2017年3月アーカイブ

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2017年3月22日(水)8:50 靖国神社にて桜(ソメイヨシノ)の標本木を撮影
花言葉:「純潔、優れた美人」 

 

 

第3回 リーダーシップのあり方

 

株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門
青木 昌一 

 

1.リーダーシップの本質とは

コンサルティングの仕事、とりわけ私のような企業の人事制度設計をお手伝いするような仕事をやっていると、クライアントから理論値はこうなのだけど、どうしてもこういう風にしたいという要望を出されることがあります。

例えば、本来人事評価というのは個人の人格や業務外の出来事を反映させることはやるべきではありません。ところが中堅企業の経営者の中には地元の住民の方々を招いて盆踊りを主催するようなケースがあります。事務局として準備や運営をする社員は業務ですが、参加者として出席する社員はプライベートとして参加が推奨されるケースもあります。強制ではなく、会社の思いとしてみんなで地域への貢献をしたいという考え方です。直接的には会社の業績にこういった行動が寄与するケースは少ないかもしれません。しかし、その会社の経営者の方はそういう活動を通じて、地域の方々に地域の一員でありたいという会社の姿勢を知ってもらいたいとの思いがあるのです。

そういう場合、会社としては人事評価の際に盆踊りへの参加してくれた社員に人事評価の際に加算して評価してあげたいという話になるのです。

人事コンサルタントとしての正解は、もちろんそういった業務外のことを人事評価に反映させるべきではないということを主張すべきです。

しかし、私はそういう場合、経営者の方々の思いを十分に伺うようにしています。そして、そこに経営者の方々の熱い思いが詰まっていると感じた場合には、社員にとって一見理不尽に思えることでも、その思いを尊重させていただくケースもあるのです。

この姿勢は高井先生から学んだものです。高井先生はかつてリーダーシップの本質は「方向性を指し示すことである」と、教えてくださいました。ロジカルに理論値を追いかけるばかりではなく、経営者が考え抜いて出した方向性に大きなリスクがなければ多少遠回りになったとしても尊重すべきだ。その方向性を示せることがリーダーには大切な素養なのだと私は解釈するのです。

そして、そのリーダーシップに私は賭ける訳です。

 

2.人事評価とリーダーシップの関係

少し話が脱線しますが、人事評価ではオーソドックスには3つの大きな要素があると言われます。

ひとつは「業績」すなわち仕事の成果です。

ふたつ目に「能力」これは各人が持つ潜在的な力もしくは顕在化された力。近年は行動として示された力をコンピテンシーと呼ぶケースも多くなっています。

そして、最後が「勤務態度」。取り組み姿勢や情意とも呼ばれます。

組織の上の立場に立つ人ほど人事評価では「業績」が問われます。これはいくら能力があったとしても、それを発揮して業績につながらなければ意味がない。成果につながらなければ話にならないという発想です。

これに対してなぜ「能力」の評価が必要なのか。それは少しでも高い能力を発揮することを目指すことで、高いステージに上がってもらいたいという経営者の意思があるわけです。つまり社員の育成のためにこういう力を示し、評価をして処遇に反映するのです。これにより社員は少しでも高い能力を発揮するためにはどう行動すべきかについて理解を深めるのです。

取り組み姿勢は例えば社会や会社のルールを守れとか、仲間と協力して組織としての力を発揮したかといった基準になります。

これらの人事評価の要素の中で「業績」に準じて上位の立場の人に求められるのがリーダーシップです。その組織のリーダーがリーダーシップを発揮することによって組織の力は2倍、3倍に高められ、高い業績を上げる可能性が高くなるからです。

 

3.決断

話を戻しましょう。

「方向性を指し示す。」

文字にすると極めて簡単な言葉なのですが、このことがいかに難しいか。部下や後輩と一緒に仕事をし、多少なりともリーダーとしての役割を担ったことがある方はお分かりいただけると思います。

まず、方向性を決める必要がある。そのためには自分たちのやろうとしている仕事に対して客観的な評価ができなければなりません。多くの情報を集める必要もあります。ところが集まった情報はさまざまなことを物語ります。そうすると、どうすることが仕事の次の一手に最も資するのか、その次には何をしなければならないのか。様々な情報の中から取捨選択して自分なりの考えをまとめなければなりません。そこには様々な迷いが生じることは想像に難くありません。これで本当に良いのか?自分の単なる思い込みではないのか?結果が業績向上につながらなかったらどうしよう?

そんな迷いを断ち切り方向性が見定まったら、次は部下や後輩に伝えなければなりません。そのためにはどういう伝え方をするのか?何かの会議の席で発表するのか?小さなミーティングを重ねて少人数ごとに伝えるのか?

そういう迷いの中での決断が必要になるのです。

高井先生が長きにわたって多くの企業経営者の方から大きな支持を得続けておられるのは、、、、私の推測ですが、、、、「大丈夫。私がついている。」

こういう姿勢でいつも接しておられるからだと思うのです。

以上

 

 

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2017年3月17日(金)7:33 芝公園にて菜の花を撮影
花言葉:「快活、明るさ」



第25回リストラの本質と手法―恐慌下における諸現象を踏まえて―(1)
(2009年4月27日転載) 

 


高井伸夫弁護士は、日本経済が“脳梗塞”状態から抜け出すには8年を要するとみている。半身不随となる前に、正社員削減を含めたコスト対策を最優先すべきであるとした。1000件を超すリストラに携わった経験を基に解決の方向性を明らかにする。

 

光輝くべき春を迎えても、日本社会には重苦しい閉塞感が漂っている。今回の不況は一過性ではなく、恐慌と言える性質のものである。私が敬愛する中前忠先生(中前国際経済研究所代表)は、昨年12月の講演で、現在の金融不況はまだ三合目にすぎず惨憺たる状況が今後も続くと指摘された。

