時流を探る~高井伸夫の一問一答(第35回)未来創庵 庵主 一色宏先生

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  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第35回目です。
  • 第35回目は、未来創庵庵主 一色宏先生です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答(第35回)■ ■ ■ 
未来創庵 庵主 一色宏先生 
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[未来創庵 庵主 一色宏先生 プロフィール]

昭和12年9月9日愛媛県和歌山市生まれ。一色宏先生

洋画及び日本画を学び、デザインの世界に入る。

美学・哲学の師に学びながら、人間がなぜ、真・善・美・利を求めるのかを追求し、デザインは単なる装飾や意匠にとどまらず、生活文化としての役割や、企業文化の創造のためにHuman First heart First で万象の共感を呼ぶデザインを探求している。特にコーポレートシンボルを中心に、生命的価値・社会的価値・人類的価値に高めて、哲理のあるデザインを展開している。

 

話題を呼んだ山田養蜂場のメッセージ広告は、朝日広告賞/毎日デザイン賞(両準グランプリ)を受賞。

 

■役職

未来創庵 庵主http://www.mirai-so-an.net/

NPO知恵の輪・理事長/ローマニアン・ネットワーク・副会長/NPO日本伝統芸術文化協会・理事/ライフバランスリサーチセンター・理事/NPO日本技術振興協会・理事/ミスアジアパシフィックビューティーコンテスト・審査員/NPO徳育と人間力育成研究所・理事

 

■著書

『美の実学』/『「夢」すべては夢からはじまって』/『一日一訓』/『心暦(こころごよみ)』

 

[今回のご同席者・インタビュアーは以下の通りです]

  • 株式会社HOU一級建築士事務所 山内研 先生
  • 高井・岡芹法律事務所 秘書 高島さつき 

 

 


高島

一色先生には、弊所のロゴを制作していただきました。私共所員が目指すべきところを的確にデザインと言葉で表現していただき、初めてロゴを拝見したときに、私たちをよくわかっていらっしゃるなあと感動いたしました。一色先生は様々な企業のシンボルマークをデザインされておいでですが、制作する際に、どのような思いを込めていらっしゃるのでしょうか。

 

一色先生

企業から、事業を立ち上げたときなどに旗印となるシンボルの制作を依頼されますが、私は思いを全て託されていると感じるんです。

シンボルマークには、会社の思い、理念を方向づけする力があります。ゆえに、託された思いを形にすること、そしてその形、デザインは、「集団のシンボルは美しくなければならない」と哲学者エマーソンは言ったように美しくあることをモットーに常に意識して制作しています。

 

山内先生

先生は、クライアントから依頼が来た時にまず何をされますか?

 

一色先生

まず、その会社が社会に対して何をしていくかを確認します。会社の目的意識、自分たちが仕事を通してなんらかの形で世のためになりたいという思い、理念など。立ち上げたばかりでも、素晴らしい発明をしているベンチャー企業もあります。それを世に広めたい、そういう状況の時に、どういうことができれば一番いいのかということを私も考えて、その内容を把握することに努めます。それを把握しないことにはシンボルは作れません。会社によっては、目標を謙虚に見積もっている会社もあります。そういった企業には、さらに展開した先の未来、大きなビジョン、理想をもっと出して下さいと投げかけます。思いの丈を書き出してもらうんです。

そしてそれを形に変えて、一番それを如実に表現できるシンボリックにするのは何だろうかと考えます。形はいろいろな意味を持っていますから、その会社の理念とするものをどういう風に形に表現したらいいかも考えます。そして、最終的には、生命の源に立ち返って、そこから浮かび上がるインスピレーションとでもいいましょうか、おそらく、こうだろうと思っていただける希望の旗印をデザインしてご期待にお応えできるように心がけています。

 

高島

インスピレーションとおっしゃいましたが、先生はデザインや、詩を書くときに悩まれることがあると思います。どのようにしてインスピレーションは生み出されるんでしょうか。

 

