IMG_1693.JPG

2016年4月23日(土)13:44 熱海親水公園にてオステオスペルマムを撮影
花言葉:「無邪気、健やかな」 

 

 

株式会社開倫塾
代表取締役 林 明夫 

 

「仕事で人は成長する」

 

Q1:「仕事で人は成長する」という高井先生のお教えとはどのようなことでしょうか。

A:

(1)現代は知識が基盤になった「知識基盤社会」(knowledge-based society 
       Knowledge Based Society,ナレッジベイスト ソサエティ)ですので、知識・情報・技術をう
       まく組み合わせて用いる能力が求められます。

 

(2)また、国境を越えてモノやサービス、お金、人が盛んに、激しく行き交う「グローバル社
      会」(Global Society)ですので、歴史・宗教・言語・習慣・風俗・思想・文化・価値観などが異
      なった「多様な集団で交流する能力」が求められます。

 

(3)更には、超少子高齢化、人口減少、国と地方の債務の巨大化、デフレによる大消費低
      迷、頻発する経済危機、台風や豪雨・大震災による歴史的な自然災害の頻発、気候変動、
      開発途上国における人口爆発、テロの恐怖、核兵器の存在など、人類や国家、地域社会
      が抱える課題が山積した「課題山積社会」ですので、「課題発見能力」「課題解決能力」と
      ともに高い志を持ち続け「自律的に行動する能力」が求められます。

 

(4)仕事を通して製品やサービスを提供することの顧客・お客様にとっての意味・価値は、
      顧客・お客様の問題解決、突き詰めて考えれば、顧客にとっての価値を創造することにあ
      ります。

 

(5)そこで、

      ①「知識・情報・技術を相互作用的に用いる能力」

      ②「多様な集団で行動する能力」

      ③「自律的に行動する能力」

     この現代社会の課題を解決する鍵となる3つの基本的能力は、顧客・お客様の問題解
     決、顧客にとっての価値を創造することを目指す仕事の場でこそ必要不可欠な能力といえ
     ます。

 

Q2:では、そのような能力をどのようにして身に着け、顧客の問題解決、顧客価値創造に
         貢献したらよいのでしょうか。

A:

(1)大いに学んで、成長する以外にありません。「仕事で人は成長する」という高井先生のお
      教えをよくかみしめ、顧客の問題解決、顧客価値創造のために、学び続ける以外にありま
      せん。

 

(2)例えば、私が、37年前に創業した開倫塾という学習塾では、顧客を塾生、保護者、地域
      社会と定義し、学校での成績向上と希望校入試合格のために学校で不足する教育を補
      う、徹底的に補うことを目指しております。

 

(3)その業務の第一は、授業による基本的な学習項目の「理解」(ああこれはこういうことな
      のかと、納得して腑に落ちる、よくわかること)です。

 

(4)開倫塾では、この授業における理解のために、毎回の授業の前には「授業の設計」を行
      い、その内容を授業の設計図「レッスンプラン」に書き込み、授業中に気付いたこと、授業
      後に授業を振り返り、反省して改善すべきと考えたことを、詳細にメモをし続けることを20年
      前から奨励しています。

 

(5)内容が練り上げられたわかりやすい授業は、塾生の理解の促進に極めて効果的です。
      顧客である塾生の「ここがよくわからない」という問題解決、顧客価値創造に直結します。

 

(6)このようにして作り上げたレッスンプランは、一人一人の先生にとっての「成長の記録」と
      いえます。

 

Q3:このほかに「授業における理解」を促進する取り組み、先生として「仕事で人は成長す
         る」取組みはありますか。

A:

 (1)開倫塾では、自分にとっての「教え方日本一」を目指すよう、すべての先生方に奨励して
       います。

 

(2)教育改革は、自分なりの教え方を工夫し、教え方日本一を目指す先生方が授業で熱心
      に教えることで成し遂げることができると考えます。

 

(3)この考えのもとに、開倫塾では、毎年5月の最終日曜日に、本社所在地であり、また、日
      本最古の学校、足利学校のある栃木県足利市において「全国模擬授業大会」を開催して
      います。「チョーク一本で教育改革を」を合言葉に、毎年、教え方日本一の先生と、教え方
      日本一の団体を選出し、表彰をさせていただいております。

 

(4)ちなみに、本年度「第11回全国模擬授業大会」は、5月29日(日)に足利工業大学付属
      高校をお借りし、午前10時から午後5時まで開催。

      本年は、北海道から京都までの52名の腕に覚えのある先生方が出場し、36名の審査員
      と50余名の学生ボランティア審査員が審査に当たります。

      英語・数学・国語・社会・理科の各教科で15分ずつ授業をし、教科ごとの予選を経て、各
      教科の優勝者5名が決勝戦に臨みます。

      サイドイベントとして、各教科をすべて英語で授業する模擬授業大会も開催。今後、日本
      でも必要な英語による教科指導を奨励しています。

 

(5)この全国模擬授業大会は、年々参加者が増え、本年度は500名を超えると予想されてい
      ます。また、全国各地でも同様の大会が開催され、本大会の審査委員長をお願いしている
      小川先生が塾長をお務めの愛知県野田塾では、6年前から「全国模擬授業大会IN名古
      屋」を盛大に開催。全国各地から参加者を得ております。

      この「全国模擬授業大会」は、学習塾の先生のみならず、予備校、私立学校、大学、短
      大、専門学校の先生方にも少しずつですが知られ、留学生や公立学校の先生方にも参加
      いただくようになりました。

 

(6)授業の前に、レッスンプランに従って、一人で、また、同僚や先輩の先生方の前で行う模
      擬授業も、先生としての力量向上、先生としての成長に役立ちます。同時に、全国的な規
      模で、「教え方日本一を目指す」という同じ志を持つ先生方が集い、励まし合う「全国模擬
      授業大会」のような試みは、先生としての成長にとって最も役に立つ取り組みの一つと考え
      ます。

 

Q4:学習塾以外で、「仕事で人は成長する」取り組みはありますか。

A:

(1)現在、顧問を仰せつかり、2004年から2010年まで社外取締役を務めた、栃木県宇都宮
      市に本社があり、ハノイとヤンゴン、ビエンチャンに現地法人のある、精密機械工業・手術
      用縫合針製造のマニー株式会社(東証一部)では、「世界一の製品を世界のスミズミに」を
      合言葉に、毎年、主力製品ごとに果たしてこの製品は世界一かどうかを徹底的に調査し、
      判定する「世界一か否か(いなか)会議」を開催しています。

 

(2)また、幹部社員の多くは、海外の現地法人の経営責任者として勤務の経験、「修羅場体
      験」をされています。

 

Q5:最後に一言どうぞ。

A:

   福沢諭吉先生の「学問のすすめ」では、身分や貧富の差がつくのは学問をしたかどうかに
   よるとの議論がありましたが、今日の社会では、顧客の問題解決、顧客価値創造をすること
   でお客様のお役に立つためには、仕事に必要なことを、その分野で最も熱心に学べる場で
   学び、成長する以外にない、「仕事で人は成長する」ことが肝要と考えます。

