~アメリカ留学生活の所感~

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2017年7月9日(日)5:26 山中湖付近で撮影

 

 

~アメリカ留学生活の所感~

 

日向小夏

 

大学入学に当たり渡米してから、衝撃ばかりだった。十年間インターナショナルスクールで培ってきた遠い大陸の知識と、その実態があまりにもかけ離れていたからである。以下では、私が体験し、感じた「アメリカ人」という民族の特殊さを述べていこうと思う。

 

1.メディアに対する信頼の低さ

 

昨年、アメリカは大統領選挙で盛り上がりを見せていた。4年前のオバマ氏が勝利した選挙も見ていたが、とにかくアメリカ人はマスメディアに対する信頼度が低い。放送の内容、そして両候補が画面に映る時間などにも敏感で、偏ったメディアを嫌う傾向がある。特に20代の若者にその傾向が顕著で、彼らの間では国などの影響が少なく、言いたい放題言うことができるネットニュースが人気だ。中でも人気が高いのは、週に一度30分ほどその週に起きた政治ニュースについて語る「Last Week Tonight」というチャンネルだ。多いときは数千万回もの再生数をたたき出しているこのオンラインニュースチャンネルを筆頭に、今後、メディアはネット上での成長を遂げて行くだろう。

一方、日本では他の先進国に比べてマスメディアに対する信頼が著しく高い。話のソースを聞くと、「テレビで言っていた」と説明する人も少なくない。しかし、メディアに対する信頼が高いほど、世論誘導に流されやすくなる点には注意が必要だ。情報社会である現代では、メディアの情報を鵜呑みにせず、自分で考え、何が正しくて何が正しくないかを判断しなければならないと思った。

 

2.信頼しない信頼関係

 

アメリカ人は、フランクで友好的だとよく言われている。それを否定するつもりはない。アメリカでは挨拶も明るく、知らない人でも目を合わせただけで笑顔を見せてくれる気さくな人が多い。しかしそれと同時に、アメリカ人の交流関係は広く浅いというのも、よく言われることだ。実際にアメリカで知り合った人たちは、初対面から仲良く接することはできるが、深くその人物を知ることができないのがほとんどだ。

同じくアメリカの大学に通う日本人留学生の友達に、どうやったらアメリカ人と信頼関係を築けるか聞いたことがある。彼は「そもそも信頼関係なんてない」と答え、私はその時一見適当に放ったようにみえる友人の言葉に納得した。様々な背景を持つ人間が集まる場所だからこそ、本当に互いを理解するのが難しく、警戒心を解けずいつまでたっても友人に対して壁を作っているのかもしれない。アメリカ人はコミュニケーションにおいて、育ちも文化も言語も何もかも違う相手に対し、どのような言葉が適切でどのような言葉が適切でないか常に慎重に言葉を選んでいるような気がする。全てが自己責任な個人主義の社会が故に、信頼が深まりにくい環境となってしまった可能性も十分あり得るだろう。

 

3.ポリティカル・コレクトネス(PC)に敏感すぎる世間

 

日本ではあまり浸透していないが、アメリカやヨーロッパなどではポリティカル・コレクトネス(Political Correctness)という言葉がある。これは、政治的、社会的に公平で差別や偏見が含まれない表現を指す。例えば英語にはヒストリー(History)という言葉がある。歴史を意味する単語だが、近年はこの言葉すらも差別的な表現でないのかと議論されている。Historyは彼の(His)、ストーリー(story)の二つの単語から成り立っているため、まるで女性が築いてきた歴史が含まれていないようだと抗議の声が上がっているのだ。他にも似たように使い慣れた不適切な言葉に対する言語改革が求められている。しかしPCに敏感になり過ぎていることが多々あることも事実で、発信が窮屈に感じることがある。

 

以上が私の体感した「アメリカ人」という民族の特徴だ。時に偏重的でもあるが、ネットリテラシーの高さなどを含め、日本人に足りないものを多く痛感した。日本人は内に籠りがちだが、積極的に外の世界に出て行き、他国・他民族の優れている点を学ばなければ、これからますますグローバル化し、情報化していく時代を乗り切ることはできないだろう。

 

以上

 

 

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<イッピン>
光國本店「夏蜜柑丸漬」

 

 

20170809IMG_3679.JPGのサムネール画像

 

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先日、萩市を訪問した際に、夏みかん菓子の専門店「光國本店」にお邪魔した。

 

このお店の看板商品「夏蜜柑丸漬」を、私はここ数年、親しい方やお世話になった方に決まってお贈りしている。

テレビ番組で取り上げられたことで有名になり、一時は入手困難になったほど、その美味しさは誰もが認めるところである。

 

 

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光國本店の夏蜜柑丸漬は、大正5年、3代目光國により考案された。

 

アクを取り除いた夏蜜柑の皮を、大正5年の創製時から使用している糖蜜で煮込み、穴を開けて身をくり抜いたところに白あんの羊羹を流し込んで作られるこのお菓子は、なんと、1個を作り上げるまでに5日もの時間を要するという。

一つ一つの行程における手の込みようが窺われるが、その甲斐あって、皮のほろ苦さと羊羹の甘味がマッチした、稀に見る美味しさのお菓子となっている。

 

私が贈った方々からも「とても美味しい」と好評で、中にはわざわざ手紙で「確かな匠の技術を感じた」とその感動を伝えて下さった方もいたほどだ。そういった時は、私の親愛の気持ちや感謝の気持ちが、このお菓子を通してその方に伝わったことが分かり、いつもとても嬉しく思う。

 

上質なお菓子は、人と人とを繋ぐ力をも持つのである。茶会で上質な和菓子が出されるのも、そのことの表れであろう。

 

以上 

 

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2017年7月29日(土)7:26 中目黒公園にてカワラナデシコを撮影
花言葉:「大胆、可憐」

 

 

第30回 経営理念と賃金ダウン
(2009年7月13日転載)

 


賃金ダウンは、細心の注意を払い、思いやりと愛情を持って―高井伸夫弁護士は、日本経済が長期停滞期に突入し、賃金ダウンもやむなしの状況にあると訴えている。説得力のある大義名分を掲げ、従業員から共感を得る努力がその前提である。

 

「我というその大元を尋ぬれば、食うと着るとの二つなりけり」、人間世界のことは政治も教法(物事を教える方法)も、みなこの2つの安全を図るためのものであって、その他は枝葉である潤色にすぎない(『二宮翁夜話』参照)。

江戸時代後期の農政家・思想家二宮尊徳(1787~1856)は、こう説いて「衣食足りて礼節を知る」の道理を明らかにした。

仕事を持つ者の約8割強が雇用者(正規・非正規・派遣・契約等を含む。役員を除く)として就業する雇用社会であるわが国において、衣食を支える生活の糧は何よりもまず賃金である。そこで、フルタイム労働者の平均月額賃金(男女計・残業代除く)の推移をみると、2001年に最高額30万5800円となったあと翌02年から前年を下回り始め、05年にほんの僅か持ち直したものの再び下落し、賃金ダウンの時代が続いている。

また、消費者物価指数を勘案した実質賃金も98年から下がる傾向がみられる。00年・05年を除き01年以降下落基調にあり、日本人が統計的にも01~02年頃から貧しくなっていることが窺える。加えて、確かな統計はないものの退職金や企業年金もこの時期減額されたはずである。衣食の確保が危うくなりつつある貧困化の状況は長引く不況のもとますます進行すると予想される。ちなみに08年の平均月額賃金は29万9100円(男女計)で、10年ほど前の98年当時の水準に戻っている。またこの夏の賞与は、近来にない激しい落ち込みをみせるだろう。賞与を全く支給できない企業も相当数に上るはずであり、賞与時に増額する住宅ローン返済では特に支払いが滞り、自宅を手放す人が増えることも危惧される。

 

重要性増す「経営理念」

日本を含む世界経済は「L字」型の長期停滞時代に入ったという分析もあり(『エコノミスト』平成21年6月16日号)、各企業は「社会情勢や当該企業を取り巻く経営環境等の変化に伴い、企業体質の改善や経営の一層の効率化、合理化をする必要に迫られ」(みちのく銀行事件=最判平12・9・7)ており、引き続き賃金ダウンやむなしの状況に直面している。

