいますが、単なる意思に留まらぬ、まさに日々の、袖振り合う縁をも生かそうとする実践の姿を見て、我と我が身を反省させられます。

 

この実践の姿について、僭越ではありますが、少し私なりの考察を加えると、名刺管理の方法であったり、スケジュールの管理であったり、事務所報の発行であったり、それらを支えるスタッフのマネジメントであったり、「つながりを維持し続けるシステム」が他の追随を許さぬレベルで構築されていることが、まず驚嘆の対象ではありますが、それよりもなによりも、ご縁を大切にするという心からの思いが加味されることによってシステムに息吹が吹き込まれる、そんなイメージがあるのです。

 

なぜそんなことがいえるのかというと、たとえば高井先生は、新聞や小説、雑誌、あるいはテレビなどに接していると、それら活字や映像にインスパイアされる形で、ほんとうに頻繁に、過去、交わってきたさまざまな方々を思い起こされるのです。

 

常人以上に、徹底して人に対する関心を強く、かつ深く持たれているからこそ、数年前、ときに十数年以上前の出会いについても記憶を蘇らせることができるのではないかと思われます。

 

このようにして思い出した人について、高い精度で構築されてきたシステムの力を用いつつ、再度のコミュニケーションを図っていく、そんな姿をたびたび見聞きして、つまるところ、コミュニケーションにおいて最も肝要なのは、「システムではなく思い」という風に考えるようにもなりました。

 

とはいえ、勿論、ただ思い、願うだけではコミュニケーションを広げ、深めていくこともできないわけで、その思いを下から支えるために、やはりしかるべきシステムの運営管理を行っていくことが大切、ということも理解できるようになりました。

 

 

いずれにしても、高井先生の長所はどこか、と考えるとき、やはり、人に対する思いとシステムの両者に裏付けられた、「ネットワークを維持し、強化し、広げていく力」こそが高井先生を高井先生たらしめている力の源泉、と思わずにはおれません。

 

 

 

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2013年2月8日(日)7:11 高井伸夫撮影「水仙」
(東京都目黒区中目黒 中目黒公園にて)
花言葉:自惚れ

 


長らく私(鮒谷)が患ってきた病があります。
それは「先送り病」という名の一筋縄ではいかない病。


毎時、毎分、毎秒、私を苦しめ続けてきました。


この病気には程度の差こそあれ、多くの人が罹患しているのでは
ないかと思われますが、特に私は重篤な症状に苦しめられてきたのです。
 (そして今も)


