2017年12月アーカイブ

201712292DSC00171.JPG

2018年12月2日(土)9:26 西新井大師にて紅葉を撮影

 

 

第12回 人事の役割

 

株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門
青木 昌一

 

1.経営の中での人事の位置づけ

私は今年の12月で人事コンサルタントになって18年になります。

その18年の間で「人事部」、「総務部」、「人材開発部」、「労務部」等々。名称は違っていても「人事部」の存在していない会社にお目にかかったことはありません。

業種や規模を問わずどんな会社にも人事部は存在しています。

このことは人事という機能が企業にとって必要で欠くことのできない重要な機能だということを表しています。

一方で「人事部」の機能には性質の異なるさまざまな機能が集約されています。

例えば、各組織と調整しながら人員の配置を決める機能。

給料を計算して社員に支払う機能。そもそもそのためには給与を決定する評価の仕組みを作らなければなりません。もちろんそれも人事の機能です。

また、人的な問題が発生したときにその解決にあたる機能。

社員の福利厚生を考え、実施する機能。

そして社員を採用し、戦力として高い能力を着けさせるために教育を行う機能などなど。

これらの目的は個々にはいろいろとありますが、究極的には世の中のコンペティターとの競争に勝ち、会社が未来永劫継続するために必要な機能だと言えます。

ゴーイングコンサーンと言われますが、企業の寿命が30年と言われる中で、経営としては何としても生き残っていくための取り組みが必須です。

したがって、どの会社においても人事部というのは経営に極めて近い組織だと言っても過言ではありません。人事部に所属する人たちには単に給与の専門家だとか社員のことをよく知っているということだけではなく、自社がどのようなリソースを持ち、それをどう活用して商売をしているのかを熟知し、同時に同業他社のみならず世の中の様々な企業の動向、世の中の状況を吸収するアンテナを備えていることが求められます。そのうえで、それらの知識や情報を駆使して難しい判断を下すことが求められる場面も多いといえます。

 

2.生産性の向上

昨今、働き方改革が各企業において大きなテーマとして取り組みが行われています。政府の「働き方改革実現会議」では19の対応策が提示されましたが、それら対応策の多くに共通する課題が「生産性の向上」です。

最近ICT(Information and Communication Technology/情報通信技術)やAI(Artificial Intelligence/人工知能)、RPA(Robotic Process Automation/ロボットによる自動化)などこれまであまり聞きなれなかった言葉をしばしば耳にするようになりました。

これらはすべて生産性の向上のために最近研究が進み、さまざまな企業で導入が進んでいるシステムの話です。少子高齢化の問題が取りざたされて久しいですが、これから各企業は本格的に労働人口減少の問題に直面することになります。これまで10人でやっていた仕事を3人でこなさなければならなくなる。そのためには今までと同じやり方では到底やり切れません。

このような状況に対処するために生産性向上に向けての取り組みをしなければならなくなっています。この問題は当然人事部も無縁では済まされません。まず、優秀な人材を採用をしなければなりません。その優秀な人材をさらに磨くために教育していかなければなりません。これは何も研修を施すだけでなく、スキル向上に役立つ仕事に配置することも重要です。その配置は生産性向上をしていくためにこれまでとは全く異なる論理で行う必要に駆られることが予想されます。

人事部ではこのようなシステムの配置と人の配置に関して経営企画や情報システムの担当者そして勿論様々な部署の人とすり合わせを行って決めていく必要がありますし、これらのシステムを使いこなす人材の採用・育成を進めていく必要が出てくるでしょう。

人事部の仕事も劇的に変化する可能性があります。先日も新卒採用においてAIを活用した書類選考を行う企業がニュースで紹介されていました。さらに在宅勤務やそのための就業管理もこれまでとは変わり始めています。これらに対応するために人事部がルール作りをする必要もあります。

生産性の向上は経営としても喫緊の重要課題になっています。企業においてその根幹を担う組織のひとつが人事部であることは間違いありません。

人事部はそういう意味でも企業の中でも極めて経営に近い組織だと言えます。

 

3.終わりに

高井先生はご案内の通り、人事・労務分野の弁護士として活躍されていらっしゃいます。その先生に若い頃にご縁をいただき、今日に至っている私はとても幸せな人間だと思っています。

私は日本総合研究所のコンサルタントとして、主にクライアントの人事制度の設計を中心とする人事施策策定のお手伝いをさせていただいていますが、自分自身が人事コンサルタントとしてさほど秀でているとは思えません。それでも多くのクライアントさんから声をかけていただけるのは企業の人事部や経営が抱える多くの課題を高井先生を通じて学ばせていただいたからに他なりません。さらに様々な企業の経営者の方々や今回述べてきたような経営に極めて近い組織である人事部の方々との取り組みが、コンサルタントにしては現場が分かると認識をいただきクライアントの方々から信用いただけるという循環ができているのだろうと考えています。

 

ここまで一年間連載させていただいたブログも本稿が最終回になります。

この連載のお話をいただいたときに高井先生から「最後はどう締めるのかね?」と尋ねられ、「特に考えていないので、成り行きに任せます。」とお話ししたことを覚えています。

結局、当時お話ししたままの成り行き任せで最終回を迎えることになりました。

これも私らしいかなと思います。

ここまでこのブログにお付き合いいただいた読者の方々と、今回の機会を与えてくださった高井先生に感謝をして筆を置きたいと思います。

ありがとうございました。

 

以上

 

この記事にコメントをする

2017年12月1日尾鷲訪問

| コメント(0)

◆尾鷲訪問記
伊藤 綾 様(小畑孝廣音楽事務所・ジャズボーカリスト)

2017年12月1日、天気は晴れ。ぽかぽか陽気の中、高井先生の速水林業様の視察に同行させていただきました。速水林業様は、2000年2月、日本で初めてFSC(森林管理協議会)の認証を国内で初めて取得されたそうです。

名古屋10:01発  12:19 紀伊長島着、特急ワイドビュー南紀3号で高井先生、そして高井先生のパーソナルトレーナーでもあり、株式会社ストレッチ屋さん代表取締役、川合利幸様と合流。

「電車に乗る前に、お弁当を4つ買ってきてください。できれば、それぞれ種類の違うものをお願いします。」

 高井先生からのミッション。なかなか地元名古屋で駅弁を買う事はないので、名古屋名物が入ったお弁当には、どんなものがあるのか調査開始。

味噌カツ、天むす、ひつまぶしは想定内でしたが、あんかけパスタは想定外。バラエティーに富んでいるお弁当を買っていざ、電車へ。

名古屋から約2時間20分。初めて乗ったワイドビュー南紀3号。のどかな風景の中、がたんごとんと、走ります。席を立つと、ふらつくほど揺れがはげしかったです。 

それまで住宅街を走っていた電車が、田んぼや畑など自然の多い景色になってきて。気が付けば山の中。20分ほどした頃、紀伊長島駅に到着。 

速水社長が迎えに来てくださり、三重県紀北牟婁郡紀北町にある事務所へ。一歩足を踏み入れた瞬間、ヒノキのいい香りが漂います。 

ひのきの香りのする事務所

(写真:速水林業 事務所)

