2017年10月アーカイブ

9月14日(木)~16日(土)に、上海を訪問してまいりました。旅行の様子を、ご同行いただいた小松茂生様にご執筆いただきましたので、掲載致します。

 

9月14日(木) 

9:25 羽田国際空港発 11:30上海虹橋国際空港着        

上海代表処首席代表五十嵐充弁護士に空港まで迎えに来ていただき、昼食会場である、レストラン老吉士へ移動しました。

13:00~昼食会 「老吉士」 

高井先生のブログ上の連載「時流を探る~高井伸夫の一問一答」(http://www.law-pro.jp/weblog/cat63/)の取材インタビューを兼ねた食事会が開催されました。劉佳歯科医師をゲストにお迎えして、予防医療や虫歯の話を伺いました。詳しくは後日公開されますブログをご参照ください。(※公開されたらリンクを設定いたします)

 

14:30にホテルに一度チェックインし、14:45に、田中信孝様(無印良品(上海)商業有限公司董事営業総監)がホテルまでお出迎えくださいました。

 

15:00 無印良品上海淮海755店見学                  

田中様等のご案内で、無印良品の店舗を見学いたしました。豊富な品揃えとセンスの良さを感じ、中国もいよいよ洗練されてきたと実感いたしました。

おかし

(写真は立ち寄ったレストランで食べた可愛いデザート)

18:00~夕食会 「翰林(大上海代广店)」

上野陽子様(万弼士文档信息管理(昆山)有限公司副総経理兼上海分公司総経理)、増子聡様(迪睿合電子材料(上海)有限公司管理部門総監)、俵坂浩光様(長生人寿保険有限公司団険一部部門総経理)、大久保雅章様(东装窗饰(上海)有限公司副総経理生産部長)をお招きして、夕食会を開催いたしました。

 

9月15日(金)        

10:00 上海住友商事有限公司 今福陽久様(文書法務部長)、大草太郎様(文書法務部第一科科長(ニューヨーク州弁護士))、張琛様(文書法務部第二科科長) 表敬訪問                   

張様は、2003年4月から2011年5月まで高井・岡芹法律事務所上海代表処に勤務してくださっていた方です。高井先生とは、張様が上海代表処退所後もときたまお会いし交友が続いているようです。

 王子製紙より

(写真は王子製紙国際貿易(上海)有限公司からの上海の街並み)

この日は、14:00~(公財)茨城県上海事務所副所長海野仁男様を表敬訪問し、15:00~王子製紙国際貿易(上海)有限公司董事長総経理笹垣一様へ表敬訪問、16:30~世達志不動産投資顧問(上海)有限公司/世達志(武漢)商務咨詢有限公司董事総経理松岡貴士様を表敬訪問させていただきました。全体的にみて日本企業が退潮傾向にあることを知りました。

 

18:00~夕食会「悦(大上海代广店)」                      

坂井哲也様(時事通信社)、菊池賢司様(常陽銀行股份有限公司上海代表処首席代表)、石野健夫様(日立(中国)有限公司集団人力資源業務伙伴中心経理)、林成彬様(卡西欧(カシオ)(中国)貿易有限公司総経理)、荒木治夫様(同卡西欧(中国)総経理助理卡西欧(広州)財務部上級部長)をお招きしての夕食会でした。親睦をかねての食事会でしたが、皆様と楽しくお食事をさせていただきました。高井・岡芹法律事務所からは、五十嵐充弁護士、沈佳歓律師、段霊娜カウンセルが参加いたしました。

 

9月16日(土) 

葉才富運転手が見送ってくださいました。

9:00上海浦東国際空港発 13:00成田国際空港着の飛行機で帰国いたしました。

 

以下、上海訪問の感想をまとめました。

  • 私は、2007年に上海へ訪問して以来10年ぶりの上海でした。まず驚いたのは、道路がきれいになり、上海の街全体が整理されていたことです。東京と同じくらい道端にごみが落ちていない上海を見るのははじめてでした。上海の道路と言えば、かつては未舗装の田舎道、というイメージでした。
  • 上海は自転車シェアリングサービスがさかんで、スマートフォンで自転車をレンタルして乗り捨てることが可能です。この自転車が、至るところにおいてあり、歩道の3分の2がふさがれていました。自転車の上に自転車が積み上げられていたり、人が歩くスペースは歩道の3分の1ほどしかなく、印象的でした。
  • また、上海代表処が入るビルのすぐそばの道路わきで魚をさばいているのを見ました。道路が舗装され近代化されていく一方で、道路わきで魚の調理が行われている、生活感溢れる場面も肌で感じた3日間でした。

路上で

 (写真は上海代表処が入るビルのすぐそばの一コマ)

以上

 

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第10回 尋ねることの勇気

 

株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門
青木昌一

 

1.質問力

高校時代、同じクラスにN君という秀才がいました。どの授業でもちょっと分からないこと、疑問な点があると「しつもーん!」と大きな声を出し手を挙げます。そして、自分が疑問に思っていることを遠慮なく質問するのです。

当時、私は彼のことが羨ましくて仕方ありませんでした。と言うのも、私はと言えば、分からないことが分からない。仮にここが分からないと思っても「こんなこと聞いたら頭がわるいのではないかと思われるのではないか?」あるいは「恥ずかしいからあとで調べよう。」などという考えが頭をよぎり、質問することができませんでした。

恐らく高校3年間で先生に質問した回数はゼロ。よく、「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」と言いますが、私は正に一生の恥を積み上げていた訳です。

こんな状況に至ったのにはいくつか理由があったと今では思っています。

(1) 何がわからないのか本当に分からない。

これにはいくつか原因があったと感じていて、大きな原因のひとつがそもそも疑問を持つだけのベースになる知識がない。言い換えると、日ごろの勉強不足が災いした結果だということです。

さらに、人の話を集中して聞いていない。だから重要なポイントを聞き流してしまっている。つまり、質問しようにも先生が何の話をしているのかが分かっていないから質問できない。

