時流を探る~高井伸夫の一問一答(第25回)レストラン・L'asse(ラッセ) シェフ 村山太一様

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  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第25回目です。
  • 第25回目は、レストラン・L’asse(ラッセ) シェフ 村山太一様です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第25回)■ ■ ■ 

レストラン・L’asse(ラッセ)  シェフ 村山 太一 様

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[レストラン・L’asse(ラッセ) シェフ 村山太一様 プロフィール]

新潟県出身。http://lasse.jp

京都、料亭にて茶懐石の修業をした後、2000年イタリアに渡る。

2つ星レストラン2店を経験した後、3つ星レストラン「ダル・ぺスカトーレ」で修業。2008年に帰国し、店の開店準備を始め、2011年5月12日、オーナーシェフとして独立、L’asseをオープン。L’asseはオープン半年でミシュランガイド1つ星を獲得。

 

[今回の同席者は以下の通りです]

  • 株式会社松井オフィス 代表取締役 松井忠三様

株式会社良品計画 名誉顧問(現任)、株式会社松井オフィス 代表取締役 http://matsui-office.jp/

2001年に株式会社良品計画代表取締役社長就任。大掛かりな経営改革を断行し、創業以来11年続いた海外の赤字も2002年に黒字に転換させ、現在25の国と地域に300店舗を展開する礎を築く。2008年、株式会社良品計画 代表取締役会長(兼)執行役員。2015年から現職。


※村山様と松井様は、村山様が当時、イタリアを代表する三つ星レストラン「ダル・ペスカトーレ」にて副料理長として働いていた時に、松井様が食事に訪れ出会われました。村山様の帰国後にお二人は再会され、東京でのレストラン開店を目指して、準備をすることで意気投合され、2010年10月19日に、株式会社ラッセを村山様と松井様の折半出資で設立されました。

  • 高井伸夫

村山様松井様お写真

(写真は村山太一様(左)、松井忠三様(左)取材日に撮影)

(取材日 2017年8月22日(火)15:30~ レストラン・L’asse(ラッセ)

 


 

高井

村山様はイタリアで修行されていますが、イタリアに行くまでの経緯を教えてください。

 

村山様

僕は新潟の十日町の出身です。十日町は豪雪地帯で、冬になると雪が2~3メートル積もることがあります。高校を卒業して、長岡市の北陸学園に1年間通った後に、京都の料亭で修行をしました。「吉泉」という2008年にミシュランが上陸したときに3つ星を取っている料亭です。僕が修行していたのは20年前なので、まだミシュランも何もない時代でした。そこで修行した後に今度イタリアにひょんなことから行くことになりました。25歳の時です。8年弱、イタリアで過ごしました。

 

高井

村山様はイタリアに行って、”皿洗い”から始めたんですか。”見習い”から始めたんですか。

 

村山様

イタリアでは、洗い場は洗い場という職業があり、料理人は料理人という職業で分かれています。僕は、料理人として入ったので最初に働いた店からメイン料理を担当しました。

イタリアでは、料理人に階級というのがなくて、前菜のポジション、お肉のポジション、お魚のポジション、パスタのポジションというように、ポジションがあり、そこを全員でぐるぐる回るという形です。ある程度未経験の場合は、そのまま各ポジションのサブ的な役割、見習いの役割になるんです。一度各ポジションのシェフになると、もうずっとシェフのまま、いろんなポジションを移動して、それで最終的に全部学んだ後に一番の統括シェフになります。イタリアでは、見習いかシェフかのどちらかしかありません。

 

高井

イタリアでは、料理人は見習いかシェフしかない。村山様はどちらでしたか。

 

村山様

最初のお店からシェフとして「できるか?」と聞かれたので「できる」と答えました。本当に初日からシェフとして働かなければならない状況でした。客席には、最初はイタリア語が分からなかったので出ませんでしたが、6~7年目ぐらいになると自分で作った料理は自分で出してサービスするということもやっていました。

 

高井

村山様は三つ星レストラン「ダル・ぺスカトーレ」で修業されていますが、相当厳しかったようですね。

 

村山様

「ダル・ぺスカトーレ」は、イタリアで一番長い、23年間ものあいだ、3つ星を取っているレストランです。「ダル・ぺスカトーレ」のシェフであるナディア・サンティーニさんには、イタリア料理を徹底的に教えていただきました。とても厳しいところでしたが、もっとも多くのことを学びました。今でも、シェフとは月に1回は電話をしています。家族のような感じで、たわいない会話をしていますよ。

 

高井

L’asseを開店してから、一番苦労したことは何ですか。お客さん集めですか?

