第2回 AIの飛躍と日本の遅れ―研究・投資・認識―

1980年代のコンピューターは、医療診断や定理の証明などを実現する一方で、画像に写るものが猫か犬かを判定したり、積み木を上手に積んだりといった、子供でもできることが何十年もできなかった。

それが2000年代に入り、AI自身が人間のように、与えられたデータから学習する技術「機械学習」が登場。さらに発展した「ディープラーニング(深層学習)」技術は、コンピューター上に人間の脳の構造・働きを再現し、特に言語処理を革新させた。AIの歴史を決定的に変えたディープラーニングは、登場から10年を超えて今なお最も熱い技術である。

 

ディープラーニングと「画像センサー」が組み合わさることで、AIによる画像認識の精度は急激に向上した。すなわちAIの眼の獲得である。人間の脳を再現する上で、五感の一つである視覚は非常に重要であることは言うまでもない。今そこにある映像や画像を見てデータとして取り込めるようになったことで、カンブリア紀の生物に眼が生まれ爆発的な進化を遂げたように、AIも進化・多様化し、活躍の場を飛躍的に拡げている。

 

また、近年のAI躍進の一助を担っているのがIoT(Internet of Things)の発達である。家電、自動車、電気メーターまで、ありとあらゆる機器がインターネットと接続できるようになり、様々かつ膨大なデータが得られるようになった。例えば、外出先からスマートフォンで自宅のテレビの録画予約をしたり、自宅で測った血圧などの健康状態を自動的にかつ瞬時に医師に送信したりすることが可能になっている。機器を使用することで得られたビッグデータは瞬時に企業へ送られ、AIで分析される。産業機器やインフラ設備など、取得できるデータ種類が多様化したことで、作業効率や生産性の向上、売上の拡大、人件費削減など、様々な業界でAIの活用が有効となった。

 

さらに、ここ数年でデータ収集や情報通信技術のコストは格段に下がっているから、資金力の乏しい中小企業や零細企業でもAIを導入できる可能性が広がっている。

AIやビッグデータ、IoTの利用は世界的に急拡大しており、「第4次産業革命」とも呼ばれている。18世紀の産業革命を経て人類の技術は手工業から機械工業へと転換した。技術革新のたびに人類は生産性を高めてきたが、ITによる変革はこれにとどまらず、企業や業界の垣根、国境を消し去り、世界中の人材が入り乱れる大競争を生んでいる。それがさらなる技術革新を促し、IT産業が異業種を飲み込み、産業構造をも大きく変えているのである。

 

世界におけるAIの研究と活用は米IT大手が主導してきた。近年は世界一の人口を誇り、国主導でそのデータを吸い上げる中国の台頭が目覚ましい。

他方、我が国のAI研究は世界に遅れをとっていると言わざるを得ない。関連する特許件数や論文投稿数、投資額のいずれをとっても大きく水をあけられており、年々その差は開いてすらいる。

さらには人材不足も深刻である。これは国人口や近年の人口減だけでなく、海外に比べ報酬面で魅力を欠くことも一因とされている。企業経営層のAIへの理解度が投資を含め研究環境に大きく影響するところ、日本の企業経営層がAIを熟知している割合は米国5割、ドイツ3割に対し、日本は7%台に止まっている(MM総研17年調査)。AIやITを他人事と思ってやまない人間がいかに多いかが見て取れる。実際、我が国のサイバーセキュリティー戦略を担当する大臣が「PCを使ったことがない」と答弁したばかりである。

 

AIやビッグデータ、IoTといった関連市場は専門家の予測をはるかに上回る超驚異的な速度で拡大している。AIと無縁でいられる人などもはや存在しない。早急に認識を改めなければ土俵にすら上がれず、ただ苦杯を嘗めることになろう。AI時代はデータ化によってあらゆる仕事がスピード化されている。生き残るためにはより一層、早期の判断と実行が必要不可欠である。

 

まとめ

・ディープラーニングと眼を得てAIは発展、多様化

・第4次産業革命は産業の垣根を撤廃

・経営層はAI時代を早急かつ主体的に認識せよ

 

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第11回 初めての上海講演会

 

こんにちは。
株式会社新規開拓 朝倉千恵子です。

 

今年も残すところあと1か月ですね。
毎年この時期になると、月日が流れる速さにびっくりします。

 

流れる川のごとく、歳月は私達を待ってはくれませんね。
悔いの無い時間を過ごしましょう。

 

オフィスのある丸の内界隈は、クリスマスイルミネーションで、
毎日キラキラロマンティックな夜を演出してくれます。

 

ときにはゆっくり夜空を見上げ、綺麗なお月様・お星様・素敵なツリーを
鑑賞したいものですね。

 

2011年11月3日、
初めて上海で講演会をさせていただくことができました。

 

発起人は「トップセールスレディ育成塾」の卒業生であり、
上海を拠点にマナー講師として活躍している岩野晶子さんでした。

 

※「トップセールスレディ育成塾」とは
私が主宰をしている女性のための仕事塾です。

 

今年で開講から15年を迎え、約2500人の卒業生がいます。
https://www.asakurachieko.com/

 

岩野さんが日本に帰国した際に、
「朝倉先生の講演会をぜひ上海でやりたい!」と言ってくださり、
この企画が立ち上がったのです。

 

「さて、どこからどうやって進めていこうか?」
と考えたとき、まず一番に高井先生のお顔が頭に浮かびました。

 

髙井先生はいち早く中国進出を果たされ、
北京や上海に事務所を構えており、
当時から中国事情に精通してらっしゃったからです。

 

まずは高井先生にご相談してみよう!
とさっそく先生の元に伺いました。

 

上海講演の話をするやいなや、


「どんな講演会なの?」
「誰を対象にするの?」
「どこでやるの?」
「誰が企画するの?」
「何人集客するつもりなの?」
「何を話すの?」

 

と矢継ぎ早に色々と質問を受けました。
会場は、上海オークラ「花園飯店」で
集客目標200名です!