 

2016年5月25日7時18分

 

開倫塾のホームページ(www.kairin.co.jp)に林明夫のページがあります。

毎週、数回更新中です。

お時間のあるときに、是非、御高覧ください。

 

 

この記事にコメントをする
20160520コラージュ2.jpg

右から時計回りに
2016年5月4日(水)13:03西早稲田1にて鈴蘭を撮影 花言葉:「再び幸せが訪れる」
2016年5月3日(火)8:14中目黒公園にてカーネーションを撮影 花言葉:「無垢で深い愛」
2016年5月3日(火)8:08中目黒公園にて昼咲月見草を撮影 花言葉:「無言の愛、自由な心」

 

 

第4回 注目すべきキャリア権(中)
(2008年1月28日転載) 

 

 

法政大学諏訪康雄教授が提唱されるキャリア権の概念が、前回紹介したように社会的にも法的にも急速に認知されてきている背景には、仕事に対する意識の変化がある。つまり以前は、とにかく就職すること・職業に就くこと自体が資産であると考える傾向が強かったが、現在では、自らが興味や関心をもって本気で取り組むことができる、即ち自己実現できる分野でのキャリア形成を目指し、人材としての価値をより高めようとする意欲が強くなってきている。ソフト化の時代には、組織内雇用そのものへの固執より個々人自身のキャリア展開が志向される傾向が強まるのである。

 

こうした変化は、企業にも社会全体にも成果主義的な評価が定着し、組織の中にあっても「個」としての能力が問われる時代になったことの反映である。どの世界での成果を上げて競争を勝ち抜くには非常な努力が必要となるが、「志」に支えられたパッションとも言えるような強い気持ちがなければ努力を継続して仕事をやり抜くことはできない。そしてこのパッションは、仕事への興味や関心や使命感等の内面にこそ支えられるものなのである。

 

人脈一覧表で内実探る

職業の選択にあたって、興味や関心を持てるか否かという基準が重視されるようになったことに伴い、キャリア権が一段とクローズアップされていくことは間違いない。仕事へのモチベーションが短距離走のエンジンであるとすれば、キャリアは長距離走のエンジンなのである。

 

日本のプロ野球選手のメジャーリーグ(MLB)への進出が顕著である。プロフェッショナルとしてのパッション、モチベーション、自己実現欲求からみても当然であり、日本のプロ野球界が選手のキャリア形成というものを軽視してきた結果とも言える。プロフェッショナル度が高い職業ほど、キャリア権は使用者のコントロールの枠組みをたやすく超えていく。併せて、本人のキャリア形成に関する客観的なアドバイザー機能が一層求められることになる。

 

例えばMLBの例で言うと、球団と選手との契約交渉には選手の代理人が必ず登場して、選手のキャリアアップをサポートする。松井秀喜や松坂大輔らの代理人は、本人の能力やチームへの貢献可能性を把握しMLB球団と条件交渉しつつ、彼らの語学習得や子ども教育への配慮までするという。これからは、日本のプロ野球のみならず日本の企業においても、MLBでの選手の例のようなキャリアのサポーター・アドバイザーの存在が必要になってくる。

 

また、キャリア権は企業における全ての労働関係の事象において展開されるべき基本的な論理である。諏訪先生が論文等で判例理論にも言及されながらキャリア権との関連性を解説されているのは「就労請求権」「配置・配置転換・出向・転籍」「年次有給休暇」等であるが、もちろんこれらにとどまらない。労働関係の基本的項目だけに限っても、(1)採用、(2)評価、(3)人事異動、(4)解雇等の局面でも問題となり得る。

 

(1)採用について

「採用」においては、①採用内定取消、②試用解約、③採用差別禁止等がキャリア権の問題と関連するが、ここでは採用の端緒である応募者からの提出書類に着目してみる。

 

日本の企業では、新卒採用と中途採用を問わず応募者に履歴書の提出のみ求めるのが通例であったが、近時では中途採用の場合には履歴書のほかに職務経歴書も提出させるのが普通になっている。職業キャリアを意識しての現象であり、職務経歴書の内容が採用・不採用を決するほどの重要な役割を担いつつある。そして職務経歴書にとどまらず、「人脈一覧表」の提出を求める企業もある。この試みは、経歴の中で「どのような人と交流・協働しながら、どのような価値貢献を果たし、結果としてどのような人の信頼を得たか」ということの重要性を意識するのみならず、応募者の職務経歴の真実性を探索する意味もある。要するに本人の単なる履歴ではなく、内実としての職務歴を承知しなければ、応募者の業績・人柄への信頼性の有無を正しく判断できない。採用内定取消等について詳述する紙幅はないが、それらはまさにキャリア権と直接にかかわりを持つものである。

 

「首切り」による断絶

 

(2)評価について

人事労務の基礎的概念である「評価の公正さ」如何は、キャリア権の侵害の有無という観点から判断されるべきである。

 

この点に関する海外の具体的事例として仄聞したのは、1980年代の西ドイツ(当時)の例である。従業員が円満退職で転職する際にはその者の職務経歴について、「どのよな仕事に就き、成績はどうであったか」等の証明書を元の企業が本人に交付し、次の企業では同じ職種でのキャリアが同様に認められる制度を国が保証していたという。次のキャリアを求めての転職が珍しくなくなっているわが国でも、こうした制度は検討に値するであろう。

 

その他の「評価」についても、キャリア権が機能している場面が数多くある。

 

(3)人事異動について

人事異動権の濫用について、現在の判例も学説も企業の業務上の必要性を判断する際に労働者の家庭事情等を斟酌するというパターンが定着している。しかしそれはあまりに矮小な世界である。人事異動権についても、労働者のキャリア権との対比において業務上の必要性の有無をまず論じるべきであるというのは、極めて正当な理論である。

 

米国等諸外国の例であるが、社内の空きポストが出ると、まずは社内で公示して社内からの希望者を募集することを企業側に義務付ける制度が確立しているという。これはキャリア権の発露の一場面として、わが国でも即実行可能なシステムであろう。この場合、本人の自己責任がキャリアアップの基本であるが、本人の希望を人事部門に自己申告させ、空き席の有無および人事部による適性判断でこれに応え得る人材と評価できる場合には、まさに自己実現への第一歩に近付くことになる。

 

(4)解雇について

解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」(労基法18条の2)は権利の濫用として無効になることも、キャリア権が大きく機能する事象であるといってよい。

 

日本人は解雇されることを「首を切られる」と慣用的に表現する。労働者にとって労働契約の解消がまさに「死」に値するという意味が込められているのだろう。そしてこれをキャリアの観点からみると、解雇によって本人のキャリアが今まで生きてきた組織内で断絶・中断されることはまさにキャリア発展を決定的に阻害する行為であり、実態を的確に示す表現であると言える。かくして組織を離脱することが「首切り」=キャリア断絶にならないような社会的仕組み作りが必要とされている。

 

 

この記事にコメントをする
2016.5.10コラージュ04.jpg

2016年5月3日(火)8時過ぎに中目黒公園にて撮影 上から時計回りに
椿 花言葉:「完全なる美しさ、至上の愛らしさ」
薔薇 花言葉:「嫉妬、友情」
ネモフィラ 花言葉:「どこでも成功」 アルメリア 花言葉:「思いやり」




