2015年1月アーカイブ

第1回 高井先生言行手控え

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2014年12月28日(日)10:38 東京都北区王子五丁目で撮影
バラ(花言葉(薄オレンジ):「無邪気」)

 

 

第1回 高井先生言行手控え

 

築地双六館館長
公益社団法人全国求人情報協会参与
吉田 修

 

 

2002年二子山部屋の稽古見学.jpg

2002年(平成14年)12月28日
二子山部屋・横綱貴乃花の稽古見学
右から高井先生、ボビン・バジュラチャルヤ氏、私
(ボビン氏については高井先生の2011年9月6日付交遊録参照)

 

 

 

■高井先生との出会い

 

昨年末、高井先生より「これまで色々な場で様々な主張をしてきた。長年の付き合いの中で覚えていることをキーワードを含んだ文で寄稿してほしい」とのお願いがありました。高井先生には、およそ30年間、公私にわたってご指導をいただきました。このような雑文拙文であっても、少しでも先生へのご恩返しが出来ればと思いお引き受けした次第です。

 

高井先生は、私が長年勤めていましたリクルート社の顧問弁護士でいらっしゃいました。最初の出会いは、日本リクルートセンターがリクルートに社名変更した昭和59年の9月だったとお聞きした覚えがあります。

 

当時の田中寿夫常務から高井先生に「関連会社のリクルートフロムエーが詐欺商法の会社の求人広告の掲載を断ったところ、広告契約の債務不履行によって、人を採用できなかったことによる得べかりし利益等を求めた損害賠償訴訟が起こったので、是非対応をお願いしたい。」と申し上げたそうです。

 

この当時既に、高井先生は労務分野で最も著名な弁護士のお一人でした。特に、「反対尋問の名手」として評判が高く、裁判官が先生の反対尋問をわざわざ法廷に見学に来ていたそうです。これはなかなかあり得ないことです。

 

さて、高井先生は仕事を引き受けるにあたって、必ず依頼者の職場を実地見学されるということで、同社の本社を訪れ、社風、職場風土、経営幹部の人となりを肌感覚で把握されました。これに限らず、高井先生の当該事案の現場を踏まえ、そこから発想する現場主義(Here&Nowのリアリズム)はあらゆる場面で垣間見られます。先生の大胆で斬新な発想は、数多い現場のシーンと徹底したロジカルシンキング、そして卓越した記憶力が、灰色の脳細胞の中で生物学的化学反応を起こした賜物なのです。そう感じておられる読者の方も多いのではないかと思います。

 

私が最初に高井先生にお会いしたのは、昭和62年頃だと思います。お引き合わせいただいたのは、赤羽良剛さん(当時リクルート事業部次長、現ブレーン・フォーラム株式会社 代表取締役)でした。

(つづく)

 

 

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2014年12月28日(日)7:25 東京都目黒区中目黒公園で撮影
アエオニウム(花言葉:「永遠」)

 

 

② 弁護士の守秘義務

弁護士が、自分の言ったことに責任をもてない状況に陥った時、すなわち間違ったときに、どう対処するかも、お客様を維持するための重要なポイントとなる。

また、お客様が、お客様にとって不利な証拠(悪い情報)を出さないときは、どうしたらよいだろうか。

この点について、そもそも弁護士の任務とは何かを考えると、刑事訴訟においては刑訴法1条にて「事案の真相を明らかにし」とあることから、真実発見が目的とされているが、民事訴訟においては、当事者間の争いに決着をつけることが目的であるため、真実発見の要請は刑事訴訟より劣後する。そのため、お客様の代理人である弁護士は、弁護士職務基本規程46条にも「その権利及び利益を擁護するため、最善の弁護活動に努める」とある通り、お客様の利益のために最善をつくすことが求められているのである。

弁護士の仕事を進めるにあたっては、その事件の内容を丁寧に把握すること、そのために、お客様の話をよく聞き、資料をよく読み、事案によっては現場を見に行き、そして、相手方の書面をよく読むことが重要である。直接、話を聞くことや現場を見ることで、真実が見えてくることもある。

弁護士の仕事を進めるにあたっては、人の噂で相手方を評価してはならないし、もちろん事件の内容も人の噂で決めてはならない。伝聞の情報だけをもとに固定観念のみで考えを進めると、当該事件においての特殊性を見逃す危険すらある。ありのままの事実(証拠)を1つずつ積み上げていくことで、当該事件においての真実が見えてくるのである。

人の想像力は、自分がこれまで見聞きしてきたこと以上には広がらないものである。だからこそ、自分の持っている固定観念のみで物事を考えると、真実を見逃すおそれがある。想像力を豊かにするには、1つ1つのケースで、自分の目で見て確認するという地道な作業を繰り返すこと、この作業が積み重なることで、様々な視点が養われ、想像力が培われていくのである。

