【第12回】松浦 和光の『百聞は一見に如かず』

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2014年8月24日(日)7:10 東京都千代田区永田町付近にて
線香花火(フットボールリリー)を撮影
花言葉「清らかなこころ」 

 

 

 

縁の連鎖

 

 

高井先生のブログ『無用の用』に掲載される当コラムを執筆して早1年になろうとしている。

その間、高井先生をはじめ、高井先生の周辺でおこったことを題材にいろいろ述べさせてもらった。その中でも、事あるごとに「出会い」と「縁」に関して様々な角度から執筆させてもらった。これも、高井先生が常日頃から「縁の大切さ」「出会いの重要さ」を説いてくださったからか、それが私の中に強く焼き付いてしまったようである。

 

人生は「出会い」と「縁」で紡がれるといっても過言ではない。事実、このコラムを私が執筆するようになったのも、高井先生との縁からである。高井先生との出会いを振り返ってみると…昨年の春、大阪にいる仲のよい友人のB氏から『誰か力のある弁護士を知らないか。知っていたら紹介して』との相談を受けた。B氏は関西で数百億円の事業をしていたがバブル崩壊後、銀行に資産を差し押さえられた経緯から、その法的解決を有能な弁護士先生にお願いしたいと思っていたのである。もちろん、すでに大阪で他の弁護士先生に依頼はしていたのだが、どうも埒があがらないじれったさに、私に連絡してきたようであった。B氏から相談された私は早速、親友のF氏に連絡して『いい弁護士を知らないか。友人が困っている』と、B氏の依頼内容と経緯を説明した。すると、F氏が『日本一のすごい弁護士先生がいるから話してみる』と言って、「高井伸夫先生」のことを教えてくれた。さっそく、インターネットで「高井伸夫」を検索してみたところ、法曹界で半世紀にわたって活躍してきた実績と存在感をして、並みの弁護士ではないことがすぐにわかった。とくに、人事・労務に関しては第一人者であった。

 

大阪のB氏に連絡して『すごい先生を紹介できる』と伝え、高井先生の名前を伝えた。

2週間後、高井先生との面談となった。B氏とF氏と私が九段下にある高井先生の事務所を訪問した。会議室で高井先生を待っている間、日本でも有数の弁護士先生にお会いする緊張感から、再度、姿勢を整えた。ところが…ところが、である。入ってきた高井先生は、三色か四色の柄の靴下にポロシャツ、白髪混じりの髪はぼさぼさ、極めつけは、踵のないスリッパのような靴であった。先生との初対面での印象に、内心、言葉は悪いが「はあ?」となった。関西流で言えば、吉本の芸人あたりが意外な顛末に「ガクン」となるあれである。だが、人懐こい笑顔ときさくな雰囲気で名刺を渡してくれる高井先生の素朴な姿に、服装や外見を気にする「小ささ」を超越した人間的大きさ、のようなものが感じられた。人間にとって最も大切なものが何であるか知っている方たちは、外見の服装や体裁など、そんなことはどうでもいいように思えてしまうものであり、先生もそうした方の一人かもしれないと、自分なりの解釈にて新たな印象を刻んだ。

さっそく、当日の用件であるB氏の経緯説明に入った。F氏と高井先生は二十数年来の親しい間柄だったので場の空気は“弁護士事務所に渦巻く堅苦しさ”などは微塵もなく和気あいあいの雰囲気…いや、F氏と先生が親しいからではなく、高井先生の気さくな個性がそのような雰囲気を排除してしまったのかもしれない。

 

B氏から事件の経緯を聞いた高井先生は、得意としている人事・労務分野でないことからか、親しくされているM.H弁護士に連絡された。M先生も、経済分野に精通している法曹界における重鎮であった。M先生を待っている間、高井先生・B氏・F氏、そして私と4人で雑談めいた世間話をしたのだが、この時に行き交った会話をして、高井先生の人間的な個性、人となりが再度、私の中に刻まれると同時に、弁護士という枠からはみ出した高井先生の強力な個性は、先生とお会いされた方たちをして、一度お会いしたら忘れられない印象を焼き付かせているのだろうとも思った。“赤ひげ先生”は医者だが、“法曹界の赤ひげ先生”がぴったりのような気がした。

夕方7時すぎ、M先生が到着された。さっそく、M先生はB氏の事件について要点をまとめつつ、今後の対応と戦略を話し合われた。後日、B氏の依頼事件は見事に解決、さすがと思った。

 

友人のB氏、そしてF氏との縁の延長にて高井先生と知り合い、それがきっかけで先生と私の出会いが始まり、そして、このコラムを執筆させてもらう縁に発展した。縁の不思議な連鎖図式を考えながら、もし20数年前にB氏と知り合わなかったら高井先生との縁もなかったはず、そこにまたF氏との出会いがなければこのような展開にはなっていなかっただろう。なにより、B氏と出会ったのも、B氏を紹介してくれたM氏がいたからである。そのM 氏との出会いは、M氏の友人であるH氏と私が飛行機で座席が隣り合わせになった「縁」からである。

飛行機で隣り合わせになった縁が高井先生にまで繋がる妙、そればかりか、高井先生と交わったことでいろんな方との新たな出会い、縁が生じた。

こうしてみると、人生はまさに「出会いと縁」が連鎖して様々な人間関係を紡がれていく。それだけに、たとえ小さな、取るに足りないような出会いでも、それは将来における「大きな糧」に繋がる種とおもって大切にしなければならない。それこそ、高井先生がいつも言われるように「袖すりあうのも多生の縁」なのである。

 

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