第3回 注目すべきキャリア権(上)
(2008年1月21日転載) 

 


「知識労働者にとって仕事は生き甲斐である」(P・F・ドラッカー著『ネクスト・ソサエティ』)―この至言ほど、企業とそこで働く人びとに仕事の意味を示し、共感を得る言葉はないであろう。そして、このテーマを法的に説き起こしているとも言えるのが、「キャリア権」概念なのである。

 

キャリア(career)権は、労使関係論・雇用関係論はもちろん労働法学をも新たに基礎づける概念として、法政大学諏訪康雄先生が10年ほど前から構想されている画期的な権利概念である。現代では職業キャリアこそが働く者にとっての「資産」であるという視点から、キャリア権とは、職業をめぐる人間の自己実現の権利であり、「働く人びとが自分なりに職業生活を準備し、開始、展開することを基礎づける権利」であると定義されている(諏訪康雄「キャリア権の構想をめぐる一試論」日本労働研究雑誌468号<1999年>、「キャリア権は何をどう変えるか」同544号<05年>等参照)。

 

諏訪教授によれば、この権利は、理念としては憲法に根拠を求めることができるという。まずは憲法13条(幸福追求権)が最も根本的な基礎となり、さらには、22条1項(職業選択の自由)、25条(生存権)、26条(教育を受ける権利・学習権)、27条1項(勤労の権利と義務)等が根拠になるという。

 

素晴らしい着想と評価

実定法上も判例上も未だキャリア権という文言は登場しないものの、雇用対策法3条、職業能力開発促進法2条4号、男女雇用機会均等法2条、労働者派遣法25条等々では、キャリア権を念頭に置いた「職業生活」「職業生活設計」等の文言が用いられ、次第に具体的内容あるものとして展開されつつあるという。また、教育基本法3条、学校教育法21条10号等も職業キャリアを十分に意識した規定であるといえよう。

 

人事労務問題専門の弁護士として45年以上の経験を持つ私にとり、コロンブスの卵とでも言おうか、このいたってシンプルかつ明快なキャリア権概念には目から鱗が落ちる思いがした。

 

かつて、私は拙著「人事権の法的展開」(1987年有斐閣出版サービス刊)において、企業と労働者との労働契約関係を法律的に構成するには“組織法的な視点”が不可欠であるという理論を展開して人事権を構想した。これは当時は理解されにくかったかもしれないが、近年次第に認知されつつあると言ってもよいだろう。例えば、菅野和夫先生は「労働法(第7版補正2版)」66頁で、「労働契約による労働は企業という事業遂行の組織体の中で行われるので、使用者による労働者の組織的管理(いわゆる労務管理)が行われる。すなわち、使用者は、事業の効率的遂行のために労働の組織を編成し、そのなかに労働者を位置づけてその役割を定め、さらに労働の能力・意欲・能率を高めて組織を活性化するための諸種の施策を行う。これが、いわゆる人事権の中心的内容である」とし、組織法的視点の意義を説かれている。

 

キャリア権は、こうした構想に匹敵あるいは凌駕する素晴らしい着想であると評価し得る。総人口も労働力人口も既に減少局面に突入しているわが国においては、労働生産性を向上させることが喫緊の重大テーマである。企業における人事労務は、成果主義を前提としたうえで、改めて「集団主義」の意義を認め、連帯してチームワークで仕事をする利点を見直す必要に迫られている。個々の労働者の能力も組織としての業績も、相互に高め合いながら向上するためには、「組織法的理論」と「キャリア権」という2つの概念が共に必要不可欠となる。

 

思えば、私がキャリア権に直感的ともいえる大いなる納得感を抱いた遠因は、少年時代に読んだリンカーン伝にあるかもしれない。彼は大統領に選出されたとき、人事の推薦をしてきた者に向かって「あなたが推す人は卑しい顔をしているから登用できない」と極めて明快に回答したという。リンカーンは「責任ある仕事を為し遂げた経験は、必ずその人の容貌に表れる」と喝破し、“仕事が人を作る”という事実を端的に示した。

 

キャリア権概念は、仕事で得た経験知こそが、単なる財産に留まらず人格的な「資産」・法的保護に値する「資産」として評価されるべきであるとするが、この点こそが企業がキャリア権を意識しなければならない第一の理由であるといってよい。

 

諏訪先生に直接お会いしてキャリア権についてご教授賜り、私はそれまで自分が執筆等で展開してきた考え方への明解な理論付けを与えていただいたと感じ、得心がいった。

 

従属労働からの脱却

パスカルの言葉「人間は考える葦である」が名言として残っているのは、独創的に「新しく考えること」が非常に難しいからでもある。フットワークからヘッドワーク、そしてハートワークへと移行していく現代社会の状況をみるにつけ、単なる考える葦ではなく、それこそキャリア権という抽象的な概念ではあるが、それを認定して、様ざまな形で労働関係の規律を構想すべきであるという指摘は極めて優れたものである。

 

ところが、労働法学者は諏訪先生のこの素晴らしい着想に対し反応が鈍いというのが実情であるという。最近では幾人かの学者はこれに着目するようになったと伝えられるが、労働法学者の本流が、労働関係の根本的な価値であるキャリア権を無視あるいは冷笑し続けることは遺憾である。小生は、諏訪先生ご提唱のキャリア権の定立のために、ささやかなお手伝いをしたい。それは労働者の権利概念という小さな枠を超えて、日本の産業社会の発展に資するものと確信するがゆえである。

 

キャリア権が学会で注目されていないことは、使用者がキャリア権を忌み嫌う所以をともなっている。しかし、労働者の自立性を確立し、従属労働からの解放を目指すという労働法の根本理念の実現のためには、このキャリア権概念を認知していくことこそが、実は全勤労者のあるべき姿を実現する手法であり、そして、全勤労者の自立を促すことこそが、産業社会の生産性を高め、企業が社会的な役割を一層果たすことにつながるのである。キャリア権のこうした機能に着目すれば、使用者がキャリア権を積極的に肯定する努力をしてこそ初めて、日本の産業社会は新しい時代を迎えることができると言えるのである。

 

 

この記事にコメントをする
IMG_1572.JPG

2016年4月9日(土)12:19 長野県松本市島内にて野沢菜を撮影
花言葉:「活発、快活」




第9回 勉強
(2015年9月28日より転載)

 

戦後の日本の教育の最大の欠陥は、教える立場にある教員に対して、教え方を専門的に教授していないことにあると思う。教え方を知らない教員は、児童・生徒・学生に学び方を教えることができないために、児童らは学び方・勉強の仕方を知らないまま長じてしまう。このように日本の社会全体が勉強の仕方を真に学んでいないことが、日本人の進歩を停滞させている根本原因ではないだろうか。

 

折しも、日本の高校生は米国・中国・韓国と比べて自己評価が著しく低いという調査結果が報道され、非常に気になった(国立青少年教育振興機構・8月28日発表)。高校生の生活の中心は学業であることを考えれば、勉強をやり抜いたという実感と自信が持てない者が多いことが、自己肯定感が低い大きな要因であると思う。