 

と私は胸を張って答えたのですが…

 

「花園飯店で200名?ムリムリムリ!!!!!」

 

髙井先生にはハッキリと即答で
「無理!」と言われてしまいました。

 

「どうやって集めるの?200名?
前の席だけ座って後ろ入ってなくて、みたいになるんじゃないの?」

 

と、私の目標がいかに無謀で、
無理なものなのかという根拠を色々と並べて仰いました。

 

髙井先生からの貴重なアドバイスを頂いている身でありながら、
私の心の中では髙井先生の言葉に対する
内なる闘志がメラメラと燃え始めました。

 

「そんなやる前から無理、無理言うな!!!
絶対200名集めるから!みてろよぉ~~」

 

と…。
もちろん声をかけてくれた岩野さんも
「絶対、何がなんでも200名集める!」と、
上海で現地スタッフの皆さんと一緒に、PR、集客活動を行ってくださいました。

 

また、この上海講演会には力強い応援団が付いてきてくれました。
その名も「上海シスターズ!」

 

この企画は「トップセールスレディ育成塾」(以下、TSL)の卒業生の企画。
そのことを知らせるとTSLの仲間が頑張っているならば、と
8名のTSL卒業生が、当日の講演会のお手伝いをしてくれました。

 

集合場所は上海。

 

それぞれ仕事や予定のある中、
前日から参加、公演当日合流、1日だけ参加しすぐ日本へ帰国したり…

 

皆忙しい中、上海へ駆けつけてくれました。

 

さて、「ムリムリムリ!」と仰っていた髙井先生も、
実は初めての上海講演をとても応援してくださいました。

 

集客に繋がればとたくさんの方をご紹介くださっただけでなく、
この塾生が企画した上海講演会の前日に、
別の講演会まで企画してくださいました。

 

「上海高井・岡芹倶楽部特別講演会」
~勝ち残る企業・人材の条件~
@上海国際機場賓館

 

当日は高井先生のお声がけでたくさんの方々にお越しいただきました。

 

通訳の方もいらっしゃり、日本語と中国語での講演会だったのですが、
途中から翻訳の間がもどかしくなり、ジェスチャーとロールプレイで、
日本語でダイレクトに伝えていくことに…

 

それでも十分に伝わっているのがわかりました。

 

強い思いは言葉が通じなくても伝わると確信した瞬間です。

 

講演終了後は懇親会もあり、上海に同行した弊社社員も一緒に、
皆様と楽しい時間を過ごさせて頂きました。

 

初めての上海講演会、
正直うまくいくだろうかと不安な気持ちもありました。

 

しかし熱心に応援してくださる髙井先生に支えられ、
無事に上海国際機場賓館での講演を終えることができました。

 

ありがとうございます。

 

そして翌日、TSL塾生の岩野晶子さんが企画してくれた上海講演が、
花園飯店で開催されました。

 

最終的に何名集客できたのかと言うと…

 

なんと!
目標の200名以上の方々にお集まりいただくことができました!!

 

ホテルの中でも一番大きな会場。
果たして本当に200名も来るのか?

 

誰もが内心は
「やっぱりムリかも。当日は席が空くんじゃないか?」
と少なからず思っておりました。

 

そんな考えを吹き飛ばし
結果は満席!

 

盛大な講演会となりました。

 

岩野さんはプレッシャーを感じながらも、
宣言したからには絶対に200名集める!と腹をくくって、
最後の最後まで駆け回ってくださいました。

 

講演の最後に現地スタッフの皆さんとステージにあがり
挨拶をしてくださった際には、感極まり泣いていました。

 

集客に魔法なし―

 

日ごろ集客をする側である私たちには
岩野さんが最後まで諦めずにどれだけ努力してくださったかが
とてもよく分かりました。

 

私も胸がいっぱいになり、
感謝の気持ちで涙があふれました。

 

また最後にもう一つ
とても嬉しい出来事がありました。

 

実はこの日帰り際、
ホテルの支配人自ら出てきてくださり、
たくさんのスタッフの方々と総出でお見送りをしてくださいました。

 

岩野さんも私たちも何だか嬉しく、
誇らしい気持ちになりました。

 

TSLの塾生たちが、
海外での私の講演会を企画してくれたこと。
そして、「応援したい!」問い本から上海に駆けつけてくれたこと。

 

TSL塾生たちの並々ならぬ努力と、
一緒に共有した時間、思い出。
忘れられない経験・体験をさせていただきました。

 

上海講演会のレポートを、
同行した弊社社員がブログに書いております。

 

私も久しぶりに読みましたが、
あの日の出来事が熱気とともに蘇ってきました。

 

お時間のあるときにお読みいただけると嬉しいです。

 

上海レポート①
https://ameblo.jp/shinki-yuri/entry-11071799452.html

上海レポート②
https://ameblo.jp/shinki-yuri/entry-11071920920.html

上海レポート③
https://ameblo.jp/shinki-yuri/entry-11072510669.html

上海レポート④
https://ameblo.jp/shinki-yuri/entry-11072605909.html

上海レポート⑤
https://ameblo.jp/shinki-yuri/entry-11073458839.html

上海レポート⑥
https://ameblo.jp/shinki-yuri/entry-11074059355.html

上海レポート⑦
https://ameblo.jp/shinki-yuri/entry-11075639851.html

 

高井先生に何かをご相談すると、
毎回と言っていいほど「ムリムリ!」と言われます。

 

しかし、「ムリムリ!」と髙井先生がおっしゃる度に
私はむしろ「絶対にやってやる!」と気合いが入るのです。

 

髙井先生は、私の性格をよくご存じだからこそ、
そのように仰るのかもしれません。

 

そう言えば2009年にイベントで1000人以上集めると決めた時も、
先生には、まず「無理!」と言われてしまいました。

 

しかしその言葉がきっかけで私の内なる闘志に火がつき
結果として1500名という、目標を大幅に超える集客ができたのです。

 

いえいえもしかすると、
何を言われてもこうと決めたら突っ走る私に
髙井先生もすっかり呆れているのかもしれません。

 

それでも必ず陰ながら応援してくださる高井先生の存在は
とても心強く、いつも私を支えてくださっています。

 

ありがとうございます。

 

ご縁を頂いてあっという間の14年の歳月が流れました。
髙井先生は経営の節目節目でいつも見守ってくださっています。

 

この先、まだまだ未知の世界にチャレンジしようとする私ですが
どうか末永くよろしくお願いします。

 

健康管理にはくれぐれも気をつけてくださいませ。

 

髙井先生のブログでの連載も、次回で最後となります。 

最後までお付き合いの程よろしくお願いします。 

 

株式会社新規開拓
代表取締役社長 朝倉 千恵子

 

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「仕事人のための接待学」第6回 高井伸夫

 まず「捨て石」を置く

日本経済新聞(夕刊)連載 1998年5月18日掲載

 

よほど親しくない限り、いきなり「○月×日にお食事はいかがですか」とお誘いするのは、少し品がないばかりか、時に相手に戸惑いを与える。上手な誘い方は、「捨て石」を置くことから始めることだ。

捨て石とは、何かのお話し合いの別れ際に「いつかご懇談の機会を……」といったご挨拶(あいさつ)をし、あるいはお会いした後の礼状に「改めて夜分にでもご懇談の機会をいただければ幸いです」という一節を付け加えることなどをいう。

しばらくたってから、電話などで懇談を正式に申し入れるのである。直近の日を希望するのはあまりよくない。一般に、急いでいるという雰囲気を与えるのは適切ではないからである。