お恥ずかしい話ですが、

 「本当にギリギリの、ギリギリの、ギリギリのところ」

までいって、

「これ以上放置すると人生や、仕事や、日常生活に
 重大な支障をきたしてしまう」


寸前まで、重い腰がなかなか上がらないのです。


さらに告白すると、


「重大な支障が起こってから慌てふためく」


ことも往々にしてあります。


そんな性格を逆手に取って、これまでの人生戦略では
受験も、仕事も、起業も、経営も、すべて


「ギリギリまで放置&エネルギー爆発戦略」


を取り、そこそこうまく機能させてきましたが、さすがに
こんな戦略をいつまでも繰り返すわけにはいきません。


そのようなわけで、あの手この手を用いて、この強大な敵と
戦って来ましたが、いまだに打ち倒すことができません。


とはいえ、徐々に寛解に向かっているのでは、と思える節がないこともないのです。


それは、


「一切の先送りを拒絶し続ける
 圧倒的なパワーを持たれた方」


と身近に接するところから始まりました。


「すべての行動を前倒し、前倒し、前倒し」


「今日できることは今日する、
 明日やればいいことも今日する、
 明後日やればいいことも今日する」


と、限界ギリギリまで前倒す。


そんな習慣を持たれている人と御縁を頂く
ところから変化が生まれたように思えるのです。


私の接してきた人の中で、
そんな圧倒的なパワーを身につけられている方、


それは、いわずもがなの高井伸夫先生です。


その前倒し性?の強烈さは著書のタイトルにも
あらわれていました。


<朝10時までに仕事は片づける~モーニング・マネジメントのすすめ>
 http://www.law-pro.jp/2002/12/10-1.html


とはいえ、いくら前倒しの人生が良い、といわれ、
それがいいことだと分かっても、


分かっていることと実行できることとは 
まるで別物。


「百聞は一見に如かず」


で、実際に圧倒的なレベルで実践されている方と間近に接することに
よって、初めてその薫陶を受ける、躾けられる、ということもあるようです。


などと書きながら、このブログ原稿も入稿期限を
大幅に過ぎ、ご担当者様にご迷惑をお掛けしております。


朝10時までに仕事を片付けるどころか、
午前3時(執筆時現在)になっても仕事が片付いておりません。


それでもなお、午前3時になってもまだ仕事をしている、
という時点で、これはかつての私にはありえないことで、


「先送り癖が大きく改善されている」


なによりの証左なのです。


高井先生に出会う前の私の座右の銘など、それこそ、


「人生、諦めが肝心」


という情けないもので、
今日中にやり遂げなければならない仕事があっても、


「今日は諦めて寝よう。
 明日の早朝に起きて頑張ろう」


となっていたわけです。


(お察しの通り、当然、翌朝、起きられないのですが)


そんな私でも生まれ変わることができました。
もとい、生まれ変わりつつあります。


それはひとえに、高井伸夫先生という、
すべてを強烈に前倒しし続けられる方と御縁を頂いたから。


だからこそ、高井伸夫先生には本当に感謝しても
しきれないものがあるのです。


(それでもなお、ブログ原稿をなかなか入稿期日に
 入れられないのですが)

 

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1月16日(水)13:28 高井伸夫撮影「菜の花」
(静岡県熱海市 熱海赤尾ハーブガーデン付近)
花言葉:活発、快活

 

高井先生と接していると、その記憶力の良さに驚かされることがしばしばです。

数十年、あるいは十数年前からお付き合いされている方との会食や面談に
同席させていただいていても、最初の出会いから、その方とのやりとりの履歴、
取り巻く人間関係など、本当によく憶えられています。

日常的にやりとりがあるならまだ分かりますが、
久しぶりに会う方とであっても、ついこの間会ったばかりのように、

「○○さんは元気ですか?」
とか
「あのときの件はどうなりました?」
とか、具体的な人名や、相当に突っ込んだ話がぽんぽん飛び出します。

普通、そこまでのことを憶えていることはないだろうという程度のところまで、
詳細に記憶されているのです。

※ いつぞやのときには、10年以上前に訪問したお宅の庭の、
 「灯籠の位置」が変わっていることを話題に載せられたことまであり、
 さすがに驚きました。

私などは、情けないことにお会いしたそばから記憶が失われていくので
彼我の違いはどこから来るのだろう、と真剣に考えたものでした。

そして(もちろん、もともとの記憶力の差はあるのはいうまでもないにせよ)、

なによりも接する相手に対する興味・関心の度合いの
違いから生まれてくるのだろう、という結論に至ったわけなのです。


まず何より「相手の役に立とう」という思いがあるから、先方の置かれている状況を
理解をしようと努めることになるし、理解しようと思ったら、相手の話をよく聞かなければなりません。

これを長年、実践していくうちに、その習慣が血肉化され、強烈な記憶力へと
昇華されていったのであろう、そんな風に思わずにおれません。


ここまで書いてきて改めて思ったことですが、高井先生は人の話に
本当によく耳を傾けられます。

そしてその話に絡めて「その場で必ず」相手の参考になりそうな
知識や情報を伝え、あるいは人を紹介されます。


(当然のことながら、相手は喜びます)

さらに継続してお会いしていくことになった場合には

「最近のニュースは?」
とか
「近頃、いいことはあった?」
とか
「今は何に取り組んでいるの?」
とか、最新の状況を常に気にされるのです。


そしてその取り組みが一段落した頃を見計らったように

「あの件はどうなった?」

というところまで。

(尋常でない程、たくさんの人と会いながら、
ここまでのことを記憶にとどめることは普通できないように思われるのですが…)

こうしたやり取りを経て、先方についての詳細な記憶が
深いご縁、関係性へと転換されていくのです。


このように書きながらも、これを完全に実践するのは
なかなか難しいものではありますが、

上に記したようなプロセスを目の当たりにすることにより、
ご縁を結び、深めていくためには、まず相手のことを
第一に考え、それをきっかけとして形に変える(行動する)ことが大切、

と高井先生の姿を拝見し、学ばせて頂いてきたように思います。

 