 

私の経験でいうと、豊かな人生を送り、仕事でも賞味期限切れにならず第一線で活躍し続けている人は、とにかく勉強家である。もし勉強法を身に付けていなければ、学生も社会人もどのように勉強してよいか分からず、成長は望めないだろう。

 

私が実践している勉強法は、まず自分でテーマを定め、そのテーマに関する事項を徹底的に調べ上げ、考え、疑問点をつぶし、重要なキーワードを収集することから始める。そのうえで、多くの資料をもとに自分自身の思考をめぐらせ、独創的な発想を構築するのである。つまり、大部の資料郡から自分の感性・理解・判断に照らして良いと思う要素をすくい取って真似てみて(真似ぶ=学ぶ)、最終的には、手垢の付いていない斬新な独自の思考と表現を確定するために、何度も推敲を重ねて文章化する。この過程でいつも感じるのは、勉強とは自分を磨き自己革新を図り続けることにほかならないということである。

 

弁護士の場合、依頼者の利益を実現するためには、相手方の弁護士を凌駕する勉強を必死でこなさなければならない。加えて近年では、裁判例のデータベースはおろか、大きな事件では人工知能の強力な情報処理能力が証拠の探索等にフルに活用されることも珍しくなくなっているから、勉強の質も常にブラッシュアップする必要がある。

 

勉強の本質は、自分で考え抜いて理解し、トレーニングを重ねて知識・知恵を身に付けることだが、勉強法も内容も時代とともに変容を遂げるのは当然である。あらゆる仕事について常在戦場であるためには、時代の変化に即した勉強を続けなければならない。IT等の新しい知識や最新の社会の動向が分からなければ、進んで若い世代に教えを乞う謙虚な姿勢も重要になる。まさに下問を恥じず(『論語』公治長篇)の理念の実践である。

 

「我以外皆我師也」(我以外、皆、我が師なり)とは、『宮本武蔵』などで知られる作家吉川英治(1892-1962)の造語であるというが、こうした謙虚な心がけが勉強には大変重要であると思う。

 

私は、多種多様なテーマに関する自分の考えを文章化して論稿や書籍にまとめて発表することが、多少なりとも社会貢献につながると信じて、これを勉強の大きな目標としていた。勉強は怠け心との戦いでもある。どの様な仕事に就いても、自分なりの確固たる目標を定めてキャリアを向上させるべく勉強し続けることが、自分自身を日々新たにし社会に貢献する結果をもたらすことを、読者の皆さんに改めて強調したい。

 

 

この記事にコメントをする
IMG_1601.JPG

2016年4月9日(土)14:19 初狩PAにてシャガを撮影
花言葉:「反抗、友人が多い」



株式会社開倫塾
代表取締役 林 明夫

 

「数少ない統一ある刺激は、数多い散漫な刺激に勝る」

 

1.(1)「企業は、原則、倒産。昨日のように今日があり、今日のように明日があると考える企
         業に、明後日は来ない。」

    (2)この「企業は原則倒産」の高井先生のお教えに、勝るとも劣らないほど重要な高井先
         生のお教えが、「数少ない統一ある刺激は、数多い散漫な刺激に勝る」のお教えだ。

 

2.(1)企業を取り巻く経営環境は、毎日毎日、目まぐるしく激しく動き続ける。

    (2)テロや、原油価格の変動、株式相場や為替相場の変動に加え、熊本や大分の大地
         震のような大きな自然災害に見舞われることも多い。

    (3)ほぼ完璧と思われていた自社の生産・販売体制も、製品の開発段階での検査担当者
         の手抜きでリコールや販売中止に襲われる。

    (4)海外での営業担当者の同業他社との談合は、場合によっては100億円単位での課徴
         金で、会社全体の経常利益を吹き飛ばし赤字転落させる。担当者や監督責任者は数年
         間収監され、人生に汚点を残すと同時に、企業イメージを著しく失墜させるに至る。

 

3.(1)今やらねばならないことを明確に決定し、優先順位を明確につけながら粛々と行動し
         続けるのが、経営最高責任者の役割だ。

    (2)この時に大切なのは、目の前に生起する様々な経営課題にいちいち反応し、その場
         の思い付きで様々な指示命令を出し続けないことだ。

    (3)明確な方針を決定し、関係する誰もが耳にした瞬間に理解できる物事の本質をわか
         りやすい表現で「ズバッ」と示すことだ。

 

4.(1)あれもこれもと、次から次へと目まぐるしく出される指示ほど、現場を混乱させ、社員
         や経営幹部のやる気を阻害するものはない。トップの混乱が、売り上げ阻害要因にもな
         りかねない。

    (2)これが「数少ない統一ある刺激は、数多い散漫な刺激に勝る」という高井先生のお教
         えの経営戦略的な意味だと私は考える。

    (3)では、この「数少ない統一ある刺激」はどのように生み出せばよいのか。経営者として
         の感性をどのように練磨したらよいのか。

 

5.(1)高井先生ほど、新しく生じるありとあらゆることへの強い関心をお持ちの方はいない。
        高井先生にお会いするたびに聞かれるのは、「何か新しいことはないかね、新しいニュー
        スはないかね」というご質問だ。参考になると思ったことは、いちいち確認を取りながら、
        その場でメモをなさる。

    (2)同時に、高井先生ほど、一度これと決めた評価の基準に基づき物事を判断なさる方
         はいない。景況の判断をするには人の動きがどうなっているかを知ることが重要で、その
         ために「タクシーの乗車率」を毎月ご覧になっておられたのも高井先生だ。

    (3)新聞報道の基本に調査報道という手法があるが、高井先生の情報収集は新聞記者
         の調査報道そのものだ。真実は何かを自分の目で見、確かめ、物事の本質に迫る。メモ
         をし続け、データを収集し、その結論を一言で言い表す。これが「数少ない統一ある刺
         激」を生み出す源泉だ。

 

6.(1)高井先生ほど、美しいものをこよなく愛する方はいない。

    (2)絵画、植物、小説、エッセイなどの美しい芸術作品、自然、文学作品は、感性を豊か
         にし、言語を研ぎ澄ます。

    (3)特に、歴史小説や、日本や中国の古典を読み、親しむことは「数少ない統一ある刺
         激」を生み出すのに不可欠だ。

 

7.(1)最後に、「あれもこれも」の「数多い散漫な刺激」を出し続けることに陥ることなく、物
         事に優先順位をつけるのに最も役に立つのが、高井先生おすすめの「想定問答集」だ。

   (2)ありとあらゆる場合を想定し、最悪の事態に備えるときに最も役に立つのが「想定問
        答集」で、この作成は、法律の実務家だけではなく、経営者の基本動作でもある。

   (3)私は、慶應義塾大学法学部法律学科2年生の時に、法思想史のゼミで、当時学部長
        をしていた峯村光郎先生から「法律を学ぶ法学徒は、いつも最悪の場合を予想して行動
        するように」と言われ続けた。

