2014年2月アーカイブ

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2月19日(水)15:52 静岡県伊東市猪戸周辺にて河津桜を撮影
花言葉:「優れた美人」「純潔」 

 

 

[3]経験・専門性

 

弁護士にとって必要な素養は、前回述べたハングリー精神と人柄に加え、、経験・専門性があることが一番大切だろう。

 

① 経験

予防医学という学問があるが、それと同様に法的紛争の発生を未然に防ぐという視点からの「予防法学」という言葉もあり、現実に極めて大切なジャンルになっている。この「予防法学」とは、法的なトラブルになる箇所を予め押さえて、それに防波堤を築くことである。それは単なる書籍の上の知識ではなく、実体験、経験に基づいた実践でなければならない。

 

例えば、契約を締結するのに欠陥がないかを予め見極めることである。これができるのは、一般的には専門家として経験豊富な弁護士しかいない。もちろん法務部門がしっかりしている企業においては法務部員もそれにあたるだろう。いずれにしろ、予め法的トラブルを回避する心配りが「予防法学」を発達せしめてきた。それがピンチを招かない最良の方策でもあるし、「彼を知りて、己を知らば百戦危うからず」という世界でもある。依頼者との腹蔵なき綿密な話し合いにより、たとえば依頼者が企業の場合は企業継続のための安全ラインを的確につかむ手伝いをし、肝心なところで法律的な面での助言を与え、匙加減、あるいは打開の方法を示唆し、企業の可能性を最大限に発揮できるよう導くのが弁護士の役割なのである。

 

しかし、経験とは、誰にでも最初から備わっているものではない。

若手のうちは、手を動かして書面を作成し、足を動かして依頼者および相手方、事件関係者と面会することである。何事も、現場を見ないでは、的確な判断・指示はできない。担当事件・相談会社について、なるべく早く現場を見る。必ず一度は訪問する)。そして、担当事件についての打ち合わせには必ず立ち会うこと。今はメールが欠かせない時代になっているが、メールだけで仕事をすることは、弁護士の信用を失うことに繋がるだろう。現地に行き、現場を見て、現実を直視することが弁護士の仕事としての第一歩であり、メールはその後のことである。まずは、現地を確認してメモを取ることが大切なのだ。

また、弁護士の仕事で書面を作成することは土台・基盤に当たるから、書面を作成することを厭わないことも重要であって、弁護士の基礎である。書面を作成するときには、心で作成する。そして、毎月最低2通以上の大型書面を作成することである。弁護士は、まず文章力の体得こそ肝要なのである。書類を作る時は証拠を確認すること、いつも学説・判例の検討を忘れない。仕事は貪欲に身に付けること。依頼者の信任を受けるには、相手方の代理人より質量いずれについても2倍の準備をし、裁判所からも評価を得ることが必要なのである。

 

因みに、私が司法研修所修習生の当時、司法研修所の教官から裁判官に書面を提出するときは、ポイントを要領よく簡潔に書いて出すべきだと教えられた。その後、弁護士になっていろいろな文章を書いたが、他の弁護士からいくつも教えられることがあった。例えば、事実関係を精査して書くべきだとか、原理原則を大切にして文章を書くべきとか、少し叙情的に書くべき等々である。

私は、実際に文章を書いているととても長くなってしまう。それは兄弟子の故滝川誠之氏から影響を受けている。彼は文学賞をもらうことを念頭に置いて文章を研鑽しており、裁判官に納得してもらうためにもやはり長文でなければ、と常日頃から言っていたことから、影響を受けた。

しかし、長文になればなるほどまとめるのが難しくなるのは言うまでもない。弁護士の文章のみならず、学者の論文も長文になっていると思うが長文だと冗長になり、締まらない文章になりがちである。だから、文章作りにあたっては起承転結を意識しなければならない。起承転結を意識することにより、裁判官に訴えたいこと、納得してもらいたいことに自ずと焦点を定めることができるのである。

 

② 専門性

専門性もまた、誰にでも最初から備わっているものではない。

 

ケースバイケースではあるが、新人弁護士の時代には、自分の専門性を確立するために、時代の流れにマッチしてクライアントのニーズのある分野、さらには自分の能力・性格にも合う分野を見極めるという意識をもって、仕事に取り組むことが必要である。

 

