• 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第15回目です。
  • 第15回目は、TMI総合法律事務所パートナー弁護士・弁理士升永英俊先生です。

 

 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第15回)■ ■ ■ 

TMI総合法律事務所 パートナー
弁護士・弁理士 升永英俊 先生

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[升永英俊先生 プロフィール]

弁護士・弁理士。TMI総合法律事務所パートナー。1965年東京大学法学部卒業、1973年東京大学工学部卒業、1979年米国コロンビア大学ロースクール修士号(LLM)取得。米国ワシントンDC、ニューヨーク州に弁護士登録。「青色LED訴訟」を始め、数多くの特許権・税務訴訟を手掛ける。弁護士や文化人らの賛同を得て「一人一票実現国民会議」を立ち上げ、いわゆる「一票の格差」といわれる「1票価値の住所による差別」を撤廃すべく、自ら多くの違憲訴訟を提起している。

升永先生お写真

写真は、升永英俊先生(右)と高井伸夫(左)

 

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • 高井伸夫 
  • 宮本雅子(秘書)

取材日:2017年4月20日(木)11:45~  於:芝とうふ屋うかい

 


高井

升永先生が2017年5月3日の東京新聞に出される意見広告では、2013年7月29日に麻生財務大臣が都内で講演をされたときの憲法改正に係る発言が紹介されています。麻生大臣は、ドイツのワイマール憲法がいつのまにか誰も気がつかないうちにナチス憲法に変わっていたと述べられ、憲法改正に関しても「あの手口学んだらどうかね。」と発言されたとのことですが、「ナチスの手口」について教えて下さい。

 

 

升永先生

当時、この話が新聞に出たとき、麻生さんは何を言っているんだろうと思いました。誰も知らないうちに憲法が変わったはずはない、国民が圧倒的にナチスを支持したんだ、国民が何も知らないはずはないと。

つい1年半ぐらい前に、このナチスの当時の一日、一日を順に追っ掛けてみました。ナチスが政権を取る直前の一日、一日がとても大事です。驚くことが分かりました。

1932年11月6日に選挙がありましたが、ナチスの得票率が33%、この時点で67%も反対がいたわけです。ナチスは多数の政党の中の第一党ではあるけども、多数ではなかった、過半数は持っていなかったんです。

 

高井

ナチスが政権をとる直前の選挙で得票率が33%しかなかったのは意外です。そこからどのようにして支持を集めたのでしょうか。

 

升永先生

当時のドイツは日本と同じような議会制民主主義でしたので、過半数を連立でつくるより仕方ありません。そこで、第2政党と第3政党が連立を組んで過半数にしようとした。32年11月6日の選挙が終わってから2カ月半の間に2回連立を試みましたが、いずれも失敗しています。ナチス抜きでうまくいくと思ったらいかなかった、そこで結局、第1党のナチスと連立を組もうということになりました。12人の閣僚のうちのナチスから3人、残り9人はナチス以外で閣僚を確保することにして、当時は6カ月連立を組んでやってみて、経済が良くなったら、そこでナチスを閣議決定で追い出せばいいという予定だったんです。当初は、ヒトラーは副首相ということで連立の申し入れをしました。ここが、ヒトラーが天才と思うところです。

 

高井

ヒトラーが天才ということですが、具体的にはどういった点でしょうか。

 

升永先生

ヒトラーは、ナチスの閣僚は3人でいいが、その代わり首相は私がやりたいという提案をしました。提案された方は、閣僚12人中9人を握っていれば、閣議決定でヒトラーを辞めさせられるという考えがあり、ヒトラーの首相就任を承認しました。ナチスからは、ヒトラー以外2人しか閣僚を認めないということで連立ができたんです。

ナチス、ヒトラーが首相になったのは1933年1月30日です。ヒトラーは1932年11月の選挙の2カ月半後、選挙をしたばかりなのに1933年2月2日に(ヒンデンブルグ大統領に要請して)国会を解散させました。そして、解散の2日後、2月4日に言論の自由を停止する緊急事態命令を出したわけです。

 

高井

まず解散があって、2日後に、緊急事態命令を出した。言論の自由停止といいますが、命令というのは法的根拠とか議会の合意なく発せられるものでしょうか。

 

升永先生

議会なしで、大統領令でいいのです。大統領令なので連立があっても議会の他の議員が反対できない。

 

高井

ヒトラーは当然最初から独裁するつもりだったんですね。

 

升永先生

そうです。初めから独裁するつもりだった。天才ですよ。緊急事態命令で全て決まりです。その後、いろいろやるけれども、報道されないのです。1933年2月27日に国会が放火されます。国会を解散したのが1933年2月2日で、3月5日が選挙の投票日でした。投票日の1週間前の2月27日に国会を放火して、翌日、第2回目の緊急事態命令でナチス反対派を約5000人逮捕しています。問題は、こういう情報が国民に知らされていないんです。国民の大部分は何も知らないのです。

この2回目の緊急事態命令が1933年2月28日、約5000人逮捕した後の3月23日に全権委任法ができました。重要です。全権委任法というのは、国会は立法できるけども、国会だけじゃなくて、内閣総理大臣も立法できるという法律です。この法律をどうやって通したかというと、国会は2月27日に放火されていて使えません。ナチスは3月23日にベルリン市内のオペラ座を仮会場にするという指定をして国会議員を集めました。既に逮捕・拘束されている共産党議員(81名)、社会民主党議員(26名)と病欠者を除く、残りの国会議員538人が、国会の仮会場としてオペラ座に集められた。オペラ座の周囲は武装したナチスの私兵である突撃隊が包囲していました。その会議場の正面には、カギ十字のナチスのマークが大きく掲げられ、会議場には、武装したナチスの突撃隊が居た。とても国会の会議場といえるものではない。そこで、さあ投票しろって言うわけです。

32年の11月6日の選挙のときはナチ党の得票率は33%でしたが、問題の2回目の選挙(開票日は33年3月5日)では、ナチ党の得票率は44%まで上がりました。

それでもまだ過半数ではなく、ナチス反対派が56%いた。ところが、武装したナチスの突撃隊がいる会場で表決が取られ、全権委任法は、82%(=444人÷538人×100)の国会議員の賛成により、国会を通過しました。反対票を投じた社会民主党議員・97名を除くナチス反対派は、ナチスに恐怖した、ということです。

まさに、麻生さんの言うとおり、全権委任法は、国民が何も知らないうちに成立しました。緊急事態宣言により報道統制下におかれていたので、新聞、ラジオは、このような異様な国会の議事進行を報道しなかったのです。

 

高井

緊急事態宣言の脅威について教えて下さい。

 

升永先生

内閣総理大臣が、「緊急事態だ」と判断すれば、内閣総理大臣は緊急事態宣言を出せます。最近ではトルコ大統領が緊急事態宣言を出して強権政治を行っています。トルコ大統領は、緊急事態宣言を発し、1か月で3万5,022人を逮捕拘禁しました。新聞、テレビは、そのことを大きく報道しません。そのため、日本国民の大部分は、緊急事態宣言の恐さに気がついていません。ナチスは、緊急事態宣言で約5000人を逮捕しました。戦前の日本でも、1936年の二.二六事件で緊急事態宣言が出ました。二.二六事件以降、軍が日本を支配し、議会は機能しなくなりました。

 

高井

次に自民党憲法改正案21条2項。「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社することは認められない。」これについて教えてください。

 

升永先生

実は、自民党改憲案21条2項は、中国憲法51条と実質的に同じなんです。中国憲法35条では、言葉の上では、日本国憲法21条1項よりもっと強く言論の自由を保障しています。中華人民共和国 憲法35条「中華人民共和国市民は、言論、出版、集会、結社、行進、示威の自由を有する。」

言論、通信、思想の自由を保障すると書いてあります。では、実際そうなってないのはおかしいじゃないかと思いますが、51条というのがあります。それが自民党改憲案の21条の2項と同じようなものです。

中華人民共和国 憲法51条「中華人民共和国市民は、自由及び権利を行使する際、国・社会・集団の利益およびその他の市民の合法的自由および権利を害してはならない。」

この条文があるから結局、中国国民は、言論の自由の権利は持っているけども、言論の自由の権利を自由に行使できないのです。自民党改憲案21条2項はこれと同じです。

 

高井

自民党草案は言論の自由を形骸化するものであるにも拘らず、新聞はなぜ報道しないのでしょうか。

 

升永先生

当初は、新聞が報道しない理由が分からなかったんです。私は、新聞は大騒ぎすると思っていた。言論の自由っていうのは彼らの飯の種だと思ってた。実際に、3年前くらいまでは、言論の自由、報道の自由が飯の種でした。ところが、今は違うようです。広告収入というのがあります。広告収入が重要なわけです。広告主の一部は安倍政権をサポートしています。だから、新聞社は、安倍政権に批判的な記事を書くと広告を出さない企業が出てくることが起こり得る、と懸念しているのでしょう。

 

宮本

安倍政権に批判的なことをいうと広告しない、とは穏やかではありませんね。

 

升永先生

実際に、自民党の一部の議員が記者会見で言っています。マスコミをつぶすのは簡単だと。広告を出さなきゃいいんだと。自民党の国会議員が公開のテレビの記者会見で、沖縄の基地反対運動がうるさいのは、あれは沖縄の新聞やテレビが報道するからだ、だから、広告で締め上げりゃあいいのだというようなことを言っていました。そういったことは、沖縄の新聞社だけじゃなくて、東京の朝日新聞も日経新聞も同じことだろうと思います。

新聞は部数を売るだけでは経営が成り立たない、広告収入も増やさないといけない、広告を取らないといけない。自民党が、広告で締め上げると言いますが、本当にそうするかどうか分かりません、本当に断っているかどうかは分からんけども、やっぱり、新聞社の忖度(そんたく)ですよ。

 

宮本

広告主の意向を忖度するということですか。

 

升永先生

一部の企業が実際に広告を出さないと言っているかどうかは分かりませんが、新聞社は忖度する。これは有り得るでしょう。

 

宮本

先生は、憲法改正が実現するかどうかというのはどれぐらいの可能性があるとお考えでらっしゃいますか。

 

升永先生

100%です。

 

宮本

100%。では、もし日本で緊急事態命令が出されたとします。そうすると、何が起こるんですか。やはり反体制の人が逮捕されるんですか。

 

升永先生

それは分かりません。ただ、首相の意のままにやろうと思えばできるのが緊急事態命令です。最高裁も憲法違反だと言えない、国会も止められない。

そのときの首相次第です。日本で首相が独裁しようと思ったら、数千人を逮捕すれば、それは可能でしょう。

 

髙井

緊急事態命令で独裁ができてしまう。逮捕者がでる。恐ろしい話ですね。升永先生は、1人1票運動に私財を投げ打って活動されていますよね。

 