捨て石を置いたまま、放置してはならない。懇談、すなわち接待を期待している人もいるから、それを裏切ることになる。リップサービスで「いずれご懇談の機会を」などと言うのも控えるべきである。

「おいしいお店があるので、今度お連れ致します」といった誘い方もある。それには、まず相手の趣味・趣向を知ることが大切である。人間だれしも好きなものに誘われれば、興味・関心を持つものである。

そして、「折り入ってご相談申し上げたいことがございます」と続けることになるが、この種の口上を述べると、何かオブリゲーションが生ずるのではないかと不安がる相手もいよう。

そのとき「もちろんあなた様にご迷惑をお掛けするようなことは致しません」と安心させることを忘れてはならない。内容については「あなた様にはあまり負担にならないところで参考意見をお聞かせ頂きたい」とするのもよかろう。

接待の設営もクロージング(商談の最終場面で商談そのものをまとめあげること)の一つである。営業力というのは、結局のところクロージングにかかっているが、接待の場の設営すらできないようでは、営業力があるとは言えない。

この忙しく、またとかく接待が色眼鏡で見られる時代には、大義名分が極めて大切である。それは勉強させていただく、教えていただくという姿勢である。例えば私は様々なテーマで執筆するが、「取材をお願いしたい、教えて頂きたい」とお話をすれば、ほとんどの方が懇談、すなわち接待にも快く応じて下さる。

執筆するとは、社会に問うことであり、それが公益性につながるから、皆様も協力して下さるのである。接待の目的をいかに社会性ないしは公益性につなげることができるかが肝要なのである。

 

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今やすっかり日常に浸透した「AI(人工知能)」。街ですれ違う人がごく自然に「AI」と口にしているのを耳にする。

私が本格的に(といっても素人の域を出ないが)AIについて勉強を始めたのは2015年の春頃。研究者を除けば日本でAIに関心を持つ人間は限られていた。しかしそれでも日々、新聞各紙面の後ろの方に小さな関連記事を見つけられており、「AI時代」の到来を感じた私は、より早く、多くの方にAIを身近に感じ、考えていただく機会となることを願い、各所のお力を借りながら幾度もセミナーを開催し、自らの論稿や著作でも取り上げてきた。

多くの人々にとってAIが別世界のことではなくなった今、ひとまずのものとして、自らの学んだ足跡を発信していく。

 

2016年3月、我が国におけるAIの一般認知度が急激に上がった。Google DeepMindのAI「アルファ碁」が韓国のトッププロ棋士・李世乭(イ・セドル)を打ち破り、「AIが人間を超えた」とメディアが連日大々的に取り上げたためである。「AIとは」という特集が各所で組まれ、家電、スマートフォン、会計・経理ソフト、コミュニケーションロボットなど、実はすでにごく身近に浸透していたAIが、ついに日の目を浴びることとなった。

 

「コンピューター」「ロボット」「AI」の三者、特に昨今「ロボット」と「AI」は混同されがちだが、コンピューターは人間の操作を受けて処理を行う電子計算機にすぎない。代表例がパソコンだ。このコンピューターに人間同様の知能を実現させたものがAI(artificial intelligence)である。これに対し、ロボットとは、人間がコンピューターを操作して行うような処理を、自身で自動的に実行できる機械である。簡単にいえば、人間の心や頭脳(ソフトウェア)を機械化したコンピューターがAI、コンピューターを操作する身体(ハードウェア)を機械化したものがロボットと言えよう。

今の日本人の多くは幼少期から鉄腕アトム(手塚治虫)やドラえもん(藤子・F・不二雄)といった「心を持ち人間を助けるロボット」と共に育った。「ロボット」と聞けば彼らを思い浮かべる人が少なくないはずだ。では現実のロボットはどうであろうか。一昔前までは製造業における産業用ロボットが主流であり、日本は長年「ロボット大国」としてその技術力を世界に誇ってきた。しかし、昨今の高齢化や人口減少に伴い、医療や介護、サービス業といった非製造業でのロボット需要が高まり、搬送作業や介護の負担を減らす装着型ロボット、コミュニケーション型ロボットなどその種類は多岐にわたるようになった。それはAIの発達と共にあったと言っても過言ではない。AIとロボットが組み合わさったことで、フィクションの中のロボットが次々と現実化しているのが今の世界である。

 

さて、AIの歴史は意外にも長い。古代の神話や伝説などに起源し、中世の錬金術やホムンクルス、ゴーレムを経て、19世紀には人造人間や思考機械というアイデアに発展。メアリー・シェリーの小説「フランケンシュタイン」やカレル・チャペックの戯曲「R.U.R.(ロッサム万能ロボット会社)」が発表された。

AIが「科学」として研究され始めたのは1940年代。以来、AI研究はブームと「冬」の繰り返しだった。1956年に学問分野として確立された際は第1次AIブームが巻き起こったものの、高まりすぎた期待に応えられず、1970年代には一転「冬の時代」となり、批判と資金縮小に晒された。1980年代になると第2次AIブームが到来、日本政府や企業も500億円以上の資金をAI研究に注ぎ込んだが、80年代末には再び投資が撤収された。

こうした中、1997年に米IBMが開発したスーパーコンピュータ「ディープ・ブルー」が、当時のチェスの世界チャンピオンに勝利した。これが現在の第3次AIブームのきっかけとなり、世界は本格的なAI時代へと向かうのである。

 

まとめ

・AIは人間の心と頭脳を機械化したコンピューター

・AIとロボットの融合がフィクションを現実化

・ブームと冬を繰り返し、ついに「AI時代」へ

 

(第1回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

 

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第10回 共著からのメッセージ

 

 

こんにちは。

株式会社新規開拓 朝倉千恵子です。

 

秋も深まり、朝晩冷え込むようになりました。

 

季節の変わり目です。

体調管理をしっかりお願いします。

 

今年もあと2ヵ月・・・

本当に早いです。

 

歳月の流れは私達を待ってはくれません。

充実した時間を過ごしたいですね。

 

2012年、三笠書房様より高井先生との共著を出版させて頂きました。

 

~女性営業リーダーと怪物弁護士の集中講義~

「営業で結果を出す人が必ず実行していること」

 

当時を思い出しました。

 

高井先生との共著の出版という

大変貴重な機会を頂けました事、

今一度感謝致します。

 

ありがとうございました。

 

出版から6年経った今も、

この本に書いてある高井先生のお言葉は、

とても共感できます。

 

改めて読み返すと当時よりスッと頭の中に入り、

深い納得と頷きが自然と出てきます。

 

今だからこそ自分に必要なメッセージかもしれない、、と

高井先生の言葉を一気に読み返しました。

 

前回のブログに書きましたように、

高井先生は砂漠でラクダに乗りながら

両手に携帯電話を持って仕事をする弁護士!!!