思えば、2007年12月初旬(当時日経平均株価1万5000円台・1ドル110円台)、私が某証券会社の経営幹部に「日経平均株価は7000円、為替は1ドル75円となり、不況は少なくとも2015年まで続く。大手証券会社ですらそれまでに従業員を半分以下にリストラせざるを得ない」と予測したときには誰も信じなかった。しかし、今ではそのとおりの展開になっていると言ってよい。各企業は急激に業績を悪化させ、リストラこそが企業存続のために必須であり、企業はリストラ義務を負っていると言っても過言ではない。「(2008年12月からの1年間で)270万人の雇用が喪失する可能性がある」(2009年2月4日、前日銀副総裁・大和総研理事長武藤敏郎氏講演)との見通しはさらに悪化するだろう。

私が企業の人員整理を担当し始めたのは、1963年に弁護士になって間もなくのこと。これまでに数多くのリストラ案件を体験し、その数は余りにも多く自分自身では数えていないが、1000件以上になるという人もいる。その経験から、企業の再構築(本来の意味のリストラクチュアリング)には、常に半歩先を読む先見性と、問題点を明確にした上で解決への方向性を具体的に解き明かすことが必要であると痛感してきた。

本稿では、まず導入として不況が2015年まで続くと予測する根拠等を述べ、次回以降、企業が生き残りをかけて行う人員削減策の問題点を真正面から取り上げ、提言を行いたい。

 

日米同時破産の懸念も

ドラッカーは「放っておけば不況も自然に治ることは確かであろう。しかしその頃には患者は死んでいる」とし、「あらゆる先進社会が、不況に対しては積極的な対策をとらざるを得ない」と指摘している(初版1946年『企業とは何か』第12章参照)。

今年1月10日付日本経済新聞で、倒産法の専門弁護士であり裁判官としても活躍され、退官後には産業再生機構の委員長を務められた高木新二郎先生が、「万が一トヨタや日産、ホンダの売上高が半減した場合も想定して、日本も支援策を検討した方がよい。影響が甚大な大企業には公的資金を入れ、中小企業にはモラトリアム(借金の棚上げ)をする。職を失った人への生活保護など総合的な対策を考えたほうがよいのではないか」と明言されたのも、また、金融危機で資金調達が困難になった一般企業に対して、一定要件のもと公的資金を活用して資本注入する新制度創設が国会で審議中なのも(改正産業活力再生特別措置法)、前掲のドラッカーの言葉と同じ問題意識に立つ。そして、トヨタ自動車が4月まで国内生産台数を前年同期比で半減させたり、新日本製鐵が粗鋼生産高を前年度比4分の1減とした状況をみれば、まさに高木先生の「売上が半減した場合は公的資金を入れて救う以外ない」とのご指摘が現実化しつつあることが分かる。日米同時破産ということも半ば公然と言われ始めている。 さて、歴史的に紛争の解決方法として「競争的解決」と「協調的解決」という2つの方途が考えられるが、恐慌の克服策としても、それは同様である。

 

正社員も例外ではない

1929年の世界恐慌の際、人類は戦争という競争的解決による経済の立て直しを選択し、第二次世界大戦(1939~45年)に至った。すなわち、1927年(昭和2年)の金融不況以降、極めて深刻な経済状況に陥った日本も「競争的解決」による克服をめざした。1929~31年頃の東京朝日新聞の見出しを見ると、「空前の就職難時代」「減俸令発表さる(現在の公務員の賃金ダウン)」「官庁も会社も皆人減らし」「失業地獄」「民間会社・銀行も減俸にならえ」等々の言葉が並び、当時の厳しい状況が伝わってくる。1930年度卒業生就職率は、大学卒39.1%、専門学校卒43.8%であり、まさに「大学は出たけれど」(1929年、小津安二郎監督映画作品)どおりの状況であった。結局、わが国は有効な打開策を講じることができず、満州事変(1931年)、日中戦争(1937年)という形で大陸への軍事的な領土拡張策を展開し、市場確保と軍隊の増強によって失業者の吸収・救済を図ろうとした。

かくして日本では1937年には一時的軍需景気で「競争的解決」は成功したかにみえたものの、1945年には敗戦を迎えた。この戦争で日本を始め多くの国が焦土と化し、生産力が減退すると同時に大量の物資が必要となったが、戦後にはイノベーションにより需要が喚起され経済が復興したのである。

ところが、今このような世界的規模の戦争をすれば核による地球の破壊をもたらすのは必定であり、今回の恐慌は戦争という競争的解決を用いることはできない。それが、協調的解決しか取り得ないと世界で強く認識されている所以である。例えば、世界同時不況の解決策について協議する金融サミットが、G7ではなく日米欧に新興国を加えたG20によるものであることも、世界規模による協調的解決が必至である証左であろう。

先にこの不況は少なくとも 2015年まで続くと予想したがその根拠は、1929年の世界恐慌の終息まで16年間要したことから(第二次大戦の終結は1945年)、今回世界全体で強力に協調的解決が可能になったとしても、少なくとも半分の8年間は必要と考えたらからである。

いわゆるサブプライムローンに端を発した金融危機で、血液であるカネを送り出す心臓の役割を果たす金融機関が、不良債権の急増により機能不全に陥っている。そのため、借金(テコ)で消費・投資していた人々が資金調達できなくなり、カネの流れも滞ってしまった。これは言ってみれば脳梗塞のような状態であり、回復には時間がかかるであろう。「血液」が流れないと「身体=市場」に酸素や栄養が届かず、深刻なダメージとなって半身不随に陥り、更に企業倒産という壊死さえも起こり始めている。