升永先生

言論の自由がなければ1人1票運動なんか吹き飛んじゃいます。1人1票運動なんて悠長なことはいってられない状況です。麻生大臣は、2013年7月29日の都内の公開の講演で、「憲法も、ある日気がついたら、ドイツのこともさっき話しましたけれども、ワイマール憲法がいつのまにか変わってて、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気がつかないで変わったんだ。あの手口学んだらどうかね。」と発言しました。麻生大臣は3日後に発言を撤回していますが。多くの国民は、この麻生発言の危険性に気付いていません。日本中の誰も首相が独裁するなんて思っていない。多くの国民は、緊急事態命令の危険性を知りません。

 

宮本

私のような一般のもの、それはどのようなところを意識していけばよいのでしょうか。

 

升永先生

「あの手口を学んだらどうかね。」の麻生発言の危険性を自分の回りの人々に伝えることしかないでしょう。あなたの周りにいるこの事実を知らない人々に伝える。ドイツでは、ナチスの時代に、緊急事態命令によって、ドイツ国民の誰も知らない間に、ドイツ憲法が実質的に変えられた。この事実を、1人1人が知らない人々に伝えるしかないでしょう。

 

 

以上

 

 

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2017年5月14日(日)7:10 港区南麻布2にてブラシノキを撮影
花言葉:「恋の炎、素直な気持ち」

 

 

第28回リストラの本質と手法ー恐慌下における諸現象を踏まえて―(4)
(2009年5月18日転載)

 

 

経営監督と執行の責任

企業のリストラは経営者の権利と捉えるのがこれまで一般的であったが、今では「リストラ義務」という言葉さえ登場している(2008年12月9日付朝日新聞)。これは、米国の自動車会社BIG3から補助金を要請された米政府が、経営者の責任として人件費削減策の実行を求めた際の報道である。米政府は公的資金を導入するに当たり、“リストラしてこそ企業は健全化する”との事実を経営陣に強く認識させるために「リストラ義務」を課したのであろう。

経営者のリストラ義務は、本稿第2回で述べたとおり、リストラの真の目的は企業の再建・再興であることに根拠があるだろう。特に私企業の救済のために公的資金を用いることは、国民に負担を強いるのと同義であるから、その導入に当たってはリストラを法的義務として扱わなければならないということである。このリストラ義務は、企業・国家間の公的関係のみならず、企業・株主間においても常に意識されなければならないテーマである。その際、株主の納得を得るためにも重要な役割を果たすことになる。

ところで、企業では例えボトムの従業員等を2割リストラしても組織は往々にして再生せず、正社員のリストラに及ばざるを得ないことがあるが、その際には、一般従業員に先立ち経営幹部・管理職から行わなければならないことになる。それは権限・責任の大きさからくる序列でもあり、従業員等を納得させ、事業の縮小に応じて組織を圧縮するために必要な手続きであるが、加えて高いサラリーに見合う働きをしない者を排することで人件費総額を縮減し、その結果、組織が若返りを果たすことにもなり、企業体質が強化されるのである。その具体的手順としては①まず余剰な役員を退任あるいは非常勤化して減員を図り、②次に役員報酬の大幅な減額措置を採り、③そのうえで管理職にも組織の縮小と減員そして大幅な人件費の減額措置を図るのである。

役員・経営幹部のリストラは、故意過失責任ではなくここに至った経営の監督と執行の結果責任の問題である。ここで言う結果責任とは、高位に就く者に固有の責任という強い意味のことである。それゆえの、結果責任を負う経営幹部は経営状況を理由に責任回避できず、「経営悪化は未曾有の不況が原因である」との自己弁護は全く無意味となる。

ドラッカーは「(働く者は)雇用と所得を失う恐れのある中では、仕事・作業集団・成果に責任を持つことができない」と述べている(『マネジメント』第22章参照)。しかし、現在の恐慌とも言える経済情勢では企業の存続自体が危うくなっているため、雇用の維持は不可能な事態と言ってよく、企業の存続こそが社会的責任であるということにならざるを得ない。「大恐慌のときには、何の保証も期待できない」(同書第22章)のであるから、社会的に企業の赤字が慢性化する中で雇用・所得を維持すべくさらなる赤字を求めることは自殺行為とも言え、企業には自救行為としてリストラが容認されることになる。

そして、企業の社会的責任としては、企業の存続に次いで「企業の成長」と「雇用の創出」が課題となる。雇用の新たな場を構築するためには、生産性の向上のみならず、「企業は常に陳腐化する」という危険を内包しているものとして、生き残りをかけた絶えざる智慧の研究・開発がより重要となり、企業内外のあらゆる場面でイノベーションが要請される。

 

求められる超大型投資

さて具体的な雇用対策としては、まずは大胆な超大型公共投資を推進すべきである。国として将来に向けた生産性アップに資する取組みを実施することが重要である。その具体策はいくつもあろうが、私は以下の4つを挙げる。

①都市の交通インフラ整備

今までの公共工事は僻地や地方にも非効率に展開されてきたことを反省し、費用対効果の面からも、今後は都市生活者の利便性を最大限追求した公共事業を真っ先に考えるべきであろう。例えば、乗車率の高い山手線・中央線・総武線等の複々線化や2階建て車輌の導入により、通勤通学ラッシュを解消するのである。あるいは、脱化石燃料高速交通であるリニアモーターカーで成田空港~羽田空港間を結んだり、三大都市圏(首都圏・中部・関西)を結ぶことも具体的に検討すべきである。その際、JRだけでなく航空業界に属する企業や圏内外企業にも資本参加させ、国家プロジェクトとして早期に開通させることにより、関連機器製作工場での要員の大量採用を可能とする。

②超小型エコカーの開発

自動車開発では、エネルギー消費を考慮し、まずは小型車の開発から着手すべきであろう。エコカーでも中型車・大型車ではエネルギーを使い過ぎるからである。例えばメルセデスの「スマート」のような超小型のエコカー開発を国策として行い、それと併行して電気・水素・バイオマス自動車の研究開発に投資する。また、新産業の育成として、自動車各社が推進している太陽電池車や電気自動車の事業化を期して、国としても推進するべきである。

③老人医療・メンタルヘルスへの新たな取組み

超高齢社会へと突き進んでいるわが国で、いま最も必要なのは老人専門の町医者の育成および支援である。介護の分野だけでなく、健やかな老年を送るための予防医学的な分野への国としての取組みが急務となる。

また、メンタルヘルス不全者の治療体制の確立も急がれる。西洋医学・東洋医学・心理学等の専門医療従事者および産官学の専門家の参画のもと、世界から人材を集めて「メンタル総合国立病院」を創設するのである。その際、ロシアの「ダーチャ」(別荘)を参考にした郊外型家庭菜園付メンタルヘルス支援施設の導入なども考えられる。

 

重要な英語力のアップ

④全国民の英語力向上へ

なお、雇用創出のためには公共工事も一手ではあるが、グローバル化や知識社会に対応するための必須条件である「全国民の英語力向上」に向けて1兆円を投入することも提案したい。この点、英語教育に熱心な韓国では、全ての高校卒業生が流暢な英語を話せるための計画に政府が4兆ウォン(約4500億円)を投入すると聞くが、わが国では、中学・高校・大学の英語教員を再教育し実力なき者を淘汰するための教育養成システムの構築に、まず重点を置くべきであろう。グローバルに活躍できる人材を育て産業力・国力を上げるためにも、国民の英語力向上への投資は極めて重要である。

折しも、政府は本年4月9日に「未来開拓戦略」を発表し今後3年間で140万~200万人の雇用創出を見込むが、単なる弥縫策ではなく長期的視点に立った大胆な戦略と緻密な計画が今こそ求められる。

 

 

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2017年5月9日 出版記念祝賀会開催のご報告

 

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2017年5月9日(火)18:00から、アルカディア市ヶ谷において、私が執筆した書籍『一流の人は小さな「ご縁」を大切にしている』(株式会社かんき出版)、『弁護士の経営戦略』(株式会社民事法研究会)の出版を祝う会を開催し、総勢156名の方々にご参加いただきました。

同日は私の傘寿の誕生日でもあり、ご出席者の方のみならず、ご欠席された方からも、お花や祝電をいただき、会場は大変華やかになりました。

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司会は、本ブログでも連載をしていただいた公益社団法人全国求人情報協会の吉田修常務理事に務めていただきました。

吉田様には、私の古希の会でも司会をしていただきましたが、相変わらずの落ち着いた司会ぶりで、会をリラックスした心地の良い雰囲気にしてくださいました。

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冒頭には、株式会社かんき出版の境健一郎前最高顧問よりご挨拶をいただきました。

境様は、今年3月末に同社を退職されましたが、私は2002年刊行の『朝10時までに仕事は片づける』から始まり、今回の『一流の人は小さな「ご縁」を大切にしている』まで計10冊の書籍を出版していただき、大変お世話になりました。

境様、長い間お疲れさまでした。

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私からのご挨拶では、常日頃お世話になっている皆様へのお礼と、これから取り組みたいと考えている執筆のテーマ、特に私が自身で考えついた新説40話をまとめたものについては、人生の集大成として何としてでも書き上げたいということをお話ししました。

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かつて高井法律事務所に所属しておられ、私の一番弟子である弁護士法人いつき法律事務所の立花充康代表弁護士に、乾杯のご発声をいただきました。

立花先生は今回の式に、大分から遠路はるばる駆けつけてくださいました。温和なお人柄の立花先生は、高井・岡芹法律事務所のOBとして、今でも後輩弁護士たちに慕われる存在です。

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会の中盤、日比谷パーク法律事務所の久保利英明代表弁護士よりご挨拶をいただきました。

「高井先生は私のヴィーナスです」。皆様の度肝を抜き、笑いを誘うひと言で始まった久保利先生のスピーチは、さすがの流暢さ、かつ先生の謙虚なお人柄がよく表れていました。

久保利先生こそ、私のインスピレーション源です。

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続いて、株式会社新規開拓朝倉千恵子代表取締役社長にご挨拶をいただきました。

私の耳の持病が悪化したときにご自身で体得された気功による施術をしてくださったことや、これからの時代の女性の社会進出についてお話いただきました。自ら会社を起こし、精力的に働かれている朝倉様のお話は大変説得力のあるものでした。

 

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また、今回お越しいただいた皆様にお配りした記念品をご作成いただいた書道家の中村鳳仙先生に、ご自身の作品についてご説明いただきました。

中村先生とは、私が30歳、先生が23歳の時に初めてお会いしました。あれから50年、書の道をひたむきに精進されてきた中村先生は世界中で高い評価を受けています。先生の作品は将来必ずや国宝になるものと私は思っております。

今回の作品も、万葉集の志貴皇子の「岩走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」という春先のこの季節にあった爽やかな和歌を美しい色紙に書かれた、非常に素晴らしいものでした。

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最後に、今回『弁護士の経営戦略』を刊行いただいた株式会社民事法研究会田口信義代表取締役よりご挨拶をいただきました。

田口様とは1994年に『リストラの攻防』を同社より出版いただいてから、20年以上にわたるお付き合いになります。

会の閉幕に相応しい、重厚感あるスピーチと三本締めをしていただきました。

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司会の吉田様より、私の卒寿、さらには皇寿(皇という字を分解すると白(99)と王(12)になることから111歳を表す言葉とのこと!)のお祝いを同じメンバーでできるよう、私を含め、お集まりいただいた皆様のご健勝をお祈りして、閉会となりました。