(2) 変なプライド

高校生に限らないと思いますが、人から「君はそんなことも知らないのか?」と思われたくないという心理です。実際にはよほどレベルの低い質問をしない限りは誰もそんなふうには思わないのですが、そこが私の浅はかなところです。

(3) 面倒くさい

今思えば大変もったいないことをしていたのですが、人にものを尋ねるという行為そのものを面倒だと思っていた記憶があります。

他にもいろいろとあるのかもしれませんが、以上のようなことだったと思います。

 

2.質問の効用

高井先生とお付き合いをさせていただくようになって感じたのは「よく質問する先生だなあ」ということでした。ここで高井先生と先述のNくんが私の中ではオーバーラップするのです。

高井先生と打ち合わせをさせていただいていて、例えば先生がご存じない言葉を使ったり、話に説明不足な部分があると「それどういう意味?教えてくれよ。」、「そりゃあ、どうしてそうなったの?」ということがしばしばあります。別に詰問されるわけでもなく、ごく自然に質問を投げかけてこられるのです。

 

質問にはいくつか重要なメリットがあります。まず、時間が大きく節約できる。

疑問に思ってもそれを尋ねることなく後で調べようとするとたくさんの時間が必要になります。今ではネットの普及で「言葉」に関しては昔ほどではありませんが、その場で疑問に思ったことを尋ねると一発で解決します。場合によっては数日もほったらかしにして結局分からないまま終わるなんてこともあります。

また、話の内容に関しては大きな広がりが生まれることもあります。例えば、事業の売却を担当していた頃、「●●社の人と話をしていてちっとも交渉が進んでいません。」という話をしたことがありました。「誰と話をしているの?」と尋ねられ、「●●取締役です。」とお答えしたところ、「●●さんならよく知っているよ。」とその場で電話をしていただき、我々では聞き出せなかった、先方で時間がかかっている理由が明らかになりました。

その時は我々が売却しようとしていた関連会社の事務所のひとつが、かつてその相手先とトラブルになったことがある別の会社の物件を借りていることがネックになっていることが分かり話が進まなかったのです。そこで、さっそくM&Aを仲介してくれた会社に仲立ちしてもらい、事なきを得ました。

このような形で質問しなければ触れることのなかった話に辿りつくこともある訳です。

 

3.優秀な人の特性

現在、こうやって多くのクライアント方々と接するようになって、この質問をする力が不足していることを猛省しています。こちらが質問しなければクライアントの方々はこちらが理解していないことを知らないまま話が進んでしまうことがあります。

クライアントさんからすると、質問がないのだから当然理解している、あるいは知っていると判断して話を先に進められます。

後で分かった時に、かなり以前に議論して結論付けたことを再検討しなければならないことさえあります。

例えばその会社あるいはその業界でしか使われていないことばが日常的に使われているケースがあります。そこで確認の質問をしないでやり過ごしていくと核心となる話に辿りつけずに終わってしまうこともあります。

そうならないために我々に限らず企業で仕事を進める場合には「これはどういう意味だろう?」とか「これはなぜなんだろう?」と感じたことは躊躇せずに相手に尋ねる力がとても大切だと思うのです。

私の周りでも優秀だと言われる人のほとんどが疑問をひとつひとつつぶすように質問する癖を身に付けています。

そういった質問を重ねる癖を身に付けていることで、知識の幅が広がり、結果として様々な課題に対する解決の引き出しが豊富なのだと感じています。

「で、お前はどうなんだ?」と訊かれると、「これが簡単なようでなかなか。。。。。」

 

以上

 

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  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第23回目です。
  • 第23回目は、世田谷区長保坂展人様です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第23回)■ ■ ■ 

世田谷区長 保坂展人様

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[世田谷区長 保坂展人様 プロフィール]保坂展人様

1955年11月26日、宮城県仙台市生まれ。中学校卒業時の「内申書」をめぐり、16年にわたる内申書裁判の原告となり、そこから教育問題を中心に取材するジャーナリストになる。96年11月、衆議院議員初当選。09年までの3期11年で546回の国会質問に立ち、「国会の質問王」との異名をとる。2011年4月の世田谷区長選挙で初当選。区内で車座集会ほか、区民参加の意見交換の場を次々と持ち、今後20年の「世田谷区基本構想」をまとめる。

著書:「相模原事件とヘイトクライム」(2016年、岩波ブックレット)、「脱原発区長はなぜ得票率67%で再選されたのか?」(2016年、ロッキング・オン)、「88万人のコミュニティデザイン」(2014年、ほんの木)、「闘う区長」(2012年、集英社新書)ほか、著書多数。

 

[今回のインタビュアー・同席者は以下の通りです]

  • 高井伸夫 
  • 公益財団法人ヒューマニン財団 理事長 寺山智雄 様 

取材日:2017年7月31日 於:世田谷区役所

 


高井

一番力を入れてる区政は何ですか。

 

保坂様

時間も精力も大きく使ったのは保育園の整備等の子育て支援政策です。世田谷区では、10年前には年間6,000人子どもが生まれていましたが、今は8,000人生まれています。少子高齢化といいますが、世田谷区は子どもが増え続けています。

平成23年度以降、増加し続けていた待機児童数ですが、6年ぶりに前年度の数値を下回り、3歳以上の待機児童は解消することができました。今後も、0歳から2歳までの待機児童解消に向け、努力をさらに続けていきたいと思います。

また、子どもの数だけでなく、すべての年代で万遍なく人口が増加しています。区の人口は年に1万人ずつ増えていて、現在、約90万人の方が暮らしています。あと十数年で100万くらいになるのではないでしょうか。

 

高井

世田谷区では人口が増えているのですね。世田谷区の予算は豊富なんですか。

 

保坂様

平成29年度予算で、一般会計が約2,987億円、特別会計を含めると約4,785億円です。世田谷区は一番豊かだということではありません。むしろ人口が約90万人と多いので、ふるさと納税の影響が都内で一番大きいです。

 

高井

世田谷区はふるさと納税の影響が大きいとはどういうことですか。

 

保坂様

影響が大きいというのは、区財政から出ていく金額が多いということです。ふるさと納税制度による影響で、平成29年度の世田谷区住民税減収額は、約31億円にも上りました。これがどんどん増えていくと手の施しようがありません。