各企業は、この未曾有の不況下で先が読めず、完全な機能不全に陥る前にコスト削減を最優先し、正社員をも人員削減の対象とするリストラを続けざるを得ない状況なのである。

 

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2017年3月5日(日)8:32 東京都千代田区一番町にてエレモフィラ・ニベアを撮影
花言葉:「憧れの佳人」

 

 

ガブリエル橋口佐五衛門神父様 帰天

 

1月13日に、ガブリエル橋口佐五衛門神父(89歳)が帰天したとの知らせが、事務所にFaxで舞い込んだ。帰天とは、ローマ・カトリック教会の用語で、信者が天に帰る(死亡する)ことであり、同月16日に通夜があるというので、参列した。

 

橋口神父は1927年1月28日長崎県平戸市木ヶ津町生まれで、1941年4月に聖母の騎士小神学校に入られた後、1951年に聖母の騎士修道院にて終生誓願宣立(一生涯、修道会の会員として生きること)をされた。1961年にはローマ・ラテラン大学で学ばれ、1970年にはドイツへ派遣された。帰国後は、亀有修道院院長、赤羽修道院院長を歴任され、また、日本管区が設立された初期の時代に管区長を務められた。亡くなった際には、亀有修道院の協力司祭であった。

 

小生と神父が出会ったのは、神父が関町修道院にいらっしゃった2005年8月のことである。この時も管区長を務めておられた。

橋口神父は、我が妻孝子と長女真理子の葬儀を執り行ってくれたし、孫の愛実に洗礼を授けてくれた方である。2008年6月21日に妻孝子が亡くなったが、葬儀の後で、孝子が洗礼を受けたのはイスラエルのカファルナウム(カペナウム)の丘にある山上の垂訓教会であると神父に教えていただいた。孝子が生前に洗礼を受けた場所を見たいとの思いから、神父にイスラエル政府公認ガイド信夫兆平氏をご紹介いただき、同年12月27日出発31日帰国の日程で亀梨伸夫君と一緒にイスラエルを訪問し、山上の垂訓教会を訪ねた。なお、信夫兆平氏にはその後もご縁をいただき、当事務所の事務所報に2009年盛夏号から2010年新春号まで4回にわたりご寄稿いただいた。

神父には孝子の7回忌のミサも執り行っていただいたが、折に触れ孝子や長女真理子を始め小生の家族のために祈りを捧げてくださり、その心遣いは身に染み入るものがあった。神父の通夜を執り行った亀有修道院院長 藤澤幾義神父も橋口神父のことを「よく祈る修道司祭だった」と通夜でお話しされていた。

 

神父とは、昨年4月には、亀有で一緒にお花見をして、昨秋には紅葉狩りにお誘いすることを約束していたが、昨年の春に足を骨折して入院したままお会いすることなく亡くなってしまった。

本当に朴訥な神父で、長崎の美しい湾にたたずむ教会で人目につかぬようひっそりと祈りをささげていた隠れキリシタンを彷彿とさせる人物であった。

 

カトリックでは、人の死をキリストの死と復活の神秘との結びつきの中でとらえるという。人の死は、復活の命へと導く神の働きなのだそうだ。神父が死の闇を通り抜けられて、光の国に迎えられ、永遠に失うことのない真の幸せを与えられていることを祈らずにはいられない。

以上

 

 

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<働き方改革> 第1回 総論

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2017年2月11日(土)8:43 千代田区三番町にてジャノメエリカを撮影
花言葉:「休息、幸運」 

 

 

 

<働き方改革> 第1回 総論

 

1 働き方改革の背景

 

日本経済は現在、戦後の高度成長期、その後のバブル景気、そしてその崩壊を経て、生産性が低く成長が滞った状態が長く続いています。

さらに、日本の人口は、現在1億2600万人(2017年2月時点)ですが、2100年には8000万人を割るとの調査結果も出ており、このままいけば日本の財政が破綻するのは必至といえるでしょう。

現時点で、国債、地方債も含めた日本の借金は1,300兆円とも言われていますが、それを現在の人口である1億2600万人で割ると、乳幼児や高齢者も含めて国民1人当たり1,000万円以上の負荷、要するに債務を背負っていることになるのです。

今後、日本の人口が減少していき、4,000万人台に突入すれば、日本国民は1人当たり2,000万、3,000万円という借金を背負っていかなければならなくなります。そうなれば、日本の経済が立ち行かなくなるのは目に見えて明らかです。

そこで、この窮状を乗り越えるために、結婚・出産によって職場から退いた女性や定年退職後の高齢者、障碍や難病を抱える人たち等を雇用し、日本人全員の労働力を十全に活用する、つまり1億総活躍社会の到来が今求められています。 1億総活躍社会を実現するためには、従来の労働時間の長さに頼った企業の運営を見直して、労働時間や労働日数の規制を行うことで労働者の健康状態を心身ともに良好にし、生産性を高めて企業の成長を保っていくこと、つまり働き方の改革が必要になるのです。

 

そしてまた、人間の平均寿命が伸び続けている一方、少子化が進む今の時代においては、日本の人口の4割を65歳以上の高齢者が占めるという時代がすぐそこまで来ています。

このような社会では、大学を卒業し、新卒で就職した会社に定年まで勤め上げ、退職後は支給された年金で暮らす、というこれまでごく当たり前であった人生プランは成り立たなくなるでしょう。若年者が減少すれば、納税額も減り、日本の年金制度は危機に瀕することになります。そうなると、日本人は皆、人生においてかなりの長期間、場合によっては50年や60年にもわたって働き続けることになります。