林業の現状、プラス面とマイナス面、課題、今後の展望について、お話を聞かせていただきました。例えばプラス面だと若手人材が増加していること、公共建築の木造化など。 

マイナス面は、価格の下落や、森林についてしっかり教育されているヨーロッパとの違い。日本人が気にするのは産地と価格のみ。言われてみれば、今まで森林について学ぶ機会はなかった事に気づきました。 

例えば法隆寺向けの材木。人の一生の長さをはるかに超える300年後に、きっちり納めるためには、しっかりした計画や管理が大切となります。壮大なスケールのお話に、ロマンを感じました。

「少し、森の中を歩きませんか?」

銀杏の葉が辺り一面を覆い、まるで金の絨毯のような道を散策。風が吹くとざわざわと木々の揺れる音がして、はらはらと葉っぱが落ちてきます。青い空。ヒノキの緑や銀杏の黄色。自然の織りなす芸術。日常の喧騒から離れて、静けさに包まれた時、非常にゆったりとした気持ちになりました。

ぬた場

(写真:森の中で見つけたぬた場)

山の中は鹿やイノシシが出るそう。ぬた場と呼ばれる、動物たちの水浴び場の近くにはイノシシのものと思われる足跡がたくさんありました。万が一動物に遭遇した時のために、速水社長が仕込み杖を手に歩いていたのが印象的です。

鹿やイノシシが里に下りてくる。テレビのニュースで、最近よく見かけますが、森の中では動物がいるのが当たり前のこと。日常にはない危険もあるのだなと感じました。

黒鯛釣りが趣味の私。月に一度、速水林業様の近くにある海山フィッシングセンターには、よく釣りに来ています。今回同行させていただいたことで、海だけでなく、山、森林の魅力についても肌で感じる事ができました。

ご案内下さった速水社長、同行させていただいた高井先生、川合社長。貴重なお時間をありがとうございます。

尾鷲の森でフィトンチッドをたっぷり吸い込んだので、今まで以上に、いい歌が歌えそうです。

 

(以上です)

◆尾鷲訪問記
川合 利幸 様(株式会社ストレッチ屋さん 代表取締役)

 

この旅は私にとってはまさに「社会見学」でした。

普段とは全く違う環境で、自分とは全く違う業界のことを学べてとても面白かったというのが感想です。

林業のことに関して驚きの連続で「へぇー」ということばかりでした。

特に印象に残っているのは、

「日本は環境保護に関して劣っている」

「日本の林業はビジネス的に厳しい状況にある」

「林業はとてつもない長い時間軸で行う必要がある」

「サミットでの速水様のご活躍」

「速水様のご交友関係の広さ」

「動物はミネラル分のある土壌を探して遠くからやってくる」

「猪は人を襲う場合もある」

また、このような機会がありましたら是非参加させてください。

海

(写真 尾鷲の美しい海岸線)

(以上です)

◆尾鷲訪問記に寄せて 高井 伸夫

 

このたびは、三重県・尾鷲にある速水林業様にお邪魔した。

速水さんと知り合ったのは、氏のご著書『日本林業を立て直す-速水林業の挑戦』(日本経済新聞出版社・2012年)がきっかけであった。拝読して感銘を受け、お手紙を出してご縁をいただいたことに始まる。氏には、これまでも林業について様々なことを学ばせていただいたのであるが、やはり現地を拝見して、それを確かなものにしたいとの思いでお邪魔したのである。

当日はまさに快晴、森林を散策するにはもってこいの日本晴れの日であった。「森林浴」の気持ちの良さは、川合利幸君、伊藤綾さんのご報告の通りである。こんなにも気持ちを安らかに解放させ、自分のからだの「感覚」が喜んでいることを意識させてくれるとは、想像以上のことであった。「森林浴」の健康効果はすでに様々に言われているところ、今回の旅で確信を得た次第である。

もっと森が身近にあればと思う。購入できるものなのだろうかと思い立ち、氏に質問したところ、こうした森林を、例えば1ha購入することは決して雲の上の話ではないという。(30万円ほどから、日本の典型的な銘木であるヒノキが鬱蒼と茂っているところでも100万円ほどとのこと。)東京近郊でも、足利、飯能、小田原等々、森林浴が楽しめそうな森林があるとのことで、大いに関心を持った。

古来、インドには人生を4つの時期に分ける「四住期」という考え方があり、その第三番めを「林住期」と呼ぶ。孫が生まれる頃になったら、すべての財産を捨てて森林に住むのだ。森林が放つ空気の中、自然と向き合って自身を静かに見つめ直し、後半生こそ真に人間らしい生きがいを求めて生きる時期、と言うべきであろうか。

もちろん年齢にとらわれない生き方が大事であり、一律に定義すべきものではないだろう。しかし、言い得て妙、と改めて感じ入った旅でもあった。

高井

(写真 速水林業の森を歩く高井伸夫)

 

(以上です)

 

 

この記事にコメントをする
  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第27回目です。
  • 第27回目は 日比谷パーク法律事務所 代表弁護士 久保利英明先生です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第27回)■ ■ ■ 

日比谷パーク法律事務所
代表 弁護士 久保利 英明 先生 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


[日比谷パーク法律事務所代表 弁護士 久保利英明先生 プロフィール]

http://www.hibiyapark.net/lawyer/kubori.html

1944年、埼玉県生まれ。東京大学法学部卒業。ヨーロッパ・アフリカ・アジアを放浪した後、71年に弁護士登録。第二東京弁護士会会長、日弁連副会長などを歴任。現在、日本取引所グループ社外取締役。2002年から2005年まで、金融庁顧問、金融問題タスクフォースメンバー。

現在、第三者委員会報告書格付け委員会委員長、一人一票実現国民会議共同代表も務める。

著書に『破天荒弁護士クボリ伝』『想定外シナリオと危機管理』『「交渉上手」は生き上手』など全76冊。専門分野は、コーポレートガバナンス及びコンプライアンス、M&A、株主総会運営、金融商品取引法、独禁法等企業法務、知的財産権など。

久保利先生

(久保利英明先生 取材日に撮影)

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • 株式会社民事法研究会 取締役編集部長 田中敦司様 
  • 高井伸夫 