   (4)弁護士をしながら司法試験の受験生を森圭司というペンネームで指導していた弟の故
        林俊夫も、いつも詳細極まる想定問答集を作成していたことを思い出す。

   (5)この想定問答集こそが、高井先生が教えてくださった「数少ない統一ある刺激」を生み
        出すのに最も役に立つものの一つかもしれない。

 

以上、ご参考まで。

 

2016年4月26日(火)香港で記す

 

開倫塾のホームページ(www.kairin.co.jp)に林明夫のページがあります。

毎週、数回更新中です。

お時間のあるときに、是非、御高覧ください。


 

 

 

この記事にコメントをする
IMG_1587.JPG

2016年4月9日(土)14:19 長野県旧開智学校にて桜を撮影


 


第2回 格差問題の根本原因(下)
(2007年9月24日転載)


 

 

矛盾・軋轢を乗越えて

前号で指摘したとおり、自由主義社会はもち論およそどのような社会であっても、程度の差こそあれ「格差」は必ず存在する。そして、企業内における格差は、人の集団=組織につきものである矛盾・軋轢・相克・葛藤等を生み出す大きな要因となる。企業経営にとっては、これら“きしみ”を乗り越えて、いかに従業員全体に一体感を醸成し、企業理念・事業目的の実現に邁進する態勢を築くかが、人事労務上はもち論経営の最大のテーマであると言ってよい。それゆえ、企業は内なる「格差問題」に十分に意を用い、企業活力を削ぐような分裂を回避するシステムを構築しなければならないのである。

 

そこで、個々の「格差」の存在を前提とした上で、企業が活力を持ち続ける方策を探っていきたい。

 

企業組織の一体化を図るには、①「競争的解決」と②「協調的解決」という2つの対照的な選択肢がある。従来の日本企業の人事労務は、協調的解決を旨としてきた。その行き過ぎた現象が、年功序列主義やいわゆる護送船団方式である。これらは「協調」を重視する余り、競争を阻むこと自体をも目的化してしまい、組織に“ぬるま湯”状態を作り、日本社会の衰退の根本原因ともなった。その反動として、90年代半ば頃から、成果主義に代表される「競争的解決」が企業に導入されるようになった。成果主義は、個としての従業員らに仕事の成果を競わせ、積極的に格差をつけることで組織を活性化し、一体化を進めようとした。

 

しかし、企業活動には、従業員らが統一的意思のもとに団結して勝ち抜くことが必須であって、これは競争的解決である成果主義と必ずしも両立しない。組織が窮地に陥ったときに、「打って一丸となりこの難局を乗り切ろう!」と呼びかける経営者の言葉にこそ、企業の本質がある。つまり、「様ざまな対立の中で、肯定点を見出して前進し続けることが、新しい舞台に到達するための原点である」としたヘーゲルの言葉のように、競争的解決をとっても、結局は協調的解決を図らなければならないのだ。協調的解決を旨とした人事労務が破綻した今日、これからは競争的解決をも期さなければならないことは時代の必然であるとしても、双方の両立を目指す仕組みを実現しなければならない点に、特別の難しさがある。

 

その見直しのヒントは、日本の社会でかねて意識され発展してきた「どう道」の精神にあるように思う。武士道、柔道、剣道、華道、茶道等々に倣い、物事の在り方の本道を追究する姿勢を、企業における全ての分野に確立していくのである。この「どう道」という発想は、同質的かつ協調的な「和」を尊ぶ社会・組織に身を置きながらも、人間の成長の根源である「向上心」を存分に発揮させるための装置であると言える。そこには、同調性の中で道を究めるために技と精神性を磨き、他社とも競い切磋琢磨する姿がある。「どう道」とは、言わば「協調」と「競争」とが高次元で結ばれ一体となった世界である。そしてこの考え方は、競争的解決を旨とする現代社会でも十分通用するのである。企業においては、確固たる企業理念こそが、競争と協調を両立させる触媒となるであろう。

 

教育行政の無策が響く

さらに、いかなる職種・企業であれ、従業員各人に仕事に対する「誇り」と「志」を確立させなければならない。かつての日本人は、どのような職種に従事しようとも、自分の役割を立派に果たすことで企業や社会が成り立っているという誇りを持ち、自己実現していた。最澄の「一隅を照らす、これ即ち国宝なり」という思想が、無意識のうちに人々の行動規範に取り込まれていたのである。ところが今は、「誇り」や「志」は失われ、仕事を遂行する態度にも「その場しのぎ」「事なかれ」「成り行き任せ」の姿勢が蔓延している。

 

フリーターやニートと呼ばれる層が増えたのは、仕事に対する誇りを教えずに放置したわが国の教育行政の無策の結果であるといってよい。幼少期から、「一隅を照らす」の思想を実践し、仕事に対する誇りを持たせることこそが教育の原点であり、そうした教育カリキュラムを実施することが、絶対的に必要なのである。

 

また、マニュアル経営やシステム経営に偏った日本の企業研修の方法では、矛盾発券能力はもち論、問題発見能力・問題解決能力・実行力がない人物ばかりが生まれる。これは、「どう道」のレベルとは程遠い。それぞれの従業員に誇りと志を育成するとともに、それぞれの独自性と総体としての企業文化を育成していかなければ格差問題は到底解決できないであろう。

 

個々の能力に応じて格差が生じるのは当然であることは、「公平・公正な評価」の重要性が一層高まることを意味する。「公平」とは企業内の秩序として適切であるということであり、「公正」とは社会的秩序において合理性を失わないということである。もし評価が正しく行われないのであれば、格差に対する怨嗟の念が生じて、従業員らはやる気・意欲を失うであろう。これまでの日本は、年齢や勤続年数という安易な基準を用いて納得感を得ようとしてきた。しかし、グローバル化が進み、知的労働の比重が高まるにつれて、年功序列的な基準は日本の発展を妨げる問題として認識されてきている。

 

では、評価の在り方を再分析し、公平かつ公正な評価システムを構築するためにはどうすればよいのか。それには、①まず評価は主観であると割り切り、客観的な評価など有り得ないということを明確に意識する。②そのうえで、その主観が恣意に亘らない公平・公正なものであるための方途を考える。主観から恣意性を排除し、判断の公平さ・公正さを担保するためには、司法制度が大いに参考になるだろう。ⅰ「法治主義」に倣い、「就業規則」等の規定類の内容を整備し、遵守する、ⅱ裁判の「合議制」に倣い、複数の人間が評価を行う制度にする、ⅲ裁判の「三審制」に倣い、不服申し立ての制度を作る、ⅳ裁判の「公開原則」に倣い、評価の透明性を確保する。

 

こうした工夫によって公平・公正な評価が得られれば、格差があってもそれを納得して受け容れ、働き甲斐・生き甲斐を感じながら、より生き生きと働くことができるのである。また、評価を通じて仕事に対する誇りや自分の技能・技術に対する独自性や優位性を確立していくことは、個人の努力のみに依拠してはならない。企業内でも、キャリア教育を熱心に実践して、職業人としての誇りや、これを支える独自の企業文化を形成するために、仕事の上(on the job)で教え込む必要がある。企業経営に携わる者は、「教育」と「評価」に時間を割き、費用と手間を惜しまないことが従来以上に重大なテーマであるという意識を持つ必要がある。