 

高井

ふるさと納税の影響で、減収額がもっと増えることもあり得るのでしょうか。

 

保坂様

仮に、世田谷区のすべての納税者が限度額までふるさと納税をしてしまうと、最大200億円減収する可能性があります。そのため、区では、ふるさと納税制度の現状やそれに伴う影響、区の取組みをわかりすくまとめたリーフレットを作成しました。また、直接区民の方にふるさと納税の影響を伝えるため、私も街頭に立ち寄付を呼びかけました。100億円の減収になると、もう、予算が組めない状態になります。もちろん50億円でもかなり影響がありますが、そうなりますと、新築工事は全部無制限でストップするだとか、区のサービスを一時的に止めることになりかねません。投資など政策的に使えるお金を削るしかありません。

 

高井

最近、総務省を中心にふるさと納税の見直しをしていますよね。

 

保坂様

地方の活性化といっても、都会の保育園、あるいは、学校建設が止まるようなところまでいくとは総務省も考えていなかったんじゃないでしょうか。

ただ、地方の高齢化と、少子化、人口減少というのは非常に深刻ですよね。現在は、地方都市にいる若者が、首都圏にかなり多く流出していますが、その地方都市が衰退すると、地方から首都圏に来る人もいなくなると言われています。ですから、地方の衰退は都市部にとっても非常に大きな問題で、ふるさと納税ではない形で、いろいろ関わりを持つことが重要だと考えています。

 

高井

地方とふるさと納税ではない形で関わりをもつとは、例えば、どういうことですか。

 

保坂様

世田谷区は北海道から沖縄まで約40の交流自治体があります。普通の自治体の付き合いにしては多い方だと思います。今週末(注2017年8月5日~6日)に、“第40回せたがやふるさと区民まつり”を開催しますが、36の地方自治体が特産物を持って世田谷区に集まるんです。もう40回も続くお祭りで、非常に多くの区民も楽しみにしています。毎年、交流自治体の市町村長が集まって、“せたがやふるさと区民まつり首長懇談会”を開催したり、特産品の販売だけでなく、さまざまな交流があります。

例えば、川場村は、世田谷区と、姉妹都市事業の縁組み協定を昭和56年に結んでいます。川場村には、関東好きな道の駅第1位に選ばれた“道の駅川場田園プラザ”がありますが、これは世田谷区の名誉区民である鈴木忠義氏をはじめ世田谷区が積極的にかかわり、姉妹都市事業に端を発し、発展した例です。新潟県十日町は、お正月に毎年何十トンもの雪を持ってきてくれて、子どもたちがそれで遊んだりします。自然エネルギーを地方で作ってもらって世田谷区で買い取って使うということも実現しだしたりしてるんです。それだけの地方とつながっていることは世田谷区の資産です。

 

寺山様

エネルギーについてのお話がありましたが、区長という地方自治体の首長になって、エネルギー政策を考え実行されるうえで一番悩ましいことは何ですか。

 

保坂様

悩ましいことですか・・・。私がよく知る首長さんの中に宝塚市長がいるんです、宝塚市は実は広大な山があるんです。そういった自然環境だったら、その自区内でエネルギーの調達方法もいろいろ考えられるわけです。世田谷区はほぼ住宅地なので、自然エネルギーの地産地消は世田谷区ではなかなか難しいなと。そこで交流自治体との連携を考えました。

 

高井

自然エネルギーについて、交流自治体との連携とはどういったことですか。

 

保坂様

例えば、桜の名所で有名な、長野県伊那市高遠で、この4月から水力発電所が稼働し始めました。ここで発電した電力を買って世田谷区の41の区立保育園で使っています。いままで区立保育園では、年間約6,000万円の電力料金を支払っていましたが、水力発電に切り替えることで500万円ほど安くなる見込みです。これまで中部電力に全て売電してきた長野県も、新電力の買取り価格が、従来よりも高くなり、年間約2億円の収益が得られるそうです。地方の自治体が、都市部の自治体へ電力を送るという仕組みは日本で初めての仕組みです。この仕組みを作るのに、環境省や経済産業省、それぞれの自治体、長野県と、世田谷区と共同で準備しました。東西のヘルツの違いなど、困難な面もありましたが、一つ一つ突破しました。これを受けて、8月1日に、エネルギー連携だけの会議が開催されます。

その他にも、交流自治体の一つである八幡平市は日本で有数の、地熱発電のポテンシャルが高いのですが、送電網の整備が整わないという課題がありました。この課題を突破するのに約5年かかりましたが、ようやく実現しました。こういった自治体と自治体の連携は全国にどんどん広がるはずです。世田谷区だけがあちこちの自治体と連携してやるだけでなく、別の地方自治体と地方自治体が協力してやることも可能です。このように、ネットワーク型で見ていくと意外とやれることがあると思っています。

 

高井

地方自治体との連携のほかには、どういった取り組みをされていますか。

 

保坂様

世田谷区内には、16の大学(隣接含む)があります。昼間の学生総数が約9万人で、研究室もたくさんあります。そういうところと、区の政策等をつなげてコラボレーションするということをやっています。例えば、商店街の活性化や、東京都市大学と連携して世田谷区にある等々力渓谷を清流化するプロジェクトなどが始まっています。エネルギー分野でも、大学や企業が入ってきたりすると、より加速して可能性が拡がるのではないかと、そういった形で、原子力や、化石燃料に依存した発電に依存しない電力をいかに作り、確保していく仕組みをつくるかということに、かなり時間も割いてます。

この分野は、狙いどおりに5年前に立てた戦略どおりに動いているんですよ。

 

高井

区長の将来の夢は何ですか。

 

保坂様

一つは、住民自治。住民自治というものが日本では言われながら、なかなか実現してこなかった。今回、高知県の大川村で村議員のなり手がいないので、村議会を廃止して村総会を検討するというニュースがありましたが、全員自治は、民主主義の一番原始的な姿ですよね。それを、90万都市の世田谷区でやりたい。世田谷区では、くじ引きで当選者を決めてその当選者に集まってもらうという形で無作為抽出型住民ワークショップを開催し、いろいろなことを議論してもらっています。