 

そこまでやるか!そこまで仕事するか!

「怪物弁護士」と言われていたくらいです。

 

強烈で猛烈で情熱的な高井先生。

 

先生が語っていらっしゃる言葉には大いなる説得力と

どこか泥臭い、高井先生の体温(熱気と言いましょうか、、、)を感じます。

 

今回は読者の皆様に

【仕事力をつける10の真髄】

を紹介させていただきたいと思います。

 

1.段取り八分:段取りなくして成果なし

2.やらないことを戦略的に明確化せよ(トレード・オフ)

3.ブルドッグ魂を持て:食いついたら放すな

4.一生懸命:ひとつのところで命を懸けるくらい熱心に取り組め

5.使命とは命を使うこと:命を使うに値する目的・目標を持て

6.教育ある人とは一生勉強し続ける人:死ぬ前の日まで学び続けよ

7.自他共栄:自分だけでなく、取引先、お客様の繁栄も考えよ

8.生涯現役:生涯仕事を続けられるように研鑽を積むこと

9.離見の見:自分の演じている様子を客席から見る客観性を持て

10.高い志を同じくする励まし合う仲間を持て

 

いかがですか?

ここに書いてあるものを読むだけで

背筋がピッと伸びるような気がしてきませんか?

 

高井先生の教えは、

年齢も職業も関係なく、どんな人にとっても大切なものばかり。

私もいつもこの10則にあるようなことを意識しています。

 

そしてそれが目の前の壁を乗り越えるヒントをくれることも少なくありません。

学びは一生ですね。

 

本日は、高井先生からの学びをもう1つ紹介させて頂きます。

 

【寝食を忘れて体力の限界まで仕事をしたことがあるか】

 

今の時代は「ブラック企業」なんてことを言われるのかもしれませんが、

私もここはとても共感しており、

また自ら経験・体験したことでもあります。

 

高井先生は独立前の10年間、勤務弁護士をされていたそうです。

20代後半~30代前半の寝食を忘れ仕事に没頭した時代。

きっと今の高井先生の基礎(土台)がこの時期なのだと思います。

 

~弁護士になりたてで書類のコピー係、

それでも末席に置いてもらえただけでも嬉しく、

当時のコピーは「青焼き」といい、膨大な時間と手間がかかり、

何よりアンモニア臭で目が痛くなる大変な作業。

その過酷な作業にも嬉々として勤しんでいたものです~

(書籍より一部抜粋)

 

今の高井先生の姿からは、毎日コピーを取っている姿など想像がつかないのですが、

そういう価値観で仕事をしてきたんだということは、容易に想像がつきます。

 

この時期の仕事観が原点。

 

「今、当時を振り返り、若いあなたたちにも、

一度体力の限界まで仕事をすることをおすすめします。

寝食を忘れ心血を注いで、ギリギリまで働くことで、

人間は初めて自分の限界を知ることができます。

「ここまでしかできない」と勝手に線をひいたはるか向こうに、

本当の限界はあるものなのです。」

(一部抜粋)

 

今の時代は「働き方改革」、

いかに効率よく仕事をし成果を上げるか。

 

残業をなくしプライベートも充実させる、

仕事だけでなくバランスよく豊かな人生を過ごせるように。

 

面倒な作業や計算など、今はAIやロボットがやってくれます。

 

むしろミスがなく効率的に作業工程の見通しもつくし、

これまで人が大変な作業!と嘆きながらやってきたことも

肩代わりしてくれる時代です。

 

働き方改革も形を変えて進んでいますね。

 

とはいえ。

若いときはとことん仕事してみる!

寝なくても仕事ができる、無理がきく!!

 

そんな経験から得られることがあるのも事実です。

 

もちろん、だからといって社員に「寝ないで仕事しろ!」

なんてことは言いませんが、自分自身の仕事観、経験では

ここは揺るがないものがあります。

 

仕事観と人生観はイコールです。

仕事をいい加減にして豊かになることは難しい。

 

若いときの苦労は買ってでもしろ!

 

若さとは未熟

たくさんチャレンジして失敗しながら

経験を積んでいけばいい。

 

若いときに手を抜いたら後で苦労する。

そう思います。

 

是非若い方々には今のうちに

「仕事に没頭する」経験をしてみてほしいと思います。

 

そうすると、だんだんと

ただ面倒くさいだけだと思っていた作業も

楽しくなってきます。

 

仕事をすることが楽しくて仕方がないと思えるようになってくるのです。

 

少なくとも私はそうでした。

 

そうすると仕事のやり方や仕事に対する考え方がガラリと変わります。

こうして身につけた仕事観は歳を重ねてからも大切な礎となります。

 

まずは目の前の仕事に誠心誠意取り組んでみてください。

 

もしかするとあなたも、

高井先生や私のように仕事に没頭することに

病みつきになってしまうかもしれませんよ。

 

ところで高井先生のお側にいると

「なんかあった?」

 

というお言葉をとてもよく耳にします。

 

問題発見・解決をするのが弁護士としての究極の役割。

 

常にお客様の困ったにフォーカスを当て

確実に解決へと導く・・・

だからこそ小さな変化を見逃さないように

常にアンテナを立てていらっしゃるのだと思いました。

 

また、

経営者は「無用の用」を覚えなさい。

年に三回は海外に視察を兼ねた旅に出なさい

見聞を広げろ!

 

ともおっしゃいます。

 

----------------------------------------------

*無用の用

役に立たないと思われているものが、実際は大きな役割を果たしているということ。

----------------------------------------------

 

確かに、高井先生はよく海外旅行に行っていらっしゃる・・・

 

(「シルクロードへの旅」をご一緒したときの様子は、

前回ご紹介させていただきました。

http://www.law-pro.jp/weblog/cat72/

 

高井先生は、たくさんのお言葉でそして自らの姿勢で

いつもたくさんのことを私たちに教えてくださっています。

 

「かっこいいな」と思わされることばかりです。

 

一つひとつの教えを大切に、

これからも精進してまいります。

 

さて次回は高井先生から言われて、

「ナニクソ!(ちょっと乱暴な言い方でスミマセン、、)」と思ったエピソードをお伝えしたいと思います。

 

株式会社新規開拓
代表取締役社長 朝倉 千恵子

 

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「仕事人のための接待学」第5回 高井伸夫

 「残心」表す土産・礼状

日本経済新聞(夕刊)連載 1998年5月11日掲載

 

接待は通常、レストランや料理屋で行われる。

このような接待の場でも、お別れ、すなわち接待が終了する時間が来る。その時に一番大切なことは、「見送り」であろう。

見送りを欠かす接待はまずないと言ってよい。それは「残念」という世界である。

残心とは、“貴方様とお別れするのはいささか寂しゅうございます、残念でございます、引き続きよろしくお願いします”ということを意味する。それをより嫌味なく、さわやかに演出することが必要なのである。