 

長年親しくお付き合いをさせていただき、私を支えて下さった方々から暖かいお祝いのお言葉をかけていただき、大変幸せな1日となりました。

皆様、本当にありがとうございました。

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2017年6月1日
高井 伸夫

 

 

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2017年5月14日(日)11:51 千葉市若葉区の風戸農園にてオオツルボを撮影
花言葉:「辛抱強さ、多感な心」

 

 

 

最終回 資本主義からの脱皮の第一歩(下)
(平成28年12月26日)

 

 

「経済」という言葉は、中国の古典にある「経世済民」(世を経〔おさ〕め、民の苦しみを済〔すく〕う)に由来することは、よく知られている。然るに現実はどうか?資本主義経済の下、過度な自由競争によって生じた如何ともし難い格差問題が、世界に蔓延している。格差を緩和するには、国民全体が平等・博愛・共助の精神によって助け合うしかないのであり、その一例が、前回述べたベーシックインカム等の導入である。

平等・博愛・共助を体現する条文を身近な法律でみると、たとえば民法90条(公序良俗)、労働契約法5条(使用者の労働者に対する安全配慮義務)、障害者雇用促進法第2章の2(障害者に対する雇用の分野における差別の禁止、使用者の配慮義務等)、同法指針等々が挙げられる。

日本を含む先進諸国の経済成長は鈍化し、拡大路線を進められなくなっている現在、日本社会は成長至上主義を断念し、成熟、定常化の方向に舵を切らざるを得ない。そして、フロンティアがなくなり、成長が限界に達したとなれば、垂直指向ではなくあらゆる物事を水平指向で考えなければならないのである。水平指向の社会では、量ではなく質の進化が追求され、機会の平等の拡充、そして公明・公平・公正が特に重視される。具体的には、①貧富の差を小さくするための政策の実施、②男性優位の社会から女性活躍の社会へ、③水・食料等の生きるための必需品の質を平均化・充実化し、国民に公平に行き渡るための施策の実施等である。

日本資本主義の父といわれる渋沢栄一(1840~1931)は、『論語と算盤』を著し、「富みながら、かつ仁義を行い得る例はたくさんにある」とした。渋沢は論語を規範とする企業経営を実践したのだ。企業が社会に貢献して利益を出す存在であるなら、社会貢献を忘れて「われ勝ちに私利私欲を計るに汲々として」利益のみに狂奔しては、企業の本来的使命を忘れたことになる。企業が使命を果たし永続するために必要とされるのは、論語に代表される倫理観・道徳観であり、法令遵守のみならず倫理・道徳に適った運営をして企業活動の公明・公平・公正を実現しなければならない。

今年は、6月にEU離脱を是とする英国における国民投票結果、11月に米国大統領選挙におけるトランプ氏の当選という世界中が驚く事象が起こった。ここから導き出されるのは、物事の本質をより追究するには、見える世界よりも「見えない世界」に迫る努力こそが重要であるという教訓である。英国と米国での事態を予想できなかった世界中のジャーナリズムは、見える世界を表層的に論じるだけで満足していたことになる。見えない世界が今後どんどん広くかつ威力を持つようになると、様ざまな分野において専門家の予想が外れることも多くなるだろう。

かのアインシュタインは、「宗教抜きの科学は足が不自由も同然であり、科学抜きの宗教は目が不自由も同然である」といったが、天才科学者が見えない世界を大切に思っていたことに私は深く感動する。

日本は社会主義の国だと揶揄されてもいるが、和をもって尊しとする国民性ゆえに諸外国に比べて格差が小さい。日本は、自分たちの経験も踏まえて、仁義・道徳・倫理を大切にする新しい経済体制を世界に発信すべきである。それには、さらに強力な思いやりのある社会主義化を進めていかなければならない。それでこそ、真の意味の経世済民の実現につながるのである。

 

 

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  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第14回目です。
  • 第14回目は、ジャーナリスト莫邦富様です。

 

 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第14回)■ ■ ■ 

ジャーナリスト 莫 邦富 様 

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[莫邦富様 プロフィール]莫邦富先生

作家・ジャーナリスト。1953年中国・上海生まれ。上海外国語大学卒業後、同大学講師を経て、85年に来日。日本にて修士、博士課程を修了。95年、莫邦富事務所を設立。知日派ジャーナリストとして、政治経済から社会文化にいたる幅広い分野で発言を続け、「新華僑」や「蛇頭」といった新語を日本に定着させた。また日本企業の中国進出と日本製品の中国販売に関して積極的にアドバイスやコンサルティングを行っており、日中の経済交流に精力的に取り組んでいる。

『蛇頭』、『「中国全省を読む」事典』、翻訳書『ノーと言える中国』がベストセラーとなり、話題作には『新華僑』、『鯛と羊』、自分自身の半生を綴った『これは私が愛した日本なのか』、『中国ビジネスはネーミングで決まる』などがある。2002年から2011年にかけて朝日新聞土曜版にて連載コラム「mo@china」が掲載された。

現在、ダイヤモンド・オンラインにて「莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見」、時事通信社の時事速報にて「莫邦富の『以心伝心』講座」、プレジデント社『プレジデント』にて「本の時間」(新刊書評)などのコラムを連載中。

莫邦富事務所HP:http://www.mo-office.jp/

 

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • 高井伸夫 
  • 高島さつき(秘書)

取材日:2017年4月27日(木)14:30~  於:日本工業倶楽部会館2階ラウンジ

 


高井

さて、鄧小平先生は日本に来て、松下電機などを見学して日本を学べと言いました。鄧小平先生はなぜ日本に学べと言ったのですか?

 

莫邦富様

鄧小平先生は1978年に日本に来ました。78年以前の中国は言いかえれば、よくも悪くも、毛沢東時代の余韻がまだまだ残っていた時代です。当時、私の給料は45元(注:1978年当時の為替レート 1元=122.98円、45元=5534円程度)です。あの頃、クレジットカードのことも知りませんでした。外国人専門の友誼商店と呼ばれる店で、ある外国人がすごい買い物をしていたのを見ました。私の年収以上のものを買っていたのです。そこで小さい札みたいなものを出して会計をサインして済ませていたわけです。あれが噂のクレジットカードかと思い、その威力に目を見張りました。

ですから当時の中国にとって海外との認識の差は非常に大きかったものです。鄧小平先生は以前フランスに留学したこともあるので、とりあえず海外を見た経験を持っていた。これは非常に重要なことです。毛沢東自身と、毛沢東と共に革命をやっていた人たちは、ある意味で生活が厳しくてどうしようもなくて革命に参加したわけです。革命後は政府の高官になったりしていますが、海外のことは知りませんでした。鄧小平先生は少なくとも海外を知っているので、松下電器を訪問したり、新幹線に乗ったりして背中を押されたのを感じたという感想をもったことは、非常に当然でした。

鄧小平先生は海外について、ある意味で他の中国の指導者よりも敏感に反応しています。しかも謙虚に見ようという意識があったのでしょう。鄧小平先生の考えは非常にシンプルです。松下電器のような工場を中国にも作りたい。工場を作るには、人を派遣して工場の運営の仕方を学びたい。新日鉄製鉄所を見たら、それも中国に作りたいと言い出す。鉄イコール国の実力だと思ったからです。

新幹線は、さすがにそれに手をだすその実力は当時には、まだなかったと思います。しかし新幹線のスピードに対する彼なりの認識があったと思います。

私は比較的早い時期に日本を訪問しました。初めて日本を訪問したのは1981年です。大阪グランドホテル(注:2008年に閉館)に泊まりました。当時は自由行動が認められていなかったので、朝早く起きて、出発する前の時間を利用してホテルの周りを1人で回りました。ホテルを出たら地下街に入る入口があったので、降りてみました。誰もいなかった。地下道で自分の足音が響くほど静かでしたが、地下鉄が到着した途端に、たくさんの人が電車から降りてきました。出勤の時間が近づいてきて、女性のハイヒールの音、つまりハイヒールの踵が地面をたたく音がしますが、その音に陶酔しました。

 

高井

なぜ、ハイヒールの音に陶酔したのですか?

 

莫邦富様

足音が、速いんです。トトトトト、その後中国に戻り訪日のエッセイに書きました。これが先進国のスピードだと。朝、トトトトト、と。当時中国の歩く速度はゆっくりしていました。今はハイヒールの音にはもう感動はしませんが、当時はかなり感動しましたよ。鄧小平先生もおそらく同じ様に、このスピード感に、ある種の陶酔というか、刺激を受けたのではないかと思います。

当時の中国は、門戸を開放して、外国の文化や技術を受け容れる準備ができていなかったのです。だから、あの頃のスローガンは「窓を開けて世界を見よう」というものでした。窓です。ドアではありません。外を見ようということです。窓を開けて外を見ようとすると、アメリカやヨーロッパは遠くて見えてこない。一番見えやすいのは近くにある日本でした。

なぜ私が日本語を選んだのかと言いますと、外国語を覚えれば、将来、詩を訳せるという思いもありましたが、もう一つ別の理由もありました。ちょうど1972年に日中国交正常化、1973年に初めて上海でラジオ日本語講座が開設されたのです。そのテキストを取った時にひらめきました。英語、ロシア語は勉強する人がたくさんいた。これまで日本語を専攻した人は、いたとしても非常に少なかったはずですので、みんな0からのスタートだった。ですので、今から日本語を覚えていけば絶対メリットがあると思いました。

大学を卒業して1978年改革開放時代が訪れた時に、期待していたそのメリットがすぐに出てきました。「窓を開けて外を見よう」というスローガンですが、実際には、外国語の書物、新聞を通して、色々な情報を吸収するのです。しかし、当時の中国はあまりお金がなかったので、外国の新聞は、ニューヨークタイムズでも、ワシントンポストでも全部船便でした。

 

髙井

「窓を開けて外を見よう」として、得られるアメリカ、ヨーロッパの情報は船便だった。船では遅いですよね。

 

莫邦富様

新華社が使用する一部は航空便でしたが、他は船便でした。アメリカの新聞が中国に着くのに最低1か月以上かかりました。それに中国とアメリカとの間を行き来する船もそんなに多くはなかった。一方日本の新聞は10日間くらいで入ってきました。朝日新聞や日経新聞を読んで面白い記事を参考にしながら原稿に書いて、中国のメディアに送る。そのメディアに掲載される頃に、アメリカの新聞がようやく届くのです。時間差がかなりありました。

ですから、中国の最初に見ようと思っていたその外、つまり外国は日本でした。鄧小平先生はフランスを訪問して改革開放をやろうと決意したのではなくて、日本を訪問して改革開放路線に突入したのです。

 

高井

莫邦富先生は日中経済交流はハードからソフトへとおっしゃっていますが、ハードからソフトへ、そのソフトの次は何ですか。

 