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IMGP2942.JPG2012年12月16日(日)12:57
高井伸夫撮影「ユリ(ルレーブ)と南天の実」
(千葉県山武郡九十九里町片貝 九十九里ハーブガーデン
ユリ(ルレーブ)の花言葉:「貴重な・希少」
南天の花言葉:「私の愛は増すばかり」

 


高井先生と間近に接していると、
打ち合わせ中、会食中や移動の車の中など、あらゆる場面でメモを取る、
あるいはボイスレコーダーへの吹き込みを行われていることに
気づきます。


「常にその場で記録する」ことを習慣化されているようです。


会話の中で話題に出たこと、それをきっかけとして
閃いたこと、あるいは本や雑誌を読んでいて思いついたこと、

たとえば
▼◯◯を購入する
とか
▼◯◯を調べる
とか
▼◯◯の情報を誰々さんにお伝えする
とか
▼◯◯さんと◯◯さんを引き合わせる
とか
▼◯◯さんに◯◯をお送りする
とか
▼会いたい人に連絡を入れる


などなどなど、多岐にわたります。


そうやってメモされたことをその日中に、
秘書の方々に連絡を入れ、決して先送りせずに形に変えて
いかれる姿は圧巻です。


その姿を目の当たりにして「一つやれば、一つ進む」ことを
教えていただきました。


高井先生はこの「一つやれば一つ進む」のスピードを
秘書の皆さんの力を借りながら、普通の人の10倍速、20倍速、
あるいはそれ以上の速さで進めていかれます。



高井先生の日常に初めて触れたとき、
その尋常ならざるスピード感に驚きました。


注意して観察していると、高井先生においては記録と行動が
常に一体化されているように感じます。


人間の脳が短期間に保持できる記憶の量は限りがあると
言われますが、都度、思いついたことをメモして、
外部に残しては消去、を繰り返さないと、あっという間に
容量オーバーで意識から流れ去ってしまいます。



そんなことを意識されてのことなのか、あるいは
経験則から学び、身につけられてのことなのか、いずれにせよ、

記録してはすぐに忘れる、
記録してはすぐに忘れる、

ということで常時、頭の中の雑多なアイディアを
吐き出しては空にしていく、そんな感じを受けるのです。


頭の中を空にしているから、その真空状態めがけて
新しい思考の泉が湧き上がってくるものなのかもしれません。


と書きつつ、高井先生は頭の中で一時に保持できる
思考の総量は明らかに常人よりも多いように感じますが。

けれども、こちらは真似をしたいけれども真似はできません。


ただ、せめて気づいたことや思いついたことを即座に記録に残し、
常に脳内を空にし、思考するための(脳内)スペースを確保する
習慣だけでも真似をさせていただこう、
そんな風に考えている次第なのです。

 

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IMGP2689.JPG2012年11月11日(日)朝7:08
高井伸夫撮影「ランタナ」(東京都目黒区中目黒公園)
花言葉:「協力」「厳格」「心変わり」等





人間関係を深めていくのは畑を耕すのと同じ、とよく言われます。

畑において、何度も鍬や鋤を入れて耕していく作業は、一回やればそれで終わりという性質のものではありません。

何度も何度も、繰り返し鍬や鋤を打ち込むことによって、盤根錯節した木の根っこやら石やらを取り除いて深く掘り、土壌を柔らかくしていくものです。農作業においてはそうやって堅い畑を耕し、作物を作付けできる状態にしていくのは大切なことです。その状態を保ち続けるために、定期的に何度も何度も耕していく必要があるのだと思われます。

 

そしてこれは人間関係においても同じで、一回会えばそれでおしまい、というものではなく、繰り返しの接触を心がけ、関係性を深堀っていくことこそが肝要なのではないかと思います。

 

その点で高井先生はブログを拝読していても分かるとおり、あるいは直接接している方はなおご存じのとおり、地層が積み重なるように、あるいは年輪が刻まれていくのと同じように、長期間、時間をかけて耕してこられた数々のご縁が非常に広く、深く、続いているようです。

 

その相当に深いご縁の裾野を見聞きするたび、40年前、30年前、20年前、10年前、5年前、3年前、去年、あるいは先月、先週会った人とのつながりが重層的に重なり合い、ときに友人、知人同士をご紹介しながら、豊かな人間関係の生態系が形成されているようにすら思われます。

 

一人の人と出会い、その人の人となりや、なされていることに、ひと度、興味を持てば、定期的に、あるいは不定期的な出会いを蓄積していき、さらにメールや電話、そして事務所報といったツールを用いながら、