また、人が裁判を起こすのは単に経済的な必要からだけではなく、それ以上に、真実を発見したいという気持ちが重要な動機である場合もあることを忘れてはならない。

 

なお、お客様の信頼をうけて、弁護士が一生懸命取り組んだにもかかわらず、思わぬ結果になったことにつき、お客様から損害賠償の請求を受けた場合には、当方の言い分を丁寧に説明すればよい。裁判を起こされてしまったら、受けて立つ以外にない。

人は、自分にとって都合の悪い事情については自然と口が重くなる。それでもなお、事実を確認するためには、率直に尋ねることが秘訣である。悪い情報を聞くためには、まず良い情報を聞くことが呼び水となろう。弁護士は、きれい事・建前のみを語りがちなお客様から本音を引き出し、問題の本質を把握するために、さまざまな工夫をしなければならない。

私の取り組んできた方法は、まず①お客様に経過書を作成してもらう。箇条書きで、努めて叙情的にならないように求める。②相手方、当方それぞれにとって不利益な事実の一覧表を作成してもらう。事を起こす段階においては③後述する大義名分書(必要性を訴える理由書)の作成をお願いし、④相手方に提示する条件をまとめるよう求める。さらに⑤想定問答、⑥想定状況の作成も依頼する。想定状況とは予測されるリスクの一覧で、それを列挙してもらう。また、⑦スケジューリングの設定もお願いする。こうした緻密な点検・検証作業を通じて初めて、お客様が語ろうとしない事実を正しく認識し、危険をも予知できるのである。

 

 

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2014年12月28日(日)7:03 東京都港区南麻布一丁目で撮影
ガーベラ(花言葉:「希望」)

 

※「髙井伸夫弁護士の<人事労務 散歩道>」(『労働新聞』2011年5月30日号より転載)

 

「ボスの条件」(3)ボスになれる者となれぬ者

 

ボスでない者がボスのように振る舞うと、「あの人はbossy(いばり散らす)だ」というように、bossの形容詞が否定的な意味で用いられることがしばしばある。

 

こうした陰口を言われないように、組織のリーダーたるボスは、魅力ある存在でなければならない。その究極は「カリスマ」あるいは「大御所」であるが、ボスはそれらに及ばぬ「大物・傑物・怪物」や「小物」の世界で展開される存在である。

 

私はリーダーやボスの魅力の根源は「人格・識見・手腕・力量・多芸多趣味」であると説いているが、ボスはこれらを磨き、部下や同僚等に受け容れられる魅力ある存在になることが必要である。カリスマは、人間として生来的な魅力やオーラが傑出した者のみへの呼称だが、ボス程度であれば、生まれながらの資質は二の次で、リーダーシップやマネジメント力を向上させる後天的な努力によって担い得る。

 

リーダーシップでは先見性が最も重要な要素である。これは時代の流れに関心をもって勉強していれば自然に備わってくる。そして、マネジメント力の真髄は、相手の心を理解することである。「相手が自分に対して何を望んでいるか」を探求し、納得できる回答を得たとき、それを目指して邁進することが肝要である。独りよがりでは決して組織はマネジメントできない。マネジメント力は、他者との間に、より広く深い合意を形成してゆく手続なのである。

 

しかし、いくら努力してもリーダーシップもマネジメント力も身につけられず、際立った存在になれない者もいる。そういう者は、ヒラ社員のまま終わるか、たとえ管理職・役員になったとしても存在感を発揮できず、その他大勢のなかのひとりとして、謙虚に生きなければならない。不満を募らせ、ボスになった者を批判するだけの人生はむなしい。ボスになれなかった者がすんなりと諦めの境地に達することは稀であり、多くは生きる気概を失ってしまう。生きる目的を失わず、多かれ少なかれ青雲の志(=徳を修めて聖賢の人になろうとする志)を持ち続けるためにも、現役時代はもとより定年後の第二の人生でも、趣味の世界でもよいから生きがいを求めて努力すべきである。

 

さて、組織には世代交代という大テーマもある。社長や役員等の若返りが進まない企業は発展しない。後継問題は、ボス自身に後継者育成の気持ちがあるか、そして後継指名された者が十分な心構えと資質(能力・自立心・向上心・連帯心)を持っているかによって決まる。経営者には、ボスたりうる人材を見いだし、ミッションをわかりやすく伝え、育てる任務がある。

 

ところで、後継問題には、ボス候補同士の葛藤も伴う。後継候補が複数存在すると「両雄並び立たず」となり組織が維持できないから、上司による選択がなされる。複数を同時に重用することは、よほど力のあるボスにしかできない。負けた者は出ていくか、趣味等々別の世界で生きるしかない。企業が子会社を作りそこに役員を配置する意味は、この点にもある。

 