そこで本欄「夏号」では、不況下における賃金ダウンのあり方について、主に経営理念との関係を念頭に置いて論じたい。

経営とは、事業・企業を運営していくことであり、経営理念とは、経営者が「どのような会社にしたいか」「どのような会社として社会に貢献したいか」を明らかにし、同時に日々の経営活動において重視する姿勢・価値観・目的等を表すものである。とすれば、経営者による評価の結果である賃金は、「株主に対する配当」「内部保留」等とのバランスにおいて経営理念が反映される重要な一場面であり、従業員等に対する最も分かりやすい経営者の意思表示である(この点、企業の将来のための経営判断事項である内部留保はともかく、生活の糧である賃金には株主への配当以上に重きが置かれて然るべきである)。

それゆえに、経営者には賃金の決定について大きな責任と覚悟が求められることは言うまでもない。事業体を運営する経営者が、ある局面では自らと対峙する立場にある従業員等に支給する賃金額は、経営理念即ち経営体の選択する価値観等によって大いに左右されるのである。

回を改めて論じる「みちのく銀行事件」等最高裁判決および労働契約法9条・10条によると、必要性・相当性・合理性等が然るべく備わっていれば、従業員等の個別の同意がなくとも就業規則による賃金の不利益変更は認容されるので、これに反対する従業員に対しても就業規則の変更によって賃金を引き下げることは可能である。このように企業の人事労務の基本である就業規則・賃金規程には経営理念のエッセンスが反映されるべきことに鑑み、経営理念と賃金制度・賃金ダウンは直結していると言ってよいことになる。

 

説得力ある大義名分

本欄「09年春号」でリストラ問題を論じた際にも指摘したとおり、企業の社会的責任とは、まずは企業が存在し続け雇用の場を提供し続けることであって、存亡の危機に万策尽きた場合には、まがりなりにも企業を存続せしめて従業員等に賃金を払い続けるために、賞与・手当等を含む賃金の額を削減することはやむを得ないことになるのである。

そしてそれと同時に、「企業は人なり」という至言のとおり、正に企業は人によって成り立つ集合体・協働体であることを忘れてはならず、賃金は労働の対価であることはもとより、従業員等の「人」としての生活と生存を保障するものでなければならない。彼らにとっては、一家の収入源としての賃金の総額が何より重要な問題なのである(ドラッカー著『企業とは何か』参照)。もし、賃金の引き下げにより従業員等の生活保障が危うくなれば、衣食が満たされなくなり、生活もその家族をも含む人生そのものが毀損されてしまう。そうなると彼らから大きな反発を受けるのは必然であり経営も成り立たなくなる。こうした事態にならないよう、賃金ダウンには細心の注意を払い、思いやりと愛情をもって行わなければならない。

賃金ダウンを実施すると、①優秀人材が退職するリスク、②とかく“含み損社員”が組合に加入ないし結成するリスクが生じるが、前者のリスクを回避するためには、賃金ダウンの状況を従業員等に納得させ、少なくともそれを納得させるための努力を尽くさなければならない。

加えて、賃金ダウンを実行する経営者には、「以って範を示す」態度と、万策尽きて人件費に手を付けるという悩み抜いた姿勢が求められる。そのためにも、従業員等に先んじて経営者自身が大幅な報酬カットを甘受し、痛みを伴わなければならない。そうした共感を形成してこそ初めて、従業員等の諦念、納得を得られるからである。

そして、優秀人材を引き留めて、彼らが将来展望があることを確信し当該企業で活躍し続けるためには、賃金ダウンを選択せざるを得なかった経営者自身が、自らの経営力の衰えと陳腐化という事実を十分に自覚し、経営の現場から退場するという覚悟をもって、強く省みかければならない。それには、経営陣の交替や他社との合併・統合をも視野に入れた様ざまな経営刷新を断行することが必要となることは言うまでもない。

このように、企業の将来を見通しながら、説得力ある「大義名分」をいかに従業員等に示すかが、賃金ダウンを成功させる大きなカギとなるのである。

 

 

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  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第18回目です。
  • 第18回目は、法政大学名誉教授諏訪康雄先生です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答(第18回)■ ■ ■ 
法政大学 名誉教授 
諏訪康雄 先生 

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[法政大学名誉教授 諏訪康雄先生 プロフィール]

1972年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、1974年~76年ボローニャ大学(欧州最古の総合大学)留学。1977年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学、法政大学社会学部専任講師、教授を経て、2001年法政大学大学院政策科学研科教授、2008年同政策創造研究科教授、2009年労働政策審議会会長、2013年法政大学名誉教授、2013年~2017年2月中央労働委員会会長。

2017年6月より、認定NPO法人 キャリア権推進ネットワーク 理事。

著書に「雇用と法」(放送大学教育振興会・1999年)、「キャリア・チェンジ」(編著・生産性出版・2013年)、「雇用政策とキャリア権―キャリア法学への模索」(弘文堂・2017年)等。

諏訪康雄先生と高井伸夫

写真左から諏訪康雄先生、高井伸夫

[今回のインタビュアー・同席者は以下の通りです]

  • 高井伸夫 
  • 宮本雅子(秘書) 

取材日:2017年6月15日(木)日本工業倶楽部会館2階ラウンジ

 


 

高井

キャリア権というものを発想して何年ですか。

 

諏訪先生

キャリア権の基本構想が自分のなかでまとまったのは1995年ころですから、22年ぐらいでしょうか。初めて海外の国際学会で発表したのが1996年です。オーストラリアのホバートの国際労働法学会のアジア支部大会で報告しました。その時はまだキャリア形成への権利という感じで説明をいたしておりました。

それを今のような姿に近い形にまとめて説明をしたのが1998年ボローニャ(欧州最古の大学がある)での国際労使関係研究学会の世界大会です。総括報告者として提唱をいたしました。これは多少反響がありまして、スウェーデンの研究者がいたく関心を示してくださいました。スウェーデンでは、失業給付を出す条件として然るべく教育訓練コースに行くことなどを義務付けるわけです。さまざまな再チャレンジ措置などの一連の政策措置はキャリア権という概念を使うと位置づけしやすくなるということのようです。

 

高井

今、キャリア権を勉強している学者はいるんですか。

 

諏訪先生

日本でキャリア権は随分、反応が出てくるようになりまして、労働法学者だけでも10人以上がキャリア権に関して議論や言及をしてくださっている(他分野の研究者でも少なからぬ言及がある)。比較的、有力な研究者が反応を示してくれています。実は今、労働法学会は新しい「労働法学会講座」(全6巻)を刊行していますが、ついに「キャリア権」を扱う1章が登場し(慶応義塾大学の両角道代教授が担当)、いわば学会に認知された形になりました。おかげさまで、ようやく単独説状態を脱して「有力説」扱いとなったようです。しかし、多数説になるかどうかは世の中の流れを見ませんと分からないですね。ともかく、塩崎恭久厚労大臣(注:インタビュー当時)もキャリア権という言葉を知っているところにまでは今、来ています。

 

高井

若手でキャリア権を研究している人はいるのでしょうか。

 

諏訪先生

先日、東大の労働法研究会からの依頼で、キャリア権をめぐる諸問題について報告いたしました。辛抱強く種を撒き、育てていけば、研究テーマにキャリア権を選ぶ人が、いずれ出てくると思っています。例えば、就労請求権をもっときちんと考えるというのはキャリア権を具体化していくときのコアになる重要な権利概念ですから、誰か若い人にドクター論文等でやっていただきたいと希望しています。

ただ、どうしても、日本型雇用慣行の中で、就労請求権を強く言うと、いろんな形で難しい副次的な問題が起きます。今さら言うまでもなく、消極説をとる裁判所もそういうふうに見ているのでしょう。そういった問題があるだけに、私は若い人にとっては非常にチャレンジングないいテーマだと考えています。

 

高井

キャリア権が多数説になるにはどうすればいいのでしょうか。

 

諏訪先生

結局は、仕事の世界と日本型雇用形態がどう変わっていくかが影響するでしょう。日本型雇用が変わっていったとき、これまでの人材育成や処遇の方式が変わって、キャリアをもっと正面から重視しないと企業も従業員も前へ進めないということになれば、少なくとも理念的には、キャリア権という考え方への関心も高まってくると思います。

 

高井

先生の考える、キャリア権の今後の展望について教えてください。

 