(取材日:2017年9月4日(月)14:30~於:日本工業倶楽部会館2階ラウンジ)


 

対談のテーマ
東芝、富士ゼロックスなどに見られる、日本企業の海外子会社戦略の破綻は
「経営者の経営力の劣化に起因し、専門職たる弁護士や会計士の質と量の不足による」

 

久保利先生

最近小城武彦氏の『衰退の法則』を読みましたが、倒産した企業と隆々とやってる企業はどこが違うのか、なぜ衰退するのかについて分析しています。カルロス・ゴーン氏の言葉を紹介していますが、ゴーン氏登場前の日産がなぜダメになったかという理由を「収益性を志向する、その志向性の低さ」、「ユーザーを考慮に入れない発想」、「危機感の欠如」、「セクショナリズムが強く、いわゆる縄張り意識が社内のコミュニケーションを妨げてることに認識がない」、「ビジョンがない」と総括しています。また西浦裕二氏の編著『企業再生プロフェッショナル』を挙げて、衰退する理由を、「見えっ張り症候群」と「青い鳥症候群」と「ゆでガエル症候群」と、「いつも他人のせい症候群」の4つだと言っています。これは全て東芝にも当てはまると思っています。

 

東芝のことが表沙汰になり、「これって本当に東芝だけなのか」、「もう日本の大企業がみんなこんなもんじゃないのか」と思っていたところ、この本が出版され、日本の大企業で業績が悪化する企業は、みんなこの法則に適っていると説明されていて、その通りだと思ったんです。

 

高井

先生がこの問題全体に関心を持ったきっかけは何ですか。

 

久保利先生

東芝事件は内部通報を無視したため、監視委員会に情報が入ってきたのが発端でした。その時に「やっぱり」と思いました。内部通報を無視したから外部への告発が起きるのです。

要するに今の日本企業は内部通報者を大事にしてないんですよね。内部通報を受けて経営陣が「ありがとう」と、「立派な人がうちにもいたね」と、こういう発言をしないで、「誰が言ったんだ、これは」と憤慨する。匿名の通報に対して犯人捜しに入るんです。僕はそれが日本の企業の一番のダメなところじゃないかと思っています。

内部通報に対して、内部監査部に真相をしっかりと君らが調べろと言った社長なんかいないんですよね。

 

高井

日本はいつからそういった体質になってしまったんですか。経営者の経営力の劣化を引き起こした原因は何ですか。

 

久保利先生

日本は150年前に明治になりましたが、その前の江戸時代の日本の体質は、基本は儒教、論語といっても朱子学なんです。体制護持で親分の言うことには歯向かえないという体質でした。明治になって、初めて渋沢栄一が、正しい論語をしっかり勉強して、正しい倫理・道理にかなった経営をやっていきましょうということを言い始めた。僕は渋沢資本主義と呼んでいます。この精神が日本の経済発展を支えてきたんですが、それは、太平洋戦争で壊れたというよりも昭和・平成のバブルで壊れたんです。

 

高井

経営力の劣化を引き起こしたのは、バブルが影響しているんですか。

 

久保利先生

1980年代から30年間のバブルで、どんどん拝金思想が表面に出てきました。敗戦後も「金」「金」と言う人は一部いましたが、立派な経営者もそれなりにいたと思うんですね。その人達がパージ(注1)されて、次に会社を経営したのが、いわゆる「三等重役」です。彼らは創業者のような経営力も威厳も何もない、ただ真剣に働かないと会社が潰れる、という思いでただただ真面目に働いた。戦後の日本の復興というのは、ある意味で彼らが支えてきたと思っています。

注1 パージ (purge) とは、一掃・抹消または粛清の意味

ところがバブルになった時には、指導力のある経営者はもういないので、組織が無政府状態になってしまった。時流に流されて、トップが「金を儲けろ」と言っても、「まともにやんないとダメでっせ」という番頭がいなくなっちゃったわけです。会社全体がそうなってくると、サラリーマン全体主義、それと周りの空気を読む共同体至上主義が蔓延していきます。立派なリーダーがいないわけですから、結果的にはみんな社内政治でもたれ合い、仲良し、あるいは若干の足の引っ張りぐらい。これでやってきたから自立した経営者はいなくなり、結果的には経営力が劣化したというのが僕の考えです。

 

高井

今でも社長が後継者を指名していますが、それがダメなんでしょうか。

 

久保利先生

ダメです。どんどん小粒化しています。それではダメなので、サクセッション・プラン(注2)を作ることをコーポレート・ガバナンスコード(注3)に入れたわけです。驚くことにほとんどの会社が「サクセッション・プランを作っていますか」という問いに対し、「コンプライ(やっています)」と回答しています。ところが実際にサクセッション・プランを出せといって、ちゃんと出せる会社はないんですよ。ないのにサクセッション・プランがあると言う。また嘘をついているわけです。

そういう意味で言うと、相変わらず会長だったり、相談役だったりが、次の社長はあいつが良かろうということを言って決めているんではないかと。相談役や会長が、ひいきとか好みとか、俺のことを大事にしてくれるだろうかとか、そういうことで社長を決めているから、相談役より立派な会長、会長より立派な社長、社長より立派な次の社長が出るわけがないんです。

注2 サクセッション・プラン(Succession Plan)とは、もともとは「後継者育成計画」のことで、重要なポジションの後継者を見極め、育成すること 

注3 コーポレート・ガバナンスコードとは、上場企業が守るべき行動規範を示した企業統治の指針。2015年3月に金融庁と東京証券取引所が取りまとめ6月から適用が開始された。法的な強制力はないが、「Comply or Explain(同意せよ、さもなくば説明せよ)」との原則に基づき、上場企業はコードに同意するか、しない場合はその理由を投資家に説明するよう求められるようになった

 

高井

もう一つ、弁護士や公認会計士が劣化したと言いますが、具体的にはどういうことですか。

 

久保利先生

弁護士が劣化しています。根本にあるのは“競争嫌い”です。弁護士が競争して切磋琢磨しようという発想がない。元々、司法制度改革の根本は毎年3,000人の合格者を出して、法曹人口をどんどん増やして、みんなで競争して、いい弁護士になっていこう、というものでした。当然、司法のマーケットはまだ小さいので、訴訟だけでは生きていけない。そうすると、未然防止だとかコンプライアンスだとかガバナンスという分野へ弁護士がどんどん進出し、いい国になると思っていました。 

ところが日弁連は逆方向に走ったわけです。みんなが訴訟で飯が食えないから、年間合格者を3,000人から1,500人に戻せと。一部地方の会では、1,000人以下に減らせといっています。弁護士会のこういった主張が劣化の原因だと思っています。