最初に思い付くのはお土産をお渡しすることである。本当に気持ちばかりのものにとどまることが多いが、そのお土産を持って自宅へ帰っていただくというプロセスにおいて、接待の効果、要するにコミュニケーションといったものが継続していくのである。

このような接待におけるお土産の重要性は言うまでもない。接待される側もお土産を用意していくケースが多いが、それは“貴方との心の交わりを大切にしていきたい”という意思表示であると言ってよい。

さて、私は実はこの接待する、されるいかんにかかわらず、翌日ファクスなり郵便でお礼状を出すことにしている。

接待の機会を得たこと、あるいは受けたことに対するお礼を申し上げるだけではない。接待の場で話題となったこと、お約束したことについて少しばかり触れて“お忘れしていません”と述べるのである。

それによってコミュニケーションはより強固なものとなる。なぜならば、「詞は飛び書は残る」というローマ時代からの法諺(ほうげん)がある通り、書面にしたものは心に刻み込まれるからである。

我々は、耳で聞くという認識方法と物を読むという認識方法の二つを持っている。そのうちどちらがより効果があるかといえば、言うまでもなく文字を読むという認識方法である。

鳥でも獣でも耳で聞くことはできるが、物を読むことができるのは人間だけである。すなわち物を読むことは耳で聞くよりも努力を要するが、より理性的であるだけに、より定着性が高い。お土産と手紙は接待の場の状況を再現するだけでなく、より深く持続的に浸透させるのである。

そして、接待の場では、とかく軽い約束をしがちであるが、約束したことを実行することがもちろん大切である。本当に実行してくれたかということによって、信頼性が高まる。信頼関係は有言不実行ということではあり得ない。

※この記事は当時の内容のまま掲載しています。

 

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第38回 上司の教育的役割(下)
(2009年12月28日転載)

 

前回は、上司の教育的役割の具体的項目として、第1にコミュニケーション能力を挙げ、第2に部下に学び方を学ばせるることの重要性を説いた。

 

向上心を引き出す方法

上司の教育的役割としては、第3に、上司は部下の向上心を引き出す工夫をしなければならないことが挙げられる。

「平凡な教師はしゃべる。良い教師は説明する。優れた教師はやって見せる。偉大な教師はやる気を起こさせる(ハートに火をつける)」ことは、米国のコラムニストの言葉であるが、まさに上司も部下に自ら奮起させなければならないのである。

弁護士である私の場合、裁判書面等については、できるだけ部下の書いた文面・構成を尊重することを心掛けている。部下が作成した書面を全く無視して初めから書き直すというやり方では、部下は向上心を持ち得ず成長しない。書面の作成に関しても、上司は、自らやってみせるだけではなく、まさに、やらせてみる・任せてみることがなければ人は育たないのである。

さらに、部下の向上心を刺激することに加えて、そのキャリア形成にも上司は配慮しなければならない。例えば、社会の進展が早く、雇用形態も多様化している昨今において、一昔前のように十年一日の如く同じ仕事をし続けることが部下にとって良いかということについても、上司は考えなければならない。

「田舎の三年、京の三日」というように、知的な刺激はマンネリ脱却のカギとなる。部下の成長を願い、向上心を引き出そうとするのであれば、仕事の面で、できるだけ良い刺激を受けられる環境を与えるやることが需要となる。

また、部下の向上心を引き出すためには、注意の仕方にも工夫が必要となる。

私の事務所の客員弁護士のお1人は、2000年に高検検事を定年退官された方だが、教育的効果のある叱り方の極意として、①3回ほめて1回叱る、②後悪の叱り方を避けるという2点を実践されていたという。②の意味は例えば、「分析は良くできているが、文章は悪い」と言わずに、「文章は悪いが、分析は良くできている」と言って悪い情報を先に指摘し、ほめ言葉で締めくくることにより、部下のプライドを損なわず向上心に訴える方法である。

 

チャンスを与えて成長へ

第4に、上司は部下にチャンスを与えなければならない。

チャンスとは、チャレンジする心・自立心・向上心を練磨するチャンスを与えることである。それは未知の世界に突入させることでもある。それを克服したとき、自信が生まれる。最も分かりやすい例は、部下が直接会えそうもない有力者などに会う際に同行させることである。

もちろん先方の都合もあるため、必ず実現できるわけではないが、それに向けての努力をすることが必要である。

そして、チャンスを与えるということは、他流試合を行わせることでもある。そうした新しい体験の中に、成長への契機があると言って良い。

第5に、上司は部下が困難に直面しそれを克服することを敢えて体験させなければならない。

上司がこと細かに教育・指導するだけでなく、彼ら彼女ら自身が、自分の考え方・感じ方を生かして困難を克服していくことが、将来の成長のために必要なのである。

言わば“修羅場を体験する”ということであるが、それは大袈裟なものでなくてもよく、要するに、彼ら彼女らが自らのアイデアで困難を克服し、新しい境地に達することが必要なのである。修羅場を乗り切ることは、部下自身の精神的成長につながる。精神的成長を遂げた部下は迷いを克服し、不安感・恐怖心が少なくなり、あるいはこれらを抱かなくなる。

第6に、上司は常に真摯な態度で勉強し続けなければならない。

不真面目で享楽的な生活を送っている上司のもとでは、部下は上司を尊敬し得ないばかりか、結局は教育を受けられず部下もまた勉強をしなくなり成長できない。

私の場合、弁護士という職業柄もあろうが、文章を作成して発表することが、自分に勉強を課すための重要な方途となっている。自分の思い方・考え方・感じ方をまとめ上げる作業は、自分自身の成長の度合いを確認する作業でもある。日々の仕事に流されることなく体系性を持たせるためにも、部下たちに対してもまた、週報・月報に始まり論稿に至るまで、文章を書くことを勧めている。

「今後『教育ある人』とは、勉強し続けなければならないことを自覚している人間のことだということになる」とはドラッカーの言葉だが、上司は部下が勉強することを称揚していかなければならないのである。

 

嫉妬心は最大の障害に

では、上司として、してはならないことは何か。

上司の教育的役割を阻害する最大の要因は、上司自身の部下に対する嫉妬心である。

上司は、部下が成長することを妬んだり、成長を妨害しようとする意識にとらわれてはならない。

換言すれば、人事は、上司が部下の成長を喜べるほど両者に能力格差があるような人選をしなければならないのである。

同列の能力のものを上下に配すると、極めて猥雑な上下関係になってしまい、上司は教育的役割を果たせず、部下は成長できない。そして、悪くすると両者とも精神状態が屈折して不健全になるおそれがあるのである。