莫邦富様

78年頃から、中国は外の世界をよく見るようになったわけです。日本人1千人と中国の1千人が持つものなどをよく比較していました。例えば、テレビは何台持っているのか、洗濯機はどれくらいか、車は何台かなど、全部羅列して中国のそれと比較して、そして中国がいかに遅れていたのをよく指摘していました。こうして家電の生産ラインなどを導入していきました。いつの間にかこういった比較はしなくなりました。ハードの比較はだんだん意味がなくなってきたからです。いまの中国では、ハード関連のものについては、質がよいかといった問題はさておき、とりあえず揃いました。

当時の中国では一回の海外の出張で持ち帰る家電に制限があり、大きいのが1つ、小さいのが2つと制限されていました。日本を訪問する中国人は帰国の際、カラーテレビ1台、ラジカセ1台、カメラ1台といった感じで中国へ持って帰った。

全部ハード関連の製品です。今は、日本を訪れた中国人の多くはドラックストアやスーパーで、日用品を買います。日本に来る目的も、だいぶ変わりました。当時は家電の生産ラインなどを導入するためといった商談でした。今は、技術を入手しよう、企業を買収しよう、あるいは日本の環境保護の政策を勉強しようとして、来ています。目的も旅行、医療、留学、あるいは住宅を買う、といったものに変わりました。全部ソフトのところに流れています。

ハードからソフトへだけではなく、もう一つ、大きいものから小さいものへ。こまごましたものになります。さらに外から中へ。以前服を買うとしたら、コートやオーバー、背広、とにかく人の目に触れるものを買いました。今は違います。保温機能のある下着など。外側から内側のものに変化しています。

さらに、日本の企業の対中ビジネスをみても、大きく変化しています。BtoCへ。以前BtoBでやっていた企業が中国のエンドユーザー向けに販売するようになりました。ユニクロや無印良品は、そういった企業の代表です。この流れはまだまだ続くと思います。

中国に対する人への講演のテーマもそういったものを求められるようになりました。東京駅周辺には、中国の視察団をよく連れて行きます。近くに東京駅の駅舎がありますが、八重洲にあった高いビルを数年前に解体して、左に200メートルくらい移して立て直しました。大丸デパートが入っているこのビルをなぜ200メートル動かして立て直したのか。実はこれは大勢の日本人も知らないことだと思いますが……。

東京湾からの風が隅田川を通ってくるわけです。風の道をたどってくると、ちょうど当時、このビルが風の邪魔になっていた。それをどけたのです。海からの風ですので、夏は温度が低い。この風が来ると東京の駅舎はそれほど高さがないので、駅舎を超えることができる。そして、その先に丸ビルと新丸ビルがあります。この2つの建物はそれぞれ高さが160メートルほどで、近接しています。物理の原理で言うと、二隻の船が近づくと、間に流れる水は早く流れます。これは空気も同じです。この建物の間を風がスピードを上げて通過します。つまり、東京湾から来た風が、この二つの建物で、加速させられるのです。25%~30%くらい加速する。この先に皇居があります。皇居は緑が多く、測定では、温度が2度ほど周辺より低いです。この涼しい空気を奪って、四谷、新宿に風が通ります。大都市にはヒートアイランド現象がありますが、建物を移動させて、巨大都市東京に電気代が1円もかからない巨大なエアコンをとりつけたようなものです。こういう話をすると、視察団は一様に驚いて目を輝かせます。こういうことに対してみんな感心するようになっています。

ハードのものも、日本に学ぶ必要がまだまだありますが、大きくいえば1段新しい階段を登る時期に来ていると思います。ですから中国国内で、78年と同じように、もう1度日本に学べと主張しているのもそのためです。1978年は、日本のハード面に目を向けていた。今はハードよりもむしろソフトに目をむけるべきだと私は思います。

 

髙井

日本に学ぶべきとおっしゃいますが、一方で日本のダメなところはどこですか。

 

莫邦富様

日本のダメなところは、日本は昔の成功に胡坐をかいているところです。それほど前進していない、というと語弊がありますが、少なくとも感心するほどの前進はなかなかないと思います。一言でいえば、ここ(注:日本工業倶楽部会館)にWi-Fiが入っていないことからもわかるように、問題はかなり深刻だと思います。ここを利用する人たちは、この国の工業に関わっているある程度の地位になっている人たちだろうと思います。Wi-Fiがないということは、たとえていうならば、このビルに電話が引かれてないのと同じことです。

 

髙井

日本工業倶楽部会館にWi-Fiが入っていないことに危機感や不便を感じる人がいないのでしょうね。

 

莫邦富様

日本工業倶楽部会館にいる方々は、年齢層が高いですが、そういう点も日本が直面しているもうひとつの深刻な問題です。今、電子決済を色々とやっています。ネットを通じてお金を払っている。日本工業倶楽部会館のような場所でも、中国ではネットを通じて利用代金などを払えます。しかし、Wi-Fiがないと払えなくなります。そうすると、誰もここは不便だと思い、いつの間にか、誰もが来なくなります。Wi-Fiは、世界の平均使用率43%、日本は10%、中国は86%です。

 

髙井

Wi-Fi以外で日本のダメなところはありますか?

 

莫邦富様

ほかにも、日本のサービスが低下している。中国人から見れば、日本のサービスはまだいいとみんなほめますが、長年日本に住んでいる私からすれば、日本のサービスは明らかに硬直化、低下しています。マニュアル化している。例えば、水をサービスする、夏ですから冷たい水を運んでくるのはサービスですが、この水を運んだことでサービスが終わったわけではなく運んだ時に、「暑いですね」と一言言う。この一言がサービスの質とレベルを2倍くらい倍増させることになる。

形の上では日本はサービスができています。例えば私のように咳をしている。冷たい水はあまり飲みたくない。数日前、私は上海のホリデイインホテルにあるWi-Fiが使えるコーヒーショップで、深夜まで仕事をしていました。紅茶を注文したとき、咳をしました。しばらくすると温かいレモン水を持ってきてくれました。「お客さん、この温かい水は喉にいいかもしれません」と女性の従業員は優しく声をかけてくれました。同じ水です。それを今、日本の従業員に求めるのは・・・

 

髙井

日本人にそういった付加価値のついたサービスを求めるのは難しいですね。

 

莫邦富様

お水を出すことは、一つの標準装備になっている。これは守っている。以前の築かれた栄光です。そこに心が入っていない。日本のサービスが低下していると私は感じていますが、多くの日本人は実はあまり感じていません。今まで通りやっているではないかと言うかもしれません。しかし、昔、サービスの“サ”もわからなかった中国は、追い上げてきています。お水を出すならば、同じ様にお水を出すと同時に、それ以上に何をやればいいのかという工夫をする。そうすると、温かいレモン水を持ってきたり、生姜のお湯を持ってくるということになる。そうして差が出てくる。こういうことは、よほどアンテナを張って敏感にならないと分からない。

 

髙井

日本は内向き内向きになっていて外向きに学ぶ心がないと思いますがいかがでしょうか。

 

莫邦富様

ある地方自治体の首長の方と対談をした際に、一生懸命日本の素晴らしさを語っておられました。対談中に日本から海外の農業に、あるいは中国、東南アジアの農業に学ぶことはないのか、と聞いた時に、きょとんとされました。実はその時に何かがずしっと落ちました。つまり、日本の良さをアピールするだけで、冷静に海外の何がいいのかを見ていなかった。あの時私は、ここまで多くの人を引っ張ってこられた人でも見方が偏ってしまうおそれもあるのだと思いました。

 

髙井

そういった内容で講演会をやっていただけないでしょうか。日本のダメなところを教えて欲しいと思います。本日はどうもありがとうございました。

以上

2017年7月5日(水)14:00~セミナーを開催いたします。詳細は以下より弊所HPご覧ください。

莫邦富が見た経済大国ニッポン 直面する厳しい課題セミナー

 

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20170526IMG_3085.JPGのサムネール画像

2017年5月3日(水)8:23 根津神社にてツツジを撮影
花言葉:「節度、慎み」

 

 

第5回 三種の神器

 

株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門
青木 昌一

 

1.想定内

ホリエモンこと堀江貴文氏がライブドアの社長として頻繁にマスコミに登場していた頃、さまざまな人から投げかけられる質問に対して「想定内です。」と自信に満ち溢れている表情で答えていたことをご記憶の方も多いと思います。恐らく、堀江氏は実際にいろいろなケースを想定して自社内やご自身の頭の中でシミュレーションをされていたのではないかと思います。その作業があの自信に満ち溢れた表情を生み出していたのだと私は理解をしています。

ビジネスの中には出口の見通せないことに様々な場面で出くわします。そういった場合に想定できていないことをあらかじめ想定できていると極めて楽に仕事を進めることができます。つまり何か困難にぶつかっても「想定内です。」と自信を持って言い放つことができれば、その困難は解決したも同然と言える訳です。

 

2.事前準備

高井先生のお世話になり始めたきっかけは前職西洋環境開発の小さな関係会社の撤退であったことをこの連載の第1回目で書きました。

この時、私たちが高井先生に言われたこと。それは全体のスケジュールを作り、それができたら「大義名分」、「想定状況」、「想定問答」を作りなさいということでした。

「大義名分」とは、このケースで言えば、なぜ会社を撤退しなければならないのか?社員や世間に対してどう説明するのか?その理由をきちんと説明できるようにまとめることを指します。ここで説得力のある説明ができなければ社員の方々からの了解を得ることができません。そうなると、撤退が遅れ、さまざまな支障が生じてしまいます。

したがって、大義名分をしっかり作り、その上で社員の方々に充分な説明を尽くそうということでした。

「想定状況」は、あらゆる事態を想定し、打ち手を考えておくことです。そして何か重大な事態が発生した場合には現場ではどのような処置をし、どこに連絡を入れるかをすべて書き出して共有するためのものです。

「想定問答」は、様々な関係者からの問い合わせ、質問に対してどう答えるかを決めておくことです。したがって、このケースに関して言えば、社員の方々からの問い合わせはもちろんのこと、お客様、取引先、マスコミ、社員の家族など全方位に対して備える必要があります。

想定問答の最大のポイントは尋ねられた人が自分の思い込みで勝手なことを答えることのないよう関係者で平仄を合わせることにあります。そして、すぐに回答しきれないような質問があった時には一度持ち帰って対応を協議し、質問者に回答しなければなりません。しかし、毎度毎度質問を持ち帰っていたのでは、会社に対する不信感が募ります。そういうことをできる限り少なくし、関係者が即答できるようにさまざまな質問とそれに対する答え方を書き出して共有して備える訳です。

この「大義名分」、「想定状況」、「想定問答」を備えることは、その後、私たちが何かを行う際に欠くことができない作業になっていきます。

ですので、この三つの作業を総称して私は密かに「三種の神器」と呼んでいたのです。

 

3.「三種の神器」の本当の効果

これらの作業を行うことで、我々は万全の対策を練り上げることができ。。。。。。いえ、実はそれでもしばしば想定外の事項が生じたり、質問がなされたりします。しかし、この事前の準備を十二分に行うことで、少々のことでは動じない自信が身に付きます。

