2016年2月アーカイブ

 

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2016年2月13日(土)8:24 渋谷区広尾1にてラナンキュラスを撮影
花言葉:「晴れやかな魅力」 

 

 

株式会社開倫塾
代表取締役 林 明夫 

 

「仕事はメモで身に付ける」

 

Q:「仕事はメモで身に付ける」とはどういう意味ですか。

:(林明夫、以下略)

(1)仕事には教科書がないので、仕事に必要なことはメモをし続け、そのメモを活用して仕事を身に付けることが大事だという意味です。

(2)私は、このことばを、弁護士の高井伸夫先生から教えていただきました。

(3)高井先生は、会食をしているときでも、必要と思われることは、そばにある箸の包装紙にメモを取っておられました。高井先生は素晴しい能力をお持ちだと思います。

 

Q:えっ、メモを取るのは能力なのですか。

A:

(1)はい。メモを取ることができるのは、極めて高い言語能力だと思います。

(2)例えば、私は、日本語では詳細なメモを取ることができます。しかし、中国語やロシア語、ドイツ語、スペイン語ではメモを取ることができません。大学生のときに第2外国語で学んだフランス語でも、メモを取ることができません。英語なら少しはメモを取ることができますが、日本語のように詳細なメモを取ることはできません。

(3)ということは、私は、日本語ではメモを取る能力はあるけれども、英語ではメモを取る能力は少ししかなく、英語以外の外国語ではメモを取る能力は全くないといえます。

このように考えると、メモを取り続けることができるのは大切な能力といえます。

 

Q:では、お聞きします。林さんは、メモを取り続ける能力はどこでどのように身に着けたらよいとお考えですか。

A:

 (1)学校の授業だと考えます。

(2)メモを取り続ける能力を身に付けるには、小学校、中学校、高校、大学、大学院、専門学校、専修学校などの授業でノートを取ることが大切です。

(3)授業後に、先生の授業の様子を思い出しながら、授業中に取ったノートを後で勉強しやすいように整理することを「ノート整理」といいます。よく整理された「授業ノート」を用いて、早め早めに準備をして試験に臨むと、大学や大学院を含めすべての学校でよい成績が取れます。

(4)授業中に、大切なことなのにノートを取らずにいると、授業中に理解したことも、時間がたつにつれて記憶の痕跡が徐々に薄れてきます。そのため、教科書をあまり用いずに授業の内容から出題される教科の試験では、準備が十分にできず、よい成績はあまり期待できません。厳しい中学校や高校では追試となり、大学では単位が取れずに留年や退学の原因にすらなります。

 

Q:学校では、授業以外でもノートやメモを取った方がよい場合があるのですか。

A:

 (1)はい。たくさんあります。学校での教科以外の様々な教育活動の中でも、大切なこととしてメモを取らなければならないことがたくさんあります。

(2)例えば、学級会や生徒会、部活動等で、次の会合をいつどこで開き、各人が何を準備するかなどの打ち合わせをしているときには、参加者は必要なことを自分の手帳にメモをします。

(3)メモをしないと、打ち合わせのすべてを記憶し続けることが難しいため、日付や時間、場所を間違えたりして約束を果たせずに、メンバーに迷惑をかけることになる場合が多いからです。

 

Q:これ以外にも、学校でメモを取るべき場面はありますか。

A:

 (1)日本の学校には世界の人々がうらやましく思うほど授業以外にたくさんの行事や充実した教育プログラムがあり、そのたびにセレモニーがあります。

(2)学校行事のセレモニーやプログラムには、学校の先生方以外に、数多くの方々が来賓やボランティアとして参加して、いろいろなお話をしてくださいます。

(3)例えば、来賓として学校に招かれ挨拶を依頼された方の多くは、何日も前から、与えられた短い時間に何を話そうかと相当な準備をしてきます。

(4)そこで大切なことは、入学式、卒業式、創立記念日、立志式等に出席するときには必ず小さめのノートを用意し、大切と思われるお話は、キーワードだけでもメモをしておくことです。

(5)芸術鑑賞会、宿泊訓練、修学旅行、社会体験の見学会、インターンシップ、外部講師の出張授業等、教科以外の様々なプログラムに参加する際にも、大切なことはメモをし続けることです。