諏訪先生

これからの時代は間違いなく個人のキャリアを大事にしないと回らなくなると思います。AIやロボット化などのイノベーションが起こる。そういう中で人が持つ創造性、統合力、コミュニケーション能力や人間的な魅力がますます重要になってきます。創造性や人間的な魅力は、外から他人が押し付けてどうなるもんではないです。外から刺激を与えて人々がその方向に動き出すようにすることは大切ですけれども、その後は個々人が主体的に対応しなければ能力形成はとても無理です。これからの労働、仕事の世界で非常に重要な部分は、人が主体的にキャリアを形成していくという基本線に依拠していくと思います。

 

例えば、グーグルの人事担当者が書いた「ワーク・ルールズ!」という本には、読むとびっくり仰天するようなことがいろいろ書いてあります。それを読み、また、日本でのクリエイター企業の人事の話を聞くと、最先端のコンテンツ産業とか、IT産業はどういう働き方をさせなきゃいけないのかというのがかなり見えてきます。さらにそういう産業の最先端では、従来、製造業をはじめとする企業でやっていたような査定という問題、人事評価をこれまでと同じような形ではできないのではないかと思えます。

 

高井

従来の査定、人事評価ができなくなるのですか。

 

諏訪先生

評価の仕方は、徐々に、専門領域などを理解し、かなり中長期的な視点で見ていかなくてはいけなくなってきます。そうすると、まるで大学の先生や芸術家への評価みたいなものに近づいていくようです。そうなってくると、ここでも重要なのは当の本人がキャリア意識を持って、キャリアを形成していくという意欲や習慣やスキルを持つことではないかと思っています。

このように考えると、100人働く人がいたとき、全員がそうだとまでは思いませんが、最先端を走る人たちにとってキャリア形成が喫緊の課題となるだけでなく、知的なものを含めたサービス業や感性労働に従事する人たちにとっても、また、組織内でさまざまな仕事をする人にとっても、この仕事なら〇〇さんだよねという、独自の個人ブランドの形成が要請されていくことでしょう。物を売るにしても、商品やサービスをめぐるストーリーを作って、消費者の要望を満足させていく、そのような働き方をする人たちにとっては、キャリア形成というものがさらに重要になってくると思います。

知識集約産業ではこういう知識を担う人材の争奪戦が起きていますが、各種の知識サービスや感性サービスを担う人材の能力形成も重要な課題になり、そのためにはその人たちのキャリア権みたいなものをしっかり踏まえて、それを支援したり、尊重したりしていくことが不可欠になるのではないかと見ています。

 

高井

キャリア権の法制化が具体的に実現するのはいつ頃でしょうか。

 

諏訪先生

私は今から30年くらい前に、テレワークについて熱心に調査していました。当時は世間の反応が乏しかったのですが、今や働き方改革の目玉の一つとなっています。それらの経験からしますと、時代が追いつくのに30年ほどかかりますので、キャリア権も唱え始めてからまだ20年ほどですから、あと10年ぐらいはかかるかなと思っています(笑)。

 

高井

キャリア権を法制化するには、どういった方法があるのか、先生のお考えを教えてください。

 

諏訪先生

キャリア基本法というような形だったら超党派的にやれる可能性があるのではないかという気がしております。その中に、スポーツ基本法の前文でのスポーツ権と同じように、あるいは別建ての理念規定の条文として、キャリア権の理念を書き入れる方向が考えられます。そうなりますと、もう一段先へ行けるかなと思っています。

平成13年職業能力開発促進法改正により「職業生活」にキャリアの意味が明確に盛り込まれてから、厚生労働省系の法令では、多くの法令に「職業生活」という言葉が入ってきました。女性活躍推進法の場合は、「女性の職業生活」という言い方で女性のキャリアに関連する言葉がついに法律のタイトルにも入りました。「職業生活」に何らかの形で言及する法令は、はや49本になりました。

ところが、厚生労働省とほぼ同時期にキャリアの問題(キャリア教育)に着手した文部科学省は、その根拠になる特段の法を作っていないようです。教育基本法の諸規定を読み込むことで導き出せるとの考えでしょうが、免許状更新講習規則で「キャリア教育」の語が出てくる程度です。私は文部科学省系のキャリアの定義と厚生労働省系のキャリアの定義が大きくかい離することはよろしくないと懸念していますし、キャリア教育の基礎にキャリア権を置くことが望ましいと思っています。

よく知られているように、こういった省庁間の調整は極めて難しいので、議員立法で解決をはかる。議員立法で、キャリアの尊重と形成というところだったら、おそらく総論ではまとまると思っています。

 

高井

議員立法は可能性がありそうですね。

 

諏訪先生

漠としているにせよ、ともかくこれからの時代は個々人のキャリアを尊重し、伸ばすようにしていかないと、個人も、企業も、社会もきわめて難しい事態に遭遇すると懸念されます。それだけに、子ども、若者、さらには若手社員、中年、中高年へのキャリア教育・学習は、どれも不可欠です。

いずれにしても、文部科学省が生涯学習政策局を有し、また、学校でのキャリア教育を担っているのですが、キャリア教育はキャリア権を踏まえたものであるべきだと考えます。個々人のキャリア権を実現する基礎、前提としてキャリア教育があると考えています。また、経済産業省も産業人材という観点からキャリアの問題にやはり関心を示しています。とはいえ、経済産業省と文部科学省と厚生労働省の間で調整をさせて、キャリア権に関する基本法の制定をしようなんていったら、これはもう大変な時間と手間がかかるのではないかと想像します。そこで結論として、議員立法のほうがいいかなと考えています。

そのようにして成立する基本法や関係諸立法を踏まえ、実務の現場がそれぞれに工夫して、キャリア尊重と支援により、労使にも社会にもウィンウィン関係が成立するような時代が来ることを切に願っています。

 

以上

 

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2017年7月29日(土)7:26 中目黒公園にてアフリカンマリーゴールドを撮影
花言葉:「信頼、逆境を乗り越えて生きる」

 

 

<働き方改革> 第3回 日本航空株式会社

 

働き方改革第3回では、天王洲アイルの日本航空株式会社(以下、「JAL」)本社に伺って、執行役員兼人財本部長の小田卓也様と人財本部人財戦略部部長の福家智様にお話を聞きました。お2人ともJAL内での働き方改革に尽力され、大西賢取締役会長が「実務派」と太鼓判を押す方々です。

2010年の経営破綻から7年。社員が心身ともに健康的に働ける環境を築き、見事に復活を遂げたJALの働き方改革に迫ります。

 

1 社員を大切にするための働き方改革

(1)社員の意識改革

①トップからのメッセージの発信

2010年の経営破たん後、組織改編や仕事のやり方の見直しに伴い、多くの社員が遅くまで残業する状態が恒常化していたそうです。

その中でも特に多忙であった調達本部が、「社員を疲弊させてはいけない」という思いから、ワークスタイル変革に先陣を切って取り組んだことから、JAL社内での働き方改革は始まったといいます。

この変革について、今回お話を伺った小田様と福家様のお二人が口を揃えて仰られたのは、経営トップである社長から発せられるメッセージの大切さです。

これは社内に発信される社長メッセージにより全社員に告知されるそうですが、2011年から発信を始め、過去にはダイバーシティや女性の活躍推進なども取り上げ、今年はワークスタイル変革の第二段階への取組みを明言されたそうです。

組織のトップからのメッセージには、当然強さがあります。お二人の言葉通り、このメッセージにより、社員が働き方に対する意識を変えて、JAL社内でのワークスタイル変革の推進はよりスムーズになったと言えるでしょう。

 

②ワークショップの開催

また、その他に、社員の意識を変える方法として、JALではワークショップを開催して、ワークスタイル変革について社員が学ぶ場を作り、意識の浸透に努めているそうです。

このワークショップは、収容人数300人ほどのホールを、6つくらいのテーマで分割し、各々のブースで「業務プロセス改革とは」、「テレワークとはどのようなものか」といったテーマを取り上げで講演を行うそうです。参加した社員は、大体1時間で3つ程度のテーマを聴講し、ワークスタイル変革への理解を深めることができます。

これまでに30回程開催されたということで、従業員数1万人を超える大企業ながら地道に取り組んでいく姿勢からは、ワークスタイル変革達成への強い意志が感じられます。

 