あることに対して、自らの頭をフル回転させ、あるいは関係者と徹底的に議論を尽くして備えることで、何があってもきちんと対応できる自信が湧いてくるのです。こういった感覚は受験生が問題集でいろいろな問題にあたり、本番で同じ問題が出ずとも、これはこういう風に解けば良いという自信がつくのと似た感覚があります。

人事労務ではこのように先の見通せない対応を余儀なくされることがしばしばあります。したがって、私も客先から労務問題などの相談を持ち掛けられるときには、こういった過去の経験をお話しし、「大義名分」、「想定状況」、「想定問答」を作るようにおすすめするのです。

そして何より自信を持ってことにあたると、不思議なことに問題がうまく解決できるのです。もちろん、その過程で右往左往するような事態も発生します。しかし、充分に準備をしたんだという自信が、自らの動き方や判断を正しく行えるようにしてくれ、問題を解決してくれる訳です。

したがって、私が客先のメンバーによってこれらが作成された場合に最も着目するのは、例えば私が例示をしたものをお渡ししても、さらにこれらを徹底的に見直し、自らの言葉としてまとめ上げられているかどうかです。もし、通り一遍をなめただけだと危うさが残ります。しかし、自分の言葉として本気で見直しをされていると読み取れる場合には、もう大丈夫だと思うのです。 

以上

 

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IMG_3076.JPG

2017年4月29日(土)8:53 千代田区九段南4にてマーガレットを撮影
花言葉:「信頼」

 

~お知らせ~


私が執筆した書籍2冊が今月中旬に刊行されます。

1冊は、以前このブログでも連載をしていた「弁護士の営業」を元に執筆した

『弁護士の経営戦略』(株式会社民事法研究会)という本で、

もう1冊は『一流の人は小さな「ご縁」を大切にしている』(株式会社かんき出版)という本です。

どちらも私の長年の弁護士人生を通じて得た知識・経験をもとに書いた自信作です。


興味のある方は、弊所HPに詳細を記載しておりますので、ご確認ください。


『一流の人は小さな「ご縁」を大切にしている』
http://www.law-pro.jp/books/p3501/

 

『弁護士の経営戦略』
http://www.law-pro.jp/books/p3506/

 

 

 

第27回リストラの本質と手法―恐慌下における諸現象を踏まえて(3)ー
(2009年5月11日転載) 

 

 

企業存続と再興を強調

今後、正社員についての雇用調整・リストラが急激に進み、紛争が増えれば、いわゆる整理解雇の4要件に基づく裁判所の判断は、厳しい雇用情勢の中で厳格になっていくであろう。そして、企業としては従業員への説明や組合との協議も短時間で終結することを迫られ、その結果として経営資料の開示も一層強く迫られるであろう。私が多数のリストラ案件を担当する中で必要に迫られ編み出した知恵と工夫の筆頭に、リストラに当たっての「大義名分」を明らかにする手法が挙げられる。

大義名分は、裁判所のいう「整理解雇の必要性」が現下の人員削減の必要性を説くにとどまるのと異なり、右の必要性はもとより、従業員らの士気を極力損なわないよう企業の存続・再生・再興を図るためにはリストラしかないことをデジタルな資料で強調する点において、独自性がある。即ち、大義名分書では、①厳しい経営状況、②経営改善努力、③経営のけじめと再建に向けた体制、④合理化の徹底と再建計画骨子、⑤再建の前提としての人件費の限界と人員体制、⑥人件費および人員目標達成の具体的方策―などの項目を掲げ、人員削減の必要性および再興を実現する手立てを説得的に示す。加えて、当該企業が「未来に生きる」ための目的意識と、リストラの断行により社会的ニーズに応える企業として存続し得ることを明示するのである。理想としては、従業員等に企業の将来を考えさせるために、日頃から経営に関する情報公開を行い、共通認識を持たせることが必要となるだろう。

 

予め想定問答集も用意

さらに、「大義名分書」のほかに、「想定状況」および「想定問答」の精査も必要となる。

「想定状況」とはリストラを実行するに当たってのリスクを予め想定し、それに対する対応策を構想することをいう。

リストラの想定状況の第1は、優秀な人材が希望退職募集等に応募して退職するのではないかという不安である。この防御策としては、後述の「ターゲットシステム」あるいは募集要項に留保条項を明記することが一般に行われている。

第2は、人員削減によって当該企業の業務の維持が不可能になるという不安である。これに対しては、アウトソーシングの徹底、パート・アルバイト社員の雇用の検討等が浮上する。

第3は、人員削減に対する反発から、新たな労働組合が結成されたり外部の労働組合に加入する者が出てくる不安である。その防御策としては、合理化の必要性を従業員に理解させることが肝要であるから、大義名分書が行き届いた内容で納得感のあるものであることが必要不可欠となるのである。

次に「想定問答」とは、労働組合との折衝・交渉に当たり想定される質問と、対象者との個人面談の際に対象者から発せられることが想定される質問とをリストアップし、予めQ&Aにまとめたものである。

想定される代表的質問としては、①希望退職募集への応募を勧奨されたのに応募しないとどうなるのか問う、②経営者・管理職者の責任を指摘し面談者自身も希望退職に応募するのか問う、③再就職斡旋に関する当該企業の努力を問う、④当該対象者・応募者のみに金銭等の特別な取扱いを求める―などであるが、企業によってはマスコミや取引先に対する想定問答を用意すべきケースもある。

 

コア人材には引留め策

リストラを為し遂げるためには、「スケジュール表・具体的進行表」も内々に作成しなければならない。ことの性質上各々の企業の事情・特性に合致するものを作成すべきであるから特に指標はないが、重要なのは、①人員削減を決意してから3カ月以内で全体が終了するタイムテーブルを作成する、②タイムテーブルの作成までに準備企画として1カ月、組合との交渉で1カ月、その後実行行為として1カ月の計3カ月以内に終えることであり、Just in timeの方式であることが必要だ。この恐慌状態では時間的余裕がない。情報が漏洩する危険を避けるためにも、なるべく短期間で収める必要があるからである。

ところで、かつては従業員全員に対して希望退職を募集していたが、今では退職を求めたい者のみ退職を慫慂する「ターゲットシステム」を採用することが多い。含み損社員に退職を促すとともに、リストラ後の起業の再興・存続に必要不可欠なコア人材・優秀人材の流出を防ぐためである。経営の再建・再興を可能にするためには、人件費負担をできる限り軽くし、少数精鋭で再建する体制を組み立てなければならない。そして、リストラを通じて経営再建を図りたいという暗黙の共通認識を、経営側のみならず当該優秀人材にも抱いてもらうことが肝要である。そのためには、彼らを人員整理のための実行部隊に入れたり、リストラ終結後も継続する仕事を担当させることも有用であろう。

また、企業にとって必要な優秀人材については、“希望退職に応募しても会社側が受理しない場合がある”という留保条項をつけることもある。この点判例は、希望退職応募に際して会社側の「承諾を要件とした趣旨が…(会社の)業務の円滑な遂行に支障がでるような人材の流出という事態を回避しようというものであって、それ自体不合理な目的とはいえ」ず、「本制度について承諾という要件を課すことが公序良俗に反するものとはいえない」としている(大和銀行事件=大阪地判平12・5・12)。

 

仕事の”報酬”は仕事で

なお、一般的なリテンション策としては、日常的に以下を行う必要がある。①従業員等にメリハリのある明確な評価を下す、②評価結果のフィードバックは時間をかけてしっかりと行い本人に納得させる、③高い評価を与えた者はどんどん抜擢し、給与も上げる。

しかし何よりも重要なのは、高評価の者にはより価値のある仕事を与え、「仕事の報酬は仕事」で報いることである。組織の中で認められているという感覚こそが仕事のやりがい、充実感、満足感を醸し出すのである。ただし、従業員等がロイヤリティー(忠誠心)を持てる魅力を、企業が保持し続けることが必要であることを忘れてはならない。

厳しい経営環境下では有能な人材ほど先見性を発揮し、将来が期待できない企業に対しては早く見限る傾向がある。それでは、少数精鋭で企業の再建を図るという最大の目標も達成できず、逆に資金を投じて企業を脆弱化させるという極めて不本意な結果を招いてしまう。

このとき十分に説得的な文章や資料が準備され、理解を得られたかどうかがリストラの成否を分けるのである。リストラの根拠と企業の再興の姿を明確にした大義名分書が不可欠となる所以は、ここにこそある。

 

企業存続と再興を強調 

今後、正社員についての雇用調整・リストラが急激に進み、紛争が増えれば、いわゆる整理解雇の4要件に基づく裁判所の判断は、厳しい雇用情勢の中で厳格になっていくであろう。そして、企業としては従業員への説明や組合との協議も短時間で終結することを迫られ、その結果として経営資料の開示も一層強く迫られるであろう。私が多数のリストラ案件を担当する中で必要に迫られ編み出した知恵と工夫の筆頭に、リストラに当たっての「大義名分」を明らかにする手法が挙げられる。 

大義名分は、裁判所のいう「整理解雇の必要性」が現下の人員削減の必要性を説くにとどまるのと異なり、右の必要性はもとより、従業員らの士気を極力損なわないよう企業の存続・再生・再興を図るためにはリストラしかないことをデジタルな資料で強調する点において、独自性がある。即ち、大義名分書では、①厳しい経営状況、②経営改善努力、③経営のけじめと再建に向けた体制、④合理化の徹底と再建計画骨子、⑤再建の前提としての人件費の限界と人員体制、⑥人件費および人員目標達成の具体的方策―などの項目を掲げ、人員削減の必要性および再興を実現する手立てを説得的に示す。加えて、当該企業が「未来に生きる」ための目的意識と、リストラの断行により社会的ニーズに応える企業として存続し得ることを明示するのである。理想としては、従業員等に企業の将来を考えさせるために、日頃から経営に関する情報公開を行い、共通認識を持たせることが必要となるだろう。 

 

予め想定問答集も用意 

さらに、「大義名分書」のほかに、「想定状況」および「想定問答」の精査も必要となる。 

「想定状況」とはリストラを実行するに当たってのリスクを予め想定し、それに対する対応策を構想することをいう。 

リストラの想定状況の第1は、優秀な人材が希望退職募集等に応募して退職するのではないかという不安である。この防御策としては、後述の「ターゲットシステム」あるいは募集要項に留保条項を明記することが一般に行われている。 

第2は、人員削減によって当該企業の業務の維持が不可能になるという不安である。これに対しては、アウトソーシングの徹底、パート・アルバイト社員の雇用の検討等が浮上する。 

第3は、人員削減に対する反発から、新たな労働組合が結成されたり外部の労働組合に加入する者が出てくる不安である。その防御策としては、合理化の必要性を従業員に理解させることが肝要であるから、大義名分書が行き届いた内容で納得感のあるものであることが必要不可欠となるのである。 

次に「想定問答」とは、労働組合との折衝・交渉に当たり想定される質問と、対象者との個人面談の際に対象者から発せられることが想定される質問とをリストアップし、予めQ&Aにまとめたものである。 

