2018年2月アーカイブ

  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第31回目です。
  • 第31回目は、イシハラクリニック 院長 石原結實先生です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第31回)■ ■ ■ 
イシハラクリニック
院長 石原結實先生 
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[イシハラクリニック  院長 石原結實先生 プロフィール]

1948年長崎市生まれ。長崎大学医学部(卒)及び同大学院博士課程(修了)。医学博士。長寿地域として有名なコーカサス地方(ジョージア共和国)やスイスのB・ベンナー病院などで最前線の自然療法を研究。現在イシハラクリニック院長のほか、伊豆にニンジンジュース断食・玄米食・温泉等で健康を増進する保養所(サナトリウム)「ヒポクラティック・サナトリウム」を1985年に開設、運営する。

著書は1979年の『病気はかならず治る』(善本社)の処女出版以来300冊。ベストセラーになった『生姜力に』『体を温めると病気は必ず治る』『医者いらずの食べ物事典』他、10万冊以上のベストセラーが11冊。米国、ロシア、ドイツ、フランス、中国、韓国、台湾、タイ、インドネシアなどで計100冊以上が翻訳出版されている。 自身の提唱する超小食生活(朝は人参ジュース、昼は生姜紅茶、夜は和食)を続けながら、年間365日休みなく診察・講演・執筆・メディア対応を行う。その合間に週5日、1日に約10kmのジョギング、週2回のウェイトトレーニングを習慣とし、「運動」「少食」を鍵に、69歳で病気知らずの健康体を保っている。

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • イシハラクリニック 副院長 石原新菜先生
  • 株式会社ことば未来研究所 代表取締役 鮒谷周史 様 
  • 高井伸夫

新菜先生石原先生写真

写真は石原新菜先生(左)、石原結實先生(中央)、高井(右)撮影日:12月15日

(取材日:1回目 2017年11月10日(金)於;銀座びいどろ、
2回目 2017年12月15日(金)於;鮨武蔵)


高井

「ニンジンジュース健康法」は先生の代名詞にもなっていますが、先生が食生活で心掛けていることは何ですか?

 

石原先生

食べる“量”を心掛けています。私の食生活は実はこの20年間変わっておりません。朝はニンジンジュース、昼は生姜紅茶、夜だけ好きなものを食べる。1日1食です。質もさることながら、少々悪食しても、量が少量なら健康で生きられると考えています。1日1食、これが健康食です。

 

高井

私なんか失格ですね。3食しっかり食べていますから・・・。1日1食の提唱者はいますか。

 

石原先生

秋田藩の藩医の息子で明治5年生れの二木謙三という人がいたんです。この人は体が弱くて3年遅れて小学校に入学していますが、玄米食をはじめたら元気になった。小学校を3年遅れて卒業して、秋田の旧制秋田一中、一高、東大医学部を卒業して東大内科の教授、駒込病院勤務を歴任して、二木基金という基金を設立し、文化勲章を受章しているんです。玄米食の先生で、すでに亡くなられていますが、「生命なき食物は生命の糧にならず」という名言を残しています。玄米を撒くと芽が出るけれども、白米を撒くと、腐る。卵も有精卵なら命がでるが、無精卵はあたためると腐る。なんでも命のあるものを食べなさいと。体が弱かった二木先生は、昭和41年4月に94歳で亡くなるんです。先生の死後、今の東大の医科学研究所の前身の伝染病研究所で、弟子たちが、涙を流しながら解剖したらどこにも病変がなかったそうですよ。一日一食、玄米に味噌汁に煮物、日本酒が好きで一日2合、それで94歳まで生きたんです。

 

高井

先生の著書「体を温めると病気は必ず治る」を拝読しました。先生が、現代人の体の冷えに着目するようになったいきさつを教えてください。

 