そして、専門分野の方向性が決まったら、自分自身で勉強を深めることに加えて、その分野を専門とする弁護士と積極的に交わって情報交換を行い、実務的なノウハウをも意欲的に身につける努力をしなければならない。これは弁護士に限らず言えることだが、ナンバーワンよりオンリーワンを目指すことが大切である。そのためには専門性を備えることが何よりも大切なのである。なぜ、ナンバーワンを目指してはいけないのかというと、ナンバーワンというものは、競争して負ける危険性をいつも秘めているからである。目指すなら、オンリーワンでなければならない。例えば、私はリストラの専門家として大いに精進したが、その結果として、1999年6月から2000年4月に日経産業新聞に8回、また、1999年10月5日には日経流通新聞、1999年12月8日には日経金融新聞に、計10回それぞれ1面に亘る論評を発表したのである。

 

司法制度改革に伴い弁護士の数が増加したこと、業務内容の複雑化や海外の動向も加わり、これからは大規模事務所が増えると予想している。そうなれば、過当競争の中で大手事務所による寡占状態が生まれ、中堅、中小の事務所はどんどん干上がっていくしかない。今後この状況を打開するためには、個人だけでなく事務所としても、中堅、中小の事務所はブティック型専門化を進めるべきだと考える。専門分野に特化し、事務所の力を強めることで、大手事務所に打ち勝っていくしか術はないように思う。

 

また、経験もなければ専門性もない事件の依頼があった時には、断る勇気を持つことも重要である。もしくは、自身が経験がなく自信を持てない分野について、豊富な経験をもつ弁護士に、指導を依頼することが必要である。

 

③ まとめ

以上で述べたように、弁護士は仕事をすることによって経験を積み、専門性を身につけ、弁護士として成長するのである。そのためには、仕事に対する取り組み方、即ち、感じ方・思い方・考え方も大切である。言い換えれば、キャリアアップのためには、仕事に対する自分の哲学も必要であるということである。そもそも哲学とは、人間が人間としてどういう風に生きるべきかを身につけるための学習をすることである。

なお、今日のような情報化社会が進むにつれて、情報に対する強者と弱者の差は格段に広がるため、情報格差を無くすべく説明を尽くすように努めるべきは専門的な知識を有している弁護士の社会的責任であるということも忘れてはならない。

 

 

以上

 

 

付録  源麹研究所 見学会

 

昨2013年9月19日より、当事務所の関係会社である株式会社NT経営研究所が「リーダーシップセミナー」を主催しております。「リーダーシップセミナー」は、毎回、2部構成になっておりまして、1部にはゲスト講師をお招きし、2部では私が講演しております。

 

<開催実績>

第1回 昨年9月19日(木)「新規事業開発の着眼点とリーダーシップセミナー」
第1部 講師:株式会社源麹研究所会長・農学博士 山元 正博氏
テーマ:「麹のちからが世界を変える」

 

第2回 昨年11月21日(木)「事業再興とリーダーシップセミナー」
第1部 講師:株式会社セブン&アイ・フードシステムズ
代表取締役社長 大久保 恒夫氏
テーマ:「事業再興とリーダーシップ~現代日本の代表的ファミリーレストランから」

 

第3回 1月21日(火)「M&Aとリーダーシップセミナー」
第1部 講師:株式会社アクロネット代表取締役社長 石田知義氏
テーマ:「M&Aとリーダーシップ~30社のM&Aを成功させた経験からの提言」

 

第4回 3月17日(月)開催予定 「代替わりとリーダーシップセミナー」
第1部 講師:三田証券株式会社 代表取締役社長 三田邦博氏
<受付中です。お申し込み方法はコチラ

 

 

上記第1回の講演のセミナー終了直後から 第1部講演のテーマ施設・鹿児島の株式会社源麹研究所『バレル・バレープラハ&ゲン』(http://praha-gen.com/)を見学したいとの声が、皆様から多く寄せられました。

 

これをうけて、源麹研究所の第1回見学会を昨年11月4日に4名様のご参加で実施いたしました。その際、ご都合で参加できない方がたくさんおいででしたので、昨年12月15日(日)に、第2回見学会を実施いたしました。その時の模様を、参加者の株式会社エイ・アンド・ディ代表取締役 大鹿潤一様にご寄稿いただきましたので、掲載します。

 