また、抜擢人事により先輩と後輩の立場が逆転することもあろうが、部下となった先輩が上司となった後輩をいびることも珍しくなく、その結果、上司となって後輩がいじけたりせず成長に励むことは非常に難しい。

こうした相克を超越させるような抜擢人事の巧みな経営者ほど、素晴らしい経営者ということになるのであろう。

また、複数の部下の中でえこひいきをしてはならない。誰しも自らの成長を願うものであるから、一部の者だけをひいきしてはならず、公明・公平・公正な評価に基づいた序列付けを行う必要がある。

しかし、たとえ適正に評価された成績優秀な者であったとしても、特定の者のみを称賛し続けることもよくない。他の者の士気が下がるだけではなく、特定の者が妙なプライドを持ち、自己反省力を失うことが往々にしてあるからである。そうなると優秀な者でも成長が止まり、むしろせっかくの能力が不勉強のために衰えてしまうことになる。

 

互いの「相性」にも配慮

自分の意見が功を奏して、部下が成果を上げられたときは上司としても本当にやりがいを感じるものだが、部下の指導は難しいと感じることのほうが多いだろう。私自身の経験でも、後輩弁護士が我見に囚われたり判断力にバランス感覚を欠いていて、大いに苦労した苦い体験がある。このような部下は、指導をはねつけ憤慨し、あるいは自分のプライドが傷つけられたという心理状態に陥ってしまっているので、成長できる余地はないとみてよい。

また、部下との相性が悪い場合も、大いに悩むところである。自分自身と相手とが絶えず対峙する関係になってしまっては終わりである。上司と部下との間は、“競争的解説”ではなく、“協調的解決”を図らなければならない。それゆえ、部下との見解の相違だけがめだつようなあ最悪の事態を回避するためには、第三者に調整に当たってもらい、相互の理解に基づく“協調的解決”をめざすことが必要になる。

なお、上司の教育的役割は、上司だけの姿勢の問題ではなく、上司の指導を受け入れる部下の姿勢もまた重要であることを最後に指摘したい。

上司が教育的役割を果たそうとしたとき、部下がこれを貴重な時間と体験であると認識して取り組み、精進する心が必要になってくる。精進する心とは、まずは自立し向上する意欲を本人自身が強く持ち、そのうえで連帯心を抱くことである。そうした姿勢で上司の指導を受容することが、成長を可能にするのである。

以上、上司が教育的役割を担う際に求められる器量や条件について述べてきたが、人を指導・教育することは確かに難しい。しかし、そこから学ぶことのほうがはるかに大きいというのが事実である。

 

「教うるは学びの半ば」

私は、『書経』にある「教うるは学ぶの半ばなり」という言葉が好きである。これは、人に教えることは自分にとっても半分は勉強になり、教えることによって自分の未熟さを知るという意味であるが、まさに、上司たるものが常日頃から自らに言ってきかせるべき言葉であろう。

人間は誰しも己を省みることによって欠点を自覚し、それを克服しようという意識を持つこと、進歩し成長する。

企業組織の中において、上司は部下の成長にも責任を負わなければならない立場にある以上、自分のためだけれなく、部下のためにもより一層精進し、自らを省みる必要に迫られるのである。上司が部下の教育的役割を果たそうとし、果たしている限りにおいて、上司は進化し、進歩し続ける。

そして、上司も部下の一人の人間として、互いに謙虚になり、相手への思いやりの気持ちと優しさと包容力を持たなければならない。心を通い合わせるには、お互い理解し合うという基本的な心理になって望まなればならない。

そうであればこそ、「我以外皆師なり」という言葉を、上司も部下も、ともにかみしめる必要があるのである。

 

※四時評論は今回で最終回となります。

 

 

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第9回 忘れられないエピソード

 

 

こんにちは!朝倉千恵子です。

 

高井先生のブログに登場させていただき、

早いもので9ヶ月が過ぎました。

 

今年は人の命までも奪ってしまうような、

大変な自然災害がここ数か月の間に集中して起きています。

 

暑い夏が終わっても、被災地の皆さんは不安の中で生活をし、

復興復旧も時間がかかっています。

 

地球全体の怒りのようなものを強烈に感じています。

 

私の実家は大阪府貝塚市ですが、

先日帰省をした際、現場を目の当たりにして驚きました。

 

両親と一緒に毎年見ていた桜の木が

何本も倒れていたり・・・

 

なんとも切ない気持ちになりました。

 

被災された方々に一日も早く平穏が訪れますことを切に願います。

 

今回は私が高井先生とのご縁を頂いてからの15年の中で、

もっともインパクトの強かった出来事を3つ書かせていただきたいと思います。

 

1つ目は、

「シルクロードへの旅」に一緒に行かせていただいた時のこと。

 

ラクダに乗って砂漠を移動中。。。

ふと、高井先生の方を見ると、

 

なんと!!

高井先生がラクダに乗って携帯で、

スタッフに指示を出していらっしゃいました。

 

スタッフの方は日本にいて、

何万キロも離れたところから仕事の電話。

 

そうか、、、今は砂漠でも電波が届くのか。。

世の中は変わったな。。。

 

世界中どこにいても仕事ができるんだ。。

と強烈に印象付けられたエピソードです。

 

シルクロードへの旅。

時代の流れに乗って、

当時66歳の高井先生が、最先端のやり方で仕事をしている姿は

 

「やっぱり高井先生だな」と

感じさせるものがありました。

 

とはいえ、まさか。

砂漠のラクダの上で電話をするとは。。

 

1分1秒を大切にされている

高井先生の姿勢は存じ上げておりましたが、

私は驚くと共にあまりにもその絵が可笑しくて

吹き出しそうになりました。

 

色々な意味で

忘れられない出来事です。

 

2つ目が、驚異の記憶力です。

ある日、私が高井先生とご一緒していたときのこと。

 

高井先生は携帯電話を取り出して、

いきなりダイヤルを回しはじめました。

(今の時代、ダイヤルではないですね、、)

 

090・・・

 

ピコピコピコ

 

「高井先生、番号覚えてらっしゃるのですか?」

 

「覚えているよ・・・」

 

そう、高井先生は

電話をかける相手の番号を登録しないで

全て覚えてらっしゃったのです。

 

携帯電話の電話帳から取り出されるのではなく

何も見ないでいきなり電話。

 

すごい。。

 

そう言えば昔は友達の自宅の番号を相当覚えていました。

 

今はというと、

恥ずかしながら部下の携帯番号もほとんど覚えていません。

 

私は、便利になったことで

退化している能力も多いと感じる今日この頃なのですが、

 

「高井先生は進化はしても退化はないのかしら?