石原先生

内科として診療をしていますが、子どもが診察に来ることもあるんです。子どもの体温というのは、本来大人の体温に比べて、0.5~1度高いんです。それが、体温が36度しかないような子どもがいる。低いんですよ。おかしいなと思って気になりましたので、それから、大人でも、発熱患者以外も体温を測るようになったんです。そうしたら、みんな思いのほか体温が低いんです。それで体温に注目しました。 

病気をすると、熱が出て体温が上がり、体温が上がると免疫力が上がるんです。逆に体温が下がると免疫力が下がるんです。それで、体を温めるといいんじゃないかと思いました。そのころ漢方を勉強していたら、漢方というのは、だいたい体を温める漢方薬が多いということを知りました。葛根湯も体を温める。葛根湯は、風邪、肩こり、頭痛、乳腺炎、咳・中耳炎などなんでも効きますが、いずれも温めるから効くんです。だから、温めると免疫力が上がるという結論になりました。体温とナチュラルキラー(NK)細胞(注1)や免疫細胞(注2)の研究、ヒートショックプロテイン(注3)の研究を長年続けている伊藤要子先生とも対談をしたことがあります。動物は病気をすると、食べないか、熱を出すかどちらかです。神様が私達に与えてくれている病気治癒力というのは、食べない、熱を出す、これしかないんです。

 

  • 注1:ナチュラルキラー(NK)細胞とは、文字どおり生まれつきの殺し屋で全身をパトロールしながら、がん細胞やウイルス感染細胞などを見つけ次第攻撃するリンパ球
  • 注2:免疫細胞とは、抗原を認識し、特異的に反応する能力をもち、免疫に関与する細胞の総称
  • 注3:ヒートショックプロテインとは、熱ショックタンパク質のこと。傷ついたタンパク質を修復し、元気な細胞に戻す作用を持つ

 

高井

動物に備わった自然治癒力は、「食べない」と「熱を出す」の2つなんですね。

 

石原先生

キーワードは、空腹と発熱です。

2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士のオートファジーという理論は、おなかがすいたときに、細胞の中の有害物、老廃物、ウイルスを、その細胞自身で消化してしまうという理論です。2000年には、アメリカのマサチューセッツ工科大のレオナルド・ガランテ教授が、空腹になると長寿遺伝子のサーチュイン遺伝子が活性化するという論文を発表しています。そのほかにも、エール大学の教授が、空腹になると胃からグレリン(ホルモン)が出て、これが脳の働きをよくするという論文を発表するなど、色々なことが分かってきました。

空腹時には、正常細胞が病気の細胞を食べて、病気がよくなる。いくら医学が発達しても、そこをないがしろにしては、今の医学では慢性病は治せないと考えています。糖尿病や高血圧の患者が同じ薬を10年も20年も服用していても、治療と言わない。“治”、治すというのは「直す」ですから、もとに戻るということでしょう。ある一定期間薬を飲んだら、もう飲まなくていいようにする、これが医療であり治療ではないでしょうか。

 

高井

先生は自由診療をしておられますが、保険適用範囲内では、先生の推進する医療の実現は難しいのでしょうか。その理由も教えてください。

 

石原先生

実は保険診療を2年間くらいやった時期もあるんです。私は漢方を処方するのですが、保険診療をしていた当時、漢方を3種類以上処方して東京都から行政指導を受けたことがありました。西洋医学も医療費が高額ですが、漢方もかなり高額で、3種類も出すのはよろしくない、という指摘を受けたんです。それで、保険診療では自由な診察ができない、と感じて保険診療を辞めました。平成4年の1月から自由診療です。私は漢方だけで勝負しています。自由診療ですから、効かなかったら患者さんは来ません。