「出会いをご縁やつながりに転換していく」

ことを習慣化されているように見受けられます。まさに冒頭に記したように「大切な畑を耕すように、人間関係を耕されている」と思わずにおれません。

 

私もそのような高井先生の姿勢に触発された一人ですし、その姿を見習い、出会いをご縁・つながりにかえてきたいといつも思っています。

 

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今回のブログ記事では、間近に高井先生に接することで「営業」に

ついて考えた考察をお伝えしようと思います。

 

 

改めて考えてみると、高井先生が面談や会食の際に、

 

「社長、そこをなんとか」

 

とか、

 

「一つよろしくお願いしますよ」

 

といったような、一般的なイメージの営業を行なっている姿は

一度たりとも見たことがありません。

 

 

反対に、困り果てた、あるいは高井先生の力を借りたいという

お客様から請われて、面倒見の良い高井先生が、

多忙な中、助けの手を差し伸べている、といった感じ。

 

分かりやすい形での営業は一切行なっていないのに

目の前には常に行列ができており、それを超人的な速度でさばいていく、

という姿が日常でありました。

 

 

考えてみると、かたやお客さまがつかず、苦しむ人がいる一方、

かたや顧客が長蛇の列をなしている人もある。

 

この違いの本質的なところは、どこにあるのでしょう。

 

 

そして思いあたったのが営業職に就く人にも

 

「匂いで売ろうとする人」

 

 

「テクニックで売ろうとする人」

 

さらに

 

「無為無策の人」

 

の三種類の人があるのではないかということ。

 

 

本当に売れる人はその存在から香り立つ「匂い」で売る。

 

ぼちぼちレベルまでしかいけない人は「テクニック」で売る。

 

ぼちぼちレベルにも到達せず、閑古鳥の鳴く営業職の人は、

 

「匂いもなければテクニックもない(=無為無策)」

 

だから売れない、ということなのではないでしょうか。

 

 

営業力を強化しようと思った人は往々にして、

 

「応酬話法を身につけよう」

 

「笑顔を磨くぞ」

 

「心理テクニックを駆使しよう」

 

という方向に走りがちであり、

もちろんそれはそれで大切なことかもしれませんが、

 

もっと根本のところにある

 

「自分自身を陶冶せん、とする姿勢」

 

に一番のポイントがあるのではないか、

そんな風に思われるのです。

 

 

この妥協なき姿勢に見込み客や顧客が惹かれ、

集まるように思われます。

 

無為無策の人はともかくとして、この違いが

「表面的に現れる営業力」と「本物の営業力」とを

分かつ分水嶺なのかもしれません。

 

 

表面的に現れる営業力はロープレを行ったり、テクニックを

マスターすることによって、誰でも一定レベルまで身につけることが

できるもの。

 

もちろん、けっして疎かにしてよいものではなく、

 

「閑古鳥の鳴くレベル」

 

から

 

「ぼちぼち売れるレベル」

 

にステップアップするためには避けては通れぬ、

どうしても身に付ける必要のある力、

 

といってもよいでしょう。

 

 

しかし大変なのはここから先。

 

「ぼちぼち売れるレベル」

 

から

 

「匂いで売るレベル」

 

「空気で売るレベル」

 

「雰囲気で売るレベル」

 

「存在で売るレベル」

 

に至るためには、前述のとおり、

 

「全人格的な修養、陶冶、己の躾(しつけ)」

 

といったものが必要になってくるように

思われます。

 

 

高井先生を間近で拝見していても、

もはや生活姿勢そのものが

 

(こんなことをいうと叱られるかもしれませんが)

 

「修行僧」

 

のそれのよう。

 

 

「たゆまぬ克己、抑制、自制、練磨、自律によって

 己を形作ろう」

 

という強い意思のようなものがひしひしと

感じられたものです。

 

 

このような、自分の存在意義をかけて己を鍛え抜く、

という姿勢と長年の修養が、

 

「匂い」「空気」「存在感」

 

を醸成し、それがある種の雰囲気を身に纏わせ、香りを立ち上らせ、

その周囲にいる人間までも薫陶、薫育することにつながるのです。

 

(かくいう私も薫陶を受け、薫育された一人です)

 

この空気が「営業、販売」といった局面においても、

結果として発揮されるということなのかもしれません。

 

 