(6)御参考までにお話させていただきますが、日本の学校ほど教科以外の様々な教育活動が盛んで充実した国はないようで、「隠れたカリキュラム」として世界の教育関係者から極めて高く評価されているようです。

 

Q:メモをした後はどうすればよいのですか。

A:

 (1)授業のノートと全く同じで、後で見やすいように「メモを整理」することです。

(2)会合などの正式名称、日付、時間、場所、主催者、大きなテーマ、目的などを書き加えたり、話や見聞きしたことを思い出して書き加える。見出しをつけ、後で読みやすくする。

(3)そのメモを分類してファイルし、時々見直すと、とてもよい勉強になります。

 

Q:元に戻りますが、学校の授業中はノートを取った方がよいと林さんはお考えなのですね。

A:

 (1)そのとおりです。学校の先生の中には、授業は聞いているだけでよく、ノートを取る必要は一切ないという方もおられます。児童、生徒、学生の中には、そのことを真に受けてすべての授業でノートを一切取らない人もいます。

(2)私は、どんなに説明の上手な先生の授業でも、大切なことはノートを取ることをお勧めします。学校という教育の場で、教科や教科以外の様々な教育活動で学ぶ機会がある間に、大切と思われること、必要と判断されることはノートやメモを取る能力を身に付けることが大切だと考えます。

(3)ノートやメモを取ることができるのは大切な能力だからです。社会に出て仕事をするときに必要不可欠で大切なことは「メモ」をし、それを身に付けることに直結します。

 

Q:仕事をメモで身に付けるためにはどうしたらよいとお考えですか。

A:

 (1)職場ではノートと筆記用具をいつも身近に置き、仕事で必要なことはすべて詳細にメモをし続ける。これが第1。

(2)メモをしたノートは、記憶の確かなうちに必ず読み直し、必要なことを書き加える。後で読みやすいように、ページや見出しをつける。大切なことは、赤線を引き、線で囲む。これが第2。

(3)意味のわからないことばがあったら「気持ちが悪い」と思い、辞書や用語集、インターネットなどでそのことばの意味を調べる。調べたことはノートに書き写す、その部分だけコピーして張り付ける。これが第3。

(4)このようにして作り上げたノートは、その日のうちにスミからスミまで、一語一句、正確に覚える。何も見ないで、口をついて出てくるようにする。正確に書けるようにする。簡単な計算や問題は、見た瞬間に条件反射で正解がいえるまでにする。ノートを正確に身に付ける、つまり、ノートの「定着」。これが第4です。

 

Q:どのようにしてノートを身に付ける、「定着」させたらよいのですか。

A:

 (1)「音読練習」、「書き取り練習」、「計算・問題練習」を繰り返し行うことです。私は、この3つの練習を「定着のための3大練習」と名付けました。

(2)「練習は不可能を可能にする」という慶應義塾の塾長をなさった小泉信三先生の教えがあります。「定着のための3大練習は不可能を可能にする」と考えます。

(3)高井伸夫先生の「仕事はメモで身に付ける」の教えを大いに学び、学校でも社会でも大いに役立てていただきたいと思います。

 

2016年2月24日(水)7時08分

 

 

開倫塾のホームページ(www.kairin.co.jp)に林明夫のページがあります。

毎週、数回更新中です。

お時間のあるときに、是非、御高覧ください。


 

 

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2016年2月13日(土)15:48 永田町2-9にてシネラリアを撮影
花言葉:「いつも快活、喜び」 

 

 

第4回 格差問題
(『労働新聞』平成27年5月4日より転載) 

 

「経済学者は20年たたなければ何もわかりません」「今日の経済学者は、1300年ごろの神学者に似ています。教条的すぎます」「今日、有効な経済理論は存在しません」等と断じたのは、かのドラッカーである(『実践する経営者』より)。

 

こうした言葉は、経営の専門家から見た一面の真理といえるだろう。しかし、もしドラッカーが昨今の世界的ブームであるトマ・ピケティ著『21世紀の資本』を読んだら、どう評価したであろうか。文学作品のなかに社会情勢を読み込み、200年余のデータを丹念に調べ上げた手法は、教条的とされなかったのではないか。奇しくもピケティは、米国の経済学者について「数学への偏執狂ぶりは、科学っぽく見せるにはお手軽な方法だが、それをいいことに、私たちの住む世界が投げかけるはるかに複雑な問題には答えずにすませているのだ」等と同書で述べている。