今日本は、医療費に1年間で42兆4千億円使っているんです。この医療費は1年で1兆円ずつ上がっています。約40年前、僕らが医者になった頃、癌死者数は年間約13万人、医者の数も全国で12~13万人でした。今は医者は31~32万人います。この40年間で癌に対する治療法はどんどん進化しました。医者も増えて、医療もよくなっているにも拘わらず、去年の癌死者数は38万人、つまり、癌で死ぬ人が減らないんです。おかしいと思いませんか。それをおかしいと思わないのがいけない。ちなみに日本は、昭和35年から9月は癌征圧月間といって癌のキャンペーンをやっています。もう、57年間やっています。医者の数が増えても医療が進歩しても、何にも役に立っていない。今までのやり方は間違っていたんだと、ここで方向転換をしないといけないと強く思います。今は、ジェネリック医薬品を使わせたり、3週間以上入院するなと言ったり、色々と対策しています。それももちろん大事ですが、それは枝葉のことで、抜本的に、病気をしないような医療に変えないと、日本は医療費で破綻するでしょう。

 

高井

いずれ日本は医療費で破綻しかねない。では、年間42兆円の医療費を減らす解決策はありますか。病気をしないような医学に変えるとはどういうことですか。

 

石原先生

栄養学者や医学者は、3食きちんと食べましょうと言います。そうやって指導した結果が今の状態、医療費が年間42兆円に膨れ上がり、病気も全然減っていない。今の病気は高コレステロール・高血糖・高体重・高血圧、全部「高」がつきます。この指導が誤っていたと悟らなければなりません。 

医療費の削減は、簡単にできると考えています。まずは底辺のレベルで例を挙げれば、今の医療は若い人も年をとった人も同じ基準で考えていますが、これを変える。例えばコレステロールの正常範囲については数値がいくつまでとか、中性脂肪はいくつまでとか基準があるわけです。年を取ると誰だって皺はできるし、歯も抜けるし、誰でもどこかに異常が出てくるんです。血圧に関して言えば、2000年までは160以上95以上を高血圧といっていたのに、2000年から突然140以上90以上が高血圧と言われるようになったんです。基準が変わって、今までなんともなかったような人にも薬を出すようになったんですよ。もちろん血圧が高ければ動脈硬化のリスクがありますから、血を回すため薬が必要です。ですが、正常範囲を年齢とともに緩くするだけでも薬はかなり減ると考えています。

また、生活習慣病という言葉を作られたのは7月(注:2017年)に亡くなられた日野原 重明先生ですが、自分自身の生活習慣で糖尿病・高血圧・痛風になるならば、生活習慣病になった人は、保険の3割負担のところを5割にするとか7割にする。そういった対応も可能だと考えます。

 

新菜先生

国民皆保険というのは素晴らしい制度ですが、健康意識を下げているかもしれませんね。アメリカみたいにとまでは言いませんが、自分の病気をカバーするためには1か月20万~30万円のお金がかかるんだということ、それが分かれば、食事を気にしたり、運動したり、気を付けますよね。

 

石原先生

アメリカでは救急車を呼ぶと1回200ドル、約25万円かかるそうです。アメリカは自分の健康は自分で守りなさいという姿勢です。

では遺伝で病気になる人はどうしたらいいのか。私の考えでは、遺伝で病気になるというのも、それが発現するかどうかは、生活習慣だと考えています。例えば、人間の遺伝子の種類は20万ありますが、癌の遺伝子は約100種類あるんです。誰でも癌になる、誰でも糖尿病になる可能性があります。いい加減な生活習慣では糖尿病になる。それで腎不全になる。透析を受けている人は約30万人いて、医療費が1年でおよそ1兆5千万円かかっています。極端な話をすれば、生活習慣病というのであれば、生活習慣を見直す、自身の生活が悪い結果ならば、保険は使わない、もしくは自己負担割合を上げる、それくらいしないと、医療費の削減にはつながらないと考えています。

私の本で「食べない健康法」という本がありますが、20万部くらい売れました。皆さん、潜在的意識で、食べ過ぎだっていう認識があるんだと思いますよ。 

ちなみに、私はこの45年間一回も病気をしたことがありませんが、これでも、小さい時は虚弱体質だったんです。今は風邪を引きかけたら葛根湯を飲みますが、西洋医学の薬は飲みません。病院なんか45年間一度もかかっていません。私は今年70歳になりますが、私みたいな高齢者が増えれば、医療費は半分以下になるでしょう。極端なことを言っているようですが、ガリレオにしても、ニュートンにしても、異端者が時代を作ってきているんです。オーソドックスなことを言っていても発展はしません。今までの考え方、方法ではだめだっていうことを悟らないと、この国は医療費で破綻してしまうでしょう。