飯が食えないといっても、高井先生だって僕だって飯を食っています。ただ昔とおんなじ仕事で食ってるかというと、全然違う仕事で食ってるわけですよね。訴訟よりコンサルや行政への対応やコンプライアンスの指導です。そういうふうに時代の変化に応じて、違う仕事をしていく必要がある。今までの前例踏襲では持たないと思ったら変えなければいけない。これは経営者の場合と同じです。

弁護士が業務内容を変えない、そのまま無競争状態でバッチ1つ持ったら、勉強もせずに一生、生きていけるという考えでいるので、結果的に劣化してしまった。既得権益に執着しているお偉い弁護士さんはどんどん劣化しているように感じます。

ただ、若い人の中で必死に頑張ってる人は、それなりの力がついてきてるし、違う分野も勉強しています。ロースクールに他学部から進学する。例えば建築士と弁護士、医者と弁護士、科学者と弁護士というダブルタイトルの人が必要なんです。アメリカでは法学部がなく、法律はロースクールの3年間で勉強するしかないんです。それまでは哲学をやっていたとか、心理学をやっていたとか、医者をやっていたとか、そういう人が弁護士になるんです。原発の事件でも、アメリカの原発弁護士はみんな原子力工学出身です。日本で原子力物理を出た弁護士で原発問題に取り組んでいる弁護士なんて一人もいません。専門性を売り物にする弁護士は、本当はPh..D(博士号)を持っていてちょうどいいと思っています。日本にはそういう人がいないんですよ。

 

高井

弁護士はなったら安泰ではなくて、これからの時代はダブルタイトルが必要になる。ところで、公認会計士はどうなんでしょうか。

 

久保利先生

公認会計士はある意味でもっと悲惨です。公認会計士試験に受かっても監査法人で実務を一定期間しないと公認会計士になれないんですよね。それが狭き門なのです。そうすると結局、監査法人に入りたいと思いながらやっているから、昔のビジネスモデルが何も変わらないまま、公認会計士試験に受かっても、誰も企業に入らないわけです。でも、本当は企業の財務部や経理部の中に会計士がいないと、しっかりした決算が作れないんだと思っています。

監査法人というのは会計の監査をする人です。会社の会計を見て、この会計でいいか悪いかのどっちかしかないんです。ところが、今の日本企業は監査法人と“相談”“談合”する。監査法人がコンサルみたいになってしまっています。

 

高井

日本に改善の余地はあるんでしょうか。

 

久保利先生

もうかなり絶望的だと思っています。僕は、いままで普通の社員がやっていた経理部や財務部、監査部のスタッフは全部公認会計士に替える、それから法務部や内部監査部とか、取締役会の事務局だとかは全部、職業倫理をわきまえた弁護士にしろと言っていたわけです。

ところが、最近しみじみ考えたら、弁護士がそんな立派かと、会計士が本当に独立不羈(ふき)で頑張ってるかというと、どうもダメだなと思うようになりました。法科大学院で弁護士倫理を学んでいない予備試験経由の弁護士が増えています。素晴らしい経営者が今、どこからかどんどん育っているかというと、それもいないでしょう。そう考えてくると、人がいない。少子化のせいではなくて、教育行政のせいです。スターがいないんですよ。輝く男たち、女たちがいないのですよ。

 

高井

日本は、みんなダメになってしまったとして、どうしたらよいんでしょうか。

 

久保利先生

そうなると、極論ですが、企業を支える人間がいないと。というなら、そんな人財を有する外資に買ってもらうのが一番いいんじゃないかと思っています。外資やアクティビストによる敵対的買収。東芝なら、ウェスタン・デジタルの会長さんは会計士出身のこわもての人だから、“進駐軍”で来て、一遍、日本をマッカーサーが叩き直したようにやってもらうほうが早いんじゃないかと思っています。

日本の弁護士が企業のナンバー2のポジションに座るゼネラルカウンセルになれず、会計士が独立性とアカウンタビリティ(注4)を持ち、財務や経理を仕切れないなら日本の企業は少しも変わらないでしょう。情けない限りです。それが悔しいなら、遅ればせでも、弁護士、会計士を国策として10万人ずつ、創るべきです。そこからは、新タイプの経営者も輩出するでしょう。米国には125万人の弁護士と30万人の会計士がいて、トップ企業のCEOにもなっているのですから。

注4 アカウンタビリティー(accountability) 説明責任

以上

 

 

この記事にコメントをする

 

平成29年11月28日 第2回「AIと人事労務セミナー」 開催報告

 

11月28日(火)に弊所主催第2回AIと人事労務セミナー「AI(人工知能)が拓く未来~AIと人事労務~」を開催いたしました。大変有難いことにお申込者は40名を超え、満員御礼となりました。

AIによる社会の変化は今後ますます加速していきます。AIは人の仕事を奪うと言われています。確かにAIは特定の分野において、人よりも正確に素早く仕事をこなすことができます。しかし、人間にしかできないこともまだまだ多くあります。感じること、考えること、思うことは人間にしかできないと小生は考えています。AIによって業務効率化、コスト削減を実現し、人間にしかできないことは人間が担う。そのような「ハイテク」と「ハイタッチ」が融合する社会の実現を小生は研究し続けています。AIに使われる人間ではなく、AIを使う人間となるために、変化する社会で自身ができることを模索していくことが大切だと考えます。

また、小生はハイテクの極みである量子コンピューターについても勉強し始めようと思っております。量子コンピューターはAIをさらに発達させる可能性を秘めています。

これからも皆様のお役に立てるような情報を発信できるよう、AIに関する連載やセミナーを企画していきたいと考えておりますので、ぜひ今後ともご高配の程よろしくお願い申し上げます。

 

2017年12月 高井・岡芹法律事務所 会長弁護士 高井 伸夫

 

【講演趣旨】

AIの発達により社会構造が大きく変化する時代をどう生き抜いていくか考えるきかっけとしていただきたいと考え、2016年4月~6月に「週刊労働新聞」で連載を企画しました。この連載をきかっけに昨年10月に第1回AIと人事労務セミナーを開催し、大変ご好評でしたので、この度第2弾を開催する運びとなりました。今回は企業におけるAI活用についてお詳しいお二人を講師にお招きし、企業で導入されているAIの活用法を中心にお話しいただきました。

 

【講演要旨】

〈第1部〉

講演テーマ:「テクノロジーの進化と中小企業経営」

酒井 悟史 氏(株式会社repca 代表取締役 公認会計士)

 