一色先生

私にもこの生命のはたらきはわかりませんが・・・、驚くべき今日までの人類の歴史で、これほど知的財産がある時代はないかもしれません。私は自分自身の楽しみ、自分自身を激励するために、毎日いろいろな書物に目を通します。世界中の色々なことを成し遂げた人の「命を懸けた真理の言葉」とでもいいましょうか。過去の偉人・天才たちの言葉を知ることは私にとっての最大の喜びです。そういうものが私の中にストックされていき、そのまま使うだけにとどまらず、それらから啓発を受けてデザインや詩が生まれるんです。何もないところから物は生まれることはありません。強いていうならそういった心の土壌を日々耕しています。そこから直観する不思議な感性に導かれます。

 

山内先生

言葉から生まれるものもありますよね。手を動かしていて物が生まれるわけではないけれど、言葉の繰り返しで生まれるものもあります。その辺はどっちが先かという話で、鶏が先か、卵が先かという話になってくるのではないでしょうか。

 

一色先生

えぇ。本当に不思議なもので、私もよく寝床で考えているときに色々なものが浮かぶことがあります。さまざまなものが合成されて、そして独自のものに生まれ変わると、突然ふっと創造的進化が生まれます。

 

高島

ありがとうございます。ところで、先生は、デザインすることについて、いつ頃から意識されたのでしょうか。

 

一色先生

中学1年か2年の頃、父親の勤務先の工場が「安全ポスター」を社員から募集していまして、父親から「お前が描け」と言われて何度かポスターを描いたことがありました。それがいつも受賞しまして、父親がえらく喜んでくれたことが、嬉しかったですね。そんなことがあり、高校1年の時に国体のスタンプのデザイン募集に応募したら、一等を受賞いたしました。その事が

きっかけで急激にデザインって面白いなと、興味を持ち始めました。

私が大きく意識が変わったのは、スイスのヨゼフ・ミューラー=ブロックマンという有名なデザイナーの講演会です。「デザイナーも一人の人間として、いかなることがあっても商業主義に流されて悪しきものに手を貸してはいけない」と言った言葉でありました。デザインは現状をより良いものに変えるための行動を立案することであり、また良いものを“世に広めていけるもの”に協力すべきであって、いかにお金を積まれたとしても、魂を売るようなことをしてはならないという倫理的な話でしたが、デザインには、素晴らしいものを世に伝えるという大きな役目があるんだと認識しました。この講演会での気付きはその後の人生において、常に私の心に生きています。

今日まで様々なデザイナーに会いましたが、プロダクションの運営や生活のために、相当なお金を積まれると仕事だと割り切って引き受ける場が只あります。私はどんなことにも不正は許されない、そういった信念をもってやってまいりました。とはいうものの騙されてとんでもないことに協力させられたこともあり、その事に心を痛めました。

 

高島

ありがとうございます。先生は、デザインだけでなく、文章での表現もしておられます。毎週欠かさず様々な「美」をテーマに執筆しておられますが、デザインで表現できないことを文章で表現するため、文章を書き始められたと伺いました。デザインで表現できないこととは何でしょうか。

 

一色先生

デザインで表現できないこと、世の中には、どうしても形だけでは理解されないものもあるんです。ちょっとした文章を添えることで、意図を伝えることが容易になります。

なぜ文章を書くようになったかといいますと、本来は、私の事務所に優れたコピーライターがいて、私がある程度発言した内容を文章でまとめるのが上手かったんです。その彼が大阪の出身で大阪へ帰ることになって、これまで頼っていた人がいなくなり、自分が書かなければならない状況になってしまったために困ってしまいましたが、それならば文章について徹底しようということで、自分が書くことになりました。

 

それが思わぬことになってきたのは、ある会社のシンボルマークをデザインすることになって、コンセプト文をまとめたのですが、そのまとめ方が説明的で面白くないので、全部詩にしたんです。会社の理念を全部詩にして、朝みんなが唱和する。短い詩であってもその方が心に入るだろうと思って、それから、詩ばかり書くようになりました。