 

同書への批判的立場もあると聞くが、資本主義社会では格差が生じるのは当然であり、資本主義が発達すればするほど仕事の合理化が進み、同じ収入を得るための仕事量が増えるという経験則を、長期的に資本収益率(r)が経済成長率(g)を常に上回り(r>g)、格差を生み出すと分析・実証した彼の業績に、素直に敬意を表したい。

 

フランス革命は自由・平等・博愛を掲げた。しかし、自由と平等は相反する概念であり、両者を結び付ける役割を博愛が担っているといってよいだろう。フランス人であるピケティは、自由競争により生じる格差を博愛の理念で克服し平等を実現することに腐心して、同書を著したのではないか。

 

私が格差問題を論じ始めたのは2007年であった(本誌掲載「四時評論」07年秋号)。当時はいわゆるワーキングプアが社会問題となり、製造業の派遣労働が解禁され始めた頃である。この論稿で自由主義・資本主義・自由競争の下では格差は決してなくならず、今後も拡大し続けるという趣旨のことを書いたが、今でもこの考えは変わらない。行き過ぎた不平等や貧困が固定化しないためのセーフティネットとして有効な社会・経済政策の実行が重要であり、貧しくとも将来への希望が持てる制度の策定が必要なのである。

 

格差問題は、最低賃金法等が射程とする所得格差にとどまらず、教育格差、医療格差、情報格差等々、多岐にわたる。日本の将来を思えば、特に子どもの貧困、教育格差への対応が急務である。いわゆる子ども(17歳以下)の貧困率(所得が国民の平均値の半分に満たない人の割合。子どもの場合はその子が属する世帯を基に算出)は、13年に過去最悪の16.3%であった(厚労省)。企業間のみならず人材間のグローバル競争も始まっている現状では、個々が身に付けるべき教育レベルは大学院程度へと移行している。となると、貧困状態にある子どもは、将来への希望を全く見出せなくなってしまう。

 

人事・労務の視点では、正社員と非正規労働者の所得格差の見直しが重要である。1年を通じて勤務した民間の給与所得者の平均給与は正規473万円、非正規168万円(13年・国税庁)で、3倍近い差がある。本年2月時点では非正規が減少し正社員への転換が進む動きがあるが(労働力調査)、今後は分からない。身分の違いではなく、仕事の成長に応じて処遇する制度を構築しなければならない。要は、博愛をいかに実定法化するかということなのである。

 

 

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最終回 高井先生言行手控え

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2016年1月9日(土)14:43 熱海鶴吉にてブーゲンビリアの赤とピンクを撮影 
花言葉:「情熱、熱心」 

 

 

築地双六館 館長
公益社団法人全国求人情報協会 常務理事
吉田 修

 

 

インタビュー取材の最後に先生に10質問をさせていただき、即答いただいたことをご紹介します。

 

■髙井先生を読み解く10の質問

Q1:AIは弁護士業務を代替できるでしょうか?

A:いまのところできないと思います。なぜなら、「感性」「理性」「知性」「心性」を人間は備えていますが、いまのところ、AIはすべてを代替できる状況ではないと思うからです。

「感性」については、AIは、泣くことも、愛することもできないと思います。「理性」については、AIが備える可能性はあります。「知性」については、考えることはできても、考えぬくことの“ぬく”というところができないと思います。考えぬく=考えたうえにさらに新しいことを考えることは、できないと思います。「心性」については、もちろんできないと思います。

こうしたことから、AIは弁護士業務を代替できないと思いますが、代替できるようになったら、人間はAIに負けることになり、人間が退化することになります。

 

Q2:反対尋問のコツは何でしょうか?

A:相手方が答える内容を予測して、「石にも目がある」の言葉どおり、相手の欠点を見つける。要は、相手の答えを3つ~4つ想定して的確に予測することが反対尋問のコツです。

 

Q3:法律家に向かないのはどういう人でしょうか?