 

高井

今までの医療のままでは日本が破綻するとは穏やかではありませんね。先生のような健康な人が増えれば医療費はかからなくなる、どの時代も異端者は時代の開拓者でもありますよね。本日はありがとうございました。

以上

 

 

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20180223IMG_3890.JPG

2018年12月30日(土)7:28 芝公園にて山茶花を撮影
花言葉:「困難に打ち克つ、ひたむきさ」

 

 

第2回 対談

 

 

皆様こんにちは。

2度目の登場、株式会社新規開拓の朝倉千恵子です。

 

前回のブログでご紹介させていただいた、

あの衝撃的なコメントをいただいてから2年…

 

(※参考:前回ブログ

http://www.law-pro.jp/weblog/2018/01/post-323.html

 

2007年8月、雑誌「ザッツ営業」で高井先生と対談をさせていただく機会がありました。

 

高井先生は既にそのときで27冊の著書を出されていました。

弁護士さんの書く本というのは、難しいイメージがありましたが、

高井先生の本はどれを読んでもわかりやすく、私も興味を惹かれる内容ばかり。

 

「本に書いてあることを、直接ライブで伺える!」

 

高井先生から沢山勉強させていただきたい、色んなお話しをお聴きしたいと、

この日を心待ちにして対談に臨みました。

 

(とはいえ、また厳しいお言葉が飛んでくるかなぁ。

今回は、どんなことを言われるかなぁ。と緊張していたのも事実ですが、、、)

 

今日はその対談の日ことを振り返って、

皆さまにお伝えさせていただきたいと思います。

 

高井先生はとても質問上手です。

 

「まさかそんなことを!」と予想もしていなかった質問が飛んできたり、

雑談かのようにサラッと聞かれることが、実は本質を突く重要な情報を得るものだったり、気づいたときには、今の現状のありのままを引き出されてしまっている、

なんていうことも少なくありません。

高井先生の質問には、こちらも一生懸命お話させていただきたい、

という気持ちにさせる不思議な力があるのです。

 

その理由は

真剣な顔と温かみを感じさせる笑顔の使い方が非常にお上手なのです。

 

優しい笑顔・しかしながら眼鏡の内側に時折見せられる鋭い目線…

 

このメリハリがとっても大事であることを

私自身も営業の世界を通して学ばせて頂きました。

 

まさにそれを実践してらっしゃる。

だからこそ、本当の意味で深い話ができるのだと思います。

 

その日、直接対談を取材してくださった方々も、とっても緊張されていたことを

今も鮮明に覚えています。

 

実はこのときの対談で、

印象に残った言葉をメモに書き留めていました。

 

何しろ共感・共鳴出来る事は一杯あります。

その中の一部をご紹介させていただきます。

 

「感動は気配り・・・」

「自分の会社の営業だけをしていては駄目・・・」

「利己・自分だけを考える営業では駄目・・・」

 

「無用の用・・・が重要」

~自分にとっては意味がないが、相手の為になる事をする~

 

「人格を磨く事。多芸 多趣味・・・」

「社会貢献を考える。文化的事業へのかかわりを持つ・・・」

「単線営業ではなく、複線営業をしかけていかなくてはならない・・・」

 

「クロージングの持つ意味」

~決断力、ここでふられても、しかたがない・・・という覚悟。

「勇気があるかないかが、営業マンの決め手!」

ここで言わなくてはならない事を勇気を持って伝える。

「折衝力・営業力がもっとも求められる」

「IT時代は、デジタル能力が大事だった。

これからはアナログ能力・営業力が求められる」

 

「アナログ能力を磨く」

~デジタルに偏ってはいけない。

 