 

高井

無作為抽出型住民ワークショップですか。今まで何回ぐらいやっているんですか。

 

保坂様

今までで、あれこれ合わせると、もう20回以上やってるんです。

 

高井

そんなにやってるんですか。知りませんでした。あまり報道されませんよね。

 

保坂様

そうですね、あまり報道されていませんが、一番特色があることだと思っています。くじで選ばれた住民の方の話してることや、意見は、非常に素晴らしくて、かえって、われわれ役所の人間や、政治で言われてることよりも遅れてるんではなくて、進んでるというふうに感じます。行政も、政治も間接ですが、その現場にいる住民の方々の話から気付くことや、提案されることは非常に貴重です。そういうことをまちづくりとか、自治体経営の中にどこまでビルトインできるのかっていうのが当面の目標です。無作為抽出型で議論する以外に、毎日、区長へのメールを頂いています。これは毎日10人くらいからメールが届きます。そういった声を自治に活かしていきたいと思っています。

 

寺山様

最後に1つだけ教えてください。働き方について、区の職員が5,100人ほどいますが、それだけの職員を抱えているトップとしての働き方について何かお考えがあれば教えてください。

 

保坂様

世田谷区では、イクボス宣言っていうのをやりました。フランスが少子化から反転した理由をいろいろ調べていて、フランスは、男性の産休2週間取得を義務付けている、というのを知りました。今、フランスでは男性の産休の取得率は8割ぐらいらしいんですけど、お父さんが育児の当事者になるっていうのは大きい理由ではないかと。2子目、3子目に大きく関わっていくという。そこから派生して、世田谷区役所では、生まれたら、いろんな休暇を使って、ちゃんと子どもに向き合いましょうという問題提起をしたんです。ただ、区長だけ言ってても、なかなか徹底できないので私だけでなく、部課長が、みんなでイクボス宣言文にサインをして職場の目立つところに掲げることにしました。

 

高井

イクボス宣言ですね。

 

保坂様

その他に、保育のこと考えたときに、特に女性の社会参加を考えたときに、今、区で推進しているのは、いわゆるテレワークです。すぐ近くで子どもをみてもらいながら仕事ができる子どもの見守り機能付きのワーキングスペースの設立を含め、「働くこと」と「子どもとともに過ごす時間」を両立させる施策を検討しています。

 

高井

本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

以上

 

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9月30日(土)11時45分より、中国飯店「麗穂」にて会食会を開催いたしました。「麗穂」は、2017年7月29日に名古屋市中村区ミッドランドスクエア41階にオープンしたばかりのお店です。「麗穂」HPご参照ください。

http://www.chuugokuhanten.com/store/reiho.html

 

中部地区に縁のある方をお招きいたしました。当日ご参加いただいた方は以下8名の方がたです。(あいうえお順)

・石田 志保 様(株式会社ヴィヴィ 花宴hanano-en 代表)

・伊藤 綾 様(小畑孝廣音楽事務所内TEAM357所属 ジャズボーカル、ジャズドラマー)

・井上 武 様(ラブリークイーン株式会社 会長)

・井上 富紀子 様(LFC株式会社 取締役)

・佐野 直史 様(株式会社ファッズ 代表取締役社長)

・杉山 貞之 様(株式会社スギヤマ薬品 代表取締役社長)

・速水 亨 様(速水林業 代表)

・横山 巧 様

 

 

参加いただいたゲストの方の感想を一部ご紹介させていただきます。

・伊藤 綾 様(小畑孝廣音楽事務所内TEAM357所属 ジャズボーカル、ジャズドラマー)

久しぶりに先生にお会いできたこと。 本にサインをいただけたこと。

おいしい料理を食べられたこと。 ご活躍の方々とご縁をいただけたこと本当にありがとうございます。 (略)

今後も歌う場が広がっていくよう、 そして、地元の名古屋を盛り上げていけるよう精進して参ります。

 

・井上 武 様(ラブリークイーン株式会社 会長)

・井上 富紀子 様(LFC株式会社 取締役)

昨日は、名古屋での昼食会にお招きいただき有難うございました。5年ぶりくらいにお目に掛かりましたが、80歳になっても、とてもお元気でパワーを頂きました。

お会いした皆様も、各界でご活躍の方ばかりでとても楽しい時間でした。

特に、速水林業の速水さんの話は夢があって楽しい話でした。上場を目指している佐野様や、500億企業に成長された杉山様の話しも興味ありました。

 

※井上様は当日のご様子を自身のfacebookでもレポートしてくださいました。https://www.facebook.com/inouetakeshi0517

 

・佐野 直史 様(株式会社ファッズ 代表取締役社長)

先日は名古屋での食事会にお誘い頂きありがとうございます。色んな方とお会い出来たこと嬉しく思います。

 

・杉山 貞之 様(株式会社スギヤマ薬品 代表取締役社長)

先日は「麗穂」におきましてお食事会にご招待頂きまして誠にありがとうございました。 「麗穂」の美味しいお料理をご馳走になりながら、高井先生の鋭い洞察力を感じるお話しを聴けましたこと、そして社長塾の頃にお世話になりました井上様、鋭い視点を持つ速水様、 佐野様、女性経営者として活躍されている石田様、先生の旧友でございます横山先生、音楽家の伊藤先生と多種多彩な方々と交流できたこと感謝申し上げます。

以上

 

 

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<イッピン>
麻布十番はなぶさ「ひつまぶし」

 

 

20171015ひつまぶし.jpg

 

 

名古屋生まれの私にとって、鰻といえば、まず「ひつまぶし」が頭に浮かぶ。

名古屋に帰郷した際には当然のように食する、いわば私のソウルフードであるが、東京ではひつまぶしというメニューをそもそも目にする機会が少ないので、これまでは殆ど食べたことがなかった。

 

8月末に酷い風邪を引き、精力をつけようと思って、ひつまぶしをインターネットで検索したら、麻布十番にある「はなぶさ」というお店が出てきた。

 