想定される代表的質問としては、①希望退職募集への応募を勧奨されたのに応募しないとどうなるのか問う、②経営者・管理職者の責任を指摘し面談者自身も希望退職に応募するのか問う、③再就職斡旋に関する当該企業の努力を問う、④当該対象者・応募者のみに金銭等の特別な取扱いを求める―などであるが、企業によってはマスコミや取引先に対する想定問答を用意すべきケースもある。

 

コア人材には引留め策

リストラを為し遂げるためには、「スケジュール表・具体的進行表」も内々に作成しなければならない。ことの性質上各々の企業の事情・特性に合致するものを作成すべきであるから特に指標はないが、重要なのは、①人員削減を決意してから3カ月以内で全体が終了するタイムテーブルを作成する、②タイムテーブルの作成までに準備企画として1カ月、組合との交渉で1カ月、その後実行行為として1カ月の計3カ月以内に終えることであり、Just in timeの方式であることが必要だ。この恐慌状態では時間的余裕がない。情報が漏洩する危険を避けるためにも、なるべく短期間で収める必要があるからである。

ところで、かつては従業員全員に対して希望退職を募集していたが、今では退職を求めたい者のみ退職を慫慂する「ターゲットシステム」を採用することが多い。含み損社員に退職を促すとともに、リストラ後の起業の再興・存続に必要不可欠なコア人材・優秀人材の流出を防ぐためである。経営の再建・再興を可能にするためには、人件費負担をできる限り軽くし、少数精鋭で再建する体制を組み立てなければならない。そして、リストラを通じて経営再建を図りたいという暗黙の共通認識を、経営側のみならず当該優秀人材にも抱いてもらうことが肝要である。そのためには、彼らを人員整理のための実行部隊に入れたり、リストラ終結後も継続する仕事を担当させることも有用であろう。

また、企業にとって必要な優秀人材については、“希望退職に応募しても会社側が受理しない場合がある”という留保条項をつけることもある。この点判例は、希望退職応募に際して会社側の「承諾を要件とした趣旨が…(会社の)業務の円滑な遂行に支障がでるような人材の流出という事態を回避しようというものであって、それ自体不合理な目的とはいえ」ず、「本制度について承諾という要件を課すことが公序良俗に反するものとはいえない」としている(大和銀行事件=大阪地判平12512)。

 

仕事の報酬は仕事で

なお、一般的なリテンション策としては、日常的に以下を行う必要がある。①従業員等にメリハリのある明確な評価を下す、②評価結果のフィードバックは時間をかけてしっかりと行い本人に納得させる、③高い評価を与えた者はどんどん抜擢し、給与も上げる。

しかし何よりも重要なのは、高評価の者にはより価値のある仕事を与え、「仕事の報酬は仕事」で報いることである。組織の中で認められているという感覚こそが仕事のやりがい、充実感、満足感を醸し出すのである。ただし、従業員等がロイヤリティー(忠誠心)を持てる魅力を、企業が保持し続けることが必要であることを忘れてはならない。

厳しい経営環境下では有能な人材ほど先見性を発揮し、将来が期待できない企業に対しては早く見限る傾向がある。それでは、少数精鋭で企業の再建を図るという最大の目標も達成できず、逆に資金を投じて企業を脆弱化させるという極めて不本意な結果を招いてしまう。

このとき十分に説得的な文章や資料が準備され、理解を得られたかどうかがリストラの成否を分けるのである。リストラの根拠と企業の再興の姿を明確にした大義名分書が不可欠となる所以は、ここにこそある。

企業存続と再興を強調

今後、正社員についての雇用調整・リストラが急激に進み、紛争が増えれば、いわゆる整理解雇の4要件に基づく裁判所の判断は、厳しい雇用情勢の中で厳格になっていくであろう。そして、企業としては従業員への説明や組合との協議も短時間で終結することを迫られ、その結果として経営資料の開示も一層強く迫られるであろう。私が多数のリストラ案件を担当する中で必要に迫られ編み出した知恵と工夫の筆頭に、リストラに当たっての「大義名分」を明らかにする手法が挙げられる。

大義名分は、裁判所のいう「整理解雇の必要性」が現下の人員削減の必要性を説くにとどまるのと異なり、右の必要性はもとより、従業員らの士気を極力損なわないよう企業の存続・再生・再興を図るためにはリストラしかないことをデジタルな資料で強調する点において、独自性がある。即ち、大義名分書では、①厳しい経営状況、②経営改善努力、③経営のけじめと再建に向けた体制、④合理化の徹底と再建計画骨子、⑤再建の前提としての人件費の限界と人員体制、⑥人件費および人員目標達成の具体的方策―などの項目を掲げ、人員削減の必要性および再興を実現する手立てを説得的に示す。加えて、当該企業が「未来に生きる」ための目的意識と、リストラの断行により社会的ニーズに応える企業として存続し得ることを明示するのである。理想としては、従業員等に企業の将来を考えさせるために、日頃から経営に関する情報公開を行い、共通認識を持たせることが必要となるだろう。

 

予め想定問答集も用意

さらに、「大義名分書」のほかに、「想定状況」および「想定問答」の精査も必要となる。

「想定状況」とはリストラを実行するに当たってのリスクを予め想定し、それに対する対応策を構想することをいう。

リストラの想定状況の第1は、優秀な人材が希望退職募集等に応募して退職するのではないかという不安である。この防御策としては、後述の「ターゲットシステム」あるいは募集要項に留保条項を明記することが一般に行われている。

第2は、人員削減によって当該企業の業務の維持が不可能になるという不安である。これに対しては、アウトソーシングの徹底、パート・アルバイト社員の雇用の検討等が浮上する。

第3は、人員削減に対する反発から、新たな労働組合が結成されたり外部の労働組合に加入する者が出てくる不安である。その防御策としては、合理化の必要性を従業員に理解させることが肝要であるから、大義名分書が行き届いた内容で納得感のあるものであることが必要不可欠となるのである。

次に「想定問答」とは、労働組合との折衝・交渉に当たり想定される質問と、対象者との個人面談の際に対象者から発せられることが想定される質問とをリストアップし、予めQ&Aにまとめたものである。

想定される代表的質問としては、①希望退職募集への応募を勧奨されたのに応募しないとどうなるのか問う、②経営者・管理職者の責任を指摘し面談者自身も希望退職に応募するのか問う、③再就職斡旋に関する当該企業の努力を問う、④当該対象者・応募者のみに金銭等の特別な取扱いを求める―などであるが、企業によってはマスコミや取引先に対する想定問答を用意すべきケースもある。

 

コア人材には引留め策

リストラを為し遂げるためには、「スケジュール表・具体的進行表」も内々に作成しなければならない。ことの性質上各々の企業の事情・特性に合致するものを作成すべきであるから特に指標はないが、重要なのは、①人員削減を決意してから3カ月以内で全体が終了するタイムテーブルを作成する、②タイムテーブルの作成までに準備企画として1カ月、組合との交渉で1カ月、その後実行行為として1カ月の計3カ月以内に終えることであり、Just in timeの方式であることが必要だ。この恐慌状態では時間的余裕がない。情報が漏洩する危険を避けるためにも、なるべく短期間で収める必要があるからである。

ところで、かつては従業員全員に対して希望退職を募集していたが、今では退職を求めたい者のみ退職を慫慂する「ターゲットシステム」を採用することが多い。含み損社員に退職を促すとともに、リストラ後の起業の再興・存続に必要不可欠なコア人材・優秀人材の流出を防ぐためである。経営の再建・再興を可能にするためには、人件費負担をできる限り軽くし、少数精鋭で再建する体制を組み立てなければならない。そして、リストラを通じて経営再建を図りたいという暗黙の共通認識を、経営側のみならず当該優秀人材にも抱いてもらうことが肝要である。そのためには、彼らを人員整理のための実行部隊に入れたり、リストラ終結後も継続する仕事を担当させることも有用であろう。

また、企業にとって必要な優秀人材については、“希望退職に応募しても会社側が受理しない場合がある”という留保条項をつけることもある。この点判例は、希望退職応募に際して会社側の「承諾を要件とした趣旨が…(会社の)業務の円滑な遂行に支障がでるような人材の流出という事態を回避しようというものであって、それ自体不合理な目的とはいえ」ず、「本制度について承諾という要件を課すことが公序良俗に反するものとはいえない」としている(大和銀行事件=大阪地判平12・5・12)。

 

仕事の”報酬”は仕事で

なお、一般的なリテンション策としては、日常的に以下を行う必要がある。①従業員等にメリハリのある明確な評価を下す、②評価結果のフィードバックは時間をかけてしっかりと行い本人に納得させる、③高い評価を与えた者はどんどん抜擢し、給与も上げる。

しかし何よりも重要なのは、高評価の者にはより価値のある仕事を与え、「仕事の報酬は仕事」で報いることである。組織の中で認められているという感覚こそが仕事のやりがい、充実感、満足感を醸し出すのである。ただし、従業員等がロイヤリティー(忠誠心)を持てる魅力を、企業が保持し続けることが必要であることを忘れてはならない。

厳しい経営環境下では有能な人材ほど先見性を発揮し、将来が期待できない企業に対しては早く見限る傾向がある。それでは、少数精鋭で企業の再建を図るという最大の目標も達成できず、逆に資金を投じて企業を脆弱化させるという極めて不本意な結果を招いてしまう。

このとき十分に説得的な文章や資料が準備され、理解を得られたかどうかがリストラの成否を分けるのである。リストラの根拠と企業の再興の姿を明確にした大義名分書が不可欠となる所以は、ここにこそある。

 

 

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2017年4月22日(土)7:17 中目黒公園にてネモフィラを撮影
花言葉:「どこでも成功、可憐」

 

 

第23回 資本主義からの脱皮の第一歩(上)
(平成28年11月28日)
 

 

 

本連載は残り2回となった。人事・労務問題を専門とする立場から些か企業の実情を知る者として、仕事が生活の糧を得るためだけの手段ではなく、自分らしさを発揮できる生きがいであってほしいという願いを込めて書いてきたが、昨今の社会情勢をみると、私たちは従来の思考方法が通用しない歴史の転換点にいると思わざるを得ない。

 

世界も日本も経済は縮小均衡状態であり、どの分野においても垂直思考から水平思考へと切り替わっているのだ。そして、数年来の世界的テーマである格差問題は、マスコミ全員の予想を全く覆す米国大統領を誕生させる要因ともなり、日本でも解決の糸口を見出せない。日本経済の衰退を、成長へと向かわせる起爆剤があるとも思えない。さらには、AIやロボットの進化は私たちの生活を便利にする一方で、近未来の20年後には日本の労働力人口の約49%はこれらで代替可能となるという試算もあり、労働者はテクノロジーとの競争・共存共栄に対応できなければ失職しかねない。加えて、情報化時代はさらに進み、価値ある情報を得られる環境と能力を持つか否かで境遇が大きく変わる情報格差の問題も生じてくる。こうした新たな社会を迎えつつある現実を正面から受け止め、私なりの方向性を提案したい。