 

村山様

L’asseを開店したのは、2011年5月です。今ちょうど7年目に入りました。店を開ける前にお客さまに対して宣伝・告知を一切しなかったので、当たり前ですが、全く知られていなかったので、お客さまは来ませんでした。

 

松井様

海外で経歴を積んで、通常は日本のレストランでスーシェフ(注)か何かをやってお客さんを作って、独立するときには、その人たちが来てくれる。これが通常の独立の仕方です。村山君はそれなしで独立したんです。ですから通常とは違って苦労がありました。

注:スーシェフ フランス料理における副料理長のこと

 

村山様

今は、いい時もあれば悪い時もあり、山あり谷ありですが、お昼は90%以上、夜は70%くらい席が埋まっています。週末はありがたいことにずっと満席なんです。お客さん集めも大変なことですが、料理は味を向上させるというのがやっぱり一番苦労します。

 

高井

味を向上させるとは、どうやって向上させるんですか。

 

村山様

いい食材を探すことが第一です。食材探しは本当にいい生産者と出会うこと。その生産者自体がどこにいるのか分からなかったので、お客さまに聞いたり、知り合いのシェフに聞いたりして、生産者さんのところに会いに行って、生産者さんと話をしてお互い信頼関係を結ぶ。よりいいものを仕入れて送ってもらうためには、生産者さんと信頼関係を結んでいくことが大切だと考えています。

 

高井

生産者との出会いで一番感激したことは何ですか。

 

村山様

当店では、淡路島の漁師さんから直接、お魚をそのまま船の上から発送してもらってるんです。今年の2月頃に、淡路島へ行って漁師さんと一緒に船に乗って漁に出させてもらいました。漁師さんたちは、ものすごい揺れてる船の上で、落ちたら本当に命を失ってしまう、そういう状況で漁をしている。漁にかける思いに重みがあります。そういう人たちから新鮮なお魚を送っていただいている。それにすごく感動して、これはぜひお客さんに届けなきゃいけないと感じました。船の上で食べたらすごくおいしい、そのおいしさを、いかに変わらないように最短で送ってもらい、お客様に届けるか。僕らの仕事は、“食材”を“味”に変えるということ、そこで味わった感動をお客さまに味わっていただく、というのが僕らの仕事かなと思っています。

 

高井

ディナーコースは、1万5,000円と1万800円。ランチコースは2,600円、5,400円、3,600円。メニューの中身はどれぐらいで変えるのですか。

 

村山様

メニューは月に1回変えて、季節感を大切にしています。月に1回変えるんですけども、その日に本当にいい食材が、お魚の漁師さんだったり、お肉の生産者から入ったりしたら、その時はぱっと入れ替えます。

 

高井

L’asseのメインディッシュでベストワンは何ですか。

 

村山様

今、当店でベストワン、お客さまに一番支持いただいているのは、先日『東京カレンダー』という雑誌でも取り上げられた、4種のチーズを入れたラヴィオリです。一番お客さまから好評いただいています。ラヴィオリというのはパスタ料理なんですが、チーズの詰め物をした卵の麺です。先生も何回か召し上がっていますよ。

東京カレンダー掲載:https://tokyo-calendar.jp/article/9848?ref=restaurant

 

松井様

「L’asse」という名前はイタリアの麺を打つ板のことを意味します。それでL’asseでは全部手打ち麺なんです。発想はイタリアのマンマの味を日本に届けるということです。イタリアの最高の素材を最高の技術で届けている、ラヴィオリは、まさにナンバーワンに相応しい料理ですよ。

 

高井

麺はどこから仕入れているんですか。オーガニックですか。

 

村山様

麺は日本の国産の小麦や、鮮度のいい、いわゆる製粉したての小麦を使っています。千葉県にある、小さな小さな製粉会社から仕入れています。すべてオーガニックにこだわっていて、卵もやっぱり味の濃い卵で合わせて使ったりしています。

 

高井

ところでお店の壁紙がすべて和紙のようですが、特徴的ですね。

 

村山様

店内の壁紙は全部和紙でつくっています。故郷の新潟十日町の森のブナ林と白樺が素晴らしいので、それをコンセプトに特注したんです。パンレフットに載せた「木漏れ日の差し込む森の中」をイメージしたんですよ。

 

高井

村山様の理想のお店はありますか。

 

村山様

理想ですか。理想は、教わってきたイタリア料理もそうなんですけれども、やっぱり現地のイタリア料理、現地でしか食べられないもの、日本だったら日本の素晴らしい食材、新鮮な食材を、イタリアで教わってきた技術で「日本でしか食べられないイタリア料理」にしたいなと思っています。それでこそ本物のイタリア料理になると思っています。

そしてそれは、やはりいかに自分でおいしい料理を作ってお客さんを呼ぶかにかかってるなと思っています。いかにおいしい鮮度のある食材を出せるか。

お客さんが来店された時にいかにおいしいものを提供できるか。自分が全力を出して、昨日よりも今日の方がおいしい。今日よりも明日のほうがおいしいっていうものを常に考えていく。

 

高井

社訓や理念はありますか。

 

村山様

社訓。そういうのをまだ考えている最中といえば考えている最中なんですけれど、「食を通して人を幸せにする」ということでしょうか。あとは、食に関わることによって、みんなが、関わってる人全員が幸せになっていく、これがすごく大事じゃないかなと思っています。

 

高井

最後に、今後の抱負を教えてください。

 

村山様

これは、やはり料理の味です。より一層おいしいものを作っていって、おいしい料理で勝負したい。これに尽きます。

 

高井

おいしい料理の追求ですね。これからも頑張ってください。

 

以上

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