『労働新聞』高井伸夫の四時評論<第36回 人事・労務の未来(終)>

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第35回 人事・労務の未来(終)
(2009年10月26日転載)


人生のあり方そのもの

本稿第3回でも述べたとおり、日本は総人口も労働力も減少の一途を辿っている。そうした状況では、右肩上がりの成長を望めないことはもちろん、後述のとおり、むしろ下降するばかりであろう。

しかし、このようなマイナス成長経済環境下においてもなお、いかに“従業員満足モデル”を追求するかという新たなテーマが、人事・労務において重要性を増す。つまり企業は、労働者に対しては、賃金だけではなく、働きがいを与えることを通じて生きがいを体感せしめることが重要となってくるのである。この働きがいとは、単に金銭的に報われるだけではなく、手・脚・頭脳という人間の全ての能力を十分活用することで成果を生み出し、自らの労働に社会的意義があると実感できることである。

人材問題のスペシャリストから、今の時代は人生の喜怒哀楽の8割以上は仕事から発せられているとの意見を聞き、納得したことがある。とすれば、雇用者が就業者全体の「86.5%」(総務省「労働力調査」平成20年速報)を占める今日では、雇用の未来とは人生のあり方そのものであると言っても過言ではない。それゆえ、人事・労務管理は“雇用と未来と人生のあり方の礎”となろう。

ところで、現在の日本は広く社会構造の転換点を迎えている。先の衆議院選挙で民主党政権が誕生したことは、国民が日本全体の貧困化を無意識にせよ予見した上で、今までの大企業の中心の政治から中小企業をも包含した政治への転換を期待した結果であるとも言える。連合が支える民主党政権下においては、後述する賃金ダウンの実情と相俟って、経営者は厳しい状況に立たされるのである。

この状況下では、従業員に対して金銭的報酬の向上以外に、拠りどころや働く意義を提供していくことがますます必要となってくるのである。そのためには、まず会社の規模を問わずに、事業理念・経営理念と職場のミッションおよび自己の目標が直接つながり、自分の仕事が事業の発展を通じて社会に貢献していると実感できることが重要である。それには何よりも、トップは経営理念を実現するために必死に活動し、そうした姿を通して周りから信頼を集める存在でなければならない。そして、業界のリーディングカンパニーになれる可能性があり、将来の希望を語れる企業となって、目標の達成感と成功体験を共有できるようにすることが肝要である。さらに、上司・リーダーの役割も重要性を増していく。

以上のような前提の下に、生きがいを生み出し、自己の仕事に働きがいと誇りが持てる職場をめざすには、具体策としてどのようなものがあるだろうか。

第1には、本稿第2回で述べたように、単に職位を与えるだけでなく、正しい評価による認知・称賛を形にして報いる方法を検討すべきであろう。これは、マズローの自己実現に関する欲求段階の5段階のうち、人間の本質的欲求の一つである「尊厳・認知欲求」を充足させる手段とも言える。

第2に、これからの経営者・管理監督者は、人事・労務の重要性を十分に理解しているのみならず、IQの高さに加え、EQ(心の知能指数)も高く、人間性も優れ気働きもできる人物でなければならないであろう。IQとEQが共に和音を奏でないと、良い人間関係を構成する基礎ができず、論理的に正しくても相手にうまく伝わらずに、仕事の成果も十分得られないからである。このように新たなリーダーシップスタイルで日常的な指揮命令ができる体制を作るのが、人事・労務の適正な運用の基礎となるであろう。

第3に、これからは“真性”成果主義型の人事制度導入が考えられる。真性成果主義型とは、日本的な長所(真面目に仕事に取り組む・チームワークを大事にする等)を残しつつ、自主独立・自己責任を涵養する施策を採り入れることである。

具体的には、売上げなど数値のみの結果主義や人件費カット・人員整理が見え隠れしたような成果主義制度ではなく、数値では測れないような複数のプロセスの進展度、あるいは複数名で分担したチームとしての成績などを加味した、本来の意味での成果主義の人事賃金制度をいう。このような真性成果主義を導入することにより、仕事の成果・業績と、人の能力・行動特性を分けて両面から評価でき、適材適所の人事ができるように制度と運用の仕方を決めるのがこれからの時代に必要であろう。この場合、企業が社員に求める仕事能力を再確認し、それを社員全体が共有できる仕組み作りが肝要であると言える。

したがって、①年度ごと(より短期にするなら四半期ごと)の成果実績については単年度の賞与等で社員に報い、②将来の貢献度も含め中長期的に判断すべき能力や行動特性については、昇進や年度の昇給・配置で報いることが考えられる。

 

致し方ない賃金ダウン

以上のように、働きがいと誇りが持てる職場づくりに向けて様ざまな施策を採る中でも、冒頭で述べたマイナス成長下においては、今後も賃金ダウンに至るという大筋に変わりはない。

民間企業の08年平均給与(429万6000円)は、前年より1.7%(7万6000円)減と減少率が過去最大となったし(国税庁「民間給与実態統計」)、また、月額所定内給与の面では、2001年に最高額(30万5800円)を記録したが、08年は10年前の98年と同額(29万9100円、01年より約0.2%減少)であった。こうした状況は今後も継続すると思われるから、10年後の2018年には1988年と同水準の23万1900円(08年より約22%減少)へと近付いていくであろう。

この賃金ダウンという従業員の士気・やる気を損なう人事・労務施策を採らざるを得ない日本では、働きがいと誇りが持てる職場づくりの施策を通して、従業員に人間としての尊厳を実感させるとともに、社会思想全体を変革する必要がある。

2005年のヒット作、映画『ALWAYS三丁目の夕日』には、建設中の東京タワーが映る印象的な場面があり、昭和30~40年代当時の高度経済成長期の雰囲気をよく表している。しかし、こうした東京タワー的な新しい建造物は斜陽化する日本にあっては、今後永久に建設されないのではあるまいか。そして、社会構造の面でも、例えば企業トップと一般社員の賃金格差が縮小していくのではないか。こうした事態に備えるために必要なのは、いかに貧しくとも「清く美しく」生きるという日本人本来の姿を大切にしながら、労働者さらには国民全体を根本的に育成し直すことである。それには、教育やマスコミ等世論の形成が大きな役割を果たすのである。

いずれにしろ、人事・労務制度は曲がり角に来ており、これをどのように改めて行いくべきか、各企業それぞれ真剣に検討し、今後の在り方を決めなければならない時期にさしかかっている。

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