(2011年4月27日 朝6時44分 東京都千代田区北の丸公園にて撮影 満開のツツジ)
【E・F・シューマッハ―著『スモール・イズ・ビューティフル』】
1911年にドイツのボンで生まれ、オックスフォード大学のイギリスで学び、その後英国に帰化した経済学者エルンスト・フリードリヒ・シューマッハーによる、『スモール・イズ・ビューティフル』という本があります。同著は、今から約40年前である1973年に英国で出版されましたが、そこには、第二部第四章(176頁以下)において、「原子力-救いか呪いか」という記述があります。(「スモール・イズ・ビューティフル」、E・Fシューマッハー著、小島慶三・酒井懋訳、講談社、1986)
シューマッハーは、同著の中で、資源・環境の両面から、際限のない膨張主義のもと、自然を暴力的に破壊・汚染する現代文明を批判しています。
- ★同著のタイトルになっている『スモール・イズ・ビューティフル』とは?
科学・技術の発展には新しい方向、すなわち「人間の背丈に合わせる方向」を与えるべきで、「人間は小さいものである。」「巨大さを追い求めるのは、自己破壊に通じる」というシューマッハ―の経済哲学の考え方を表しているものです。(211頁)
【これからは「身の丈にあった時代」へ】
日本人は、明治維新後に、近代科学を信奉し、富国強兵・殖産興業を国を挙げて進めてきました。科学主義、合理主義、効率主義、スピード主義を最優先してきました。第二次世界大戦を経て、我が国は、一度は廃墟になってしまいましたが、その後の復興に関しても、外貨獲得・経済大国の標語のもと、「イケイケドンドン」という言い回しが適切かどうかは分かりませんが、明治維新以降と同様、科学主義、合理主義、効率主義、スピード主義にて今日まで来ていることは、明白です。つまり、今までは「背伸びの時代」でした。合理的で収益力があって論理的なことばかりを追求していくと、結果として、この度の福島第一原発事故のような出来事がおこります。なぜなら、自然の力というのは、合理性とか効率性とか収益性とかでは測りきれないものを持っているからです。
近現代の科学技術は確かに我々の生活を豊かにし、また便利にもなりました。しかし、科学技術は万能ではなく、常に、その背後にあるリスクを考慮して対応すべきだと思います。
シューマッハーは、「人間同士とだけではなく、自然と、そしてとりわけ自然と人間を創った高い存在(神)と調和して生きてゆく道を学ばなければならない。」(28頁)と述べています。20世紀は、技術革新が叫ばれ、理数系の学問が重点的に研究されてきましたが、自然との共生には、やはり哲学・宗教という科学技術の対極の学問もしっかりと頭の中に入れておく必要があります。今後は、人間的にみて(つまり科学技術の対極として人間を捉えた場合)何が本当に価値があるものなのか、という哲学的思索ならびにものの根本に立ち返って価値を意義付ける思考回路が必要だと思います。
第二次世界大戦後、すっかり軍隊嫌いになってしまった日本人が自衛隊のことを嫌ったのと同様、この度の原発事故を受けて、「原子力はとにかく嫌い、危ない、ノーサンキューだ」と極端に原子力の利用をやめてしまうことは、科学技術の発展の妨げになってしまうでしょう。しかし、「科学技術万能」が行き過ぎないように、「道徳観(哲学)」「精神」「神(宗教)」が再度研究されていかなくてはならないと思います。エネルギー需要を原子力に頼るというのは、まさに「科学技術万能」の極みで、「道徳観(哲学)」「精神」「神(宗教)」といったものへの学習が欠けていたから、福島第一原発事故のような問題が起こるのではないかと思います。東京電力の事故の処理、対応を見ていても、やはり収益性や科学を中心に考えていたために、経済効率性で一番優れているように処理をしようとした所に問題がある、という印象を受けます。
人間の欲や、向上心というのは普遍的なもので、人間は一生懸命働いて自分の所有物を増やしたいと思うことは変わらないことを前提にすると、科学技術万能に夢中になって、自然を壊す生産体制を作り上げ、富を手に入れることが最高の目標になってしまったことは、当然の流れでした。だから、人間に、自分の所有には属さない、「自然」というものへ如何に意識を向けさせるかは非常に難しいことです。シューマッハーは、「知恵」という言葉を用いてこの点についての解決策を論じています。
「知恵がとくに重要だというのは、善を実行するには現実をよく知ることが先決」(384頁)で、「知恵があってはじめて、正義と勇気と節制を身につけることができる」(385頁)と述べています。そして、「正義は真、勇気は善、節制は美と結びつ」き、「各自が自分の心をととのえること」が解決策だと述べています。そのために必要な手引きは、普遍的な「人類の英知の伝統の中に」今でも見出すことができると述べています。(385頁)先に述べた、「人類の英知」とは、真・善・美にとどまらず、夢・愛・誠でもあります。
これからの社会は、科学・技術が人間本来の「身の丈」にあった社会へと再構築していくことが必要です。例えば、森林を宅地化し、団地や住宅を作ることに価値があると考えるのではなく、その土地をそのまま調整区域にしておきながら、森林を十分に保全するようなシステムを考えるなど、21世紀型は、20世紀方式のやり方ではなくて、収益性とか合理性とか、採算性が無いものの中にも、価値があるということに気づく世代だと考えます。
高井・岡芹法律事務所
会長弁護士 高井伸夫
(次回に続く)