「花」第3回:季節を彩る花々(1)

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IMGP3363.JPG2013年2月20日(水)15:11
静岡県伊東市岡広町付近にてブルーデイジーを撮影
花言葉:純粋

 

 2月1日(金)付記事から、私が撮影してきた花の写真とともに、花について私が思い・感じ・考えてきたさまざまなことをつづっています。今回の記事から2回に分けて、四季折々の花々を思うとき、よみがえる私の懐かしい思い出話も織り交ぜながら、季節ごとの花々を紹介します。

 

 「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪冴えて 冷(すず)しかりけり」   (道元禅師)

 

 これは、川端康成がノーベル文学賞の受賞記念講演「美しい日本の私」の冒頭で紹介した、あまりにも有名な歌です。日本の自然、四季の移り変わりの美しさを、世界に向けて端的に表現した名歌であると思います。なお、旧暦の春夏秋冬を新暦に直すと、春は2月~4月、夏は5月~7月、秋は8月~10月、冬は11月~1月頃となります。

 

 花鳥風月という言葉があるとおり、日本では、古来より花がある美しい自然の風情を重んじてきました。また、いけばなの世界では、たとえば桜の花であれば、開花前に生産者が枝を切り、温室に入れて温め、桜に春が来たと思わせて咲かせて、年明け早々の新春にその桜を活ける等、季節を少し先取りするそうです。これは、四季のある日本だからこその美意識でしょう。

 

 四季折々に、それぞれの魅力的な香りを放つ花々が咲きますが、なかでも厳しい冬を乗り越え、春、美しさを競うかのように匂い立たせながら咲く花々は、人々の心を躍らせるという点で格別でしょう。これは、数々の和歌にも詠まれており、たとえば、「霞立つ 春の山辺は 遠けれど 吹きくる風は 花の香ぞする(在原元方・古今和歌集103)」「冬ながら 空より花の ちりくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ(清原深養父・古今和歌集330)」などがあります。

 

 前回の記事のとおり、早春に咲く淡紅色の沈丁花の強い香りには、私は愛着と懐かしさを感じます。私が幼いころ、敗戦を迎え、翌年に疎開先の三重県から名古屋に戻ったとき、庭に植えられていたのが沈丁花でした。戦争が終わって社会の様子が大きく変化するなかで、幼心にも不安と喜びが交錯する複雑な思いがありました。春先、街角でふとその沈丁花の匂いに出逢うとき、当時の遠い記憶が瞬時によみがえることがあります。

 

 そして、春の花といえば、梅の花でしょう。桃、杏子、桜などの花々に先駆けて、凛とした美しい花と、かぐわしい香をただよわせる梅の花は、いにしえより「花の兄」と称され、尊ばれてきました。

 

小石原植物園の梅.JPG

2013年2月11日(月)東京都文京区 
小石川後楽園にて撮影

 

梅は、よく知られているように中国原産で、奈良時代の遣唐使が中国から持ち帰ったのだそうです。「花見」といえば、いまは桜の花を愛でるものですが、奈良時代には中国から伝来したばかりの梅が観賞されていたそうです。

 

平安京の頃より御所の紫宸殿前に「右近の橘」と「左近の桜」が左右対称に植え置かれていることは広く知られているところです。しかし、実は当初、「左近」には「桜」ではなく「梅」が植えられ、当時は「花」といえば「梅の花」を指したのです。あらゆる面で国造りの手本としていた唐(中国)から伝わった、ぽうっと咲いて、ほのかに匂う梅のその楚々とした佇まいと香りを、大宮人はどれほど愛でたことでしょう。「万葉集」や「古今和歌集」の中で、「花」の和歌として「梅の花」が多く詠まれていることからも、そのことがうかがえます。

 

その後時代は移り、平安時代末期から鎌倉時代になると、「左近」には「梅」に変わり「桜」が植えられ、「花」イコール「桜」となっていき、「新古今和歌集」の頃には、王朝貴族たちは競って桜の花を詠みはじめました。そして、仁明天皇(810年~850年)が、御所には左近の桜と命じて以降、都人の間では桜が花の主座を占めるようになります。

  IMGP3359.JPG

2013年2月20日(水)15:01
静岡県伊東市岡広町付近にて撮影

 