クラウド、AI、RPA(*1)等のテクノロジーがどのように中小企業経営に影響するか、事例を交えながらお話しいただきました。

・中小企業におけるテクノロジー活用の現実

・テクノロジー活用について大企業とのアプローチの相違点

・テクノロジーを今後どのように捉えていくべきか

 

〈第2部〉

講演テーマ:「人事労務におけるAI活用とFRONTEOの人工知能「KIBIT(キビット)」

武田 秀樹 氏

(株式会社FRONTEO 取締役 最高技術責任者 行動情報科学研究所所長)

 

人事労務におけるAI活用について、具体例を織り交ぜながら下記のポイントについてご紹介いただきました。

・離職防止の取り組み

・生産性向上による残業の抑制

・営業日報を活用したコンプライアンスチェック

・AIの活用に必要な人材の教育

 

以上

 

この記事にコメントをする

11月2日~5日「台湾旅行記


高井・岡芹法律事務所
上海代表処 中国律師 段 霊娜


201712181102_1.jpg

 

 

11月2日

飛行機がそろそろ台湾・松山空港に着陸しようとするとき、私は、これまで見てきた台湾に関する新聞や教科書、そして旅行雑誌等の写真等から得た情報を基に、台湾はどのような場所なのだろうかと想像していました。松山空港から出た瞬間に、猛烈な日差しに出迎えられ、11月の台湾はまだまだ蒸し暑いと感じたことが、台湾の第一印象でした。

 

松山空港で高井先生と合流した後、ガイドさんに連れられてホテルへ出発しました。ガイドは李さんという方で、今回の台湾訪問団には同姓の李さんが参加していたことから、自分のことを李(スモモ)と呼んでほしいと話をするなど、非常に明るく活発で親切な人でした。

 

ホテルで暫く休憩した後、全員で小籠包を味わうため、「鼎泰豊」に移動しました。小籠包といえば、私の故郷「常州」は小籠包の発祥地と言われています。今回訪れた「鼎泰豊」は台北市の信義路に位置し、「鼎泰豊」本店として歴史のある場所でした。常州流の小籠包との違いとしては、まず小皿に入れた調味料です。常州の場合、小皿にお酢と生姜を一緒に入れるのですが、「鼎泰豊」ではお酢とお醤油を半分ずつ入れて、生姜は別の小皿に入れるようです。そして、小籠包の中身に驚きました。常州では、伝統的な豚肉が入っていることが多いのですが、「鼎泰豊」の小龍包は種類豊富でした。鶏肉、魚等のしょっぱい味だけではなく、あんこ、チョコレートといった甘味系まであって、お客さんを飽きさせない工夫を感じました。そして最後はやはり皮の勝負です。常州の場合、小籠包の皮が台湾よりもっと厚くて弾力がある一方、「鼎泰豊」の小籠包の皮は薄くてすごく柔らかく、それぞれ長所があると感じました。

 

201712181102_20.jpg

 

美味しい小籠包を食べた後、有名な故宮博物館へ見学に行きました。台湾の故宮博物館というと、「翡翠白菜」と「肉形石」が代表的な展示です。しかし、私を最も驚かせた宝物は、中国の有名な画家である張大千氏が創作した「廬山図」です。「廬山図」は張大千氏が83歳の頃に描いたもので、完成までほぼ1年半を要した作品です。10メートル以上の大きさの絵の前に立ち、同じく中国人画家の徐悲鴻氏が贈った「500年に1人の画家」という賛辞は正しいということを深く感じました。

 

夕食は寰瀛法律事務所の劉志鵬先生、黄馨慧先生にご招待いただき、金沢大学の陳一教授とともに台湾料理をいただきました。劉先生は丁寧に台湾の名物料理を紹介してくださり、笑いながら高井先生との思い出話を語ってくださるなど、高井先生との縁を大切にされていることがうかがえました。

 

11月3日

3日の朝、雨がちょっと降ってきました。最初に観光したのは林安泰古厝です。林安泰古厝は台北市に現存する建物の中で最も古い古厝(古民家)の一つです。専門家と学者たちの努力により再配置計画が策定され、濱江公園に移して保存されています。李(スモモ)さんの紹介によると、古厝の外観は南方の建築様式で、自由自在の理念を持って庭園を造られたそうです。世界遺産として知られる中国蘇州市の庭園と比べて、林安泰古厝の限りない空間の中で、生活、養生、教育、観賞等の機能を備えていて、かつ「小中見大」を感じられた園林でした。

taiwan01.jpgのサムネール画像のサムネール画像

 

林安泰古厝を観光した後、我々は国立歴史博物館と台北植物園を訪問しました。時間の都合で、国立歴史博物館は1階のみの見学でしたが、国立歴史博物館のパンフレットにとても感動しました。台湾で有名な女性詩人の席慕容氏が国立歴史博物館のために、詩を作っていたのです。

「人生を博物館のようにすごせますか?今生、再び貴方と会い、櫃の外にいる貴方、私はもうその中。冷たいガラスで隔てて、貴方が来るのを望んでいる私は錯愕の間に、貴方は何か聞こえた、もちろん信じられないよ。きっと信じられないよ。ここにあるすべての絹、すべての帛、すべての三彩と泥塑、櫃の中のすべての彫刻と紋飾よ。全部が貴方にあげたい愛、全部が百千万劫に遭遇した不死の私の霊魂」

歴史は流れています。現在はガラスの外に立っている私がいつの間にか櫃の中にいるのでしょう。

 

taiwan02.jpg


午後は、1時間かけて、九份に行きました。「千と千尋の神隠し」で一躍有名になった街ですが、残念ながらあいにくの豪雨で、なかなかゆっくり観光することができませんでした。この日の最後は台北市の代表的建築物「台北101」を観光し、あっというまに1日が過ぎました。

 

11月4日

朝6時半頃ホテルから出発して、新幹線に乗り、台南の高雄に行きました。高雄国家体育場が今回の目的地でした。体育場を入る前に、70歳くらいのご夫婦と雑談した際、旦那さんが訪問団の一員である王建寧先生と同郷ということに驚きました。旦那さんも10数歳の頃に家族と一緒に台湾に来て、それから大陸へ戻ったのは1度だけということでした。ご高齢にもかかわらず、もう一回故郷に帰りたいという気持ちに感動しました。

高雄国家体育場の建築を担当した伊東豊雄氏のご配慮で、我々は体育場の内部まで見学することができました。あの日の日差し、日差しに緑が映えた景色、訪問団の鮒谷氏と包先生が一緒に体育場を駆け回る姿が非常に強く印象に残っています。

 

1104_15.jpg

 

 

 