「アナログ営業・・・合意点をみつける努力」

~1点の合意点をみつける、 そしてそれを拡大する。

小さな合意点をみつけてそれを拡大していく営業

 

などなど。

生意気ながら、高井先生のお言葉に私も全く同感でした。

 

今回、当時の高井先生のお話を振り返ってみて、

改めてこの2つのキーワードがとても大切だと感じました。

それは「クロージング」と「アナログ能力」。

 

まず、「クロージング」について。

クロージングが出来ない営業は売れません。

「買って下さい!」を言って初めてお客様から断りの言葉が出てきます。

相手の本音が口からこぼれるのです。

 

お客様から断られたら、

そのまま落ち込んで引き下がってしまう営業マンは少なくありません。

しかし、営業の仕事の真骨頂は、クロージングの先、お客様に断られてからがスタートだと言っても過言ではありません。

 

断り文句・反論は買い信号・・・

お客様の反論に恐れる必要は全くありません。

そこからいかに相手を怒らせず、切り返していくのかが営業の技術。

 

実はこの技術は営業職にだけ通用するものではありません。

自分も傷つかず、相手も怒らせない・・・

そんなコミュニケーションスキルをマスターすることで、

敵を作りにくくなり、対人関係が非常に良好になります。

 

私は営業という仕事を通して、

人間関係を良好に維持継続する秘訣を学びました。

結果として、物凄く貴重な出会いをたくさん得ることができました。

 

人生そのものが、

「自分を売る!」という点では営業だと言えますね。

 

そしてもう1つのキーワード

「アナログ能力」について。

 

高井先生の教えというのは、今も昔もとてもアナログ的な要素が強いと思います。

 

この対談は今から11年前。

IT時代は、デジタル能力が大事だった。これからはアナログ能力・営業力が求められる―

 

2018年になった今、AIとの共存時代がやってくるとしきりに言われています。

 

11年前に高井先生がおっしゃっていたことが、

今の時代だからこそ、大いに共感できます。

 

「人」を大事に、「心」を大事に、「出逢い」を大事に。

この部分だけはAIが担うことができない(と、私は思っています)。

 

高井先生はずっと、不変的なことを教えてくださっています。

時代がどんなに変化しようとも変えてはならない大切な事がありますね。

 

株式会社新規開拓
代表取締役社長 朝倉千恵子

 

次回に続く…

 

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<イッピン> たてしなップル

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<イッピン> たてしなップル

 

 

20180215DSC00183.JPG

 

 

昨年12月9日、NPO法人信州まちづくり研究会 副理事長の安江高亮氏に案内していただき、長野県北佐久郡立科町を訪れた。

 

そこで、カフェandワイナリー「たてしなップル」に伺ったところ、人生で初めてシードル(りんご酒)をいただき、その味に大変感動したので、本ブログで皆様にもご紹介したいと思う。

 

立科町は、日本百名山のひとつ蓼科山の麓に位置し、白樺湖、女神湖という二つの湖を要する標高700mの丘陵地である。年間の平均気温は10.0度と冷涼で、1日の温度差や1年の温度差が大きく、また、全国屈指の寡雨の町でもあるため、りんごの栽培に非常に適した土地といえる。

 

シードルには辛口と甘口があるということで、小生は辛口をいただいた。

製造に当たっては、完熟りんごの中から特に高糖度のものを選ぶなど品質にこだわっているというだけあり、口に含むとりんごの芳醇な香りにまず圧倒された。その中にピリリとした辛さが際立つが、それだけに料理にはぴったり合うだろう。全国的に名品として高い評価を受けているというのも頷ける。

 

ワイナリー「たてしなップル」の方々は、りんご産業を地場産業とするために、質の高い加工品を製造販売することを決意し、商品開発に果敢に取り組まれているという。

シードル以外にも、すりおろしりんごジュース、ワイン、ブランデー、栄養ドリンク「林檎美人」など、りんごという一つの素材から多彩な商品を生産している様子からもその高い意欲が窺える。