その頭の仕組みはどうなってるの??」

 

と心から思ったエピソードの一つでした。

 

最後は、昨年の出来事です。

 

当時私は右膝の半月板損傷で治療を受けていたのですが、

どんな治療をしてもなかなか良くなりませんでした。

 

痛みがピークに達していた時、

高井先生が鍼灸師を紹介するとおっしゃってくださいました。

 

それも

「紹介するから行ってみたら?」ではなく、

「行きなさい!」の一言。

 

返事はもちろん躊躇する間もなく

「はい!」

 

雨の降るなか、

傘を差し、駅から目的地に向かっていきました。

 

3台のベットがあるクリニック。

 

施術される先生はたったお一人。

受付担当もいない。

 

先生一人か、、、

と内心ドキドキ、、、

 

私は膝の具合を説明しました。

 

すると、その先生は

「3回で治します!」と断言されました。

 

え?

4ヶ月以上治療を受けても全くよくならなかったこの膝の痛みを

たったの3回で??

 

本当だろうか?

そんな事はあるのか?

とどこか疑心暗鬼な気持ちを持ちながら

針の治療を受けました。

 

なんと、その日の帰りには10の痛みが3に!

そして先生がおっしゃったように、

3回で見事によくなりました。

 

その主治医の先生がおっしゃるには

 

「治療も相性があります。

朝倉さんは高井先生と相性が合うから僕とも合うと思います・・・」

 

なるほど。

確かに。

 

物件と恋愛は一目惚れが一番と言うエピソードもありますが、

治療も同じなのですね。

 

お陰様で見事によくなりました。

 

最後に私がその先生に

「なぜ高井先生と私は相性が合う思われたのですか?」

と聞くと

 

「合わなきゃ紹介しないでしょ・・・」

とのこと。

 

その通り!

 

高井先生からのご紹介は

きっと本能・直感で相性も見てくださっているのかな?

と思えるほど素敵なご縁が本当にたくさんあります。

 

親身になって相手に寄り添う。

 

他人事ではなく、自分事として直ぐに動いてくださる。

 

営業力・影響力・コミュニケーション力・人間力の

圧倒的な違いが成せる業なのでしょう。

 

いつも本当にありがとうございます。

 

高井先生の驚異の仕事術に感心しているばかりではいられない、

私ももっともっと精進せねば!

 

と毎回思うのですが、

やはり次に会うとまた驚かされてしまうのです。

 

高井先生のブログの連載もあと3回、、、

次はどのエピソードを書こうかな。。

 

是非とも最後までお付き合いくださいませ。

 

株式会社新規開拓
代表取締役社長 朝倉 千恵子

 

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「仕事人のための接待学」第4回 高井伸夫

 「飲食」の本質とは

日本経済新聞(夕刊)連載 1998年5月4日掲載

 

結婚披露宴では、一通りのあいさつと乾杯が済んだ後は宴席となる。これには一体、どんな意味があるのだろうか。

結婚は三三九度の杯で始まるが、それは同じ杯でお酒を酌み交わし、終生を誓い合うという象徴的な儀式だ。披露宴も招かれた客が待合室でお茶を飲んだり、アルコール類を飲んだりすることから始まる。お茶を飲むことがどんな意味を持っているのか。

聖書の有名な場面に「最後の晩餐(ばんさん)」がある。キリストと十二人の弟子たちが、共にワインを飲み、共に食する。ここでもまた、飲食の場を信頼関係を確認する儀式としており、飲食を共にすることが人間関係、信頼関係の基礎であることを暗示しているのである。

古(いにしえ)においては、毒味をして、同じものを飲んで、お互いに信頼し合う関係を確認していたのであろう。

中国の宴席では、まず、主・客の杯になみなみと酒が満たされ、主が底の一滴まで飲み干し、再び注がれた酒を一同で「乾杯」し、これの繰り返しで宴いよいよたけなわとなるが、これも「この酒には毒など入っておりません。安心して召上がり下さい」といった意味がこめられていると思われる。

このような接待の意味するところからすると、例えばゴルフ接待の場合、ゴルフだけを共にして別れたのでは、接待の意味が半減してしまう。ゴルフの後、飲食を共にすることで、感動も接待の効果も倍加し、心を許し合うことに近付く。感動を共にする。すなわち共感こそが接待の本当の目的であると言ってよい。

さて、決定的な共感・共振を得るには、人間味という醍醐味(だいごみ)を味わうこと、味わわせることが必要である。それは自分をさらけだしてより本音で語り合うということであろう。そして談笑するに至ることが必要だ。それには接待を予習してかからなければならない。

接待に先立ち、相手方企業または本人の業績・経歴・当面の関心事・趣味・嗜好(しこう)について情報を仕入れ、接待の場を盛り上げる焦点合わせをすることがまず肝要である。

統一ある刺激は、数少なくとも、散漫な数多い刺激に勝るという原理原則が接待でも機能する。この予習の成果をTPO、アドリブで生かしていけば、より多くの本当の感動を相手に与えることができる。接待の場においても「理動」「智動」ではなく「感動」という熟語あるのみであることを忘れてはならない。

 

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第36回 上司の教育的役割(上)
(2009年12月21日転載)


高井伸夫弁護士は、上司は部下の人生そのものに愛情と責任を持って教育・指導に当たらなければならないと強調する。良い上司との出会いは、その後の人生を左右することすらあるからだ。部下との間の報告・連絡・相談を密にするとともに、「学び方」の学習に力点を置く必要があると訴えている。

 

上司の能力著しく劣化

「やってみせ、言ってきかせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている姿勢を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」(山本五十六元帥・1884~1943)。世に知られるこの言葉には、理想の上司像の要件が集約されていると言っても過言ではないだろう。

ここから彷彿とされるのは、部下との強い信頼関係で結ばれ、人としてのピュアな使命感を抱き、部下を的確に教育・指導・育成して次の世代へのバトンタッチを行い、組織の成長に着実に貢献する頼もしい上司像である。

しかし、現実にはこうした力量に恵まれた上司は少ない。このような上司であれば、パワハラ問題など起こるはずもないが、今の企業社会では、上司として当然の教育・指導を行ったとしても、上司と部下の間に確固たる信頼関係が築かれていなければ、パワハラと言われてしまうおそれがある。

日頃、私が人事労務問題を専門とする弁護士として企業のご相談に与る中で強く感じるのは、パワハラ問題に限らずあらゆる局面で、上司の上司としての能力が著しく劣化してきているということである。

 

あり得ない“全知全能”

上司の役割は多様であるが、本来的に果たすべき役割とは、ドラッガーが「何よりも経営管理者を他の人から区別するものは、教育的な役割の有無である」(ドラッガー著『現代の経営(下)』第27章参照)と喝破したように、およそ様ざまな局面で部下の教育をなし遂げるよう努めることである。