お店のHPによると、このお店では愛知県一色町の矢作川の清流で養殖した鰻を使用しているという。

清流で養殖する鰻、というものを初めて聞いたので、興味を引かれて昼食時に早速食べに向かった。

 

はなぶさは、店構えは小作りだが、お客さんで賑わっていて中々繁盛しているようであった。

 

少し待つと、茶色のお櫃によそわれたひつまぶしが出てきた。

名古屋には、ひつまぶしの名店として知られる蓬莱屋というお店がある。このお店のひつまぶしは濃茶色の木のお櫃によそわれていてるのだが、中のひつまぶしとお櫃の色が合っていて、見た目も美しく、食欲をそそられる。

「はなぶさ」は蓬莱屋と同様、濃茶色の木のお櫃を使用していた。

 

薬味は、わさびとねぎと海苔で、きゅうりと紫蘇漬け、奈良漬け、お茶漬け用のお出汁が添えられていた。

ひつまぶしの定番の食べ方通り、一杯目はそのまま。二杯目はわさびとねぎと海苔で、三杯目は出汁をかけてお茶漬けで頂いた。

肝心の鰻は、硬めに焼き上げられた皮を噛むと、ふわりとした香ばしさが漂った。肉は、弾力と厚みがあり、非常に美味しかった。

 

麻布十番「はなぶさ」のひつまぶしは、東京にいながらも故郷を味わえる料理として、これからも重宝するイッピンとなるだろう。

 

 

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2017年8月24日(水)13:02 ベロペロネを撮影
花言葉:「ひょうきん、おてんば」

 

 

第32回 人事・労務の未来(1)
(2009年10月5日転載)

 


高井伸夫弁護士は、企業構成員が「個」としての能力を十分に発揮できるよう条件を整えるのが、人事・労務管理の役割と位置付けている。いまや利益追求のみで通用する時代ではなく、心身の健康と人間性重視の姿勢で臨むべきであると提言した。

 

「個別人事管理」に重心

企業におけるこうした人の獲得競争が激化した根本原因は、①日本の人口が減少局面に入り“人材の市場”も縮小し、優秀人材の獲得競争がますます激しくなっていること、②グローバル化により企業は外国企業との競争を強いられていること、③日本の国内市場が縮小し、右肩上がりの成長路線を描けなくなったこと等であり、手をこまねいていればジリ貧になるという恐怖感が、潜在的にせよ強く意識されてきたからであろう。

10年ほど前に日本に成果主義が浸透し始める以前から、私は、「事業戦略・企業戦略は、人事採用戦略に宿る」と述べてきた。近年この人的資源獲得競争の中で、特に経営能力・管理能力・専門知識を備えた稀少人材を確保・維持・育成することの重要性は増し、今後もますます増加するのは必然で、それに伴い人事・労務の重要性がさらに高まっているのである。

そして、成果主義的な人事・賃金制度の定着と社会的な個人主義の風潮の高まりが相俟って、企業では集団管理よりも個別人事管理に重点が置かれるようになってきている。成長という右肩上がりのビジョン・価値観によって従業員に対する求心力を保つことは不可能になっており、その一例として、組合の組織率が低下し続けているのは当然の現象であり(2008年労働組合推定組織率=18.1%)、かつての団体交渉を中心とした組合・社員会対策は下火となっている。それゆえ、人事・労務管理の面でも、これからは個々人を対象として丁寧な対応を行う必要に迫られるだろう。

しかし、企業は秩序ある協働体・組織として活動し、成果を上げ続けなければならない存在であることに変わりはない。即ち、企業においては、社会的変化によっていかに組織の集団的な堅固さが脆弱化する状況にあっても、個別人事管理だけでは経営組織は成り立たず、集団管理も当然に必要とされるのである。したがって個別管理と集団管理の両立という点にこそ、これからの人事・労務管理の難しさの根本があると言ってよい。

さて、人事管理と労務管理の違いとは何か。人事管理とは、企業経営のために従業員の個々の処遇を決定すること、つまり、配置・賃金等の報酬の決定をすることである。配置の決定とは、各人が取り組む仕事の内容を決めることであり、賃金等の報酬の決定とは、単に賃金額の決定だけではなく、序列付けをし、どの地位の職位・職制に就かせるかにも関連してくる。そこで、配置と賃金は互いに大きく関係してくるのである。

これに対して、労務管理とは、多数の労働者を使用するに当たって公明・公平・公正に処遇していくことである。

 

実効性ある労務管理へ

要するに、人事管理が一人ひとりの個人を対象とするのに対し、労務管理は多数の労働者を対象とし、集団的に秩序付けるべく取り組むことである。

この意味において、人事管理と集団管理を旨とする労務管理とは根本的に異なるようにみえるが、集団も個人によって成り立つがゆえに両者は密接な相関関係にあり、一体感あるものでなければならない。そしてそのバランスは、個別企業ごとに経営理念によって異なってくると思われる。

現在では、前述のとおり個別人事管理の重要性が増してきているが、その背景には、従業員・社員が、使用者に対して個別に発言するようになったこともあるだろう。それゆえに、企業の対応は複雑にならざるを得ず、公明・公平・公正を期する労務管理自体が、難しくなってきたことを意味する。

また、労務管理は日々の積み重ねが重要であるが、労務管理にとっての日常的な指導・教育の意義を改めて考えさせられる近時の裁判例がある。

「T社事件」(甲府地判平21・3・17)では、営業職にある従業員が、社有車を子どもの保育園への送迎に使用していたこと、早退が多い等合計15項目の解雇理由により普通解雇されたことの有効性が争われたが、裁判では解雇は無効とされた。裁判所は、不適切な言動を繰り返す従業員に対して会社が指導を行ったことを示すメモは、記載が断片的で不自然であるため、公平かつ公正な立場から記載された物とは認められないとして、メモ自体の信用性を否定した。そして、会社が主張した解雇理由15項目中14項目について「事実を認めるに足りる証拠はない」としたのである。