その詩の持つ力が思わぬ縁を生んだこともあります。1989年、冷戦の最中での広島市の市政100周年の祈り米ソ宇宙平和サミットが開催された際には、平和のメッセージを広島から発信しようということで、詩を書くことになったんです。アメリカとソ連とブルガリアの宇宙飛行士が式典に招かれていましたので、詩を英語とロシア語にも翻訳して、式典で読み上げました。紆余曲折を経て書いた詩でしたが、式典の翌日、宇宙飛行士の方たちとホテルが同じだったものですから、ロビーにいたら、彼らが通訳を伴って私のところにきて、「日本で一番良かったことはこの詩をもらったことだ」と言ってくれて、抱きしめられました。

この詩は、広島の原爆で亡くなった人のことを思えば忘れることは出来ない出来事であり、こうなったらいいなという未来への思いを必死に書いたものです。言葉は不思議なことに、思いを受けて、ちゃんと出て来ました。アメリカとソ連の宇宙飛行士と手をつなぎ合ってダンスをしたとき、冷戦の最中でしたが、アメリカもソ連も関係なしにお互いを認め合う日が間違いなく来ると確信しました。詩の力で得た体験でした。

 

高島

一色先生は、今も第一線でご活躍され、高い評価を得ておられます。先生の制作されたシンボルは、どの時代にも普遍的に認められる価値がある、みずみずしい新しさを持っている、そんな印象を受けます。

 

一色先生

私は後ろ盾もありませんし、利害関係もありませんので、経営者にズバッと物を言ってしまうこともあるんです。それでもありがたいことですが、不思議と評価されて、ここまできました。

ある時期は16名のスタッフをかかえた会社でしたため、社長業とデザインと両方やっていた時もありましたが、デザイナーは、本当に個性の強い人ばかりで皆それぞれ信念をもってデザインをしていますから、否定もできません。育てていかなきゃならない。大勢を抱えていると経営者になってデザインできなくなってしまうおそれがあり、

それで、7社に分社いたしました。それぞれ独立させて身軽にしました。お陰様で今はフリーランサーとして自由にデザインができています。

 

山内先生

先生は、何年くらい前に会社を小さくされたんですか。

 

一色先生

もう20年も前ですね。早いうちに決断してよかったと思っています。それからは、もう一度新たな地平に立って、若い者に負けないようにしようと頑張っています。今日まで失敗も成功も含めていろいろ体験していますが、ここにきて、この体験の価値というのは、馬鹿にならないものだと思うようになりました。レオナルドダヴィンチの「自分は経験の弟子である、そして智恵は経験の娘である」という言葉、失敗であれ成功であれ何であれ真剣に物事をやっていればどんな失敗も智恵に変わる事を実感しています。世界の天才と呼ばれる人は素晴らしい言葉を残しますね、その言葉を最近実感しています。

 

高島

先生の一番の支援者はどなたですか。

 

一色先生

本当の支援者は色々と苦労をかけた家内が一番の支援者でないでしょうか。一番いい点も悪い点もみんな知っていて、口うるさく言ってくれますが、色々健康のことを注意して料理なんかも心をくばってくれていて、これはありがたいですね。私はシンボルを制作するときは不眠不休で作業に没頭してしまう事があります。そういったときに心配してくれる、大変ありがたいことですね。

その他には、強いて言えば未来からの使者である子どもたちでしょうか。もちろん自分の子どもだけではなくて、すべての子どもたちの未来のことを考えますと、この子どもたちのためにやらなければならないと気持ちが奮い立ちます。私を一番応援してくれているのは、そういう未来を創り出す子どもたちかもしれません。

そして、“子どもたちのため”この1点で、私は何でも強く言えます。大企業の社長や会長にもみなさん、お子さんやお孫さんがいらっしゃいます。彼らに対しておかしいなと感じたら、「今のままでよろしいんですか」ということも言えます。大勢の社員を抱えていたら、妥協してしまったりして、意見が言えないかもしれませんが、誤魔化したら必ず最後にどこかで露呈します。発展するには、正しくある、それしかないんです。

プラトンは真善美といいました。利の価値は非常に大事であるけれども、これが善なる働きをしなければ大変だとも言っています。未来の子どもたちを想うと、いま、生命哲学が問われていると思っています。そういうことを考えて、美・利・善の価値創造をテーマにマトリックスを作っているところなんです。まだまだ書き足らないことがたくさんあって未完ですが、そういったものが新しい人間の文化・経済になるのではないかと思っています。

以上

 

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