 

競争的解決か協調的解決かということに始まり、職業に対する誇りと技能と技術を究める「どう道」の視点や、評価の問題、キャリア教育の重要性について述べてきたが、これらの精神を貫徹することを通じて、格差問題を克服できる方途が初めて緒につくことになるだろう。

 

この記事にコメントをする

IMG_1496.JPG

 

2016年3月27日(日)9:56 千葉県香取市佐原にてクリスマスローズを撮影
花言葉:「追憶、慰め」

 

 

 

第1回 格差問題の根本原因(上)
(2007年9月17日より転載) 

 

 

 

結婚の自由がある限り

ワーキングプアという新しい社会問題やこれまでは馴染みの薄かった「ジニ係数」なる専門用語がマスコミを賑わすなど、先進諸国のみならずわが国でも所得格差・教育格差・医療格差・情報格差・地域格差等をめぐる議論が盛んになってきた。その中には格差是正の必要性を強く唱える論調もあるが、格差とはそれほど忌避すべき現象なのか。今の議論は感情論に偏っていないか。そして、格差問題の本質とは何か。これらについて、小生なりの視点から2回にわたり問題提起を試みたい。

 

誤解を恐れずに言えば、結婚の自由がある限り、格差は絶対になくならないというのが小生の持論である。性の結合において絶対的選別(自由)を許容する社会では、格差は拡大するのみである。憲法24条1項は「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し」と定め、また民法の婚姻に関する規定もこの趣旨を前提とするものである。そして、これはおよそ現代国家の常識となっている。

 

しかし、結婚とは人間の社会的営みであると同時に、DNAの追求という生物学的な意味に本質があることは否定できない。したがって、優秀な者同士が結婚すれば優秀な子孫が生まれ、結婚と次世代の育成を通じて格差は拡大再生産されていく傾向がある。DNAの重要性は、競走馬や盲導犬等、特別な能力を求められる動物を見れば歴然としている。一夫一婦制の婚姻形式が確立した今日では、格差は必然的な現象であると言ってよいのである。生殖の相手を自由に選別できる限り、より質の高い相手を伴侶にしたいと願う人間の本能的な向上心と相俟って、格差の拡大は決定的となる。そして、その格差は、さらに次世代の教育格差等へとつながっていくのである。

 

結婚問題に加えてさらに身分関係における格差を拡大させるのは、相続問題である。相続によって親から受け継ぐ資産の有無で格差が生じる法律制度は、格差を当然視しなければならない基盤であろう。相続税率を高くすれば格差はある程度緩和されるかもしれないが、それでは努力して財産を築こうとする人間のやる気を失わせ、チャレンジ精神を減退させることに気を配る必要がある。

 

拡大しつつある能力差

結婚と相続が格差を生み出す社会的仕組みであることに加えて、格差を増幅させていく根本原因は、人間としての自立心・向上心の有無に他ならない。向上心には競争心が内在するものであるから、この自立心・向上心を目的に向かって強く発揮する者のみが困難を乗り越えて成功を勝ち獲る。格差拡大はもはや紛れもない事実であり、自由主義社会における必然である。格差問題は、是非論ではなくこうした事実認識から始めなければならない。そのうえで国として企業として個々人として、どのような対策を講じるべきか十分に検討することが必要なのである。

 

格差現象は何も今突然に始まったことではない。人間の文明は、「フットワーク」(足)から「ヘッドワーク」(頭脳)へ、そして更に「ハートワーク」(心)へという過程を辿ってきており、この価値基準の変遷は、まさに個々人の能力差や資質の格差を拡大させる方向での移行であると言える。人間の機能の中では、その進化の前身であった動物としての”四本足の時代”から備わる原始的機能=「足腰」が最もよく発達しており、その次は前足が進化した「手」、その次は直立することによって発達した「頭脳」である。

 

こうした発達の順序から見て、「頭脳」は強靭さという点において他の機能と比べて未熟で、発達の伸びしろが大きい機能であると言える。そうであるがゆえに、頭脳が未熟でない者と未熟である者の格差は、「足腰」や「手」の使い方レベルとは比較できないほど甚大になるのである。これが「心」のレベルとなれば、心は頭脳以上に未発達であるがゆえに、もたらされる格差は測り知れず、心の時代・ハートの時代になってくると、人間の格差はいよいよ如何ともし難いほど拡大する。

 

上質な人との上質でない人との差は量的な格差ではなく、まさに、”神に近い存在”と”動物的な存在”との違いとも言うべき”質的格差”として意識されるからである。格差は人間の向上心の産物であるがゆえに不可避であり、これはハートワークの時代になればなおさらのことであって、より神に近い存在が尊ばれ、またそれが社会的に尊敬され、人間の高尚さへの憧れは限りないものになっていく。そして、経済的な格差も、人間としての高尚さによって一層増幅されるようになるであろう。

 

現在は主にヘッドワークの時代であり「頭脳」の働きという価値基準によって格差が生じているが、来るべきハートの時代には、上質な個人・企業等がますます尊ばれ、そこに富が集中することになるからである。こうした厳しい現実を踏まえて、個人も個別企業も、独自性と独創性を以って成長していかなければならないが、これはまさにハート(良心・善意・成長への意欲)の機能をいかに発揮するかにかかっている。

 

自分を見限り絶望感も

今後も格差は拡大し続ける。それはハート・心のレベルの違いは各人間で極めて著しいからである。その格差に打ちひしがれて希望を持てなくなり、自分を見限り絶望感を抱く者すらいる。そうなると人間としての存在意義も失いかねない事態となり、ここに国としての「底上げ策」が必要となってくる。格差を是認せざるを得ない中において、格差社会から取り残される者にチャレンジ精神を植え付けるのが底上げ策である。教育機会の平等、税制改定、セーフティネットの整備等々各分野で底上げ政策が求められるが、それらは格差の縮小にある程度寄与しても、格差拡大の潮流を解消することはできない。底上げ策は、格差の底打ちを可能にする道を模索して、”底なし沼”に陥らせないための保全の手続きであり、成長の意欲を喚起するものでなければならない。

 

豊かで魅力的な国とは

その意味で、格差の真の底上げ策は、新しいフィールドを絶えず構築する以外にない。新しい分野・地域・テリトリーを打ち立てて、そこで活躍する場を与えるのである。日本には「土俵を変える」という言葉がある。土俵とは自分が拠って立つ場所であり、稼ぐ場所でもある。今の土俵でうまくいかなければ、別の土俵へ行ってみよう。競争の少ない土俵を探してみよう、自分で土俵を作ってみよう、左脳ではなく右脳の活かせる土俵、ルールの違う土俵、自分を必要としている土俵を見つけよう等々、土俵を変える方法が多い国ほど豊かで魅力的な国と言えまいか。

 