:バランス感覚がない人は法律家に向きません。正義とはいつもバランス感覚のうえに成り立つものです。正義心のない人は法律家に向かないのです。正義の中核をなすものは、バランス感覚です。

 

Q4:若者に薦める本、ベスト3は何でしょうか?

A:①いままで読んで一番よかったのは、藤沢周平の本です。藤沢周平の本であれば、どの本でもよいと思います。それぞれの感性・理性等の波長に合ったものを選ばなければならないと思います。

②第二に、現代では心理学の重要性がいよいよ増してきますので、心理学関係の本がよいと思います。「感性」の本としては、私としては、加藤諦三先生の本がよいと思います。

③第三に、歴史書がよいと思います。どの時代について読むのかは、本人の関心次第です。自分の関心のある時代について、一流の人が書いた歴史書を読むと一番よいと思います。

 

Q5:先生が、今、大学生ならば、どういう職業に就きたいと思われますか?

A:弁護士以外の職業についたことがないので、やはり弁護士の仕事をしたいです。弁護士が私の天職なのかもしれません。

 

Q6:今のままであれば、100年後の日本の人口は4000万人になります。今、何をすべきでしょうか?

A:日本人はもはや「絶滅危惧種」になってしまうと観念して、現実を受け入れて、対応する以外にないと思います。対応としては、教育機関を充実させる以外にありません。そして、世界に尊敬される誇りある日本人を育成・形成する以外にありません。

 

Q7:人材ビジネスの経営者に言いたいことベスト3は何でしょうか?

A:①第一に、未来産業への支援に積極的に取り組んでもらいたいと思います。

②第二に、グローバル化にそなえて、市民全体・社会全体に対する人材教育活動に取り組んでもらいたいと思います。

③第三に、これから精神障害者がどんどん増えていくので、経営者自身が精神障害者に理解をもって接しなければならないと思います。

 

Q8:日本人と中国人は何が一番異なるのでしょうか?

A:ひとことで表現すると、日本人は「集団主義」で、中国人は「個人主義」である点が一番異なると思います。簡単にいえば、集団主義は「バランス感覚」を旨とし、個人主義は「権利の極大化と義務の極小化」を旨とします。

 

Q9:歴史上一番尊敬するのは誰?理由は?

A:悩むところですが、ひとり挙げよということであれば、やはり徳川家康です。265年もの間(1603年~1868年)、幕府が続いたからです。

 

Q10:健康寿命を保つためにお奨めのことは?

A:運動することです。

 

 

2002年ネパール訪問旅行にて

●DSCF2853秀峰マチャプチャレ(6993m)アンアンプルなナ山群をバックに.JPG

 

 

 

 

 

秀峰マチャプチャレ(6993m)
アンサンプルな山群をバックに

 

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民族ダンスの夜

 

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右から
2016年2月1日(月)7:46 芝公園にて椿を撮影 花言葉:「控えめな美、慎み深い」
2016年1月24日(日)8:13 千代田区三番町にてカルーナを撮影 花言葉:「連理の枝、自立」
2016年1月24日(日)7:12 港区永坂上遊び場にて梅を撮影 花言葉:「高潔、忍耐」

 

1月26日の朝、北の丸公園に散歩に行ったところ、地面一面に霜がびっしり生えていて、歩くたびに霜が崩れる音がしました。霜自体はもっと前からできていたと思いますが、2、3日前の寒波の影響で増えたのでしょう。まさに冬本番を感じさせる激しい霜でした。

 

 

2004年9月から2005年9月にかけて、上海のフリーペーパー「コンシェルジュ上海」に小生が連載として書いたものです。10年の年月が経ちましたが、原文通り転載しました。当時としては斬新な内容であったかと思いますが、多くが今でも通用する要諦であると考えております。

例をあげれば、日本企業は中国企業との取引において、全部疑うか、完全に信じてしまうかと二者択一に偏ることが多く、あいかわらず、「中国人は信用できない」とぼやく企業があとを絶ちません。過度に疑うことなく、また、過度に信じることなく、冷静な対応が健全な取引が継続する鍵となることは今も昔も同様です。

また、中国では個人主義も強まることすらあれど、集団主義的な要素は殆ど見受けられません。10年前と比べ、中国の台頭が顕著になった今、巨大市場を有する中国と、冷静かつフェアに付き合っていくために本稿が何らかの参考になれば幸いです。