201712181104_20.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日最後の日程は、烏山頭ダムの観光でした。嘉南平野の農業灌漑を主目的として建設された烏山頭ダムは、完成に10年を要しました。上空からは緑の珊瑚のように見えるため、通称「珊瑚湖」と呼ばれています。現地の農民たちは建築者の八田與一技師に感謝の意を表するため、銅像を作り、彼の偉大な功績を称えています。観光中、黄色い菊の花をもって八田技師に献花する外国語学校の日本人教師の姿を見ました。皆さんが八田技師のことをずっと忘れていないのです。

 

11月5日

台湾旅行の最終日、私はホテルの周辺を散策し、「温州麺」という小さな店に入り、普通の台湾人と一緒に並んで麺を食べました。「また台湾に行きたい」、私はそう思っています。

 

201712181105_3.jpg

 

 

以上

 

この記事にコメントをする

<イッピン> シェ・オリビエ

| コメント(0)

<イッピン> シェ・オリビエ

 

 

私の事務所から歩いて数分のところに、趣のある佇まいのフランス料理店がある。

名前は「シェ・オリビエ」。

ミシュランガイドで一つ星を獲得した、知る人ぞ知るフランス料理の名店である。

 

ふとしたことで訪れ、気に入り、以来知人をお招きする食事会などで利用している。

 

シェフのオリビエ・オドス氏は、パリの「ラ・トゥール・ダルジャン」(在籍当時2ツ星)でセカンド・シェフを務め、2000年に「ル・コルドン・ブルー」の料理教授として来日。2009年にシェ・オリビエをオープンされたそうだ。

 

シェ・オリビエの店内はさほど広くはないが明るく、テーブルセットが綺麗にされていて、いつ来ても気持ちのいい空間だ。

 

肝心の料理はというと、オリビエ氏の発想の豊かさが窺われるような独創的なもので、新しいけれど、確かに美味しい。

そしてまた、美しい食器に色彩豊かに、大胆なレイアウトで盛り付けられていて、目にも楽しいのだ。

 

半熟たまご、ハーブのソース、きのこのクリーム煮ベルモット酒の香り

20171215IMG_2219.JPG

 

アイナメのボワレ、カラマンシー風味のエリンギ、スモークグリーンソース

20171215IMG_2222.JPG

 

ホワイトチョコレートの殻に入ったティラミス、温かいコーヒーのソース

20171215IMG_2224.JPG

 

私は、このお店で料理研究家の大森由紀子さんとディナーをご一緒させていただいたことがあるが、やはりプロの方から見ても、シェ・オリビエの料理は一級品であるようで、大森さんも舌鼓を打っていた。

 

職場の近くにこんな素敵なお店があるということは、ちょっとした幸せを私に感じさせてくれる。

シェ・オリビエはイッピンを味わえる名店である。

 

 

この記事にコメントをする
  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第26回目です。
  • 第26回目は、株式会社浦上蒼穹堂 代表取締役 浦上満様です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第26回)■ ■ ■ 

株式会社浦上蒼穹堂 代表取締役 浦上 満 様

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


[株式会社浦上蒼穹堂 代表取締役 浦上満様プロフィール]

1951年東京生まれ。

大学卒業後、古美術界の老舗、繭山龍泉堂にて5年間修行。1979年4月に独立、日本橋に浦上蒼穹堂を設立し、今年で満38年。

中国、朝鮮半島、日本の古陶磁を主に扱い、他に青銅器、漆器そして浮世絵(主に葛飾北斎)なども取り扱う。国内外の美術館、博物館の企画展にも協力、出品依頼が多数あり、1994年東京国立博物館で催された「中国の陶磁」展には全343点(国宝3点重要文化財30点を含む)中、42点を出品協力。個人コレクターを主眼におきながらも、国公立の美術館や財団法人の美術館、アメリカの美術館にも数多く作品を納める。

葛飾北斎の「北斎漫画」のコレクションは質量ともに世界一といわれ、1987年以来、現在までに35回以上「北斎漫画」展を全国の公立美術館で企画、開催。2016年、第10回国際浮世絵学会 学会賞受賞。

〔著書〕

  • 「古美術商にまなぶ 中国・朝鮮古陶磁の見かた、選び方」(淡交社)
  • 「北斎漫画入門」(文春新書)

 

〔現在〕

(株)東京美術倶楽部 常務取締役、東洋陶磁学会 監事、国際浮世絵学会 常任理事/総務委員長、アートフェア東京 コミッティ(運営委員)、慶應義塾大学特別招聘講師

浦上様と高井

(写真は左が浦上満様、右が高井伸夫 取材日に撮影)

[今回のインタビュアー・同席者は以下の通りです]

  • 高井伸夫
  • 高木光彦(弊所庶務・ドライバー)

(取材日 2017年8月26日(土)11:30~於:株式会社浦上蒼穹堂)

 


高井

浦上様といえば、北斎漫画のコレクションでは世界一と言われていますよね。

 

浦上様

北斎漫画は葛飾北斎が描いた絵手本です。初編から15編あって、これは江戸時代のベストセラーでありロングセラーなんです。私は18歳の時から集め始めておりまして、爾来48年間、今でも集め続けていて、専門家の間では質量ともに世界一のコレクションといわれています。

江戸時代の版本ですから、当時は1編につき、何百冊、何千冊とあったはずなんです。版画ですから、初摺りといって、初めに摺ったものがいいに決まっているんですね。なぜかというと、初めのうちは版木がまだエッジが立っている、ところが沢山摺っていくうちに、だんだん版木が摩耗して、線も鈍くなっていく。当然初摺りで、なおかつ保存状態がいいものが欲しくなる。200年も前に刊行されたものですから、保存状態が悪いものがいっぱいあるんですよ。摺りが早くて、保存状態がいいものを一生懸命探しているうちに、1,500冊にもなっちゃったんです。初摺りは1,500冊あるうちの150冊もないですね。とても貴重です。

自分で購入して「これより、こっちのほうが早いな」という経験を積んで、だんだん目も利いてくる。1,500冊も集めましたので、おかげさまで、大英博物館や東京国立博物館の所蔵品よりも良い「北斎漫画」を私は持っています。

 

 

高井

本当によい骨董品とはどういったものをいうのですか。

 

浦上様

例えば“三彩”は技法ですから、現代でも作られていますよね。中国は唐の時代、8世紀を中心に作られたのが、オリジナルの唐三彩です。本ものでも、ピンからキリまであります。理想をいえば、本ものの最高品を買うことです。でもそんなものはなかなか出てこない、出てきても1点で何千万円、何億円もする場合があります。値段も大切なファクターです。大切なのはそのものの本質を見ることです。

例えば、あるジャンルで、最高のものが1億円だとして、同じ時代の同じ窯で焼成されたものでも10万円しかしないものもあります。本ものでありながらこの1億円と10万円の差というのは、普通ちょっと理解できませんよね。それぐらい厳しい差があります。