既存の社会では、格差はどうしても固定してしまう。ここに実は、グローバル化の波に乗って、日本が世界に羽ばたかなければならない所以がある。国が世界の地理的・経済的状況を眼下に納め、日本国内では上昇できず格差に喘いでいる人たちに新天地での経済的成長と精神的成長を求めさせ、希望を抱かせる施策を取ることこそが、確実な底上げ策につながると言えるだろう。

 

 

この記事にコメントをする
IMG_1562 (修正済み).jpg

2016年4月3日(日)18:43 港区赤坂1桜坂にて撮影
花言葉:「純潔、優れた美人」

 

 

 

第8回 専門的職業人
(2015年8月24日より転載) 


このところの憲法9条と安保法制をめぐる議論に接し、自分が初めて憲法を学んだ学生時代に思いをはせた。私は1956年に東京大学に入学し、法学部の学生として宮沢俊義先生の講義を受けた。その後は試験勉強以外に深く学んだことがないから、憲法について解説する能力はない。どの分野でも、専門的に研鑽を重ね思索を深めた人の見解に敬意を表するべきであり、素人が我見を通すのは極めて危険なことである。

 

今年7月発行の東大法学部「NEWS LETTER」№16の巻頭言では、東京大空襲直後の1945年4月1日、当時の学部長南原繁先生が新入生に与えた訓示が紹介されており、胸を打つ。そこには、厳しい状況に置かれても信念を貫く専門職の矜持がみえる。すなわち、「政治・法律にはそれぞれ固有の科学的真理が横たわるのである。それを無視し、あるいは軽視して事を行うときに、いつかは真理自身によって報復される日が来るであろう。…政治・法律のそれぞれの専門の科学的真理の探究に冷静に従事せんことを、まず勧告するものである」。

 

professionalという語は、宗教に入信する際の宣誓を意味するprofessに由来するという。中世ヨーロッパに存在した唯一のprofessional=専門職は聖職者であり、彼らは学者、法律家、医者でもあった。当時のprofessionalの仕事の根底には、次の3つの基準があったという。①正式な技術的訓練とその訓練を裏付ける認定制度があり、訓練を通じて特有の文化を継承している、②専門的技能を身に付けている、③専門的仕事が社会的に責任のある用いられ方をし、かつ専門職に就く者が倫理的に仕事をすることを保証する団体機関がある(参考=ジョアン・キウーラ著『仕事の裏切り~なぜ、私たちは働くのか~』翔泳社)。

 

「餅は餅屋」の言葉どおり、物事にはそれぞれ専門家があり、素人はその技量にはかなわない。まして知の時代ともいえる現代は、科学技術が飛躍的に高度化し、ITは利便性の向上と同時に複雑化し、経済・文化・技術等のグローバル化が急展開している。国や民間企業での施策の立案・実行の場面でも科学的知見と根拠が必要となり、求められる専門的知識の量も質も格段に高まった。ここにこそ、現代における専門職の重要性を謙虚に再認識すべき所以がある。

 

専門的職業人としての責任を果たすには、訓練を重ねて高度な技量を身に付け、常に新しい知識や情報を習得し、顧客を満足させる結果を出さなければならない。賞味期限切れの能力では好結果を出せるはずもなく、常に勉強をし続けなければならない宿命を背負っている。かのマックス・ヴェーバーは、「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である」(『職業としての政治』岩波文庫)と述べ、専門職が知識や技能の以前に備えるべき人間性の問題を指摘した。

 

専門職の端くれとして私が心掛けてきたのは、知識と技能の研鑽はもとより、鳥の眼=俯瞰、虫の眼=細部の探究、魚の眼=全体の流れの把握、を適宜発揮することである。そして、心眼(しんがん)こそが求められると肝に銘じてきた。心の眼を大きく見開き、「夢・愛・誠」「真・善・美」「道義・道理・道徳」「良心・私心・邪心」の基準のもと自律的に任務を果たしてこそ、信頼される真の専門職なのである。

 

 

この記事にコメントをする

コラージュ06.jpg

 

上から時計回りに
2016年3月12日(土)7:02 青葉台1にてマメザクラを撮影 花言葉:「優れた美人」
2016年3月12日(土)7:59 飯田橋2にて木蓮を撮影 花言葉:「自然への愛、崇高」
2016年3月22日(火)7:58 中目黒公園にてイチハツを撮影 花言葉:「知恵、つきあい上手」


 

 

第7回 団体交渉
(2015年7月27日より転載) 

 

弁護士になって50年余、依頼者に満足してもらえる結果を出すため、私は寝食を忘れてがむしゃらに勉強してきた。ただ、初めは本を読んでも分からないことばかりで、拙著『人事権の法的展開』(有斐閣1987年)、『企業経営と労務管理』(第一法規1993年)などは、若いころの体験を念頭に、分からないことをいかに理解するかという探求のプロセスを書いたものでもある。あえて独自の境地を開拓したテーマを挙げるとすれば、「団体交渉」「リストラ」「精神障害の問題」の3分野だろう。

 

新人弁護士時代の1960年代は労働組合の争議活動が非常に盛んで、団体交渉、ストライキ、ピケ等、労使の激しい衝突の現場に私は常に身を置いた。団交を担当するようになった大きな契機は新人2年生の1964年、東映の京都太秦撮影所を担当した際、撮影所長だった故岡田茂氏(のちに社長・会長等歴任)が私の働きぶりをみて、米国の映画会社13社の使用者団体の弁護士に推してくださったことである。

 

最初は右も左も分からぬ状態だったが、厳しい団交の現場で身体を張り、机上の学問だけでは分からない要素を発見して体得した。現場での様ざまな言動から自分も含むすべての関係者の人間性を見極め、人間のあるべき資質としての「真・善・美」「夢・愛・誠」等々、人間のありようを見抜く眼力の重要性を肌で学んだのだ。それを通じ、苦しくとも労使の厳しい対立場面をびくつかずに乗り切り、成功体験を積み重ねて団体交渉はいつしか得意分野になった。

 

その過程で、『労働経済判例速報』に連載「団体交渉覚書」(1970年3月~72年11月・全15回)を書いた経験は、さらに自分の考えをまとめて依頼者に分かりやすく伝える力を養うことにつながり、この連載を読まれた長野県経営者協会専務理事故西原三郎氏が、思いがけず連載途中で『団体交渉の円滑な運営のための手引~交渉担当者の法律知識』(72年4月刊行)という小冊子にまとめてくださったのが、私の最初の著作といってよい。

 

団交権は、団結権および団体行動権と並ぶ憲法で保障された労働三権の一つであり、あるときは使用者と労働者の取引の場として、あるときは説得の場として機能する。つまり、労組は争議権を背景とする実力行使と使用者側の譲歩との取引きを試み、使用者側は争議権の回避に向け、労組の要求に対し一定の譲歩や説得を試みるのだ。「様ざまな対立のなかで肯定点を見出して前進し続けることが、新しい舞台に到達するための原点である」(ヘーゲルの哲学)とあるように、団交でも、競争的解決に限らず協調的解決による共存共栄をめざすことが重要である。立場こそ違うが労使は相容れぬ不倶戴天の敵ではない。包容力をもって接すれば、遺恨と執着は次第に薄れ、相手の気持ちも氷塊し諦念の境地に至るものである。