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2013年12月15日(日)鹿児島県霧島市の霧島こうじ蔵GENにて株式会社源麹研究所の代表取締役会長、農学博士 山元正博様、高井先生、小松茂生様、ランドブリーズ代表取締役 渡辺憲司様、株式会社吉田アイエム研究所 代表取締役 吉田透様と見学会、昼食会に同席させていただける機会を頂きました。

 

株式会社源麹研究所 山元博士は、株式会社河内源一郎商店の創始者である河内源一郎氏の発見された河内菌(麹菌の一種)による天然自然の発酵技術を、環境保全、免疫抵抗力増強や健康維持に役立たせるため、研究、開発されています。

 

11時より山元博士から御祖父の創始者:麹の神様、近代焼酎の父と言われた河内源一郎氏のご紹介を頂きました。

 

河内源一郎氏は大蔵省から熊本税務局鹿児島工業試験所にお酒の鑑定官として赴任、その折、地元の業者から「残暑に醪が腐敗して困る、何とかしてほしい」と歎願され、研究に入った。そこで発見したものが河内黒麹菌であった。この菌は瞬く間に鹿児島宮崎の焼酎業界で採用され当時黒麹で造られた焼酎はハイカラ焼酎と呼ばれた。源一郎は更に研究を続け黒麹の突然変異種で味もよりまろやかになる白麹を発見した。しかし当時は地元では採用されなかった。その後、大蔵省を退官し研究を続けるため河内源一郎商店を創設。現在日本の焼酎の90%、韓国の焼酎(まっこり)のほとんどが河内菌で生産されている。68歳のとき、自宅玄関で懐に試験管を入れたまま倒れ他界、実はこのとき焼酎でなくグルタミン酸ソーダの発酵法による精製が研究の中心であった。(そのお話の中で,±0というバランスの理論が特に耳に残りました。)

二代目は長男さんの邦夫氏、後を継がせるつもりでいたが本人はその気がなく、しかも35歳の若さで病死されたそうです。三代目は娘婿の山元 正明氏が引き継がれる。山元氏は河内式自動装置を開発完成され、焼酎蔵の近代化に大きく貢献された。

その後、昭和52年現在会長の山元 正博に受け継がれる。

 

現在研究、開発されておられる主要な4つの内容をご紹介頂いた。

 

<GEN麹リキッドの特徴>

 

  • 雑多な食品残さを仕分けなしで利用可能
  • 油分が多少多くても可
  • 栄養成分を調整する事により配合飼料を超える成長を期待出来る
  • 良好な肉質
  • 低コスト
  • 豚舎の悪臭が激減する
  • カラスの減少
  • 完熟堆肥の完成

 

 

<麹発酵乾燥処理>

  • 河内菌の発酵熱等で腐敗しやすい食品廃棄物等を乾燥処理し、飼料化する。化石燃料を殆ど使用しないのでコストも安く品質も良い。

 

<麹発酵飼料 TOMOKO>

  • ブロイラー用に開発された麹飼料で、現在では牛、豚。鶏等畜種問わず利用されている。
  • この飼料をわずか0.5%添加するだけで必要飼料の量が2割近く削減され肉質も向上する。

 

<その他>

  • 強力な分解能力をもつ独自の微生物を使用した油脂分解処理技術を開発、グリストラップ浄化装置を商品化

 

 

次に、同系列会社の霧島ビール株式会社が製造している商品麹の華、麹の力、前立腺の友、生マッコリ、甘酒麹等の商品紹介、効能、実例をお話し頂きました。

 

(抜粋)

■麹の華、麹の力、前立腺の友

麹のプロが麹菌のエキス分を濃縮させて作りました。この発泡酒には酵素がたっぷり含まれています。あまり知られていませんが、私達の体内で生命維持の為に大きな役割を担っている酵素。アメリカから酵素栄養学という分野が出るなど、注目されている分野だそうです。動物が具合が悪いときに絶食するのは、体内の酵素を消化ではなく体調を調整する為に酵素の使用を制限する本能だとか。麹屋のプロが研究に研究を重ね、約20年の時を経てやっと本格的に販売できるようになった自慢の商品。

 

■生マッコリ

4つの生: 麹、酵母、酵素、乳酸菌

アトピー、花粉症に有効

継続的に使用することで体のバランスが飛躍的に改善するということです。その他たくさんの実例をご紹介頂きました。

 