人は、一般的に、若年期や壮年期のような働き方を一生続けられるような心身の強さを備えてはいませんから、こういった観点からも、働き方を改革することが求められるのです。

 

ただし、働き方改革はあくまでも日本経済を立て直すための手段、いわば目的地に到着するための乗り物であって、道筋そのものではないということを忘れてはなりません。

安倍政権は日本経済の建て直しの方策として打ち出したアベノミクスにおいて、「三本の矢」の一矢の成長戦略を実現する手段として、産業構造改革を唱えていましたが、現時点で目に見える結果は出ていません。

しかし、衰退している地方都市に、これまでのハード産業ではなく、ソフト産業を興すといったようなことでも、日本全体の活性化にはつながるのですから、産業構造改革は、どんどん試みるべきであると私は思います。

世界をリードする日本経済を実現するためには、まずは産業構造改革の成功、つまり歩むべき道筋を明確にすることが必要不可欠で、これができてこそ働き方改革という個々の労働力の運用も正しく機能するようになるのです。

 

 

2 新しい視点、システム

 

しかし、労働時間の規制といっても、生産性の向上と両立し、企業ひいては日本経済が成長するためには、今までと同じような働き方のままで個々人がただ労働時間を短縮していたのでは意味をなしません。

労働時間を規制するということは、人間が成長するために欠かせない「尚、尚」とか「さらに一歩」という心境であり続けること、チャレンジし続けることの足枷になります。人が向上心を持つことが困難になれば、生産性も自ずから下がってしまいます。

この点、中国では、従来、多分に労働者寄りであった労働契約法を、企業寄りに改正しようという動きがあるなど、日本とは逆の方向に進んでいるようです。

中国という大きな国が、労働の質を向上させることになれば、中国経済はより発展していくことになり、日本にとっては今以上に脅威となるでしょう。

さらに、働き方改革によって雇用を増大した場合、それはとりもなおさず賃金政策とも関連することになります。原資が増えない限り、雇用を増やせば賃金が低下するという恐れがあることも留意しなければならないのです。

私の青年時代には「3S運動」や「5S運動」というものがありました。これは製造業やサービス業において職場環境の整備・改善のために使用されたスローガンで、5Sとは、整理・整頓・清掃・清潔・躾を表し、3Sはこの内の整理・整頓・清掃を表しています。こういった運動を通じて、人々や企業は働き方を刷新し、生産性の向上を図ったのです。

働き方改革においては、この「3S運動」や「5S運動」を超える新しい視点、あるいは新しいシステムの導入が必要不可欠なのです。

 

① 賃金体系の見直し

 

この点、生産性を向上させる手段の一つとして、賃金体系の見直しという方法が考えられます。

日本では現在、年功序列給、職能給、という制度を採用している企業が主流ですが、これを成果主義賃金、職務給に転換するのです。

成果主義になれば、賃金を長時間の労働により裏付けるという図式が崩され、無駄な長時間労働が駆逐されます。そして、競争力が増すことにより、企業全体の生産性の上昇につながるのです。

しかし、成果主義も行き過ぎると、より高い成果を挙げるために、労働時間の規制を無視して働くという傾向が強まりかねないので、注意が必要です。成果主義を採用するのであれば、労働時間に規制を設けて、生産性を一定の水準に落としこむシステムの構築が必須といえるでしょう。

この成果主義賃金への移行は、働き方改革を実現し、日本のGDP600兆円を実現するための手段として専ら謳われていますが、しかし、これはある意味では刺激策として実施されるものだということを忘れてはなりません。

成果主義は、本来の日本人の協調志向・安定志向に沿わないものです。また、年功序列給から成果主義賃金体系に移行すれば、日本で従来採用されてきた終身雇用制度を破壊することになるでしょう。

これらのことに配慮せず成果主義をただひたすらに推し進めれば、ストレスによるメンタルヘルス不調者が急増する可能性は極めて高くなるでしょう。

 

② 仕事量の減少

 

また、働き方改革における生産性向上のためには、仕事を少なくすることがポイントだという説もあります。しかし、仕事というのは作業過程においては、何が結果に結びつくかは分からないものであり、どうしたって結果的に無駄になる仕事をせざるを得ないものです。無理に仕事量を少なくしようとすれば、真に仕事の成果を挙げることの妨げにもなりかねません。

つまり、仕事の減少による生産性の向上というのは、仕事の骨格において何が屋台骨になるかを見極めることができる能力があってこそ初めて実現可能になるもので、この能力がなければ仕事を減らすことはできないし、ひいては働き方改革も実現しないことになります。そういう意味において、教育こそが働き方改革の基盤になるのです。

 

③ 勤務体系の見直し

 

現在、長時間労働を規制すべく、既に特別条項付36協定の見直しが図られていますが、過重労働によるストレスを軽減するためには、労働時間の減少に留まらず、勤務体系から見直しを図ることが必要です。

この点、欧州連合(EU)では、1900年代初頭から、加盟国に最低でも11時間の休息確保を義務付ける「勤務間インターバル規制」を導入しています。

これは、日本には存在しない「休息時間」という概念に基づいた制度で、疲労の蓄積を防ぐためには24時間につき最低連続11時間の休息時間を必要とするという考え方に基づいたものです。

日本でインターバル制を導入しているのは、現在ごく僅かな企業に留まっていますが、今年1月30日の参院予算委員会で安倍首相がこの制度の導入を検討する考えを示したことから、今後導入する企業が増えていくことが予想されます。

 

 

3 まとめ

 

このように概観しただけでも、働き方改革はいくつもの大きな問題を内包しています。

しかし、冒頭に述べた通り、日本経済が行き詰っている現在、働き方改革は政府の呼びかけを待たずとも、国民全体で取り組まなければならない課題なのです。

本ブログでは、これから24カ月にわたって24社を取り上げ、各々の企業の働き方改革への取組みと、企業の担当者の方々が考える問題点について提示していきたいと思っています。