(2)ワークスタイル変革の中身

①残業時間の削減

社員の意識の変革については上で述べた通りですが、肝心のワークスタイル変革そのものとしては具体的にどういったことに取り組んでいるのか伺ったところ、まず出てきたのが「徹底した残業時間の削減」といった答えでした。

具体的には、年間就業時間を1,850時間とすることが最終目標ということで、そのためには、年休取得日数20日と、月の残業時間5時間というのが、条件となるそうです。

現在、JALでは部署でバラつきはあるものの、徹底した変革への取組みのおかげで、年休の平均取得日数は17日、月の平均残業時間は11時間になっているそうですが、目標達成のためには、これを更に超える年休の取得と残業時間の削減が必要になってきます。

 

②仕事の効率化

上記の目標を達成するための方策として、小田様と福家様ともに、「業務を見直して、効率の良い働き方、業務プロセスを作成する」ということを、まず検討しているとのことでした。

これについては、オフィスのレイアウトを変更して、無駄な資料を処分し、フリーアドレス化することで打合せの場として使用するスペースの割合を増やす、また、どうしても集中したいときに2時間限定で使用できる席をオフィスの端に設けるなどして、生産性の向上に努めているそうです。

オフィスの写真を見せていただきましたが、確かにすっきりとしていて使い勝手が良さそうです。また、集中するための席も、窓際に設置されているため、周囲を気にせず仕事に没頭できることが想像できます。

この席は実際に人気が高く、常に誰かが使用しているとのことでした。

 

③新しい制度の取り入れ

その他にJALが新しく取り入れた制度として、在宅勤務や不妊治療受診のための休職制度、配偶者の転勤同行休職制度、といったものがあるそうです。

週1回まで認められている在宅勤務は、メールでの申告を認めるなど、申告プロセスを簡易化することで利用しやすくなるよう努めたとのことで、利用延べ人数が直近12ヶ月では延べ人数5,000人超となり、昨年に比べて倍近くと

大幅に増えたそうです。

また、社員のニーズを捉えた休職制度について伺うと、「JALでは、働くためのサポートと休むためのサポート両面から両立支援の取組みを行っている。基本的には、働くためのサポートを主題として進めているが、セーフティーネットとして休むためのサポートには何が必要かという観点から社員のヒアリングを進めた結果、生まれた制度である」旨の説明をしていただき、前回の開倫塾と同様、健全な企業経営のためには、社員の声に耳を傾けることが大事であることを実感しました。


④健康推進企画 JAL Wellness活動

JALではまた、社員の健康管理をどう考えるか、という切り口から、産業医の力を借りて「健康推進企画 JAL Wellness」を2012年から継続して続けているとのことです。

当初は、ウェルネスリーダーを始めとした一部の社員の中での「健康推進のために階段を利用しましょう」、「運動会を開催しましょう」といった自主的な取組みだったそうですが、経済産業省と東京証券取引所が日本再興戦略の一環である「国民の健康寿命の延伸」に対する取組として主催する「健康経営銘柄」を獲得してから、徐々に社内でも注目され始め、今ではJALの目玉と言って良い企画となっています。

「健康経営銘柄」は、従業員の健康に関する取組についての調査を行い、その分析・評価結果を基準として選定する企業を決定するというものですが、応募をすると、健康経営銘柄に選ばれなかった場合でも、他企業と比較して優れている点や劣っている点、日本の企業の中でどれくらいのレベルに位置するのか、といったフィードバックを得ることができるので非常に有用な制度であるとのことです。

JALは2017年には3年連続での健康経営銘柄を獲得するまでとなりましたが、健康経営銘柄は毎年審査により入れ替わり、各業界につき1社しか選ばれないため、3年連続というのは実は非常に大変なことだといいます。

 

2 まとめ

今回、小田様と福家様のお話を伺い、最も印象に残ったのは、JALという企業がそこで働く社員を非常に大切にしている、ということです。

戦後必死に働くことで経済成長を果たした日本ですが、現代においては、企業で働く社員が心身ともに健康であることが、企業がさらに成長し、長く存続していくために必要不可欠な要素であると言っても過言ではないでしょう。

企業における働き方改革が形だけのものにならないためにも、「社員が健康に働くことができる環境を作る。ひいてはそれを企業の成長に繋げる」といった根底にあるべき意識を明確にし、動機付けを行うことは、極めて肝要だと思います。

 

以上

 

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2017年6月14日(水)11:22 長野市にてランタナを撮影
花言葉:「合意、厳格」

 

 

平成29年6月13日 中小企業と企業統治セミナー 開催報告

 


第1 ごあいさつ

 

今年1月~3月、「週刊 労働新聞」において連載された「経営・人事担当者向け 中小の企業統治論(全11回)」を契機に、連載執筆者のうち、エゴンゼンダー株式会社代表取締役社長の佃秀昭氏、中央大学法科大学院教授・弁護士の升田純氏を講師にお招きし、去る6月13日、市ヶ谷法曹ビル(弊所所在ビル)において「中小企業と企業統治セミナー」を開催した。具体的な数値、事例を元にした講演を行って頂き、受講者からは大変好評の声を頂いた。

 

富士ゼロックス、東芝が不正会計問題で生死をさまよっているが、インチキのない、厳格な時代に沿った感覚で今後の経営を考えていかなければ、企業は生き残れない時代になった。(そもそも「不正会計問題」ではなく、正しく「違法請求」というべきである。)

中小企業の経営者からしてみれば、中小企業は企業統治とは縁遠いと思われているかもしれないが、以上のことを念頭に置いて、今回、セミナー受講者にお話を聴いて頂いた。

 

 

第2 講演要旨

 

【第1部 実効的な企業統治の在り方を考える】
(講師:エゴンゼンダー株式会社代表取締役社長 佃秀昭氏)


1.統治実態調査2016と中小企業における課題

 

エゴンゼンダー社が東証一部上場企業380社から取ったアンケートの回答の結果から見えること。380社のうち、500億円未満の売り上げの会社(比較的規模の小さい企業も含まれている。ここでは、便宜的に中小企業と称する)が101社。1兆円以上の企業が57社であったが、売上高500億円未満の規模の企業に着目する。

 

(1)社外取締役の貢献に対する評価

 

中小企業の半数近くが、社外取締役の会社への貢献度に満足していない。中小企業では、社外取締役が法律・会計専門家にやや偏っているきらいがあり、3人に2人は弁護士か公認会計士であるというのが日本の中小企業の現状であるが、それが社外取締役の貢献に対する評価の相対的な低さにつながっている可能性がある。

→ 特に中小企業においては、まず社外取締役の出身・職業の構成について、企業経営経験者を入れるなどし、社外取締役の貢献度を高める方向性の検討をしてみてはどうか。

 

(2)後継者計画等の整備状況

 

企業規模を勘案すれば理解できる水準。指名委員会の設置状況は、売上高1兆円以上の大企業は80%以上が設置済みであるのに対して中小企業は約24%と非常に低い数値だが、これは使える資源が限られている中小企業にとって、運営が大変な負担になるからだと考えられる。

→ 指名委員会の設置は必ずしも必要ではないと考えるが、指名委員会の運営負担の大きさは企業にとって今後も大事な論点であると捉えたい。

そもそも、法律・会計専門家が指名委員である場合、経営者として優れている人を見極める知見があるのかどうか。適格性を備えた指名委員を招聘することの困難さも問題。

 

(3)取締役会評価(取締役会の実効性についての定期的評価)の実施状況

 

自己評価・第三者評価の実施率は、売上高1兆円以上の大企業では94.7%、1000~5000億円の企業は59.7%、500億円未満の中小企業では50.5%

→ 中小企業も、企業規模を勘案すれば積極的に対応していることがうかがえる。もっとも、企業規模が小さければ小さいほど、必要性を感じない経営者も相当にいる可能性がある。

 

2.取締役会の実効性を強化する

 

<中小企業の企業統治を考える>

 

(1)企業統治の目的

 

経営陣を「攻め」と「守り」の両面から規律し、結果的に企業価値の向上に資するような組織運営を行う仕組みを作ること


(2)中小企業の特徴

 

・企業価値に与える、トップの影響が大きい

・経営の意思決定が極めて迅速

・企業規模ゆえ、資源(人的・資金的)の制約がある<

 

※考慮すべき論点として、そもそも中小企業に企業統治改革は必要か?