お話はここで一旦終わり、近くの豚舎を視察することになりました。豚舎内部には制約があり立ち入れませんが、車から降りた瞬間匂いの少なさに一同、驚きました。

 

渡辺憲司さんはこの種のことに特に知識が深く、特に豚の糞尿は扱いづらく普通では考えられないくらいの堆肥の出来栄えに感心されておられました。私自身は全く分かりませんでしたが、ここでのお話の中でもバランスという概念を多く感じました。

 

霧島こうじ蔵GENに戻り、実際麹発酵飼料で育った豚の肉を使用したトンカツを実食させていただきました。確かに肉質、風味、甘味、が違い、皆一気に完食していました。

ご馳走様でした。

 

・・・高井先生の帰京の時間が迫り全員で空港までお見送りし、終了しました。

 

今回の見学会、昼食会の中でとりわけ感じたのが、均衡=バランスという概念でした。日本古来の食文化の中より、短期長期的視野から見てこの麹は非常に良いバランスがあり、その奥深さに自分の仕事に通ずるものを感じました。

 

当社建築部門では木造建築の柱、梁の配置計画、自然素材の選出、また自動車部門ではポルシェのチューニングをしていますが、日本の技術、生産精度は世界一流であるにも関わらず、ポルシェを超えれない現実。歴史、実績、経験値、マクロからみるミクロの情報収集、どういう尺度で判断するか等本当に多くの共通するヒントをいただけました。こうした機会を頂き、今後も究極のバランスを追求して精進しようと思えましたことに大変感謝致します。

 

本当に皆様有難うございました。

最後に、大変お忙しい中、貴重な時間を割いていただきこのような機会を頂き、山元博士、高井先生、小松茂生様、渡辺憲司様、吉田透様、皆さまに感謝致します。

 

株式会社 エイ・アンド・ディ 代表取締役 大鹿 潤一

 

 

 

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2014年2月12日(水)現地時間14:38(日本時間17:38)
ミャンマー・ヤンゴンの
在ミャンマー日本国特命全権大使公邸にて「ブーケンビリア」を撮影
 花言葉:「あなたは魅力に満ちている」

 

 

弁護士という“稼業”

 

今回のコラムの執筆に際し、当初は「別れのワルツ」という題名で「別れ」について書いたのだが、高井先生から『弁護士事務所のブログに合わないのでは…』と指摘された。そう言われて改めて読んでみると…なるほど、少し違和感があるように思えなくもない。私は、前回に執筆したコラム「人生は出会いで紡がれる」の延長にて、出会いがあるから別れがあるということを述べてみたく、男女の別れを描いた米映画の名作「哀愁」のストーリーを紹介、卒業式で歌われる「蛍の光」は当映画の主題歌「別れのワルツ」であることを“得意気”に述べてみたかったのだが…独りよがりの得意気であったようだ。

 

それにしても、私の原稿を読んで鋭く指摘した高井先生の感性というか、視点には恐れ入る。物作りの生産現場に例えるなら、些細なズレをも見逃さない厳しさであり、妥協なき視点である。だからか知らないが、高井先生は、高井事務所にてやり取りされるすべての文章に目を通され、そこに少しでも違和感的表現、見解からずれた箇所があれば必ず、修正し、やり直しとなる。いい加減なことは通用しない厳格さは、まさにプロフェッショナル的な厳しさでもあろう。このような厳格・鋭さは「弁護士」という職業柄から来ているのか、それとも高井先生の価値観、性格から来ているのか、と考えたことがある。そして出てきた答えが、両方であろうと思えた。

 

敵(訴訟相手)と向かい合う仕事が弁護士の業務であるのだが、そこではちょっとした油断、言葉の間違いが「敗訴」に繋がってしまう場合が少なくない。それだけに、あらゆることを想定して緻密に事を進めなければならない。こうした世界で半世紀以上活躍されてきた高井先生ゆえ、何事もきっちりと“鮮明”で“正確”な姿勢で消化していかなければ弁護士失格となる。「高井伸夫」という弁護士が労務関連の弁護士として絶大なら信頼を得ているのは、こうした姿勢と無関係ではないはずだ。事実、全国紙にて発表される日本の弁護士評価・ランキングおいて、労務関連弁護士分野で、かつて上位にランキングされてきたことからもわかる。

 