読者の皆様が、働き方改革の在り様を見つめ直すための一助となれば幸いです。

 

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2017年2月11日(土)7:40 中目黒公園にてローズマリーを撮影
花言葉:「記憶、思い出」 

 

 

第24回雇用の未来(終)
(2009年2月23日転載)

 

 

前回の最後に企業の「社会的貢献」の未来像について論じたが、近年においては「コンプライアンス」「環境問題」「社会貢献」等あらゆる問題を含めて企業の社会的責任(CSR=Corporate Social Responsibility)への取組みとして、多くの企業が社会に向けて強くアピールしている。

 

雇用創出は社会的責任

しかし、企業の社会的責任の第1は何といっても「企業の存続」であり、それは「雇用の確保」「雇用の創出」「雇用の場の創造」であることは絶対に譲れない。私が「雇用の創出」の最重要性をここで強調するのは、今後ますます深刻化する経済不況によって、雇用調整・リストラが加速されることのみが理由ではない。好不況を問わず、いついかなるときでも、企業は雇用を創出する社会的責任を負っているのである。

なぜなら、雇用の創出・雇用の場の創造がなければ、結局国民は困窮し、国そのものが倒産してしまうからである。まして、グローバル企業ともなれば、雇用の場が喪失すれば進出先の地域の経済にも打撃を加えることになる。企業の社会的責任は、今やグローバル規模で捉える必要がある。

周知のことであるが、ドラッカーは、著書「現代の経営」において2つのことを述べている。「事業の目的として有効な定義はただ1つである。それは、顧客を創造することである」「顧客だけが雇用を創出する。そして、社会が企業に資源を託しているのは、その顧客に財やサービスを供給させるためである」。

つまり、企業が事業を行うことは、雇用の創出に直結することであり、企業の社会的使命でもある。経営者は雇用創出という重大な責務を深く自覚しなければならない。そして政治家は、企業が雇用創出できる政策を実行しなければならない。

オバマ大統領に限らず、米国の歴代大統領が機会あるごとに自らの政策が雇用の創出にどれほど寄与するか国民に向かって必ず数値を具体的に明言するのは、そうした理解と緊張感があるからである。オバマ大統領も、グリーン・ニューディール等を看板に、2年間で300万人~400万人(うち90%は民間部門)の雇用創出をめざすと説いている。

この点、日本の政治は雇用については未だに「派遣労働者の正社員化で派遣先に100万円支給」等の役所の助成金(雇用調整助成金・中小企業緊急雇用安定助成金等々)が主流であり、発想が貧困である。

私は、今から10年以上前に「今こそ求められる抜本的な雇用改革―労働省予算は『雇用創出度』で格付けを」というテーマの論稿を発表したが(1998年12月14日号『日経ビジネス』掲載)、爾来、日本の立法や行政が「雇用の創出」をめざして知恵を絞り、効果的な政策の立案に真剣に取り組んだという事象を寡聞にして知らない。

お上の助成金頼みではなく、個別企業が雇用の創出を実行するには、何と言っても消費者・需要者(自然人のみならず法人も含む)の関心やニーズが奈辺にあるか追求してイノベーションを徹底させ、購買意欲を刺激する新商品・新サービス・新事業を開発し、顧客が“お金を落とす”に値する商品・サービスを構築することが重要であって、道はそれしかない。

「未来を予測する最もよい方法は未来を創り出すことである」(1971年ノーベル物理学賞受賞者デニス・ガボール氏)という言葉があるように、徹底したマーケティングが未来のヒット商品と雇用創出につながるのである。

 

研究開発に心血を注げ

こうした努力がなければ、自社の不採算部門から出した失業者や他企業からの失業者を吸収することなどできず、また新規開業による雇用の場も増えず、個人も企業も地域も国もいずれ破綻してしまう。今は資金繰りの困難さから実際上の難しさはあろうが、苦しくとも可能なかぎり新商品等の研究開発に励み、あるいは既存の商品・サービスについても斬新な形に変え、再度顧客に提供することに、経営者も従業員も心血を注がねばならない。

さらに、新商品・新サービスの開発に当たっては、1人の発明家による成果が新商品や新事業にもつながり雇用を創出し得ることにも留意すべきである。例えば、青色LEDの職務発明による相当対価の金額が争われ、社会的にも大きな話題となった「日亜化学工業事件」(2005年1月11日東京高裁で和解成立・和解金8億4000万円強)のケースを例にとると、元従業員の訴訟代理人を務められた升永英俊弁護士によれば、青色LEDの売上高の急伸により、当該企業の雇用数は「1993年当時の200人台から、2003年度は3000人程度と劇的に増大」したと報じられたという。1人の優れた発明家がいかに雇用の創出に寄与するかを示す好例であろう(升永英俊弁護士「法と正義と200億円判決」/日経BP社刊「ビジネス弁護士大全2005」101頁参照)。

加えて、雇用の創出のためには、雇用の受け皿作りという視点も重要となる。

例えば労働集約的なサービス産業であれば、労働生産性を向上させることによって低収益体質から高収益体制へと脱皮させることが、絶対的に必要になる。今後はグローバルな企業間競争は更に激しくなり、また顧客の要求水準も一層高くなるから、生産性がますます問われることになる。従って、働く者には常に高いレベルの成果が問われ続けるし、業務改善は半永久的に続けていく必要があるのである。

 