 

立科の豊かな自然と生産者の方々の果敢な挑戦心が生んだシードル「たてしなップル」、これぞイッピンである。

 

 

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  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第30回目です。
  • 第30回目は、フランス料理菓子研究家・大森由紀子様です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第30回)■ ■ ■ 
フランス料理菓子研究家
大森 由紀子様 
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[フランス料理菓子研究家大森由紀子様プロフィール]

フランス菓子・料理研究家。フランス料理・菓子教室エートル・パティス・キュイジーヌ主宰。http://www.yukiko-omori-etre.com
学習院大学フランス文学科卒。
パリ国立銀行東京支店勤務後、パリの料理学校で料理とお菓子を学ぶ。
フランスの伝統菓子、地方菓子など、ストーリーのあるお菓子や、 田舎や日常でつくられるダシをとらないフランスのお惣菜を雑誌、本、テレビ などを通して紹介している。

大森由紀子様

  • 「わたしのフランス地方菓子」(柴田書店)
  • 「フランス地方のおそうざい」(柴田書店)
  • 「パリスイーツ」(料理王国社)「物語のあるお菓子」(NHK出版)
  • 「ママンの味、マミーのおやつ」(文藝春秋)
  • 「フランス菓子図鑑」(世界文化社)
  • 「ベーシック・フレンチ」(世界文化社)など著書30冊以上。

フランスの伝統&地方菓子を伝える「ル・クラブ・ド・ラ・ガレット・デ・ロワ」 の理事、スイーツ甲子園審査員&コーディネーターを務める。 毎年夏、フランスの地方へのツアーも企画。 フランスのガストロノミー文化を日本につたえる架け橋になりたいといつも思い ながら、点が線になる仕事をめざしている。
2016年、フランス共和国より農事功労賞シュバリエ勲章授与。

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • 高井伸夫 

取材日 2017年12月6日(水) 於:レストランラッセ

 


高井

大森様は、フランス料理・菓子教室「エートル・パティス・キュイジーヌ」を主宰され、執筆や、フランスの食文化を紹介するツアーを企画するほか、昨年「農事功労賞シュバリエ勲章」を受章されるなど、幅広く活躍しておられますが、大森様の最近の活動について教えてください。

 

大森様

主軸となる活動は、週末に開催しております、フランス菓子、フランス地方菓子、フランス地方料理、フランス家庭お惣菜教室です。その他、元生徒、現生徒を対象にした「エテルネル会」というものを設立し、その生徒たちを対象にしたイベント(著名シェフや著名人を教室にお呼びし、料理、菓子デモンストレーションやトークを行っていただく企画)などをしております。最近は、楠田枝里子さんや元レカンの高良シェフなどにいらしていただきました。

その他、企業のアドバイザー、雑誌執筆、本出版、フランス伝統菓子を守る会「クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ」の理事、高校生のスイーツコンクール「貝印スイーツ甲子園」の総合アドバイザー、お菓子のコンクールの審査員などをしています。

 

高井

今年(注:2017年)は、フランスにはどのくらい行かれたんですか。

 

大森様

直近では10月にサロン・ド・ショコラへ行きました。今年(注:2017年)は、1月と3月にも行っています。(2017年)1月には、リヨンで2年に1度開催されるお菓子の世界大会「クープ・デュ・モンド」と「ボキューズ・ドール」という料理大会の取材をしました。この大会は、リヨンで開催される、国際外食産業見本市(SIRHA)会場の一角で開催されるんです。「クープ・デュ・モンド」では、各国の代表者3名が1チームを組んで、チョコレートの装飾のピエス、氷の彫刻、アントルメント(飴)、それぞれを担当して競技するんですよ。

 

高井

日本も出場しているんですか。

 