私の友人にも4~5人の弁護士がいる。それぞれに、弁護士としての力量、実績、性格、価値観は異なっているが、高井先生のような存在感には至ってない。また、訴訟社会と言われるアメリカで30数年を暮らしてきたことから、その間に多くの弁護士と接し、交わってきた。その中には、駆け出しの若い弁護士から著名な弁護士まで、さまざまな弁護士がいる。そんなことから、弁護士という職業を私なりの視点で見つめてみると…ある意味でいえば厳しい職業とも思える。この厳しさとは、焦点のぶれない視点、相手に付け入る隙を与えない正確さ、そして、時には情感や常識、現実を排した厳格な姿勢で向かい合わなければならない。

コラムの題名を「弁護士という稼業」としたのは、弁護士という職業はまさに、“稼業”に思えるからである。良き意味で言うなら「稼業=使命感」ということもできる。しかし、最近は、稼業でないところの「サラリーマン的弁護士」が増えている。「法曹界」という言葉で表されるように、弁護士の仕事は法律という定規をもって事にあたるのだが、“稼業”における弁護士は、法律の先にある人間の業や欲、虚栄や体面をも見据えて向かいあわなければならない。いわば「人間」が仕事のフィールドなのである。

 

陪審員制度で裁く米法曹界にて、腕利きの弁護士といわれる弁護士は総じて「一流の役者」でなければならないともいわれている。十数年前に読んだある雑誌に、ニューヨークのある老弁護士が『陪審員を泣かせられる弁護士は、一流である』と語っていた。なるほど、陪審員の心情をも操れる弁護士は、法律を越えたところの、人間というものを熟知している弁護士であろう。

 

事実、米でおきたO・J・シンプソン事件のように、刑事訴訟では無罪になったが民事では有罪となることが多々ある。そこに関わる弁護士の力量、演技力、知恵によって事は天国と地獄にわかれるのである。まさに「稼業」である。

 

「稼業」としたもう一つの視点は、弁護士という仕事は個々の能力・実力・実績がすべてである。いわば一匹オオカミ的な、自分の力で結果を出さなければ生き残れない世界なのである。アメリカでも、弁護士資格はもっているが仕事のない弁護士がたくさんいる。日本でも同じであろう。

 

弁護士界においては、これから厳しい時代がやってくると思える。それは、弁護士という仕事が完全な「サービス業」に移行するからである(以前から分類としてはサービス業として取り扱われたが、現実はそのような概念ではなかった)。アメリカでは、弁護士の営業活動が熾烈に行われている。深夜のテレビCMでは『交通事故の裁判で100%の勝訴実績を誇る○○弁護士』と派手に宣伝している。いわば、営業で“顧客”を確保しなければ生き残れない時代が到来するのである。ましては、昔は顧問弁護士に相談するような些細な法的相談事でも、今ではインターネット上にある「法律相談」である程度、事の流れが把握でき、弁護士費用まで掲載されている。最後に、アメリカで“繁盛”している弁護士事務所は、こまめにパーティーや集まりに出席して縁をつくり、多くの人とコミュニケーションを行っている弁護士である。これは一種の“営業活動”でもあるが、弁護士の仕事は「クライアントの顧客に何か起こった時」に始まるからして、日頃からアンテナをはりめぐらして「何か起こった時はあの先生に相談」と連鎖される状況をつくっておくことである。そういう意味では、高井先生が常日頃から言っている「出会い」と「コミュニケーション」が弁護士稼業最大の営業ツールでもあろう。

 

 

付録   「2月8日(土)武蔵川部屋 朝稽古見学会」

 

2月8日(土)に、私が懇意にしており、1月10日付けブログでもご紹介いたしました元横綱武蔵丸の武蔵川部屋(江戸川区中央4丁目1-10)を訪問し、朝稽古を見学いたしました。

 

実際に眼前に繰り広げられる稽古は、誠に真摯で心打たれるものがありました。朝稽古の後にはちゃんこを一同でいただきました。

 

今回、大雪の中ご参加いただいたのは、下記の5名です。

 

 三野 耕司様  株式会社 教育環境研究所 取締役 企画部長

 廣川 雅則様  株式会社ダイヤモンド・PR・センター 代表取締役社長

 蓮間 啓道様  株式会社ダイヤモンド・PR・センター 営業企画部課長

 村上 哲次様  株式会社千總 相談役

 川浪 年子様  ナミHRネットワーク 人事コンサルタント

(企業名順)