 

→ 必要ない企業もたくさんあると思われる。(e.g. 優れた経営者によるワンマン経営で企業価値が向上しているケース)

 

<取締役会の責務>・・・企業規模に関わらず当てはまる責務

 

①企業戦略等の「大きな方向性」の決定

②経営幹部のリスクテイクの環境整備

③独立した立場からの実効性の高い監督

 

<取締役会機能の向上に向けた施策>
・・・取締役会の責務を果たすために何をすべきか

 

①取締役会の議案・・・戦略的重要性の高い議案の選定と付議基準の見直し

②取締役会の構成・・・社内・社外バランス見直しと多様性(知見・経験)の確保

③事務局機能・・・専任部署などの新設、優秀人材の配置など

④傘下委員会の機能・・・指名委員会・報酬委員会の設置、委員会体制の強化

⑤取締役会の議事運営・・・議事運営の見直し、議長のファシリテーション(*1)強化等

⑥社外取締役の支援・・・事前説明の充実、社内会議への陪席許可等

⑦開催頻度・時間等・・・開催頻度の減少と1回あたり時間の拡大など

⑧取締役会評価・・・取締役会の課題認識と自己内省・PDCAサイクル(*2)の導入

 

※特に大事なものは①②④

*1 会議の場で、発言や参加を促したり、話の流れを整理したりすることで合意形成や相互理解をサポートすることにより、組織や参加者の活性化を促進させる能力のこと。

*2  Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)を繰り返すことによって、業務を継続的に改善させる手法。


<指名委員会の機能~後継者計画の重要性と難しさ>

 

経営者年齢が上がるほど投資意欲の低下やリスク回避性向が高まり、経営者が交代した企業のほうが利益率が高いということは、中小企業庁のデータからも分かっている。事業承継は極めて重要な問題。

→ しかし、

・経営トップの影響力の強さゆえ、現在のトップが経営権を承継することに対してなかなか踏ん切りがつかないという問題

・人材確保の難しさ

 

経営者とは?

既存秩序にとらわれず、リスク志向である。ビジョンが目標を定める。やりたいことが目標(やらなきゃいけないではなく、やりたいことは何か)。選択肢を狭めるのではなく広げていく。うまくいっている間こそどんどん手を入れていく。人との衝突を恐れない。変化の推進者である。

 

 

【第2部 法律の活用】
(講師:中央大学法科大学院教授・弁護士 升田純氏)


1.企業の経営と資源の活用

 

・企業統治は、法律によって支えられている。また、法律を遵守することが基本となっている。

・企業経営は、知っているかどうか、気が付いているかどうかにかかわらず、法律に関係し、法律が適用される場面が多い。

・経営資源には、資金の調達、原材料の調達、優秀な労働力の確保、信用の形成・向上、取引関係の形成・維持、情報の入手・活用など、有形のものに限らず無形のものもあるが、ここに法律の活用も加えるべき。

・法律の活用は無形の経営資源であり、代価、費用を要しない。

 

2.法律のイメージと実像

 

・法律の中には刑罰等の制裁を定める法律があり、そこに注目が集まりがちだが、事業者に様々な権利、利益、便宜を与える法律も多数存在する。(e.g. 補助金を与える法律)

 

・企業における実際の法律問題の実情として、法律の内容・改正動向への無関心、それ故の法律違反による信用の低下、コンプライアンス違反の指摘を受ける、権利や利益を提供してくれる法律の利用を見逃してしまう、訴訟対策に出遅れる等がある。

→ ただ、企業の中には、法律を積極的に活用し、経営・事業の戦略に活用する所もある。

 

3.法律の活用の基本戦略

 

・法律の内容、改正動向には常に関心をもつ。

・法律の変わり目(改正の前後)は、企業の経営、事業にとってリスクが大きくなるものの、逆に利益を得るということもあるため、注意しておくこと。

・同業者の会合、講演会、セミナー等、あらゆる機会を利用して法律に関する情報を入手する。

→ 特に、法律を所管する各省庁のホームページは情報が満載であり、これを日頃活用することをお勧めする。そして、詳細を正確に理解するためには各省庁への問い合わせ、弁護士への相談をすることが重要。

・企業の経営、事業の場面で法律のことを一度は話題にし、疑問が生じたりした場合には必ず確認する。

 

4.法律の活用と裁判の利用

 

・法律の活用は、最終的には訴訟において勝訴判決を得て、確定しなければ実現しない。

・また、訴訟に巻き込まれることもある。

・常日頃から訴訟対策に留意することも重要。

 

※「論より証拠」

・訴訟には「請求」「主張」「立証」「判断」の4つの手続きがある。

4つの手続きのうち、勝つために一番重要なものは何か?

→ 証拠による立証であり、「論より証拠」の格言

 

証拠の種類は5つ

①本人(会社の場合は代表者)の供述

②証人の供述(証言)

③鑑定人

④文書(インターネット上の電子文書、録音媒体等を含む)

⑤検証物

 

良く利用される証拠は①②④

訴訟対策として、証拠を常日頃から蓄えておくことが必要。

 

以上

 

 

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2017年6月17日(土)11:59 長野市栗田付近でロベリアを撮影
花言葉:「謙遜」

 

 

第7回 高度プロフェッショナル制度

 

株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門
青木 昌一

 

1.残業手当の免除

先日新聞などでも取り上げられていましたが、前回のテーマで残業手当の問題を議論する中で必ず取沙汰されるのが、残業対象にならない職種の新設です。

現在の我が国の法律の枠内で残業手当の対象を外れている職種としては管理監督職がよく知られています。

ただし、以前から本来管理監督職として求められる要件を満たしていないのに、「あなたは当社の管理職です。」と位置づけ、残業手当を支払っていない、いわゆる「名ばかり管理職」の問題があり、10数年前から大きな社会問題として取りざたされてきました。

この管理監督職以外に残業手当の支払いが免除されるものとして裁量労働制があります。裁量労働制とは簡単に言えば、仕事の進め方の裁量権を労働者に委ねる代わりに時間外手当の支給を免除するものです。しかし、厳密に言うと、「残業手当を免除」と表現しましたが、実際には「みなしで時間外の設定を認める」という枠組みの中で、個々の時間外労働時間を細かに積み上げて残業手当を算定することは不要にしますという制度になっています。

裁量労働制にはふたつの種類があり、ひとつは「専門業務型裁量労働制」、もうひとつが「企画業務型裁量労働制」です。

「専門業務型裁量労働制」の適用職種は労働基準法で定められており、それらの職種に限り労使合意など必要な手続きを経て時間外手当の支給を免除するものです。

「企画業務型裁量労働制」はいわゆる企画業務に就くホワイトカラーを対象にみなし時間外を定め、時間外手当の支給を免除する仕組みです。ただし、「企画業務型裁量労働制」は濫用の恐れが高いため、「専門業務型裁量労働制」と比較すると、必要な手続きが厳しく設定されています。

また、管理監督職と異なり休日出勤の手当は支給が免除されるわけではありません。

 

2.新たな枠組み

アメリカなど欧米では残業手当の支給対象にならない仕組みとして、いわゆるホワイトカラーエグゼンプションが存在しています。

例えばアメリカの場合、「ホワイトカラー要件」、「俸給要件」、「職務要件」の3つを満たせば時間外手当の支払いが免除となります。「職務要件」についてはさらに3つの種類があり、「管理職エグゼンプト」、「運営職エグゼンプト」、「専門職エグゼンプト」が定められています。

先ほど裁量労働制では時間外労働を「みなす」という趣旨のことを述べましたが、そうではなくそもそも時間外労働に対する残業手当の支払いを「免除」する、言い換えると「時間で給料の算定を行うこと自体をやめよう」という考え方のもとに検討されているのが「ホワイトカラーエグゼンプション」です。

ご案内のとおり、一度は2016年4月の導入を目指し、法制化が進められていましたが、さまざまな議論を呼びはしたものの廃案になり一旦表舞台からこの議論が消えました。

しかし、今回「高度プロフェッショナル」制度として再び議論が浮上し、連合から104日の休日確保などの修正条件などが付きはしたものの一定の理解が示されたと報道されています。

 

3.なるか「高度プロフェッショナル制度」

高度プロフェッショナル制度の最大のポイントは労働時間で賃金を決めるものではなく、あくまで「成果」に対して賃金を支払うという考え方に全面的に軸足を移すことにあります。

