2012年8月アーカイブ

自己研鑽【その7】

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IMGP2248.JPG2012年8月25日(土)朝6:58
東京都港区芝公園にて夏菫(ナツスミレ)を撮影
花言葉「温和、控えめな美点」

 

礼儀正しくて風格があり、前向きな人、自分の意見が言える人

 

 7月13日付ブログ記事から、「自己研鑽」をテーマに連載をしております。仕事をとおして自己研鑽を積むことの重要性は、誰しも実感として理解しているでしょう。そして、身近に目標となる先輩や上司がいるとすれば、自分がどのような方向で努力を重ねるべきか具体的にイメージしやすいと思います。

 

もし、特に目指したい人物像がないのであれば、「礼儀正しく風格がある」「前向き」「自分の意見を言える」という3点を念頭において、日々の業務に取り組むことをおすすめします。これらは、仕事の場ではもとより、一般に人としての存在感を示すための基本であるといえます。

私の経験では、この3点を身につけている人は、自ずとよき出会いと豊かな人間関係に恵まれます。そして、よき出会いが切磋琢磨の場ともなり、一層の自己研鑽につながっています。

 

ちなみに、私が、1993年5月27日から2007年7月26日まで、14年間(全127回)にわたり経営者向けに主宰していたセミナー「社長フォーラム」の講演録ダイジェスト版をみてみますと、2001年4月19日の回で、私はおよそ以下のように述べています。

 

 

 

人材の引き抜き・ヘッドハンティングを業としている会社の要人に会った時、「どんな人物を探しているのか」と聞いてみた。

 

 第1にポライト(礼儀正しい)でないといけない。これからの時代は「紳士的」という言葉をちょっと超える人物であることが必要だ。しかも風格を感じさせないといけない。軽い人間はダメだという。

 

 第2はポジティブ(前向き)でないといけない。テレビの解説者でいつも悲観論で終始している人がいるが、あれはダメ。弁護士でも「それは違法」、「それは問題がある」、「それは難しい」とばかり言っている人がいる。弁護士でも公認会計士でも「難しい」と言うのが一番営業的に効果があるわけだが、前向きでないといけない。

 

 第3は、人の意見をよく聞いて自分の意見を言う。私は人の話を聞く工夫をしてきた。前にも話したが「気掛かりなことは何ですか」と聞く。人の意見を聞く時に言わせる方法は「気掛かりなこと」と「あなたが考えている次の一手」を聞くこと。そして自分の意見を言うこと。これが大切。

 

 「新聞にはこう書いてあった」、「○○さんはこう言っていた」、「本にはこう書いてある」など、他人の意見の紹介ばかりするのではダメ。自分の意見を言わないといけない。受け売りか自分の意見かは、聞けば誰でもすぐにわかる。

 

~2004年2月に出版した『《高井伸夫の社長フォーラム》100講座記念~一講一話・語録100選」(中央会・経営教育センター:非売品)101頁より~

 

 

 

 私が今から11年前に述べたこれらの指摘は、あるいは、当時より現在のほうがより重要性を増しているかもしれません。

 社会でも職場でもグローバル化・多様化が急激にすすみ、好むと好まざるとにかかわらず、さまざまな価値観をもった人たちが互いに協力しあって業績をあげることが求められています。これは、政治でも外交でも然りです。

 

 自己研鑽は終わることのない道程です。より高い目標を掲げて努力を重ね続ける姿勢が、性別を問わず、年齢を問わず、国籍を問わず、何よりも重要なのです。

(リライト 加藤・宮本)

 

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自己研鑽(その6)

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IMGP2238.JPG
2012年8月22日(水)朝7:20東京都千代田区北の丸公園にて
「メコノプシス(別名・ヒマラヤの青いケシ)」を撮影
花言葉:「底知れぬ魅力を湛えた」

 

 7月13日付ブログ記事から、「自己研鑽」をテーマに連載をしております。成長していくためには、勉強することが大前提にあることは度々お話ししてきまたが、学ぶ姿勢に加えて、謙虚さをもつことも非常に大切です。

 

 いかに仕事で結果を出し、多くの利益を出し、それを誇らしく感じたとしても、決して驕ったり、謙虚さを欠いて他人に威張ったりするようになってはいけません。

 

 なぜ人が威張るかというと、謙虚さを失って自分を高いところにおいてしまうからです。人は皆、自負心・自尊心を持つ存在であり、そのこと自体は当然で、悪いことではありませんが、それがあまりに高じて自惚れや慢心になってしまうことは、厳に慎むべきであると思います。自分の学歴や、いままでの業績等を得々として話す人がいますが、それらはいずれも過去の事柄であり、自分の過去を自慢することにほかなりません。つまり、過去の栄光にしがみついているような「終わった人」であると他人に認識されてしまいます。人は現状に甘んじることなく、研鑽し続けなければならないと自覚すべきでしょう。