『日本人と中国人 第3回』


■ 中国の法律に対する観念に対して、高井伸夫氏が弁護士の立場から言及する。法治主義国家体制が整いつつある中国において、従来の交渉の仕方で油断をしていると思わぬ落とし穴があることを、事例をもとに解説している。日系企業が中国で成功するためにはどうするべきなのか。

 

「中国は人治主義の国である」と盛んに言われている。これは決して誤った観念ではないが、頭ごなしに人治主義国家とのみ決めつけ、法治主義国家体制の整備に邁進している中国の実情を意識せず蔑ろにすると、我々はとんでもない大怪我をする羽目になる。

 

法治化する中国

中国は個人主義の国であり、その結果、家族主義、地方保護主義、人治主義へと展開している。しかし経済発展につれて社会的な格差の問題、利害の対立等が発生し葛藤が激化する。そこで、当然中国社会においても『秩序付け』が必要となり、その結果、人治主義の中国も次第に法治主義の色彩を取り入れざるを得なくなってきている。

 

中国には現在約12万人の弁護士がいると言われているが、毎年、国家司法試験により約2万人前後の新人弁護士が誕生している。そして中国の弁護士は日本人弁護士に比べ、概ね豊かな生活をしているように見受けられる。つまり、中国国内においてそれだけ法律に対する需要・ニーズがあるということであり、ここにも法治主義化しつつある現実を見て取れる。

 

日本企業が中国へ進出する際には、さまざまな障害にぶつかるが、中国の法律・規則・条例を遵守する姿勢なくして日本企業は存続することはできないという現実をまず知るべきである。中国政府担当者に賄賂を渡すなどして懇意な関係になり、法が要求する条件を満たさない企業を設立する例などを仄聞するが、その担当者が異動あるいは退職した途端、当該違法行為の摘発がなされ、多額の罰金を請求され、ひいては営業許可証取消処分を課せられてしまう。つまり、賄賂を渡して許可を得るということは、中国政府に取りつぶされる理由を与えているということになる。賄賂は『諸刃の剣』であることを十二分に認識しなければならない。このような、法の要件を満たさない違法行為の摘発事例は中国のWTO加盟によりますます加速されている。言い換えれば、人脈、あるいは袖の下のみを頼りにして、企業活動を展開することはもはやできない時代となってきているということである。

 

法規遵守が最適な対処

さて、アメリカ人も中国人と同様に個人主義の民族であるが、アメリカでは、民事上の不法行為に対して厳しい賠償責任が課せられることがある。不法行為の悪性が強い場合には制裁的意味の損害賠償を加算する『懲罰的損害賠償』が認められており、そうなると実損害の何倍もの賠償責任を負わされるという。また、刑事責任では終身刑というような生やさしいものではなく、250年、300年間もの懲役が科せられる。個人主義が強ければ強いほど、社会の秩序付けのために懲罰を厳しくせざるを得ないという現実があることを我々は忘れてはならない。中国においても刑罰は極めて厳しく、死刑を執行された者の数は年間3000人にのぼると言われているが、日本の実情が数人にすぎないことと対比すれば歴然としている。

 

今後日本企業は、活発に発展を続ける中国国内市場に活路を求めていかなければならないが、日本企業の中国市場への進出度が強くなればなるほど、バッシングは一層強まることであろう。日本製品の品質の良さ、品位の高さは世界的に評価されており、結局これは中国人・中国社会にも受け入れられていくが、一方ではそれを良しとしない勢力も生まれ、感情的な展開をみることにもなろう。

 

日本・日本企業バッシング、日本製品ボイコットは、アジアにおける国家覇権争いおよびこれまでの日中間の歴史に起因する独特の要素であるが、日系企業は「自らが背負っている宿命」としてそれらに適切に対処していかなければならない。そこに言う適切な対処のうち最も重要なことが『中国の法規を遵守する』ということなのである。我々日本人は、中国社会が成熟した法治主義国家に向けて1日1日成長している現実を肝に銘じ、身を慎んで法律・法規を守る企業活動、良心的経営を行なわなければならないのである。

 

 

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