『労働新聞』高井伸夫弁護士の四時評論<第36回 上司の教育的役割(上)>

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第36回 上司の教育的役割(上)
(2009年12月21日転載)


高井伸夫弁護士は、上司は部下の人生そのものに愛情と責任を持って教育・指導に当たらなければならないと強調する。良い上司との出会いは、その後の人生を左右することすらあるからだ。部下との間の報告・連絡・相談を密にするとともに、「学び方」の学習に力点を置く必要があると訴えている。

 

上司の能力著しく劣化

「やってみせ、言ってきかせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている姿勢を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」(山本五十六元帥・1884~1943)。世に知られるこの言葉には、理想の上司像の要件が集約されていると言っても過言ではないだろう。

ここから彷彿とされるのは、部下との強い信頼関係で結ばれ、人としてのピュアな使命感を抱き、部下を的確に教育・指導・育成して次の世代へのバトンタッチを行い、組織の成長に着実に貢献する頼もしい上司像である。

しかし、現実にはこうした力量に恵まれた上司は少ない。このような上司であれば、パワハラ問題など起こるはずもないが、今の企業社会では、上司として当然の教育・指導を行ったとしても、上司と部下の間に確固たる信頼関係が築かれていなければ、パワハラと言われてしまうおそれがある。

日頃、私が人事労務問題を専門とする弁護士として企業のご相談に与る中で強く感じるのは、パワハラ問題に限らずあらゆる局面で、上司の上司としての能力が著しく劣化してきているということである。

 

あり得ない“全知全能”

上司の役割は多様であるが、本来的に果たすべき役割とは、ドラッガーが「何よりも経営管理者を他の人から区別するものは、教育的な役割の有無である」(ドラッガー著『現代の経営(下)』第27章参照)と喝破したように、およそ様ざまな局面で部下の教育をなし遂げるよう努めることである。

部下を人材として教育・育成し、企業の業績に資する働きを遂げさせ得る能力が上司になければ、企業の将来はない。ここに、終身雇用制が崩壊しつつある中で、企業のDNAをいかに伝承し企業の存続と成長を実現するかが重要な課題である今こそ、上司に求められる教育的役割について再認識すべきとなるのである。上司が教育的役割を果たすことは、部下の成長を促し、ひいては企業の力を強めることにつながるのである。

また、ここで言う教育的な役割とは、仕事のやり方だけに限らない。部下は上司の働きぶりを間近で見て仕事に対する姿勢や情熱を体感しながら自ずと教育を受けていることも考えると、上司は仕事だけではなく、人格や生き方全般において部下の見本となることで、教育的な役割を果たしていると言ってよい。

しかし、全知全能の神のような人間はあり得ない。著名企業のある女性管理職に、部下への指導で留意している点についてお尋ねしたところ、「①その場で叱る(後日では忘れてしまう。場所は選ぶ)、②くどくど言わない、③良いところをほめて伸ばす、④他の人からの評価を伝える、⑤常に言葉と笑顔をかける、⑥家族のことを気遣ってあげる、⑦自分の弱さも隠さず表し部下の成果を横取りしない」という極めて率直で有用なご回答を得たが、自分の弱点にも自覚的で正直な姿勢は、上司として持つべき大切な人間性であろう。

なお、部下の教育には時間を要するうえに忍耐力が必要であり、上司は教育のために自分自身の時間さえも犠牲にしなければならない。それは組織での仕事に伴うものであるから、何らかの「手当」で彼らを遇するべきであろう。例えば、税理士の小原靖夫先生が2001年から用いられている「役割貢献給」という名称は、組織における上司の教育的役割の意義を分かりやすく示す好例であると思われる。

良い上司との出会いは部下にとって一生の宝であり、若い頃上司に言われた教えが、その後の人生を左右することすらある。その意味で、上司は部下の人生そのものに愛情と責任を持ち、部下が職業人としてどのように歩んでいきたいのかをよく把握した上で指導しなければならない。

特に、専門資格者である弁護士は、一般的にセルフィッシュで功名心があり、排他的な傾向があることは否めない。私が日頃の業務の中で、どのようなことに留意して勤務弁護士を指導してきたかもご紹介しながら、上司の教育的役割について考察を進めよう。

 