 

 

高井

本ものとガラクタをどうやって見分けるのですか。

 

浦上様

やっぱりそれは、長年の経験と、経験を通じて培った美意識でしょうね。そんなに難しいことではありません。私たちは若いうちから数多くのものを見ている。特に見始めの頃は、変なものを見ちゃいけない。いいものだけをたくさん見る。そうすると、変なものを見た時に、自然に拒絶反応が出ます。嫌だとか、気持ち悪いとか。そんなのは君の感想だろうといわれそうですが、それが大事なんです。そうやって一種の感覚が純粋培養されていきます。ただ、それを勘とか感覚だけで終わらせず、本を読んだり研究したり、いろいろ勉強もします。今は、世界中の美術館で、優れたコレクションを見ることができます。現物を見る機会がある。そういう時にしっかりといいものの造形や感触を叩き込んでおきます。比較してみると“いいもの”と“そうでないもの”との違いが分かってきます。

 

高井

そういった“目利き”の後継者は育っているんですか。

 

浦上様

どの業界も、「後継者不足だ。質が落ちた。」と言いますが、それなりにいると思うし、いなきゃ困りますね。

今、一番の問題は、優れた本ものに触れる機会が少ないことです。美術館の学芸員で例えると、いい作品を、展覧会のためによそから借りてきたりする。その時に、学芸員が直接触れることができないんですよ。日通とかヤマトの美術専門のチームがあって、その人たちが、作品を開包したり展示したりする。なぜかというと、何か事故が起きて美術品が壊れたりした時に、そういう人たち以外の人だと、保険が下りないからです。

これはまさに本末転倒の話で、プロの学芸員が触らなきゃいけない。特に新米の学芸員なんか、そういう時に触ってものの重さとか、高台の様子を覚えるんですね。ところが、触れることができないから、一生、目利きになれませんよ。

われわれ、いわゆるプロの美術商がなぜ目が利くかというと、恐ろしいほど沢山ものを見ているんです。それも手にとる。手にとって、体で覚えているんです。だから、そういう訓練をしていかないと、眼なんて肥えるもんじゃないんですね。保険が問題なら、特記事項に、ここの学芸員の誰々が触って、もし何か事故があっても保険が下りるというような条項に変えたらいいんですよ。今のままだと、どんどん不毛になって、目利きが育たなくなると思います。

 

 

高井

先生は長年古美術を扱っていますが、オールマイティの目利きですか。

 

浦上

オールマイティという人は、ハッキリ言っていません。いたら、それはかなりあやしいと思ってください。みんな、自分の得意のジャンルしか分からないです。ただ、得意なジャンルを極めた人は、当然いろんなものを見ていますから、だいたいのことは分かるんです。でも、“だいたいのこと”であって、自分の自信を持って言えることしか、言っちゃいけないんです。

全部オールマイティ、どこかの占い師じゃないけど「黙って座れば、ピタリと当たる」なんて、そんなふうに言う人がいたら嘘だと思ってください。

それぞれの分野で「これはあの人だな」というのがあるんです。私も「これはもう浦上さんに聞こう」という立場にならなければいけない。お互いにそれぞれの分野で、引き出しを持っているわけです。これはあの人に聞く。それはもう、ものすごく確かです。学者さんは値段まで分かりませんが、プロは当然値段まで分かっちゃう。

 

高井

日本の美術の問題点について教えてください。

 

浦上様

日本の政治家とか官僚や役人という人たちは、非常に美術に弱い、疎いんです。それが問題だと思っています。美術は政治家にとっては票にならない。官僚も学業は優秀なんでしょうが、子どもが「お父さん、今度の日曜日、美術館に連れて行って」と言われても「お前そんな時間があったら勉強でもしていろ」とか、「せめてスポーツにしろ」とか言う。要するに、美術は無駄なもの、ある意味では、一種の遊びだという感覚で捉えている人が多い。

企業でも銀行でもトップになる人というのは、人間性が大事ですよね。外国で「私、美術が嫌いです」とか「関心がありません」と言ったら、「私は野蛮人です」ということを、自ら吐露しているようなもんなんですよ。ところが日本人は、それに気が付いていない。一流の政治家でも、一流の経済人でも、それが非常に恥ずかしいということに気が付いていないんです。

日本人は、勉強なら勉強だけができればいい。企業なら、ただ仕事がちゃんとできればいいとか、そんなことばかり言っているけれど、そこに文化的な素養がないと、欧米では馬鹿にされるんです。少なくとも、トップには立てない。

 

 

高井

日本人がより美術に親しむためには何が必要でしょうか。

 

浦上様

根本的には教育です。小さい時から、日本には、美術に対してのびのびと見る環境がなさ過ぎると思います。

外国では、よく美術館の大きな絵の前で、子どもたちがペタッと床に座って、先生か学芸員の人たちから「これはね、こういうことが描いてあるのよ」と説明を受けている光景を目にします。日本だと、「静かにちゃんと見て、レポートを書きなさい」と言われる。だから、子ども心に「厄介な所に連れてこられたな」と思ってしまう。要するに、もっと自由に本当にその世界に馴染むような教育がされていない。日本の美術教育っていうのは、中学校も高校も、惨憺たるもんです。文化は金だけかかって何にもならないって、一般の人も思ってしまっていると思います。

 

高井

美術に対する教養が必要なんでしょうか。

 

浦上様

“教養”とは少し違います。教養というと勉強なんか嫌だと思ってしまう。私は、美術を楽しんでほしいと思っています。

よく美術館へ行くのは敷居が高いとも言われますが、私たちが2015年に日本初の春画展を開催した時、3ヶ月で21万人の入場者があり、特に若い女性が殺到しました。その中には「美術館に生まれて初めて来ました」と言う人もいました。春画がどうこうということではなく、本当に見たいものがあれば人は来ます。

本当に見たいものを見る。何か好きなものを見つけることが大事です。例えば美術館へ行って混んでいれば順番に見る必要はありません。すいているところから見て「あ、これ好き」と思うものがあったら、作品の名前を覚えておく。そして、また行った時に「ああ、これやっぱり何回も見ても好きだな」と、そういうことから入っていけばいいんです。そうやっているうちに、だんだん、いい意味で深みにはまって行く。好きな絵をみると疲れが吹っ飛んじゃう。例えば、おいしい物を食べたり、素晴らしい景色を見たときと、美術も同じなんです。