「詞は飛び書は残る」という法諺を紹介するまでもなく、裁判における証拠としての書面の存在は極めて重要である。そして、裁判対策だけの意味ではなく、労務管理の実効性をあげるためには、会社が自らを律するとともに、日頃から就業に関する的確な指導・教育を行う体制を作っておく必要があるのである。

 

アナログ的能力を活用

さて、企業間競争が激しくなるにしたがって、「企業を活かし、人を活かす」ことがなお一層必要となる。「企業を活かす」とは、集団管理の視点に立つことであり、経営者・管理職者のリーダーシップ・マネジメント力等々が要素となる。「人を活かす」とは個性を大切にされてこそ人は最大限の力を発揮できるとの個別人事管理の視点に立つものであり、個別管理の基本である「人を見て法を説く」ことが重要な要素となる。

こうして、個性に主眼を置く個別人事管理の強化という視点に立つと、集団管理の困難さが一層際立つことに気づくだろう。これからの人事・労務管理は、集団管理と個別管理の一層の統合を図らなければならないが、結局、両者の架け橋は評価にあり、その公明さ・公平さ・公正さと、適切な経営理念の推進を実現することにあると言えるだろう。

人の労働の価値基軸は、主に手足を使う肉体労働がメーンであったフットワーク・ハンドワークから、頭脳労働・知的労働がメーンであるヘッドワークに移行し、社会の進歩や変化とともに変わってきた。そして今まさに、主に心を用いることが重要な要素であるハートワークの時代(心の時代)となっており、そして、近い将来はハートワークよりもなお一層人間性全体を活性化する時代(ヒューマンワークの時代)になるだろう。

私が提唱するこの「ヒューマンワーク」とは、マニュアル経営と対峙する概念であり、人間性の原点に立ち帰り、心身の限界を尽くして、人として有する全機能をフルに働かせる労働を意味している。言わば、全人教育の成果としてなし得るものである。

グローバル化が進めば進むほど、民族の考え方の違い、価値観の違いを超えて機能する、人類に普遍的な「ワーク」であるヒューマンワークが必要とされるだろう。

つまり、人事管理・労務管理においても心・精神性、さらには多様な価値観を前提とした上で、個人の人間性を念頭において構築なければならない。

先に、経営能力・管理能力・専門知識を備えた稀少人材の必要性について触れたが、そこで重視される人間の資質・能力はデジタル的な能力(数値上明確化することのできない能力)にあると言える。現代のように誰もがITを仕事に活用するのが当然の時代となればなるほど、勝負はIT化できない能力、数値化できない能力の優劣にかかってくる。例えば、話す能力・意思伝達能力・問題発見能力・協調性・営業力・交渉力・プレゼンテーション能力・リーダーシップなどは、いわばその代表例である。これらは、成果を数字で示すような頭脳労働だけではなく、人の感情や思いに訴えかける能力を必要とする。そして、ITはこれらの能力を増幅させる「てこ」の役割を果たす。だからこそ、ヒューマンワーク社会ではわずかな違いが大きな成果の差につながるのである。

 

利益追求のみでは限界

さて、このヒューマンワークの時代においては、健全な肉体はもとより、心の健全性も当然意識されなければならず、健全な心身と人間性との統合があって初めて、人としての存在意義と機能が十分発揮できるのである。この点、人事・労務管理においても人間性の尊重は当然意識されるべき視点であり、経営者や管理職者についても、また企業の精神である経営理念や事業活動自体についても、さらたには就業規則等の規定類の運等に当たっても、心身の健康と人間性を重視する態度で臨む必要がある。そして、こうした姿勢は企業構成員の意思統一を図るためにも極めて重要である。

人事労務管理の目的は、「企業の活性化を図る」「事業経営の成功を期する」ことに尽きるが、これは利益のみを追求するだけでは不可能であり、個々の企業構成員が「個」としての能力を十分に発揮することが必要不可欠となるであろう。即ち社員・従業員・労働者を、尊厳ある存在として扱うべく人事・労務が重要視される時代となってきたということなのである。

 

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  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第22回目です。
  • 第22回目は、シンガーソングライター・自営業 ボビン・マン・バジュラチャルヤ様です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第22回)■ ■ ■ 

シンガーソングライター・自営業
ボビン・マン・バジュラチャルヤ 様 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


[ボビン・マン・バジュラチャルヤ様 プロフィール]

生年月日:1976年4月17日、出身地:パタン、カトマンズ盆地、ネパール

ヒマラヤのふもと、カトマンズ盆地の南に位置する古都パタンの大乗仏教お坊さんと金属職人を営む家系のもと生まれる。

1996年10月、アルバム『Heroes Of Dream』を発表。2000年2月日本での初アルバム、『SAMSARA bobin』をMONSOONRECORDよりリリース。2001年春、日本で2枚目となるアルバム『bobin and the mantra』をリリース。2002年7月に台湾の音楽フェスティバル『HO_HAI_YAN』に出演。ネパールに帰国。2003年春、台湾でアルバム『Soul Rhythm』リリース。当アルバムが台湾の金曲賞にノミネートされる。2003秋、2004年夏に台湾ツアーを行う。2004年冬、音楽活動の拠点を日本におくために来日。2005年春、アルバム、『Songs Of Love』をリリースし、Earth Day Main Stage、Fuji Rock Festival、Risining Sun Rock Festivalなど日本の大型音楽フェスティバルに出演する。2007年6月、日本で代表曲"Slow Burning"を収録したアルバム『Rainbow Vibaration bobin』を発表。

2007年ネパールで伯父が営む工場で音楽関係のTシャツ生産を開始。同年、日本で(株)スローバーニンを設立。その後、2010年2月まで日本を拠点に音楽活動と会社運営に励む。結婚を経て、子育てはネパールでしたいとの思いから2010年3月ネパールに帰国。地元パタンで現地生産のみのセレクトショップ、アパート、フリースペースを含んだ独自の店、『Melting Pot』を開店。