部下を人材として教育・育成し、企業の業績に資する働きを遂げさせ得る能力が上司になければ、企業の将来はない。ここに、終身雇用制が崩壊しつつある中で、企業のDNAをいかに伝承し企業の存続と成長を実現するかが重要な課題である今こそ、上司に求められる教育的役割について再認識すべきとなるのである。上司が教育的役割を果たすことは、部下の成長を促し、ひいては企業の力を強めることにつながるのである。

また、ここで言う教育的な役割とは、仕事のやり方だけに限らない。部下は上司の働きぶりを間近で見て仕事に対する姿勢や情熱を体感しながら自ずと教育を受けていることも考えると、上司は仕事だけではなく、人格や生き方全般において部下の見本となることで、教育的な役割を果たしていると言ってよい。

しかし、全知全能の神のような人間はあり得ない。著名企業のある女性管理職に、部下への指導で留意している点についてお尋ねしたところ、「①その場で叱る(後日では忘れてしまう。場所は選ぶ)、②くどくど言わない、③良いところをほめて伸ばす、④他の人からの評価を伝える、⑤常に言葉と笑顔をかける、⑥家族のことを気遣ってあげる、⑦自分の弱さも隠さず表し部下の成果を横取りしない」という極めて率直で有用なご回答を得たが、自分の弱点にも自覚的で正直な姿勢は、上司として持つべき大切な人間性であろう。

なお、部下の教育には時間を要するうえに忍耐力が必要であり、上司は教育のために自分自身の時間さえも犠牲にしなければならない。それは組織での仕事に伴うものであるから、何らかの「手当」で彼らを遇するべきであろう。例えば、税理士の小原靖夫先生が2001年から用いられている「役割貢献給」という名称は、組織における上司の教育的役割の意義を分かりやすく示す好例であると思われる。

良い上司との出会いは部下にとって一生の宝であり、若い頃上司に言われた教えが、その後の人生を左右することすらある。その意味で、上司は部下の人生そのものに愛情と責任を持ち、部下が職業人としてどのように歩んでいきたいのかをよく把握した上で指導しなければならない。

特に、専門資格者である弁護士は、一般的にセルフィッシュで功名心があり、排他的な傾向があることは否めない。私が日頃の業務の中で、どのようなことに留意して勤務弁護士を指導してきたかもご紹介しながら、上司の教育的役割について考察を進めよう。

 

基本的挨拶から始める

第1に、上司は部下に分かるように伝えるコミュニケーション能力を有していなければならない。そして、部下が技能や意識の面で上司の指導を受け入れる準備がどの程度できているかを考え、適切な量と質の指導を行うことを心掛けるべきである。

私は、この点を見極めるために、まず、「おはようございます」「お先に失礼します」「行ってきます」という基本的な挨拶をすることから始める。これに応答できない者は、そもそも上司の教育を受け入れにくい存在ということになろう。

また、限られた時間をやりくりして、私は30年以上にわたり部下から「報告・連絡・相談」を定期的に受ける場を設けてきた。毎週と毎月の始めに短時間でもヒザ詰めで話し、二言三言でも私が発言・助言をすること自体が、教育的役割を果たしてきたと確信している。「報告・連絡・相談」は、コミュニケーションの第1ステップであるだけでなく、互助と牽制と成長を実現する方法として最も簡便で分かりやすい方途である。

「報告・連絡・相談」を書面で受けた上司は、それに対してわずかでもコメントを書き込むことによって、部下に互助と牽制の意義を気付かせ、成長を促すきっかけを作ることになる。

私の場合、弁護士からの成果を上げた報告書等には「よかったネ!」「ご苦労さまでした!」「よろしく」等のコメントを直筆で書き込み戻すように心掛けている。こうしたプロセスを受け入れられない者は、組織の外にあるものとして評価せざるを得ない。

「報告・連絡・相談」は、組織におけるコミュニケーションの基礎であると同時に、マネジメントの要でもある。「企業は人なり」という言葉どおり、組織とは、人を組み合わせ、一体として存在し続けることに意義がある。コミュニケーションと「報告・連絡・相談」は、人と人との結束点としての役目を果たす方途に他ならない。その意味で、「報告・連絡・相談」を軽視する者は、組織の構成員たる資格がないと言っても過言ではないのである。

 

学び方の学習が必要に

第2に、上司は部下に学び方を学ばせなければならない。

私は部下の弁護士に対して、ひとつの案件ごとに判例・文献を十分に調査し、そのうえで少なくとも2~3種類の雛形を調べるように常々言っている。この指示は、先人や先輩の教えを学ばせることが眼目であるが、判例・文献等を模倣するだけでは進歩がない。より重要なのは、本人が疑問点を積極的に探究しようとする姿勢である。新しい考え方・感じ方をするためには、まず先人・先輩の考え方・感じ方を知り、その上で自分なりの新しさを生み出すことが必要になる。このプロセスでユニークさを持ちたいと強く思うことが、競争力をつける原点なのである。

学び方を学ばせるとは、自学自習で成果を上げる方法を教えることである。一番分かりやすい例はコーチングであろう。

コーチングの意義を端的に言えば、個人の特性を見極めて各々の性向に合った学び方を習得させるということになる。現に最近の学習塾は、クラス全体を指導する方式から個別指導の時代に移ったというが、これもまた、より効果的に学び方を学ばせるための実践策と言ってよいだろう。

努力家には努力家としての学び方、発想豊かな人には発想の仕方を学ばせるのである。これが最も効率的な学び方なのであり、学び方を学ばせるとは、千差万別の個性を把握しそれぞれに最適な導き方を実行することに他ならない。そして、ここにこそ“教師役”の難しさの真髄がある。

先生になる人は学問ができるよりも学問を青年に伝えることのできる人でなければならない。学問を伝えることは一つの技術であるという趣旨の言葉が内村鑑三の著作(『後世への最大の遺物』参照)

にあるというが、各自の個性を見極めてそれに応じた指導をする能力は極めて高度な辞技術と言えるだろう。

 

決して王道を外れない

こうして本人の資質に合った学び方を学ばせるに当たっては、何を学ぶべきかについても十分の吟味しなければならない。まず習得すべきは、どの分野であれ、“原理原則”的な事象であることが鉄則である。決して王道を外れてはならない。新しい発想は王道の上にこそ生まれるからである。

原理原則を学ぶとは、過去の実例を分析し、総括したものを確認することである。

何よりも重要なのは、本人自身が自分の頭で原理原則を追求することであるが、加えて、古典に親しみ古典に学ぶ姿勢を持たなければならない。古典は先人たちの思考の蓄積の産物であり、現代でも生命力のある原理原則を打ち立てたものだからである。

 

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