基本的挨拶から始める

第1に、上司は部下に分かるように伝えるコミュニケーション能力を有していなければならない。そして、部下が技能や意識の面で上司の指導を受け入れる準備がどの程度できているかを考え、適切な量と質の指導を行うことを心掛けるべきである。

私は、この点を見極めるために、まず、「おはようございます」「お先に失礼します」「行ってきます」という基本的な挨拶をすることから始める。これに応答できない者は、そもそも上司の教育を受け入れにくい存在ということになろう。

また、限られた時間をやりくりして、私は30年以上にわたり部下から「報告・連絡・相談」を定期的に受ける場を設けてきた。毎週と毎月の始めに短時間でもヒザ詰めで話し、二言三言でも私が発言・助言をすること自体が、教育的役割を果たしてきたと確信している。「報告・連絡・相談」は、コミュニケーションの第1ステップであるだけでなく、互助と牽制と成長を実現する方法として最も簡便で分かりやすい方途である。

「報告・連絡・相談」を書面で受けた上司は、それに対してわずかでもコメントを書き込むことによって、部下に互助と牽制の意義を気付かせ、成長を促すきっかけを作ることになる。

私の場合、弁護士からの成果を上げた報告書等には「よかったネ!」「ご苦労さまでした!」「よろしく」等のコメントを直筆で書き込み戻すように心掛けている。こうしたプロセスを受け入れられない者は、組織の外にあるものとして評価せざるを得ない。

「報告・連絡・相談」は、組織におけるコミュニケーションの基礎であると同時に、マネジメントの要でもある。「企業は人なり」という言葉どおり、組織とは、人を組み合わせ、一体として存在し続けることに意義がある。コミュニケーションと「報告・連絡・相談」は、人と人との結束点としての役目を果たす方途に他ならない。その意味で、「報告・連絡・相談」を軽視する者は、組織の構成員たる資格がないと言っても過言ではないのである。

 

学び方の学習が必要に

第2に、上司は部下に学び方を学ばせなければならない。

私は部下の弁護士に対して、ひとつの案件ごとに判例・文献を十分に調査し、そのうえで少なくとも2~3種類の雛形を調べるように常々言っている。この指示は、先人や先輩の教えを学ばせることが眼目であるが、判例・文献等を模倣するだけでは進歩がない。より重要なのは、本人が疑問点を積極的に探究しようとする姿勢である。新しい考え方・感じ方をするためには、まず先人・先輩の考え方・感じ方を知り、その上で自分なりの新しさを生み出すことが必要になる。このプロセスでユニークさを持ちたいと強く思うことが、競争力をつける原点なのである。

学び方を学ばせるとは、自学自習で成果を上げる方法を教えることである。一番分かりやすい例はコーチングであろう。

コーチングの意義を端的に言えば、個人の特性を見極めて各々の性向に合った学び方を習得させるということになる。現に最近の学習塾は、クラス全体を指導する方式から個別指導の時代に移ったというが、これもまた、より効果的に学び方を学ばせるための実践策と言ってよいだろう。

努力家には努力家としての学び方、発想豊かな人には発想の仕方を学ばせるのである。これが最も効率的な学び方なのであり、学び方を学ばせるとは、千差万別の個性を把握しそれぞれに最適な導き方を実行することに他ならない。そして、ここにこそ“教師役”の難しさの真髄がある。

先生になる人は学問ができるよりも学問を青年に伝えることのできる人でなければならない。学問を伝えることは一つの技術であるという趣旨の言葉が内村鑑三の著作(『後世への最大の遺物』参照)

にあるというが、各自の個性を見極めてそれに応じた指導をする能力は極めて高度な辞技術と言えるだろう。

 

決して王道を外れない

こうして本人の資質に合った学び方を学ばせるに当たっては、何を学ぶべきかについても十分の吟味しなければならない。まず習得すべきは、どの分野であれ、“原理原則”的な事象であることが鉄則である。決して王道を外れてはならない。新しい発想は王道の上にこそ生まれるからである。

原理原則を学ぶとは、過去の実例を分析し、総括したものを確認することである。

何よりも重要なのは、本人自身が自分の頭で原理原則を追求することであるが、加えて、古典に親しみ古典に学ぶ姿勢を持たなければならない。古典は先人たちの思考の蓄積の産物であり、現代でも生命力のある原理原則を打ち立てたものだからである。

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