ありがたいことに、私は若くして、

 

「匂い、空気、存在で売るレベル」

 

を目の前で拝見する機会を高井先生からいただき、

そのレベル感を身体で感じることができました。

 

このリアルな感覚は、本を読んだり、想像によって補完することは

できぬ性質のものですから、私の人生にとって生涯にわたっての財産と

なりそうです。

 

 

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高井先生は、事あるごとに、

「経営者は自分の言葉で語らなければならない」

と言われます。

 

自分自身の内側から発せられる言葉には力が宿り、

説得力や影響力が生まれるけれども、

どこかで聞いたような受け売りの言葉には

言霊が宿らず、力もこもらない、

ということなのだと理解しています。

 

また講演の最中には「当意即妙」という言葉も

よく使われます。

 

話をされるうちに、どんどん枝葉が伸びてきて、

気がついたら、その枝葉が幹となり、

やがて一つの大きな話になっていた、

というようなことも再三再四、ありました。

 

そうやって新しく生まれ出てくる

「当意即妙の話」

もまた、

「自分独自の言葉」

といってよいでしょう。

 

その場の思いつきで語った言葉に

「思いつきであるがゆえに

 かえって強い説得力が宿る」

ことに幾度も不思議な思いをしたものです。

 

そのようなわけで、

「自分の言葉で話す」「当意即妙で語る」

といったことができるようになるためには

何が必要か、

私なりに考えてみたのが以下の項目です。

 

 

▼圧倒的な知識量、情報量

▼偏りのない多様な情報源

▼多面的、多角的に物事を捉える力

▼高い論理構成能力

▼論理構成を的確に表現するための

 豊富な語彙、言い回し

▼切れすぎる論理が人を傷つけぬようにするための

 場を同じくする人への気配り、心配り

▼即座に話を紡ぎだす瞬発力、反射神経

▼安心感を与える笑顔!

 

などなど、たくさんあって大変ですが。

これらを同時に所有&発動させるわけですから、

意識して行おうと思っても、絶対に不可能です。

 

ジャグリングを行う大道芸人のように

身体レベルで自家薬籠中の物としておかなければ、

肝心要のときに活用できません。

 

 

つまり結論としては、

「自分の言葉で語る」

「絶妙な当意即妙」

といった業(ワザ)を可能にするのは

「長年の修養」

ということに至りました。

 

残念ながら安易な模倣で身につけることは

許されない、

ということのようです。

 

 

けれども物は考えようで、

反対に、このような能力を一旦身につけることさえ

できれば、あとは

縦横無尽、融通無碍、臨機応変、自由自在に

自らの言葉を操ることができるようになるでしょう。

 

 

このように語れるようになると、

一つ一つが自分の内側から立ち上ってくる話であるから

聴く者に傾聴をもたらし、

説得力も生まれる、

そんな風に思われます。

 

 

私がそのような世界に出るためには、

まだまだまだまだ、修練が必要なようですが。

 

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高井先生から「石にも目がある」という言葉を

何度か伺ったことがあります。

 

何十年も前、勤務弁護士として事務所に所属し、

多くの仕事を任され、自由闊達に活動されていたとき、

事務所の所長弁護士から教わった言葉だそうです。

 

 

石工はノミ一丁で、たいした力もかけずに大きな石を割って

いきます。それは「石の目」めがけてノミを振るうからです。

 

このような例えをもって、固い石を割るのと同じように、

どれほど難題に見える問題であっても、まず核心を見極めるに

よって解きほぐし、最終的には解決できる、

 

そんなことを伝えられたかったのでしょう。

 

 

日々、私たちが行なっている仕事も、「核心」と、

その周縁部にあるさまざまな要素が錯綜し、渾然一体となって

構成されているように思われます。

 

大きな案件になればなるほど、無数の条件が複雑に絡まり合い、

解を見出すことが困難になり、途方に暮れることもしばしばです。

 

ちょうど、難解に見える数学の問題を解く時のように。

 

 

けれども一見、難しそうな数学の問題も、いったん突破口さえ

開かれれば、あとは容易に解き進められるもの。

 

方程式を力技で解こうとする。あるいは難しい幾何の問題を

補助線を引くことなしに解こうとする。

 

それではいつまでたっても解の糸口すら掴めません。

まずは問題の突破口、核心、石の目を探すことが大切です。

 

 