 さて、梅の花の香りについては、「馥郁(ふくいく)たる梅の香り」という言葉があるとおり(馥郁とは「とてもよい香り」の意味)、ほんのりとしたその香りは多くの和歌で詠まれています。「大空は 梅のにほひに かすみつゝ 曇りも果てぬ 春の夜の月」(藤原定家・新古今集・40)等があります。梅の花の香りはほのかで淡いですが、菅原道真の有名な、「こちふかば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ(拾遺・1006)」という歌が、そのかぐわしさをよくあらわしています。「梅の花よ、東風が吹いたら、その匂いを配所〔罪を得た人が流された土地の意〕の私のもとまで届けてください。主人がいないからといって、春であることを忘れないで。」といった意味の歌ですが、これは、菅原道真が、901年に大宰府へ左遷され、出立時に詠んだ歌であるとされています。私がこの歌を知ったのは中学校に入学した1950年(昭和25年)の古文の授業でしたが、自らの不遇を嘆く思いが、梅の香という優美さを主役として控えめに表現されているからこそ、品のある余韻があり、詠み手の心中にあるものが強く伝わってくるように感じます。詩歌の才に恵まれた道真ならではの作品だと思います。

 

 また、「鶯宿梅」という故事があるとおり、昔から梅花と鶯はよい取り合わせのたとえ、仲のよい間柄のたとえとして対のようにいわれています。

 

 ※ 「鴬宿梅」:『大鏡』によれば、村上天皇(926年~967年)の御代に御所の清涼殿の梅が枯死したため、村上天皇が代わりの梅を探されていたところ、西ノ京の紀貫之の娘(むすめ)・紀内侍(きのないし)の屋敷の庭に名梅が植えられていることを知り、村上天皇はその梅を所望しました。勅命により梅は御所に移されることとなり、紀内侍はその梅との別れを惜しみながら、「勅なれば いともかしこし 鶯の 宿はと問わば いかが答へむ」と詠みしたため、梅の枝に結びました。その和歌が村上天皇の目にとまり、紀内侍を憐れまれた村上天皇はその梅を元の庭にお返しになられました。この故事、あるいは、この梅のことを「鶯宿梅」と称するようになりました。

 

 なぜ鶯かというと、梅の開花と同じ早春に人里で鳴き始める習性があるからであり、鶯には、春告鳥という別名もあるそうです(鶯は、春の深まりとともに山へ帰って、巣造りを行うそうです)。また、「雪月花」と並称される、月の美しい夜に、まっ白い雪が紅梅や白梅の枝に降り積もった姿も、実に美しいものです。冒頭の川端康成がノーベル文学賞の受賞記念講演で、彼が、中唐の詩人 白居易(772年~846年)の歌「雪月花時最憶君」をもじった「雪月花の時、最も友を思う」という言葉を紹介しましたが、森羅万象、自然のすべての表情に感動を抱く日本人の美意識を表わした麗しい表現であると思います。

 

 雪の上に 照れる月夜に 梅の花 折りて贈らむ 愛しき児もがも  (大伴家持、万葉集)

 芝東照宮.JPG

2013年2月16日(土)8:16 東京都港区芝公園
芝東照宮にて撮影

 さて、梅は、花の観賞を目的とする「花梅」と、実の採取を目的とする「実梅」に分類されるそうですが、白、濃淡色のピンク、赤など色とりどりの梅の花の愛らしさ、美しさは、人々に憧れを抱かせます。

 

 熱海梅園の梅.JPG

2013年2月7日(木)12:48 静岡県熱海市
熱海梅園にて撮影

 

梅といえば、日本一早咲きといわれる熱海の梅花が思い出されます。私が1971年(昭和41年)の春に亡妻孝子との新婚旅行の旅先に選んだのが熱海の伊豆山温泉の「桃李境」でした。桃李境は、赤坂御所の設計で知られる建築家谷口吉郎氏による純和風建築で、1月中旬頃から梅が咲き誇り、その後も数種の桜が3月下頃まで楽しめる一万坪ほどのある広大な庭園で著名な老舗旅館でしたが、2007年でその歴史に幕を閉じ、跡地は、今年から東急ハーヴェストクラブ熱海伊豆山に生まれ変わるそうです。私は、2月10日(日)に、完成前のハーヴェストクラブを下見しました。熱海では、すでに梅は満開で、桜もちらほらとほころび始めていました。梅と桜の花びらの影に、亡き妻の姿をそっと重ねました。

 

東急ハーヴェスト.JPG 2013年2月10日(日)11:50 静岡県熱海市
東急ハーヴェストクラブ熱海伊豆山付近で撮影

 だるま.JPG

 2013年2月10日(日)12:31 神奈川県小田原市本町
小田原だるま料理店にて撮影

 

 梅のほかにも、桃の花、杏子の花、桜の花は、春を告げる代表的な花です。これらについては、次回以降のブログで書きたいと思います。

 ~ 今回の記事執筆にあたり、石草流生け花 家元後継 奥平清祥様、冷泉流歌壇玉緒会 伊藤幸子様、草月流師範 栗生世津子様、ランドブリーズ 渡辺憲司様にいろいろとご教授をいただきました。ありがとうございました。 

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