 

 また、ときとして、傲慢な態度は自信のなさの裏返しという場合もあります。中島敦(1909年~1942年)の代表作『山月記』で、虎の姿になってしまった李徴は、山中で出会った旧友に切々と訴えました。「己(おのれ)は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己(おのれ)は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為(せい)である。」「己(おのれ)の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。」

 

 私の経験からいって、人の成長は他人との交流によるところが大きいと思います。一人で勉強を重ねても、思考方法は限られますし、ワンパターンの感受性しか身につかないでしょう。一人で沈思黙考し、「考える・思う・感じる」ことを繰り返しても、一定以上の成果はなかなか上げられません。なぜなら、新しい思想は、より多くの人と意見を交わし交流するなかで初めて生まれるからです。慢心は、謙虚に他人の意見を聞き入れる姿勢を失わせてしまい、威張る行為は、人との円滑な交流を阻害してしまいます。その結果、自分の成長を他人に促進してもらうチャンスをつぶしてしまうのです。

 

 「春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛む」

 これは江戸時代の儒学者佐藤一斎(1772年~1859年)の言葉です(「言志後録」第33条:岬龍一郎編訳 佐藤一斎『〔現代語抄訳〕言志四録』PHP出版より)。他人に優しく、自分に厳しくあれ、という教えで、大変すてきな言葉であると思います。これもまた、自己研鑽の一面であるといえるでしょう。

 

(リライト 加藤・宮本)

 

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高井先生から「石にも目がある」という言葉を

何度か伺ったことがあります。

 

何十年も前、勤務弁護士として事務所に所属し、

多くの仕事を任され、自由闊達に活動されていたとき、

事務所の所長弁護士から教わった言葉だそうです。

 

 

石工はノミ一丁で、たいした力もかけずに大きな石を割って

いきます。それは「石の目」めがけてノミを振るうからです。

 

このような例えをもって、固い石を割るのと同じように、

どれほど難題に見える問題であっても、まず核心を見極めるに

よって解きほぐし、最終的には解決できる、

 

そんなことを伝えられたかったのでしょう。

 

 

日々、私たちが行なっている仕事も、「核心」と、

その周縁部にあるさまざまな要素が錯綜し、渾然一体となって

構成されているように思われます。

 

大きな案件になればなるほど、無数の条件が複雑に絡まり合い、

解を見出すことが困難になり、途方に暮れることもしばしばです。

 

ちょうど、難解に見える数学の問題を解く時のように。

 

 

けれども一見、難しそうな数学の問題も、いったん突破口さえ

開かれれば、あとは容易に解き進められるもの。

 

方程式を力技で解こうとする。あるいは難しい幾何の問題を

補助線を引くことなしに解こうとする。

 

それではいつまでたっても解の糸口すら掴めません。

まずは問題の突破口、核心、石の目を探すことが大切です。

 

 

重たい問題が眼前に現れたとき、手を付けられるところから

はじめるとかえって問題解決を困難にすることがあります。

 

どこから手をつけて良いのかわからない問題が現れたとき、

つい、打ちやすいところに安易にノミを振り下ろしたり、

やみくもに手当たり次第、振り回しそうになったりします。

 

それではおそらく、大きな石は割れず、小さな破片という

新たな厄介事を増やすだけ。

 

労多くして、功少なし、ということになるでしょう。

 

 

混乱、混沌の中に身をおいた時、いつも頭の中に

浮かんでくるのは、高井先生から教わった

 

「石にも目がある」

 

という言葉なのです。

 

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自己研鑽(その5)

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IMGP2188.JPG

2012年8月6日(月)朝7:00
東京都港区芝公園にて向日葵を撮影
花言葉:あこがれ

 

 7月13日付けブログ記事から、「自己研鑽」をテーマに連載をしております。先週8月3日付け記事にて、よい出会いを得られれば、人生の質が高まり、自分の成長につながる、といったお話をいたしました。今回は、人との付き合い方についてお話ししたいと思います。

 

 私は、徳川将軍に二代(秀忠、家光)にわたって仕えた柳生家の家訓「小才は縁に出会って縁に気づかず、中才は縁に気づいて活かせず、大才は袖すりあう縁も活かす」という言葉が好きで、大切にしてまいりました。人間という言葉は「人の間」と書きますが、この言葉のとおり、人と人の間にこそ人間の存在意義があります。人はひとりでは生きていけません。相互に思い合い、助け合える人の存在がなければ、人生は寂しいものになりますし、仕事のうえでも発展は望めません(なお、「縁」をテーマにした記事は、全8回にわたって本ブログで連載いたしましたので、そちらもあわせてご覧ください)。