サル山のボスの交代劇では命がけの激しいバトルが展開され、負けたボスは群れを抜けて、ハナレザルになるともいう。ヒトの社会でも、本質的にはこれと同様のことが、常に繰り広げられているのである。

 

 

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2015年1月3日(土) 8:20
東京都港区虎ノ門ホテルオークラ東京にて撮影
水仙…花言葉「神秘」  梅の花…花言葉「気品」

 

 

新年おめでとうございます。
本年も何卒宜しくお願い申し上げます。
ブログ読者の皆々様にとってご多幸の一年となりますよう
こころよりお祈り申し上げます。

 

(8)信頼性

弁護士は信頼性があってこそ存在価値があり、営業の効果が上がる。その原点としては、お客様への責任、それに弁護士としての技能、職業倫理(プロ意識)が大切である。信頼性を高めるために、先に述べたように、弁護士は日夜研鑽しなければならない。信頼性は、まさに、「継続は力なり」で培われるものであって、一朝一夕に得られるものではないからだ。

 


① 謙虚さ

まず、信頼を得るために大切なことは、謙虚さである。

いかに仕事で結果を出し、多くの利益を生み、それを誇らしく感じているとしても、決して驕ったり、謙虚さを欠いて他人に威張ったりするようになってはいけない。

弁護士の中にはとかく自慢話をしたり威張ったりする人がいるが、それが目に余ると、お客様の信頼を失ってしまう。お客様の目には、自慢話は、自分をことさら大きく見せ、実力以上に評価されたいとする姿勢に映るからだ。弁護士は、自己評価を控えめにするのがクレバーだろう。

なぜ人が威張るかというと、謙虚さを失って自分を高いところにおいてしまうからである。人は皆、自負心・自尊心を持つ存在であり、そのこと自体は当然で、悪いことではないが、それがあまりに高じると自惚れや慢心になってしまうので、厳に慎むべきである。自分の今までの業績等を得々として話す人がいるが、それらはいずれも過去の事柄であり、自分の過去を自慢することにほかならない。つまり、過去の栄光にしがみついているような「終わった人」であるとお客様に認識されてしまうのだ。弁護士は、現状に甘んじることなく、研鑽し続けなければならないと自覚すべきである。

また、ときとして、傲慢な態度は自信のなさの裏返しという場合もある。中島敦(1909年~1942年)の代表作『山月記』には、こうある。

虎の姿になってしまった李徴は、山中で出会った旧友に切々と訴えた。「己(おのれ)は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己(おのれ)は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為(せい)である。」「己(おのれ)の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。」

 

「春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛む」

これは江戸時代の儒学者佐藤一斎(1772年~1859年)の言葉だ(「言志後録」第33条:岬龍一郎編訳 佐藤一斎『〔現代語抄訳〕言志四録』PHP出版より)。他人に優しく、自分に厳しくあれ、という教えで、大変すてきな言葉であると思う。これもまた、自己研鑽の一面であるといえるだろう。

反対に、お客様でも人を利用する傾向がある人、騙す傾向がある人とは弁護士は付き合ってはならない。そのような人と付き合うと、弁護士本人の信頼に関わるからである。弁護士は、お客様と信頼関係を築かなければいけないが、そのような人とは信頼関係を築くのが難しいどころか、付き合えば自分の信頼まで失うような事態に巻き込まれかねない。

弁護士は専門家といわれる立場だから、「○○を援助してほしい」「○○をサポートしてほしい」と謙虚に依頼し、しかも感謝してくれるお客様と付き合うべきである。そのためには、弁護士に直感的にそういった人を見分けられる力が必要となるが、日頃から人と接する時に、その人の本質を見抜く眼力を養うことが肝要だろう。人は、言葉は偽れるが行動は偽れないため、偽りの言葉かどうか判断するためには、その人の行動を見れば良い。行動を見て判断する具体例としては、口約束を守るかどうかがわかり易い例としてよく挙げられる。簡単な口約束が実行されなければ、その人の話、ひいては人間性すら信頼することは難しい。私はどのような小さな口約束であっても、すぐに実行するよう心がけている。これは、私が常に相手のことを最大限考えていることの証のひとつとなるだろう。その他に、金銭関係において汚い人もあまり信用してはいけない。一見、素敵な人だと思うけど、いざ金銭関係になると汚い人がいるからである。それから、賭け事においてもまた同じである。賭け事にずるい人はどこまでもずるい。だから、賭け事でも人間の本性が出るだろう。

弁護士の立場を利用しようとする傾向のある人は、やたらと調子が良かったり、大げさに褒めたり、大きな話をしたりすることが概して多い。特に「○○を援助してほしい」という依頼を受けた場合には、要注意である。相手の話に乗せられることがないよう、慎重に人を判断する力を身につけたい。

 

 

 

 

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