重たい問題が眼前に現れたとき、手を付けられるところから

はじめるとかえって問題解決を困難にすることがあります。

 

どこから手をつけて良いのかわからない問題が現れたとき、

つい、打ちやすいところに安易にノミを振り下ろしたり、

やみくもに手当たり次第、振り回しそうになったりします。

 

それではおそらく、大きな石は割れず、小さな破片という

新たな厄介事を増やすだけ。

 

労多くして、功少なし、ということになるでしょう。

 

 

混乱、混沌の中に身をおいた時、いつも頭の中に

浮かんでくるのは、高井先生から教わった

 

「石にも目がある」

 

という言葉なのです。

 

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これまで高井先生の国内外の出張、会食、会合に同行し、

学ばせて頂いたことは本当にたくさんあります。

 

今日はその中でも、時間に対する意識という面で

私が強い影響を受けたことをお伝えしたいと思います。

 

それは、

 

「会合、会食にあたって『けじめ』をつける」

 

ことの大切さ。

 

 

高井先生は決して会合、会食の時間をだらだら延長させる

ことはされません。

 

特に会食の場において特徴的だと感じるのですが、

スタートから終了までの時間が短くて物足りないということなく、

反対に必要以上に長い時間をかけ、冗長になるということもなく、

 

「ちょうど、このくらいで終われば良い余韻が残る」

 

と思われる絶妙のタイミングで、

 

「それでは今日はありがとうございました」

 

と締めの挨拶をされるのです。

 

その場に居合わせたことのある方は皆さん感じられる

ことでしょうが、それはそれは潔く、かつ鮮やかです。

 

私などは、ともするとひと通りのテーマについて話し終えた後も

だらだらと居残ってしまう、ということを行いがちでしたが、

 

自身の時間の使い方を振り返り、もっとしっかり「けじめ」を

つけたほうが良いな、と思ったものでした。

 

 

そんな高井先生のスタイルから私は2つのことを学び、

今も実践しています。

 

 

一つは上にも記しましたが、

 

「会合や会食に意義を持たせるために、必要にして十分な時間を

 見計らい、そのタイミングで終了することを習慣とする」

 

こと。

 

ずるずると時間を延長しない。

キリの良いところでさっと終了する。

 

これにより、参加者全員が心地良い余情を残しつつ、

その場を退出することができようになるのではないか、

 

そんな風に感じています。

 

 

そしてもう一つ大切だと思われたことは、

 

 「周囲に『そういう人(=長居しない人)』だと

  理解してもらう」

 

こと。

 

案外、これは見過ごされがちなことかもしれません。

 

どういうことかというと、高井先生ご本人が

周りにいる人たちから、

 

「そういう人(=時間を大切にし、けじめをつける人)」

 

なのだと既に認識されているから、打ち合わせや会食の時間を

キリのよいところでパっと切り上げられても、

それが当たり前だと思われるし、

 

そこに一貫性を感じ、かえって驚嘆されさえするように

なるのではないか、

 

また、そういったスタイルであることが分かっているがゆえに

多忙な人であっても、安心してお誘いに乗ることができるのでは

ないか、

 

そんな風にも思われたのです。

 