大森様

日本は常連です。直近では、「ボキューズ・ドール」の2013年コンクールで、星のやの浜田統之(はまだのりゆき)シェフが3位に入賞しています。この大会では、24か国24人の審査員が審査をしますが、この時は審査の順番が24番目ということが事前にわかっていました。最後だったんです。最後ですから、審査員の舌が麻痺しているだろうからどうしたものか、ということで、事前に星野リゾートさんから相談を受けました。出品予定のお菓子は、審査が最後だからということで、色々と際立たせようとしてスパイスが効いたり、趣向を凝らしすぎていたんです。それを、シェフらと一緒に試行錯誤して1か月で立て直したんです。本番はお料理だけでなくて、プレゼンテーションも素晴らしかったです。燕三条のナイフとフォークを審査員全員に一人ずつ配って、お料理もお弁当箱で出して、お弁当箱を開けると煙みたいなものがうぁーと出てくるという演出でした。それでも3位でした。

 

高井

コンクールというよりも、まるでショーのようですね。

 

大森様

各国が色んな工夫をしているので、ショーとしての魅力もあり、すごく面白いですよ。まだまだ知名度が低いせいか、あまり報道されませんが、業界全体で盛り上げたいと思っています。この大会は地区予選があって、シンガポールや中国なども出ているアジア予選もとても面白いです。

 

高井

来年(注:2018年)はいつ行くのですか。

 

大森様

来年(注:2018年)の3月末から、パリのホテル リッツ内にある、リッツエスコフィエ料理学校でお菓子を学ぶツアーを企画しています。

 

高井

何人くらいのツアーですか。

 

大森様

だいたい10名程度です。厨房に入れる数に限りがありますのでそのくらいがちょうどいいんです。

 

高井

大森様はフランス地方を旅するツアーも企画しておられますが、食文化を肌で感じてもらうために、ツアーで大切にしていることは何ですか。

 

大森様

なるべく本物に出合うということでしょうか。現地の人、現地の食文化、現地の言葉。そのために農家を訪ねたり、ワイン醸造家やチーズ工房にもお邪魔します。また、厨房でのデモンストレーションも依頼し、本場の素材、作り方を実際に目にしてもらいます。そして、そんな食文化を育んできた、土地の歴史や背景を知ってもらうために、もちろん、歴史的建造物や遺跡を訪ねることも欠かせません。

 

高井

お菓子のルーツをめぐる旅、フランス以外で大森様が行ってみたいところはありますか。

 

大森様

世界は行ったことがないところの方がもちろん多くて、まだ行ったことがなくて行ってみたいのはトルコですね。ヨーロッパでお菓子の原料を辿るとトルコに行きつくものが結構多いんです。この間、ウィーンに行ってきたんですが、アップルシュトルーデルというお菓子があって、これは薄い生地でできていますが、トルコから来ているんです。トルコ軍が攻めてきた時に置いていったそうです。トルコ料理は世界三大料理の一つでもありますから、トルコはぜひ行ってみたいですね。

 

高井

大森様はフランスに留学されていますが、最初にお菓子の修行をされたのはどちらですか。

 

大森様

フランスのといル・コルドン・ブルーという料理学校です。そこに通いながら、パリの美味しいお菓子を食べ歩きました。このお店は美味しいとか、ここは面白いとか感じたら何度もお店に通ってシェフに「働かせてほしい」と直談判したんです。そうやって働かせてもらって、経験を積みました。

過去に働いていたお店が今になって3つ星レストランになってたりしているんですよ。“アルページュ”なんかもそうです。ピエール・エルメさんは、当時すでにフランス一の舌を持つと言われていましたが彼のもとでも働いたこともありますし、そのほかにも、10年ほど前に日本にも出店されたジャン・ポール・エヴァンさんも、当時から30年来のお付き合いをさせていただいております。

 

高井

すごいですよね。大森様が当時関わってた方がみんなメジャーになっている。先見の明があるんですね。

 