 

ところで、交渉担当を定めず多数の労働者(組合員)が交渉を行う大衆団交という方式がある。特に、労組側が健康被害による損害賠償を企業に求めるような案件では、加害者たる企業側は防戦一方になりがちだが、私が交渉の場に立った際は、それなりにイニシアチブを発揮した。これも多くの現場体験を重ねた結果であろう。

 

弁護士は社会正義のために働く存在である。無私の心で絶えず顧客のために一生懸命に対応することが、専門的職業人として社会に生き、社会正義に生きる証なのである。

 

 

この記事にコメントをする
IMG_1421.JPG

2016年3月13日(日)9:34 上野恩賜公園にて寒緋桜を撮影
花言葉:「あでやか、善行」

 

3月13日上野恩賜公園に散歩に行ったところ、寒緋桜が満開でした。
3月21日には私の事務所の近くの靖国神社で、例年より5日ほど早く桜の開花が確認され、
いよいよ春本番といったところでしょうか。
色とりどりの花を目にでき、日課の散歩が一段と楽しくなる季節です。 

 

 

株式会社開倫塾
代表取締役 林 明夫

 

「3分以内に話しをまとめるには」

 

Q:高井伸夫先生は「3分以内に話はまとめなさい」とご指導なさっておられるようですね。

A:はい。かんき出版から2008年9月1日に「3分以内に話はまとめなさい。できる人と思われ
    るために」という御著書まで、出版なさっておられるほどです。

高井先生は、当意即妙、卓話の名手で、どのような話題でも、ズバーと本質に迫りながらも、
    人間味にあふれるお話を、短く、文字通り3分以内におまとめになり、聞く人すべてに、感動
    を与えておられます。

 

Q:それでは、どうしたら話を3分以内にまとめることができると、林さんはお考えになり 
   ますか。

A:参議院議員で国際政治学者の猪口邦子先生に、ある時、世界の政治家の中で演説のう
   まい政治家はだれですかという質問をさせていただいたことがあります。

猪口先生はしばらくお考えになった後、イギリスの首相を務めたトニーブレアかなとお答えに
   なりました。

ブレア首相は、どのような短いスピーチの時にも、発言の直前までメモを作り続け、そのメモ
    を何回も読む練習のようなことをしてからスピーチに臨んでいる。ブレア首相の演説の質が
   高いのは、直前まで直し続けるメモのためかもしれませんよ。

このように猪口先生は教えて下さいました。

 

Q:「教育、教育、教育」など、確かに、ブレア首相の演説は、歯切れがよく、印象深いもの
   でしたね。

A:私が会長を務める「開倫ユネスコ協会」の名誉会長をお願いしている衆議院議員で自由
   民主党選挙対策委員長の茂木敏充先生に、一年に数回、ユネスコ協会の行事に御臨席頂
   き、お話をしていただいておりますが、茂木先生も、メモはご覧になりませんが、いつもかなり
   準備をなさったと思われるお話をしてくださり、話を聞く人すべてに感銘を与えておられます。

 

Q:たとえ3分間でも人の前でお話をする時には準備をしたり、話す内容をメモにまとめる
   ことは大切なのですね。

A:その通りです。高井先生がお話になる時もそうですが、茂木先生が話し始めると、多くの
   人が一斉にメモ用紙を探しはじめ、メモをし始めます。

どのような会場でも、話を聞く人は、毎日のようにいろいろな人の話を聞いておられます
   から、物事の本質に迫る中身のある話かどうか、瞬間的に判断できる「客プロ」ばかりです。

たとえ3分以内とはいえ、真に迫る内容のあるお話があったらどうなるか。

「今日は、ためになった、有意義だった、ここに来てよかった。」と、喜ばれ、感謝されます。忘
   れないようにとメモまでし始めます。

 

Q:林さんはラジオ番組を担当しているそうですが、どのように準備をしているのですか。

A:CRTとちぎ放送というラジオ局から、毎週土曜日の午前9時15分から実質8分40秒のラ
   ジオ番組「開倫塾の時間、林明夫の歩きながら考える」という番組を一人で担当し、この3月
   5日で30年目に入りました。

放送開始直後の数年間は生放送でした。現在は週に1回スタジオで事前に収録していただ
   いております。次週のテーマは、放送終了直後から考えはじめ、収録当日の朝、大雑把なメ
   モを作り、親しい友達にお話しするような雰囲気で、番組に臨んでいます。

完全原稿でお話しすることもありますが、話が固くなってしまい、聞きにくいようなので、でき
   るだけ大雑把なメモのみで行うようにしています。

 

Q:経済同友会の幹事会や委員会などで発言する時にはどうしているのですか。

A:一つ一つの組織には、その目的、設立趣旨がありますので、ここはどのような場所か、自
    分はどのような立場でこの場所に存在しているのかを十分自覚してから、その組織の目的
   達成のためにどうしたらよいかを考え、一つ一つのテーマについて、自分の考えをまとめま
   す。

発言すべきと考えた場合には、必ず、たとえ数行でもメモにまとめて、何回か推敲してから、
   なるべく短時間で、いくら長くとも3分以内になるよう、懐中時計を見ながら発言しています。

 

Q:学習塾で先生が塾生にお話をする場合はどうしていますか。

「教育の成果を決定する要因」は「本人の自覚」と「教師の力量」であると考えのもとに、私が
   経営する開倫塾では、毎回の授業中に,塾生の自覚を促すために「武者語り」を3分間行う
   ことが先生としての義務事項となっています。3分間の「武者語り」を行う前には、何をお話し
   するか十分に考え、レッスンプラン(教案)の中で練り上げるようお願いをしています。

 

Q:最後にひとことどうぞ。

A:このように「3分間で話はまとめなさい」という高井伸夫先生の教えは,多くの場面で役に
   立つコミュニケーションの大原則といえます。その前提は、十分な準備と、メモの活用である
   と私は考えます。

話が終わった後、お話に用いたメモの中に、省察、リフレクションの内容を朱書きして、ファイ
   ルし続ければ、その発言メモのファイルは、自分自身の成長の記録になります。これは、授
   業のレッスンプランが先生としての成長の記録となるのと同じです。

 

2016年3月19日(土)22時07分

 

開倫塾のホームページ(www.kairin.co.jp)に林明夫のページがあります。

毎週、数回更新中です。

お時間のあるときに、是非、御高覧ください。


 

この記事にコメントをする

ご利用案内

内容につきましては、私の雑感等も含まれますので、真実性や正確性を保証するものではない旨ご了解下さい。

コメント欄に法律相談を書き込まないようお願い致します。

私のブログへのご意見・ご批評をお待ちしております。コメントは承認制とさせて頂いておりますが、基本的に掲載させて頂きたく存じますので、ご記名のうえご記入下さい。掲載不可の方はその旨ご記入下さい。

→ リンクポリシー・著作権

カレンダー

<   2016年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

プロフィール

高井・岡芹法律事務所会長
弁護士 高井伸夫
http://www.law-pro.jp/

Nobuo Takai

バナーを作成