このままでは国が滅ぶ

なお、生産性が要求されるとさらなるスピードや計画性が求められるのが必定であるが、一方でこの激務についていけない者も増えてくる可能性がある。ワーク・ライフ・バランスの考え方は、若手・女性・高齢者を中心にこれから根付いていくと思われるので、短時間で効率よく業務を行うためには、労働時間管理の重要性も増してくるだろう。全ての点において、これからはマネジメントの質を上げる必要性が生じている。

これからの日本企業は、誰もが予想しているとおり淘汰の危険にさらされながら経営を行うことになる。しかし、現下の不況は次に到来する本当の意味の惨状のプロローグに過ぎないかもしれない。

わが国は、明治維新、第二次世界大戦の敗戦等々、未曾有の社会変動を幾度もくぐり抜けて復興を遂げ発展してきたが、21世紀になって急速に進展したグローバル化・IT化には真の意味で未だ対応しきれていない。また人口減少・優秀人材の育成と海外流出防止の問題にも効果的な対策を打てず、国のあり方そのものが旧弊から脱し切れない。このままでは、国が滅ぶことは必然である。

雇用の未来は経営の未来であり、ひいては日本の未来である。そして、日本の未来は日本人の未来である。未来が明るくなるためには、雇用の創出が必要不可欠なのである。

ILOは「ディーセント・ワーク=decent work」(働きがいのある人間らしい仕事)の実現をスローガンとして提唱し、経済雇用政策の中心にすべきであると主張しているが、どのような仕事がdecentであるかを議論する以前のレベルとして、失業と脆弱な雇用(非正規労働)が問題視されている。

オバマ大統領の演説においてもdecentという言葉が使われ、各家庭が「jobs at a decent wage(適正な賃金の仕事)」を得ることの重要性を指摘している。仕事の量(仕事の有無)だけでなく仕事の質(働きがいのある人間らしい賃金)を問題にしていることがILOのディーセント・ワークの考え方にも通じているのである。

ILOの主張を待つまでもなく、雇用の創出は政治の最大課題であって、しかもその雇用がもたらす仕事は日本人を活気づけ、自己実現の喜びを与えるような「decent work」でなければならないといえる。補助金政策でたとえいくらかの雇用が確保されたとしても、それは後ろ向きの暗いものであり、明るい未来には決してつながらないのである。

 

人間性教育を一層重視

今は、ヘッドワークの時代からハートワークの時代を経て、本稿第3回(2月9日号)でも述べたように「ヒューマンワークの時代」を迎えようとしている。

それは、単に知識・知恵だけを持っていれば済むという世界ではなく、豊かな知識と知恵を兼ね備えていることに加えて、さらに人間性それ自体の発揮が求められるいわば「超・知識の時代」である。

 

それゆえ、学校でも企業でも、知識はもとより倫理・道徳面を含めて人間性の教育が一層重視されて然るべきである。その意味で雇用の未来では自らを「知」と「人間性」の両面で磨き続ける者しか、生き残ることはできない。

米国で黒人初の大統領が誕生したことで引き合いに出される機械が多いキング牧師だが、彼は歴史に残る演説(1963年8月「I Have a Dream」)で「肌の色ではなく内なる人格で評価される国」に米国がなることが夢であると語った。「人格」での評価・人間らしさの評価とは、働く者にもまさに当てはまる言葉なのである。

人格で評価される時代とは、誰もが人間の尊厳の重要性を認識し、それに値する振る舞いが求められる社会である。人間は価値ある存在として全ての生命体の頂点にあり、生物としての魂の次元においても、また人間存在の核心である人格においても尊厳性が発揮される状況を構築しなければならないということなのである。世界第恐慌を思わせる今の大不況期であればこそ、人間についてのこうした基本的な哲学が求められる。

「雇用の未来」をこの方向に導くことで、世界に誇れる品格のある社会が実現できるものと確信している。

 

 

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2017年2月12日(日)7:21 港区六本木にてチューリップと牡丹を撮影
チューリップの花言葉:「思いやり」牡丹の花言葉:「富貴、恥じらい」

 

 

第21回 働き方改革(2)新しい成長主義
(平成28年9月26日) 

 

 

私は、人事・労務問題を専門とする弁護士として様ざまな経営者の方々と半世紀以上お付き合いをしてきた実感から、アベノミクスの繰り出す政策に違和感を抱き続けている。最近では、担当大臣まで新設した働き方改革だが、長時間労働を是正するとしても画一的に時間の長さにのみ着目することに合理性はあるのか。安倍首相は「働き方改革実現推進室」の開所式で、「モーレツ社員の考え方が否定される日本にしていきたい」「長時間労働を自慢する社会を変えていく」「世の中から非正規という言葉を一掃する」と訓示したというが、企業規模や業種によって事情は異なるし、どのような仕事であれ、その真髄を知るには寝食を忘れて没頭すべき時期が必ずある。労働時間規制が“ゆとり社員”を生み出し企業や組織の活動を阻害するようなことがあれば、本末転倒である。

ところで、アベノミクスの旧・第三の矢は「民間投資を喚起する成長戦略」であったが、未だ有効な施策が講じられたという話を聞いたことがない。

私は、日本ではもはや成長主義は成り立ち得ないと考えている。なぜなら、日本の総人口は2100年には5000万人を切ると予測され、国全体が急激に縮小しているからである。

具体的意は、農業は荒廃農地面積が高止まりし、私の知っている工業団地はいずれも活気を失い、さらにはシャッター通りが増加し、空き地も増加している。また、一般労働者の賃金は、2015年に持ち直したものの01年をピークにほぼ減少し続け(厚労省)、1年間を通じて勤務した給与所得者のうち年収300万円以下の層が、約40%を占めている(国税庁)。これでは消費や教育等に支出する余裕はなく、経済成長は見込めない。そして、海外に活路を見出そうとしても、最後のフロンティアであるアフリカを除いては、世界経済全体に伸びしろがなく(佐伯啓思京大名誉教授『週刊新潮』2016年9月8日号記事等)、外実を求めての投資は無駄な努力であり、内実を追求すべきなのである。