 

当日の様子を、株式会社ダイヤモンドPRセンター代表取締役社長 廣川 雅則様にレポートしていただきましたのでご覧ください。

 

 


 

 

「ドス! ドス! ドス!」

 

東京に45年振りの大雪が降った2月8日。

私たちは東京都江戸川区にある武蔵川部屋を訪問した。

外の大雪から壁一枚隔てるだけで、土俵には全身から湯気を立ち上らせた力士たちが朝稽古をしている最中であった。

 

この部屋の親方は、ユーモアあふれる性格で人気を博した第67代元横綱武蔵丸こと武蔵川親方。

今も当時とはあまり変わらない体型で弟子たちに体を貸しながら厳しく稽古をつけている。

「何度も言ってんだろう!何やってんだ!聞いているのか!」と罵声が飛ぶ。その迫力がまた凄い!そして弟子たちからはいっそう湯気が立ち上る…。

今、部屋にはハワイ出身の武蔵国、広島出身の武拳、大阪出身の清武蔵ともう一人広島出身の武蔵平の4人の地方出身力士たちが、毎日稽古を積んでいる。部屋創設は平成25年4月1日。まだ1年も経っていないため兄弟子が不在ということもありみんな伸び伸びと、そして親方の厳しい指導でキリっと表情が引き締まる。

 

朝8時から始まったそのような厳しい稽古も10時には終わり、その後は弟子たちも普段の若者に戻り、親方はいつもの優しい親方に戻る。

 

そして、いよいよお待ちかねのちゃんこ鍋の始まりだ。

武蔵川部屋のちゃんこ鍋は、いつもの決まった味というものが無く、毎日味を変えるという。

これも親方のアイデアで、飽きが来ないようにという配慮からちゃんこ鍋でない日もあり、たまにタコスやハンバーガー、それに親方の出身であるハワイ料理なども食卓に上るそうだ。これも若い力士のことを考えた親方の優しさであるとともに、新しい部屋だからこそできることであるように感じる。

 

そして相撲部屋の中では一番と思えるほど美人の女将さんが、地方出身者ばかりの若い力士の母親となり、また部屋の切り盛りをしている。元々フラダンスを嗜んでおられた関係で親方と知り合ったという。現在妊娠5カ月。今年7月には初めてのお子様(男の子)が誕生される。子煩悩な親方は、今か今かと待ち構えている。

 

外の大雪も、この武蔵川部屋の周りだけ溶け出してしまいそうな厳しい中にも温かで優しさに包まれた部屋であった。

 

<株式会社ダイヤモンドPRセンター代表取締役社長 廣川 雅則様>

 

 

 

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2014年1月25日(土)名古屋市昭和区広路町松風園付近にて南天を撮影

 

 

弁護士の素養

 

私が期待する弁護士の素養には、次の3つがある。

 

[1]ハングリー精神

 

ハングリー精神と聞くと、アップル社元CEOの故・スティーブ・ジョブズ氏が2005年に米スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチの「Stay Hungry. Stay Foolish.」という一節を思い起こす人もいるのではないか。

 

ハングリー精神とは、英語の“hungry”に由来し、現状に満足することなく、より高い目標を目指して死に物狂いで挑戦し続ける姿を指すが、要するに、飢餓状態で生き抜くために集中力を発揮し必死になる姿を指すのであろう。現在の日本では、ハングリーな姿勢は、時に「ガツガツしている」とネガティブに捉えられることもあるが、目まぐるしく変化する今日のグローバル社会で生き残るためには欠かせない姿勢である。同様に、火事場の馬鹿力とは非常事態に直面した時に思いがけない力を発揮するという意味である。脳は、筋肉を動かしたり、行動を起こしたりするとき、普段は70%~80%程度の力しか出さないよう、コントロールしているが、危機的状態におかれると、脳のコントロール機能が外れ、100%の力を発揮できるそうだ。飢餓状態などの非常事態においては、人は普段以上の力を発揮するものであり、物事を成し遂げる力も強靭になるのであろう。