また、若い時はいいと思ったけれども、年を取ってきたらちっともいいと思わない。逆に若い時、これはつまんないと思っても、だんだん年を取ってきたら良くなった、なんていうこともあります。ものを通して自分が見えてくる。そういうこともあるから、美術は面白いんです。古美術だって古くさいと思わず今に生きる人間として、人類の遺産と思って、まず見ること。自分の好きな作品を、素直に見ながら、少しずつ勉強していく。そうしたら、美術が楽しいし、また、はたから見ても「あの人はちょっと格好いいわね」ということになると思いますよ。

 

 

高井

浦上さんは今後どういう生き方をするのですか。

 

浦上様

私は美術商ですから、よい作品をそれにふさわしい美術館やコレクターに収めていくということです。やはり、できるだけいいものを扱いたい。あの世まで持って行けないだけに、そのものにとって一番ふさわしい所に収める。そうやって日本の美術を盛り上げるのに一役かって、「いい仕事をしたな」と思えたら嬉しいです。

 

以上

 

 

この記事にコメントをする

2017年11月29日(水)、日本工業倶楽部会館において、連載「時流を探る~高井伸夫の一問一答」第25回達成を記念して、感謝の会を開催いたしました。16名の方々にご参加いただきました。

ご参加いただいた方々をご紹介申し上げます。

〔対談者〕

s   第3回 プロ登山家 竹内洋岳様

http://www.law-pro.jp/weblog/2016/10/post-220.html               

s   第6回 精神科医 大野裕先生     

http://www.law-pro.jp/weblog/2016/12/post-234.html               

s   第7回 元トッパン・フォームズ代表取締役社長 福田泰弘様                

http://www.law-pro.jp/weblog/2016/12/post-237.html

s   第8回 アタックス税理士法人公認会計士・税理士 酒井悟史様             

(現在 株式会社repca 代表取締役社長)             

http://www.law-pro.jp/weblog/2017/01/post-243.html

s   第9回 メルコスール観光局 池谷光代様                      

http://www.law-pro.jp/weblog/2017/02/post-248.html

s   第12回大鵬薬品工業株式会社特別相談役・ニチバン株式会社名誉会長 小林幸雄様

http://www.law-pro.jp/weblog/2017/04/post-267.html

s   第15回TMI総合法律事務所パートナー 弁護士・弁理士 升永英俊先生

http://www.law-pro.jp/weblog/2017/06/post-280.html

s   第17回ナミHRネットワーク 代表 人事コンサルタント 川浪年子様  

http://www.law-pro.jp/weblog/2017/07/post-286.html

s   第18回法政大学名誉教授 諏訪康雄先生                      

http://www.law-pro.jp/weblog/2017/08/post-290.html

s   第24回警察官友の会 前事務局長 秦正行様、事務局長 星範夫様      

http://www.law-pro.jp/weblog/2017/11/-gen.html

 

〔対談にご同席された方〕

s   第1回、第7回、第10回ご同席 株式会社ことば未来研究所 代表取締役社長 鮒谷周史様

(第1回)http://www.law-pro.jp/weblog/2016/09/hdcoo.html

(第7回)http://www.law-pro.jp/weblog/2016/12/post-237.html

(第10回)http://www.law-pro.jp/weblog/2017/03/post-255.html

s   第2回ご同席 株式会社新規開拓   管理部  古林央子様 

(第2回)http://www.law-pro.jp/weblog/2016/10/post-218.html

s   第4回、第9回ご同席 久佐賀義光様

(第4回)http://www.law-pro.jp/weblog/2016/11/post-223.html

(第9回)http://www.law-pro.jp/weblog/2017/02/post-248.html

s   第22回ご同席 A.S技術士事務所 所長 角耀様

(第22回)http://www.law-pro.jp/weblog/2017/10/post-302.html       

s   第23回ご同席 公益財団法人ヒューマニン財団 理事長 寺山智雄様

(第23回)http://www.law-pro.jp/weblog/2017/10/post-306.html

 

当日は、小生の挨拶の後、プロ登山家竹内洋岳様、精神科医大野裕先生、メルコスール観光局池谷光代様よりスピーチをしていただきました。

スピーチの一部をご紹介いたします。

 

竹内洋岳様

「私が登山を続けてきた理由は、おそらく“人に出会う”ためだったのではないかと思っております。自分にとっての1つの頂上に立った時に、またその先の頂上を見つけます。皆さんが違う山なんだが、それぞれの分野の頂上に立っておられて、実はその山同士が意外と見渡しが良くて、見えてしまって目が合った、というのが今日のような機会なのかなと思っております。」

 

大野裕先生

「『意欲をどうやって出すか。』というテーマで取材があり、“山に登る”というのを1つのテーマに、ちょっと話しました。山に登るのは非常に大変なことだけれど、それでも登るのは、その先に目標があるからではないでしょうか。山に登って良い気持ちになるというのも理由でしょう。それから“人との出会い”というのも大事なんだと思います。今日そういう話をここで聞けるというのが、すごく色んなご縁だと感じております。」

 

池谷光代様

「1番大切なご縁。ご縁というのは、その人の可能性を引き出す大きなものだと思います。そしてそのご縁を未来につなげるのは、自分自身であります。ですから、またこういう素晴らしい皆様とのご縁を頂きまして、本当にありがとうございます。」

 

また、警察感友の会 事務局長星範夫様が勇躍登壇され、友の会の会員募集に熱弁を振るわれました。

 

今回参加が叶わなかった第3回ご同席のUTグループ株式会社 代表取締役社長若山陽一様より、卓上花をお贈りいただきました。お花は講演台に飾らせていただきましたが、会場が大いに華やぎました。

 

参加された皆様、積極的に名刺交換をされて、熱心に交流しておられました。最高齢は、昭和6年生まれの大鵬薬品工業株式会社特別相談役・ニチバン株式会社名誉会長 小林幸雄様で、最年少は??

幅広い年代の皆様とご縁をいただき感謝申し上げます。

今回は第25回を記念しての開催でしたが、50回、75回、100回を目指して連載インタビューを続けたいと思っております。

 以上

 

集合写真

写真撮影:角耀様

 

 

この記事にコメントをする

ご利用案内

内容につきましては、私の雑感等も含まれますので、真実性や正確性を保証するものではない旨ご了解下さい。

コメント欄に法律相談を書き込まないようお願い致します。

私のブログへのご意見・ご批評をお待ちしております。コメントは承認制とさせて頂いておりますが、基本的に掲載させて頂きたく存じますので、ご記名のうえご記入下さい。掲載不可の方はその旨ご記入下さい。

→ リンクポリシー・著作権

カレンダー

<   2017年12月   >
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

カテゴリ

プロフィール

高井・岡芹法律事務所会長
弁護士 高井伸夫
http://www.law-pro.jp/

Nobuo Takai

バナーを作成