その要件として、現在なされている報道によると、「研究開発や金融、コンサルタントなどの高度な専門的知識を必要とする業務」に就き、「年収1075万円以上」の者という認定条件が柱になっているようです。

今後詳細な詰めがなされ、「高度プロフェッショナル制度」の法的整備がなされる日も近いと考えています。一方で大きな論点になるのではないかと私が考えているのは「年収1075万円」という報酬要件です。

その他の要件については今の裁量労働制度の枠組みがある程度たたき台として使えそうなので議論は比較的早く進むのではないかと思います。しかし、報酬要件が設定されるのはこの制度が初めてになります。

真偽がまだ確認できていないのですが、1075万円というのは労働者全体の3倍程度の年収で算定されたようです。であれば、ここまで精緻にしなくても1000万円とか1100万円でも良さそうな気がします。

それはともかく報酬要件の1075万円という基準の確定方法と確定時期をどうするかが悩ましいのです。

というのは、サラリーマンの年収が確定するのは12月の給与や賞与が支払われてからになります。仮に残業手当の支給がないとすると、月例給与はほぼ固定になりますが、賞与は会社や個人の評価で大きく変動することが多いと言えます。そうすると1075万円に達すると見込まれていた年収が、賞与が思ったほど伸びず1060万円でしたとなる可能性が現実的に少なからずあります。

また、年収のカウントそのものを4月~3月とするのか、1月から12月にするのかによっても大きく異なります。多くの企業がいわゆる昇格を4月や7月に実施するケースが多く、昇格や昇進によっても年収は変わります。この辺り対象者認定時期も一定のルールを定める必要がありそうです。

とは言えここまで議論が進むと、かつて高井先生がおっしゃっていた成果で給料を決める制度が実現する日はもうまもなくではないかと考えています。

 

以上

 

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  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第17回目です。
  • 第17回目は、ナミHRネットワーク 代表 人事コンサルタント 川浪年子様です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第17回)■ ■ ■ 
ナミHRネットワーク 代表
人事コンサルタント 川浪年子様
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[ナミHRネットワーク 代表 川浪年子様 プロフィール]

川浪様

1947年、東京下町生まれ。フジテレビ、外資系旅行代理店を経て21歳で結婚し、夫の転勤に伴いグァム島に転居。現地で女児を出産した後、香港系の免税店にてセールズクラーク兼在庫管理要員として勤務。 

帰国後1976年、米国デュポンの日本支社入社、同時に離婚。デュポンで総合職に抜擢され、1990年にはアジア太平洋地区初の女性情報システム部長に就任するも、米国留学の夢をあきらめきれず、デュポンを退職した翌1993年米国バーモント州SIT大学院に入学。 

1995年、異文化マネジメント修士号を取得。帰国後東京ベイヒルトン 人事部長、リーボックジャパン 人事総務部長、エース損害保険 取締役人事部長を歴任、エース保険米国フィラデルフィア本社 国際人事部、中国の華泰(フアタイ)保険北京本社人事シニア・アドバイザーを経て、2004年9月にエースを退職し帰国。翌2005年、駐日英国大使館人事マネジャーに就任。定年退職した2011年8月より人事コンサルタントとして独立。

一方、2010年より3年間にわたり、英国国立ウェールズ大学経営大学院 東京キャンパスにおいて 日本語MBAプログラム の一環として「リーダーシップ」コースの教鞭をとる。2013年より海外産業人材育成協会が主催する、スリランカで選抜された企業幹部向け二週間の「シニア・マネジメント・リーダーシップ・プログラム」のコースディレクターを務め、本年11月に5期目を担当する予定。 

人事分野に直接携わってきた直近の22年をはじめ、長年、組織の変革及びリーダーシップの開発に格別の情熱を注ぎ、幅広く関わってきた。

 

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • 株式会社開倫塾 代表取締役社長 林明夫様
  • 高井伸夫 
取材日:2017年5月18日(木)日本工業倶楽部会館2階ラウンジ

 

 


高井

川浪さんは今、どのようなお仕事をされていらっしゃるのでしょうか。

 

川浪様

2011年に独立し、人事コンサルタントとして活動しています。2年前から、Xcendant(センダント)いう名前のスリランカのIT企業と、日本のIT企業である株式会社ウィザードの顧問として、両社のコミュニケーションのサポートをしています。また、その他にはリーダーシップ開発に関するセミナーのファシリテーターを頻繁に行っています。毎週、スカイプでの会議に参加し、両社のビジネスに関するやり取りのほとんどを把握した上で、サポートしています。

 

高井

スリランカの会社はどういったことを希望しているのでしょうか。

 

川浪様

日本からシステムの開発を請け負いたいんです。オフショア開発(注)と言われていますが、それがかなり盛んで、日本に進出したい、パートナーを見つけたいという会社が多いんです。センダントとは2年以上前に仕事を通して知り合いましたが、日本でパートナーを探してほしいと依頼され、ウィザードが、私が拙い力でようやく見つけた日本のパートナーです。

注:オフショア開発とは、情報システムやソフトウェアの開発業務を海外の事業者や海外子会社に委託・発注すること。営業や企画、設計、納品、サポートなど顧客に近い業務は本国で、実装やテストなどを海外で行なうといった形で分業することが多い。 

センダントが開発した他のシステムを、日本の社長にもスリランカに行って見ていただく機会があり、センダント社がインドの企業にも決して劣らないシステム開発力を持っていることがわかりました。それから双方で様々なプロジェクトが盛んに行われています。まだまだ決して成功していると言えるところまでは行ってはいませんが、必ずや上手く行くと信じています。

 

高井

ところで、川浪様の経歴について教えてください。かつて所属したことのある会社の数、仕事の内容をそれぞれ教えてください。

 

川浪様

今まで、わずかな期間でも籍を置いた、あるいは常駐した会社を含めると17社です。一番最初はフジテレビで1年8か月在籍し、人生最初の転職をしました。今はもう存在していないと思いますが、トラベルセンターオブジャパンというアメリカの旅行会社で、帝国ホテルのロビーにあるブースでした。その次がリオ・ティント・ジンクというオーストラリアの大きな鉱山会社の日本における連絡事務所です。

 

その次は、結婚して夫がグァムに転勤になったので、グァムの免税店で働きました。3年余り勤務し日本に帰国し、帰国後は、アンドリュース商会という、イギリスの会社でアシスタントをしました。娘が小さかったため、パートで働き、そのあとに、デュポンジャパンに入ったんです。デュポンには16年いました。

 

デュポンを辞めてから、アメリカのバーモントにある大学院に2年間留学しました。この大学院では、キャンパスでの授業が1年間フルにあり、そのあとどこかの組織でインターンを半年以上やらなければいけないという大学院でした。インターンを終えて、サンフランシスコへ移りました。大学院の卒業論文は、世界中どこで書いてもいいので、サンフランシスコでは卒論を書きながら、州立大学で自分の好きな人事関連の科目を受講しました。

 

高井

大学院とは別に、サンフランシスコ州立大学で社会人教育を受講されたんですか?