 

経済面だけに単純に着目して共産主義と資本主義の短所を挙げるとすれば、共産主義(=計画経済)は、努力の有無や程度にかかわらず賃金が同じであれば努力しない方が得となってしまった点で社会の停滞を招き、失敗に終わった。資本主義(=自由競争・自由経済)は、努力をすればそれに見合う成果を得られる可能性があるとはいえ、資本のある者に有利なシステムであることから、格差が拡大再生産されている点で、失敗を経験しているといって良い。

 

資本主義の下でも格差の弊害を縮減できるような、次の時代への過渡的方途として私が提唱するのは、計画経済と自由経済の利点を合わせて機能させる仕組みである。すなわち、計画経済の面では、ベーシックインカム(以下BI)等により、政府が全国民に公平に最低限の生活を保障する。そのうえで、自由経済の面を加味して、努力すればその分の報酬が得られるようにするのである。BIの長所は、支給を受けても、さらに収入を得たい者は自由に活動できる点である。生きる上での一定の安心が得られるため、たとえ起業で失敗をしても生きるか死ぬかという切羽詰まった状況に追い込まれずに済む。脱サラからの起業もしやすくなり、再チャレンジが可能な社会になるだろう。AI社会での失職者対策にもなる。

 

ただ、BIの財源を問題視する見解もある。日本の財政が破綻すると世界的に大きな影響を及ぼすので、慎重に検討する必要がある。緻密で専門的な議論はできないが、国の支出の一定部分を財源に充てる方向で検討すれば良いのではないだろうか。私案としては、まず大義名分を確立したうえで、ODA等の海外援助(2015年のODA支出総額は1兆8327億円〔16年4月時点の為替レート〕)を現在の半分以下に減らし、次に国内では、社会保障関係費=約32兆円(16年度予算)の一部を財源に充てる。BIは、国による支給であるので理論的には公助であるが、基盤となる精神は共助であるといえる。過度な自由競争がもたらした社会のひずみは、博愛の精神で助け合って是正するしかないのである。

 

 

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  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第13回目です。
  • 第13回目は速水林業代表速水亨様です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第13回)■ ■ ■ 

速水林業 
代表 速水 亨 様 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


[速水亨様 ご紹介・プロフィール]

速水様お写真速水林業代表。株式会社森林再生システム代表取締役。 

1953年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、東京大学農学部林学科研究生を経て、家業の林業に従事。森林経営の機械化を行うと共に国内の林業機械の普及に努める。2000年2月には所有林1070haについて世界的な森林認証システムであるFSC認証を日本で初めて取得するなど、先進的な経営で知られる。2001年朝日新聞「明日への環境賞」森林文化特別賞受賞。2007年から株式会社森林再生システムで、トヨタ自動車所有のトヨタ宮川森林1700haを管理している。 

現在 の公職等:

日本林業経営者協会顧問、財団法人岡田文化財団理事、NPO法人日本森林管理協議会副理事長、FSCジャパン副代表、日本文化デザインフォーラム会員

著書:

日経出版「日本林業を再生する」、日本林業調査会「スギの新戦略2」共著、朝倉書店「森林の百科」共著、産業調査会「森林と木材を活かす事典」共著、林業改良普及双書「機械化林業への取組み」共著

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • 高井伸夫 
  • 高橋真希子(秘書) 

取材日:2016年10月4日 於:東京 芝 とうふ屋うかい

 


 

高井

学問としての林業に対するオーソリティは誰ですか。

 

速水様

そうですね。岩手大学にいらして今は富士大学学長をされておいでの岡田秀二先生もそのお一人です。もし、現在の林業の分析をお聞きになりたいのだったら、「日本木質バイオマス協会」の熊崎実という先生がおいでです。日本の森林に関する分析では、右に出るものはないです。彼の分析は以前から素晴らしいといつも思います。

私と熊崎先生が主催して筑波の森林総合研究所で若い人達を集めて「林業イノベーション研究会」という勉強会をやっているんですよ。

 

高井

今、学者は熊崎先生が分析としては一番とおっしゃいましたが、若手ではどうですか。

 

速水様

若手は、優秀な人は結構たくさんいます。私は東大にお世話になっていますが、若手と言えるかどうか、東京大学の白石則彦という教授は秀才肌で、例えば白書なんかを読むと見事な分析をされていますね。その分析をもとに解決策を提案するというのは中々難しいようですね。様々なアイディアを参考にさせていただいて、いろんなことやってみればいいと思っています。

 

高井

誰か提言している人はいるんですか。先程、なかなか難しいと言っていましたが。

 

速水様

私は林業経営者協会の時に2回ほど提言しました。日本林業経営者協会というHPの「提言集」という項目に掲示されています。時代が変わっているので、私の提言がそのまま今に適用できるかは分からないですが。

 

高井

ところで、今、日本の国有林はどれくらいあるのですか。

 

速水様

だいたい270万~300万haくらいですね。日本の森林は2500万~2700万haくらいかな。今の国有林の管理というのは、担当者が4年~7年くらいでみんなどんどん異動してしまうんですよ。そうすると山全体を見る機会がないです。その状況下で、伐採計画を立てたり、上から木をこの数量伐れという命令がきたり。これでは森林に適した伐採という配慮をする暇がないです。担当者個々は能力がある方々だと思います。ただし、その能力を森林の適切な管理に向かって発揮するチャンスがないですね。

同じ樹齢の木でも状態はそれぞれ違います。例えば「この木は70年だから、もう伐ってもいい時期だ」と言っても、実際見に行ってみれば、「これは全部伐るよりも、強めの間伐をして次に待った方がいい」とか「これはもう風に当たってしまって、これ以上おいても価値は出ないから今伐っちゃえ」とか。私たちならば状態を見てそういう判断をするんですね。そういった状態を考慮せずに、「これは70年だから」、「上から伐れと言われているから」と、意志なく作業せざるを得ないんですね。そういう意味で、国有林は本当に今のような組織の在り方でいいのかって思いはありますね。

 

高井

今、林野庁には人材はいないのですか?

 

速水様

私は基本的にはチャンスと能力を発揮する場さえあれば、活躍していただける方々は多いと信じています。


高井

先程の話ですが、日本は70年たったら伐るんですか。150年とか100年といった期限はないですか。

 

速水様

そんなわけではありませんが、今だったら70年くらいの木だったら伐ろうかなと思ってもおかしくないです。私自身は80年から100年で伐っています。一部は150年とか200年にしているんですけど。既に日本の森林を形成している木の樹齢はだいたい60年くらいになってきています。国は、白書などでも「成熟した」という表現を使っていて、この20年程の間に概ね伐ってしまう計画なんです。

ただし、私どもの考えでいうならば、そういう樹齢になってきた今だからこそ、生物の多様性や、人工林であっても環境負荷が非常に少ない、環境の多様性が高い森林に変質させるチャンスなんです。それに、伐ることができる樹齢になってきた、ということは間違いないですが、それを「成熟した」と表わすのは誤解が生じると思っています。例えば、ヒノキや杉の場合、概ね数百年から1000年ぐらいが、もうそろそろいつ枯れてもおかしくないという樹齢なんですね。もちろん土壌や気候の違いで、200年とか500年で枯れてしまう木もありますけれど。だから300年とか500年とかいう森林を管理していても、おかしくはないんですね。それなのに、たかだか60年くらいの木に「成熟した」という表現を使うのは、生物的には問題だと思います。

 

高井

話が変わりますが、原始林とか自然林などと言いますが、日本にはどのくらいあるんですか。

 

速水様

原始林という言葉よりは、もし使うなら「原生林」ですね。原生林の定義というのが色々難しいですが、簡単に言ってしまえば「商業的にその森林を切ったことのない森林」だと個人的には思います。どういうことかと言えば、シベリアやアラスカの原生林や東南アジアに広がる原生林など、どこも先住民が住んでいれば必ず木は伐っています。船を作る為とか、家を建てる為とか。それについては私は「原生林」としていいだろうと思っているんですね。ただそこに商業資本が入って、森林全体を見て太い木だけ伐ってしまうとする。それは、もう手を付けた森林だと判断してもいいと思います。そういう違いで見るならば、日本は本当の意味での原生林はほとんどないのではないかと。白神も一回伐っているようですね。

 

高井

白神原生林と言うでしょ。木曽はないんですか。それこそ三重県は。

 

速水様

三重県もないですね。一部あまり手を付けてないような森林はありますが、日本で「原生林」と位置づけるのは難しいような気がします。原生林に近い状態の森林というのは、白神も含めて沖縄のヤンバルなどありますが。

私は実は原生林好きでして。2年に一回、ヨーロッパの原生林を訪ねています。ヨーロッパって原生林はほとんどないんですよ。ましてや立ち入り禁止なので貴重なんです。それをコネを使って入れてもらっています。(笑)この2回はスロバキアの森林を訪ねました。原生林に入ると空気が変わるんです。雰囲気というか、木の一本一本の姿もなんとなく違いますし、太さも違いますし。

 

高井

速水さんの所で、一番いい木はどこで採れるんですか。

 

速水様

どこもきちんと管理すればきれいな木が採れます。私が育てているヒノキも、いろいろありますが平均すれば、世の中に流通しているヒノキのベスト10くらいには常に入っているんです。例えば、厳島神社は全部朱に塗ってしまいますよね。ところが能舞台だけは「あらわし」なんですね。塗っていない。そこは全部私のところの木なんですよ。

 

高井

高く売れるんですか?