ただ、他律的に窮地に追い込まれたときに反射運動として馬鹿力を発揮するのとは異なり、衣食住足りてそこそこの満足感のある状態のなかでハングリーな気持ちを高めることは、ある種の高等なフィクションであり、よほどの強い克己心・向上心・自律性・問題意識を備えていないと非常に難しい。経済的な苦労のない学生が多いであろうスタンフォード大学で、ジョブズ氏が敢えてハングリーという言葉を持ち出したのも、恵まれた環境にあったとしても、より高い次元でのハングリーを自分の力で生み出して自らの可能性に挑戦せよという温かい激励だったのだろう。

このようなハングリー精神で物事に取り組むか否かによって、5年後10年後には、成長に大きな違いが生じることを、私は実際に多く見てきている。

[2]人柄


方、依頼者が弁護士に期待することとは、いったい何だろうか。この連載の第1回目でも述べたように、弁護士人口が増えたことにより、現在の日本は依頼者が弁護士を選ぶ時代になった。弁護士が、依頼者に尊大な態度や嘲笑する態度等をとってはいけないことは、言うまでもないだろう。依頼者にとって魅力的に思えるアピールポイントが弁護士に備わっていてはじめて、依頼者は具体的にその弁護士に仕事を依頼するかどうかの検討に入るものである。そして、依頼者がいなければ、弁護士として成り立たないと銘記することが、弁護士としての営業の出発点である。

依頼者が弁護士を選ぶ際に重要な決め手となるのは、まず弁護士の人柄(人間性)であろう。加えて謙虚で勉強し続ける弁護士が選ばれる時代になっている。講演にしても、執筆にしても、それが勉強の証となり、営業活動の大きなツールとなる。

何より若手のうちに基本的に要求される資質は、誠心と責任感である。誠心・責任感の有無は、自己の満足によって測られるものではなく、依頼者の評価によるものである。

誠心・責任感を表現するために、まず基本となるのはコミュニケーションである。依頼者の大半が企業である場合には、この評価は一層公平、公正であると共に峻厳に行われることを忘れてはならない。

唯救いは、努力・精進・気配りがあれば、そして、それが誠心・責任感に通ずるものであれば、能力を充分補うに足るといえることである。

また、業務遂行にあたって一番大切なことは、依頼者に安心感・満足感を与えることである。依頼者は絶えず弁護士を考課していることを忘れてはならない。その際、先に述べたコミュニケーション能力は元より、人間としての力量、人間性にも評価が及んでいることを忘れてはならない。

 

 

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2014年1月25日(土)名古屋市昭和区広路町松風園付近にて冬桜を撮影
花言葉:「冷静」 

 

 

昨年10月17日(木)成田空港を17:20に発つ北京行きへの最終便にて出発し、現地時間20:10に北京へと到着いたしました。今回は、北京、上海各地で開催する「高井伸夫~感謝の会」への出席が主な目的でありました。同行いただいたのは、角耀(すみ・あきら)様(北京での感謝の会のカメラマンを務めていただきました)と、当事務所の高亮(こう・りょう)弁護士です。今回のブログでは、(1)北京での「感謝の会」、(2)北京滞在中の様子、(3)途中立ち寄った丹陽での様子、(4)上海での「感謝の会」、の4点に絞ってお話します。

 

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18日(金)、午前中に北京のFESCO(北京対外服務有限公司)を訪問しました。建物は新築ではありませんが2階の受付から先は今風に改装され快適そうでした。案内された会議室は大テーブルが有り快適な環境で、中央部には間接照明で柔らかい雰囲気を出し、LED のダウンライトでアクセントをつけています。廊下も LED 照明が使われています。中国では色々な所で LED照明が採用され省エネに一役買っているようです。ちなみにFESCOの会議室の空調は 省エネに優れたDAIKIN(日本製) の空調でした。

 

このほか、北京市内の様子を、角様にレポートいただきましたのでご紹介いたします。

 

 

 


 

 

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北京の交差点で歩行者用信号が青になったので渡り始めましたら、車が右からどんどんと通って行きます(右折可)。このまま立ちすくんでいたら途中で信号は赤になってしまいます。周りの人々を見ると、走るのでもなく、止まるでもなく絶妙なタイミングで悠然と渡っています。隣りに来た人に急いで付いて渡り切りました。人と車の絶妙な関係が事故もなく効率よく事を進めていることなのかと思いました。高井先生にこのことを話したら、中国は「権利の極大化」と「義務の極小化」と「責任転嫁」です、ということを聞かせていただきました。先生のおっしゃることを中心に考えると、中国での生活、社会、その他諸々の事柄を理解する事が出来てきました。