2015年のネパール地震後、カトマンズの中心街タメルにTシャツ屋を移転。ネパールに住みながら、定期的に日本での音楽ツアーを行う。ネパールでも音楽活動中。2017年9月カトマンズ・タメルに新たにTシャツ屋を2店舗オープンさせ、現在に至る。

ボビンさん写真

(写真は左からボビン様、高井、角様)

ボビン君との出会いは、2002年8月に知人と訪れた赤坂の沖縄現代料理店「紅い花」で、皿洗いのアルバイトをしている当時25歳の彼に声をかけたことがきっかけです。私は、同年11月20日から24日にかけて25名からなる「桃源郷を訪ねる訪問団」の団長としてネパールを訪問する予定があり、ボビン君がネパール・カトマンズ出身と聞き、秋にネパールを訪問予定である旨お話しました。すると彼は「10月にはネパールに帰国するので、11月20日にはカトマンズの空港でお待ちしています」という言葉を返してくれ、実際にカトマンズ空港で我々一団を出迎えてくれたのです。その後も親交を続け、シンガーソングライターとして活躍する彼をささやかながら応援させていただいております。

ボビン君についての過去のブログご参照ください。【交友録 その9】9月第1週<8月28日(日)~9月3日(土)>

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • 高井伸夫 
  • 角 耀 様 
  • 高島さつき(秘書)

取材日:2017年8月8日(火)於:中国飯店市ヶ谷店

 


 

高井

ネパールの地方選挙は終わったんですか。

 

ボビン様

地方選挙が3回に分かれてしまったんですが、僕のところは、もう終わって、20年ぶりに市長も決まりました。ただ、まだ1州(One State)が終わっていないので、そこが終わらないと完全に終わったとは言えません。

 

高井

地方選挙はまだ終わってないとして、国の選挙はいつやるんですか。

 

ボビン様

国の選挙は、もうちょっと先だと思います。今、やっと憲法ができました。それでもインドの圧力がいろいろとかかっています。実際、この20年の間に、1,000万人ぐらいのインド人がネパールの国籍を取得していると言われています。ネパールの人口が今、3,000万人ですね。その3分の1はインド人です。

 

高井

ネパールはインドの影響が大きいようですが、お隣のブータンはどうなんですか。

 

ボビン様

ブータンは、割と安定しています。ブータンの国王は、Gross Domestic Happiness(国民総幸福量)を提唱して「ブータン」のブランド化に成功しました。ブータンはインドに政治的影響を受けつつも、自身のアイディンティティーを確立させていて、政策がスマートだと感じます。

インドは、領土問題などで中国と揉めていて、中国とインドの間にあるブータンとネパールをコントロール化においておきたいんです。インドのモディは、過激ヒンズー教でネパールがヒンズー王国になるんだったら、王制を復活させてもいいという気持ちがあると思います。モディだけでなく、インドにはRAWというシンクタンクがありますが、RAWも、ネパールと合併してもしなくてもいいから、自分のコントロールできるリーダーをネパールに作りたいと思っています。

 

高井

ネパールにインドの言いなりになるリーダーがいるんですか。

 

ボビン様

いっぱいいます、それがネパールの問題なんです。国民はすごく頑張っているんですが、政府がインドの顔色を窺っている。ネパールは90年代に王制が弱くなってから、だんだん、だんだん政策もでたらめになっていったように感じます。

 

 

高井

2015年に地震がありましたが、観光への影響はどうですか。

 

ボビン様

地震の前に少し、観光客の数が増えていたんですが、地震の後、当然激減しました。4月に地震があって、8月まで全然駄目で9月からは徐々に良くなったんですよ。地震の後のネパールを見たいということで観光客が増えたんですが、9月末からインドに国境を封鎖されてしまってしばらく全くダメでした。それからやっとよくなりはじめて、今年はこれからシーズンに入るので、どれくらい来るのかまだ分かりませんが、ホテルは空室がなくなっていると聞きます。

 

角様

地震でお寺とか随分つぶれちゃったと言いますが復興は進んでいるんですか。

 

ボビン様

お寺を修復する伝統的な職人も、まだまだたくさんいますのでお寺は復活できると思います。地震があってもネパールでは暴動が一切起きなかったんですよ。そういう点でも焦ってる人は誰もいないですね。復興は、ゆっくりですけど進んでます。

 

高井

ネパールではバーや何か盛んですか? クラブやキャバレー等はどうですか。

 

ボビン様

昔みたいな、踊るところは、だんだん減っています。もっと若者が集まるライブハウスのようなところは、たくさんあります。ジャズのフェスティバルとか、ブルーズのフェスなど。

僕も1つ「Shanti Utsav(シャンティ ウトサブ)」というイベントを主催しています。シャンティは平和で、ウトサブは祝うという意味です。心の平和を祝うというテーマです。イベントでは友人である日本人のキャンドル・ジュン氏と一緒にキャンドルアートをやったりしています。

カトマンズにはストリートチルドレンがいるのですが、彼らに職業訓練として竹細工を教えたり、キャンドル・ジュン氏が、キャンドルを教えたりして、販売するにまで至っています。そのキャンドルを7世紀のお寺に灯して、中庭で僕らが音楽をやったりしています。次のイベントは11月中旬を予定していますが、過去には北海道のアイヌのミュージシャンOKI(オキ)氏を呼んでライブを開催したりしました。OKI氏はアイヌの楽器「トンコリ」の奏者で、古くからの友人だった縁でお招きしたんです。

 

高井

音楽活動に、ストリートチルドレンへの職業訓練。ボビン君の本業、ビジネスは何をやってるんですか。

 

ボビン様

僕は日本にいるときから、音楽活動とTシャツの販売の両方をやっています。音楽活動の方は、実は今年も日本でフジロックに出る予定だったんですよ。ネパールのタメルという町に2つのTシャツのお店を3月にオープンする予定だったんですが、ビルが完成してなくて、延びて、延びて、延びて、9月になってしまった。それで、7月末のフジロックに行けなくなって、キャンセルしたんですよ。