エコノミストの中前忠志先生は、「長期的に物価が下がる状態をデフレだとすれば、いったんその傾向が定着すると100年程度は持続するのが通例である」と以前より論じ(『目覚めよ!日本』より)、また斎藤一人氏は実業家の立場から、世界で同一労働同一賃金が実現しなければデフレは終わらないと指摘している(ユニクロが目指す世界同一賃金はこの先駆けであろう)。

少子化・人口減少社会での働き方改革は、量的成長を断念し、質の向上・内容の充実にシフトする覚悟を持つことである。そのひとつのヒントは、「匠の精神」にある。日本、スイス、ドイツなどの技術の精巧さや職人気質を念頭に置くこの言葉は中国で3年ほど前から流行し、この3月の全人代の政府活動報告(李克強首相)にも盛り込まれて話題となった。日本の労働生産性はOECD 34カ国中21位(2014年)である(日本生産性本部)。働き方改革では、労働生産性の低さを指摘する議論が必ず出てくるが、匠の精神により質の高い丁寧な仕事をすれば、統計上の生産性が下がるのは当然のことで、この点はあまり気にする必要はないと思う。むしろ、労働時間の規制に縛られて匠の精神を実現できないことのほうを危惧する。安倍政権には、新しい成長主義を真剣に検討し国民に説いてもらいたい。

 

 

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  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第10回目です。
  • 第10回目は、富士大学学長岡田秀二先生です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第10回)■ ■ ■ 

富士大学 学長 岡田秀二先生

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[富士大学 学長 岡田秀二先生 プロフィール]

岡田秀二先生画像

 

1951年北海道生まれ。農学博士。専門は森林政策学、山村経済論。岩手大学農学部を卒業後、北海道立総合経済研究所研究員を経て、岩手大学へ。1994年から岩手大学農学部教授。

現在、富士大学学長。著書に『地域開発と山村・林業の再生』(1988)、『山村の第三セクター』(1996)、『現代森林政策学』(2008)、『世界の林業―欧米諸国の私有林経営―』(2010)、『「森林・林業再生プラン」を読み解く』(2012)等がある。

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • 高井伸夫 
  • 株式会社ことば未来研究所 代表取締役 鮒谷周史 様 

取材日:2016年11月5日(土)日本料理 対い鶴(ホテルメトロポリタン盛岡 NEW WING 1F)

 


 

高井

林業が少し持ち直したという情報があるのですが。

 

岡田先生

はい。基本的には持ち直しつつあると思います。我が国は、可能性ですけれども、森林資源という意味では資源大国です。具体的に資源化するためには、それなりの生産基盤投資をしていかなければならないのですが。

 

高井

現実に森林が「よみがえる」のは、どういう分野でよみがえるのですか。具体的に住宅問題なのか、あるいはバイオマスなのか。

 

岡田先生

住宅に関しては、日本の木材を使って生活様式に合った住宅を建築したいという需要が依然としてあると思います。一番木材を使ってほしいのは、実は公共等建築物です。木質できちんとしたケアをしていく、そういう施設化というのは、日本みたいな先進国家には絶対と言っていいくらい求められるし、当然の要求として出てきていると思っています。木質材料の使い道は依然としてあるし、木質は大変ありがたいことに劣化して腐ります。すなわち、一定の期間の後には、新しい材料で置き換えていくということが当然のように出てきますから、限りなくこの材料に対する需要というのは続いていくということです。

平成23年度以降の「森林・林業基本計画」では、自給率を2030年までに50%に上げるということになっています。公共建築で大きく増やそうということを考えています。また、オリンピックはで木質の施設、木造の施設を使うということで、流れが木材に向かっており、期待しています。

 

鮒谷様

林業においては、後継者というかそれに携わる人間というのは見立てとしては、どうなっていくのですか。

 

岡田先生

端的に言うと、林業経営の実態を有する林家や会社の経営者、あるいはその子どもたちや孫たち、その人たちがどんな意向を持っているか、それ次第です。私自身は、農山村の奥地の集落でも人が住まうようになることが、この国土空間を丸ごと循環型の国土空間にしていくうえでは絶対に必要だし、これからは展望があると思っています。森林資源の持っている可能性というものは、ものすごく大きいですから。

 

鮒谷様

農業に行く人間というのは、最近ちょっと意欲のあるというか志を持った人が行くというのはあるのですけれども、林業のほうにそういう動きというのはあるんですか。

 

岡田先生

間違いなくあります。

 

鮒谷様

もう今、現にそういう人も現れているんですか。

 

岡田先生

はい。その助け舟になったのは、バイオマス発電です。バイオマス発電では、どんな木材からでも発電することができるため、どんな木材でも売ることができます。

 

鮒谷様

じゃあそういうことを意識して、もう入ってきている人間も現に現れつつあると。

 

岡田先生

間違いなくいます。真庭市(岡山県)は、その例です。木材を100%利用できる、そういうサイエンスはもう出来上がっているんです。あとは、誰がそれに金を出して操業化していくかという、そういうレベルに入っています。森林業革命とか、緑の産業革命という言葉を使っているのですが、森林業すなわち森林そのものを内部経済化(注1)すること、これからは地域化という方向性を持つ局面も出てくる可能性が高いということを一生懸命に言っています。すなわち、森林空間そのものが経済地域化していく可能性を持つ、それが我が国なのです。