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前回は高井先生が長年にわたって発行・送付されている
「事務所報」という定期的な情報発信について書かせていただきましたが、
今日はそれの別な側面について書いてみたいと思います。
高井先生(高井・岡芹法律事務所)は過去にご縁を結ばれた方に対して、
四半期に一度、紙媒体の「事務所報」を継続的にお送りされています。
一人の方に対して年間に4通、翌年も、その次の年も、と続いていきますので、
これまでにお送りした分を合計するとかなりの数にのぼりそうです。
私も小さいながらも会社を経営している身として、この「事務所報」を
実現させるために必要となるであろう様々なコスト(時間や労力、金銭面)
について考えてしまいます。
それらについて直接お伺いしたわけではありませんので、あくまで私の想像では
ありますが、あれだけ幅広く充実した内容を準備されるのはそうたやすいことでは
ないでしょう。
さらにその内容を印刷し、郵送するところまでを考えると、全体では相当の
(有形無形の)コストがかかっていることと拝察いたします。
それは言葉を変えると、人のご縁を繋ぎ続けるために、
それだけのコストをかけられているということになりますし、
裏を返せば、それくらいのことをしてでも人とのお付き合いを
維持、継続させることには価値がある、ということでもありましょう。
高井先生からお話をお聞きすると、ありとあらゆる分野、年代の方と
お付き合いが続いていらっしゃることに驚かされるばかりですが、
以前、出張にご一緒させていただいた際に
長年にわたって関係性を維持している秘訣をお聞きしたとき、
まさに「事務所報のおかげだよ」といわれたことが深く印象に残っています。
そのお話を伺ったときに「去るものは日々に疎し」という言葉が思い出されました。
「親しかった者も遠く離れてしまうと、日に日に交情が薄れて
疎遠となってしまう」という意味ですが、この言葉が生まれた当時
(一説では南北朝時代の詩文集にあった句からとられたものだそうです)でさえ、
そうなのだとしたら、
これだけ情報流通のインフラが発達した現在では、
本人にそのつもりはなくても気がつけば「去るものは日々に疎し」となっていた
ということも日々、起こっていそうです。
毎日、たくさんの人と会い、電話、メール等のやり取りをし、
次々と新しい情報が入ってくるわけですから、
ほんの数日前の出来事であっても、油断するとすぐに記憶が曖昧に、
あやふやになってしまうことは、誰しも経験があるのではないでしょうか。
それは逆に考えると、私たち自身も他者から忘れ去られてしまいやすい
ということにつながります。
せっかく生まれたご縁を未来に繋ぎ、相手の方から忘れられないようにし、
さらには関係性を深めていくためにも、高井先生のように定期的な情報発信を
継続して行うことは、一つの方法論として参考にさせていただけるのではと
考える次第です。

前回は高井先生が長年にわたって発行・送付されている

「事務所報」という定期的な情報発信について書かせていただきましたが、

今日はそれの別な側面について書いてみたいと思います。

 

高井先生(高井・岡芹法律事務所)は過去にご縁を結ばれた方に対して、

四半期に一度、紙媒体の「事務所報」を継続的にお送りされています。

 

一人の方に対して年間に4通、翌年も、その次の年も、と続いていきますので、

これまでにお送りした分を合計するとかなりの数にのぼりそうです。

 

 

私も小さいながらも会社を経営している身として、この「事務所報」を

実現させるために必要となるであろう様々なコスト(時間や労力、金銭面)

について考えてしまいます。

 

それらについて直接お伺いしたわけではありませんので、あくまで私の想像では

ありますが、あれだけ幅広く充実した内容を準備されるのはそうたやすいことでは

ないでしょう。

 

さらにその内容を印刷し、郵送するところまでを考えると、全体では相当の

(有形無形の)コストがかかっていることと拝察いたします。

 

それは言葉を変えると、人のご縁を繋ぎ続けるために、

それだけのコストをかけられているということになりますし、

 

裏を返せば、それくらいのことをしてでも人とのお付き合いを

維持、継続させることには価値がある、ということでもありましょう。

 

 

高井先生からお話をお聞きすると、ありとあらゆる分野、年代の方と

お付き合いが続いていらっしゃることに驚かされるばかりですが、

 

以前、出張にご一緒させていただいた際に

長年にわたって関係性を維持している秘訣をお聞きしたとき、

まさに「事務所報のおかげだよ」といわれたことが深く印象に残っています。

 

そのお話を伺ったときに「去るものは日々に疎し」という言葉が思い出されました。

 

「親しかった者も遠く離れてしまうと、日に日に交情が薄れて

疎遠となってしまう」という意味ですが、この言葉が生まれた当時

(一説では南北朝時代の詩文集にあった句からとられたものだそうです)でさえ、

そうなのだとしたら、

 

これだけ情報流通のインフラが発達した現在では、

本人にそのつもりはなくても気がつけば「去るものは日々に疎し」となっていた

ということも日々、起こっていそうです。

 

毎日、たくさんの人と会い、電話、メール等のやり取りをし、

次々と新しい情報が入ってくるわけですから、

ほんの数日前の出来事であっても、油断するとすぐに記憶が曖昧に、

あやふやになってしまうことは、誰しも経験があるのではないでしょうか。

 

それは逆に考えると、私たち自身も他者から忘れ去られてしまいやすい

ということにつながります。

 

せっかく生まれたご縁を未来に繋ぎ、相手の方から忘れられないようにし、

さらには関係性を深めていくためにも、高井先生のように定期的な情報発信を

継続して行うことは、一つの方法論として参考にさせていただけるのではと

考える次第です。

 

 

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