日本でのTシャツの販売のビジネスは、東日本大震災が起こる前までは、どんどん伸びていてすごく良かったんです。今は駄目ですね。地震後は、ネパール自体への注文がどんどん減ってるんです。日本人の最近の傾向として、あんまり洋服にお金かけなくなっちゃったっていうのが一番の理由だと思います。ただ、高級で高額な洋服は売れているらしいんです。昨日お会いした方は、5万円~10万円くらいの高級なシャツを作っているて、イタリアで5万~10万ぐらいのシャツを作っているんです。それをネパールで作れないかなという相談をしました。100%麻で、ビジネスマンが夏に着られる服。日本で作ると10万円を超えてしまうので、イタリアのシャツに勝てないんですね。そういうマーケットは健在していますが、僕らが売るのは、シャツ1枚8,000円とか、1万円。その価格帯は、需要がものすごい低下しました。高級品を作るか、もう、3,000円、4,000円のを作るか・・・。実は、ある方とネパールで繊維が作れないか、相談しているところなんです。

 

高井

ネパールで作る繊維とは、何の繊維ですか。

 

ボビン様

麻とイラクサです。イラクサというのは、雑草なんですが、ネパールでは、昔から紐を作ったり、洋服にしたり、食べたりしてるんです。すごく栄養があって、ちょっとねちょねちょしていて、煮てから食べるんですよ。そのイラクサから繊維が作れないかと。今は繊維を中国から輸入して、それで生地を織ったりしているんですが、コストが合わないんです。

 

角様

繊維を作るっていうのは、技術を導入するっていうことですか?

 

ボビン様

そうですね、おそらく工場を造るなどで10億円規模のプロジェクトになるので、結局、政府の協力がないと、個人ではちょっと大変です。権利関係とか、手続き等、今調べているところです。伯父が25年くらい前から縫製工場を経営していますが、今、繊維をネパールで生産できれば色々と一番スムーズにいく段階なんですね。ただ、今のネパールで作る繊維は古いスタイルのままなので粗いんです。

 

角様

麻やイラグサはネパールでたくさん生産されているんですか。

 

ボビン様

ネパールは、麻、イラクサの産地です。うちは縫製工場なので、やっぱり、麻の布で何かしたいというのが一番のメインです。ネパールでは、麻の栽培は禁止されていますが、実情は政府がコントロールできないぐらいあちこち至るところで栽培されています。5年ほど前の報道ですが、南ネパールの麻、種類がヒマラヤとは少し違って薬にも使える麻が、ネパールから60億円分もインドに密輸されてるそうです。医薬会社が、原料として使うために密輸してるらしいんです。毎年60億円分も密輸されてるんだったら、ちゃんと合法化して税金を取ったほうが、もっといいんじゃないのかという意見の記事でしたが、その状況はいまだに続いてるんです。

 

高井

音楽活動と、Tシャツのビジネスの他は何かやっていますか。

 

ボビン様

実は、ネパールの山間部に6,000坪ぐらいの土地を買ったんです。まだ車道がなくて、車道から5分くらい歩いて登らないといけないんですが、水源もあります。そこでトウモロコシの種をまいた1週間後に地震がきて、農場に2軒あった家が潰れちゃったんです。ぺしゃんこに。しばらく落ち込みました。それでその後フルーツの木を100本くらい植えたんです。今度帰国したら、車道を造ろうと思っています。車が入れるようになったら、自分たちの食べ物だけでも作ろうかなと思っています。他にもショウガとか、そういう乾燥できるもの作って、輸出できたら輸出もしようかなと思っています。来年ぐらいには農業の会社を1つ設立しようかなと思ってるんです。

 

高井

ネパールの将来は明るいと思いますか。

 

ボビン様

将来は明るいと思っています。ネパール人はネパールが好きなので、政治が安定していけばと願っています。ネパールはいろんな文化が混ざって、いろんな人種が混ざっています。地震のちょっと前は中国人観光客が多かった。今は南米系、メキシコ人とか、ベネズエラ人や、ベトナム人も増えてるんです。常に誰かしらネパールを訪問・観光しています。

ネパールは、シンプルな政策を取ればいいなと思っています。フリーポートみたいに、シンガポールみたいにすればいいんですけれど、それはインドにとっては都合が悪いので、政治家は斟酌しています。国民自体は、一回ネパールに来てみたらわかると思いますが、すごくリラックスしてます。パタンにも、おしゃれなカフェや宿ができて、町の雰囲気はすごくいいですよ。ネパールの発展には、日本とかヨーロッパとは異なる文化的な発展が、もっと重要になってくるかもしれないですね。まあ、未来は明るいと思いますよ。

 

高井

最後に、ネパールに日本人が行って、一番興味がある所どこでしょうか。

 

ボビン様

やっぱり、山、自然ですね。去年、標高5,000メートルのところにあるティリチョ・レイクという湖を見に行ったんです。自然は、もう涙が出るほどきれいです。ぜひ見に来ていただきたいです。

以上

 

 

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※明日の高井杯は雨のため、中止いたします(2017年10月20日)

【10月21日】第50回記念「高井杯ゴルフコンペ」ご案内

一緒にゴルフを楽しみませんか?高井伸夫よりゴルフコンペのご案内です。

 

★日 時:平成29年10月21日(土)

スタート  東コース 8:48AM  南コース 8:48AM

※30分前にお集まりください。

※6組予定(東3組、南3組)

 

 

★場 所:千葉夷隅ゴルフクラブhttp://www.chibaisumi.jp/

【住所】〒298-0261 千葉県夷隅郡大多喜町板谷588

【電話】 0470-83-0211

 

※キャディ13年連続日本一!!

 

 

★アクセス:圏央道市原鶴舞ICより車で30~40分http://www.chibaisumi.jp/access/

 

★費 用:26,000円位

(含む プレイ代、キャディ付、昼食、ワンドリンク、パーティ代)

(賞品多数あり)

※各自贈答品(1000円位)ご持参ください。

 

 

★幹 事: 知久信義、亀梨信夫

 

★申込方法★

http://www.law-pro.jp/weblog/pdf/news20171021.pdf

上記URLより申込用紙をダウンロードして、FAX(03-3230-2523)までお申込みください。

 

 

 

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