注1「内部経済化」:企業自体の設備投資や経営能力の向上によって生産費が低下し利益を得る状態にすること。

 

高井

岩手県全体の農政としては、林業を含めて優れているのですか。

 

岡田先生

どの角度からどの視点で評価するかによって、ずいぶん変わってきますが。トータルに考えて、全部が良い方向に行っています。満点だとは言えませんが、いろいろなチャンネルを出しながら、市民に県民にできるだけ森林の公益性、多様な機能をお返しすることができています。

農のところでは、我が国の農業は米一辺倒でやってきたわけです。そうではなくて、これだけ山がちで傾斜地農業ですから、そこは土地にふさわしい食品、土地にふさわしい作目、これを上手に田畑輪換あるいは森林と畑地輪換、そういうことをしながら忌地(いやち)(注2)現象も起こさずに、生産力的に許してくれる範囲で作目構成をする。そして、できるだけそこの耕土の豊かさを肥沃度を保ちながら、我々が享受可能な生産レベルを土地に聞きながらやる。そういう回路も出しています。一方で、農業の「業」の中身は何かというと、売ることが目的であり、商品化することが目的です。「業」は、単なる「農」ではない。「業」と「農」には違いがある。そうすると、平場地域は、それなりの生産性をきちんと高めることです。田んぼは、忌地なしでやれるわけですから、そこを上手に実現しながら国民そしてそれをも超えるところに、製品を提供することが大事だと思っています。

注2「忌地」:連作障害ともいう。同一作物の連作によって生育がはなはだしく不良、あるいは生育不能となる現象。忌地を起こしやすい作目はえんどう、トマト、なす、亜麻、里芋、すいか、メロン、大麦、桃、いちじくなどが知られている。

 

鮒谷様

林業というのは、人が相当程度に関わらなければ、機械化というのは難しいのですか。

 

岡田先生

今は完全に高性能機械です。

 

鮒谷様

日本は林業において先進国のようなイメージがあるんですけれども、実際のところはどうなんですか。

 

岡田先生

育てることと、木の性質を把握すること、人間が使い勝手が良い木の樹種の多様さ。南北に長いですし、雨が多いですし、季節がありますから、自然を理解し、木を適利用に据えること、そのことについては確かにスキルは高いと思います。しかし、工業化のところについては遅れています。

 

鮒谷様

相当大きく工業的にやるのでなければ、相変わらずチェーンソーですか。

 

岡田先生

そこが重要です。規模と稼働率、これで経営的には機械化をしていいのかどうか、あるいはどのレベルでするのがいいのか。そして、機械化で上手にサプライチェーン(注3)をつないでいくことができているかどうか、そこが経営としては、いわば「みそ」のところです。

注3「サプライチェーン」:サプライは供給、チェーンは連鎖の意味。製品の原材料が生産されてから消費者に届くまでの一連の工程。

 

高井

「政府がこういうことをやったほうがいい」というのは何ですか。

 

岡田先生

1つ目は、今日非常に大事な点です。森林は温暖化を食い止めると同時に、出してしまったものを吸収する唯一の資源ですから、森林をきちんと整備していかなければいけません。IPCC(注4)にカウントされる条件が決められていますから、少なくともそこに対しては、当初予算で予算措置をすべきと強く思っています。

2つ目ですが、森林が森林としてあるだけでなく、使いながら管理するということです。生命体ですから成長しますが、ピークがあって衰退を必ずしていきます。それを刻々と見ることができて、そして「今が使い時だ」、「これからあとは、むしろ更新をさせるべきだ」と、こういうことがきちんとわかることが大事です。しかし、森林はものすごく大切な公益財産であり、また、経済財でもあって、生産と財の提供が出来るにもかかわらず、個人財産でみんな自分の意のままにしたいという、そういうレベルでとどめているわけです。だから、ここを打破していくことが大事です。地球環境問題一つを取ってもそうですし、地域経済の活性化を考えても、そこが打破できるかできないかというのが決定的に大きい問題としてあります。

3つ目は、森林が具体的に資源となるための生産手段が足りません。具体的には林道が足りない、作業道が足りない、道路密度が足りない。日本は、依然として路網密度が足りておらず、ヘクタール当たり10メートルを超えたところです。道路網に関しては、公の投資として急いでやるべきだと、強く思っています。

4つ目は、1999年の地方分権一括法によって、だいたい400近くの法律が首長権限に移ってきました。実は、森林マターのところが多く移っているのです。担当の職員がやるわけですが、森林・林業について知識がない職員が圧倒的に多いのです。国家責任、地方自治責任、公責任でもって専門性を持つ行政職員をしっかりと専門のわかる職員の育成を急いでやってほしいと思います。日本では森林計画制度というんですけれども、要するに国家のレイヤー(注5)と、都道府県のレイヤーと、市町村のレイヤーと、所有者のレイヤーで「それぞれ責任をきちんと果たしてください」という仕組みを作っているんですが、全体として制度が機能するためには、市町村部分に梃子入れしていかなければならないと思います。

注4「IPCC」:気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)の略。国際的な専門家でつくる、地球温暖化についての科学的な研究の収集、整理のための国連の組織。

注5「レイヤー」:層。階層。

 

高井

機能していないね。

 

岡田先生

市町村の森林整備計画制度というのがあるんですけれども、そこが機能していません。職員が足りないです。市町村の森林整備計画制度を作るにあたっては、「きちっとした専門性のある人の意見を聞いてください」、「アドバイザリーボード(注6)をつくって、意見をきちんと聞いてください」ということを、今回、法律でもきちんと書き込んでいます。それもできていません。

注6「アドバイザリーボード」:諮問委員会

 

高井

だから空理空論になっているわけですね。本日はありがとうございました。

 

以上

 

 

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