 

川浪様

はい、“生涯教育”と呼んでおり、ダウンタウンに教室がありました。私は、Legal Aspect of Human Resource Management”と言って、日本語に訳すと、“人事管理の法的側面”とでもいいましょうか、それと人材育成関連のコースを受講しました。大学院で修士号をとり、サンフランシスコでの生涯教育も終え、そのあと5週間くらい、第二外国語として英語を教える方法だけに特化している専門学校に行きました。英語を初めて学ぼうとする人達に、最初から限られた英語を使ってどうやって英語を教えて行くのかという授業です。

 

林様

第二言語習得理論というのがありますが、それに基づいた第二言語としての英語を教える特別な資格ですね。

 

高井

日本に戻られたのはいつ頃ですか。

 

川浪様

日本に帰ってきたのは、1995年9月です。そのあとすぐに、東京ベイヒルトンに就職いたしました。はじめての人事部長のポジションでしたが、仕事に対しては、ほとんど違和感がありませんでした。これは全くデュポンのおかげだと思います。

デュポンという会社には16年間在籍しましたが、当時リーダーを育成することに力を入れていました。部門にかかわらずどのリーダーも人事というものをかなり理解させられていたんです。ただ、ヒルトンで一番大変だったのが組合との折衝でした。情熱あふれる若者が数多くいる組合で、あっという間にいい関係を築くことができましたが、その反面、トップからの信頼よりも組合からの信頼の方が大きくなってしまい、一年もしないうちに辞めることになりました。

ありがたいことに、スニーカーのメーカーであるリーボックからヘッドハントされて、人事・総務のトップになりました。しばらくして昇格して香港転勤をオファーされました。最初はかなり喜びましたが、香港に行く直前になって、リーボックが全世界でリストラをやることになったから、日本でも終えてから行ってくれと言われました。リストラを無事に終えますと、今度はオフィスの引っ越しをするから、リロケーション・プロジェクトをやってから行って欲しいと言われたのですが、そうこうしているうちに、エース損害保険からヘッドハントされました。そこで高井先生と出会うわけです。

 

高井

リーボックで昇格して香港には行かずに、エースに転職されたのは何故ですか。

 

川浪様

一つはヘッドハントされて誘われたというのがありますが、実はずいぶん悩みました。鉛筆を倒して、香港に行こうか日本に残ろうかと・・・。が、香港ではやることが決まっていました。リストラです。日本から女性のマネジャーがきてリストラをやる、それが現地の人にとってどんなに嫌なことかと考え始めました。そんな嫌な役をやるよりも、日本でこれだけ求められている、大変かもしれないけどエースに入った方がいいのではないかと思い始め、転職の決意をいたしました。エースでは日本で4年、フィラデルフィアと北京で2年と、合計6年間在籍しました。

 

高井

エースで6年勤められて、その後、どちらへ転職されたのですか。

 

川浪様

エース保険が筆頭株主となった中国の華泰(フアタイ)保険北京本社に人事のシニア・アドバイザーとして出向していた際に、ハートフォード生命というアメリカの会社からヘッドハントされて日本に帰ってきたんです。残念ながらアメリカ人のCEOと考え方がまるで違いました。当時、ハートフォード生命は大成功していましたが、ビジネスの展開と組織の拡大とがそろっていなかったのです。こんな時こそ、新しいことを考えなければならないと思っていたのですが、トップは型にはまったままでとにかくやれ、と。それでいて毎晩、その日のリポートを提出させられました。結局、区切りとなる半年間だけ勤務して辞めることにいたしました。

そのあと直ぐに、英国大使館の募集を見て応募し、人事マネジャーになりました。

 

高井

英国大使館には何年勤務されたのですか。

 

川浪様

58歳から64歳までの6年です。英国大使館が日本に来て130年経っていたのですが、初めての人事マネジャーとなりました。あらゆる変化が求められている時期でした。私が手掛けた一番大きな変革は、年功序列からパフォーマンス・ペイシステムへの移行でしたが、多くの反対もあり、大変な苦労をしました。が、結果的にはかなり上手く行き、やりがいがありました。64歳になり、自分が作った就業規則に基づいて、私が定年退職者の第一号になりました。

 

高井

64歳で自身が作った就業規則に則って定年退職された。今まで川浪様が在籍された企業は外資系企業が多いようですが、一番働きやすかった企業はどこですか。

 

川浪様

この50年間、日本の企業はフジテレビだけで、あとは全部外資系でした。デュポンの16年をはじめとして、アメリカの企業が一番長かったことになります。一言で言いますと、アメリカの企業がもっとも働きやすかった印象はありますが、それよりも、人事をやるようになってから考えたことは、働きやすい、働きにくいというのは、上司、つまりトップがどういう人かにつきると思います。部下を信頼できずに、小さいところまで管理するような上司、トップのもとでは働きにくいとつくづく感じています。

 

高井

まさにトップ次第ですね。ご自身の定年は考えていますか。

 

川浪様

4月に70歳になりました。定年についてはよく考えますが、「ノー」というのが苦手なもので、次から次へと新しいお話をいただいているうちは、働き続ける・・・それが私の生き方かなと思うようになってきた今日この頃です。

以上

 

 

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2017年6月24日~25日「萩旅行記」

 

6月24日(土)25日(日)に、松下村塾があったことで有名な山口県萩市に行ってきました。

旅行の様子を、ご同行いただいた有限会社セカンドステージの鮒谷周史代表取締役にご執筆いただきましたので、掲載致します。

 

【6月24日(土)】

■ 7時55分羽田発の飛行機にて出発。9時30分山口宇部空港に到着。

萩近鉄タクシーの運転手さんに空港に迎えに来ていただき、 途中、道の駅にて小休止を入れながら1時間20分ほどかけて萩市に到着しました。

 

                                  立ち寄った萩市内の珈琲専門店「異人館」の前で

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萩の街並みは、世界大戦時に空襲がなかったことや、条例により派手な色遣いや建物の高さが制限されていることから、現在でも江戸時代の城下町の雰囲気を残しています。

下の写真のセブンイレブンを始め、萩市内のマクドナルドやユニクロは、一般的に使用されている看板とは異なった、街並みに調和するような色で統一されていました。

 

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■ 萩市は高杉晋作の生誕の地、木戸孝允、田中義一の生家など、明治の偉人の生家が近隣(非常に狭いエリア)に集中しています。

 

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偉人ゆかりの地を巡った後は、土産物屋で竹久夢二の風呂敷を2枚購入。

萩市には椿の原生林があるので、それにちなみ、椿の大ぶりの風呂敷を選びました。

 

■ 11時40分に割烹千代着。

「cyonmage」という地ビール(山口萩ビール株式会社)をいただきました。

 

運転手さんから伺ったお話によると、ロシアのプーチン大統領が山口を訪問した際には、東洋美人という日本酒を贈ったとのことです。

参考URL:株式会社澄川醸造場 http://y-shuzo.com/hp/sumikawa.html

 

■ 12時45分に高井先生一押しのお菓子、萩銘菓夏蜜柑丸漬けの光國本店に立ち寄り、高井先生は「萩の薫」をお買い求めになられました。

 

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■ 12時55分、山口県立萩美術館・浦上記念館へ 。

 

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この美術館は色鍋島の展示で、浦上敏朗さんという方がコレクションを寄贈されて 1996年に開館した美術館です。

 

その昔(6年ほど前)に高井先生と鮒谷が訪れた、足利にある栗田美術館は古伊万里の美術館。

豪華絢爛で西洋的な派手さのあるコレクションでした。

また、栗田美術館はその建物も、鹿島建設が美術館建設の営業をその後行うためのモデルとして建設しただけあって、凝った造りとなっていました。

 

対して、浦上記念館は、日本的で落ち着いて、繊細な展示が主でしたが、栗田美術館よりもはるかに賑わっていました。

 

※私のメルマガバックナンバー2893号(2011年8月)に栗田美術館の記載がありました。http://www.2nd-stage.jp/backnumber/digest/2011/08/2893.html

 

■ 13時50分、笠山椿原生林へ。

ここは、さまざまな種類の椿が群生しているそうです。

あいにく、花の咲く季節ではありませんでしたが、 海べりの道をしばらく行くと笠山椿原生林に到着しました。

 

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「伊豆大島の椿との比較をしたいな」 とは高井先生談。

自然の緑の香りがしました。

 

■ 14時20分、松陰神社、松下村塾へ。

かの有名な吉田松陰が、ここで教えたのは実際にはわずか1年ほどだそうです。

同塾は、明治の志士を数多く輩出し、その大半は明治維新の前後に亡くなりましたが、幾人かは明治政府樹立後も活躍しました。

松陰の実家は貧しい農家だったとのこと。

 

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NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の集客効果は放送終了後、すでに失われているようです。

 

■ 14時50分に世界のお酒セレクトショップSAKAYA (豊田酒販株式会社) にて、お土産に東洋美人の壱番纏を 3,600円で購入しました。

安倍首相からこのお酒を贈呈されたプーチン大統領は、「フルーティー」とコメントしたそうです。

 

■ 15時15分に旅館「常茂恵」に到着。

萩の旅館で一番良い旅館で、非常に気持ちの良い接客をする仲居さんがいらっしゃいました。

同旅館には萩焼の展示室もありました。

 

常茂恵の会食の際、常茂恵の女将が、広島県宮島の生まれで、嫁いできて現女将となっておられることをお聞きしました。

その流れで高井先生の縁戚が宮島の岩惣という旅館の先代女将であったという話になり、 高井先生と鮒谷とで、来年桜の季節にその旅館に伺うことが決まりました。

 