大森様

当時から、彼らが作った料理はとっても美味しくて、また他の人とは一味も二味も違いました。斬新さ、今までにない新しさ、味も見た目も、それからも食感も違ったんです。この人は!と思ったシェフはみんな普通じゃない。言動、行動もどこか飛んでいるといいますか、こんなのありえない、という天才肌の方たちでした。例えば、ピエール・エルメさんは、今では50歳を過ぎて、柔らかい物腰しで、始終にこやかにしていますけれど、20代でパリの「フォション」のシェフを任されていた時などは、笑ったところを見たことはありませんね。仕事に対しては、完璧主義者で、作ったものが規格に合わないとどんどん捨てられちゃうんですよ。私も、「これ誰がつくったの」と聞かれ「はい」と答えたら、目の前でシュッと捨てられちゃうということを経験しました。

 

高井

当時は、エルメ氏もまだ若いですよね。若くても人がついてきていたんですね。

 

大森様

そうですね。エルメさんも当時はまだ若干26歳とか、そのくらいでしょうね。フランスでは中学卒業のころから将来のことを考え始めますし、16歳くらいから修行を始めます。26歳でも、すでに自分の立場に責任を持ち、さらに「フォション」というお店に対しても、忠実にそのブランドを守るという意識がありましたので、私たちも絶対に逆らえない雰囲気がありましたね。

 

高井

今でいうカリスマ性をもっていたんでしょうね。ところで、フランスでは今どのようなお菓子が人気なのでしょうか。日本でもヒットしそうなお菓子はありますか。フランス菓子にトレンドはありますか。

 

大森様

フランスのお菓子の流れは、パリから始まりますが、パリではフランス菓子も行きつくところまで行きついて、今は単一商品ばかり売る店が増えています。エクレアならエクレアだけ。マドレーヌならマドレーヌだけ。そういうお店は“パティスリー”(小麦粉でつくる菓子を販売する店)と言えず、“mono-produitモノ・プロデュイ屋”(アイテムのみ扱う店)というそうです。ビジネス優先ですね。生き残るかどうかは時間の問題だと感じます。唯一生き残りそうなのは、メレンゲ菓子専門店です。フランス人は、メレンゲが大好きのようですから。あとは、キュービックを真似たお菓子ですとか、ちょっとオブジェ化したスタイルのインスタ映えするお菓子を若手が作っています。

 

高井

パリに美味しいものが集まっているように思いますが、フランスの食文化の魅力は何ですか。

 

大森様

パリのお料理も素晴らしいですが、結局は地方の集大成です。日本でもそうですよね。様々な郷土料理がある。私の主人は愛媛なんですが、お正月の御雑煮のお餅が丸かったんです。私は東京の出身で、お餅に丸いお餅があることを知らなかったんです。地方によっては、お餅にアンコが入っている。お雑煮一つとっても地方によって違いますが、フランスでも同じです。パリの人は意外と地方を知らない人もいました。当時、私が「アルザス(注)に行った」なんて言うと、「ブレッツェルの作り方はどんなだった?」なんて聞かれたんです。そうそう、でも、ピエール・エルメさんは知っていたんです。彼はものすごい勉強家なんです。私がさりげなく「ラモット・ブーヴロン(注2)に行ったんだよ」なんていう話をすると、「じゃあタルトタタンは食べた?」ってすぐに反応するんですよ。

  • 注:アルザス フランスの北東部、スイスとドイツの国境沿いに位置する
  • 注2:ラモット・ブーヴロン パリ南方のソローニュ地方にある町

パリに美味しいお料理が集まっていますが、それぞれのお菓子に地方の文化や背景があります。歴史をさかのぼると、中世の十字軍の動き以降、素材がフランスに集まるようになりました。お菓子の原料を遡ると本当に各地から集まっていて、さきほどのアップルシュトルーデルのように、トルコにまで行きつくものもあります。そういった各地から集まった素材を、フランス人は独自の食文化に昇華させています。その素材をさらに極みにもっていこうとする食いしん坊魂といいますか、それをアートに発展させたパッション。そこに各地方で脈々と伝わる郷土料理、菓子が交差し、多様な食文化を生み出しているため、フランスの食文化は研究してもしつくせない魅力があります。

以上

 

 

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