 

速水様

安くはないですね。直径1mくらいの特別な木ですから。昔は、10mの丸太で、細い所が直径70cmくらいで節の無い真っ直ぐな木を、ちょうど立方数でいうと5立方くらいありますが、それを立方200万円、1本分を1000万円で売ったことがあります。これが私の人生で一番高く売った木ですね。今は同じ木でも100万円いかないかな。今、もう大規模な林業家はみんな赤字ですよ。

 

高井

もともとは林業は豊かだったけど、今は全然ダメだと。林業を放棄する人もたくさんいるのですか。

 

速水様

います。私の知り合いにもいます。やっぱり森林を持ち続けられなくなってしまうんですよ。他の商売をしているのならともかく、林業だけだったらフローが無くなっちゃったらもう資産は増えていかないです。だいたい日本で4大林業森林所有会社が全部赤字だっていうのが問題なんです。彼らがビジネスマタ―で森林を見ないから、政府も同じく見ないんです。ましてや一番大きな国有林も延々赤字です。

 

高井

速水さんの所は何haなのですか。

 

速水様

私の所は概ね1000haです。1000haの面積というのは、全国的に見ても森林所有面積としては大きいです。ただし、林業経営という視点で見ていくと小の上か中の下くらいですね。

 

高井

出口は何があるんですか。アイディアとして。

 

速水様

1998年に京都議定書で、日本は90年度に比べて温暖化ガスの6%削減を約束した。6%というのは先進国の中で比較的大きな数字でした。ところが日本は既にいろいろな配慮をしていたので、その時点でかなり減少していたんですね。物の単位生産あたりのCO2の排出量は世界最小でしたから。そこで、議長国の日本が小さな数字というわけにもいかず6%としたのですが、結果的にその6%の内の3.8%は森林が担うことにしたんですね。この数字は平方キロという森林の面積単位での二酸化炭素吸収量では52.0炭素トンとなり、ロシアの4.1、カナダの3.9、ドイツの11.3などと比べると如何に多くの量が認められたかがわかります。あえて言うなら科学というより、政治的な数字でしょう。

この森林吸収は、過去50年間森林ではなかった土地への植林、1990年時点で森林でなかった土地に対する再植林、1990年以降持続可能な方法で管理されている「森林経営」。これらの3つの条件のいずれかを達成している森林を吸収対象森林としたのですが、この時点で前者の2つの植林は日本ではほとんど可能性が無く、林業経営の1点だけで、3.8%の吸収を担うこととなったのです。

「森林経営」は森林を適切な状態に保つために1990年以降に行われる森林施業(更新(地拵え、地表かきおこし、植栽等)、保育(下刈、除伐等)、間伐、主伐)が行われている森林としたのです。つまり一般的な森林の手入れは全て含まれていたのですが、林野庁は「間伐」のみに光をあてたのです。その後、2001年に森林法を改正しまして、森林管理の目標を、木材生産から多面的機能の発揮に変えたんです。それは実際には3.8%を確保するためのCO2の吸収源としての森林という視点が強かったのです。

この結果、間伐作業に多額の補助金が投入され、世間に「間伐は環境維持に必要な作業だ」と日本独自の理屈で説明をして、間伐材を使うことは良いことだと思わせたのです。それ自体は決して間違いではなかったのですが、市場は木の需要が減っている時に国内の間伐量が増えて、供給過多になり市場が暴落したんです。極端に影響が出てきたのは2003年くらいです。

今は様々な国産の木材利用が始まっていますが、あくまでも安い材価が前提で、少しでも価格が上がる動きがあっても、補助金が作業自体に出て木材価格が安くても伐採を担う森林組合などは労働対価は受け取れますから積極的に伐採します。すぐ木材価格は下がり始めるという山側にとっては悪循環、使う側にとっては国産の木材を使うことがこれほど良い時代はないでしょう。

だからここで、木材を使いやすくするような、例えば木造住宅の固定資産税の評価方法だとか、税制の面で木材を使いやすくする仕組みだとか、あるいは伐ったら必ず植えるサポートとか、そういう面で国が補助をしてくれたらと思いますね。あるいは環境管理に努める森林経営をサポートする補助などが大事です。

間伐や皆抜に今後も補助が出続けると思うんですが、木材流通はある程度は市場経済に任せないと、木を伐ることに関してどんどんとお金を入れている限り、つまり国が関与している限り、木材価格は高くならないと思うんですね。

それから、森林組合っていうのが全国にありますが、私は森林組合の改革を唱えていた1人だったんですよ。森林組合は作業するための作業員を持っているんですね。私は、森林組合が事業計画を立案して、発注するのは間違いではない、そうすべきだと思いますが、作業をするのは民間に任せるべきだと思っているんです。だから作業班を持つのを禁止したらどうかと。そして森林組合の作業員が独立するときに、地方創生の予算を少し使わせて頂いてサポートしていけたらと。大事なのは森林組合から独立していく過程で、作業員だけでなく、そこに必ず安全管理や営業、経理といった専門職が一緒について行けるような資金繰りですね。そういう仕組みを作って作業班が独立していけば、そこに継続的に仕事がつくでしょう。

森林組合は、来年一年はこのくらいの仕事を出しますよ、という仕事量を提示する。すると独立した作業班はその何割を自分達が仕事として取れば、事業が成り立つんだという計算ができる。入札の時に一円でも安く取り合ってくる、という状態になれば地域も仕事も活性化もしてくる。

 

高井

速水さんの夢は何ですか。

 

速水様

小さな森林所有者も、一生懸命育てれば、最終的にはいくばくかの収入がきっちりあって「ああ、木を植えて育てて良かったな」と思える状況を作り出したいですね。大きな森林所有者も、努力しない人は利益が出なくても構いませんが、一生懸命やった人はそれなりに利益を出せるという状況を目標の一つとして、補助金等も含めて、政策をもう一回練り直したいですね。

 

 

髙橋

新聞記事の中で夢で「法隆寺の修正にうちの木を使ってくれたらな」とありましたけど。

 

速水様

法隆寺を世界遺産にするのに、非常に尽力された伊藤延男という先生がいらっしゃったんですよ。イコモス(国際記念物遺跡会議)の副会長を務めていらっしゃいました。法隆寺は1300年の間に1/3の木を取り変えている訳ですが、最初、海外では世界遺産として、それでは真実性が確保できていないという評価になりました。日本の木造建築物は世界遺産に値しない、と。それを伊藤延男先生が木造建築物の維持補修に関しての論文を発表されて、その内容が認められて、そのまま木造の世界遺産の基準になったんです。その先生が私に、「法隆寺は1000年で1/3の木を取り替えているんだけど、このままの割合で行くと今後2000年かかって全部取り替えることになる。君、2000年先までヒノキをちゃんと供給できるかい?」っておっしゃるのですよ。2000年先に日本があろうが無かろうが、世界遺産というのは未来の子供達に人類が残すって約束したんだから、と。

法隆寺であれば300年とか400年の木でしょう。新聞記事にあった夢の記述は別に法隆寺に限った事ではなく、文化財としてそういう木が必要ならば提供できるようにしたいという思いです。

法隆寺の場合は1cmに7本の年輪が入っている等、やはり世界遺産の補修に求める木材の条件が厳しいですね。全く同じ産地のヒノキで、全く同じ工法で、直した箇所が明確に分かる、というのが木造の世界遺産の条件の一つなんです。同じ産地というのは日本国内であればいいとしても、同じような材質となるとそれを目標に木を育てないといけません。

300年先、次の世代がどうするかなんてわからないですが、誰かが最初に始めなければと思ったんですよ。

 以上

 

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2017年3月24日8:02 中目黒公園にて椿を撮影
花言葉:「控えめな優しさ、誇り」

 

 

第4回 コミュニケーションの取り方


株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門
青木 昌一 

 

1.きっかけは事件から

ビジネスマンに限らず日常生活においてもコミュニケーションを抜きにして人間関係は成り立ちません。

ビジネスにおいても様々な場面でコミュニケーションのとり方ひとつでその後の結果が変わってしまうことが往々にしてあります。

私自身は決してコミュケーションのとり方がうまい方とは思いませんが、高井先生にお世話になったある「事件」を通じてひとつのポイントを学びました。

前職の西洋環境開発時代に100名ほどの社員規模の会社の経営管理と売却先探しを、いわゆる親会社として担当していたことがあります。その会社は極めて優良な会社で毎年きちんと利益を出し、100%株主である西洋環境開発に配当を出している会社でした。

優良な会社ですので、親会社としては細かな指示を出すことは少なく、西洋環境開発から派遣されている取締役と社外取締役として経営ボードに名前を連ねている先輩等が月1回の取締役会で方針を決める程度の関与の仕方でした。

ところがある日、労働組合の委員長名でこの非常勤取締役である先輩のところに封書が届きます。

 

2.直訴

封を開けると、そこには現場の実質的な責任者で生え抜きのある課長(と言っても、課長はこの方ひとりで、プロパー社員として現場のことも一番よくわかっている方でした。)と意見が合わないケースがたびたびあり、その点を西洋環境開発から派遣されている取締役に調整してもらえるようにお願いしても、ほとんど取り合ってもらえない。挙句の果てにはこんこんと説教をされてしまう始末である。このままでは自分たちが労働組合として社員を守るために何かしらことを起こさざるを得ないところまで追い込まれている。という内容がつづられていました。

そこで先輩と私はすぐその会社がある関西に向かいました。労働組合の委員長と書記長は私とほぼ同世代の方々で、話しやすかったのも幸いでした。

二人と就業時間終了後、居酒屋で待ち合わせ、いろいろと話を聞きました。そこで出た話の細かい部分は割愛しますが、

(1) 課長の方針・指示は難しすぎて社員に徹底するのは厳しい部分があるのだが、命令として指示され、できなければ叱られるので社員としては我慢できない。

(2) そのことを取締役に話をしても、同じ調子で言われてしまい、しかも話をしているとさえぎられて、伝えたいことが伝えられない。

(3) 最後には、お前らがだらしないからだと説教をされてしまい、状況がまったく変わらない。

(4) 思い余って委員長と書記長が相談した結果、ダメ元で親会社である西洋環境開発でこの会社を担当する部署の部長で非常勤取締役を務めている先輩のところへ直訴状を送った。

といった、話しがありました。

とにかく、その場は一旦話を聞くにとどめ、翌日東京に戻り、先輩と私は市ヶ谷の事務所に高井先生を訪ねました。

なぜ高井先生か。

実は西洋環境開発には社員会があり、春闘は社員会と行うものの労働組合はありませんでした。したがって、その前年まで10年ほど人事部に所属していた私も労働組合との付き合い方などまったく分らず、すがれるのが高井先生だけだったのです。

 

3.コミュケーションのポイント

我々の報告を黙って聞かれていた高井先生はおっしゃいました。

「それはコミュケーションが成立していない。コミュケーションというのはお互いが意見をまず聞き、その意見に対して意見を伝える。この繰り返しの言葉のキャッチボールがなければコミュニケーションとは言えないんだ。」

さらに、「とにかくそれ以前に話をよく聞くことが重要だよ。単に話を聞くだけで問題が解決することもあるくらいなんだ。」ともおしゃいました。

この高井先生からの話を受け、先輩と私はふたたび関西に向かい、現地の常勤の取締役の方々、今回たまたま名前が出た課長、組合の委員長、書記長に別々に時間をとってもらいそれぞれ表現にだけ気を付けながら話をしました。

取締役の方々にはとにかく組合の話を聞くことに徹してほしいこと。課長には話を聞くことに加え社員の方々の様子を見極めながら指示出しをお願いしたいということ。

そして、組合の委員長、書記長には取締役等にこういうお願いをしてきたという話をし、一方で別の必要性もあったのですが、月一ではなく、もう少し頻度をあげてこちらに来るので、ざっくばらんに情報交換をして欲しいという話をしました。

その後、毎月2~3回、1泊~2泊くらいのスケジュールで関西を訪ね、高井先生に教えられたコミュケーションの方法を我々も守り、労働組合の幹部をはじめとする社員の方々とコミュニケーションを重ねていきました。

結果として、この会社は第1回目で申し上げたように西洋環境開発が特別清算になる前にある有名な企業に譲渡をすることができ、連鎖倒産を免れました。この譲渡の際に、社員の方々が大きく動揺することなく成功した背景にはこの労働組合の獅子奮迅の活躍がありました。

また、この課長さんは売却後、この会社の業容拡大に貢献され、今ではその会社の社長として活躍をされていらっしゃいます。

そして私は、、、今もこの高井先生からの教えを愚直に実践するよう心掛けています。

 

以上

 

 

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