また、会食でその他に印象的だったのは、田中義一のお孫さんで日本製鋼株式会社に勤められていた田中素夫さんは、高井先生と同い年。

もう亡くなられたのだけれども、 常茂恵の女将厚東さんも面識があったそうで、「もっちゃん」と呼ばれていたことでした。

女将さんといえば余談ですが、浅草おかみさん会の会長の冨永照子さんは、高井先生が以前、日本経済新聞の夕刊に連載していた「仕事人のための接待学」を読まれ、それを忠実に実行したことにより、今や全国おかみさん会の会長になられたといいます。

全国おかみさん会は平成27年11月「ふるさと創生にっぽんおかみさん会」にバージョンアップされました。

 

【6月25日(日)】

■ 6時50分から朝食を開始。

ビュッフェ形式ではなかったのが良かったです。ご飯は山口県産のコシヒカリ。

特徴的なのは、アウボカーサオリーブオイルという希少なオリーブオイルを調味料として用意いただいていたことです。和食で量も多すぎず、少なすぎず、それぞれ工夫された料理でありました。

 

■ 7時40分、旅館発。 本日も雨。

山陰地方は、「弁当を忘れても傘を忘れるな」と言われるほど気候が変わりやすいところであるけれども、この1か月はずっと晴天続きで、我々が訪れた昨日は久しぶりに雨が降ったとのこと。

山口宇部空港に向かう際、途中から雨足が強くなってきましたが、タクシーの運転手さんの心遣いで快適に旅程を全うすることができました。

 

■ 9時45分発のスターフライヤー便で羽田に戻りました。

 

2017年6月26日記
有限会社セカンドステージ
代表取締役 鮒谷 周史

 

 

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2017年6月9日(金)9:34 上海市内の公園にて撮影

 

 

第29回 リストラの本質と手法ー恐慌下における諸現象を踏まえてー(5)
(2009年5月25日転載)

 

 

勉強は一生続けるもの

経営不振に陥った企業への公的資金注入制度を新設した改正産業活力再生法が4月22日に成立した。既にいくつもの企業が同制度の活用を検討している。本改正法は3年間で企業価値を向上させる事業計画の策定を要件とするが、適正な人員削減の実行や経営責任を厳しく問わない点で企業の根本的な再生策としては不十分であろう。

さて、企業のリストラ(再建・再興・経営体制の再構築)を実現するためには、組織改革などのハード面の施策のみならず、個々人の意思・行動というソフト面の施策も極めて重要である。今回は、リストラ問題における労働者側のテーマの主に光を当ててこの連載を締めくくりたい。

個々の労働者は、優れた専門家・技術者・技能者として常に学び続け、雇用されるに値する能力(エンプロイアビリティー)を養っていかなければならない。そして、そのための基盤としては、収入の範囲内で生活する能力を身につけた上で、清く正しく貧しくとも生きる姿勢を身につける必要があろう。

それには、今この大変な不況の中、学校教育だけでなく、社会人となってもさらなるキャリア確立のために勉強を続けていくべきである。つまり、より高度な教育を受けるべく、大学卒業後も不足する知識や技術を身につけるためにコミュニティースクールや専門学校・大学・大学院に一生涯を通じて何回でも再入学する必要性が増すだろう。ドラッカーも「人を雇うのは、強みのゆえであり、能力のゆえである。何度も言うように、組織の機能は、人の強みを生産に結びつけ、人の弱みを中和することである」(『マネジメント』第23章参照)と述べているように、個々の労働者が勉強することは、労働者と企業の双方の利益となるのである。

そこで、これからはキャリアコンサルタントの重要性が高まることが予測される。学生に対してのみならず企業内でも、メンタルヘルスをも踏まえた心理学的手法を用いて、相談を求める者の心理面を重視しつつ、自らの力で解決できるように援助するメンター・助言者としてのキャリアコンサルタントの教育・育成が、ますます必要となってくるであろう。

ところで今は一般に企業では副業を禁止しているが、景気悪化による賃金目減り補填のために、副業を容認する動きがあるという(例「富士通」2009年2月4日付産経新聞等)。これはリストラに関連するテーマとしても、重要な側面を持っている。なぜなら本連載第3回でも述べたとおり、これからはリストラの激化に伴い、判例法上のいわゆる「整理解雇の4要件」が厳格化されると予測されるが、賃金ダウン分補填のために副業を容認したとなれば、企業は「4要件」のうち「解雇回避努力義務」を一部履行したとされ、裁判になっても人員削減策が容認される方向に働くのではないかと思われるからである。

経営悪化によりやむを得ず副業を容認するのは窮余の策であるが、本来は、個人の能力の多様な開花を支援すべく、そして産業社会の活性化のためにも、全企業が前向きに副業の容認をすべきだと思われる。企業に勤める者が副業を視野に置くことは、個人の収入の幅を広げるだけにとどまらず、個人の職業選択の自由度を高め、自らの将来性や次の人生ステージを意識することにもつながるだろう。それゆえ「副業」という言葉よりも、「マルチ・ジョブ」等のような表現で前向きに捉える必要があろう。

 

個人の教育投資を優遇

そして、マルチ・ジョブ実現のためには①労働契約法の制定過程で検討された「副業禁止規定の禁止」を再検討し、法改正で条文化を実現する。②個人の能力開発にかかわる教育研修費を非課税とし、個人向け能力開発資金の貸与制度を設けるなどの実際的な取組みが必須となる。また、企業にも社員の全人生は背負いきれない旨の方針を明示する決断が迫られることになる。これは経営理念の大転換とも言えよう。

なお、マルチ・ジョブの容認には、社外秘情報の漏洩等の恐れがあることも留意しなければならない。企業秘密の管理状況が甘いケースも散見され、企業側の就業規則等の整備、社員への研修も必要である。

リストラクチャリングは、何度も述べた通り、本来企業再興のための経営体制再構築という意味であるが、わが国では人員削減策の実施という意味で用いられるのが一般的である。人員削減策は企業経営にとって、本来質と量の双方にかかわる問題である。しかし経営困難という緊急事態に陥った場合、質の向上を期する時間的余裕がないために、量の減少を図るという方向に行かざるを得ず、リストラを行う企業の再興は人員削減となって登場してくるのである。

ところが、企業が経営の限界に陥り、倒産含みの状況に陥ると、優秀人材は会社を見限り転職するため、企業の再興は不可能になってしまう。そこで、本連載第3回でも述べたとおり、正規・非正規の身分に関係なく優秀人材のリテンション策を講じなくてはならないのであり、将来的な課題として、どこの企業でも通用する職業能力を社会的に認定し、正規・非正規の「均衡処遇」を実現すべきである。

その点を踏まえて、職種別労働市場の定着を期待する向きもあるが、一部の専門的職業を除いては、職種別の労働市場は定着しないと思われる。なぜなら、企業に寿命があるように職種にも寿命があるからである。例えば、江戸時代の職業で今日残存しているのは3分の1程度であるという。時代の進化とは、職種が「多産多死」を迎えることでもあるから、今後ますます残存率が低くなるであろう。

 

賃金ダウンし投資余力

そこで、今までのように例えば営業職であればその職種を前提に自動車・化粧品等の業種を選択するのではなく、これからは、職種よりも個人の一生涯のキャリアプラン(家族構成・地域・子育て等々)を前提とした上で、職種・業種を柔軟に選択できるような“キャリア志向別”の労働市場の形成が重要になると思われる。そして将来的には、前述のキャリアコンサルタントが、求職者側の視点から長期的スパンに立った上で、当人にとっての最適な“売り時”を判断し指導していく社会になることが望ましいのではないだろうか。

さて、現下のような恐慌状態にあっては、無暗に人員削減を行うのではなく、残された従業員全員が一丸となって全力で取り組まなければ業務を維持できず、事業・企業として生き残れない現実がある。限られた投資余力を“選択と集中”により焦点を絞って活用しなければならない。そして、資金収支を確保し、でき得るならば投資余力をいくらかでも強めるために、総体としての人件費削減策つまり賃金ダウンを実施する必要性が日に日に強まっている。そこで、賃金ダウンについては本連載「09夏号」(注:本ブログに8月11日に掲載予定です)にて詳述したい。

 

 

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