 

 さて、人間関係についていえば、人は、同じような境遇、考え方の人が自然に寄り集まるようになっています。まさに「類は友を呼ぶ」の世界ですが、同じ考え方・感じ方・思い方をする人ばかりが集まっていては、新しい着想や発想が出にくく、新たな気づきを得ることが難しくなる傾向があると思います。そこで、ときには、「類は友を呼ぶ」の世界を打破してみることが大切であると思います。

 

 私が、多様性に関してよく講演でお話ししてきたエピソードとして、リンゴの苗木の話があります。かつて私は、青森県黒石市にあった株式会社黒石植物園を訪ね、リンゴの苗木について色々教えてもらったことがあります。「同じ品種の苗木ばかりを並べて植えてはいけない。異品種の苗木も混ぜて植えることが、苗木を丈夫に上手に育てるコツです。」と教えていただきました。まさに人間でも同様であると思います。つまり、深みのある成長を遂げるためには、自分とは異質な人と付き合うことが鍵なのです。

 

 異質な人とは、異業種の人、世代の違う人、異性、人生の生き方・目標・性格の違う人、等が挙げられます。異質な人と付き合うと、考え方・思い方・感じ方が、自分とは随分違うことにハッとすると思います。こうした人と付き合い、議論をすることで、自然と発展性や柔軟性を身につけることができるでしょうし、新たな気づきが生まれやすくなります。

 

 自分とは異なる要素を持つ優れた人物と交流を深めることこそが、自分の感受性、思想性を高めるもっとも効率的かつ有効な手段です。限られた範囲の人たちとの交際だけでは、刺激が乏しくなり、だんだんと感性のみずみずしさが失われていきます。これは自戒を込めての言葉です。みなさんも、一度、自分のアドレス帳を開いて、いま自分に異質な人とのお付き合いがどれだけあるかを確認してみてはいかがでしょうか。

 

(リライト 加藤・宮本)

 

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自己研鑽(その4)

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IMGP2158.JPGのサムネール画像2012年7月28日(土) 午前10:45
東京都千代田区三番町にてアサガオを撮影
花言葉:「愛情の絆」「結束」

 

 7月13日付けブログ記事から、「自己研鑽」をテーマに連載をしております。今回は、感性を磨く「好奇心」についてお話ししたいと思います。

 

 あなたが、いまの仕事は退屈だと感じるならば、あるいは、それは仕事のせいではなく、あなた自身の感性について考えたほうがよいというシグナルかもしれません。

 

 感性を磨くためには、なによりもまず好奇心を持つことが大切です。好奇心を持つことによって、その対象に注意が向いて興味が湧き、その結果、五感が磨かれます。五感が磨かれると、ちょっとした事柄にも意味や価値を見いだせるようになるし、ほかの人と同じ体験をしていても、ひと味違った感性を身につけることができます。ところが、好奇心が無いと、感性が鈍化してしまい、どんなに楽しい事柄が目の前に現れても、それに反応できなくなってしまいます。

 

 このブログでも度々紹介している寺田寅彦(1878年~1935年)は、自身の研究の仕事について、「ただ空で考えるだけでは題目(テーマ)はなかなか出て来ないが、何か一つつつき始めるとその途中に無数の目当てができすぎて困るくらいである。そういう事でも、興味があるからやるというよりは、やるから興味が出来る場合がどうも多いようである。」と述べています(『寺田寅彦随筆集第一巻』小宮豊隆編、岩波文庫、1947年)。

 

 この寺田寅彦の言葉も、そのとおりであると思います。寺田が幅広い分野において多くの研究論文や執筆を残すことができた飽くなき探求心の源は、人が「やる」第一歩を踏み出させてくれる好奇心にあったのでしょう。

 

 また、人への好奇心を持つと、その時点から人脈がどんどん広がります。昨年9月 6日付ブログ記事『交友録(その9)』でご紹介したネパール人のボビン君との出会いも、赤坂の料亭でアルバイトをしていた彼に、私が好奇心から話しかけたことがきっかけでした(詳しくは同記事をお読みください)。

 

 人は各々千差万別で、趣味・嗜好、考え方・感じ方・思い方がそれぞれ異なります。よい出会いを得られれば、人生の質が高まり、自分の成長につながるでしょう。そして、一つの縁がまたつぎの縁を呼び、縁は繋がっていきます。それには最初のきっかけが必要ですが、そのきっかけをつくるために必要なのは、やはり好奇心を持つことなのです。

 

(リライト 加藤・宮本)

 

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