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北京の幹線道路は広く、用途に合わせた車線も有りとてもよく整備されています。その広く整備された道路一杯に車がひしめいています。朝から晩まで車の列は絶えません。幹線道路を奥へ入った一般道路にも車はたくさんあります。しかし、ここでの車は走っていません。止まっています。歩道が有れば歩道を占拠しています。この裏通りは、再開発による近代建築が建ち並んでいる表通りとは全く違う昔の中国の建物が、今も、ひしめきあっています。そんな時代の建物には駐車場はありません。これが昔の中国です。でも、生活は車社会に変わっています。そのため、置けるところには「置く」ということでしょうか。


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天安門への人の流れはさすが13億人口の国だということを実感します。金曜という平日に中国の老若男女と思われるいろいろな方々が天安門の右から吸い込まれて行き、左から吐き出されています。目の前の天安門広場は大勢の人々で埋め尽くされています。デパートでは、食品売り場のケース一列一列に一人一人の店員が立っています。地下鉄は日中でも多くのいろいろな人々でとても込んでます。特に電車の入口近くはひどい混雑でした。

 

( Reported by 角 耀 様)

 


 

 

 

この後、17:30に、北京京倫飯店に赴き、18:00から「髙井伸夫~感謝の会」が開催されました。日本国大使館等も含め30名以上の当事務所のクライアントを含むご来賓のご出席を賜わりました。日中関係の厳しい情勢下ながら誠に友好的かつ和やかな雰囲気の中で有意義な会となりました。

 

私が1985年に初めて中国を訪問し、北京大学で法務講演会を開催した経験のもと、2006年に北京代表処の設立に漕ぎ着けてから早8年が経とうとしています。これまで日系企業及び中国側法曹関係者の方々のご支援を受けて法務サービス業務を拡大して来たことから、感謝の意を込めて、この度の「感謝の会」を開催した次第です。

 

10月19日(土)、北京を7:50に経ち、南京禄口空港にて王国全(※正確にはクサカンムリに「全」)様と合流しました。王国全様に手配いただいた車に乗って、丹陽に11:30に到着しました(角様は同日帰国されました)。丹陽のインターチェンジにて、東和男様(東龍日聯[丹陽]企業管理有限公司董事長兼総経理)がお出迎えくださいました。その足で、東様が活躍されている丹陽経済開発区に赴き、同有限公司を表敬訪問しました。開発区は、まだまだ建設中の建物ばかりですが、エネルギッシュなオーラを強く感じました。昼食は市内でいただいて、東様とは15時過ぎまでご歓談いただきました。私からは、王国全様を今後引き立てていただくことと、上海代表処のご活用をお願いし、そして開発区のご支援をしたい旨述べました。

 

16:39丹陽発の新幹線にて上海に向かい、上海には18:10に到着しました。中国では、ここ3、4年で新幹線事業を軌道に載せ、高速鉄道の営業距離数が建設中のものを含めると1万キロ以上あり世界トップとのことです。日本では、1964年(昭和39年)10月1日の東海道新幹線開通以来、およそ50年が経ちましたが、いまだに営業距離は2千620キロにとどまります。非常な快適な新幹線の旅でしたが、上海についた時には王国全様はかなりお疲れとのことで、夕食はご欠席されました。

 

10月21日(月)、18:00より、北京に引き続き、花園飯店(茉莉花庁)にて「髙井伸夫~感謝の会」を開催しました。上海代表処は1999年、正式に代表処を開設以来14年になります。この間、日系進出企業を中心に法務サービスを展開してきた中で、日中双方の関係者の皆様に大変お世話になったことに対するお礼の意味をこめて開催の運びとなりました。

 

日本側よりは当事務所のクライアントをはじめ、小原雅博上海総領事、上海日本商工クラブ関係者等、又中国側からは上海司法局を始めとする法曹関係者、民間各組織の来賓のご出席を得て約100名の盛大な宴会となりました。ご出席の皆様からは暖かい励ましと共にお祝いの言葉を頂きました。私からは、現下の厳しい日中関係ながら、明けない夜はないとの情熱と信念を訴え、日中双方の皆様の共感を得ました。

 

 

 

10月22日(火)9:40上海発の飛行機にて、羽田空港に13:30に到着し帰国いたしました。

 

 

 

 

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